今回の本の出版に関してはまだ、校正で悩んでいる所があり、どうすればいいのかを模索している箇所もある。或る方に相談に行った時に、「初筆」という言葉を云われた。当初は其の言葉を理解出来ずに悶々としていた。それから、二週間程してようやく、目標を決めたがその人物像に関しては誰も追及していなかった作品でもあり、取敢えずインターネットや国会図書館に行って探索した。それが決まったのは八月の中旬であった。レファレンス集はそれだけでも谷口雅春先生の御著書は膨大な本があるので、全てを網羅は出来ない。主要な著書だけは作成したいと思い、今回は決めたレファレンス集だけでも三百五十頁を有す。

 

真剣にこれを読めば、谷口雅春先生の御著書を讀んだことに等しい。だが、多くの人はここまで読む人は少ない。国会図書館や多くの図書館でレファレンス集があるが、それを見て探究している人はほとんどいないからである。だから数人の協力をして頂いた人のみ進呈させて頂きたい。現在の進行状態では、私自身が脱線ばかりしているので、進まない。

 

戦前に出版された綜合雑誌『いのち』という目次に関してですが、十八冊の内、一冊のみ全くわからない巻号がありました。昭和十四年の二月號です。『いのち』として最終號の雑誌です。この雑誌を以前にこの「ブログ」で目次を公表しましたが、著名な作家なども多く執筆しており、本当に当時では驚くべき雑誌であったのです。多分、知らない人もいない、中河與一、本荘可宗、萩原朔太郎、杉森孝次郎、倉田百三、武者小路實篤、長與善郎、片山敏彦、谷川徹三、伊藤正德、保田輿重郎、齋藤、小島威彦、浅野晃、難波田春夫、龜井勝一郎、佐藤通次、草野心平・小田村寅次郎等々です。

 

それと『白鳩』に注目して作業を進めました。著名な作家なども多く輩出しているのには驚きました。「平塚らいてう、柳原白蓮、與謝野晶子、北見志保子、川上小夜子、生田花世、茅野雅子、中河幹子等が挙って寄稿した『白鳩』誌」ということで記述しました。本来はもう少し記入したかったが、これだけでも紹介だけで三十頁です。初筆だけでも七百頁の内、百頁以上がそれに該当します。

 

八月初めに『三島由紀夫事典』を購入しましたが、構成をどうするかを再度考えて行います。今回は誰も知らない「初筆」の作品集が出来ると信じております。それと『いのち』の文章な中に「市川房江」が短い文章で記載しているものがあった。驚いたが、当時では右とか左とか関係なしに注目された雑誌であった。

 

結構、総数七百頁でも少ないように感じております。ただ、時間がかかるのは仕方がない。立派なものを作りたいという気持ちだけは維持していきたい。


 

『ウィキペディア(Wikipedia)』では秀逸の記事ということで作家では『三島由紀夫』氏のみがそれに該当するが、私は依怙贔屓でみても秀逸とは思わなかった。影響した人物で谷口雅春先生の名前が出てこないのは不思議である。それを抜かしてしまうと、「楯の会」がどうして発足できたのかがわからなくなる。それと同じように「宮崎白蓮」も生長の家信徒として活動していた時期を抜かしてしまうと、空虚な論文となる。