下記の文章は『一粒の麦-提督・醍醐忠重の最期』吉本草兵著(昭和49年2月25日発行)から引用させていただきました。この文章のなかに溢れる生長の家信徒としての誇らしげな最期。(324~328頁)

戦犯において部下の責任を我が責任として処刑台に立たれました。

以前に海野馬一元陸軍少佐の『生命の實相』に点字の如く書かれた、醍醐中將の最期を紹介しましたが、今回は『一粒の麦』から抜粋させていただきます。言葉の間違いなどありますが、作家の意向によりそのままにて書き写させていただきます。昭和22年12月4日死刑執行

 

処刑の前々日、蘭印軍ポンチャナック刑務所長が、父、忠重の獄窓を訪れた。所長は父忠重に同情していた。

 「何かいい残すことはないか」

 所長は尋ねた。忠重は重々しく答えた。

 「特に、いい残すほどのことはないが、日本軍の残虐行為は遺憾であった。しかし、これは本来の日本古来の武士道精神とは無縁のものである。私は日本の武士らしく、天皇陛下の忠臣として従容とした最後を遂げたい。

 

それにもうひとついって置きたい。日本が絶対に正しかったとはいわないが、今回の戦争は多分に日本にとっては米国から追いつめられ、仕掛けられた戦争であった。日本を敗北させた米国は、ソ連と新しく勃興する支那を相手に、その勢力バランス上、今後数十年にわたって世界各地にその兵力を投入せざるを得ない破局に陥らざるを得ないであろう。

 

そして、日本を石油等で経済封鎖した米、英、蘭三国は、因果応報の原理により、逆に世界の新興国から石油封鎖されるであろう。そして世界は日本の経済繁栄を軸として、その情勢を変化させて行くだろう。私はいづれ後世の歴史家が、日本の止むを得ざる立場を明らかにしてくれることと信ずる」

 

 「私個人としては、貴提督のような人格者を処刑するにはしのびない。貴方はオランダを恨んでいないか」

 「私の死は世界人類の平和の礎としての意義を持つ。小さい一個人の死ではあっても、その有する意義は大きい。貴国オランダもインドネシアの独立運動に遭遇して、まことに御苦労なこととお察し申しあげる。一日も早く貴国に平和の日々の訪れることを祈る」

 

 「重ねていう。私は貴官に処刑の発砲命令を出したくはない。しかし上司からの命令を拒否することは出来ない」

 

 所長の顔筋は苦渋のため小刻みに痙攣しているようであった。

 

 「お願いがある。発砲する前に、国歌君が代を唱い、天皇陛下万歳を三唱したいと思うのだが……」

 

「わかった」

 

 所長は涙を流した。そして忠重は、逆にかすかなほほえみをさえ浮べていた。

 

死刑台上に縛りつけられた父の胸の中に、父が最後の心の糧とした宗教〈生長の家〉の金文字神示が刻み込まれていた。……

 

《※下記の神示は作者の意向により、間違いもそのまま記入しました》

 物質の束縛に縛られざるものを人間というのである。真の人間は「神の子」であって物質ではなく、肉体ではない。肉体でないから物質の世界に出入する事もない。物質の世界に出入することがないから物質の世界より見れば人間は不生である。不生であるから滅することも亦ないのである。物質界は念に従って生ずる念の映像なるが故に、従ってまた滅すれども、「人間」は本来物質界に生ぜざるを以って又滅するという事もない。人間は本来「生」である。「滅」に対する「生」ではなく、本来「生」であるから老なく、病なく、死なく、破壊がないのである。老とは「生」の衰耄をいえども、人間は本来「生」であるから衰耄せず老朽しないのである。衰耄は「生」にあらず、人間に非ず。衰耄なきを「人間」といい、老朽せざるを「人間」という。病なきを「人間」といい、死なきを「人間」という。釈迦は「人間」の生老病死の四苦を見て出家したといえども、釈迦はそのときまだ「人間」を見ていたのではない。念の影を見て「人間」と思い違いしていたに過ぎない。釈迦がこの世を観て無常と観じたのも「真の人間」の世を観たのではない。それは無明の投影の世を観て無常としたのである。真の人間は無常の中にあらず、肉体の中にあらず、人間は永遠不死、金剛身、如来身、実相身、清浄身である。人間は神の子なるが故に本来「浄」にして不浄ではない。人間を指して不生不滅不垢不浄を説きたれどもこれは物質に比喩しての方便説である。人間は不生不滅ではなく、本来生にして不滅がその実相である。また人間は不垢不浄ではなく真清浄真無垢がその実相である。本来生、不滅、本来真清浄真無垢なる人間の実相を知ったとき汝らは歓びに満たされて手の舞い足の踏か所を知らないであろう。

(昭和七年十一月二十五日神示)

 

 

 忠重が「天皇陛下万歳」を三唱し、国家「君が代」を唱ったとき、まさしく一切の迷は滅し、死への恐怖は滅した。忠重の眼前に白光に輝く天の使たちは飛び交い、虚空には七色の蓬莱島が出現していた。水晶にて造られた山頂の光輝入り乱れる宮殿より、白髪の神姿が立ち出でて忠重を指し招いた。戦死した特攻戦士たちが歓乎の中にゴンドラの船を辷らせて忠重を坐乗させたとき、りゅうりょうたる天楽の音の間に、天の使いの声が轟きわたった。

 「見よ、忠重、これぞ実相世界なり。一切の争いなく、病なく、悲しみなき国なり。不死にして生、永遠に不滅なり、円満具足清浄微妙の世界、不断の喜びの世界、汝の最後の試練を越えて入る不老不死、全人類調和の世界。今ぞ来たれ、〈神の子、醍醐忠重〉……」

 

 「プロシード(発砲開始)」

 

と執行官が命令を発した。一斉に十二発の銃声が静寂を破った。

処刑の銃声は響いたが、忠重には聞えなかった。忠重は莞爾として笑んだまま、歓喜と永遠

の実相世界へと没入して行ったのである。だが、その忠重が死の刹那に垣間見た金剛不壊の 

実相、大団円の世界の感激をもはや誰にも伝える術はなかった。しかしその必要もないほど忠重の顔は死去したとは信じられぬほどの生き生きとした感動に包まれていたのであった。

 

忠重を慕う現地人たちの、”ダイゴ イズ デッド、バット ヒズ マインド イズ ネヴァ デッド” (醍醐は死すともその精神は死せず)

 

 という悲しみの泣き声に、生けるが如き忠重の遺体は、じっとその豊かな耳を傾けながら、

今も永芳(御子息の名前)の眼底に眠り続けているかのように眺められるのであった。