亀の子様コメントありがとうございます。

いつもブログを拝見させていただいております。

今では「谷口雅春先生」の著作を研究して、その経緯を調査する人も次第に少なくなり、消え失せんとするなかに、「亀の子」様には一筋の光明を見出します。今回の『危機に立つ日本』―それを救ふ道― 救国叢書・1は自分の所有の物にしか、念頭になく、或る方からの「第三版」があることとそれには「愛に關する十一章」が掲載されていない事を知り、まだまだ知らない事が多すぎることにある面では“落胆”もしたり、五版における時では既に「愛に關する十一章」があることを知らせていただき、もう少し頑張らなくてはという“意慾”が出てきたりして模索しています。その間に「愛に關する十一章」を追加するよにした原因はなんであったのかも当時の状況も考えながら検証していかなければなりません。

 

本音の時代樣コメントありがとうございます。

「生政連」の活動停止について今思うのは、当時の谷口清超副総裁をはじめ皆が「生長の家の政治運動の基本」を忘れていたのではないかと推測します。活動停止の説明に用いられた「宗教活動の純粋性を保持するため」という言葉は、明らかに「生長の家の政治運動の基本」を忘れていたことを立証していたのではないでしょうか。当時谷口雅春先生が明確な反対意思を示されなかったのは、信徒ひとりひとりの「生長の家とは如何なるものか」という確認意識することを暗示していたのではないかと思われてなりません。そこを避け、目先の現象に拘った結果が今に繋がってきているのではないでしょうか。

 

「生政連」の活動停止という事態はその当時の地方の生政連会長には全く知らされず、生政連の全国会議でいきなり発表されたという因縁のもので、その当時の大阪の会長である人のお手紙を所持していますが、日頃怒ることのない温厚な人が厳しく断罪されている。

 

生長の家の色々な事を行って失敗しても何も総括していないし、反省もしていない。「生政連」で何が悪くて停止したのかがさっぱりと見えてこない。「御上の御意向」というコトバがありますが、「下の者は随え」という完全な「御意(ぎょい)」であり、「葵の御門」でもある。しかし、そういう算段が過ちを見過ごす要因ともなります。

どこが悪かったのかということでの反省ならば、それが見えて来る筈であります。しかし私が見ただけなので判断を下すというわけにはいかないのも当然ですが、全く見えてこない。

 

「生政連」に関しては誰も反省もしていないのは確実である。戦後の「過ちは繰り返しません」というコトバが反省ならば、政治活動に拘わらないのが反省であるという固定観念も私にすれば全く反省などしていない。原因と結果とそれを遂行して、どういう指令で動いたのか、そのコトバの何處が悪かったのか、それを発する人は何人いたのかという細部にわたり検証してほしい。三十年という長きに亙り活動してきたのであるから、それを示せないと云うのは「そういう悪い事はなかった」と推測されるのも吝かではない。

 

総括出来ないのは「現教団」の雅宣氏がいくつもの失敗をも現在も繰返し(成功したことがない)、教勢を衰退させても何の反省もしていないのと同様である。

雅宣氏が『生政連』を停止させたと巷で噂されるのも案外真実であるのかも知れない。だから検証できないのであろうという推測も間違っていない気がする。