立葵様からコメントを戴きましたので掲載させていただきます。

 

合掌 有難うございます。

 大阪北部地震にお見舞申し上げますとともに、貴いボランティア御活動に感服いたしてをります。

 

このたびは、あなた様の仰る通り、直接存じ上げない方に対して、不躾な物言ひをネット上に突然投稿いたしまして申し訳ありませんでした。

 当該投稿文中の末尾で唐突に和歌の話を持ち出しましたことも、時と場を違へてをりました。

 

その心理状態につきましては、御指摘の通りでございます。別のことで蟠ってゐることがあり、投稿文中のあの場では、読み進められたあなた様の御心中への配慮に欠けてをりました。

 

その蟠りとは、私は新編『生命の實相』に心酔してゐる者でございますが、あなた様のその評価の表現の仕方が否定的であり、読者に新編に対する否定的な先入観を抱かせ、新編の売上すなはち光明思想社の発展を阻む遠因になってゐはしないかと残念に思ふことです。

 仮に制作側に到らない点があって、本来ならあなた様に教へを乞ふなり、自前でももっと調べるなりすべきことがあったとしましても、例へば「新編『生命の實相』の憂鬱」といふ御表現や、自傳篇に基づいたと思はれる冊子の「間違いを訂正するのか」といふ御表現に引っかかるものがございました。

そのやうな面について所感のある者が、別の場での他の方との批判の応酬に便乗してしまったといふことではなかったかと自省いたしてをります。申し訳ありませんでした。

 

 

さて、後者の「間違い」について私見を申し述べさせていただきます。

 御指摘を拝読するまで、綾部新聞の名称や、尊師と輝子先生の和歌の掲載日等、知らずにゐて気に掛けてをりませんでした。

ただ仰る「間違い」は、誰の犯した「間違い」を指しておいでなのか判然といたしません。勿論この冊子の制作者の知識や検証が不足してゐたことは否めないでせう。

しかし、他方、雅春先生が間違った、或は事実を曲げて書かれたといふ御指摘とも受け取れなくはないのです。

 仮に自傳篇等の先生の記述に対する御指摘もおありだったとしました場合の見解ですが、私は先生が大本教に入信されて編輯業務を任された年が綾部新聞から大本時報に移行した年と重なる点からしまして、結論は先生にしかわからない、従って間違ひと云ひきることは出来ないと思ひます。当時の大本時報の貴重なお写真をあなた様のブログの画面上で見せていただき、先生が大本時報を編輯されてゐたのは紛れもない事実と理解した上でです。

 

と申しますのは、事実は大本時報であっても、先生にとっては(先生のお心の中では)綾部新聞であったのかもしれない、その想像の余地は読者それぞれに残しておいていいのではないかと思ひます。今後注釈等は必要かもしれませんが。

それは、卑近な例ですが、私は旧知の友人知人から旧姓で呼ばれても違和感がありません。呼ぶ相手にとっては私が旧姓の時の人物でしかないことはよく理解できますし、逆の立場でも然りです。

また、主人がJRのことをいまだに国鉄と呼ぶので何心無くからかひましたら、義父つまり主人の父は、国鉄時代に国鉄ではなく省線としか呼ばなかったと反論されました。

この会話によって、もしかしたらですが、入信当初のほんの短い期間でも最初に先生が出逢はれたであらう綾部新聞の名が、自傳篇等での輝子先生との相聞といふ山場で、実際の会話で使はれたのかもしれない、違ふかもしれないけれども誰にもわからないと思ひます。

 

さらに、あなた様の御労作であられます谷口雅春先生著作年譜を縁ある方から拝借して、『皇道靈學講話』の「序にかへて」の御引用文に出逢ひ、衝撃に近い驚きを覚えました。

 自傳篇の房江さんの前科の説明が自傳篇と違ってゐたことや、自傳篇の遊女高尾を指すであらう娼婦が病気をうつしたと名言されてゐること、上役の姪は妹だった等、赤裸々な事実が自傳篇ではトーンやニュアンスが違ふ部分もあったとわかりました。これなども、自伝だから何もかもそのまま表現するわけではない、それは誰でも自分の過去の全てをありのままに打ち明けるわけにはいかないことと同じであったといふ当然のことに今さらながら気付かされた思ひでした。

 

なほ、輝子先生の

 おどろおどろ…の和歌が雅春先生の三首の和歌の脇に掲載されたのではなかったことも、よくわかりました。これも今後注釈等がいるかもしれませんが、紙面のお写真を拝見して、逆に、両先生ともこれほど多くの投稿をなさってゐたことからして、厳密に同日の紙面の脇でなくとも、先生のお心の中では一連の歌が脇であられたのではないかと思った次第です。

 

 長々と持論を展開して失礼いたしました。

 立葵拝

 

 追伸

ブログへのコメントといふことが初めてのため、投稿フォームの使ひ方がわからず、評価とか顔とか星とか、何も触っておりません。

 

立葵様へ

わざわざの御投稿に感謝申し上げます。旧仮名遣ひは慣れて居られる様ですので、私も間違わないやうに旧仮名遣ひを記入させて戴きます。

 

まず、新編『生命の實相』ですが、何故反論したのかと云いますと、頭注版などの章立てを変更していることであります。簡単に云うと、順番を変えてゐるということです。これにより、日本教文社の本で頭注版『生命の實相』の何巻で何頁が全て變ってしまうということであります。そうなると本来、その全てに於いて変更を余儀なくされますが、著作権というのがあり、それが無理だとも光明思想社も理解されてゐます。

 

そうなると、頭注版の『生命の實相』にこのやうに書いてゐると云っても、索引が不可能なんです。

 

また、頭注版で『生命の實相』を15巻程しか持ち合わせてゐない人が果して、再び65巻を購入されるかどうかであります。購入者の立場を考えて欲しいとうことであります。

 他の著作に対しての配慮が足りないのと、何故新編には「著作はしがき」とゐうのがあるのか不思議である。他の文學作品であまり著作に對してのはしがきなど引用例がないのに、何故著作者に対して「はしがき」を付けるのかである。

 

また、あまり市販されていないが、今まで『生命の實相』で救われたという人が頭注版を規範としてその分類的な研究を為されてゐる人が何人か居られます。


そうした本を讀むと頭注版『生命の實相』を幾たびも讀まれ、新しく讀む人に索引輯のやうなを作成されてゐる人もいます。そうした労苦を考えると、わざわざ『生命の實相』を變える必要がなかったやうな氣がします。

また、光明思想社ではオンデマンド版を利用出来ます。それは頭注版を規範として居り、それならば頭注版のオンデマンド版のみで良かったやうな氣がします。下記の抜粋はトキさんが引用された文章です。私は全く賛成であります。

 

9231 :トキ:2014/10/10() 16:35:19 ID:VkEnV3Sg 山ちゃん1952様が「元理事も反対していた」旨を書かれていますが、それは私も聞いています。

 

「名前を出すと迷惑がかかる」とありますが、まあ、書かれなくても、名前はわかりますが(笑)

 

 まあ、章立てを勝手に変える事の信仰的に不可なる由縁は山ちゃん1952様が書かれていますので、

同じ事を書いても仕方がないので、現場の意見を申しあげます。

 

 組織が信徒さん向けに配布する資料には、生命の実相の抜粋が書かれている事があります。この場合

だいたいは従来の頭注版からの抜粋です。これをいじくられると、資料をいちから作り直す必要もでて

きます。

 

 また、信徒さんの全部が、生命の実相を全巻拝読されている訳ではありません。順番に読まれている

最中という人も多いです。また、一部が欠品という人もいます。そういう人にとって、生命の実相の章

などが突然変わるのは、困る事なのです。

 

 本の装丁が古い、というのなら、装丁などを変えればそれで必要かつ十分であり、それ以上の事をす

るのは、好ましくないと感じます。

 

また、今回出版された小冊子が引用部分で間違っているのですが、どうしてそれを阪田先生に聽かなかったとゐうことであります。出版する前にゐくらでも聽くチャンスはあったのです。

阪田先生のような偉い先生でも私が雅春先生のこと詳しいから聽かれるのですから、頭が下がる思いです。


私も阪田先生にそういうことを注意されます。本当にそうだと思って居ります。


 これを記入した後、光明思想社に行って、私の『谷口雅春先生著作年譜一覧表』(上・中・下)を贈呈しました。


今回の新編『生命の實相』についてですが、出版前に責任者と前理事(2名)とが協議して居り、その席上、前理事は全ての費用は負担するから、今からでも頭注版の『生命の實相』として変更をお願いしたが、斷はられたと云う。私も今回の件について出版前から記入してゐる内容であります。理事が光明思想社に行き、話合いするからということで10点程問題点を指摘して理事に渡しました。

 

それと、私のタイトルがしいのは、今後改める所存であります。お許し下さい。

ただ、今回の間違いは光明思想社において訂正されると思っています。

私も雅春先生が間違っているなどとゐう大口は申し上げるつもりはありません。それはその当時、もしかしてそのようにしていたのかも、知れないということであります。反対にそのままで云いと思っています。

勿論、その疑問も私も正式にデ-タベ-スにて調べておりますので、その学校や企業が掲載している内容です。もしかしてその團體が間違いしている可能性もあります。

     

ただ、今回の販賣された部分は自傳篇には御記入されていない文章で、今迄の著作に對して引用がない文章でありますので訂正をお願いした。

 

私も大本には7回程通って著作の漏れや間違いがないかを何度も古い資料にて探究させていただきました。『大本新聞』は全て讀みましたので、發行された時期も間違いないか何度も確認しております。

それでも間違いがあるかもしれないので再度確認させて戴きます。

(續)