1595トキ ◆UMw6UoGELo:2016/01/29(金) 21:50:35 ID:A0ud18aE


生長の家でいうと、一連の問題については、破邪顕正さんと異なり、私は総裁は、過失犯である、という立場です。
私は、現在の谷口雅宣先生は、サイババと違って、それなりに崇高な動機と真面目な心境で、総裁としての任務を果たしていると思います。

しかし、結果は惨憺たるものです。

先日のバスの事故もそうですが、過失犯のほうが、被害が多い場合もあります。ご本人もつらいでしょうが、信徒もつらいです。

 ところで、「この世に起きることは、すべて、必然があって起きる」という法則をここでも考えると、現在の生長の家の運動や組織のあり方を考え直すために、
こういう出来事が起きたと解釈することも可能だと思います。

 もともと、生長の家の教えは、「人間=神の子」の教えでした。
それが、いつの間にか、組織が大きくなり、組織の運営に合わせて教えをまげるような行為も散見されるに至りました。

 総裁だけが神の子で、他の信徒は無条件に従え、というような風潮すら出てきました。
これは、生長の家の教義ではないです。

 私は組織の解体や総裁の更迭は主張しません。
しかし、ここは、基本に戻ることが何よりも大事だと感じます。基本とは何か。谷口雅春先生の教えです。信徒は、ようやく、その点に気がつき出したと感じます。




ここで一連の問題というのは裁判のことであります。
トキさんはその点を総裁は確信犯だと断定しています。その確信犯という言い方は別として主導的に裁判という方向に導いたことを指すと思っています。
間違っていればご指摘下さい。

私は確信犯というのはトキさんと違うかもしれないが、「生長の家」の教団を谷口雅春先生の思想を無くそうとしたことが確信犯と思っている。
無くなっていないという人がいるかも知れないが、少し考えてもわかります。雅春先生は住吉大神の啓示を頂き生長の家を立教されています。
しかも、護国という大切な使命を帯びていたのですが、それを破棄しています。本尊を無くしてしまったのはそれを大切にしなかった。
そういうことになりませんか?
「この世に起きることは、すべて、必然があって起きる」

たしかにそうかもしれませんが、私は知らないで起こしたのではなく総裁は「知って起こしている」ことであります。

ただ、それで教勢が発展すると思ったのは大いに間違いである。

前のブログで書いたように
 平成28年度の運動方針の目玉は、SNIオーガニック菜園部、SNI自転車部、SNIクラフト倶楽部
これはどこかの私設団体でしょうか?
自治会や趣味で作られたのでしょうか?

これでは立教の使命である。人類を救いたということに繋がるのでしょうか?

何故発展しないのかというと
トキさんが書いているように基本に戻ることです。
しかしその基本に戻るにはどうすればいいのかというと私は「学ぶ会」が発展するしかないと思っています。
雅宣総裁では雅春先生の教えに戻ることはありえない。
それは断定出来ます。組織の解体とか望みませんと書いているが、全国では崩壊寸前の教区があることを知らなければなりません。次第に崩壊することになっていきます。

ちょうど昭和15年の明窓浄机を読みましたが、どこの講習会でも超満員ということを雅春先生はお書きです。
沸々とした情熱が人々を呼ぶのであろう。しかも大阪府では中央公会堂以外でも開催している。しかも中央公会堂で年3回開催しているのです。
その雅春先生の気持ちを信徒は応えています。

現在の2年に一回という講習会は信徒には重荷である。いっそう無くしてほしいと思っていることに総裁は気が付くべきであろう。
それに比べれば、雅春先生の時代は来て欲しいという要望が各地にあったことが発展する要素である。
それに反して、長崎県での昼から撤退するのは谷口総裁の心情をそのまま意向し、教勢の衰退を物語っている。