なかなか、ブログを記入していて思うのは、私など間違いも多々ある。それは認めている。誤字脱字なども多い。またコトバの間違いも確かに多い。あとで反省したり訂正したり、そのままになってしまう場合が多い。でもいざとなれば何回も書き直しするが、それこそ収拾

がつかなくなるほど迷います。今回、御指摘戴いているコトバも5月と記入しているだけではわからない。たぶん、間違っていたのであろう。ただ、見ず知らずの人に別に指摘したわけでもない、どうしてそんなに怒れるのか、反対に不思議である。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのかどうか知らないが、相手は私を知っているのかどうか知らないが、仮に知らない人にこれ程の貶めるような感情というのはどうして出てくるのであろうか。今回の件と全く関係のない「俳句」「短歌」で指摘を戴いた。反対にそういう憎しみかどうかしらないが、そうした感情の軋轢があったのであろう。それが急に湧き出てきたように知らない相手にぶつける。

 本来、そんなことは出来ないが、何らかの蟠りがあったのであろうと推測できます。

心理學的にはどういうのであろうかはしりませんが、そこまでの感情に唖然とします。

 そうなれば、私の一言一句御指摘戴きたい。

 例えば『生命の實相』を『生命の実相』とよく書く人がいます。チラシなどでも見かけます。本来からいえば『生命の実相』というコトバは間違いであるのです。旧漢字とかではなく實の意味があると教えられていました。でも、それは許せるとしても『生命の実相』輪読会としている人を良く見かけます。そんな本ないのだが、たぶんこのような清廉潔白な人は許せないだろう。たぶん指摘するだろうなと期待はしています。

 

また、他のブログで書いても私も全部は見ていませんので、答えようがない、また、他のブログの1/3も見ていないのが実情であります。出来ればお怒りの方に私のブログで怒って欲しいし、批判して欲しい。怒る相手に仮に見られていなければ、自己満足の呟きにしかならない。本当にそんな事でいいのだろうか?相手が見ていることを前提に怒ったり、批判をして下さい。

しっかりと受け止めますので、今後是非私のブログに書いてください。よろしくお願い致します。