「生長の家」の言霊学というのは大変重要な意味を持っているのは皆様ご存知であると思います。
だが、たとえばア~ワまでを云ってみて下さいといえばどれだけいえるのであろうか?
また、招神歌でも言霊を理解のうえ唱えられています。だが、大本教からの影響であろうという人がいますが、それは間違いである。それならば比較して下さいと言いたい。多少は似ているかもしれないが、発想そのものが異なる。
その大本の原点は大石凝真素美の言霊解釈と似ている否ほとんど同じである。
それは
『言霊の大要』とは『神霊界』誌上に連載された言霊学の記事である。

初回は大正72月号に掲載され、以後は『言霊学』という記事名で計5回にわたって毎月連載された。(3月号以降は1日と15日の月2回刊となったので毎号連載というわけではない。掲載されたのは31日号、415日号、515日号、615日号である)

署名はないが王仁三郎が書いた、もしくは監修したものと思われる。

この記事の中で六角切子の図を出して、75声の言霊の各方面への活用を説明している。
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声については「体」と「用」に分けて、25声については「用」のみを説明している。
この「用」の内容は『大日本言霊』とほとんど同じである。
「体」は山口志道の『水穂伝』の「言霊一言之法則」がもとになっている。

八幡書店が昭和61年に発行した『神霊界(全九巻)』を原本として用いた。
これの第二巻に上記の5号が載っている。

例えば『神霊界』大正73月号(P13P20)には

言霊学
シ聲の言葉
昇水の霊也 始也 終也 死也 己也 幸也 司也 育也 石也

牛七 堅く締める言霊也、乾き締り也、子一、却面弛み撒る義、
丑二、寛(ゆる)み撒ねる也、後略

谷口先生は『言霊と神通力』(P13
スの声は中心に締め括る霊力をもっているからであります。スボム、統べる、主(す)、皇国(すめらくに)、天皇(すめらぎ)などの言葉にスが附いておるのはこの為であります。統一され混乱していないという意味から、澄む、住む、透くなどと云うスの声をもった言葉で出来ているのであります。

確かに堅く締める言葉とは書いてはいますが、中心に締める、統一するとは書いていません。

『生長の家五十年史』には
《谷口雅春先生は言霊学については既に大本時代において、江戸時代の国学者である堀秀成や、明治時代では川面凡児や林甕臣の著書を読まれて、その素養を身につけておられたが、この時には、これらの人の著述を典拠としているだけでは異説紛々として確実な解釈を得ることが出来ないために、言葉にヒビキがあり、ヒビキにハタラキ即ち命があると言う真理から、自らの言霊学を『日本霊学略解』(昭和133.01発行生長の家講習会テキスト:50音の霊性を解説同内容が『日輪めぐる』『幸福読本』に記載)としてまとめられている。また戦後は、それを改訂されて『真理』第4卷青年篇に「言霊の神秘について」と題して収録されている。》印は山ちゃん記載

だが、ここで見落とされているのが大本時代の『言霊と神通力』である。これが基本となっていることを見落とせば『古事記』との関連との発想が見出されない。それは大本に入信していたから結びつける事が出来るのである。

最後に『言霊と神通力』に

1)宇宙の一大神劇

何と言う皇典「古事記」は驚くべき大預言であるだろう。私は此頃つくづくこの書物が上中下三巻日本の国に逸散せずに残されているということは、吾等にとってどんなにか力強い事であるだろうと考えます。この纔(わず)かな書冊のうちには過去現在未来を通じて宇宙に起って来るべきあらゆる悲劇、喜劇のプロットがをさめられています。それは全く驚くべき秘密の玉手箱であります。

 このようにして直感にて古事記を預言されているのであります。

古事記を基本とする生長の家は古事記は聖典でもあるべきである。




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