則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2020年08月

讀んで戴ければ幸甚です。

「歿」が表外字で何故「没(ボツ)」なのか

「大東亞戰爭無縁戰歿者英靈に捧ぐる辞」で書きませんでしたが、インタ-ネットで調べて見ると「生長の家」の信徒でも引用されている字は全てが「没」の字なのです。「日が没する」と同じ感覚なのです。「歿」は「歹」編で辞書では歹部(がつぶ)は、漢字を部首により分類したグループの一つ。康熙字典214部首では78番目に置かれる(4画の18番目)。

歹(𣦵、歺)の字は肉を削り取った後に残った骨を意味する。偏旁の意符としては死や傷害に関することを表す。歹部は上記の意符を構成要素にもつ漢字を収める

 

殉職の「殉」はどうしてこの字であるかを考えたら理解できるが、表外字で歿がどうして駄目なのかわからない。先日もある字で「お陰様」と書いたら、その漢字は谷口雅春先生はあまりお使いになられませんでしたよと教えて頂いた。私もそれは納得するしかなかった。確かに、『生命の實相』を読むと、全てがこの字であるからです。「お蔭様」と書かなければならない。先日も知らなかった字であったが「蹈」という字ですが、谷口雅春先生はちゃんと分けて使われていました。多くは「踏」ではなく「蹈」を使われている。『生命の實相』を読めば理解できるのですが、やはり私も今回初めて知って、勉強不足を感じています。

冷遇な対応、これは仕方がないのか?

先ほど、「ときみつる會」に谷口雅春先生の古書を蒐集されていて、それを見せて頂けるかどうか確認したが、ケンモホロロである。まあ案の定である。「生長の家」が発展しないことを自覚されているかどうかしりませんが、これじゃ敎勢の発展も無理だろうし、酷く感じるのは私以外にもいるのではないかと詮索する。これじゃ私がまるで荒らしたり、粗末に扱ったりするように感じるのであろうか。「生長の家」では人間神の子の教えであるが、講演などでそのように説くのであろうが、「ときみつる會」も他人には素っ気ない感じである。

 私の対応して戴いた方は事務員である。その事務員の対応が悪いのではなくその会社の「社長」が対応が悪いからです。「宗教」がこんなことでは、人は救われない。

例え、その人が講師であろうと、本当の生長の家を知らないのである。講師になれば自分が偉くなったと勘違いするのであろうか。本来はそんな人間ではないと思うが、電話にも応答しないから私は理解出来ない。このブログで一気に広まるが、「悪口」とかではない。修正して欲しいだけである。「生長の家」の教えでどうしてそうなるのか不思議だからです。 

 

そんな古い資料を自分だけのものにするのは「我」であり、「執着」であり、「物質慾」である。

先日、『聖光錄』の昭和28年代の表紙はボロボロである。皮が酸性して手に触っただけで崩壊してしまう。それをどうすれば保存出来るのか、そうした整備も遣り方があるが、多額な修繕費がかかる。私も夥しい程の谷口雅春先生の著作を所有しているからどうにかしたいが、個人ではどうすることも出来ない。「谷口雅春先生」の正しい教えを傳える人はもう出てこないのかと嘆息する。

 

それと対応の仕方も悪い、会社ではそんな対応すれば失格である。もう二度と「ときみつる會」とは相手方から対応なければ、もう関わることがないだろう。私が知っている大手企業に「ダイキン」があるが、「脅迫」とかの電話での対応というのがあり、決して相手を粗末に扱わないのも礼儀であるのである。言葉を選んで発言するのである。相手に嫌な気持にさせないことも大切である。

 破邪顕正氏が書いていたが
《直接目に見えないお客様こそ、会社の本当の支配者である、という当たり前でしかも基本的な認識がなくて、経営はできない。》

 

一燈園や大本で歓待されたが、「生長の家」は冷遇である。それを感じるのは情けない。

 

 何故、「生長の家」の教えを受けながらそんな人格に育つのであろうか不思議である。私も蒐集しているからよく理解するが、私の場合は閲覧や手に触っていただくのもOKである。決して連絡ある人には粗末に扱ったりしない、遠くから来て頂く人はより歓待したい。

 私ならそれならどのように対応するかというと、相手に嫌な感覚をしないように。
「整理したら『著作集』を作成するので、それを送りますので、すみませんが、少し日程を下さい。」

 まあ、そんなことを考えもしないだろう、無理だろうな…。嫌な電話だ、事務員にそんな「電話が掛かってきたら断れ!」まあ「強引な押し売り」しかみていないんだろう。

 私の著述した本が頒布されてから「これ程素晴らしい本であったか知らなかった」と後悔しても遅いと思う。

 

 前回のブログで書いたが「谷口雅春先生」の御著書を大切にするのはその著書がどういう事が書かれているかを後世に伝えることなんです。自分の所に大切に保存してなにも傳えないで「悦に入る」のが、大切に保存するとは云わない。まあ、生長の家教団と同じであることが分っただけでも大収穫である。

 私の友人に「朝日放送」のアナウンサーがいる。現在『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の作成で仕事もしないで没頭している事を知っていて、生長の家教団から色々と教えてもらえるのでいいですね。と聞かれた時に即座に「いいえ、その反対に二度と聞くな」という感じです。と応えたら、「それ本当に宗教ですか?」と云われた。その人はいつでも困ったら相談して下さい。金銭でも都合します。私もその家の事情も理解できるので、もったない感情がわいてくる。
 
 そのコトバだけでも十分にありがたい。
 

 

「大東亞戰爭無縁戦歿者 英靈に捧ぐる辞」

「大東亞戰爭無縁戦歿者 英靈に捧ぐる辞」

   谷口 雅春

 

大東亞戰爭に忠勇無双の奮闘ををつづけ ついにこの戦争に肉體の生命を獻げつくして霊界に旅立ち給える諸霊に告げ奉る ことに今なお遺族不明にして御魂を祀ることを成し得ざりし戰爭の靈たちに斎主谷口雅春告げ奉る 本日大東亞戰爭終了の記念日を選び卿等の忠誠と功績を偲び奉りみたまを慰め奉り 眞理の悟りに導き奉らんとして ここに生長の家の信徒たち集りて聖經『甘露の法雨』を讀誦し奉らんとす 庶幾(こいねがわ)くはこれを受け給へ

 

惟うに大東亞戰爭は卿等の忠勇無比なる奮戰にも拘らず日本の敗戰となりたれども 決して卿等の奮戰は無駄に終りたるにも 犬死せられたるにも非ず あの戰いの目的は当時すでに明瞭に「大東亞民族の解放戰」と名づけられたるに非ずや 

 

これは人類進化の一周期の完了期が近づきたるが故に 今まで白色人種に侵略され その原住国土を白色人種の属國 保護領 植民地とされ 有色民族たる原住民は奴隷のごとく待遇されいたる大東亞およびアフリカの有色民族も この人類進化の宇宙周期の完了に際して 白色人種と同等に「神の子なり」との自覚を得て独立すべき宇宙プログラムを現象界に実現する時機至りたれば 有色人種といえども 白色人種を壓倒する力を有するという實例を示して 有色民族たちの自立獨立の精神を自覺せしめる契機を与うる必要ありてあの戰爭には宇宙の人類進化の神界のプログラムを達成する役割を演ずる偉大なる犠牲者出現せざるべからざりしなり 

 

その偉大なる役割を演ずるために開かれたるがあの大東亞戰爭なり

 

 その偉大なる犠牲的役割を演じて自己の生命を献げて人類進化に道をひらきたるが あの大東亞戰爭において戰死されたる卿等日本軍の将兵たちなり 卿等の戰死はまことに無意義にも犬死にも非ざりしなり 

 

 キリストが一身を獻げて人類の身代りとなりしがごとく 卿等は一命を捧げて 大東亜諸民族および  アフリカ諸民族の魂の自覺の進歩のために貢獻せるなり 

 

卿等の功績決してキリストの人類救濟の功績に優るとも劣るものにあらず すでに大東亞の民族はすべてその原住國土において獨立せり 

 

すでにアフリカの民族もそのほとんどは原住國土において獨立せり かくて「大東亞民族の解放戰」と稱するしたりしかの戰爭目的はすでに達したり 戰爭目的の達成は勝利というべきなり 日本は勝利せるなり

 

卿等はみじめに敗戰して犬死せる者には非ず 人類進化の周期完了に近づきて偉大なる功績を果せるなり 今上天皇陛下が 平和愛好の御心にて あの大東亞戰爭開始に反対の意志をなされ「四方の海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」という明治陛下の御製を御前會議の席上にて朗詠せられたるにも拘らず戰爭を抑止することを得ず 

 

軍の真珠湾攻撃後 陛下はついに宣戰布告の詔勅において「豈朕が志ならんや」の一句を挿入せしめられたるごときは まことに以て 

あの戰爭が人類進化の過程として道を拓くべき宇宙的プログラムにして何れの國民かが犠牲となって大東亞およびアフリカ民族の自覺促進に貢獻する宇宙的必要必須の使命を果たす必要ありたるが故なり 

 

かくて卿等は一身を献げて すでにこの偉大なる目的を達せられたるなり 讚うべきかな卿等の犠牲的精神よ 宇宙の大神 今卿等の功績を稱讃し 靈界において一層高き位に進められんとす 

 

そのための悟りの彼岸に渡すべき如来の願船としてここに聖經『甘露の法雨』を讀誦す これ觀世音菩薩の願船なり 塩椎大神の目無堅間の小船なり この如来の願船たる聖經に乘りたまいて悟りの彼岸に渡り給えと生長の家信徒一同卿等を敬って合掌禮拝して感謝の意を述べ奉る   昭和三十五年八月十五日 頓首再拝

     (『新版 魂のふるさと宇治』

 

無縁塔に捧げる平和の祈り(宇治別格本山の歴史より抜粋)

 

 昭和三十八年八月十五日未明、突然私は寝床を脱けだして唯一人聖経『甘露の法雨』と 「大東亞戰爭無縁戦歿者英靈に捧ぐる辞」 を持って、無縁塔に登って行きました。

 夜霧は足をしっとりとぬらします。あたりはまだほの暗く、東の空はかすかに白み、山には人影一つなく、静寂そのものです。

 

  香華をくゆらし正座合掌瞑目---   時刻は正に午前五時十分---

 三千有余柱の無縁の英霊よ眠りませ…。

 

  唯一人霊前に額(ぬか)ずいて、神想観のできる喜びを天地万霊に感謝しつつ、この声全宇宙に響けと、音声朗々(おんじょうろうろう)と招神歌を唱え、全く神人合一の神想観に入った。終わって谷口雅春先生がお示し下さった「大東亞戰爭無緣戰歿者英靈に捧ぐる辞」 を、本当に全身全霊を持って読誦、英霊に感謝を捧げました。

 

  「キリストが一身を捧げて人類の身代わりとなりしがごとく、卿等(けいら)は一命を捧げて、大東亜諸民族およびアフリカ諸民族の魂の自覚の進歩のために貢献せるなり」と読んで来た時、雲流れる大空の果てに、或いは炎熱の南太平洋の怒涛に、或いは酷熱のジャングルに、散華された幾多の英霊達よ、さぞ辛かったろう、口惜しかったろうと涙がとめどなく流れてきました。その悲惨な最期を想起し、本当に心の底から慰めてやりたい気持ちで朗読を続けました。

 

  「讃うべきかな卿等の犠牲的精神よ 宇宙の大神 今卿等の功績を賞賛し 霊界において一層高き位に進められんとす」まで読んできた時には、万感胸に迫り、ワァッとばかり大声をあげて泣いてしまいました。ただ滂沱(ぼうだ)の涙が膝をぬらすばかり。

 

  深い深い世界平和の祈りの内に聖経『甘露の法雨』を誦げ、大調和(みすまる)の歌を終わって二拍手の後、目をあけてふと眼前を見ると、無縁塔が黄金色に輝き、後光が射しています。  不思議、と振返れば、はるかに東の山上から太陽が昇り始め、金色の光芒燦然(こうぼうさんぜん)と輝くその神々しさ、思わず合掌した時、パッと頭に閃くものがありました。

  昔、神武御東征の折、賊軍長髄彦(ながすねひこ)が押し寄せて皇軍が危くなった時、いずこからともなく金の鵄(とび)が飛び来たり、神武天皇の御弓の筈(はず)に止り金色燦然たる後光に賊軍は退散したいという神話から、軍人の最高栄誉である金鵄勲章(きんしくんしょう)が制定されたが、光は〝真理″であり、退散した賊は〝迷い″である。今こそ〝真理の御言葉″によって、今まで迷っていた三千有余の無縁の英霊は、高き霊界にのぼられて我等を守り給い、世界平和の礎となられた神啓であると拝しました。

 

  更に不思議なことは、下山しようとした六時二十分頃、急に雨が降り出し、やがて沛然(はいぜん)たる大雨となって身動きも出来ません。思えば三世の英霊達がこの谷口雅春先生の讃辞により、英霊に於いて懐かしい親子兄弟との再会を果たした随喜の涙でなくて何でありましょう。・・・

 

 今こそ全信徒一丸となって、世界平和の祈りと実践運動に徹し、世界平和の先達であり、人類光明化の尊い犠牲となった二百三十万の英霊に、谷口雅春先生の讃辞を捧げて、霊界より人類光明化運動に参加して戴き、全世界を愛の霊波で覆いつくそうではありませんか。

 (「生長の家」誌昭和三十八年十一月号より)

 

精霊招魂神社の建立

 

大東亜戦争において戦病死された軍人軍属の中には、未だ生死のほども分らず、戦場の風雨に遺骨がさらされたまま、もしくは太平洋の藻屑となって海中ふかく放置されたままになっておられる英霊のあることを嘆かれた谷口雅春先生は、昭和三十七年の秋、これら精霊を招魂し聖経読誦の供養を行う神社を建立したいとの御意向を示された。 

 

 この御意向をうけて「精霊招魂神社造営奉賛会」が設立され、全国有志によびかけが行われた。

 

   昭和三十八年一月十日に設立されたこの奉賛会へ、日ならずして全国各地より浄財八百余万円(一口百円以上)が集まり、いよいよ造営の運びとなり、昭和三十八年四月十三日に地鎮祭、ついで同年七月十三日に上棟式が行われた。

 

   さらに同年十月二十一日午前九時より、谷口雅春先生、輝子奥様の世界御巡錫御帰朝を記念して開催された宝蔵神社秋季大祭・ 詳密講習会の参加者約五千名が参列して盛大な落慶祭がとり行われたのである。

「光明思念の歌」についての追補

「光明思念の歌」についての追補

 

実は前回にも書きましたが、掲載されているのは『生長の家五拾年史』の309頁の「二・二六事件と「大調和の歌」」に記載があります。私の『谷口雅春先生著作年譜一覧表』に昭和11年の項に

二・二六事件の直前に「大調和の歌」を発表。

光明思念歌「天照らす御親の神の大調和の生命射照らし宇宙靜かなり」を発表。『生長の家』誌313日発行に「全人類光明思念の放送」を提唱。2.26事件後、光明思念歌を神想觀の終りに復唱することになる。

 

そのように書いているから、間違いないのですがその後の谷口雅春先生の著作に例えば『光明の健康法』昭和1391日発行には第五章 『神想觀』實修の形式並に注意/134-156があるのですが、「光明思念の歌」「大調和の歌」の記載がない。戦前にそうした確たる資料がなく、光明思念歌を神想觀の終りに復唱するという、實修法というのがどこかに記述されていると思っているのです。御存知の方がおられたら教えて欲しい。

「光明思念の歌」というのが、いつから実施されるようになったか

今回、基本的神想觀について疑問があったのです。何を云っているんだと諸先輩方から叱られる様な言葉が出て来ますが、言い訳すれば私が「生長の家」を知ったのは小学生の「神童会」からで古いだけの人間です。そこでよく行ったのが、戦前の神想觀の実修なのです。

「合掌の手の先をアンテナにして」とか「七分ほど息をはいて」とかそういう言葉で行っておられる先生がほぼ全員でした。

 そこで質問なのですが、その戦前の実修した神想觀が下記の方に書いています。多分、気が付いておられると思いますが、「光明思念の歌」がないのです。「招神歌」を一度、稱えて終了です。この「光明思念の歌」というのが、いつから実施されるようになったか御存知の人がおられましたら、教えて下さい。

 或る方から戦前の「神想觀實修法」というコトバが書いているのを頂きまして、今まであまり気にとめることがなかった、光明思念の歌にフト、無いじゃないかと気が付いたのです。下記にそれを写したものがあります。

 

現在は

「基本的神想観」

吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る。此処がこのまま実相の世界である。

神の無限の智慧の海、神の無限の智慧の海、神の無限の智慧の海------

神の無限の愛の海、神の無限の愛の海、神の無限の愛の海------

神の無限の生命の海、神の無限の生命の海、神の無限の生命の海------

神の無限の供給の海、神の無限の供給の海、神の無限の供給の海------

神の無限の悦びの海、神の無限の悦びの海、神の無限の悦びの海------

神の無限の調和の海、神の無限の調和の海、神の無限の調和の海------

この大調和の実相の世界にいて、吾れ神の子として神より無限の生かす力の供給を受けつつあるのである。

 

(合掌より天降り来る神のいのちを、鼻より受けて吸い込む心持にて静かに息を吸う。息は吸気と共に頭上より脊柱に沿うて全身に流れ入り、全身が神の霊的生命より置き換わるが如き思いしつつ)

 

神の無限の生かす力自分の中に流れ入る流れ入る流れ入る------

 

(と念ずる。充分吸気したる時、その吸気を下腹に落し、。丹田に充実膨満の感を起し、その充実の感を、神のいのちに満たされていると観じ、静かに下腹に息を保ちたるまま)

 

満たされている。生かされている。満たされている。生かされている。ありがとうございます。ありがとうございます。------

 

(と念じ、全身神のいのちにて光明遍照せる様を心に描き、心の眼を以てそれを見詰めるつもりにて精神を統一し、呼気は吐かず自然に鼻より漏れ出ずるにまかす。自然に呼気が洩れて、吸気を催して来た頃息を吸う。吸う時の心持前述の通り。丹田充実、満たされ生かされている思念前同様。)

 

もはや吾れ生くるにあらず、神のいのちここにありて生くるなり。

 

(と念じ、以下順次繰返す------。)

 

 

戦前に於ては「基本的神想観」というものがなく、どのように神想観を実修されていたかと申しますと

 

「招神歌」の後

(次に大生命と自分との一體感を祈ります。)

 

生長の家を通じて働き給ふ神よ、此の合掌をアンテナとして大生命と一體にならしめ給へ、

 

(次に無限供給を默念致します。)

 

吾れ今五官の世界を去って實相の世界に居る、自分の今坐つてゐるのは實相の世界であつて、神の無限の智慧、無限の愛、無限の生命、無限の供給に充ち滿ちたる一切大調和の世界である、此の大調和の實相世界に居て、自分は今神の子として、神より無限の生かす力の供給を受けつゝあるのである。

 

かう念じながら本當に自分は今實相の世界に居て、神の無限の生かす力の供給を受けてゐると云ふ氣持になつて鼻から靜かに生氣を太く長く吸ひ込みます、空氣を吸ふと思はないで「神の無限の生かす力自分の中に流れ入る、流れ入る、流れ入る」と念じながら吸ひ込みます。

充分に生氣が這入りましたら、ミゾオチの邊りを少し引込めるやうにして生氣を下腹へ飮み込み落とします。―下腹の充ち滿ちた感じを利用して「神の無限の生かす力に充たされてゐる、生かされてゐる、滿たされてゐる。生かされてゐる。」と念じながら下腹に輕く力を保つやうにしてゐますと、自然に鼻から生氣が漏れて出ます、―七分通りの生氣が漏れ出てまだ三分の生氣が下腹に殘つてゐると云ふ時に、再び前の如く、「神の無限の生かす力自分の中に流れ入る、流れ入る、流れ入る」と念じながら靜かに生氣を吸ひ込みます、その生氣を下腹に飮み込み落として又、「神の無限の生かす力に充たされてゐる。生かされてゐる、滿たされてゐる、生かされてゐる。」と念じます。斯くの如く念じつづけつゝ呼吸すること約三十分、終りにも一度「招神歌」を稱へて一回の神想觀終了であります。

 

 

貴重なモノでも公にしないと無いのと同じ

 先日、関西大学総合図書館に行って、献本のことについて、お聞きしたのですが、相手の受付の女性の横暴な「上から目線」には本当に嫌になる。

 献本するのだから、少しは感謝してもいいはずであるが、「廃棄」することもありますとか、断わる場合もありますとか、本当に「書名」も何も発言していないのに、決め付けの対応には驚いた。どうしてこんな酷い言葉を平気で云うのであろうか。

 「国会図書館 関西館」でもそんな感じであった。ガッカリして「国会図書館 東京館」に連絡した。その親切な対応との違いに驚く。

 

 人は時として「努力」しないで、手に入れたものと同じような扱いも、人に対しても傍若無人になるのであろうか。

 

亀の子さん葉月廿八日に書いておられるが

「他にも谷口雅春先生の思想や御教えを研究されておられる方もおられるでしょうが、いくら貴重なモノでも公にしないと無いのと同じことです。」

 

結局はここなんです。各諸団体で調査したりされているとは思いますが、「公」にしないのはしていないのと同じなのです。団体内部で、これは貴重な資料であると秘匿にしたり、そのまま放置したりするのは、「谷口雅春先生」の御本が泣いているように思えてならない。それは私の思い過ごしであろうか。

追補した文章

今回の『谷口雅春著作年譜一覧表』を作成するにあたり、もっと調べなければならない所があることも発見しました。それは未だ不明な「著作」があることなんです。

摂津紡績時代の御寄稿された文章などは現存していません。もしどこかにあるのではないかと思うこともあります。戦後まもなくならば、可能性として残っていました。しかし、今更後悔しても遅しです。

この日本で所有しているのは私だけの「谷口雅春先生」の御寄稿された雑誌をもっています。それも偶然に発見しただけなのです。そういうものを纏めて、今回一冊にしました。また、それを系統立てて、より分り易い総覧(レファレンス集)は今後の作成課題です。各宗教においては開祖の資料は大切に保存し、信徒に閲覧できるようにしています。宗敎だけではない、例えば「松下幸之助」に関してでもそうです。PHP研究所松下理念研究部において、「松下幸之助と生長の家」―石川芳次郎を介して(川上恒雄著)―及び「松下幸之助の死生観・霊魂觀」(川上恒雄著)である。

 

下記のような記載があります。

 「幸之助が生長の家からもっとも影響を受けたと思われるのは、谷口の説く生命力あふれる世界観である。個々の生命は宇宙大生命より与えられ生かされているのだという生長の家の見方は、幸之助のそれと大差はない。

もっとも、真言宗や天理教でも似たような生命観にすでに出会っていた可能性は否定できないので、生長の家の教えにより、さらに確信を強めたとも解釈できる。」

 

 また、京セラの社長であった稲盛和夫氏においては「鹿児島時代の稲盛和夫―幼年時代から学生時代まで―」吉田健一著では

 「稲盛は後の人生にも大きな影響を受けることになる谷口雅春の『生命の実相』(ママ)においては出会うことになる。自伝には以下の記述がある。

 「熱にうなされて(※和夫氏が結核を患っていた)病床に伏せていると、隣の家の借家住まいの奥さんが生け垣越しに声をかけてきた。『和夫ちゃん(※当時12歳)、ちょっと難しいけどこの本読んでごらん』と渡されたのは『生長の家』主催者、谷口雅春の『生命の実相』である。もちろん何の本かさっぱりわからない。だが、同居の叔父も結核で明日をも知れないという時なので、藁にもすがる気持ちで、むさぼるように読んだ。ペ-ジをめくっているうち、こんなくだりに出会った。『われわれの心の内にそれを引き寄せる磁石があって、周囲から剣でもピストルでも災難でも引き寄せるのであります』。

 子どもながらに思い当たることがあった」加藤氏の『ある少年の夢』(※加藤勝美著)にはこの『生命の実相』を貸してくれた人は林田バス(※現在はいわさきバスネットワ-クに移行)の運転手をしていた長野という人の奥さんだったとある。(中略)柏谷氏(柏谷昌志、京セラ秘書室経営研究部)はレポ-トの中で、「太初に『生命の実相』でありき。

 稲盛名誉会長の思想がいかに形成されていったのか。この重大なテ-マにあたり、まず最初に取り上げるべきは、名誉会長が結核の中で貪り読まれた『生命の実相』であろうと考える。名誉会長ご自身も、ご自分の思想形成にとって多大な影響を及ぼしたものとして、著作、盛和塾、社内講話等々、様々な機会をとらえて『生命の実相』体験について述べられている」と述べ、稲盛の思想形成を知る上では最も重要なものの一つに位置付けている。」(※は編纂委員会にて追補させていただきました。)」

『聖光錄』の歴史とその索引

『谷口雅春先生著作年譜一覧表』では『聖光録』の歴史というのか、戦後の占領期間が終了していても、なかなかその呪縛が繙けなかった時代から、昭和61年頃の「法燈継承の真義」が追補されるまでを記載しています。

 今回出版された『“新しい文明”を築こう』という雅宣総裁の出版されたものと何が違うのか、どうして変更されたのか、また昭和61年以降の『新編 聖光録』は「谷口雅春監修」から「谷口清超監修」と変更されています。しかも改訂版とかそういう記載もなしです。その当時の発行責任者は中島省治氏である。何故、そのようにしたのか疑問ですが、生長の家信徒必携のものです。

 

『聖光錄』の歴史と索引

① 『聖光錄』-生長の家家族必携

生長の家本部編纂

昭和28 11日 日本教文社刊 初版

当初の『聖光錄』には谷口雅春監修という表示はありません。

総数378頁+21頁(樂譜・住所録)

『生長の家』敎團教規と『生長の家』敎團規則が掲載

神示―20

神想觀實修法のみ

目次

招神歌/1

七つの燈臺の點燈者の神示/3

大調和の神示/5

完成の燈臺の神示/9

生長の家の食事/13

新天新地の神示/17

聲字卽實相の神示/21

萬敎歸一の神示/25

無相圓相一切相の神示/29

歸幽の神示/33

生死の敎/37

『いのちのゆには』の神示/41

本來生、不滅の神示/45

靈魂進化の神示/49

信仰生活の神示/53

懺悔の神示/59

無限供給の神示/65

無病常樂の神示/69

自然流通の神示/73

報恩行に就いての神示/79

本當の信仰に就いての神示/83

光明思念の歌/89

『生長の家』七つの光明宣言/91

『生長の家』家族の祈願及修養/95

魔術の話/107

吾が祈り/147

神國實現への手紙/175

毎週の反省/175

智慧の言葉(抜萃)/219

神想觀實修法/247

※蓮華日寶王地觀/251

※如意寶珠觀/254

※淨圓月觀/257

※觀普賢菩薩行法/259

※遠隔思念の一形式/262

※は目次には記載なし

萬敎歸一要典/267

『生長の家』敎團教規/315

『生長の家』敎團規則/329

生長の家・聖歌(歌詞及び樂譜)/345

實相を觀ずる歌/346

生長の家の歌/348

堅信歌/352

いのち柱の歌/353

白鳩會の歌/354

白鳩讃歌/355

無限供給讃歌/356

神靈降誕譜/358

研修會 敎習會 講習會 練成會 光明講座   記入欄/373

住所錄/378

附錄(別冊)

生長の家敎團本部 誌友相愛會名簿 36頁(頁数は無)昭和二十七年十二月現在

聖光録-1
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② 『聖光錄』-生長の家家族必携(改訂再版)―

生長の家本部編纂

別冊附錄「日本の精神と憲法」付き

昭和42年 日本教文社刊

昭和28年版からの改訂箇所は、

神想観実修法(特殊なる神想観を1つ追加)、生長の家聖歌・楽譜9曲追加、附録別冊の変更等

目次

招神歌/1

七つの燈臺の點燈者の神示/3

大調和の神示/5

完成の燈臺の神示/9

生長の家の食事/13

新天新地の神示/17

聲字卽實相の神示/21

萬敎歸一の神示/25

無相圓相一切相の神示/29

歸幽の神示/33

生死の敎/37

『いのちのゆには』の神示/41

本來生、不滅の神示/45

靈魂進化の神示/49

信仰生活の神示/53

懺悔の神示/59

無限供給の神示/65

無病常樂の神示/69

自然流通の神示/73

報恩行に就いての神示/79

本當の信仰に就いての神示/83

光明思念の歌/89

『生長の家』七つの光明宣言/91

『生長の家』家族の祈願及修養/95

魔術の話/107

吾が祈り/147

神國實現への手紙/175

毎週の反省/175

智慧の言葉(抜萃)/219

神想觀實修法/247

神を讃へる神想觀/251

蓮華日寶王地觀/259

如意寶珠觀/262

淨圓月觀/263

觀普賢菩薩行法/267

四無量心を行ずる神想觀/270

遠隔思念の一形式/274

萬敎歸一要典/279

生長の家・聖歌(歌詞)/327

實相を觀ずる歌/328

生長の家の歌/330

堅信歌/334

いのち柱の歌/336

新生讃歌/337

無限供給讃歌/338

今此處天國偈/341

光に向ふ歌/343

讃春歌/344

白鳩讃歌/346

神靈降誕譜/349

慈母愛育譜/351

白鳩會の歌/352

靑年會の歌/354

神と偕に生くる歌/357

望郷囘光譜/360

今ここに新たに生れ/363

使命行進曲/366

練成獻身譜/369

久遠いのちの歌/372

天國成就の歌/380

宇宙莊嚴の歌/383

をみなこそ/386

生長の家・聖歌(樂譜)

記入欄(研修會 敎習會 講習會 練成會 光明講座)

住所錄

―附録(別冊)―日本の精神と憲法 

目次

五箇條の御誓文/1

敎育ニ關スル勅語/2

大日本帝國憲法/3

日本國憲法/13

聖光録-3
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③ 『新編聖光録』-生長の家信徒必携―

谷口雅春監修生長の家本部編

昭和5431日 初版 日本教文社刊

別冊付録(連絡必携、ラジオ放送案内、諸行事参加記録欄、祝福祈願・献本・愛行記録欄)付き魔術の話・吾が祈り・毎週の反省・聖歌が削除され、生長の家の信条(約)・人類光明化運動指針、人類光明化運動発信の宣言、人類光明化のパテントは諸君に譲られたに差し替え、神想観実修法-附各種の神想観-に17の祈りと神想観が追加、改訂版の別冊「日本の精神と憲法」は「五箇条のご誓文」か゛削除され本文へ、教育ニ關スル勅語

生長の家聖歌・楽譜は削除され、生長の家のマーク(意義と由来)、生長の家の沿革、『生命の實相』総目録に差し替え、神示にはこの時点では「大和の國の神示」はなし、生長の家沿革を追加

 

七つの燈臺の點燈者の神示

大調和の神示/1

完成の燈臺の神示/8

萬敎歸一の神示/9

新天新地の神示/11

“心の法則”と“平和への道”の神示/13

歸幽の神示/16

生死の敎/18

“最後の審判”に就いての神示/19

信仰生活の神示/20

聲字卽實相の神示/22

上求菩提・下化衆生の神示/24

『いのちのゆには』の神示/26

使命邁進の神示/29

無相円圓相一切相の神示/30

無限供給の神示/31

久遠天上理想國實現の神示/33

萬敎包容の神示/38

懺悔の神示/40

實相金剛身の神示/43

無病常樂の神示/46

本來生、不滅の神示/47

梅の花の神示/49

自然流通の神示/52

至上者の自覺の神示/54

本當の信仰に就いての神示/57

靈魂進化の神示/59

兒童敎育に關する神示/61

生長の家の食事/62

終戰後の神示/63

日本の實相顯現の神示/66

君民同治の神示/69

『生長の家』七つの光明宣言/71

『生長の家』家族の祈願及び修養/73

『生長の家』信徒行持要目/76

生長の家の信条(要約)/78

人類光明化運動指針/80

―生長の家各員の運動心得十三ヶ条―

人類光明化運動発進の宣言/95

人類光明化のパテントは諸君に譲られた/97

招神歌/光明思念の歌/102

神想観実修法/103

―附 各種の神想観―

神想観実修の心得/103

基本的神想観/104

神を讃へる神想観/106

蓮華日宝王地観/109

如意宝珠観/111

浄円月観/114

観普賢菩薩行法/115

四無量心を行ずる神想観/117

自己礼拝の神想観/119

和解の神想観/121

神を愛する神想観/122

随時随処神想観/123

最も簡単にして本質的な神想観/124

絶対者と一体になる神想観/124

就寝前一切を許し感謝する祈り/125

睡眠中に神の智慧を受ける祈り/126

朝、目覚めたときの祈り/127

朝、太陽に向っての祈り/129

竜宮・平和・普賢観/130

大日本神国観/133

伊勢神宮の神前に於ける神想観/137

日本国実相顕現の祈り/140

人類光明化運動推進のための祈り/141

住吉大神宇宙浄化を祈る神想観/141

遠隔思念の一形式/143

世界平和の祈り/145

浄心行実修法/146

祈り合い神想観実修法/155

龍宮無限供給誦行実修法/165

実相円満誦行実修法/179

祖先供養及び霊魂祭祀の祭式・儀礼(要項)/183

万教帰一要典/191

神国実現への手紙/227

智慧の言葉(抜萃)/237

敎育ニ關スル勅語/252

大日本帝國憲法/254

日本国憲法/266

「生長の家」のマ-ク(意義と由来)/288

生長の家の沿革(抄)/289

『生命の實相』総目録/293

―附録(別冊)―

連絡必携

主要組織・本部直轄道場所在地/1

都道府県教化部所在地/2

関係組織団体/7

海外教化部/8

ラジオ放送案内/8

諸行事参加記録欄/9

祝福祈願・献本・愛行記録欄/13


 聖光録-5

④ 『新編聖光録』-生長の家信徒必携―

谷口雅春監修生長の家本部編

昭和61年日本教文社刊

別冊付録(連絡必携、ラジオ放送案内、諸行事参加記録欄、祝福祈願・献本・愛行記録欄)付き改訂版との変更箇所は、神示7つ追加、魔術の話・吾が祈り・毎週の反省が削除され、生長の家の信条(要約)・人類光明化運動指針、人類光明化運動発信の宣言、人類光明化のパテントは諸君に譲られたに差し替え、神想観実修法-附各種の神想観-に17の祈りと神想観が追加、改訂版の別冊「日本の精神と憲法」は「五箇条のご誓文」か゛削除され本文へ、生長の家聖歌・楽譜は削除され、生長の家のマーク(意義と由来)、生長の家の沿革、『生命の實相』総目録に差し替え。二十一版発行で「大和の國の神示」の追加

聖光録には「終戰直後、占領軍により事前検閲のため削除されて發表されなかった“啓示”がアメリカの資料から發見され、在米の高橋史朗氏により提供されて參りました。

「終戰後の三神示」につゞく秘められたる神の“啓示”でありますから、何らかの形で發表さるべきものと存じ、検討の結果、本啓示は「神示」に伍すべきものとして、從來の『神示集』『聖光錄』『神示講義』等に追補採錄いたすことにしました。」

と記載がある。私の所有しています。『御守護神示集』初版、昭和56927日発行では「大和の國の神示」がないが二版以降追加される。その時期は未定であるが、四版つまり昭和5711日発行では「大和の國の神示」が追加されていますので、5610月以降からその年末にかけて追加されたものだと理解しています。(二版以降カバ-の装丁が異なる)

目次

七つの燈臺の點燈者の神示

大調和の神示/1

完成の燈臺の神示/8

萬敎歸一の神示/9

新天新地の神示/11

“心の法則”と“平和への道”の神示/13

歸幽の神示/16

生死の敎/18

“最後の審判”に就いての神示/19

信仰生活の神示/20

聲字卽實相の神示/22

自他一體の神示/24

上求菩提・下化衆生の神示/26

『いのちのゆには』の神示/27

使命邁進の神示/29

無相円圓相一切相の神示/30

無限供給の神示/31

久遠天上理想國實現の神示/33

萬敎包容の神示/38

懺悔の神示/40

實相金剛身の神示/43

無病常樂の神示/46

本來生、不滅の神示/47

梅の花の神示/49

自然流通の神示/52

至上者の自覺の神示/54

本當の信仰に就いての神示/57

靈魂進化の神示/59

兒童敎育に關する神示/61

生長の家の食事/62

終戰後の神示/63

日本の實相顯現の神示/66

君民同治の神示/69

大和の國の神示/71

『生長の家』七つの光明宣言/73

『生長の家』家族の祈願及修養/74

『生長の家』信徒行持要目/76

生長の家の信条(要約)/78

人類光明化運動指針/80

―生長の家各員の運動心得十三ヶ条―

人類光明化運動発進の宣言/95

人類光明化のパテントは諸君に譲られた/97

招神歌/光明思念の歌/102

神想観実修法/103

―附 各種の神想観―

神想観実修の心得/103

基本的神想観/104

神を讃へる神想観/106

蓮華日宝王地観/109

如意宝珠観/111

浄円月観/114

観普賢菩薩行法/115

四無量心を行ずる神想観/117

自己礼拝の神想観/119

和解の神想観/121

神を愛する神想観/122

随時随処神想観/123

最も簡単にして本質的な神想観/124

絶対者と一体になる神想観/124

就寝前一切を許し感謝する祈り/125

睡眠中に神の智慧を受ける祈り/126

朝、目覚めたときの祈り/127

朝、太陽に向っての祈り/129

竜宮・平和・普賢観/130

大日本神国観/133

伊勢神宮の神前に於ける神想観/137

日本国実相顕現の祈り/140

人類光明化運動推進のための祈り/141

住吉大神宇宙浄化を祈る神想観/141

遠隔思念の一形式/143

世界平和の祈り/145

浄心行実修法/146

祈り合い神想観実修法/155

龍宮無限供給誦行実修法/165

実相円満誦行実修法/179

祖先供養及び霊魂祭祀の祭式・儀礼(要項)/183

万教帰一要典/191

神国実現への手紙/227

智慧の言葉(抜萃)/237

敎育ニ關スル勅語/252

大日本帝國憲法/254

日本国憲法/266

「生長の家」のマ-ク(意義と由来)/288

生長の家の沿革(抄)/289

『生命の實相』総目録/293

―附録(別冊)―

連絡必携

主要組織・本部直轄道場所在地/1

都道府県教化部所在地/2

関係組織団体/7

海外教化部/8

ラジオ放送案内/8

諸行事参加記録欄/9

祝福祈願・献本・愛行記録欄/13

 

⑤ 『新編聖光録』-生長の家信徒必携―

谷口清超監修生長の家本部編

平成824版 (日本教文社刊)

別冊付録(連絡必携、ラジオ放送案内、諸行事参加記録欄、祝福祈願・献本・愛行記録欄)付き改訂版との変更箇所は、神示7つ追加、魔術の話・吾が祈り・毎週の反省が削除され、生長の家の信条(要約)・人類光明化運動指針、人類光明化運動発信の宣言、人類光明化のパテントは諸君に譲られたに差し替え、神想観実修法-附各種の神想観-に17の祈りと神想観が追加、改訂版の別冊「日本の精神と憲法」から「五箇条のご誓文」か゛削除され本文へ、生長の家聖歌・楽譜は削除され、生長の家の沿革が「法燈継承の真義」が置換

昭和54年31日 初版発行となっているが

289頁からの「法燈継承の真義」が書き加えられた。その発言がありましたのが昭和601122日の「新総裁襲任生長の家秋季記念式典におけるお言葉」からです。それ以降に「法燈継承の真義」が追加され

目次

七つの燈臺の點燈者の神示

大調和の神示/1

完成の燈臺の神示/8

萬敎歸一の神示/9

新天新地の神示/11

“心の法則”と“平和への道”の神示/13

歸幽の神示/16

生死の敎/18

“最後の審判”に就いての神示/19

信仰生活の神示/20

聲字卽實相の神示/22

自他一體の神示/24

上求菩提・下化衆生の神示/26

『いのちのゆには』の神示/27

使命邁進の神示/29

無相円圓相一切相の神示/30

無限供給の神示/31

久遠天上理想國實現の神示/33

萬敎包容の神示/38

懺悔の神示/40

實相金剛身の神示/43

無病常樂の神示/46

本來生、不滅の神示/47

梅の花の神示/49

自然流通の神示/52

至上者の自覺の神示/54

本當の信仰に就いての神示/57

靈魂進化の神示/59

兒童敎育に關する神示/61

生長の家の食事/62

終戰後の神示/63

日本の實相顯現の神示/66

君民同治の神示/69

大和の國の神示/71

『生長の家』七つの光明宣言/73

『生長の家』家族の祈願及修養/74

『生長の家』信徒行持要目/76

生長の家の信条(要約)/78

人類光明化運動指針/80

―生長の家各員の運動心得十三ヶ条―

人類光明化運動発進の宣言/95

人類光明化のパテントは諸君に譲られた/97

招神歌/光明思念の歌/102

神想観実修法/103

―附 各種の神想観―

神想観実修の心得/103

基本的神想観/104

神を讃へる神想観/106

蓮華日宝王地観/109

如意宝珠観/111

浄円月観/114

観普賢菩薩行法/115

四無量心を行ずる神想観/117

自己礼拝の神想観/119

和解の神想観/121

神を愛する神想観/122

随時随処神想観/123

最も簡単にして本質的な神想観/124

絶対者と一体になる神想観/124

就寝前一切を許し感謝する祈り/125

睡眠中に神の智慧を受ける祈り/126

朝、目覚めたときの祈り/127

朝、太陽に向っての祈り/129

竜宮・平和・普賢観/130

大日本神国観/133

伊勢神宮の神前に於ける神想観/137

日本国実相顕現の祈り/140

人類光明化運動推進のための祈り/141

住吉大神宇宙浄化を祈る神想観/141

遠隔思念の一形式/143

世界平和の祈り/145

浄心行実修法/146

祈り合い神想観実修法/155

龍宮無限供給誦行実修法/165

実相円満誦行実修法/179

祖先供養及び霊魂祭祀の祭式・儀礼(要項)/183

万教帰一要典/191

神国実現への手紙/227

智慧の言葉(抜萃)/237

敎育ニ關スル勅語/252

大日本帝國憲法/254

日本国憲法/266

「生長の家」のマ-ク(意義と由来)/288

法燈継承の真義/289

『生命の實相』総目録/302

―附録(別冊)―

連絡必携

主要組織・本部直轄道場所在地/1

都道府県教化部所在地/2

関係団体/7

海外教化部/8

ラジオ放送案内/9

諸行事参加記録欄/10

祝福祈願・献本・愛行記録欄/14
聖光録-7

智慧の言葉

『智慧の言葉』手帳

昭和111122日に発行された手帳型の「智慧の言葉」です。

 

戦前は色々と発行されているのです。『谷口雅春先生著作年譜一覧表』はそうした見逃してしまう様なものでも、記載しています。
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天皇陵及び陵墓について

陵墓についてですが、よく耳にするのが宮内庁は学会の立ち入り調査を許さないというデマであります。そんな人は御稜や陵墓について詳しいことを御存知ではないことなんです。そのような詳しくない人が大手を振っているようではいけないと思っています。

 

平成30年(令和元年)においては学会が調査したのは

男狭穂塚陵墓参考地

日本武尊墓

崇神天皇陵

成務天皇陵

深草十二帝陵

 

上記の調査が行われている。2006年以降は宮内庁書陵部とは別に学会も毎年実施されている。

 だが肝心なことは、そんな文句をつける輩は「天皇陵」や「陵墓」について詳細も知らないし、行ったこともない人が多い。だが、そういう私も陵墓については佐渡や隠岐や対馬などは申し訳ないがまだ行ったことがない。ただ、天皇陵や陵墓について6割は京都にあります。

 京都の大きなお寺には陵墓の御墓などがあり、大概はそれを見ないで観光されています。

 大徳寺、龍安寺、南禅寺、仁和寺等の橫にあることが多いのです。多くの人は古墳とか古い時代の天皇ばかりが強調されるのも致し方ありません。

歴代天皇陵

112

188

899

皇后・歴代外天皇陵等

76

皇族墓

555

分骨所・火葬塚・灰塚(準陵)

42

髪歯爪塔(塚)・分骨塔・殯斂地等

68

陵墓参考地

46 

 










箇所については同域もありますので460箇所です。

私が行ったのは約400箇所です。陪冢も勿論含んでいます。

 今年は四国の陵墓を全て御参りさせていただきました。

雑感余話の徒然に-③

随分と年月は経ったが、以前に私は下記のように書いていた。

 

「学ぶ会」は私も創始から見ている。現在の形体は神奈川における実相塾が中心となり発展してきた。

しかし、一番最初の立ち上げたのが関西であったことは知られていない。

 

塚本幼稚園でのスタ-トであった。会場は立錐の余地もなく教室の外側で講演を聞く人もいた。私も当時雑誌『正論』のウェ-ブで知った。

 

懐かしいメンバ-もいた。その当時ですら40年ぶりという人にも会った。

それから、その塚本幼稚園や本住吉神社で講演会を開催した。しかし三回か四回の開催で私はその後参加しなくなった。

 

一緒に参加していた仲間と話して雰囲気が変わってしまったというのが参加しなくなった感想でした。

 

当時中島功先生や蒲田久子先生、菊池藤吉先生、仙頭泰先生などの講演であった。もちろん故人の方もいらしゃるが『谷口雅春先生学ぶ』の基盤となるべき人であった。

意外と関西では知られていないが、百地先生が最初の連絡場所であった。その後古賀さんに変わった。

また、宮澤様もこの『学ぶ』誌に執筆されていたことは遠い昔のようになってしまった。

 

創刊号の仙頭先生の言葉には小野泰博氏の著書に『谷口雅春とその時代』を引用して「谷口の思想や信仰に導かれて一生を送った人達は少なくない。そうでない人でも、谷口が広めるのに貢献したものごとの考え方、あるいは谷口が代表するような生き方・感じ方を説明すれば、何か身辺に思い当たる節があるのではなかろうか。

 そのように歴史上、重要な人物でありながら、谷口について論じた書物や論文はもことに微々たるものである。たとえば大本教の創始者の一人である出口王仁三郎について書かれたものと比べてみるとき、谷口に対する学問的な関心の低さはいぶかしさを通り越して、不可解である」と書いている。

 

何故、「谷口雅春先生」の評価は社会的に低いのであろうか。

谷口雅春先生の御教えで「救われ」「生き甲斐」を感じ、一生の糧として生きている人も多い。

 

この関西の兵庫の住吉から発祥した「生長の家」は立教当時は一大センセ-ションであった。書店にも並び、新聞広告に告知されそこからの奇蹟が続出し、瞬く間に全国を駆け抜けた。

 

「谷口に対する学問的な関心の低さはいぶかしさを通り越して、不可解である」私は実にその言葉に15年以上前に読んだ時に情けなく、申し訳なく哀しく思った。

 

私は『谷口雅春先生著作年譜』を書いたのもこうした言葉があったからこそです。「谷口雅春先生」を伝えよう、救われた人と共に伝えよう。

 

先日も皇道大本の入信のきっかけを作った『彗星』いう雑誌を見るために島根県立図書館へ行った。

大本にも6回行った。一燈園にも行った。

 

もう、こういう事を行うのは私が最後だ。自分自身で呟きながら自身を奮い立たせながら行った。

 

蒐集家は沢山いる。しかしここで協力を呼びかけて5名の人に協力を頂いた。そしてまだ未完成だがなんとか完成した。前に説明したが未完成というのは「新編 生命の實相」である。

 

今回、講演会を開催しようと決意したのが、埋もれた「生長の家」の人々に参加していただこう、関西の兵庫という発祥の地でそこが発展するのが何より嬉しい。今回は大阪で考えている。

 

現在「学ぶ会」だけではなく様々な団体が関西にはある。そうした人を結集するように皆さんの協力を得たいと思う。大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀その他多くの人々を結集させるよう頑張って行こう。

 

 上記の小野氏に「生長の家」の学問的低さは”いぶかしさ”を感じると書いている。生長の家でこうした感情をもつ人は何人いるであろう。”いぶかしさ”を感じない人になろうとしているんではないか。そう自問自答する。

 

どうにかそうした生長の家により救われた「生長の家」の人々を沢山集めたい。

それには沢山の人の協力も必要である。

昔のように、誌友会や座談会、研修会、講話会と様々な名称もあるがいずれそうした発展に繋がることを望んでいる。

そのためにも”自分が”という「我」をすて、”あの人が”という「我」もすて仲間と協力していこうと感じている。

 

それならばきっと成功するであろう。そうした”受け皿”を作っていくのが私の役目のような気がする。

 

昔、谷口雅春先生の講演会が中之島中央公会堂で開催された時に立錐の余地もなく、演壇に人が座り「泪流しながら聞いている群衆もいた」そうした写真を見せていただいたことがある。比叡山延暦寺の5日間の講習会での写真も何枚か見せていただいたこともある。白黒の写真だが生き生きとした表情が垣間見れる。

 

上記のように書いている、それから年月を経て、現教団に少しの期待を持った人もいたが、悉く裏切られている。私は「生長の家」教団の衰退の原因もわかる。だが、その根本的な要因は過去に対して前向きに捉えようとする努力がなされていないことであろう。

 

宗教学者は「生長の家」を勉強出来ないのはその資料の乏しさにある。小野泰博氏の著書『谷口雅春とその時代』を紹介したが、私は小野泰博氏の学術的な視野と宗敎に対する碩学が著述させたことを感じる。小野氏は現在の京都府與謝野町に生まれて居られる。ここは郷土では古い習慣が今でも残っている地域である。その生れた與謝郡加悦町は丹後ちりめんで有名だが、風土も穏やかで情緒がある。そうしたなかでの宗教に対する真摯な取り組みが『谷口雅春とその時代』を書かせた所以であることをかんじます。

 

戦後GHQが「生長の家」に対しての検閲で日本的なる「神」に対する認識の浅さが、より厳しい弾圧となった。『宗教研究』91巻別冊で寺田喜朗氏が捉えている「本当の日本主義は八紘一宇主義だから一切を包容する精神」であるべき》と書いているが、こうした一部だけを引用するのは当時の生長の家を理解するのはそれだけでは難しい。また現在の感覺で物事を客観視するのは疑問を感じてならない。

 

人間の体質

昨日、健康診断をした、普通ならばそれだけであるが、私の場合は悩まかしい問題がある。それは採血する場合に通常の肘の裏側の部分が大変難しいことである。年々、難しくなってきている。それは血管が隠れてしまっていることである。表面の皮膚からは細い血管しか見えない。それを注射で刺しても、うまく血管に辿り着かない。それで失敗してしまう。これまでも何度も失敗されている経験があるので、注射が嫌になっている。

 

一昨年でもベテランの人が一発で血管に注射したが、バリュ-ム検査で水を飲まないで下さいと標記されていたので、当日それに從って飲まなかった。だが注射までなんとか出来たが、血が逆流する現象が起こり、定期量は採血出来ないので、ジュ-スを提供してそれを飲んで、30分後に再び採血して、事なきを得た。以前に骨折して、それが炎症して一日二度の血清をしなければならなかった時は、手のひらの甲にしたり、手首の血管が浮き出たところでしたりした。

 

今回も手首の側面で採血した。血管が動くのだが、なんとか、それを抑えて行った。血の逆流もなかった。

針の直ぐ下が骨だから、それに当らないように苦労していた。

 

また、10年振りに色盲検査をした。色盲は差別を助長するからと通常はしないが、私はその必要性があると思っているので、行ってもらった。

 

本来は、それを行うべきことで、車の運転やデザイナ-など色調関係でどうしても、人間には完璧でないことがある。それはその人は知っておくべきであると思う。私も採血しにくい体質があり、それを補うために、助言したり、その対策も行う。血が多く出るようにあらかじめ水を沢山飲む。注射場所も私が指示するようにしている。昨日は二人の人が採血に挑んだが断念した。三人目のベテランで私の指示で出来た。

私の念願

下記の文章が国会図書館レファレンス協同デ-タ-ベ-スにある。「私の念願」は記載されてはいないが、国会図書館内にその本があります。内容を記載させていただきます。『一流の人・妻・子を作るには』にも掲載しています。

 

ある寺院に『生命の凝視』の中から「私の念願」という部分が展示されていた。とても惹かれるものだったので『生命の凝視』の現物か該当部分である「私の念願」のページの複写物が欲しい。(多治見市図書館)

回答     国立国会図書館サーチによる検索で国会図書館所蔵の『生命の凝視』に該当箇所があることがわかり複写依頼を経て複写物を提供した。『生命の凝視』/谷口雅春//光明思想普及会/1943 (「私の念願」のページを複写依頼し提供)回答プロセス:質問者持
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私の念願(『生命の凝視』98・99頁)現代仮名遣いに修正。

『一流の人・妻・子を作るには』5頁

心持のよい生き方をしたい。人に喜ばれる生活をしたい。今日は善いことをしたと夜になって振返って見て、自分で安心できるような生活をしたい。

 

人が自分に迷惑をかけても、その迷惑をやりかえしをするような生活はしたくない。人が自分に迷惑をかけても、自分の方からは、その人のためを思ってしてあげるような生活をしたい。

 

損かけられたら、損も黙って受けていたい。損と云うものは本来無いのだから、それは業が消えるはたらきだと感謝して生活したい。

 

毎日、一度でも腹立つことなくして生活したい。毎日一度は、何か恩を返すようなことをしたい。皇恩もある、国恩もある、父母の恩もある、配偶の恩もある、子の恩もある。召使の恩もある。親の恩も大切だが、子の恩も大切である。子があるので、親はどんなに慰められているか知れない。親があるので、子はどんなに生きる力を感ずるだろう。親と子とは相持ちである。どちらからも感謝したい。夫と妻とも相持ちである。どちらからも感謝したい。主人と召使とも相持ちである。どちらからも感謝したい。

 

一切衆生の恩をおもうとき、一切衆生に感謝したい。一切の事物の恩を思うとき一切の事物に感謝したい。これが私の念願である。

「神様に生かされている」

人間の生き方

 

不平不満ばかり愚痴り、呟いていたりすると、「幸福」の神様が自分の中から逃げて行きます。私は相手の欠点が見えると云うことは、自分はその欠点を理解して、判っているからだと思います。相手を拝むとは、そんな欠点が見えないことだと思います。

 

この12カ月間、多少は寄り道もありましたが、殆どが『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の作成に費やした日々でした。今回、大変な幸運な出来事が次から次へと出て来ました。

何よりも一番に幸運な事は、校閲をして下さる人がいたということです。大半はその人の協力があればこそ、9割以上の完成を迎えました。まだ、校正が若干残っていますが、色々の御指摘があればこそ、目標が出来たということです。それ以外にも校正して下さる人もいて、それに何とか応えたい気持ちで行いました。

 

この事業は小説を書くよりも難しいことだと、或る方に云われたことが印象的でした。でも不思議なんですが、自分ではまだまだ、完成したとは全く思っていない事なんです。谷口雅春先生の御著書でも98%は網羅している自信がありますが、それでもわからない事が私には沢山あることなんです。それがたとえ他人が満足出来る内容があっても私には心残りがあるのです。

 

それと、今回『生命の實相』戦前と戦後の比較や愛国書のレファレンス作成をしていて思うことは、畏ろしい程、谷口雅春先生の学習意欲とその勉強の凄さなんです。『資本論』でも読んでいらっしゃる。それで唯物論を理解され、谷口哲学の一端が生れるのです。医学でも其の辺の病院の先生よりも詳しいのです。専門的な医学の話をされる訳ですから、讀んでゐる私も理解出来ない事が屡々あるのです。

 

佛教の把握も全て読破されているから、より専門な言葉を羅列されていることがありますが、その内容は未だに私には理解出来ないことが多く有ります。ただ、私はわからない箇所でも理解するように務めていることです。谷口雅春先生のお気持ちに近づくことが大切であると思っています。だから、解らないから「ほっとく」ではなく、それも徐々に解決することなんです。

 

今回、武漢ウィルスで諸先生にお会いしたい、現状では人にも会えない状況です。これが収まらなければ、『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の完成とは云えない。でも、運が良かったかもしれないのです。少しアルバイトでもしようと思っています。この著作集の執筆は結構お金もかかりますが、不思議な事にお金が湧いて來るのです。先日、ある本を購入したいと思ってそれを購入した。1万円近くかかるのですが、その翌日、○○さんから本が売れたので2万円の臨時収入。今回の国会図書館での収入と小さな金額ですが、自分がまさかお金を戴けると思わなかった。その事は大変嬉しかった。それ以外にもありました。

 

勿論、『谷口雅春先生著作年譜一覧表』だけを作成しているわけではありません。『宮崎白蓮』の本もどうにかして出版したいと思っています。

また、『神武天皇東征』についても後世に残しておきたいと思っています。また『歴代天皇の御稜』についても書いていきたい。前回の『谷口雅春先生著作年譜一覧表』及びその増補改訂版でもそうですが、仕事をしながら作成しました。朝の1時間を利用して完成させました。だから、出来ないことはない。それから、運動もします。自分は生かされていることを思えば、そんなに苦しくはない。今回のアルバイトでも直ぐに決まりました。不思議なほど、思えば実現するのです。今日は健康診断に行っていました。今迄、病気などしたことがないから、「健康ですね」と先生に謂われた。肉体も心も「神様に生かされている」ことだと思っています。

 

「人間の生き方」と大層に書きましたが、それは「神様に生かされている」ことを自覚することだと思います。

『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の本が、国会図書館に蔵書として掲載しました。

『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の本が、国会図書館に蔵書として掲載出来るようになりました。これからは国会図書館東京館に行けば見れるようになります。関西館でも依頼すれば見れます。

 

パソコンの検索の方法として、「国会図書館サ-チ」からキ-ワ-ドに「谷口雅春先生著作年譜一覧表」と記入して戴ければ画面に表示されます。

 

谷口雅春先生著作年譜一覧表 : 生長の家 : 参考資料 上、中、下が表示出来ます。それに引き続いてあるのが、“Cinii”で神戸大学 附属図書館 総合図書館 国際文化学図書館蔵書になります。出来れば「関西大学」にも増やしたいと思っています。

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