『神靈界』大正7年11月1日號に初めて御寄稿される文章は贖罪意識と反面は歓びに充ち溢れています。既に「皇道大本」の勉強をされ、その意味を把握されての投稿でありますから、大本入信して勉学されるというより、雑誌『彗星』を讀み、大方の意味も理解されていたことが、下記の文章でわかります。また、神靈療法の意味や「皇道大本」の関連書や『古事記』なども讀まれていたのではないかと思っています。谷口雅春先生の御苦悩や贖罪意識の呪縛から、もがき苦しみられていた様子が書かれています。その苦悩からの脱却を最後の方の文章では歓びに充ち溢れた形として変化していきます。
對語 ある國 谷口正治『神靈界』大正七年十一月一日號(頁27・28)
幽界の樹林、男女の幽體縺れ合ひながら語る。
男 何を泣いてゐるんだい。
女 聞ゑて來るでせう、それ。
男 何が?
女 人々の泣き叫びが、あの阿鼻叫喚が貴夫には聞ゑませんか。
男 何も泣く事はないぢゃないか。艮の金神様が現職(おもて)になりて、世の建替をなさるのじゃ。惡は滅び、善は榮ゆる神様が實現するのぢゃ。お前は最後の審判(さばき)が恐ろしいのか。
女 それ、それ……何と云ふ残虐でせう。屍の上に屍が積み重ってゐる。見ゑる、見ゑる……屍の數は幾萬と云ふ程だが數が知れない。斷末魔の叫びが聞ゑる。呻き、悶ゑ、叫び、わたくしはあの人達が可哀想でならないのです。可哀想で!(欷歔く(すすりな))
男 最後の審判がもう始まってゐるのぢゃ。此の國の人達はあまり心が腐ってゐるから、特に遠い所から建替をお初めになった。もう近い中(うち)に此の國へも嚴しい審判が來るに相違ない。この事は二十△年前から神様が御警告になってゐる。歐州の戰爭を對岸の火災視して漁夫の利を占めてゐた此國ももう戰爭に捲込まれた。さうして水晶の世界が出現するのぢゃ。
女 聞ゑる、聞ゑる!恐ろしいあの光景(ありさま)!(跪いて祈る)艮の金神様、残虐の手をもう少しお弛め下さいませ。わたくしの受難をもって一切人類の罪惡を贖はせしめ給へ。
男 その祈念(いのち)こそ誠の祈祷(いのち)ぢゃ。(目を瞑って靈眼で見ながら)この頃大本は素晴らしい参拜者だ。一日に萬を以て數へられる。しかしお前の祈念(いのり)のやうな祈念(いのり)をするものは一人もない。世界對この國の大戰爭が【姑(印刷の間違い)】始って以來、愈々大本の預言が的中したと云ふので、罪を犯しながら命の惜しい連中が押合ひへし合い神様の許を求めに來る。
そのやうな連中は根の國底の國に蹴落して了ふが好い。何故今迄の多くの罪科を數日の參拜や、鎭魂や、無言修行で帳消しにしたいのだらう。
女 いゝね……神様どうぞ一人でも多くお助けして上げて下さい。
男 俺は今迄どれだけ多くの罪を犯してゐたゞらう。俺は兎に角眞面目に生きたかった。如何に生きやうか、是が俺についての全ての問題だった。美しく生きよう。正しく生きよう。この二つの問題は俺を迷路に導いた。美と善とが俺の心の中で紛糾(ごっちゃ)になった。
色彩の感覺すら善惡を超越してゐるのに……俺は時々誤ってゐた俺は時々誤ってゐたのならばよかったが、人は周圍の人に關係なしに生きることは出來ないから同時に他の人を誤まらした。
その中の一人は俺が卑怯であったために遊女に陥落(おち)て往った。彼女は遊女になってから幾百人を堕落さして惡魔の使をしたことだらう。かうして俺が直接間接に堕落させた人々が此度の大建替で一纏めにして灰にしられて行くのに、堕落させた張本人の俺だけがどうして刑罰を受ける事を忌避しようか。俺は今も、これからも大本のために世界改造のために働きたいと思ってゐる。しかしそれは神様の御前に阿諛(こび)て最後の審判の網の目を逃れるためでは無論ない。俺は大神様の前で斷言する……。
女 龍神様が蹶起(おた)なさいました。世界中が此の國へ押し寄せて來ました。御覧なさい。この小さな國は到底(とて)も敵(かな)わないでせう。アレ風の神様、雨の神様、地震の神様、磐の神様達が、それぞれお起ちなさいました。
男 神様の豫定の仕組だ。敵軍をすべて此國へ誘びき寄せておいて鏖殺(みなごろし)にするのだ。世界の人口の△分の△は死滅する。そしの後は汚れのない水晶の靈魂ばかりが残るのだ。
女 あれあれ火の雨が降る。土地が崩れる・(雷、霆、霹靂、激しき暴雨)
男 俺達の働くべき時が來た。さあ行かう。
(二人舞臺より去る。愈々激しき震動、鳴動、火山、爆發、雷霆、雷靂、暴風雨。やがて妖雲晴れ、鳴動止み、天地一時に洗はれたるが如き空氣に浴す。日光照々として照り榮え、暫くにして樹草萌え出で、舞臺一面に梅の花咲き、黄鳥玉聲を囀ず。天使七福神の服装にて出て來り、輪を描いて舞ひ遊ぶ)
天使の歌 體主靈從(たいしゅれいじゅ)滅び果て 靈キ軆從(ひのもと)の光彌榮(いやさ)ゆる
大春は 來ぬ梅の花 御代を祝ひて 咲揃ふ
御代は萬代(よろずよ)千代八千代 常磐の松と 榮ゑます
常磐の松と榮ます