破邪顕正さんが「政治好き」について書いているが、何か一つ物足りないものがある。

あの説明では疑問が出てくる、それは「政治好き」だけでは駄目であるからです。

それなら、私もメンバ-だが「日本政策研究センタ-」のみの活動でいいのです。そこに「天皇信仰」を把握しなければ何にもならない。

 

《私は国家を成就し、地上に毘盧遮那如来(即ち天照大御神)が中心座にまします蓮華蔵世界を地上に実現することの方が、永遠の価値につながる問題であって、この方が重大だと思うのである。》

 

この国家観こそ「天皇信仰」の究極の価値である。そうした「天皇信仰」を本当にわかっているのか疑問である。歴代天皇の御製も知らず、名前もわからず。行跡も知らず、そうした旧跡にも知らないで平気でいる。それで私は「天皇信仰」を把持しているといわれても疑問である。

 

以前に書いたことであるが、三輪山に訪れたときであるが、その裾野でひっそりと拝んでいる老婦人がいた。三輪山は神体であるが、こうして拝んだことがあるのかである。

まったく、そんな事もせず、鳥居の前や本殿で拝む程度であった私は非常に恥じたことがある。自分は何を分かっていたのかである。畏怖の対象としての天皇観がぽっかりと抜けていたことである。

 

そこから「政治」にしても語るようにしている。歴史を勉強することにしている。自分はそれでも「天皇信仰」について、まだまだ把握などしていない。常にそう思いながら勉強するようにしている。