則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2019年06月

讀んで戴ければ幸甚です。

「一日一話」について

谷口雅春先生の一言講話が『一日一話』として『やまと新聞』で数年にわたって連載されました。現在は源流さんが一部発表されておられますが、あの同じ資料をある方から数年前に頂きました。だが、何年に発行されたことが不明であります、しかも半分位しかその資料が複写されていない。たぶん、『国会図書館』で複写されたものであることはわかります。

 

当方でほぼ全体にわたって調査し、複写するようにしています。また『帝都日日新聞』『やまと新聞』の月曜随想、『新日本春秋』、『中外日報』でもそうです。そのはしがきは前回の『谷口雅春先生著作年譜一覧表』で掲載させていただきました。前回では2箇所が抜けていたこともわかりました。

 

谷口雅宣総裁の焚書の行い方はひどいものがありますが、しかし怒るばかりではなく、なんとか皆で協力して出来る範囲でやるしかないと思います。雅宣氏は菅野氏と結託?して、『日本会議の研究』を出版した。それも大切かもしれませんが、やはり雅春先生の御著書をどうして世の中に出版させていくかを「智慧」を出し合って考える方が大切に思います。

 

私も『国会図書館』で『聖使命』を閲覧していた時に谷口雅春先生が昭和60617日に天寿を全うされ御昇天された、喪も明けないその年の9月には青年会解体を行っているのですから、その『聖使命』を見た時に怒りが出て来ました。

それでも、なんとかしていかなければ、怒っているだけでは進歩致しません。皆さんの御協力もお願いしたい。昔の情報や御著書で知っている事を教えて下さい。宜しくお願い致します。

因みに『やまと新聞』では何カ所か欠落していましたが、ほぼ97%は発表できる状態になりました。あとは『やまと新聞』に許可を得て、発表していきたい。

 

「一日一話」昭和451117日スタ-ト

      昭和48330日 586話で終了

「新一日一話」昭和4843日スタ-ト

       昭和491120日 404話で終了

ア-カイブするには

私は「谷口雅春先生」の膨大な御著書は「学ぶ会」や「社会事業団」や「温故資料館」や「教団本部」に置いてあるのは最早、飾り物に過ぎないと思っています。厳しい言い方で反論される人もおられると思いますが、それなら貴方や貴社、社會事業団は何を「雅春先生」の御文章を発表されたりしたのでしょうか?公文書などで一部は「国会図書館」で見れますが、それ以外で見れるのでしょうか。「学ぶ会」ではなんとか見れたが、それでも一般の人は見れません。どんな資料があるのかもわからないので、そういうところに行くことも出来ません。また全国の図書館ではそこに行かなければ、雅春先生の御本が読めません。先ほどの「国会図書館」の資料であれば、近くの図書館でも見ることが可能です。

 

『眞理』の御本を沢山の人に読んで頂きたいというのは、雅春先生の願いであった。それを秘匿にして、どうして眞理の宣布が出来るのでしょうか。私はいつもそういう疑問を感じており、私は「著作権」に抵触しない方法で発表しております。勿論、『生命の實相』『眞理』は光明思想社で見れるようになりましたが、多くの著作集など大半は見れません。私は「社会事業団」にある雑誌などは「国会図書館」に寄贈して欲しいとさえ思っています。そうでないと「酸化」が進み十数年でボロボロになってしまいます。温度管理、湿気対策、蛍光灯対策など様々なことを考えると、果たして「社会事業団」で保存は出来るのでしょうか?

はっきり言って、不可能です。だから私の所有のものは『国会図書館』に寄贈しようと思っています。

 

「国會図書館」では次第に「マイクロフィルム」で保存をしています。たとえば、戦前の御本や雑誌も次第に「マイクロフィルム」化しています。新聞などは「マイクロフィルム」化はだいぶ進んでおり、大阪に於いて『北海道』の古い新聞が読めるようになってきています。まだ、地域によっては大きな図書館でしか「マイクロフィルム機器」を所有していませんが、次第に増えていきます。また「巻き取り方式」は増えていますが、「シ-ト」式のマイクロフィルムは国会図書館でしかその機械はみていません。それでも真剣にそういうことを考えなければなりません。谷口雅春先生の貴重な御著書を所有の人は90%以上の人は発表もしない、どうすればいいのかもわからない。それなら私の方でなんとかしたいとさえ思っています。

 

それは書籍だけには限りません、『百万運動』の資料はある人が大半所有されていますが、発表もされていません。『百万運動』とはどういう運動だったのかを知ることも今の信徒は出来ません。白鳩会も「白鳩誌」の拡大運動を行っていますが、封印されたままであります。

 

とかく人は昔の運動の方が良かったと言う、たしかにそれは「正しい」部分もあります。ただ、それを実証できるような資料がないのは残念であります。

『総本山』の歴史的なことでもそうですが、詳細を知る人は少ない。資料が散逸して全体像をなかなか知れない。ただ、私は自分の知っている範囲で発表していきたい。協力者も沢山いるので頑張って発表していきたい。下記の「本音の時代」さんの文章を読んで、そのように感じました。

 

私で出来る範囲は谷口雅春先生のレファレンスを発表することしか出来ないことを谷口雅春先生にお詫びしたい。著作権というのが70年に延長になり、その頃には私は此の世にいないかもしれない。

私は精一杯の努力だけはしていきたい。私は近々『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の再増補版を出版します。谷口雅春先生の事を少しでも知って欲しい、その思いで発行します。

 

>現在の「生長の家」教団には何の魅力もない。

 

 同感である。

しかし、本当の生長の家を伝え続けるにはどうしたら良いのか。

 谷口雅春先生を伝え続けるにはどうしたら良いのか。

 生長の家及び谷口雅春先生のアーカイブが必須となってくるはずである。

そして、アーカイブに必要な資料は、「生長の家」教団の許可なしでは使用できないのではなかろうか。

 谷口雅春先生に恩ある名の方々は、退職等で教団を去った後は、「生長の家」に拘わっていないように見受けられる。

 「生長の家」に拘わらないということは、生長の家及び谷口雅春先生が消えていってしまうという危機感を持つべきだと思うのだが、諸先輩方々は、谷口雅春先生への恩返しを忘れているように感じ、生長の家人の薄情さに腹立たしささえ感じる。

 生長の家信仰者有志が集まり、アーカイブを実現しなくてはならない時期が来ている。教団がやらなければ、名のある信仰者たちが集まり、教団と交渉しなけれ進まない。だれがやる? 学ぶ会か? 光の進軍か?

『眞理』レファレンス-⑪ 別冊 生死を超える道

別冊 眞理 生死を超える道 昭和331120

目次

はしがき

第一章 科學学な合理的宗敎の樹立/3

新しき宗教への歩み

普遍愛の人格的理會

第二章 神話的神學から科學的神學へ/11

事実は結論を確認する

第五王國への高昇

聖パウロは超人の意義を語る

力と平和の世界

超感覺世界

第三章 人間の宇宙に於ける位置/26

因果の法則

宗教の意義

證據の必要

傳説は證據にならぬ

人間不平等の所以

心の因と肉體の果

第四章 生命は死を超えて前進する/37

死後にも或る種の「體」が存續する

心の法則は校正の秤である

慾望は不滅の原動力である

證據と想像

合理的な信念を目指して

生命は死を超えて前進する

第五章 生と死の神祕に就いて/56

輪廻転生

再化身説に對する意義

潜在意識の記憶

個人の意見は法則ではない

「個」の進化と「種族」全體の進化

人間には平等はない

差別の原理

業の報償と刑罰

第六章 因果應報と生れ更りの理/75

因果應報と魂の教育

靈の法則が囘答を與へる

生長のための無限の機會

再化身の概要

第七章 生命の神祕に就いて/91

靈的進化の促進

異なる存在の五つの「界」について

鑛物界

植物界

展開する舞臺

第八章 〝新たに生れる〟と云ふこと/104

縦と横の眞理

諸行無常すなわち現象無常

「變化する」と云ふことの正體

「人間」とは如何なるものか

現象の奥にある”不滅のもの”

實相の人間は何故完全であるか

人間は何處生れるか

何故、現象界に不完全があらはれるか

映畫の如き現象世界

心のレンズの歪みや曇りを無くするには

現実逃避の修行者について

功利的な近代人を救ふには

『生命の實相』を讀むと病氣が治る理由

今迄の宗敎は何故人類に平和を持ち來さなかったか

敎祖に背いたことを自覺せぬ弟子たち

催眠術や精神科學の原則を知らぬ宗敎家

潜在意識層の淨化について

何故『生命の實相』を讀めば潜在意識層が淨まるか

第九章 生物たがひに平和の世界/138

心とはどんなものか

心の状態が肉體にあらはれる

鳥射ちの名人が鳥と和解す

『生命の實相』を讀んで自殺を思ひとゞまる

蛙と和解して傷つけ合はない

原爆病でも心が調和すればこのやうに治る

第十章 感情の興奮と健康との關係/151

天動説が地動説にかはる

個人の74%が感情から

果して感情は間腦からおこるか

間腦は”心の波動”を受信するアンテナである

杉靖三郎博士は斯う言ふ

第十一章 宗敎におこる奇蹟/163

宗敎は神祕的世界からの人類救濟運動である

人間は未だ嘗て女の子宮から生れたことはない

悟りにも色々の段階がある

病氣の治るよりも魂の向上が神はねがってゐられる

生まれつきの睾丸の上部の塊が消える

腋臭が消える

「力われより出でて汝に入れり」

「靈界の妻は語る」

第十二章 病氣は心の想ひが映寫されたもの/188

心が轉じない人は醫師の手術もやむを得ぬ

切る心、攻撃精神で起る病氣

卵巣嚢腫の再發が心の轉囘で消えた

全身の神經痛が一夜で治る

第十三章 病菌も關節炎も心の影/203

心の中の汚れ物を洗ひませう

心を浄める念じ方

炎の精神分析

重症の結核性關炎の治った實例

黴菌おそるるに足らず

黴菌は培養すると毒性が減る

私は猫に負けた

第十四章 心に從つて病菌も益菌に變化する/219

特級酒が自然に出來た

月經中の婦人と梅干

第十五章 私たちの運命を支配するもの/231

誰かを憎んで排斥の心を起すと店が繁昌しなくなる

富と得んとすれば富想を心に起しなさい

心が變れば手相も變る

あなたの運命は心の掌中にある

心は人相にも手相にも運命にもあらはれる

私は何故、名前が變ったか

第十六章 原爆・水爆をのがれるには/243

自動車は何故衝突しますか

”親和の法則”とはこんなものです

信念の魔術はどれほどきくのか

心の無線電信を使ひませう

心が話であれば危害は近寄って來ません

不幸のときほど明るい心になりませう

神想觀をして”實相の世界”を見つめませう

自然に危険から遠ざかる(實例その一)

自然に危険から遠ざかる(實例その二)

心は宇宙に滿ちてゐて互に一體です

心の力による筋肉の發達

ホルモン醫學の發達と精神身體醫學の樹立

第十七章 苦難と恐怖の克服/260

「惡」の心をつかんではならない

眞に平和を持ち來すには

「實相」を念ずるのは単なる技術ではない

實相界の實在の延長としての善

ただ「善」のみ實在である、念ずれば現れるのは法則による

全身たゞ眞理の言葉をもって浸潤せよ

菌の性質は精神波動で變形する

神想觀のすゝめ

第十八章 死と病を超えるには/276

何故臨終に苦しみが來るのか

何故壽命が來ないのに死ぬのか

親孝行の心が病氣を治します

肉體は心で思ふとほりになる

環境惡から起る病氣

夫婦の不調和から起る病氣

第十九章 眞理の普及こそ本當の平和運動である/292

愛念は相互に感應する

與へたものが與へ返される

生長の家の精神的平和武器

廣島へ原爆が投下された時の實例

 

『眞理』レファレンス-⑩ 第十巻 實相篇

眞理 第十卷 實相篇 昭和3395
目次

はしがき

目次

第一章 生命の創造の秩序について/3

過去を抛げ棄てよ

人間は運命の主人公である

あなたに逆境は本來ないのである

希望は實現するには斯くの如くせよ

希望を實現するには

神と一體の自覺を喚び起しませう

物質は精神的原型に随って配列される

人間の理想像を毀してはならない

愛念によって雰圍氣をよくしませう

宇宙は一つ、人類は一つ

是空の物理學的説明

心が萬物の根元である

物心一如について

神は物理的法則以上の力である

何が、擴散するガスを密集せしめ得たか

人體にはたらく物理的法則以上のもの

本來の「叡智」と「慮知心」と

「慮知の心」や「本能」に「本心」がくらまされてはならぬ

想念は生きてゐる

繁榮の放送を受信しませう

“猿”と“人間”とは理念内容が異なる

生命は自己の“個性”に随って物質を變形する

心と物質とは“靈”の兩面である

「心」は宇宙のエネルギ-の流れに變化を與へる

人間の自由に就いて

動・反動の法則について

業の生成に就いて

因果晦さず

魂は斯くして進歩する

心境が低い時に“富”を裕に持つことは禍である

魂の求むるもの

先ず事物の“精神的原型”を

偶然に出て來るものではない

現象界に實相にある番組を實現しませう

善き言葉の種を播きませう

眞理で人を審いてはならない

生命は秩序ある處に發顯する

秩序は創造の根本原理である

和解するとは秩序の關係に入ることである

繁榮を得るためには

人間は神の最高實現である

生活に在ら晴れたる“秩序の智慧”

秩序と愛との一體について

秩序と平等との問題

神と偕にある自覺を得るための朝の祈り

“秩序の智慧”と一體になるには

原子エネルギ-の根元について

本當の自由に就いて

自由を恢復するための練成

秩序と愛との協力一致

毎朝夕心を浄化いたしませう

第二章 人類の理想への出發と發展/53

人間とは如何なるものか

「靈」「精神」「肉體」の關係

靈と精神と肉體との三重の進歩のために

自己縮小する「靈」となってはならない

人間が肉體と精神だけの面で生きれば破滅する

法則が神である

人類の運命は何處へ行くか

普遍的靈の導きを失った人間

來るべき理想世界の憧憬

斯うして魂は次第に向上する

人を呪ってはならない

「心」が高まらねば人間は幸福になれない

自分を縛ってゐるものをほどきませう

人間は單なる肉體ではない證據はここにある

人間は“愛”を本質とする靈的實在である

報いをもとめぬ愛

人間の品格の高下について

先づ「自己内在の靈的本質」の滿足を求めよ

神的要求を生きる時神の國が地上に實現する

靈の成長と欲望の淨化について

肉體は人間ではなく“靈”の乘物である

人間の進歩について

人間の靈的段階への進歩

戦争が起るのは人間がまだ未發達であるから

肉體的段階のみで生きる人の不幸

愛が純化し高まるとき

知識と智慧とは異る

それぞれの民族の使命について

第三章 神の創造と人間の創作/81

智慧あるものは恐れない

人生を幸福にする根本は?

人間の幸不幸は其人の人生觀による

「宇宙の知性」」をわが内に宿す人間

人生の生き甲斐はかうして得られる

腦髄はラジオ・セットである

腦髄は一種のテレビ・セットである

物質は單なるエネルギ-の一形式

科學者も終に神の存在に到達す

「心が現す」と云ふことと神が「創造る」と云ふこと

大自然の心と人間の心

大自然の創造と人間の位置

人間は「物質」か「神の子」か

自己撰擇の中心としての自我

不滅の自己を認識せよ

此の世界は鏡のやうに自分の想念を映し出す

不幸が來ると豫想して恐れてはならない

靈の顯現としての肉體

苦痛にも感謝せよ

「靜」の中に生命の高まりを養ふがよい

就寝直前の暗示

精靈を汚す罪は赦されない

私たちは神の守りの中に包まれてゐる

自覺意識と潜在意識

矛盾と自己同一としての人間

心の眼をひらいて完全な實相を見よ

人間は自分の想念で老い且つ病む

藥だけで人間の病氣が治るなら獣醫に診て貰ったらよい

觀實相の方法について

神想觀で病氣を癒やすには

コトバは創造の法則に作用する

第四章 無限の寶藏を開く道/108

神は靈的“無限供給”を與へたまふ

「愛」によって自己擴大せよ

内在の「無限」を發掘するには

「心のレンズ」を明るくしませう

眞理の光で「迷ひ」を摧破しよう

病菌は感染しない

人間は神の子であるから疲れない

病氣・貧乏・闘爭等は實相ではない

神は我を愛したまふ

ひたすら神と實相とを見つめて

つねに斯う念じませう

「正しき希望」と「正しくない希望」

あなたは本當は孤獨ではない

懺悔した後のあなたの罪はもう存在しない

誰もあなたに感情を害してゐない

勤労奉仕で病氣が治る理由

實相の完全さを見て拜むこと

神われに告げたまふ

秩序と自由について

信頼すれば裏切られることはない

病氣のとき神想觀の次に念ずる言葉

現象の困難によって信仰を失ってはならない

愛は恐怖心を消滅さす

あなたは健康の本をつかんだ

暗黑の中に失望してはならない

“眞理の霊”を呼び出すには

心の貧しき者、神を見ん

他を侵してはならない

「今」を生かすのが使命である

向上と進歩とは夢を實現する努力にある

第五章 智慧に到る道/134

眞理を知ることの尊とさ

科學の法則は、宇宙の施設のあらはれである

鑛物、植物、動物を支配する知性

宇宙を支配してゐる知性は一つである

健康と不健康との岐れ目

知性は普遍的である

神は宇宙に滿ちたまふ

物質はみづから運動方向を選擇し得ない

「無」に働きかける神の靈

「精神」のその奥にあるもの

人間の“體“は肉體だけではない

超在意識・潜在意識・現在意識・現在意識は良人である

潜在意識の叡智と迷ひとの根源

心の法則を知らなければ

宇宙の潜在意識は發電所の如く

神は我が内に宿り給ふ

普遍的な創造力があなたの爲に待ってゐる

叡智無限の普遍的創造力

花の香は如何にして生ずるかを思へ

繁栄に導く智慧

人間は「精神肉體」一體の靈的存在である

仕事に不平をもつと工場の事故が起る

修學旅行は斯うして危險である

肉體は「心」である

心で思はぬのに病氣が起ったと云ふ場合

宇宙叡智の受信を妨礙する個人感情

病氣は決して神罰ではない

人間の存在價値について

第六章 人生の行路に來るもの/162

無常をみつめて

噴火山上の舞

「永遠生命」に對する「肉體」の位置

超越的内在神論

超越内在神と奇蹟

自動装置としての自然界

何故、神は自然界の法則を造ったか

どうして奇蹟は可能であるか

法則を建設的に利用するには

現象宇宙の役割について

病氣の精神的原因について

健康と幸福とを得る心の持ち方

ストレスを除くには

心身一如としての人間

心は斯くの如く健康を左右する

風邪及び結核等の原因について

精神が身體に影響を與へる理由

肉體は心の結晶體である

單なる物質としての肉體は病氣を造り得ない

雑談の影響で胃液の分泌量が變る

病氣を思はないでも病氣は起る

普遍心と「個人の心」との關係

神罰ではない、法則である

内部の叡智を癒す力

實相に於いて病氣はない

自己を尊敬しませう

好機會を見ないものは神を見ないもの

「敵のために祈る」と云ふこと

「惡」の存在は幻に過ぎない

第七章 「人間」が高まるために/193

人間が動物よりまさる所以

本能と想念とを支配せよ

心に良きものを描いて實行せよ

笑ひを生活に利用すること

笑ひを人生に活用すること

損失は永續するものではない

常に神と偕にあることを想起せよ

神の叡智を受けるには

「行動の自信」を與へるための祈り

本當にゆたかなる生活

生活を得るための信念

よき生活習慣をつくるには

善き想念を蓄積しませう

心を明るくもつこと

生命の本源とつながること

自己に宿る神の癒能

萬敎は「一つ」の眞理から來る

眞實の祈りはきかれる

現象界の出來事は映畫である

肉體を根本的に健かにするには

眞理を潜在意識の底までも知ること

靈なる實相人間は不滅である

病氣は何故あらはれるか

あなたは「私は何である」と常に思ひますか?

私は如何なる問題よりきものである

健康の根本は心にあるが、現象面の調和も必要である

自分は無限者の個的顯現である

諸君よ、劣等感を去るべし

人類光明化は神と人との協同運動で成立つ

見えざる世界に德を積むこと

天の倉に寶を積むこと

現證を得るために必要な自覺

今、にあなたの内に

自己が生れ更ること

第八章 實相をみつめて/225

新生への目覺め

「心の編物」としての現象世界

人を赦さなければ自分自身に幸福が來ない

煩腦具足の凡夫を超えて

かうして人を赦すませう

變化無常の奥に常恆不滅の本體がある

眞の自己は佛身でありキリストである

肉體は「神の宮」だと言ふ意味

キリスト我に在って生くるなり

「神の國」を現象界に實現するには

神の國の法則に協力して幸福を得よ

迷ひ兒となった富者の息子

實相を觀ずれば諸ゝの惡は消える

に調和してゐる實相と歪んでゐる現象との關係

本當の永久平和は?

先づ心を調律致しませう

智慧の樹の果による樂園追放

其處に闘爭の世界が現れる

神の家から迷ひ出た後嗣息子

認識が全相に達しないのが「迷ひ」である

物質は實相から出る螢光である

實相無限の惠みを受け取るには

病氣の時には先づ「心」を點檢せよ

病氣を治す秘訣は何?

人生を樂しくするには

病氣のときには

咽喉元すぎて熱さを忘れてはいかぬ

苦難を癒すための祈りには

神の智慧はおそくとも迅い

第九章 靈的目覺めを志して/253

即身成佛

人類は何故闘爭するか?

宗敎の本當の後利益は

自己を靈的自覺に高め上げること

「天の父」は人類全體の父である

人間の二つの面

自己否定を通しての“神の子”の肯定

各人は「一つの神」が各ゝの「場」に於いての顯現である

神の“噴出口”としての人間

神そのまゝに完全なる人間

現象を見て實在の“本當の人間”を不完全だと思ってはならない

“内部神性”を呼び出して協力を求めよ

世界平和の鍵は此處にある

人類的「迷ひ」の念に同調してはならない

「絶對の愛」は「相手の完全さ」を見徹す愛である

我に宿る神を呼び出すこと

神はにあなたに十全の幸福を與へたまへり

實相の完全さを現實化するには

行動を伴はない信念は空念佛である

肉體意識は自己の實相の無限さを自覺しない

常識を超えて自己を巨人と化せ

に健康であると信ぜよ

「今」に完全なる實相を觀よ

愼むべき事ども

憎しみ」は實相を觀ないからである

「私は神の子である」こと以外を言ってはならない

悲しみや恐怖の言葉を言ふな、想ふな

天國淨土を實現する道

よごれた茶碗で人を饗應してはならない

人間は神の自己表現のための銀幕である

神からの贈り物に自分の名前をつけてはならない

神につながる事を忘れてはならない

利己主義の願ひはきかれない

神と直接接觸するには

罪の赦しについて

無限供給を得るための祈り

第十章 光ある生活は斯うして/285

心で思ふことは作ることである

心を暗くしてはならない

病人にあり勝な性格

人の缺點を見たり噂をしてはならない

病氣や惡ぼ襲來を豫想してはならない

最も幸福な人は

不幸や貧しさを心に描くな

不幸な境遇を歎く前に

暗い言葉を語ってはならない

信念あるものには不可能はない

如何なる難境に處しても

どんな困難に面しても

常に「よく調へられたる心」を持て

恐怖すべき物はたゞ想像の中にのみある

「死」はあなたと永遠に相會はない

死は其の人の容貌を彫刻する

心が肉體に及ぼす力

信念は山をも移す

心を明るく保つ根本

本當の愛を失ったとき人生は暗くなる

人生の體驗の意義について

“單なる願ひ”と“深き願ひ”との區別

心明るきことの功德

健全な明るい心は肉體を健全にする

明るい心の癒す力

心を腦みの縛りから解放なさい

表情を明るくしませう

希望の大陸へと導くもの

快活に悦びを表現しませう

破壊的な感情想念が湧いて來ときには

第十一章 科學と宗敎との協力/313

科學を指導する宗敎

「心の法則」をもっと知りませう

科學と宗敎とは協力しなければならない

人間には完全な自由がある

神は人間に無限の寶藏を與へられた

“内部の聲に耳を傾けませう

科學も宗敎も派閥があってはならない

人間の心には二つの面がある

“如何に思ふか”が自分の運命を決定します

宇宙の創化作用をどの方向に働かすかは自分の考へ一つにある

高き自覺意識を主導者とせよ

「無限の心」への思慕

“實在の世界”から幸福を引き出すには

無限の寶庫をひらくには

切實に求めよ、さらばそれは與へられん

自己の神聖性に目覺めよ

神を凡ゆる方面から觀察して

今此處に天國淨土がある

“個”にして“普遍”なる存在しての人間

人間は“神の新芽である

“靜”の聲をきくための神想觀

「迷ひ心」と云ふ絶體を作ってはならぬ

宇宙に對って呼びかけること

「自己の内性」の再發見について

自己の無限力を現實に喚び起すには

靑年のために或る日の啓示

創造の七日目は人間に與へられてゐる

第十二章 自由と健康と幸福を得る道/339

智慧ある自由

“自由”には、必ず“過ち”の自由が含まれてゐる

恐怖心が起って來たときには

自己の内在神性を磨くための砥石

努力と仕事とによって人間は進歩する

努力は、肉體組織と精神が發達するための條件である

愛は土を運び肥料を與へねばならない

魂の靜寂の力

德は積極的な力

神の國を實現するには

私たちは無限の富者である

本當の“富”とは何であるか

幸福になる近道は?

恐怖におそはれた時には

困難の時ほど心を明るく保ちませう

平常茶飯事に感謝をなさい

あなたの生命は“神”そのものです

生命の神祕力について

「生命」は決して物質の作用ではない

吾らの肉體の健康を左右するもの

言葉の力が健康を左右する

健康を撒いて歩きませう

心が影響して藥劑の効果を顯す

觀念に惱まされる病氣

心の力を證明する事實

恐怖は一切の不幸の根源である

根本の解決は神の愛と智慧とを喚び出すことである

今此處に無限供給の天の寶庫がある

みづから選んだ運命

自分の心が呼ばない限り外物は人間を害することは出来ない

先づ正しい世界觀をもつことである

たゞ實相の完全さのみを語れ

光明面のみを見詰めませう

もっと明るい心になりませう

“過ち”や“間違ひ”を豫想してはならない

眞理を念する言葉の力

神と自己同一化する言葉を念ぜよ

人間と獣類との相異

峻厳なる愛について

本當の幸福感について

肉體の死を超えて

第十三章 生命の智慧と愛の神祕力/378

暗黑なる想念を捨てませう

不快な過去を忘れませう

相手を赦し相手の幸福を祈りませう

腦髄の考へは自分の魂の考へではない

腦髄ラジオを「神性」の放送に波長を合はしませう

御心の天に成れる世界

“現象惡”を實在だと思ってはならない

「惡」を分析しても「善」は顯れて來ない

現象界は「寫眞」のやうな世界である

短歌にたとへて人生を説く

「無」を媒介として「無限」を表現する世界

愛は圓環である

怺へて調和した顏をしても本當の調和ではない

無限向上の力が全ての内部にある

如何なる場合にも悲觀してはならない

“希望の港”に早く入るには

生命の智慧に就いて

簡單なる分子の知性から人類意識への發展

人類全體の共通意識

意志を以て心を明るい方に轉ぜよ

其の人の人生觀はその人の運命を支配します

“苦痛”の人生觀より一轉して“幸福”の人生觀へ

法則の支配する世界

播いた種子は刈り穫らねばならぬ

あなたを不幸にする力は何處にも存在しない

自己の身邊に幸福を實現するには

『眞理』レファレンス-⑨九巻 生活篇

眞理 第九卷 生活篇  昭和33310
目次

はしがき

  1. 新しき人間像/3

「新たなる自分」の發見

内部の神を自覺する

新生命を汲み出す道

無限の平和の流れと一體になりませう

大生命の叡智に導かれませう

神は罰を與へない

人類の進歩は新しき法則の發見によって得られる

勝手に自分で人生を複雑にするな

毎日毎朝明るい心になりませう

心の窓を開きませう

あまり人の缺點を見てはなりません

吾々は究極には物質だけでは滿足できない

「老」を思へば「老」があらはれます

細胞はそれを指導する智慧によって鍵となり病となる

肉體をあなたの心で自由に支配せよ

肉體は常に新たに造られる

人間は肉體ではないのです

痛みを感ずるのは「全體の心」

若さの復活は、かうして出來ます

病的な暗示を避けませう

過去にどんな繪を描いてゐても、其の上に油繪を描きなさい

老衰と虚弱を去るには

心は位置をかへる力である

人類の共通觀念に屈從するな

眞理の書は何故幾度も讀まなければならぬのか

眞に生き甲斐ある生き方をいたしませう

本當に豊かなる生活とは

物質は靈的な使途に使ってのみ永遠の價値を得ます

持ち過ぎた物質は苦痛に變ります

愛は永遠の價値です

  1. 想念の選擇による運命の改造/31

二つの異なる世界觀

唯物論は結局唯心論に歸著します

肉體は「心」が自己表現する道具です

人間は肉體ではない、靈である

人間は無始無終の存在である

神が宇宙を造る方法

實相と現象との關係

心に善事のみを描きませう

外から言葉の暗示に對抗するには

「想念」は實相のための種子である

法則は愛憎によって變化しない

あなたの収穫するところ

あなたの種蒔く人

人は神の子であって運命を選擇し得る

與へよ、さらば與へられん

愛と信頼とを與へませう

健康を恢復するには

觀念の行動化について

直觀による善一元の世界の把握

解放の最初のそして最後の鍵

人間自身の心の調整が必要です

個人主義を捨てませう

たゞ善と圓滿のみ實在する

身邊に天國樂土を實現するには

すべての善き發見は天界からの神徠である

個人の快樂主義には眞の悦びはない

「眞の人間」としての願ひは各人衝突しない

宗敎的儀式や祈りの意味

より高き眞實の自分の願ひ

  1. 本當の幸福はかうして得られる/57

不眠が來るのは自我中心の想念がもと

自他を心の中でゆるしませう

現象世界は心の持ち方でどのやうにも變ります

心に他を呪ってはならない

人間には假相と實相とがあります

あなたの職業は斯うして見つけませう

魂の淨化のための仕事

魂の淨化するに從って環境が良化します

柔和にして而も實行の勇氣をもつこと

魂の稚い場合には脱線して苦しみます

神の計畫の通りに生きませう

唯物論では人權の根據がありません

神は何處にあるか如何にゐられるか

神の惠みを具體化するには

物質は單なる物質ではありません

本當の勝利とはこんなものです

價値は愛することによって生じます

お陰を本當に得るには

神からの賜物を受けるには

神を稱め讃へませう

後味のよい歡びを求めませう

神はに善きものを與へておられます

神はすべてを知ってゐられるのです

本當の自信は「肉體の自分」を信ずることではありません

に不滿足の場合には斯うしませう

神の惠みの受け入れ方を間違ってはなりません

神に祈るときには純粋な心でないと可けません

感謝は純粋でなければなりません

本當の幸福は「心の平和」にあります

自分の名を呼んで長夜の夢からさめなさい

第四章 神と偕に生くる道/86

今ここに勝利がある

日々是好日である

毎日々々、健康と幸福とを宣言しませう

神は常に護りたまふ、唯心の不導體を取除くことが必要

相手の實相を觀て和解するには

相手に和解するとは、相手の實相の完全さを觀ることです

面白くない出來事が起りましたら

此の世界には平衡の法則がはたらいてゐます

“失望する愛”は“求める愛だからです

神に護られてゐる思ひを潜在意識に印象しませう

友から愛情を得たい場合には

神の遺産を素直に受取りませう

あなたの幸福は先づ心を調へることからです

攻撃精神は同時に自己破壞精神です

言葉を輕々しく話してはならない

言葉は愼重に有力に使ひませう

雑談を多くしてはなりません

腦髄は考へないでも働いてゐます

祈りは神に靈的波長を合はすためです

祈りと神想觀とは同じことです

本當に正しい祈り方は?

祈りの最も良き方法は

“神の悦び”を“わが悦び”といたしませう

「暗黑」を光明化しませう

魂を逞しく生長せしめるには

「信仰」は靈的實在を觀る靈の眼である

頼りになるものは「神と偕にある」と云ふ自覺です

神と偕にある自覺を行動化しませう

到る處に自分の心の映畫を見る

實相世界と現象世界との關係

第五章 靈的修行と神に近づく道に就いて/114

神の智慧を招くもの

「無念」必ずしも「無念」ではない

「無念無想」以上のもの

「無念無想」か「善なる神への一念不動」か

靈術を受けて靈動の起る場合は?

修行中の大震動は危険である

邪靈に感應しないためには

「材料出盡し」は「お終ひ」である

幸福を招ぶ波長は轉ずる道

心を調へてから事を處理致しませう

寢床にまで晝の惱みを持越しては

取越苦勞を止めませう

神から先づ何を求めたら好いか

軍備は國家の威厳である

たゞ善のみ求めませう

眞に勇氣を要するとき

腦髄の智慧に頼らないで腦髄を救った智慧にたよりませう

あなたの現を改善するには

世の中に行詰りと云ふものはない

私慾のないところに神があらはれる

お蔭のない善行を喜びませう

「與へる」時と「受ける」時との心得

お蔭をほしい人たちに

他の「惡」に對して如何にすべきか

眞理の理解が深まれば病氣は治る

懺悔はどうして病氣を治すのか

先づ「靈」をもとめよ「物」はおのづから伴はん

自己を「靈的人間」として悟りませう

治病靈力の根源

内部の力を引出すには

は魂の向上のためのスポ-ツです

第六章 神の叡智を身に受けて/144

あなたは「神」そのものです

超人を自覺せよ

あなたはに超人です

最も貴き贈物について

神はあなたを健かに護りたまふ

常に神はわれを護りたまふ

心に光を射し込ませう

まづ心を豊かにいたしませう

先づ心を偉大にいたしませう

本當の愛と云ふものは?

永遠に若くあるために

困難をつかんではなりません

神の愛はあなたを抱擁してゐられます

幸福の扉をひらく鍵について

純粋の祈りで毎日を始めませう

あなたの悲しみを神の愛の前に

神の愛の前に懺悔しませう

毎日あなたが失敗を繰返す原因は?

罪を赦すと云ふことの本當の意味

「惡」を合理化しても「善」にはならない

端座して實相を觀ぜよ

慾望を正しき方向へ

人生は一種のゲ-ムである

人生のゲ-ムに優勝しませう

無限の可能性を發揮するには

食物の靈的成分をのがしてはならない

食事のときの祈り

言葉の暴力にお氣をつけなさい

積極的な言葉で自己を化なさい

第七章 繁榮への黄金律/171

先づ心の態度を

富の本質についての検討

富は苦しみを除き樂を與へるものでなければならぬ

佛心とは四無量心是なり(觀無量壽經)

神と分離しない富を求めよ

私自身が富である

自分自身の何處を發掘しますか

悲しみは富の浪費者

悲しみを心から捨て去るには

不景氣を言葉で語ってはならない

眞實に富まうとするには

自己心を捨てた人が富める人だ

先づ自分を人類に與へよ

利己主義は富を遠ざける

心に眞空がなくて物に富む者は禍である

富を價値たらしめるは所有者の品性である

富は“信”を中心に集り來る

信用は流通無限の根元である

無智と無我とは異る

智慧の効用について

神と富とに兼ね事ふることを得るか

神を親として生まれた富

商談を順調に運ぶには

一人が富めば皆が富む

神の無限考案力をわがものとして

勞働は何故神聖ですか

心が變化しなければ制度をかへても自由になりません

想念の力・言葉の力

欲する事物を得る道

本當の富は靈的實在である

愛はすべての繁榮の扉をひらく

第八章 靈的微小體を活用して/199

神示と靈示

自我の意識的本體

精神統一に二種ある

發達を遂げてない靈魂は離魂の修行をしてはならない

自己の内なる神に祈れよ

利己的な祈りをしてはならない

職業をかへたい場合の祈り

病源體微生物は如何にして生じたか

哲學者と醫學者との相異

物質の具体的姿は内在の理念に因る

病源菌は如何にして發生するか

想念と健康との關係

想念感情と運命の關係

宗教で何故病氣が治るか

祈りの力と意義

神を自己の想念行動に實現しよう

心の平衡のない知識ばかりでは駄目

生命・想念・言葉・行動の關係について

人間は自分の欲する通りが實現できる

一切の不幸を超える道

常に若く健康であるには

想念を健全にしても生活を健全にしなければ

ガンの新しき研究

無自性のビ-ルスが何故病氣として活動しはじめるか

無自性のビ-ルスを病源體ならしめる人間の想念

想念を乘せて搬ぶ靈的微小體は想念で動くヨットの如く

愛をのせた靈的微小體

愛を何處に注ぐべきか

愛は自己愛であってはならない

愛によって凡ては淨められる

第九章 神の導きによる問題の解決/228

あなたに難問題が訪れたときには

神はあなたの心も變化して下さいます

環境よりも先づあなたの心を

欲する事物が得られないとき

紛失物は斯うして發見される

神を走り使ひの小僧にしてはならない

病氣を「心」から放って神にまかせませう

先づ心を革命致しませう

希望實現の障礙を破るには

心に灯をともすこと

祈りは神に近づく道である

家族同士の感情が互ひに傳って行動を變化します

形あるものは内部の精神の表現である

一定の心質は一定の病氣として表現される

生き甲斐を感ずる根本は?

自分の本性を自覺なさい

神の國は何處にあるか

よろこべば悦びが來る

心を明朗に調律するには

實相の圓滿さをみなさい

自分が神の子である事を随時随處で確認しませう

先づ不幸の根因を斷ち切りませう

内在の佛身に頼りなさい

實相の完全さを蔽ひ隱さないやうにしませう

「神汝と倶にあり」と神は言ひたまふ

現象に完全なる實相をあらはすには

先づ今日一日の祝福を感謝しませう

神の最高自己實現たることを自覺せよ

神をあなたの協力者に致しませう

毎日「神の子」の自覺を深めませう

第十章 自己の部を凝視して/256

先づ汝みづから知れ

われに宿る無限の力

神性には智慧と愛との二面がある

知識は愛に導かれて智慧となる

内部の生命力

生命力は肉體を操縦する技師である

現象は實在ではない

現象を調へるには心を調へよ

廣き道を歩め

生き甲斐を感するには

自由を得るには自由を與へよ

惡に抗すること勿れ

惡と戰はず心を振向けること

心を明るく保つこと

暗黑を消す力

一度に澤山の事柄を祈っても宜しいか

どんな病氣でも治らぬと云ふことはない

われに宿り給ふ神

神はに全ての善きものを與へたまふ

心を明るくするには

智慧は學者でなくても得られる

眞理を自分だけの專有にしてはならない

不安なき生活はたゞ神を信ずることからのみ生ずる

建設的な好き考へを思ひ浮べるには

神にすべての榮えを歸すること

問題を解決するには

世界を平和にする思念

神に問題を全托すること

本當の救ひは「物」を得ることではない

一層高い魂の段階に

精神の領域を超えて實相の領域へ

第十一章 自己が自己の主人公となること/285

暗黑の時には黎明が近づいてゐる

肉體の習慣性に負けてはならない

神想觀の注意

常に神想觀を怠らぬこと

あなたは今何んな位置に立ってゐるか

生存競争の必要はない

心はレンズである。向ける方向のものを映し出す

心は「實相」と「現象」とをつなぐパイプである

すべての「善き物」よ「幸福」は「實相」から來る

神の智慧を頂くこと

或る西洋の寓話

執著なき「其の儘の心」に本當の智慧が湧きます

冷淡すぎるのは執著よりも尚惡い

神から與へられた「生命」はその絞りやうでどんな形にも變化する

生命の輸送管をふさぐ汚物

暗黑から光明に轉向すること

「罪」より轉向するとは?

短時間の祈りを度々繰返すこと

自己臍下丹田の神

魂の淨化期間を設けるがよい

想念感情は現實の態の原因である

神と偕にあれば災難は自然にのがれる

全身心、全存在の革命を目指して

人生は心で支配せよ

最初の日間の心の訓練

想念感情の採點遊戯

短期間に魂を進歩さすには

自己が自己の運命の創造者である

眞に救はれるとは

心の波長を「實相」に合はせませう

完全に自己が救はれたとき

第十二章 善と愛との充滿せる世界/315

神は本當にあるのでせうか

人生の不幸はどうして起ったのでせう

貧しさは心の中にある

一切の不幸は人間が物質に執著した結果です

先ず神の國の義を求めよ

善と福とは一致

「德」は決して「自己犠牲」を必要としない

自己處罰で造る不幸災厄

「惡」や「不幸」は人間が製作した映畫である

不幸・災難は實相の秩序を破ったのが原因

幸福なる世界を現實にするには

潜在意識の改造について

人間は肉體ではない

肉眼を瞑ぢて實相覺で“靈なる人間”を見ませう

無我になって神の導きに随ひませう

神は空間的制約の中にはない

先ずづ“神の國”を求めませう

私達の魂の眞實の願ひについて

眞實の願ひは祈れば叶へられる

祈りの成就は自己の心境の移動による

我の願ひなき祈り

神に心を振り向けよ

神と一體の自覺を得るために念ずる言葉

われは環境よりも偉大である

善のみに心を振向ける神想觀の念じ方

繁榮のための祈り

時間を上手に使ふには

物事が順潮に行かぬ時には

肉體に病氣があらはれたら?

いつのまにか墜落してゐる

「愛」はすべての人をよくします

第十三章 埋藏されたる力/344

新たに發掘する力

吾が生命の神秘さに目覺めよ

神聖なる求め

何故日常生活に問題が起るか

愛と法則としての神

自己内在の無限智に呼びかけること

宗敎と科學との相互扶助性

宗敎と精神科學

自己が靈的實在であることに目覺めよ

人間の主體は靈である事を自覺せよ

病氣は神からの電話である

「靈」のみが「本當の人間」である

大生命と靈的波動を協調すること

愛は性的愛好ではない

神を常に憶念せよ

肉體は人間ではない

潜在意識の役割に就いて

宗敎は何故病氣を治し得るか

肉體は常に新に造られてゐる

肉體は永遠に老いないのが原則である

實在の人間を見よ

現象界に不幸が起って來る原因

攻撃精神を中和しませう

愛は平和を持來す力

暗黑は決して存在しない

外見で人を審いてはならない

何故戰争は止まないか

“實在の延長”としての善と“迷ひ”の表現としての幻影

“實在の世界”に新生せよ

愛は人の惡を見ず

愛を與へれば魂の底から悦びが湧いてくる

第十四章 魂の淨化と物質の比重/373

本當に富むと云ふこと

精神的に富んでゐる人

精神的富に眼を開きませう

先づ靈的本源を求めよ

放蕩息子になってはならない

先づ豊かなる雰圍氣を作りませう

神の國への鄕愁

あなたは健康であるほかない

神への抵抗としての病氣

神への抵抗を取り去りませう

實相に於いてはあなたはに健康です

神はに無くてはならぬものを與へ給へり

與へられた富も受け取る力がなければ仕方がない

『祈りの科學』を讀みなさい

自分の天分を愛行によって伸ばしませう

心の世界に富の流入口を作りませう

現在與へられてゐる物に感謝したとき次のより大なる惠が與へられる

面白からぬ人が眼についた場合

祈りは如何なる働きをするか

常に神と偕にあることを自覺しませう

内在の神を自覺するには

完全なる自己放棄とは?

神をしてあなたを占領せしめよ

人間は肉體を超えた存在

本當の魂の悦びは祈りから得られる

愛行は病氣治しが目的ではない

先づ“魂の病氣”を治しませう

たゞ神の御榮えのためのみに

『生命の實相』讀誦の功德について

すべては神の恩寵である

人類に眞理を傳へるのが、神を愛する道である

「無我」になること

私は何ら報酬も受け取らずに「谷口雅春先生」の御生涯を調べている。先日は青森県まで行って調査してきた。自分は何を行っているんだろうと自問自答することもある。日程はその場凌ぎで行っている為に計画は大雑把にはあるんだが、詳細までは決めていない。車中泊は四回程行った。こんな事をしていて意味があるのであろうか?疑問が出て来る場合がある。

最後は東京で二泊したがさすがにホテルに泊まった。だが国会図書館における複写費用は約3万円と膨大である。再度云う、ここまでしている意味は果してあるのであろうか?谷口雅春先生の御生涯の残された遺産というのが消えかかっていることを憂いてゐるからであるが、今後、それは誰が引き継ぐことになるのであろうか?

 

現在は「谷口雅春先生」の眞理の遺産は封印されたまま、出版未定という名の絶版のままこの世から消えてしまうのであろうか。それを著作権に抵触しない方法でどうにか伝えたいのだが、私の力では最早どうすることも出来ない。絶望感が噴出してしまうことがある。「もうだめだ」そんな思いが幾たびも過る。

 

“谷口雅春先生に帰りましょう”とコトバで云うのは簡単である。だが実際どのように伝えたらいいのかである。生長の家は文書伝道であるが、その文章が出てこないのでは全く意味がない。膨大なしかも夥しい御著書は封印されたまま、この世から消滅してしまうのであろうか?

 

だからこそ、現在の信徒は復刻運動に起ちあがるべきである。どんなに貶められようが、窮地に立とうが、それが傍目からは絶望的と言われようが、甘えを捨てて起ちあがるべきである。

 

私は昨年「大阪北部地震」「西日本豪雨災害」そして今回の「東日本大震災」とボランティア活動を行った。そこで思うのは、ボランティア活動は「無我」にならなければならないということです。

たとえば、草刈りをボランティア活動に依頼しているんだが、その当本人は娯楽施設で遊んでいる。堪らない程、哀しい思いになるが、考えないことにしている。

 

今回の東日本大震災でもそうですが、家の解体などお願いしていて、其処は「帰還困難区域」の20km圏内で「東京電力」から賠償金が送付される。自分たちは酷い目に遭ったから当たり前である。そういうように発言している人もいる、そんな場所にもボランティア活動を行う。“あんたたちは暇だからボランティア活動をしているんだろ“そんな言葉も聞こえる。その区域の分け方でも住民達の軋轢がある。

 

しかし、私は「困っている人」の手助けをしたいだけである。それが欲得に蔽われた場所であっても、“必死になって”その活動を行う。だが、東日本大震災のボランティア活動はもう終っているという人も多くいるのです。今回、福島から宮城と海岸線を車で走りましたが、「無性にコトバには云えない感情が湧いて來る」それは宮古に到着してもその感情は続いていた。だが、亡くなられた人も多く存在する北部の地域では「ダンプカーが路上を走り」復興を後押ししている、新しい道を高台に建設するために、あちらこちらで道路建設も行っている。

 

そんな事を考えながら何度も停まりながら、また車を走らせていた。

 

「無我」「無心」で「神の叡智」を抱きながら進んでいくしかないのです。生長の家教団の話でもそうです。互に悪口を言い、自分の「正義」を前面に出して、攻撃心を矢面に出して、闘争するのは本當に「神の御心」なんでしょうか?

それは違うと思います。相手の「實相」を拝み、相手の「素晴らしさを讃嘆」するのが「生長の家」の教えではないのでしょうか。そこにどうして、裁判に勝ったからとか、そんな事になるのでしょうか?勿論、裁判をして賠償金を要求する人がいれば、闘うことも私は必要だと思っています。だが、それだけでは、何にも新しいものを生み出さない。

 

私も何回もいうが、以前までは「雅宣総裁」はどうしょうもない人である私のブログで書いていました。実際に今もそのように思っています。だが、それでは何にも生み出さないのです。相手の「實相」を思い浮かべながら、それに対処するようにしています。

ちょうど、ボランティア活動をしているのと同じ心境になることが必要なのです。それが「智慧」と「無我」と「無心」になって行うことが必要なのです。この人に喜んで貰おう。と行うところに、本来の愛の形が生み出されるように思います。

 

好い事を書いているブログもありますが、片方では「学ぶ会」を批判しているものもあります。しかし、それを乗り越えることが出来なければ本当の和解など存在しないのです。

『眞理』レファレンス-⑧ 第八巻 信仰篇

眞理 第八卷 信仰篇 目次 昭和3171

はしがき

凡例

  1. 日々の生活が宗敎である/3

禅と生活

洗淨と云ふこと

  1. 久遠不滅の生命を見つめつゝ/17

人間を肉體だと思ってはならない

「本體としての心」と「現象としての心」を混同してはならぬ

人間は何故病まず老いないか

人間の老病疲労を防ぐには

迷ひを去れば「實相」の完全さが現れます

肉體なんぞ我れ關與せん

人間はに完全である

「我の心」を捨て「神の心」に全托しませう

神われに働きたまふ

神にまかせながら働くこと

對立的信仰から絶對一元の信仰へ

現世利益をねがふ信仰の弊害

現象の波を超えて

靈的實在とお陰との關係

神の心の上に建物を築くこと

宗敎敎師としての心得

毎日全力を出し切れ

人間は三時間眠ればよい

自分の運命を支配するもの

忍辱の德に就いて

あまりに善惡を窮屈に考へてはならない

惡と戦ふに非ず、善と協力するなり

天地一切と和解するとは?

意識の關係しない病氣はない

人間本來の健全さに目覺めよ

内在神性の無限力を發揮するには

聖胎長養と云ふこと

神性を發露する處に病氣はない

われを信ずる者は死すとも死せず

實相と現象との關係

病氣を超えて治さうと思ふよりも實相の完全な相を見よ

  1. 宗敎と現世利益の問題/46

新興宗敎と成宗團の相違

此の放送討論會の目的について

宗敎と社會主義運動

何故、南無阿彌陀佛と稱名すれば極樂往生及び現世利益が得られるかの理論的根據

宗敎は原爆の被害も實際に防ぐことが出來る

  1. 人生の正しい考へ方/66

幸福生活の基礎工事

生活の三百六十度轉囘

あなたは人生に對して微笑みかけねばなりません

爭ひでは無限供給は得られぬ

富を得んがためには、先づ人々の好意を得よ

先づ心に欲する物を期待し、人々に深切を實行せよ希望は現實の母である

「繁昌」には「明るい希望」の肥料が要る

かうして劣等感を克服しませう

供給量と「與へた分量」とは比例する

小さな問題をクヨクヨ思ふな

組織を完全ならしめること

組織を整へればこんな利益がある

仕事をしても勞れないためには

榮える會社と衰へる會社との相異

勞働は苦役ではありません

寛容と度量と愛と

部下の態は首腦者の心の影である

團體の空氣とメンバ-の気質

上役と部下との調和が必要である

足掛けの社員を持つ會社

從業員の樂しい會社

從業員に活氣があって會社は盛んになる

事業は無形の資本である

絶えず叱ってゐる上役と從業員

愛は鞭よりも論理よりも

經營者は從業員に對して「親」の愛を持つこと

與へた通りの批が與へ返される

逆宣傳をする廣告の盲點

富と繁榮との原理

みづからを正視せよ

向上と進歩とは現の不滿足を知るにある

自分の汚れに對して鋭敏でなければならぬ

「今」が時である

「今」と「自己」とをハッキリ生きよ

無駄な生活を省く一方法

衰微の原因は繁榮の最中にある

次のやうな心を改めよ

自己辯解する者は強者ではない

自分の本質を生かすこと

持越苦勞をしてはならない

業を超えて實相を見よ

神様を水先案内に

家畜の健康態は飼主の心の反映です

完全に循環させよう、出し惜しみしてはならない

感情は常に明るく、滞らさせてはならない

大小・輕量及び時の順序をわきまへよ

與へられた事物を先づ完全に遂行せよ

干渉は可かぬが助力は好い

先づ心に「神との一體感」を確立せよ

常に自己の健康を念ぜよ

心を省みて肉體を健全ならしめよ

この機會を見よ逸してはならない

神からのインスピレーションを受けるには

先づ人々と和解せよ

先づ自己の力を縛る心を捨てませう

祈りを成就するには

本末を轉倒してはならない

成功に要する色々の條件

  1. 進歩の源泉について/112

科學は進歩します

眼に見えないからとて無いのではない

物質が實は觀念である

文化の發達は常識を超える處にある

  1. 祈りの根本法則に就いて/122

祈りは人間自然の感情である

人間は或る意味では全部有神論者である

神に對する第一の心掛け

神を信ずるとは神を愛することである

本當の信仰に利己心を混へてはならない

これだけは是非心得て置きたい事

何よりも先づ大切なるもの

神を健忘症だと考へてはならない

實相と現象との關係

人間は創作の自由を與へられてゐる

神想觀と祈りと報恩行

潜在意識を淨めるには

祈りを有効ならしめるには

自分の心を自己分析すること

「現象」を信じてはならない

宥し得ない相手が出て來た場合

自分自身をも宥さなければならない

現象界の失敗の時も魂は進歩してゐる

間斷なき祈りとは

罪と業とを解消するには

惡を認めてはならない

否定の祈りと肯定の祈り

深き愛念を起すこと

愛は調和の力である

「利益」よりも先づ「神」を求めよ

神を愛するとは、生活に愛を實現しなければならぬ

不幸の原因を神及び他に歸してはならない

正しい信仰と紙一枚の相異

祈りは實践によって裏附けられなければならない

神と一體になるには

心の偏った緊張を弛めること

心の緊張を弛めるには感謝の念を起すこと

心の緊張を取去るには

  1. 自己に埋藏されて寶/150

人間は靈的生命である

人はすべて天才である。忍耐強く發掘せよ

自己の才能を發掘するには

眞理を不純物と混合させてはならない

「靈」と「物」の二元觀ではいけない

類型と個性と我と

「我」を放棄して「個性」を發揮する所以

永遠者につながる自分を發見せよ

物質に執着してはならない

周圍に調和することの魂の練習

現實界は想念及び靈界の波動の具象化である

  1. 自由と解放を得ための智慧/179

何物をもんではならない

現象界は夢幻のやうなものです

金剛不壞の自分を發見するには

奴隷になってはならない

世俗の眼をもって見てはならない

神は自己の内に宿り給ふ

三人の女中の寓話

「我の心」と「神の心」とを一致させるには

肉體を如何に世話するか

先づ「神」に和解せよ

物質も生きてゐる

醫療は自然良能をたすける

靈的喫煙を覺えませう

彼の病氣は自分の心の中にある

神の御心を知るには

自分の「心」を自由に使ふには

先生になると云ふことは

心の中に天國がある

本當の「あなた」は愛である

「心」の領土を斯うして守りませう

たゞ「眞」なるもののみを求めよ

或る日の光明思念の言葉

「德」を成就するには

「德」を理想とする民主主義

幸福を求める人は善き言葉を使はねばならぬ

常に健康を想ひませう

憎みや嫉妬は魂の損失である

心を調へれば天地の氣が和解する

たゞ實相の世界のみある

神は誰かの犠牲が必要な世界を造らない

人間には自覺してゐる以上の力が内在する

失敗は進歩への蹈石である

  1. 繁榮と成功への智慧/206

自信力は推進の原動力である

心の深層にある劣等感

誰でも失敗はある、失敗に悲觀するな

失敗を如何に取扱ふか

失敗と成功とを如何に取扱ふか

臆病を無くするには

神の智慧を受け取るには

運命の轉換のための自壞作用

成功と繁榮との要素

すべてを祝福するための祈り

自覺と目的と行動と

流れる水は腐らない

生きてゐる物は新しい芽を出す

競爭者を進歩の契機だと思へ

人間が新しくなるために

日に進歩する店と進歩する人

貧乏に打ち克ちませう

富を得るには

自己をもっと信頼しませう

「德」は一切の富の源泉である

機會は何處にあるか

祝福を如何に受けるか

自分の使命を知るには

「神の子」はあなたの「無限の可能性」です

自分以上の「自分」を喚び出しなさい

地獄と極楽

あなたの希望を實現するための神想觀

完全なる實相のみ實在である

神想觀で病氣を治すには

心の底からの深き願ひ

  1. 幸福になるための智慧/234

どんな小さな仕事でも大なる機會である

機會を見出すには斯うすれば好い

快樂を幸福だと思います思ひ違へてはならない

先づ人間の本質を見極めてから

誘惑人間の近づいてはならない

肉の快樂のために魂の苦汁を嘗めてはならない

自己に宿る神性を生かす者の悦びは永遠である

過去は「今」を契機として變貌する素材である

「愛する」と「好き」とは異る

人その品性を失はば何の甲斐かあらんや

眞の愛とニセ物の愛との區別

愛は人の内に宿る神を見る

努力は決して失敗することはない

原因結果の法則によって勝利者となれ

先づ他に與へるために奉仕せよ

「德」は目に見えないが素晴らしい救ひを與へる

先づ「德」を積むとき「富」は自から加へられる

自分の生涯は自分自身の作品である

最も永續性ある寶

「德」が身に備はるためには

すべて偉人は個性的である

讀者諸君に期待する人は各ゝ自己自身の方法を持つ

與へられた義務と境遇を卒業せよ

先づ我等のなすべきこと

常に全努力を絞り出す生活を營むべし

人生の荒波に處して

日々の生活に宗敎生活がある

「今・此處」に天國を行ずること

愛と深切の力に就いて

食物の味について

第十一章 心の法則で人生を支配するには/259

大生命と圓融すれば自在無礙

自己内在の無限力を發揮するには

無限の力の貯藏庫について

「現實の力」に觀るだけでは大いなる力は出ない

「下界」と「内界」を結ぶ架橋

「一つなる生命の流れ」に融け込む生活

「自然界の法則」を超える法則

「心の法則」を破ればそれだけの報いが來る

法則に順應する者が人生の勝者である

愛の法則によって自然界の法則を利用せよ

人生の暗礁を避けるには

神に導かれる精神化學の原理

いつまでも若くゐるには

幼な兒に中風も腦溢血もない

永遠の靑年となるには

不完全と見える中にも見出せば「完全」がある

調和すると云ふことは惡の存在をゆるすことではない

何故老衰するか

潜在意識に「若さ」を印象せよ

常に健康に自分を保つには

常に肉體は新しく造られつつある

心は肉體を支配します

心はこんなに肉體に影響する

仕事場の惱みを家庭に持ち越してはならない

常に希望を壞きませう

潜在意識を淨めるために神想觀を怠るな

神の協力者となる者は幸ひなるかな

病弱を語ってはならない

自己の心と行ひを省みよ

お陰を受けたが、さてその次は

自分に属する物のみを求めよ

人間の本性は「愛」である

内部の精神波動と同じものが外部から引寄せられる

一切を神の示現として感謝せよ

人生に問題が起って來た場合

神様的立場からものを考へること

「幹」と云ふ立場に立って

和して同ぜざる生活

祈りと實践と報恩行について

たゞ道場で話を聞くだけでは……

第十二章 愛と信と行動とによつて/294

眞理とは何ぞや

先づ神の義を求めよ

問題を解決する「愛」の公式

水爆・原爆を不要とするには

憎しみの心は恐怖を伴ふ

天國を心で實現しませう

先づ神を、愛を、自己より輝かしめよ

自己に宿る神の智慧

神の智慧の導きを受けるには

我の精神力を否定するのが宗敎である

原因と結果とは平衡してゐる

與へよ、さらば與へられん

良き考へを直ちに實践しませう

弱き者も失望してはならない

恐れたる處のものは皆來る

道を踏み外してはならぬ

自己反省の必要について

想念は行動によって緻密化する

環境の主人公となるには

環境を支配するには

實相を觀ると云ふ意味

困難な事件に遭遇した場合

神に重荷を乘托する法

全身心の緊張を取り去る法

本當に神に全托するとは

自力を全く脱落せしめるには

宇宙の呼吸に一致すること

運命を支配するには

心に描いた通りに「動き出す」のを止めてはならない

創造の第七日は人間にまかされてゐる

他を侵さないで自分の自由が得られる

第十三章 常識を超えること/321

脊椎カリエスも治る

常識も日進月歩する

物質は「無」である

進歩して變る科學と永遠に變らぬ眞理

第十四章 眼をひらいて光を見る話/333

心の眼をひらく

絲のもつれは解けないが髪のもつれは解ける

心の眼がひらいて、肉體の眼がひらく

パウロの眼はどうして治らなかったか

に人間は神様から完全につくられてゐる

エデンの樂園のたとへ

第十五章 治癒を求める人のために/347

みづから高く昇る者のみ高くあげらる

心の力によって癌も治る

祈りの効果は自己の心の内にある

汝の信仰の電壓を高めよ

自己又は他人を癒すには

健全なる自己を再發見せよ

心を無量壽のものについては直結せよ

現象世界は映畫にすぎない

に幸福なる自己の「實相」を自覺せよ

神は「内部からの癒す力」である

自分が許さねば病氣にならぬ

不幸を嘆く心を捨てよ

病氣の際には自己の精神を分析せよ

創造力に一定の形を與へるのは想念である

精神統一の必要

あなたの祈りは何故實現せぬか

よき信仰を養成するには

心の法則によって運命を變ずるには

「自分」を心で縛ってはならぬ

人間の運命は變化し得る

本當のあなたは靈的人間である

眞に永遠不滅の發見するには

先づ大慈悲を行ぜよ

奪ふ心の者は奪はれる

實相を觀ずる治療

人間の第一印象

雰圍氣をよくするには

運命を構造する力

實相の完全さのみ見よ

觀る通りにあらはれる

第十六章 健康と長壽への心の設計/372

人間の永生の希望は實現する

生命は自然界の法則を利用する

榮養學も無視してはならない

そのまゝを大切にせよ

感謝して食すること

病氣は自己破壞の慾望がつくる

自己破壞の心

胃癌を作る心

朝起きて氣持の惡いときは

憎しみの觀念を洗淨せよ

自己憐憫の心を捨てよ

肉體の懶け者に心をゆるすな

部屋の雰圍氣を明るく健康に

健康を心で奮起せよ

病氣の時ほど健康を想像せよ

健康の最大要件は精神力を振起するにある

有益無害菌も人間の心に從って有害無益となる

黴菌が有害となるのは人間の心の影響がある

肉體の奴隷とならず、肉體の主人公となれ

「病氣を欲する心」を自己診斷して捨てよ

病氣の口實を「他」に求めてはならない

人間が偉大になるには

使命に邁進して感謝報恩をつくせよ

晝は出來る限り肉體を垂直に保つこと

感謝報恩の仕事は壯劑である

力の極限を超えた時、又力が出る

病氣のまゝでも仕事をせよ

二十五パ-セント以上の力を出しなさい

依頼心を捨てる時健康となる

毅然として立て

神の御意に乘ること

内部の生命力を神として拜め

無視するものは消えてしまふ

恐るることを止めよ

健康のための原則

善いことばかりを話しなさい

前途に希望をもって生活せよ

人間は本來健康である

肉體を若く美しく

いつまでも若くあるには

謙りて神を平和に明るくしなさい

道を説くことは人を救ふことである

汝の惱みをつくし神にあづけよ

腹立てるな、貴方の壽命が縮まる

病氣を克服するには恐怖心を捨てなさい

一寸信じて直ぐ疑ふのは本當に信じたのではない

心の中に敵を忍び込ませるな

心が平和にならぬ時には

 

『眞理』レファレンス-⑦七巻 悟入篇

眞理 第七卷 悟入篇 目次 昭和3151

悟入篇に序して

  1. 相入と聖使命菩薩/3

物質はないと云ふこと

相入と云ふこと

實相哲學を生活する人

華嚴の相相入の哲學

毘盧遮那佛説法の世界

妙法蓮華經の多寶塔品

菩薩雲集・光明三昧

主觀客觀全一の世界

身成佛の眞理

維摩經の説く菩薩不可思議の境涯

觀世音菩薩の普門成就の敎へ

觀自在の原理のあらはす世界

世界を照す無盡燈

  1. 釋尊の自覺の生長の家/34

生老病死を救ふには

生きる者の苦しみ

老いの苦しみ

死の醜しさを見る

肉體人間の醜しさ

殺生のない世界を求めて

  1. 意識の擴大と魂の目覺め/61

實相圓滿完全の概念について

「生命」とは如何なるものか

生命と智慧との關係

智慧と秩序との關係

自由と秩序との關係

智慧ある自由に就いて

智慧ある統制は汝を自由ならしめん

智慧が一切解脱の基である

意識の擴大について

  1. 現代思潮より觀たる佛敎/79

眞空妙有の眞理と物理學

私達の肉體の正體は?

心が心の姿を見る

不動明王の御本體

潜在意識の神秘作用

催眠術の歴史及び方法

暗示感應の神秘に就いて

加持祈神秘に就いて

暗示によらず加持によらず悟りによって治る場合

阿頼耶識の神秘

人類意識の迷ひに就いて

天人充滿の不滅の實在界

潜在意識の傷を探る

心は動力であることを知らぬ人が多い

病氣の種も心にある

宗敎家の役目は罪惡觀念の放逐にある

現在意識と潜在意識と宇宙意識

宗敎家は潜在意識を知らねばならぬ

大通智勝如來は何故十劫の間も悟りを開かぬか

罪とは何であるか

衆生は本來佛である

觀世音菩薩三十三身の働き

加持と神想觀

感謝と悟りとの一致

物質の否定と身成佛の悟り

  1. 淨土眞宗と生長の家との一致/157

淨土眞宗の本尊について

果して極樂は何處にあるか

願行なしに救はれるか

佛と神とは一致するか

念佛信仰か念罪信仰か

彌陀の願行の本地は何處にあるか

  1. 諸法無我と久遠不滅/183

人間は柴の庵にあらず

「叡智」そのものが人間である

實相は生れ更らずして現象は生れ更る

部分品は人間に非ず

實在界と現象界との關係

常樂我淨の眞の意味

久遠不滅の法身の自覺

  1. 大乘佛敎と生長の家/203

大乘と小乘との意味

神と佛とは異るか

感覺に「死」の現象が見えても人間は死んだのではない

煩腦としての愛と神の愛と

第八章 法然上人の萬敎歸一論/222

第九章 神に直結する道/232

神をわがものとするには神と自他一體感を得なければならぬ

神我體感の體驗の實例

神と直結して喫煙が止まると同時に榮轉した話

神と直結するには、自己を責むる者の幸福のために盡さねばならぬ

神と直結するには謙りの心が必要である

本當の愛(四無量心)を起すこと

  1. 唯物論か唯心論か唯神實相論か/261

物質が前か、心が前か

萬有引力と萬有斥力

物質は惰力で働いてゐて自發的に方向轉換はできない

「心」と「物質」とは本來同根

魯鈍なる物質から叡智が発生する筈はない

肉體の成分は常に異るのに、「自分」と云ふ自覺が異らないのは何故か

藥劑で精神の働きが異るのは何故か

心と腦髄との關係

靈は無限で遍在である。人間は「無限者」の自己表現の中心である

第十一章 本當の宗敎的救ひとは?/278

人間は如来であり、神の最高實現である

どんな境遇にゐても心がまへ一つで伸びられます

金持でも幸福でない人がある

本當の人間の幸福とは何でせう

本當の宗敎の救ひとは何であるか

人間がたゞの物質なら、善惡のサベツができない

第十二章 信仰の深化と途中の躓きに就いて/292

「救はれる」と云ふことの種々相

繁榮を目的とする擬態信仰

本當の宗敎と三次元的工夫とは別である

余力應用の繁榮法も本當の信仰ではない

餓鬼道の境涯に陥るな

法華經は現象界の無常を説いてゐる

先づ神の國を求めよ

神を信じて布敎師個人を信じてはならない

第十三章 智慧は唯物論を超えて/307

智慧は一切のものを淨める

宗敎の本質と智慧による自己發見

新鮮な心は智慧のはじめ

唯物論では人生に希望がなくなる

民主主義は唯物論とは調和しない

愛國心についての考へ方

唯物論より觀たる國家

生命體として觀たる國家

日本國家の生命體的把握

第十四章 現象を斬り捨てる/328

南泉和尚が猫を斬る公安

猫に佛性ありや

一切の形式や既成概念を斬却すること

坂田藤十郎の藝談

一切の否定の後に來る肯定

惜しい欲しいが惱みのもと

第十五章 久遠いのちの行方/343

德山托鉢の公案

いのち本來去來なし

人間は人間であって牛ではない

第十六章 自己に宿る光を見つめて/361

自覺を深めるための思念の言葉

神の聖愛にいだかれて

わが生命の中心に輝くもの

人生の舞臺に處して

幸福の根本問題

神は無限の智慧の源

智慧の本源に波長を合はしませう

永遠に老いない生命の靈藥

いづこに幸福を求むべきか

常に神のお召び應ずる準備を整へること

「本當の自分」を思ひ出しませう

問題が起ったときにも

神にゆだねて解決しない問題はない

神の後嗣者であることを忘れてはならない

惡の脅威に屈してはなりません

實相を實現するためには

愛は地下水を汲む潤滑油です

先づ與へよ、與へられん

若しあなたが失業した場合には

現在職業を不滿足に思ふ場合には

罪から復活して昇天するには

一切の惡しき印象を心から捨てませう

このやうに美しい實相を觀じませう

有情を得るための思念

人生は結局は完全です

實相は完全であるのに現象に不完全があらはれる理由

就寝時の感謝の祈り

第十七章 久遠の神、わがに動き給ふ/387

神と共に新生せん

神の使ひとして吾生きん

心の緊張を除く祈り

本當に民主主義の生活は神に一致する

健康なのが貴女の本當です

憎んでゐる人を一人も無くしなさい

にあなたは與へられてゐる

常に神の中にあなたはゐます

祝福の念をすべての人に

神への絶體を取り除くには

神の癒しを實現するには

難しい問題が起って來たときには

感謝はあらゆる面で心配をなくす

誤解によって傷つけられたとき

惡を消すには

家庭を幸福にするには

過去は過ぎ去ったのです

永遠のものを求めて

魂の安心を得る道は

超現象的自己の自覺

病氣に面して病氣を見ず

周圍の人が好意を持たぬ場合

今、あなたは神と偕にゐるのです

神をあなたの戀人にいたしませう

自己の内に宿る無限の力を自覺しなさい

から芽が出る心配無用


『眞理』レファレンス-⑥第六巻 人生篇

眞理 第六卷 人生篇 目次 昭和301115

はしがき

前篇 手紙問答

第一章 不勉の子供を導くには

第二章 麻雀に凝る夫の外泊問題

第三章 子供の入學試驗に直面して/45

第四章 學業を捨てて放浪する子供の問題/51

第五章 知性の勝つた反逆の子の導き方/59

第六章 叔父に反抗する少年をどう指導するか/65

第七章 果して讚めるばかりが好いか/72

第八章 兒童に「休養」は必要か/78

第九章 「妙子ちやん事件」について/85

第十章 恐迫觀念に惱む靑年に/91

第十一章 三角關係をどう解決するか/95

第十二章 子供を生みたいが生活不安/111

第十三章 母性愛の淨化に就いて/119

第十四章 良人の仕事に妻が反對する場合/127

第十五章 吃音矯正の鍵は何處に/135

第十六章 業の流轉より遁れるには/144

第十七章 深刻なる人生苦を超克するには/159

第十八章 間違の多い子供をどうして導くか/177

第十九章 授業時間中居眠する子供/185

第二十章 偏執症は如何にして?/191

第二十一章 娘が神經衰弱で疲れ易い/205

第二十二章 金を盜む不良兒を如何にするか/212

第二十三章 子供の言はどうして直すか/219

第二十四章 子供を有つ女敎師の惱/224

第二十五章 處女で再婚した妻を持つ惱/231

第二十六章 闇を行ふ父と子の關係/239

第二十七章 生理的本能と「夫婦の理念」とは異る/249

第二十八章 悟にて治病は可能か/258

第二十九章 戰歿せる兄の妻との結婚に關して/267

後篇 直接問答

第三十章 人格の改善について/277

人間の本質とは

性格と人格とについて

人格の匂について

業の力を轉ずるには

悪德からのがれる道

瑜伽の哲學と人格改善

意志をくするには

第三十一章 美的價値と道德的價値/309

善悪の差別に就いて

缺點の批判に就いて

萬敎歸一の眞理に就いて

心の自由に就いて

高く淸き靈魂に就いて

地上天國の出現に就いて

戀愛と性愛に就いて

戰爭無の世界を翹望して

美的價値と道德的價値と

第三十二章 運命と個性の發見について/341

人間の運命は自分で變へられるか

神性を自覺すれば反省は不必要か

地上天國は何時出現するか

天分を自覺する道

性欲を如何に解決するか

第三十三章 生存競爭の問題/p366

物質面からものを觀ないでいのちの面から觀よ

「物質無」の實驗について

渾然一體で不可入性のない生命の世界には爭がない

何でも百事如意に引寄せられる

文殊と維摩の問答について

生物を食ひながら食つてゐない

『眞理』レファレンス―⑤ 第五卷 女性篇 

 この『眞理』10巻は『生長の家』誌に約15か月にわたって、毎日眞理に關する一項目を読者に傳えるために谷口雅春先生がお書きになられた本です。それを整理して章わけにする予定で、約500章あるので最初は「生活を幸福にする500章」といっても良い。

歴史的仮名遣いについても、正しい日本語を学んでほしいという、雅春先生のお気持ちが9巻のはしがきに御記入されておられます。

幸福感が得られ、生き甲斐を感じるための『眞理』の本です。是非とも初心にかえり読んで頂くことをお薦め致します。

 

眞理 第五卷 女性篇 目次 昭和3075

はしがき

  1. これからの女性/3

男の玩弄物にならない爲には

到る處に勉強の機會はある

自己を觀察して長所と短所を知れ

しかし缺點を重大に取扱ってはならない

女性も向上の希望を持つべきです

近代の女性美

金銭上の誘惑關係を愛情に混入してはならない

  1. 婦人と家庭生活の智慧/15

互に物言はぬ夫婦

先づ妻から謝りませう

良人の出勤前に妻は笑顔で見送りませう

良人を甲斐性なしだと思ってはなりません

家相見や姓名判断に迷ってはなりません

良人を苛酷に批評してはならない

  1. 秘密と罪の魅力について/32

生命とは何であるか

各人に宿る普遍の叡智

子宮筋腫が心で治る實例

惡い現象は本來存在しない

想ひを包みかくしてはならない

秘密の魅力

  1. 女性の純情に就いて/47

風太郎の墓

李桂と云ふ歌奴

愛は權利を超えて

  1. 妻としての眞實の幸福/59

夫婦の意見の對立

氣性の荒い娘

知性の勝った奥さん

世間智と宗教的救ひとは異るのです

神の心の中には惡いものはない

おぢいさんの言ふことに間違はない

基本人權の平等と妻としての立場

  1. 夫婦の意見が對立する場合/79

人間は完全に自由である

妻が心で良人を縛らなくなったら

  1. 愛が失はれた場合/87

愛は智慧を喚び出す

愛の生かす力

「自分」を忘れて他の人の爲にする愛の力

醫術も愛を背景として治る

野心は愛をくらます

「愛」が失はれた場合

  1. 愛と嫉妬に就いて/97

六條御息所の生靈

嫁を拝む心境になったら家庭が極樂に變じた

社長の女秘書の話

『裸足の伯爵夫人』

あなたの愛情が誰をも傷つけなければ

  1. 美貌について/110

美貌とは愛に輝いた顔

美貌になる自己暗示法

睡眠中に自立神經を美貌になるやうに使ふこと

美しく寫眞に冩るには

美貌になるには平常の心を樂しくする

人相をよくすれば運命もよくなる

朝は現在意識の出發、就寢時は潜在意識の出發

忽ち剱難の相、忽ち圓滿の相

  1. 富を築くための新しき生活設計/123

人間には精神と肉體との兩面がある

經濟上の問題も心の作用が影響する

第十一章 人間の第二の誕生/138

才能を働かせよ

「罪の子」から「神の子」

第二の誕生

謙れる心は地を嗣がん

第十二章 兒制限について/154

人口増加は失業者を増やすか

一人の勞働は五人の消費を滿たす

二つの誤謬

計畫經濟で全勞働力をフルに

避妊の論理的靈的影響

第十三章 人間の本質について/177

豚を食べて何故人間は豚にならぬか

人間は手脚ではない

内臓は再生する

空にして同時に個性がある人間

個性があって普遍なる人間

第十四章 赤ん坊がお乳を吸ふ不思議/188

何故、赤ん坊は敎へられないでも乳を吸ふか

神とは何であるか

不生の生命が生きてゐる自分

魂の必然的要求

何故人間は死にたくないか

人間が向上したい要求

第十五章 婦人科の病氣も斯うして治る/199

人間が健康になる原理

單なる物質と肉體との相異

歪んだ「精神模型」の通りに列んだ分子成分の肉體が病體である

癌腫消滅の理論

理論の次には實證が必要である

第十六章 眞理は癒された日々/213

子宮癌を手術した人

一文字判断

『甘露の法雨』の功徳

心で思ふ通りに肉體は成る

言葉が人間を幸福にする

人間には本當に不幸な人はない

親孝行とは何をすることですか

我を捨てるところに「本當の自分」が生きる

新たに生れた上での民主主義でないと本物ではない

暗い心は病ひを起します。明るくなれ

天命直授と云ふこと

新たに生れると云ふ意味

眞理の實践は商賈をも繁昌さす

息子のヒロポンが治る

少年少女の惡傾向について

第十七章 不貞と離婚の問題/248

前世の不貞と現世との關係

離婚は正常化され得るか

離婚の合理性がみとめられる三つの場合

離婚してはならない場合

利己的觀念を熔かす坩堝としての結婚生活

第十八章 結婚と靈的意義について/264

文化人の契約としての結婚

幸福目的のための努力の場としての結婚

結婚は前世からの續き物語である

結婚は魂に「經歴」を加へるもの

實相の夫婦と云ふ意味

自己完成としての結婚

第十九章 あなたは男に生れ更り得るか/279

人生に不幸の起る原因

男子に反抗する性格の原因

宿命と自由意志の關係

同性愛の原因

人間の靈魂そのものに性別はない

人間が結婚しなければならない理由

第二十章 結婚と職業との關係/292

高き教養ある女性の靈魂の結婚について

家庭生活と職業と兩立する婦人

家庭生活は名誉心を超えてゐる

宿命と意志の自由に就いて

結婚と靈の進歩との問題

結婚の相手を選擇する正しい標準

第二十一章 良き配偶の見つからぬ場合/307

二兒を遺棄して自殺した女性

意志に反する制を拒んで自殺した女性

第二十二章 結婚生活に意義があるか/319

互に夫婦となる者の靈的因縁

性的不能の男子に嫁いだ場合

動・反動の報の法則について

第二十三章 女性の性交恐怖について/334

性交困難の夫婦の解決

結婚恐怖に伴ふもの

前世に修道院生活を送った彼女

第二十四章 娘の純潔と兩親の責任について/348

性の濫用から來る先天性癲癇

女性の純潔に根據ありや

愛情によって貞操を失ふのは不純潔か

倫理學的立場から觀た純潔

第二十五章 純潔の標準について/362

純潔敎育について

純潔とは果して何を意味するか

動物的性慾のみの行爲は

性的滿足の精神的内容とは何か?

戀愛とは如何なるものか

生理的興奮と戀愛とは異る

此處に私は「純潔」と「不純潔」との區割線を引きます

第二十六章 戀愛と性慾の昇華/381

 

 

鳥谷部陽太郎

 谷口雅春先生と鳥谷部陽太郎との出会いというのはどこであるかというのが、現在の段階ではわからない。ただ、鳥谷部陽太郎氏が寄稿した『變態心理』(大正143月号)に“『心靈現象と宗教思想』を讀む“に

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谷口雅春兄から、氏の近著『心靈現象と宗教思想』を贈られた。

 著者谷口氏は一燈園の同人で、この著以外にも『聖道へ』、『神を審判く』、『神の牙城に迫る』等の著書がある。そして、かゝる著者に依っても知られるやうに、氏は宗教的情操を多分に持った方である。

 谷口氏は、此の『心靈現象と宗教思想』に於て、スピリチュアリズムを、道德生活及び信仰問題と聯關させてゐる。即ち氏は、心靈現象の研究から信仰革命を叫んでゐるのである。そして此の點に本書の創意を認める事が出來る。從って、本書の價値の大半も亦、この點にあるといってもよかろう。

 

 このように、ある面そうした谷口雅春先生の趣旨に同意しながらも、

 

唯私の所信を忌憚なく述べるなら、私は宗教は最早滅亡すべき時期に到達してゐる一人である。

 

氏の宗敎という言葉すら忌み嫌う思想のなかで、徐々に離れていくのは自然のながれであると思う。だが、兄弟組合を提唱し

 

武者小路実篤の『新しい村』、西田氏の『一燈園』などとちがい、また破壊を急ぎ建設をおろそかにする社会主義一派とは勿論撰を異にし、救世軍などの如く宗教じみもせず、既成宗教に対する信仰の如何に問わず、職業とか、年齢とか、地位とか、貧富とか、すべて一切を度外視し、人間として価値を認め、自由・平等・相愛・相信の下に生き」

 

と記している、つまり地上のすべてのものが、兄弟姉妹であるという自覚と信念をもって、精神的にも物質的にも相互扶助の実をあげる。そういう思いとが谷口先生の思いと一致したのであるが、根本に宗教を忌み嫌うなかで、「兄弟愛」など本当に運動を行っていけるのかが、疑問を感じるのは私一人の考えではないのは創造できる。

 

 青森県五戸町だけでは多くの著作が見込まれることがないので、青森県立図書館と青森県近代文学館にも行ってみた。とりわけ青森県近代文学館には鳥谷部陽太郎氏が寄稿した雑誌『創作』『黎明』『ROMAJI』『變態心理』『日本及び日本人』『青森文学』『東北』等貴重な雑誌を提供していただいた。深く感謝したい。IMG_2779



長慶天皇旧陵墓参考地 伝説の地を歩く


青森には長慶天皇がこの地でお亡くなりになられたという伝説の地があります。

小高い山の頂上に墓地があり、相馬地区の紙漉沢という地域には古くからの伝承が残っています。

弘前市相馬地区の公式webサイトには下記のように記されています。

 

807年、坂上田村麻呂が東征のおり、宝龍権現を祀ったのが始まりとされる上皇宮がある。この場所は第98代長慶天皇御陵墓伝説の地とされている。

 

長慶天皇は在位16年で弟の後亀山天皇に譲り上皇となったが、足利氏の策謀に合い、紀伊の玉川宮、高野山金剛寺、伊勢の国、海路で常陸の国、白川、伊達を経て陸奥に逃れ、最後には修験山伏に身を隠し、応永10年(1403)相馬地区紙漉沢御所で忠臣に見守られて崩御されたと伝えられている。

 

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青森県弘前市紙漉沢字山越174-4

 

青森県弘前市にある、長慶天皇の旧陵墓参考地。

昭和19年に京都嵯峨野の現陵(嵯峨東陵)が治定されたことによって、陵墓参考地の指定が解除され、現在は地元の方々が管理しています。

 

更に詳細は「陸奥新報」が詳しく書いています。

抜粋させていただきます。

 

▽陵墓参考地

 弘前市紙漉沢(旧相馬村)には上皇宮(じょうこうぐう)という神社がある。社殿の奥の急峻(きゅうしゅん)な山道を登っていくと、四方を柵に囲われた空間が現れる。その手前の木柱には、旧長慶天皇御陵墓参考地と記されている。

  「陵墓」とは、皇室の各種の墳墓の総称であり、被葬者については宮内庁によって定められている。それとは別に、宮内庁によって皇族の墳墓であるとされながら、被葬者が特定されていない陵墓を陵墓参考地という(外池昇『事典 陵墓参考地』)。紙漉沢の旧長慶天皇御陵墓参考地は、現在では参考地ではなくなっているため、「旧」を付けて通称されているのである。

 ▽長慶天皇の潜幸伝説

 長慶天皇とは、大正年間の研究によって在位が確証づけられ、1926(大正15)年に皇統に加えられるまで、即位の事実すら不詳であった天皇である。南北朝の動乱期に南朝3代目の天皇として即位したとされるが、晩年の状況はほとんどわからず、全国各地に潜幸伝説が生まれた。青森県内に限っても、南部町の恵光院(けいこういん)及び有末光塚(うばこうづか)や青森市浪岡の広峰神社、そして紙漉沢に長慶天皇終焉(えん)の地の伝説が残っている。

  伝説は現在に伝わる旧相馬村地区内の地名の由来にも大きな影響を与えている。例えば、紙漉沢という地名は、長慶天皇に同行した人物によって紙漉(す)き技術が伝えられた場所であるといい、同地区内の五所という地名は、長慶天皇の御所があったことに由来するなど、伝説に絡めた地名が多く存在する。また、地元に残る紙漉沢獅子舞は、長慶天皇に同行した人物が伝えたものであると伝えられており、伝説は様々(さまざま)に旧相馬村地区内の自己認識に影響を与えているといえよう。

 ▽御陵を目指して

 1882(明治15)年に宮内省(当時)が、被葬者を特定できないながら陵墓の見込みのある墳墓を「御陵墓見込地」というかたちで整理して保護することを決めた。1888(明治21)年に「御陵墓伝説参考地」という分類が加えられ、紙漉沢の「ウヘノウ堂(上皇堂)」は「相馬御陵墓伝説参考地」として決定された(相馬村誌編集委員会編『相馬村誌』)。

  これは、皇統に加えられるはるか以前に、長慶天皇を被葬者に想定して決定されたことになるが、それまで青森県令や宮内大臣に対して地元から度々(たびたび)上申があり、1888(明治21)年9月に諸陵助(諸陵寮次官)によって現地調査が行われた(『相馬村誌』)ことなどが決め手となったと思われる。1895(明治28)年には「御陵墓伝説参考地」は「御陵墓参考地」と改称された。

  その後、地元では御陵造営の気運が盛り上がったようである。詳細は不明だが、御陵の復元的な整備を目指したものだったのだろうか。地元出身の郷土史家である成田末五郎が、1934(昭和9)年に著した「長慶天皇御陵墓参考記」(『相馬村誌』所収)には、1905~06(明治38~39)年頃、外崎覚をはじめとする研究者の来訪や、多くの参拝者があり、「今にも御陵の造営が行われる」と、幼心に感じたことが述べられている。しかし、運動は下火になったようで、陵墓参考地の景観は、「有志で植えた数千本の桜もわずかに数本」という寂しい状態になってしまったようだ。

  相馬御陵墓参考地にとって、大きな契機となったのが1935(昭和10)年の臨時陵墓調査委員会の発足だった。同委員会は、陵墓や陵墓参考地に関する宮内大臣の諮問について答申することを目的として組織されたものだった。特に、長慶天皇の御陵の調査審議については、大きな役割を担ったようだ(『事典 陵墓参考地』)。

  当時、長慶天皇陵だとする宮内省への上申は百数十箇所を超えていたが、相馬陵墓参考地と、和歌山県の河根(かね)陵墓参考地(現和歌山県九度山町)については、可能性が最も高いと認識されていた。しかし臨時陵墓調査委員会の調査の過程で、現在の長慶天皇陵(京都市右京区)の地が注目され、1944(昭和19)年に長慶天皇嵯峨東陵として決定することとなった。それに伴い相馬陵墓参考地は廃止されることとなった。

 ▽地域の核として

 2012(平成24)年5月9日付けの「陸奥新報」に、相馬地区環境美化委員会が旧長慶天皇御陵墓参考地周辺の環境を整備した記事が掲載されている。地域の住民が40人ほど参加し、アジサイや桜を植えたとあるが、参考地廃止から70年を経過した現在であっても、旧陵墓参考地を大切に思う地元の人々の気持ちは途切れることなく続いているようだ。

  今後も、旧相馬村地区の人々にとって、伝説とロマンに彩られた旧陵墓参考地は、地域を結節させる核であり続けるのではないだろうか。

 (弘前市教育委員会文化財課・小石川透)

 

 青森には紙漉沢と弘前市内に紙漉町があります。昔は和紙などの職人の町であったことが想像出来ます。また、昔は相馬村という名前であったことから、良質な水が湧いていて、紙漉きをする職人もいたのであろう。今は周囲はリンゴ畑となっている。

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善業を積む

人間というのは現象世界では「横暴に出来る権力を持てば」その人の価値は落ちてしまう。

あの日産のカルロス・ゴ-ンでもそうですが、権力を好きなように行っていたのですが、日産を立て直したということで、英雄化されている。社内ではどうすることも出来なくなってしまったので、検察とかの力で内部情報を渡して、失脚させた。

 

 「生長の家」でもそうした哀しい現状を感じています。雅春先生が努力され、寝食を惜しんで築き上げた“組織”をいとも簡単に崩落させるものが現在の状態であると感じております。それを「心痛」として感じている人は何人いるのであろうか。

また、「谷口雅春先生に申し訳ない」と何人の人が思っているのであろうか?

愛国運動を出来なくて申し訳ないと何人の人が思っているのであろうか?

 

 

 組織でもそうですが、自分の好きなように出来るようになれば、その好きなようにする人に反感とか憎みとかの憎悪を持っている人が必ず出て来るのです。 

 

「愛」とかではなく、こいつを懲らしめてやるというような悪觀念で人を裁くと、その人に必ずしっぺ返しがくるものなんです。それは「業」という、その人が如何に「善業」を積んだからとて、それで満足していたらそこで德は切れてしまうのです。

 

 生長の家を少し勉強すれば、そういう心の法則はわかるはずであるが、残念ながら、組織の幹部の人は生長の家の本を読んでいない。仮に読んでいても「知っている」だけで実行をしないから、何の役にもたたないのです。

 

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」では「悪い事すれば必ず悪い事が返ってくる」という大雑把にいえばそれを教訓として書いています。例えば、それが当の本人が「悪い事」と思うとか思わないとかではなく、全体を見て、それはおかしいだろうと思う事もあります。例えば、どうみても「谷口雅春先生」のみ教えと“真逆”であろうと思うことなどは、本人が“現在の総裁”に從っているというかも知れないが、それは智慧が足りないからそうなるのです。

 

 今回の生長の家の人事のことも知人に聴きましたが、こういう人事は見せつけであると思っています。そういうことを宗教家が平気で行うようになれば、その宗教は終末であると思っています。だから、誰もが予想するように、凋落の一途をたどってしまうのです。

 

 私も「こんな醜い世界」を見たくない。という思いがあります。それは私の思った通りに悪い方向で「生長の家」が遂行しているからです。本部練成会でも参加者も少ない。どの教区も会員の減数である。

練成のテキストには「生命の實相」が無くなって久しい。谷口雅春先生はこの世界を救いたいという思いで発せられた「生長の家」は没落してしまう。

大阪マラソン当選

東北に旅をしている時に朗報が入りました。

9回大阪マラソン 抽選結果(当選)のお知らせでした。応募総数は表示していませんでしたが、調べますと

エントリー総数  131,337人(募集定員は32,000人)

 

4倍でした。初めてのフルマラソンは「楽しく走ろう」と思っています。どうせ遅いのですから、楽しみたい。目標時間は5時間でした。

燃えひろがる聖火 御巡錫始る

燃えひろがる聖火 御巡錫始る

『生長の家』の開祖

谷口雅春氏來盛す

 

『生長の家五拾年史』の281282頁に写真入りで記述しています。その写真が『岩手日報』昭和9112日夕刊一面に掲載された。

その内容はといいますと
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生命を信ずる『生長の家』の開祖にして本邦心靈學界の泰斗谷口雅春氏は十二日午前十一時十二分盛岡驛着列車で来盛、驛頭には佐藤支部長堀合中佐、藤田食品市場副社長、田口市土木課長、三宅九十銀庶務課長其他廿數名の誌友が出迎へたが谷口氏は朗かな顏をしてカメラの前に起ちそれより高與旅館に向ったが氏は語る

 

東北に來たのは初めてです。汽車の中で佐藤サンと話して來ましたが雪が太陽に當れば融けるものと思って居りましたが随分盛岡にも雪がありますね、コリャ滅多な形容詞が使はれませんアハハゝゝ然し盛岡は明るい町です。

ゆったりとした氣持ちで意味深長なことを語り

 

會社の方は昨年辞めましたが辞めてから誌友が二倍になり會社に居った時よりも非常に忙しくなりました。全く神様がして下さることです。東北關係の誌友は少ないですが北海道には相當多くおります、盛岡から今度は七尾へ参りたいと思ひますが人口僅一萬許りですが盛岡より誌友が澤山あるんです。

 

生命學の難しいことに觸れず高與旅館へ向かったが正午公會堂多賀で有志招待の午餐會へ臨み午後二時縣社櫻山神社社務所に開かれた生長の家座談會に出席、尚午後六時からは櫻山神社で一般のために生命の無限生長の道を講演、同夜一泊する筈
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上図二枚 櫻山神社

 

『生長の家五拾年史』281頁には

 

111日に住吉を出発された谷口先生は、途中東京で誌友の見送りを受け、翌12日の朝盛岡に到着された。当時盛岡では『生長の家』誌を一読することによって胃の噴門癌が奇蹟的に癒された工藤てつさんが、「生長の家」の種まきをし、それによって盛岡貯蓄銀行重役の佐藤勝身氏等が中心となって支部をつくり、活発な活動が行われてゐた。この時の御巡錫は佐藤勝身氏の懇請によるものであった。

 

到着された先生を『岩手日報』は、当日の夕刊に写真入りで『生長の家の開祖、谷口雅春氏来盛す』と大きく第一面に報じてゐた。谷口先生は昼食後、誌友たちと親しく懇談され、夜には県社桜山神社で一般の人々を対象に講演会を開かれ。この時の講演内容を『岩手日報』は二回にわたって紹介してゐるが、その「生命の無限の生長の道」と題しての講演は、参会者に強い感銘を与へたのであった。佐藤勝身氏の礼状によれば、「やはり親しく謦咳に接しますと、誌上で御教へを頂きますとは又別な力の活きて参りますのを歪むわけにまゐらないのでございました。いっそう確信を得まして、大胆に御教理を体得し発揚することが出来ます」とあり、その後の誌友会に新しい人が出席したとの報告がなされてゐる。

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