谷口雅春先生の御本を纏めようと、私のブログで発表したりして出来る限り公表している。そうでないと「眞理の宣布」とならないからである。だが、個人的にはいろいろ御協力を頂いたりして有難いことである。また大本敎や一燈園においてのおもてなしは深く感謝したい。だが、皆さまも気が付いておられると思いますが、協力してくれない団体があります。断固として拒否されるのが「生長の家」なんです。不思議でしょう。

別に悪いことはまったく書いてはいない、また「生長の家」に必要不可欠なことなのです。得をすることはあるが、損するようなことはなにもない。それが何も理由がないのに拒否されるのです。それは何故だと思いますか、理由としては

  1. 見られると現在の体制に支障がある

  2. 裁判に支障があるからという理由

  3. 谷口雅春先生の話された内容を封印したい

 

上記の三つが主な要因です。しかし、そんなことをしていて、素直に理解される人はいるのかどうかであります。また現在教団で進めている「立憲主義」に反していることは明らかなことであります。教団は「立憲主義」を反故しながら、信徒には立憲主義を強要するのはなんとも情けない。それは現在韓国で行っている「反日政策」と同じことなんです。教団の行っている不正などを内部に反感を招くのを「安倍政権」にその矛先を向けているのであります。「反安倍」と唱えれば信徒も納得出来るというまったく勘違いのことを吹聴しているのに過ぎないのであります。また、既に教団を去った安東先生にその矛先を向けて、自らは正義だと主張することで、胡麻化しているにすぎないのです。

谷口雅宜総裁は自らの過ちに蓋をして、長年にわたり嘘を信徒に宣伝しているのです。

しかし、少し勉強すればそれも「嘘」だとわかるから、笑止千万である。ただ、その「嘘」も怖さがある、長く嘘を付くことにより、それが「嘘」が「嘘でなくなる」ことなんです。   

一番の嘘は谷口雅春先生の言葉を封印している「嘘」であります。それはどうして「嘘」かというと「愛国的」なことをして「焚書坑儒」を行っていることであります。そしてまた自らは「左翼的」「唯物的」な発言をしていることであります。谷口雅春先生の御著書を平気で封印して焚書としている現実なのです。

 

例えば、現在の信徒で「谷口雅春先生」の御著書(古い本)を読みたいといって本部や温故資料館で直接内容を読むことを要望しても不可能であります。嘘だと思うのであれば依頼されたらいい。そうした古い資料でも外部(信徒でも)の人は見る事は不可能です。

図書館で禁帯出では館内で見られるが、それも出来ないという、また今後閲覧が可能かどうかと考えると不可能である。

 

一燈園では外部の人でも大切な封書なども手に触れ、複写まで可能である。(谷口雅春先生の直筆の手紙)

 

現在、ネットで資料の広布を行っているのはごく一部で全般的なことを行っているのは私だけである。だいたい「雅春先生」の御本を古本屋で入手しても、其の人の書棚の荷物にしかならない。纏めることもしない、資料の作成もしない。自慢話だけであり、何等価値もなく藻屑でしかない、谷口雅春先生が怒られるようなことを平然と行っているのです。

 

しかし、そういうことを行うのはその組織の幹部が多いのです。本当に情けない事であります。しかし、それは「生長の家」教団だけではないのが残念なことです。谷口雅春先生の名前を使用しながら踏み躙っている行為を断腸の想いでいる。もう,どうすることも出来ないのであろうか。

皆さんも考えて欲しい。