谷口雅春先生の御文章 大本時代
『神靈界』(B五判)掲載のご文章
※ 『神靈界』では、旧名の谷口正治、谷口政治、まさはる、白龍王、小倉七美 等のペンネームで投稿、記事を書かれていました。 ※ 他に、谷口正治先生の役員紹介の一部は省略致しました。敬称は略させて頂きました。 大正七年十一月一日(第七十三號) 「對語 ある國」(幽界の樹林、男女の幽体縺れ合ひながら語る) 『神霊界』初めての寄稿 谷口正治(神戸からの寄稿文) 大正七年一月十五日(第七十八號) 「對話 光りなき國」(舞臺永遠の沈みたる暗黒。佛霊の群縺れ合ひながら語る) 谷口 政治(ママ)(目次は正解) 大正八年二月十五日(第八十號) 「入信の徑路 参綾の動機」(目次タイトルは名は岩田鳴球となっている) (私は綾部で初めて、自分の内なるものの審判に恥じない生活を見出しました、それは実に各人の働きが人類の喜びであるような生活でした。)大本の入信の動機を語る。 谷口正治 (神戸 二十七歳) 大正八年三月十五日(第八十二號) 「改心しかけた男の日記」○蟻と科学者 ○太陽のやうな神 ○智慧と運命 ○時節と天分 (短文) 谷口 政治(ママ) 大正八年四月一日(第八十三號) 「邪神の發生と身魂の修秡」(古事記の解読と「神癒」への比較論文) 谷口正治(表紙の名前谷口 政治) 大正八年四月十五日(第八十四號) 「大本靈学の私的研究」(皇道大本の鎮魂が催眠術ではないことと、憑依霊の形式など…) 「改宗者の手帳より」○建替は残虐なりや ○悪の発生問題 ○お前とならばどこまでも ○ミロクの大神(キリスト再臨と弥勒菩薩の下生と尊師の56歳7ヶ月に因んで“567殿” 「編集室より」 ※(編集後記)友清歓真より交替の旨 谷口正治 白龍王 白龍王 大正八年五月一日(第八十五號) 「金龍殿雑記」 「編集室より」 まさはる 白龍王 大正八年五月十五日(第八十五號) 「編集室より」(綾部新聞を執筆を記載) 白龍王
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