則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2019年10月

讀んで戴ければ幸甚です。

間違いは誰でもある。斬るような言葉は如何なものか

下記のような投稿があった。私は確かに生長の家では「水子」とは呼んでゐない。だが、通常「水子」と呼んでいる信徒も多い。生長の家を長年知っているが、いつの間にか「流産児」と私も呼ぶようになったが、それでも「水子」と呼んでいてもいっこうに構わなかった。

それは兎も角として、下記の文章で私が嫌だなと思った箇所があります。

 

水子(みずこ)は、生まれてあまり日のたたない子、あかごのこと。また、胎児、特に流産または人工妊娠中絶により死亡した胎児のことを指す。泡子とも。水子という呼び名は、生まれて間もなく海に流された日本神話の神・水蛭子より転じたものとされる。

 

谷口雅春先生が、流産児、その霊を含めて、童子と呼ばれたことから、生長の家信徒は、それに倣い、講師並びに信徒も、水子と呼ぶことはない。淡いイメージがあるからだろうか。

 

教えを知らずに後の媒体や呼称に影響される時代なのだろうか。

 

尊師が神上がられてより、はや、30年以上の歳月が経つ。

 

“教えを知らずに後の媒体や呼称に影響される時代”という言葉です。確かに私たちでも知らないことも多く有ります。それを捉えて「教えを知らず」と云われれば元も子もない。

 

 現在は或る方から教えを乞うている。それは“生長の家”は私よりは短いが結構勉強になることが多い。それもこれも、私が知らない事が多すぎるからである。

 

 そういえば私も先日、このブログで間違えてしまった。お恥ずかしい限りである。だが、私はそれでも言い訳をすると「多分、相当の知識はあると自負しております。」

しかし、私の場合はそれを研究している立場なので、知っていて当り前なのです。だが、知らない人でも、それもやむを得ないという立場を採っております。反対に知らない人から教えていただくことも多くあります。少しの間違いでも、大きく指摘するようなことをしてはいけない。

 最近の事だが、『谷口雅春先生著作年譜一覧表』で間違いを指摘された。年譜の時代の間違いである。その部分は「生長の家」教団の平成30年史を参考にした部分があった。

○昭和59年…「日本を守る国民会議」脱退

 

※愛国運動からの事実上の撤退!谷口雅春先生はその前身である「日本を守る会」の結成において「生長の家の一つや二つ潰れてもかまわない」とまで仰いました。生長の家は祖国・日本のためにこそあるとの尊師のご覚悟を垣間見る思いが致します。

 

この部分が間違っていた。

 

昭和60918日 常任理事会の審議にて「日本を守る国民会議」脱退決定(愛国運動からの事実上の撤退)920日付にて通達

 

上記が正式なことである。だが、誰だって間違いがあるので止むを得ないと思っています。以前に学ぶ誌で間違いを指摘したことがあったが、修正すればいいだけの事である。

谷口雅春先生の御意志を

生長の家創始者  谷 口  雅 春 大聖師 

 

  教科書検定がなかったら、どんな悪どい国家破壊の毒素を含んでいる内容の教科書が、児童を赤化するヴィールスとして注射されるか知れたものではないのである。

 

  教科書検定委員であった 日大教授、文学博士 高山岩雄氏 が 『時の課題』 11月号に “家永教科書裁判” の参考人として法廷にて、教科書検定の実状を述べたことに就いて書いておられたが、

 

  吾々が皇居の屋根が破れて雨漏りしても修繕せず租税を免除せられたというその仁慈の天皇として尊敬している 仁徳天皇 さえも、ある教科書では、天皇の御陵の写真と、ピラミッドの写真とを同一ページに並べて印刷し、 「このエジプトのピラミッドよりも、仁徳天皇の御陵は大きいのであって如何に日本天皇が皇室の権威を示すものを造るために、国民の膏血を搾ったかが窺えるのである」 という意味の説明がその写真の次のページに印刷されているのである。

 

  ピラミッドよりも天皇の御陵が大きいというのは、ピラミッドの高さは天皇の御陵の土を盛った高さとは比較にならぬほど広大なのであるが、それは三角形であるから、その底辺の面積は、天皇の御陵を囲む玉垣の内側の平坦な地面の広さよりは狭いのは当然であるのを 「天皇の御陵はピラミッドよりも大きい」 という風にコジツケて、仁徳天皇をすら残虐にも国民の膏血を搾った天皇としてデッチあげて、幼少の国民を教育しようとする教科書があり、

 

  奈良の大仏のことなども、これに類する記述をして日本天皇を権力によって国民を搾取した元兇であるかの如く少年に教える教科書があるのであるから、こんな “赤化ヴィールス” のような教科書は、拒絶反応によって日本の教育界から放逐してしまわねば、日本国家そのものが滅亡することになるのである。

 

  現に、今、大学であばれているゲバ学生たちは、このような赤化ヴィールス教科書やこれを是とする教師たちによって養われて来た結果、日本国家破壊の増殖ヴィールスとなって火炎瓶や爆薬を製造してあばれているのである。

 

  その根源のヴィールスは占領軍が残していった占領憲法なのである。 憲法を改正しなければ革命教育ひとつ監督できないのが日本の現状である。

 

    『生長の家』誌  昭和45年新年号 より

VANNON32のブログ  『生命の實相』哲學を學ぶより抜粋させていただきました。

 

以前からこのブログで書いていますが、私がこれだけは自慢出来ることは、「天皇御陵」についてはかなり詳しいということです。残念ながら仁徳天皇陵が世界遺産になりましたが、どうしてこれが建造されたのかとか、この地に何故とか、そんなことばかり以前は考えながら現地を散策していました。しっかりとした土台のある天皇観を把持できたからこそ、現教団の間違った箇所もわかるのです。歴代天皇を勉強したからこそその意義も把握できるのです。

黑布表紙版『生命の實相』九巻についてのお願い

黑布表紙版『生命の實相』九巻についてのお願い

 

黑布表紙版『生命の實相』九巻 宗敎問答篇において、昭和12年度以降の再版(本は初版)を探しています。それはどういうことかと申しますと、

黑布表紙版『生命の實相』九巻は昭和10825日が發出ですが、それ以降昭和12520日、昭和1271日、昭和14520日ただそれ以降はわかりません。(温故資料館所蔵)

そこで、出来れば昭和1271もしくは昭和14520の発行(納本)された本が必要です。当時では昭和10年度版が世の中に出回って、国会図書館、、大学図書館、地方図書館など見るとほとんどが昭和10年度版です。私の所有しているのも4冊ありますが、すべてが昭和10年度版です。所持されておられる人はお知らせ頂ければ助かります。出来ればお預かりして調べた後に返却させていただきますのですみませんが宜しくお願い致します。

 

【要綱】 黑布表紙版『生命の實相』九巻の昭和10年度版と昭和12年度版もしくは昭和14年度版の比較対象です。

【目的】 戦前における検閲並びに事前検閲の調査

 

現在、八巻まで一部を除き終了しています。この件についてはブログで発表させていただく予定ですが、まだ途中ですが、八巻においても、かなりの検閲及事前検閲が多く見当たります。また誤植や間違いなども多く存在して、かなり大急ぎで出版されたことが推察出来ます。この状況において、宗敎に対しては「類似宗敎」という名で内務省警保局(特高)が取締りをしていました。又、私は当時におかれた『生長の家』という時代背景を少しでも調べて発表したいと考えています。

 

どうして「類似宗敎」という名で取締りをしたかというと

昭和11930日の朝

朝日新聞における報道では「淫詞邪教を撲滅の指令」ということで「ひとのみち教団」への絞め付けは他宗教に及び、内務省や文部省の弾圧は更に厳しくなる。

その「淫詞邪教」とは

当時の既成宗教に比べて新興宗教の勃興は現世利益を旗印に昭和11年においてはその数は800余に達していた。

その新興宗教の七割から八割は神道系であったのが顕著である、だから生長の家にその矛先が向けられたのも頷ける。それではその新興宗教側から見た状況とは

既成宗教が無気力であること

大衆の生活不安と思想混迷

醫療制度の不徹底

宗教復興精神作興の聲を利用

その比較して、生長の家におよぼした實例を研究しております。

 

『變態心理』という雑誌

今年の627日に「鳥谷部陽太郎」と題して発表したなかで『變態心理』という雑誌を掲載させていただきました。おかしな雑誌だなとか思って居られる人もいるかと思いますが、さすが阪田成一先生は鋭く反応されたのです。現在編輯されている新編生命の實相の編集委員の皆様も思わず、「おやっ」と思われたものだと拝察いたします。

 通常ならば、この名前の変った雑誌しか思えないのですが、『生命の實相』を読んでおられる方は鋭く反応されたと思っています。それというのは頭注版『生命の實相』第19巻(新編だと32巻)自傳篇に書いてあるのです。135

 

【「そのころ変態心理学者中村古峡氏が大本教を訪問して研究し、鎮魂によって出て来る憑依は、すでに憑依霊がついているかのごとき調子で問う言葉を使うからそれが暗示となって、人格の分裂を起こし、二重人格現象を起こすのであって、決して憑依霊がつくのではないという批評を雑誌『變態心理』に発表したのであった。】IMG_2777

「住吉大神との一体感を得るための神想觀」


生長の家の

 神想觀については以前に紹介させていただきました神想觀にもう一つ加えたいと思います。

「基本的神想觀」

「神を讃へる神想觀」

「蓮華日寶王地觀」

「如意宝珠觀」

「浄圓月觀」

「四無量心を行ずる神想觀」

「自己禮拝の神想觀」

「和解の神想觀」

「神を愛する神想觀」

「随時随處神想觀」

「最も簡単にして本質的な神想觀」

「絶對者と一體(ひとつ)になる神想觀」

「竜宮・平和・普賢観」

「大日本神国観」

「伊勢神宮の神前に於ける神想観」

 「祈り合いの神想観」

「住吉大神宇宙浄化を祈る神想観」

「無限供給を実現する神想觀」

「北支光明化祈願の神想觀」
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それに

「住吉大神との一体感を得るための神想觀」

 

(十回ばかり静かに深くゆっくりと深呼吸をして心を鎮めてから念ずる)

 

スミノエノオオミカミ

スミノエノオオミカミ(約十回、繰返し念じて、自己の全身が住吉大神に満たされている感じをよび起す)

住吉大神わが全身にみちたまう。

住吉大神わが全身にみちたまう。(約十回繰返す)

わが内に住吉大神の全身あり。

わが内に住吉大神の全身あり。

住吉大神は龍宮の大神なり。

龍宮城わが内にあり、無限の富わが内にあり。(約十回繰返す)

住吉大神の全身わが内にあり、不老不死の生命わが内にあり。

浦島太郎の永遠の若さわが内にあり、われは老いず病まず疲

れず神のために働くのである。(約十回繰返す)

住吉大神の全身わが内にあり、住吉大神は宇宙浄化の神なり。

神われを浄化したまい、われを宇宙浄化の聖使命のために使

い給う。われはヒノモトの国浄化の聖使命のために使い給う。

われは神から選ばれた選使である。

 

間違った道を歩まないように

トキさんが現在の情況を捉えて、下記のように書いています。

私見 (20017)

日時:20191024 () 2329

名前:トキ

 昭和の時代の生長の家では、部外者の意見も聞く度量がありましたが、今の生長の家では、どんなに古い信徒であろうと、どんなに功績のある講師であろうと、谷口家の人間であろうと、一旦、辞めた人間は「部外者」です。そして、組織は「部外者」の意見には耳を傾ける必要はないし、付き合う必要もない、と言う論理を大展開しております。これを生長の家の論理で言い換えると、会員は、退会者と関わりを持ってはいけないことを意味しています。

 

 そう言う訳ですから、現役の会員は、退会者とは迂闊にあってはいけないし、退会者が言うことなど無視しなければならないのです。ましてや、積極的に関わることは、総裁先生の「御心」に反する大叛逆であり、中心帰一に反する行為になるのです。

 

 一例を挙げると、故・森田征史先生が定期的に開催していた講演会に出席していた本部講師がいましたが、これを密告されると、たちまちのうちに譴責され、退職に追いやられました。森田先生が「分派に行かない」「谷口家に弓を引かない」と公言していたことなど関係なく、処分を受けたのです。

 

 それは上記であれば会社組織としては当然であろうと思いますが、「宗教団体」としては首を傾げるしかない。宗教とは「人を救う」爲に存在している。退会者と雖もそれは変わらない。だが私が見ている現教団の信徒は現情況には「クビ」になりたくないという脅迫觀念が間違っている。上部の脅迫觀念が働いている。上部からの指令でそのようにしていかなければならないということを「勝手に勘違い」している。

 

 また、「新しい教え」という名の谷口雅春先生とは全く教えが異なっていることを行っていても「平気」であるのです。「中心帰一」という「マインドコントロ-ル」を呪縛するように唱えてそこから離れられないようにしている。あの「法の華三方行」福永という人物は「最高で~す」と云って、何等「般若心経」とは関係のない言葉を唱えて、足裏診断して「あなたは癌になっている」という言葉をかけて、大量のお金を搾取している。その福永氏も一時生長の家の信徒であった。「生長の家」を間違って解釋してしまうと、福永氏もそうであるように現在の教団の状態のように間違ってすすむことになるのです。

 

 多くは「生長の家」の『生命の實相』を読まないで、生長の家信徒と名乗っている人が大半である、キリスト教徒が『聖書』を読まないで、信徒と名乗っているに過ぎないのであります。それは「似非生長の家」であるのです。「生長の家」と名乗るのも恥ずかしい状況であるのです。それでも「名乗っているのは」マインドコントロ-ルされているに過ぎないのです。早く『生命の實相』や谷口雅春先生の聖典を読むことがまず第一にすることであろうと思っています。そうすれば、間違った道を歩むこともない。

覚悟

自分には「覚悟」という思いがあるのであろうか、最近「小田村寅二郎」氏の関係で本を読み言葉にふれる度にその思いが強くなる。私はその覚悟から逃げたい。出来れば穏便に済ませたい。一つのグル-プで仲良くしたい。この優しい環境から脱走したくない。そんな「甘言」が頭を過ることがある。負けまいと思うが、何のために、こんな作業を行っているんだろうかと「弱気の虫」がでてしまう。

 

そんな気持ちにどうしてもなってしまう。弱い自分を出してしまいたい。強がりは何ぞ!

 

総合雑誌『いのち』を読んでいる時に、ふとそのような思いが脳裏を掠めた。小田村寅二郎氏は東京大学在学中に『いのち』に寄稿して、「東大法學部に於ける講義と學生思想生活」という題である。当時の矢部貞治助教授の講義内容を巡るいわゆる小田村事件が起こり、寅二郎は無期停学、退学処分となった。そこで「退学処分」になっても、傳えるべきものというのがあるのかである。「覚悟」というのはあるのかどうかと考えてしまうのである。

 

他人事であれば好き勝手なことが発言できるが、自分の「学生」や「会社」「事業」などを捨ててでも、行うことが決心できるかどうかである。多くの人は少しでも我慢して「流れ」に漂いながら、運命を切り開くことせずに惰性で世の中を送ろうとしてしまっている。

 

私はそこで感じるのは「覚悟」という言葉である。その「覚悟」に迫力があるかということを感じてしまう。今回、自分の生活をかけての「覚悟」というのが、私にはあるのかどうかが試されているように思っている。谷口雅春先生がどのように『生命の實相』をお書きになられたのか、立教前の論文や、立教後の『生長の家』誌に掲載されたもの、『生命の實相』の主要な論文はヴァキュ-ムオイルカンパニーでお勤めされながら、執筆されたものである。またその多くの「神示」というのは、神戸にてお住まいされている時に啓示を受けられたものです。努めながら、雑誌を執筆し、個人指導をし、一人で校正を行い。印刷での何度となく通われ、そして、雑誌の送付と私では考えられない縦横無尽に行われた。「生長の家」を発足して、世の中に爲に成る、人類を救いたいという発願はお亡くなられるまでその意志を通された。

 

『生長の家』信徒でも、歴史を勉強するようなことは、今は殆ど無くなってしまっている。私はそれを一つづつ手繰り寄せるような気持で活動している。自分で行動して、『谷口雅春先生著作年譜一覧表』を書いている。いつも、これでお終いという言葉がない。なかなか宿題も多くあり、現在は『生命の實相』の比較検討を行っている。そのことは前回のブログで書いたが、その量は半端ではないことに気が付いた。悪戦苦闘している。

 

『生命の實相』の黑布表紙版について“理解”していただいている人は三名おられます。それ以外の人は理解していないという意味ではありません。色々な分野で助言を頂いたりしています。なんとか、あと数か月、決して最終版ではないが書いていこう。

ス-パ-堤防は必要である。

今回、中部、東北と令和元年台風19号の影響で犠牲になられた方にご冥福をお祈り申し上げます。

随分、昔に淀川という地域の河川を勉強するために何冊かの本を読みました。そこで淀川河川敷の枚方という場所に日本最初のス-パ-堤防というものが建設されていることを知りました。淀川というのは昔から氾濫を繰返してきました。

明治18年の明治大洪水があります。森ノ宮や京橋が水で溢れ大変な被害を出しました。昭和9年の室戸台風は死者2702名、全壊家屋38771戸、流水家屋4277戸です。

ジェ-ン台風は名前を聞いたことの或る人も多いと思いますが、淀川も一部決壊したが、小さな川の決壊が多く、179か所の決壊と高潮と重なって、浸水家屋は大阪市内全域にわたっています。

 

淀川というのはあの琵琶湖の水が流れ出る所であります。木津川や桂川と宇治川という大きな河川が合流して、以前に紹介させていただいた、巨椋池というのは上記の合流地点でいつものように氾濫を繰返しました。

大阪府が被害をうけた第二室戸台風も大阪では死者32名という大きな被害をだした。

 

いろいろ考えると、本当に台風における被害は甚大であり、決して侮っていけない。民主党政権ではそのス-パ-堤防は済崩しに予算をカットされ、その時に私は民主党という政権の責任を備に感じた。そんなもの100年に一回でも予算を献上すべきであろうと考えている。いつ何時にそんな災害が襲ってくるかはわからない。それを補修すべき予算はそれを上回ることを考えれば、もっと経常すべきであるが、時の民主党の白いワンピ-スを着た。大阪高槻の議員の一言で無くなった。あの人に海抜0mの地区の平屋の木造建築に住んで長年生活したらいい。言葉だけは巧みだが、良い子お嬢様には絶対に庶民の暮らしなどわからない。八ッ場ダムもそうだが、利根川で洪水が起きなかったのも一つの要因と考えられる。

管理社會と戦前と戦後、そして『生命の實相』についてのお願い

 此度の『生長の家栄える会会頭』の辞任の発覚であるが、下記の文章がもし本當ならばこんなに怖ろしい世の中はない。破邪顕正さんが

 

【今回、私が問題視したいのは、いったい、どういう経緯で、看板の件を本部が知ることになったのかということでした。

 

仄聞するところによると、どうも、それを記した一通の手紙が直に本部に送られたことから今回の問題が浮かび上がったようです。

 

これは、まさに、共産主義社会に特徴的な密告制度そのものではありませんか。】

 

 これを見て、戦後の『拝啓マッカーサー元帥様―占領下の日本人の手紙』を昔読んだことがあったが、それと同じようなことである。

 教壇で先生が「日本国家の本当の歴史」を教えていて、生徒が「その事を直に「マッカ-サ-」に手紙を書き、GHQがそれは「怪しからん」その先生を束縛して、其の人が職を追われてしまうことが、日本でも多くのそういう事実があった。

 

 占領全期間を通じて、当初の総数は五〇万通に及んだ。しかし、占領当初半年間(19458月~19463月)までの投書は、多くとも五千通を超えることはない。

 

  投書が爆発的に増えるのは、1946年後半であり、その主たる要因は、復員に関する要望、嘆願であった。1947年以降に入ると投書全体の90%以上が、この復員のカテゴリーに関するものとなった。これに対して敗戦後、最初の半年間に寄せられた書簡は戦後改革について言及したものが多く、戦後、日本人が天皇制や民主主義について最も熱心に語った時期であった。

 

  占領軍はこれらの投書、一通、一通を重要なものについては全訳を、そうでないものには要約をつけていた。米軍にはこのような作業を専門とする通訳翻訳部隊が存在し、占領軍当局に寄せられた大量な書簡の全てが、余すところなく分析されたのである。

 

 私は生長の家の信徒同士が互いを互いに監視し合う。そういうことは一番行ってはならないことであるにも関わらず。そういうことが平然と行われることに、「立憲主義」と嘯いている総裁は正に「独裁恐慌主義」であるのです。

 

 私などが教化部に行くと、職員は「コソコソ」している。この人と関わってはいけないと思っているのであろうか。また以前、知り合いに教えてもらったが私は「学ぶ会」の会員であると思っているのである。

十年以上になるのか神戸の本住吉神社の近くで『生命の實相』の何周年記念ということで、集会を行った。以前の「元大阪教化部長 森田征史先生・阪田成一先生・安東巖先生」の講演があった。それに大阪教化部の講師などが参列した、それが発覚して其の人は役職から解任させられた。

 

 旧ロシアにおけるKGBと同じことである。40年以上前に仕事でロシアに3ケ月行った友達が

「私がホテルから出て、仕事場に行くのであるが、それがどういうわけか工場の管理人に知られていて、途中でお菓子をかっただろうとか細かい事まで云われて、その恐ろしさに背筋が凍るような思いだった」と打ち分けたが、まさしくそんな世界である。

 

 検閲作業でもそうであるが、GHQ検閲官がその検閲作業に「日本人の大学教授や大学卒の優秀な人材を募集した」が挙ってその応募するのである。その当時の給与の十倍という破格の報酬である。しかも採用された日本人は5000人と云うからなんともいえない。しかもその作業内容は肉親たりともそれを喋ったりしてはならないという発令である。

 

 私は今回の本当におかしな「恐怖宗教」は現代社会ではあってはならないことである。警鐘を打ち鳴らしたい。

 

 さて、現在私は『生命の實相』の黑布表紙版における「検閲」というのをどの箇所でされているのかを「チェック」している。昭和十年に発行されたものと、それ以降に発行された『生命の實相』を対比している作業であるが、とてつもなく大変な作業である。その作業を谷口雅春先生は戦前に二回と戦後になって一回行っておられます。

 

因みに黑布表紙版『生命の實相』三巻でどのように自主的に及び検閲などで出版出来ないという不測の事態というのが生じて来ます。已む無くその作業をせざるを得ないのです。

その一端を記します。

 

『生命の實相』全集第三卷『聖靈篇・實證篇』昭和10525日発行 黑布表紙版

                   ◎印昭和18515日発行 黑布表紙版

◎印は変更した箇所である。

薬よりも手紙で治る/91

◎印刷より肉筆が効果が多い/91(標題のみ変更)

この場合は薬よりも手紙で治る/91から印刷より肉筆が効果が多い/91に変更になったのです。因みに“/数字”は頁数です。

 

 

『生命の實相』第三卷目次

序詩天使の言葉 / 1

聖靈篇燃えさかる聖靈の火 / 21

(本來生、不滅の神示/22※名称なし)

第一章 烈しき聖靈の / 23

人間は神の子/23

無限能力發現法/23

手のひら療治/25

自己の内部に賴り切れ/26

生氣術/27

たなすゑの道/28

すめろぎの道/28

服部仁郎氏の肺炎三日で治る/29

話だけでリュ-マチス治る/29(リウマチス原本)

全ての民間療治を漁る/31

賃家探し/32

六年間の重症喘息癒ゆ/34

手のひら療治に活が入る/35

手のひらの効く効かぬの原因/38

人に宿る治す聖靈/39

言葉の力で一日二十五杯の飯が食へる/42

過食健康法/43

少食健康法/45

すべての健康法を捨てゝ眞健康を得/46

空手の生活/47

指の不隋治る/49

八十三媼の腰が伸びる/50

按手一囘にして五年間のリュ-マチス癒ゆ/51

靈は閃く=心の影 『生長の家』を説く服部仁郎氏の歸省/53

二十年の慢性下痢癒ゆ/55

第二章 聖火盛岡を過ぐ / 58

『生長の家』を讀んで胃癌治る/58

◎『生長の家』で悟って胃癌の惱み説く/58

◎物質無肉體無と悟りが削除

を脱す/60

動物の本能危險を豫知す/63

心調へる人の生活/64

笑門福來/65

癇癪は病を招く/65

心が治る/67

ポスタ-病氣を作る/68

三病院悉く診斷を誤る/69

◎レ氏線悉く診斷を誤る/69(標題のみ変更)

脱臼した肘關が動き出す/70

一言たちまち幼兒の『夜泣き』を治す/72

醫藥賣藥不要となる/72

第三章 聖火帝都を過ぐ / 75

一語よく蕁麻疹を治す/75

慢性の齒痛癒ゆ/75

精神病者を治す/77

欲するもの自然に集る/78

精神病者を抱き寢して治す/81

按手一囘にて蓄膿症治す/84

神經衰弱と肺病治る/85

指の壓傷治る/86

谷水さんの體驗/86

顏面神經痛を治す心/87

心靈現象/88

靈魂離脱現象/89

切斷せるアキレス腱の復活/90

薬よりも手紙で治る/91

◎印刷より肉筆が効果が多い/91(標題のみ変更)

努力の再吟味/93

糖尿病治る/95

醫師みづから藥の服用を拒む/96

水を注射して胃痙攣治る/97

按手一瞬、神經症治る/98

天空に合唱の聲聞ゆ/99

第四章 聖火北陸を過ぐ / 101

按手一囘、結核を治す/101

腎臓結核治る/103

聖典で神經衰弱を自癒した杉江重誠氏多勢の病ひを癒やす/104

愛深き冷淡/106

座に激痛去り歩いて歸る/108

腎臓結核癒ゆ/109

腦溢血で半身不随の患者を癒す/109

聖典を應用し舟橋醫師腦溢血を治す/112

念の感應にて七尾へ敎祖を招く/114

夢に施術を受けて盲腸炎治る/117

一觸力を囘復す/121

一觸たちまち小兒の痙攣止む/122

聖典讀誦の功德/123

◎正信獲得の功德/123(聖典讀誦が正信獲得と変更)

第五章 『ねばならぬ』を解放する宗敎 / 124

生長の家とは何であるか/124

宗敎本來の使命/125

『救ふ』と云ふ本當の意味/126

解脱/126

各宗門は家に入る通路/127

生長の家とは何/129

天理敎と眞宗を和解させる/130

天理敎の『心定め』の眞義/131

解脱と云ふこと/132

手のひら療治に活が入る/134

家庭苦は病氣の因/135

胃癌の原因/136

食べないでも生きられると云ふ自覺で胃癌が治る/139

『なければならぬ』を捨てよ/139

午前三時まで勉して却って肥える/142

良人が聖典を讀んで妻に感謝する/146

一燈園の洋服部と生長の家の洋服部/147

我を出して失敗す/148

再び生命の流れに乘る/150

肉體も環境も我が心の影/153

老眼鏡が不要となる/154

大量生時代に約は美徳でない/158

◎物を物體と見ないで神の生命と見るのが勿體ないと云ふこと/158(節約と云ふことを説かない切詰め一點張りを説かない)

生長の家の經濟思想/159

◎この標題がなく1588行目~16018行目(最後迄)

第六章 聖火京都を過ぐ / 161

喘息を征服した話/162

醫療を廃して肋膜炎を治す/164

◎生命を拜んで肋膜炎を治す/16416411行目退院させて醫療を廢して退院させて生命を拜んで)

十數年來の常習頭痛治る/165

善にも心が引掛かれば惡となる/166

現象を見ずに實相を見れば心が落付く/168

行雲流水の心/169

一讀痔疾治る/171

◎悟で痔疾治る/171

1719行目「人の道敎團」を「自分の敎團」12行目の「人の道敎團」を其何某敎團に変更

聖典を讀んで神經衰弱が治り白髪が黑變す/172

第七章 宗敎を生活に生きる生長の家 / 174

夫婦の精神葛藤から起る病氣/175

宗敎同志爭ふな/177

天理敎が生活に生きる/178

何を食ひ何を飲まんと思ひ煩ふ勿れ/179

阿字觀に新境地を得/183

有島武郎氏に生長の家を知らしたい/183

キリストの敎へ全部が生きる/184

佛敎が生活に活きる/184

聖典を一夜に讀んで近眼が治る/185

曹洞宗が生活に活きる/188

南無阿彌陀佛の眞髄が解る/189

身成佛//192

法華經の眞髄/193

金光敎が生活に活きる/194

肋骨カリエス治る/196

力恢復す/199

體量増加す/200

毛髪黑變す/200

反駁に答へる/202

神懸りの筆/206

愛兒の實相を觀て挫骨を癒す/209

實相と念と現象との關係/213

『物質無』の話/214

2156行目~13行目まで差換え

人間の正しい食物/216

約は却って他から奪ふ生活となる/219

神樣から金を使ふ修行を命ぜらる/220

◎(標題なし)2202行目から4行目変更、森田氏、谷口先生の言葉削除して「東蘭印島に於ける實相の足跡」を追加

第八章 宗敎上の『罪の赦し』に就いて / 224

わが實相の中にに全ては在る/224

りの功德/225

に成る天國/226

神想觀の極意/227

法藏菩薩はに成佛した/228

十字架でに罪は消えた/228

信心とは拜み倒すことではない/230

神はに至愛/230

神はに全智/230

神はに無限の善/231

神はに無限の智慧/231

實相十全の惠みを見よ/234

神を本當に好きになるには/236

神と人間との間に水を注す間違った信仰/238

罪を消す道/239

『罪の赦し』の本當の意義/242

本來罪なし/245

イエスの治療法/245

五官的陶酔と宗敎的法悦とを混同すな/246

實相を顯現する/247

かなへられぬ/249

罪を罰すると云ふ意味/250

罪の破壞/253

守護神/258

に救晴れてゐる實相常樂の家庭を見よ/260

主のりの解釋/262

無限生命の源泉を汲む道/264

第九章 心に從つて展開する地上天國 / 267

危險を脱す/267

實相無礙の態の展開/268

二男を就職せしむ/269

夫婦の執着/270

念の具象化/272

心に從って家相變る/273

心で經濟問題が解決する/274

家賃をくれる/277

地代をくれる/277

心に從って賣掛金集まる/279

自立する生命の悟り/281

不幸と見える事が幸福の先驅/284

神想觀で入學試驗に成功す/286

懺悔する/288

店員まで變る/288

必需品必ず來る/290

歌の會に高點/291

第十章 無限能力をひらく道 / 293

に救はれてゐる/295

表の説き方、裏の説き方/299

自分は惡い、自分は無い/300

言葉の力/301

家族に禮を言へ/302

神經衰弱を治した體驗/303

鋼の心になるな柳の心になれよ/305

神は求むるよりも一層善き物を與へ給ふ/307

心に從って如意自在の世界/311

息子を就職さす/314

ゐながらにして物事成就す/316

各内臓を部分品扱ひにして失敗す/318

重症神經痛を治した話/321

佛心がないから病む/322

半身不随を治す/325

胸の病ひを治す/328

中耳炎を叱って治す/330

言葉の注射/331

母の實相を見る/336

借家探し/338

つひに養母の實相を見る/341

實證篇生長の家の奇蹟に就いて / 343

使徒行傳と一對の奇蹟/345

上海戰亂中の奇蹟/350

皇軍の運送船呉淞砲臺下を無事通過す/351

靈感にて暗中に浮標を指す/351

狙撃しても當らぬ/352

讀誦三時間にて慢性胃腸病治る/352

實相の顯現頻々/353

胃の潰瘍者夕飯三杯も平気/354

心の夜が明けて/355

を迎へて/356

聽講後神示を聽きて/357

心無礙を得て/362

心は客を招く/363

再び神示をきゝて/363

京都の講演を聽きて/366

惡靈の祟りを去る/367

言葉の力にて病ひ癒す/368

生長の家大神の神德/368

幼兒が寢るやうになる/371

佛前にて聖典を讀む功德/371

どこにゐても幸福/372

笑顔がよくなる/372

男性野獣の嫌惡感去る

盛岡の講演を聽きて/374

子の心境變化で父の神經衰弱治る/375

心の悟りにて經濟問題まで好轉す/376

神想觀中の體驗/377

信心決定/378

神想觀の體驗/378

始めて正座す/379

脚の不自由なほる/379

神想觀中觀世音を拜す/380

神想觀の直接指導を受く/380

遠隔治療の効果/381

骨を削る必要去る/382

更生の一路へ/383

第一回熊本誌友會/386

觀中、白衣淸淨光明の神姿を拜す/386

熊本支部にて救はる/389

聖典『生命の實相』中の法華經を語るを讀む/391

天の岩戸開かる/391

病苦七年痕跡を止めず/392

一ケ月許にして齒を見ず/393

家族全て救はる/394

服藥を捨て健康體となる/395

醫藥を廢し體重二貫目を増す/396

聖典に救はる/397

聖典『生命の實相』を讀む/398

『生長の家』の小冊子にて二十一年間の惱みを脱す/399

一躍大覺者となる/400

ブラジルの便り/401

性格の明るさを増す/403

不思議な體驗/404

三年病臥の身、今は十六時間務に服す/405

貴説に一々共鳴/406

『生命の實相』を讀む/407

 

 

 お願い

 例えば、「聖典讀誦によって救われた」は駄目で「御経を唱えて回復した」はOKと云う風にどこが基準であるかはっきりしないのが、多い。

「遠隔思念」とか「醫師などいらない」などは完全にアウトである。


  ただ、私の所持している黑布表紙版『生命の實相』も昭和十年~十二年が多く、出来れば昭和十四年~十八年の黑布表紙版『生命の實相』をお持ちの方は譲って戴きたい。よろしくお願いいたします。尚もし譲って戴くのがありましたら、メ-ルにて住所のご連絡をお願いいたします。
メ-ルアドレス
tecnopla@silver.ocn.ne.jp

 

 よろしくお願いいたします

人間医学

先日、「亀の子」様から紹介して戴きました。谷口雅春先生の御寄稿された文章です。

 

 【昭和四十八年四月號『生長の家』誌の「言の林」佐藤通次氏文章に谷口雅春先生のお名前を見いだしました。

 

そこ(一行目から)には以下の様に記されておりました。

 

<『人間醫学』といふ雑誌の本年正月號で谷口雅春先生の『米食(べいしょく)と日本人』といふ御文章を読み、會心の思ひをなしたので、それに因んで稻作農業と日本國との深い繋がりを、言語の上から、また上つ代の尊貴な方々のお名前により、探ってみることにする。>】

 

谷口雅春先生は様々な雑誌や本などに寄稿されたりしておられます。その一つ一つが私たちに大切な指標を与えていただいております。今回の『米食と日本人』にしてもこれを読めば「米食」の素晴らしさと先祖代々から受け継ぐ「主食」としての大切な食べ物を感ぜられる。
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 上記を讀みやすくしたのが下図です。
IMG_3243


 私は今回『人間医学』という最新号を購入して読んでみまして、昔は「みみず」を漢方として服していたことが書いてあるのに、昔はそうした漢方や生薬といえば「ゲンノショウコ」「ガシュツ」「黄柏」「カンゾウ」「マオウ」「人参」「葛根」「ウコン」等々

 

また昔は「ミミズ」を乾燥させ潰したりして、発熱や気管支炎の藥として用いられていました。マムシでも「藥」として重宝されています。鹿の角でもそうですが、どれが藥になるかは昔伝来の知恵というのがあるように思います。

 

元禄6年(1693年)、徳川光圀は侍医の穂積甫庵(鈴木宗與)に命じて、身近な薬草397種の効能・使用法を記した手引書を作らせ、領民に配布しました。それが、わが国最初の家庭医学書と言われる『救民妙薬』です。

 

     救民妙藥

 

 大君予に命すらく山野

 貧賤の地には醫もなく

 藥もなし下民病て臥

 時は自治するを待不レ治者或

 死或癈人となる是皆非

 命なり求やすき單方

 を集て是にあたへ是を

 すくへと予謹承レ命其病

 其處に求め易き藥方

 三百九十七方編集して

 救民妙藥と名つけて

 深山野居の者に與レ之

 庶幾濟民の一助ならんか

  元禄癸酉歳

 常陽水戸府醫士

   穗積氏甫庵宗與撰

 

原文には振り仮名のついている漢字があります。振り仮名を括弧に入れて示したものを次に掲げます。

(振り仮名には濁点がついています。)

 

       救民(きうみん)妙藥(みやうやく)

大君(たいくん)()に命(めい)すらく山野貧賤(ひんせん)の地()には醫()もなく藥(くすり)もなし下民(かみん)(やん)て臥(ふす)(とき)は自(をのづから)治()するを待(まち)不レ治者(ぢせざるもの)(あるいは)(しゝ)(あるいは)癈人(はいじん)となる是皆(これみな)()(めい)なり求(もとめ)やすき單方(たんほう)を集(あつめ)て是(これ)にあたへ是(これ)

すくへと予謹(つゝしんで)承レ命(めいをうけたまはつて)其病(そのやまひ)其處(そのところ)に求(もと)め易(やす)き藥方(やくほう)三百九十七方編集(へんしう)して救民妙藥(きうみんみやうやく)と名()つけて 深山(しんざん)野居(やきよ)の者(もの)に與レ之(これをあたへ) 庶幾(こいねがはくは)濟民(さいみん)の一助(じよ)ならんか

   元禄癸酉歳

   常陽水戸府醫士

     穗積氏甫庵宗與撰 

 最近は『徳川光圀』に関することで、契沖の書いた『万葉集代匠記』など触れる機会が多い。

 

面従腹背を行っているのは雅宣総裁である

『生命の實相』頭注版 第四巻 生命篇(下)の59頁ですが。六行目のタイトルには「肺結核と祖国反逆」ということで記載されていますが、戦前の『生命の實相』ではその部分が『左翼思想と祖先の思想』ということで戦後になり変更されています。ただタイトルが変っただけではなく一部削除されています。それがタイトルに影響されているのです。

 

【中尾良知氏は祖父の好まない『金毘羅さんの命日に魚を食べる』ると云ふ行爲を犯したゞけで腹痛の制裁を受けるのであります。近頃極左の第三インタ-ナショナルなどに加はって祖国に對して叛逆的行動をとらうとするやうな人達の健康をしらべて見ると肺結核に罹ってゐる人が多いと云ふことでありますが、肺結核の原因は本全集の實相篇にも述べましたやうに、色々の原因がありますから一には云へない。して申せば、肺病は狭量な極端にサバク心、切る心が自己の肉體にその形をあらはしたのでありますが、祖國を愛する吾吾の祖先の靈魂の反對觀念によって制裁されてゐる場合の多いことも明かな事實でありましてかう云ふやうな病氣は、祖國を愛する心に燃えるやうになられゝば自然に治って來るのであります。】

 

私は単に「先祖供養」するだけではなく、本来の祖国を愛する心を持たなければ「先祖供養」を行ったとはいえないのであります。上記の文章は戦後のGHQに対する検閲というのをのがれる為に「近頃極左の第三インタ-ナショナルなどに加はって祖国に對して叛逆的行動」という文章を省いたりしているのです。

 

今回、掲示板で賑わしている「生長の家栄える会会長 樋上雅一氏の辞任」というのは家屋に「自民党の掲示板」が掲げていただけであり、その父親が自民党支持者であっても容赦なく「切り捨て」であります。勿論、その奥さんは「大阪白鳩会会長」ですから当然、辞さなければなりません。

 

ちょうど、私のブログで『雑感余話⑧』を書いたのが今月の12日です。予感するように、その断罪が行われました、「首切り」を行うのですから「立憲主義」など単に言葉の誤魔化しにすぎないことが解っていただいたと思います。

 

生長の家職員でも「面従腹背」されている人も多いと思います。しかし、私はそれが反対に正しい行動ということを述べたい。「面従腹背」を行っているのは「谷口雅宣総裁」であるからです。『生命の實相』を読めば明らかなことでありまして、今回の『生命の實相』頭注版 第四巻 生命篇(下)でもそうですが、祖国愛ということを聖典には次々と述べられているのです。現在の祖国愛で「天皇陛下」を御護りする政党は「自民党」でしかない箇所もあり、そこを一つの基準においているわけでありまして、そうですから『自民党』を支持しているわけであります。しかし現教団は真逆な「立憲民主党」「共産党」を支持しているところがあり、それは祖先に対する叛逆であります。それを平気で行おうとするのは「生長の家」の精神から反しているのであります。

コメントについての回答の間違いとお詫び

  I 樣へ

今回、「久遠天上理想國實現の神示」が「大生長の家に就いての神示」の件について、間違って囘答してしまったことをお詫び申し上げます。すみません。

 

 その詳細については「亀の子ブログ」さんがご記入いただております。申し訳ございません。

 

「大生長の家に就いての神示」が元々の名稱で戰後になってその部分を已む無く削除しています。どういう経過でそういうことになったのかも併せて、早急に發表させていただきます。

 

 「亀の子ブログ」さんから回答していただき、また御指摘いただき深く感謝申し上げます。

 

 現在、『生命の實相』・『久遠の實在』・黑布表紙版『生命の實相』の比較檢討の作業を四日前から行っております。黑布表紙版について、当時の内務省警保局からの檢閲など、その内容について變遷している部分があります。それについては何頁かにわけてどうして、それが生じたのかを説明させていただきます。また、戰前と戰後の『生命の實相』比較を詳細に檢討していこうと思っています。

 

 何故、「大生長の家に就いての神示」から「久遠天上理想國實現の神示」と名稱が變更となったのかも、これはあくまで推測ですが探究していこうと思っています。
 

 「神示」についても、今後は少し詳しく書いていくようにしていきたい。

 

 今回の「大生長の家に就いての神示」の講義も『久遠の實在』宗敎篇から黑布表紙版『生命の實相』第六巻 萬敎歸一篇の移行とその初版については變更されていませんが、同じ初版でも黑布表紙版『生命の實相』第六巻 萬敎歸一篇の講義がごっそりと削除されております。そうした経緯も順次説明していこうと考えております。※初版でも日數のみの變更で内容が異なる巻があります。

 

 日數がかかることですので、暫くお待ち願いたい。今月中には對處させていただきます。

雑感余話-⑧

とかく人間というのは「権力」を持っている人ほど、「国民の爲」とか「市民の爲」とか嘯く。しかし、そんな人間ほど内心は弱い人間で「偏狭な精神構造」である。しかし、そんな人間だからこそ権力を糧に「好き放題」にする。しかも、そんなことしていても「自分は弱い人間」だとか、民主主義で組織を纏めなければならないとか云っている。

 

まさしく現教団の谷口雅宣総裁はそのような人間である。立憲主義とか云っているが、自分の嫌いな人物は容赦なく「左遷」や「更迭」である。そのひとの理由を問わず、反対意見だと思う人や気に入らない人は徹底的に強権を発動する。これは「立憲主義」と反していることは誰もが疑わない事実である。しかし、自民党の安倍政権が気に入らないから、信徒をそちらの方に「心を振向ける」ようにしているのだが、ちょうど、中国や北朝鮮や韓国の首謀者と似ている。自分の方に批判を背けるための政策であろうが、最早、そんなことで信徒は騙されないだろう。

 

兄弟や親の云う事も聞かないだろうが、なんとかこの“おぼちゃま”を叱る人はいないのであろうか。
   谷口雅春先生の意に背き、即刻辞めなければならない背教のひとは総裁自身ではないか。

『久遠天上理想國実現の神示』について

【合掌ありがとうございます。いつも拝見させていただいておりまして、ありがとうございます。ご教示いただきたい事があります。

神示で、『久遠天上理想國実現の神示』がありますが、これは昭和36年に改称でその前は、『大生長の家(たかあまはら)についての神示』であったと何かで見た事があります。その裏付けの為八方手を尽くしたのですが、不明です。ただ

『生長の家三十年史』395頁の年表に、昭和7年8月1日『生長の家についての神示』発表(生長の家誌第三十号)とありますが、この事なのでしょうか。私達は

今神示を3年余かけて全神示を勉強して来た者ですが、一番重要な神示の前で、立ち往生してしまいました。何か手がかりのようなものをご教示いただければ、大変ありがたいのですが・・・ご多用中大変申しわけございません。(社会事業団にと思ったのですが、つてがなくて)どうぞよろしくお願い申しあげます。

生長の家の真の使命が顕現されますよう、いつも祈っているものです。

ありがとうございます。】

 

 それでは、順序だてて説明させていただきます。

「久遠天上理想國実現の神示」についてですが、「大生長の家(たかあまはら)についての神示」ではなかったかということですが、名称そのものが変ったのは「自他一體の神示(報恩行に就いての神示)」だけであると思います。

 

 『生長の家五拾年史』26519行目から

《久遠天上の『生長の家(たかあまはら)』が地上に顕現して全世界が『生長の家(せいちょうのいへ)』にならねば永遠理想世界は地上に来ぬ。久遠天上とは地に対する天ではない、實相世界のことである。

 イエス・キリストも『み心の天に成るが如く地にも成らせ給へ』と祈ったが、実相世界では既にひとつの極身に統一せられて、常楽の浄土となってゐるのである。地上にも実相世界が形を顕して天国が地上に天降ってくる時期が近づいたが、今の世界は下照姫に心を迷はせてゐて下照姫の言ひなり通りになってゐるから、その迷ひの自壊作用として、地上全体が『生長の家(たかあまはら)』になるまでにまだまだ色々な難問題が起って来る。皇典にある下照姫と云ふのは地鉱の下で光ってゐる金のことである。全世界が一つの『生長の家(せいちょうのいへ)』となり、実相の世界の『生長の家(せいちょうのいへ)』が地上に顕って来る時には是非とも此の世界も一つの中心に統一せられねばならぬ』

 

 まことに「生長の家」の奥義が記載されている神示であるのです。その構想はさらに具体的な神示により明瞭となってきます。

 

 さて、『秘められたる神示』14812行目から記載されている箇所を読んで頂ければ「久遠天上理想國実現の神示」が元々の名称であることは記載されている通りであります。

 

  昭和三十六年の改称とご記載されておられますので、それ以降の『神示集』及び『聖光』を見てみたいと思います。

 

  私が所持している最新版は『新講 聖光録 生長の家信徒必携』平成五年一月五日二十九版発行です。そこには「久遠天上理想國実現の神示」は記載されています。

 IMG_3153IMG_3155

 

『生長の家』誌第三十號ですが私自身は所持していませんが、『秘められたる神示』148頁に記載されている内容と同様です。

 

因みに『生長の家の神示』戦前は下記の通りです。

生長の家の食事の神示                  昭和五年十一月四日

完成(ななつ)の燈臺の神示    昭和六年一月十五日

萬敎歸一の神示            昭和六年四月五日

新天新地の神示            昭和六年五月六日

“心の法則”と“平和への道”の神示  昭和六年五月三十日

歸幽の神示                 昭和六年六月二十六日

生死の教(をしへ)              昭和六年九月五日

大調和の神示              昭和六年九月二十七日

“最後の審判”に就いての神示        昭和六年九月二十八日

信仰生活の神示            昭和六年十二月五日

聲字實相の神示           昭和七年一月十一日

自他一體の神示(報恩行に就いての神示)昭和七年二月四日

上求菩提・下化衆生の神示    昭和七年二月九日

「いのちのゆには」の神示         昭和七年三月十四日

使命邁進の神示            昭和七年三月十五日

無相圓相一切相の神示            昭和七年四月十日

無限供給の神示            昭和七年五月五日

久遠天上理想國實現の神示         昭和七年五月二十七日

万敎包容の神示            昭和七年七月七日

懺悔の神示                 昭和七年八月十二日

實相金剛身の神示           昭和七年九月二日

無病常樂の神示            昭和七年十一月十日

本來生、不滅の神示         昭和七年十一月二十五日

梅の花の神示               昭和八年一月六日

自然流通の神示            昭和八年一月二十五日

至上者の自覺の神示         昭和八年三月十六日

本当の信仰に就いての神示    昭和八年八月五日

靈魂進化の神示            昭和八年九月十五日

兒童敎育に關する神示       (日付不明)

 

「生長の家の神示」を勉強されるということは本当に大切なことです。昨日その神示について、偶然にも或る方と話しておりました。生長の家の立教後の神戸に在住のときの運動の指針というのが「生長の家」の基礎となるべきものです。その時の「神示」を運動の流れとして実行されようとされた「谷口雅春先生」の言動は“生長の家”の基礎となるべき大切なことであります。

先輩、おめでとうございます。

同級生の友達からラインを頂いた。それは、今回のノーベル科学賞受賞者が私達の小学校と中学校の先輩だということです。吉野彰氏という立派な人です。

 私の同郷の人であり、小学校と中学校が同じ卒業生であり、その後は北野高校と京大ですから、頭も良かったのは確かです。連絡のあった友達も同じように北野と京大と歩んでいたので喜びは半端ではない。

私達には計り知れない努力と気力が有ればこそ成し得た賞であることを教えて戴いた。

しかも、私の家のすぐ近くに住まいされています。家は存じ上げないが、直ぐ近くであることは下記の言葉でわかります。

先輩に凄い人がいてるんだという、誇りとそして先輩にあらためて敬意を表します。おめでとうございます。私の家からも直ぐ近くに関西大学があります。

 

 「私は大阪生まれだし、ちょうど大阪の千里山の関西大学が家のすぐ近くにあり、(野球部で)村山実(元阪神タイガース投手、監督)がちょうど私の子供の頃に投げていた。キャッチャーが上田(利治・元阪急ブレーブス監督)だったかな。そういうこともあってね」

座右の銘は「実るほど頭が下がる稲穂かな」

 

   さて、話は私事ですが現在進行中の『谷口雅春先生著作年譜一覧表』作成でもそうですが、コツコツと地道に行う作業です。これが終わったから終了という作業ではないことを痛感致します。それは新たな発見があるからです。勿論、それは自分が知らなかったことだけです。諦めたらそこで終わってしまうのです。それをそこで気持ちを切らさない。そうでないと終了としないと思うことが大切なことです。もう自分は知っているので、知る必要がないとかでは発展はない。

吉野教授の『何とかなる』という気持ちと、『この研究成果が世の中の為になる』という精神が大切なことだと思います。

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