則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2018年11月

讀んで戴ければ幸甚です。

少し骨休め

下記の文章は日野君が書いている。こうしたセンセ-ションな書き方をするのは彼の独特の書き方と注目を浴びたいという、幼児的觀念の現れだろう。どうしてこれが幼児的だというかといいますと、この文言にはその確信たる証左というのがないわけなんです。証左というのは、こういう實例で「東夷の蛮人」なのかを根拠を示さなければならない。また、自分で東夷というのはおかしい。中国人がいうのなら、腹立たしいが、それも言う人間もいるだろう。しかし日本人が云うのはおかしい。また東夷というのは野蛮ということも表しているので二重に卑下している。

 

併し、それは「生長の家」の教えとは異なる。

 人間は「神の子」と云う教えこそが、その根本になければならない。

 自分は野蛮な人間ですというのは、それこそおかしい。少し考えたらわかるようなことでも「なんやかんや」と書く。

 

【ネトウヨはよく「日本のすばらしさ」を強調するが、それは天皇陛下の恩徳によって日本が恵まれた国であることを意味するだけで、日本民族がすぐれていることは、全く意味しない。

寧ろ、愛国心という尺度では中華民族・朝鮮民族に大きく劣る東夷の蛮人が日本民族なのである。】

 

 注目を浴びたいだけなら、もう少し努力して大袈裟に書いて欲しい。例えば「谷口雅宣」先生大好きとかですね。

 

ただ。彼は「谷口貴康先生」や大熊先生の講演会にも顔を出している。まだ、生長の家の真理というのを勉強している最中であろうし、右顧左眄している様子がわかる。

まだまだ可愛い若者である。

奇蹟的な精神療法の眞相を探る-②

惡性の脊髄癆が奇蹟のやうに治った

巽忠藏氏の經驗

 

昨年の一月頃から、まだ老衰する歳でもないのに、いろいろと解せぬ症を呈して、特に右手が運動困難となり、醫師の診察を請ふと、脊髄癆と診斷されて、大いに驚愕し、直ちに帝大病院の眞鍋物療科に入院した。

現代醫學の粹を集めての治療もそうこうせず、却って廿年來宿痾(しゅくあ)の下痢症に惡影響を及し、治療の繼續が不可能になった。

次いでに呉内科に轉じ、熱療法を受けたが、その結果葉も捗々(はかばか)しくなかった。

帝大病院の官僚的なところに不滿もあって、またまた小石川分院の鹽谷内科に移り、金に絲目をつけずあらゆる治法を講じたけれども、更に効驗なく、遂にここも退院して熱海の別荘に地した。

心中に覺悟するところのあった巽氏は、その年六月、帝展の彫刻家安達貫一氏に、肖像の制作を依頼したところ、安達氏は巽氏の病氣を知って、その友人服部仁郎氏の精神療法を受けることを勸めたのである。

もともと無信仰で、迷信嫌ひの巽氏、今更精神療法などで治って堪るものかと、堅く斷ってゐたが子宮外妊娠を二度もして廢人同様になってゐた長女の靜子さんは、安達氏の話で早速服部氏を訪ね、『生命の實相』といふ書物を貰ひ、訓話を聽いて、病魔を征服することができたので、さすがに巽氏も、この奇蹟的な事実に愕き、それでも半信半疑で服部氏の來訪を講うたのである。

服部氏から二時間あまり、『生命の實相』につき話を聽き、神想觀といふのをしたところが、その場で起てるやうになって、歡喜のあまり、泣く、踊るの騒ぎを演じ、翌日は、目黑雅叙園で全快祝ひをし、歸りには神宮外苑の菖蒲園を拝觀したが、少しも疲れを覺えなかった。

今、巽氏は莊者を凌ぐ元氣で、『生命の實相』の普及に盡してゐる。

奇蹟的な精神療法の眞相を探る-①

昭和10年5月号の『主婦の友』社の月刊誌を見た人々で「生長の家」の信徒になった人は約1万人と云われている。
 主婦の友社の記者が「生長の家」の奇蹟といわれているものを探っていきますと、こういう病気が快復するとかが実際に目の当たりにして驚愕します。その奇蹟的な当時の様子を『主婦の友』の掲載とともに当時の新聞の廣告に掲載された文章などをもとに「生長の家」の一大発展の基礎を築いた文章を順次掲載させていただきます。
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この時(昭和10年『生命の實相』全集(黑布表紙版)は12巻でした。

奇蹟的な精神療法の眞相を探る         主婦の友 昭和十年五月号

話を聽くだけで難病が全治するとにいふ『生命の實相』とは何か?

 

『併し、世の中には、不思議なことがあるものですね。』

 

 夜も大分更けたので、私はもう辭そうとしたが、古澤畫伯に、まだ何事か語り出さうとされるのであった。省線電車の警笛が、ときどき遠くで響く。

  『元来私は、神も佛も信じない方で、それかといって、別に否定するわけでもありません。よく言へば自由な、惡く言へば場當りに、その日その日を過してゐるわけですが、どうしても不可解な奇蹟に、すっかり考へさせられてしまひましたよ。 

 そんな不思蹟なことがある筈はないと、理性では思ひます。併し、それを事實として、目のあたり見せつけられると、全くまゐつてしまひます。何もかも考へ直さなければならなくなりましたよ。事實の前には、どうにも頭が上がりませんからね。』

 

 平常(ふだん)ものに拘泥(こだは)らない畫伯が、何をこんなに考へ込んでをられるのか?好奇心に驅られて、私は次の言葉を待った。畫伯の廣い額には、混迷が、静かに渦巻いてゐるやうであった。

 日頃闊達な吉澤画伯をあれほどまでに考へさせてゐるものは一體何か?最近流行の精神療法の類か?眞實、摩訶不思議の靈驗を現すものであろうか?それとも、巧妙にインチキを企んだ詐欺ででもあらうか?深甚の疑惑と興味とを覺えた記者は、その眞相を究明すべく決意した。

人造羊皮版『生命の實相』レファレンス

人造羊皮版ともよばれています、戦前の『生命の実相』本来は「函付」の『生命の實相』です。牛皮が入らなくなり、その代りとして羊皮を使用しています。それでも当時では高級なものです。またインデアン用紙も高級な用紙ですので、雅春先生の気持ちが伝わります。文字を金箔としていますが、使用していくうち、背に書いた文字が段々と見えなくなってくる。ビロ-ド版とも少しだけ内容が変っていますので最初に記入していますので参考にして下さい。
変更した内容も今後記入していきます。

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和10101

『生命の實相』地の巻

默示第一章 十二節~十八節

はしがき

目次

『七つの燈臺の點燈者』の神示

總説篇 七つの光明宣言/140

實相篇 光明の眞理/41494

第一章 近代科學の空即是色的展開/43

第二章 『生長の家』の健康學/59

第三章 あらゆる人生苦の解決と實例/77

第四章 心の世界に於ける運命の形式/113

第五章 生きた事實を語る/145

第六章 愛と眞理によつて更生せよ/169

第七章 『生長の家』の超生理學/194

第八章 『生長の家』の超藥物學/220

第九章 無礙自在の『生命の本性』を發揮せよ/267

第十章 『生長の家』の神人論/305

第十一章 讀んで魂の歡ぶ話/322

第十二章 神への道しるべ/345

第十三章 經濟問題の解決/374

第十四章 實生活に應用する自己暗示法/407

第十五章 心の根本的調律法/428

第十六章 『神想觀』の實修法/441

第十七章 生きとほしの生命/464

生活篇 『生長の家』の生き方/495728

(一) 朝の時間を生かせ/498

(二) 朗かに笑つて生きよ/516

(三) 日時計主義の生活/521

(四) ひとの生命の實相を禮拜せよ/524

(五) 神の子の自覺に超入せよ/528

(六) 『今』を全力を出して戰ひとれ/551

(七) 背水の陣を布け/557

(八) 深切の生活を生きよ/578

(九) 常に心に善念を把持せよ/592

(十) わが心の王國を支配せよ/604

(十一) 取越し苦勞する勿れ/615

(十二) 生長と平和と幸福は愛より生ずる/628

(十三) 思ひ切りよく、押し強く、勇敢に斷行せよ/636

(十四) 斷じて失敗を豫想せざる者は終に勝つ/653

(十五) 共通的生命の歡喜のため働け/671

(十六) 艱難を光明化せよ/690

(十七) 天地の開ける音を聞け/706

(十八) 家庭生活を光明化せよ/715

教育篇 『生長の家』の教育法/729856

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和13823

『生命の實相』空の巻

「声字即実相の神示」

「万教帰一の神示」

光明篇  生命に到る道/1~80

序 章   生長の家七つの光明宣言/2

第一章  一切の宗教を生かす『生長の家』/3

第二章 『生長の家』は日本精神の源泉/24    

第三章  『生長の家』とは何であるか/37

第四章  『生長の家』は何を信じるか/60

生命篇   生命圓相の眞理/81-416

第一章 果して物質的治療は病氣を征服し得たか/83

第二章 生きる力の神秘/113

第三章 心の平和に到達する眞理/137

第四章 『生命』は愛と智慧とによって生く/163

第五章 思念の力/177

第六章 人間は『肉體』でない話/192

余 白  無指にして立つ指/213

第七章  眞理は爾を自由ならしめん/214

第八章  祖國愛は神の道/234

第九章  愛の神による運命の修正/252

第十章  生命磁氣を語る/279

第十一章 現代醫學を語る/311

第十二章 死線を超えた實話/366

第十三章『無』の經濟と『無』の醫學/400

精神分析篇 精神分析による心の研究/417-490

佇立地獄の患者/419

ブロイエルの催眠法/422

ステケル氏の自由会話法/424

ユング氏の聯想試驗法/424

ステケル氏の自由單語法/425

病氣でありたい意志/425

精神分析の質問の仕方/426

彼の遅刻/428

彼の夢/429

妻の秘密/432

復讐の激情/433

患者の夢の分析/435

正しき生活病氣を全治せしむ/439

其の他の治驗例/440

精神分析實施上の注意/441

醫者への愛/446

勝利の慾望/446

公衆恐怖症の解剖/454

私の取扱った複雑な治驗例//463

新思想篇 心が肉體に及ぼす力/491-558

の作る病氣と想像の治す病氣/502

健康を左右する暗示の力/510

愛は癒やす力/520

人間は何故老衰するか/522

長く若さを保ちし人々/532

精神力にて老衰を防ぐ法/535

倫理篇  永遠價値の生活學/559-835

第一章   永遠價値の生活學序説/561

第二章   第一の神性隱蔽/583

第三章   第二の神性隱蔽と其の以後/609

第四章   自己の展開としての客觀世界/619

第五章   實相を隱蔽する傲慢と自卑/633

第六章   唯心思想の經濟的展開/642

第七章   悔改の倫理/711

第八章   僞我と眞我の甄別/729

第九章   自他一體と個性生活/741

第十章   和解の倫理/762

第十一章  ロダンの鼻缺け像の倫理/773

第十二章  戀愛・結婚・夫婦生活の倫理/787

第十三章  家庭の宗敎生活化/800

第十四章  無軌道の倫理/821

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和13225

『生命の實相』火の巻(※天國浄土を実現する道)

目次

『生長の家』家族の祈願及修養(扉裏)

聖詩篇 生長の家の歌/158

聖經甘露の法雨/3

光明の國/23

或る日の生命の國/29

生きた生命/45

光明と暗黒/47

夢を描け/49

朝の太陽/53

朝讃歌/53

生命の歌/54

花園にて/55

太陽の讃歌/56

生長の家家/57

天使の聲/58

萬教歸一篇『大生長の家』地湧の淨土/59444

『大生長の家』に就ての神示/60

第一章 中心に歸一する道/64

第二章 『生長の家』より見たる『創世記』/97

第三章 『生長の家』より觀たる法華經/216

第四章 萬教一つに包容す/278

第五章 我等を淨土に救ふものは何か/337

第六章 南無阿彌陀佛の實生活化/384

宗教問答篇 生活に生きる宗教/445879

第一章 生活に生きる宗教/447

第二章 天國淨土を實現する道/510

第三章 『無』もない世界に入る話/570

第四章 眞理に救はれ行く人々/627

第五章 肉體と境遇を良くする道/667

第六章 南泉猫を斬る生活/714

第七章 神の無限供給を語る/755

第八章 天地一切と和合する生活/786

第九章 種種の宗教問題に答ふ/818

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和11625

『生命の實相』風の巻

無病常楽の神示

目次

靈界篇索引

序詩 天使 の言葉/122

聖靈篇 燃えさかる聖靈の火/23326

第一章 烈しき聖靈の焔/35

第二章 聖火盛岡を過ぐ/58

第三章 聖火帝都を過ぐ/74

第四章 聖火北陸を過ぐ/100

第五章 『ねばならぬ』を解放する宗教/121

第六章 聖火京都を過ぐ/156

第七章 宗教を生活に生きる生長の家/168

第八章 宗教上の『罪の赦し』に就いて/214

第九章 心に從つて展開する地上天國/255

第十章 無限能力をひらく道/280

靈證篇 生長の家の奇蹟に就蹟に就いて/327400

靈界篇 生命の行方/401834

序文/404

第一章 差別心より觀たる靈界の消息/408

第二章 平等心より觀たる靈界の消息/635

第三章 個性生命の存續と其の物質化/755

第四章 悟らぬ靈魂を救ふ道/768

第五章 幽明境を超ゆる念の感應/797

質疑篇 眞理の應用及び拾遺/835962

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和111020

『生命の實相』水の巻(※人生問答篇第十二章追加とその後の変更)

報恩行に就いての神示

苦痛の非實在

目次

經典篇一 『甘露の法雨』講義/1224

第一章 神と佛と靈/3

第二章 物質と實在と/56

第三章 智慧と無明と罪/112

第四章 人間の實相及び假相/163

經典篇二 『天使の言葉』講義―特『近眼は治る』原理に及ぶ。/225306

常樂篇 久遠常樂の生活/307382

第一章 常樂生活への道しるべ/309

第二章 無限能力を汲む道/318

第三章 不壞の生命を説く/330

第四章 全面的自由としての宗教的救ひ/352

第五章 平等愛の絶對神と偏愛の相對神/365

觀行篇 神想觀實修本義/383524

第一章 無限智慧を感受する道/385

第二章 無限生命に汲む道/416

第三章 無限供給を受くる道/458

第四章 神想觀の助業としての感謝行/509

人生問答篇 新生活への出發/525946

第一章 明朗生活の提唱/527

第二章 家庭爭議の解決を語る/

第三章 生活に顯れた神耀通妙用/579

第四章 生きる道の座談會/614

第五章 基督の偉さと奈翁の偉さ/650

第六章 戀愛・相性・方位・家相/672

第七章 念の集積・業の流轉・念の憑依/691

第八章 念の病氣に及ばす力/738

第九章 治す念波の話/768

第十章 みんな一體の信仰を語る/787

第十一章 世界は何處へ行くかを語る/858

第十二章 酒・煙草・異性/864

第十二章 國と家庭を良くする話/891

第十三章 人生の惱みに答ふ/932

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和12220

『生命の實相』行の巻

目次

樂行篇 常樂宗教の提唱/1138

第一章 常樂宗教の提唱/3

第二章 佛教の無常觀は生々流動の教だ/17

第三章 生長の家の奇蹟的功徳は何處から來るか/22

第四章 生きて歩む宗教/45

第五章 成佛論/106

第六章 神子の自覺に點睛す/127

眞行篇 光明眞理の祈願/139284

『生長の家々族の祈願及修養』講義/141

一、 生長の家の意義と誕生に就いて/141

二、 各宗教に對する生長の家の立場/146

三、 神の子の生活を今生きよ/158

四、 一切のものを拜め/163

五、 心を清く空虚にせよ/174

六、 自己の欲せぬことを思ふな/179

七、 自他の惡を思はず常に光明に轉向せよ/188

八、 神と偕に無畏無憂の生活を送れ/196

九、 躓く刹那に光明に轉向せよ/199

十、 隣人を光明生活に生かせ/202

十一、 先づ自分に深切であれ/208

十二、 眞理を傳へるのは愛の道/219

十三、 皇室及び一家の祖先を禮拜せよ/232

十四、 ものの内在生命の尊さに眼覺めよ/246

十五、 『久遠の今』の生命を發掘せよ/250

十六、 善と愛と智慧と光明とを生かせ/279

教育實踐篇 生命の教育の原理・その成果/285811

第一章 人間教育の根本的人生觀/287

第二章 無軌道の教育法/338

第三章 解放と引出しの教育/362

第四章 唯物教育の問題/378

第五章 左翼思想を轉向する道/407

第六章 入學難と就職難に勝つ法/443

第七章 優良兒の創造/463

第八章 人類無罪宣言/474

第九章 常不輕菩薩の教育/522

第十章 實相の開顯に伴ふ靈驗/547

第十一章 藝術教育の眞髓を語る/580

第十二章 宗教教育を如何に施すか/633

第十三章 生命の教育の成果を語る/689

第十四章 此の教育法で成績をよくした體驗/754

經濟生活篇 光明思想的事業經營法/813944

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和14325

『生命の實相』證の巻

ヨハネ默示第二十一章一~九

目次

ミレ-の晩鐘

下化衆生篇 哲學の實踐/1154

第一章 生きて生活する哲學/3

第二章 生命の特殊性と科學精神批半/43

第三章 世に勝つ原理/71

第四章 實在・理念・國家・人間/105

第五章 粟粒結核も親の心で治る/122

隨喜篇 把住と放行/155344

第一章 生命を禮拜する/157

第二章 放つもののみ生きる/184

第三章 眞如を生きる/197

第四章 人間觀の革命/214

第五章 善と幸福との一致/241

第六章 幸福の爲の對話/260

第七章 肉體の否定・無限力の肯定/284

道場篇 辨道聽き書/345578

功徳篇 寶樹華果多し/579706

無限力の發現/581

道を求めて/585

死の宣告を受けて/589

家庭光明化す/594

言葉の力/599

有難い心/604

わが光明信條/608

感謝は癒やす/611

歡びの日々/614

光りを招ぶ教育/619

豐作受賞の我が家/630

姪の無痛分娩/632

『生命の實相』に救はる/635

教育上にこの效果/638

感謝から希望へ/641

一時的治療は駄目/647

子供の昇天/649

花咲き實を結ぶ教育/657

『實相』拜讀十萬頁・業病消ゆ/666

脊髓カリエス一夜に治る/672

無限供給の有難さ/677

迷夢より醒めて/687

無痛分娩の體驗/693

妻の無痛分娩/695

聖語篇 智慧の言葉/707845

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和13823

『生命の實相』教の巻

目次

智慧の言葉

女性教育篇 母・妻・娘の聖書/1256

第一章 女性の觀點を一新せよ/3

第二章 『女だから』と云ふ言葉/16

第三章 妻を『養ふ』と云ふ言葉/23

第四章 無限供給の經濟の立て方/33

第五章 家庭幸福への道/46

第六章 結婚前の娘及び母への注意/58

第七章 ダリヤの花に題して/77

第八章 本來一つのもの/92

第九章 深切行に就いて/110

第十章 空想的人類愛より實際的人類愛へ/130

第十一章 レヴユーの精神分析/145

第十二章 家族全體を健康にする方法/166

第十三章 花嫁學校に於ける講話/221

家庭教育篇 家庭と教育の基礎/257444

第一章 愛兒の能力と夫婦陰陽の調和/259

第二章 拜み合ひの生活/283

第三章 無痛分娩の方法と心掛/297

第四章 蝦兒を無痛分娩した話/310

第五章 胎兒及胎兒以前よりの教養/328

第六章 配偶の觀相學的選び方/344

第七章 そのまま素直に有りがたい/374

第八章 或る結婚式場での話/404

第九章 愛兒の健康への近道/422

教育革新篇 新しき智慧/445836

第一章 革新的な兒童教育の仕方/447

第二章 芽生を培ふ教育法/487

第三章 人間の模倣性と教育/513

第四章 革新的教育法の效果を語る/539

第五章 教育の基礎となるいのちの根本自覺/578

第六章 今日の視力問題/618

第七章 近眼治癒者の體驗記/666

第八章 宗教々育の根本問題/717

第九章 人格教育の根本問題/749

第十章 教育には自由自在が必要/759

第十一章 言葉の逆效果と順效果/777

第十二章 自他を認める教育/805

 

人造羊皮装・特製インデアン用紙版 昭和131125

『生命の實相』信の巻

目次

佛教篇 いのちの解脱/1202

第一章 『いのち』の自由/3

第二章 釋迦の成道/28

第三章 久遠を流るるいのち/51

第四章 維摩經及涅槃經に現れたる『肉體無』/81

第五章 宗教と科學の不敬性/98

第六章 生長の家と醫療問題/116

第七章 寂光を更に超えて/150

第八章 勝蓮華世界の蓮華王座/178

基教篇 新約聖書の示す眞理/203448

第一章 山上の垂訓の示す眞理/205

第二章 白馬に跨れる神の王/409

第三章 日本國體と奮約聖書との問題/430

神道篇 日本國の世界的使命/449730

第一章 古事記講義/451

第二章 皇軍の倫理/608

第三章 世界秩序の崩壊と再建/622

第四章 戰勝祈願の倫理/642

第五章 理念のための戰爭/673

第六章 余の國家主義/700

幸福生活篇 幸福生活への根本眞理/731862

第一章 幸福の扉の開き方/733

第二章 ありのままの生活/768

第三章 無礙の大道/789

第四章 心の原理/811

第五章 腹の立たなくなる法/838

 

 

蒐集する人は公的に発表をお願いしたい

現在は『生命の實相』を中心に愛国書や戦前の本のレファレンスを記入しております。

何故、レファレンスを記入しているかというと、国会図書館や地方の大きな図書館などに行くと必ず著名人などのレファレンスがあります。項目別に色々なレファレンスがあり、こういうものはあまり人々の関心をよぶような書物ではありません。

ただ、生長の家という団体で行われてはいなかったということであります。書誌学や図書館学からすれば当たり前の業務であります。ここから更に踏み込んで、どのような変遷が行われたかを調査出来るのであります。その初歩のことなんです。

 

例えば「病氣無」ということを調べるのであれば、この本を索引として現すことが出来る。そういう大きな辞書を今後進めていくこととなります。

 

以前、山ちゃんと名乗っていた時に、蒐集した本は道楽のように、軽く足蹴に言われたことがありました。

 多くの人は蒐集することは道楽に考えています。しかも集めている人も道楽ということを自覚していない。公的に発表しなければ、私は道楽だとすみませんが思っています。

 

私は著作権にひかからないように発表しているだけであります。今後、緻密に発表していくようにしていきます。
 だから、蒐集する人は公的に発表していただきたい。それは私のように目次や索引など様々な方法があります。

『生命の實相』事変版レファレンス

『生命の實相』事變版はビロ-ド(天鵞絨)と呼ばれ、表紙はビロ-ドの布を使用したためそのように呼ばれている。函付で売れていたが、古書で出るのは殆どは函無である。一部革表紙(縮刷豪華版)と異なる。

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和13320

※事変版と人造羊皮版は水の巻の一部のみ異なる。

地の巻

默示第一章 十二節~十八節

はしがき

目次

『七つの燈臺の點燈者』の神示

總説篇 七つの光明宣言/140

實相篇 光明の眞理/41494

第一章 近代科學の空即是色的展開/43

第二章 『生長の家』の健康學/59

第三章 あらゆる人生苦の解決と實例/77

第四章 心の世界に於ける運命の形式/113

第五章 生きた事實を語る/145

第六章 愛と眞理によつて更生せよ/169

第七章 『生長の家』の超生理學/194

第八章 『生長の家』の超藥物學/220

第九章 無礙自在の『生命の本性』を發揮せよ/267

第十章 『生長の家』の神人論/305

第十一章 讀んで魂の歡ぶ話/322

第十二章 神への道しるべ/345

第十三章 經濟問題の解決/374

第十四章 實生活に應用する自己暗示法/407

第十五章 心の根本的調律法/428

第十六章 『神想觀』の實修法/441

第十七章 生きとほしの生命/464

生活篇 『生長の家』の生き方/495728

(一) 朝の時間を生かせ/498

(二) 朗かに笑つて生きよ/516

(三) 日時計主義の生活/521

(四) ひとの生命の實相を禮拜せよ/524

(五) 神の子の自覺に超入せよ/528

(六) 『今』を全力を出して戰ひとれ/551

(七) 背水の陣を布け/557

(八) 深切の生活を生きよ/578

(九) 常に心に善念を把持せよ/592

(十) わが心の王國を支配せよ/604

(十一) 取越し苦勞する勿れ/615

(十二) 生長と平和と幸福は愛より生ずる/628

(十三) 思ひ切りよく、押し強く、勇敢に斷行せよ/636

(十四) 斷じて失敗を豫想せざる者は終に勝つ/653

(十五) 共通的生命の歡喜のため働け/671

(十六) 艱難を光明化せよ/690

(十七) 天地の開ける音を聞け/706

(十八) 家庭生活を光明化せよ/715

教育篇 『生長の家』の教育法/729856

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和101201

空の巻
「声字即実相の神示」

「万教帰一の神示」



光明篇  生命に到る道/1~80 

序 章   生長の家七つの光明宣言/2

第一章  一切の宗教を生かす『生長の家』/3

第二章 『生長の家』は日本精神の源泉/24    

第三章  『生長の家』とは何であるか/37

第四章  『生長の家』は何を信じるか/60

生命篇   生命圓相の眞理/81-416

第一章 果して物質的治療は病氣を征服し得たか/83

第二章 生きる力の神秘/113

第三章 心の平和に到達する眞理/137

第四章 『生命』は愛と智慧とによって生く/163

第五章 思念の力/177

第六章 人間は『肉體』でない話/192

余 白  無指にして立つ指/213

第七章  眞理は爾を自由ならしめん/214

第八章  祖國愛は神の道/234

第九章  愛の神による運命の修正/252

第十章  生命磁氣を語る/279

第十一章 現代醫學を語る/311

第十二章 死線を超えた實話/366

第十三章『無』の經濟と『無』の醫學/400

精神分析篇 精神分析による心の研究/417-490

佇立地獄の患者/419

ブロイエルの催眠法/422

ステケル氏の自由会話法/424

ユング氏の聯想試驗法/424

ステケル氏の自由單語法/425

病氣でありたい意志/425

精神分析の質問の仕方/426

彼の遅刻/428

彼の夢/429

妻の秘密/432

復讐の激情/433

患者の夢の分析/435

正しき生活病氣を全治せしむ/439

其の他の治驗例/440

精神分析實施上の注意/441

醫者への愛/446

勝利の慾望/446

公衆恐怖症の解剖/454

私の取扱った複雑な治驗例//463

新思想篇 心が肉體に及ぼす力/491-558

の作る病氣と想像の治す病氣/502

健康を左右する暗示の力/510

愛は癒やす力/520

人間は何故老衰するか/522

長く若さを保ちし人々/532

精神力にて老衰を防ぐ法/535

倫理篇  永遠價値の生活學/559-835

第一章   永遠價値の生活學序説/561

第二章   第一の神性隱蔽/583

第三章   第二の神性隱蔽と其の以後/609

第四章   自己の展開としての客觀世界/619

第五章   實相を隱蔽する傲慢と自卑/633

第六章   唯心思想の經濟的展開/642

第七章   悔改の倫理/711

第八章   僞我と眞我の甄別/729

第九章   自他一體と個性生活/741

第十章   和解の倫理/762

第十一章  ロダンの鼻缺け像の倫理/773

第十二章  戀愛・結婚・夫婦生活の倫理/787

第十三章  家庭の宗敎生活化/800

第十四章  無軌道の倫理/821

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和13720

火の巻

目次

『生長の家』家族の祈願及修養(扉裏)

聖詩篇 生長の家の歌/158

聖經甘露の法雨/3

光明の國/23

或る日の生命の國/29

生きた生命/45

光明と暗黒/47

夢を描け/49

朝の太陽/53

朝讃歌/53

生命の歌/54

花園にて/55

太陽の讃歌/56

生長の家家/57

天使の聲/58

萬教歸一篇『大生長の家』地湧の淨土/59444

『大生長の家』に就ての神示/60

第一章 中心に歸一する道/64

第二章 『生長の家』より見たる『創世記』/97

第三章 『生長の家』より觀たる法華經/216

第四章 萬教一つに包容す/278

第五章 我等を淨土に救ふものは何か/337

第六章 南無阿彌陀佛の實生活化/384

宗教問答篇 生活に生きる宗教/445879

第一章 生活に生きる宗教/447

第二章 天國淨土を實現する道/510

第三章 『無』もない世界に入る話/576

第四章 眞理に救はれ行く人々/633

第五章 肉體と境遇を良くする道/673

第六章 南泉猫を斬る生活/720

第七章 神の無限供給を語る/761

第八章 天地一切と和合する生活/792

第九章 種種の宗教問題に答ふ/824

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和13620

風の巻

無病常楽の神示

目次

靈界篇索引

序詩 天使 の言葉/122

聖靈篇 燃えさかる聖靈の火/23326

第一章 烈しき聖靈の焔/35

第二章 聖火盛岡を過ぐ/58

第三章 聖火帝都を過ぐ/74

第四章 聖火北陸を過ぐ/100

第五章 『ねばならぬ』を解放する宗教/121

第六章 聖火京都を過ぐ/156

第七章 宗教を生活に生きる生長の家/168

第八章 宗教上の『罪の赦し』に就いて/214

第九章 心に從つて展開する地上天國/255

第十章 無限能力をひらく道/280

靈證篇 生長の家の奇蹟に就蹟に就いて/327400

靈界篇 生命の行方/401834

序文/404

第一章 差別心より觀たる靈界の消息/408

第二章 平等心より觀たる靈界の消息/635

第三章 個性生命の存續と其の物質化/755

第四章 悟らぬ靈魂を救ふ道/768

第五章 幽明境を超ゆる念の感應/797

質疑篇 眞理の應用及び拾遺/835962

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和13420

水の巻

報恩行に就いての神示

苦痛の非實在

目次

經典篇一 『甘露の法雨』講義/1224

第一章 神と佛と靈/3

第二章 物質と實在と/56

第三章 智慧と無明と罪/112

第四章 人間の實相及び假相/163

經典篇二 『天使の言葉』講義―特『近眼は治る』原理に及ぶ。/225306

常樂篇 久遠常樂の生活/307382

第一章 常樂生活への道しるべ/309

第二章 無限能力を汲む道/318

第三章 不壞の生命を説く/330

第四章 全面的自由としての宗教的救ひ/352

第五章 平等愛の絶對神と偏愛の相對神/365

觀行篇 神想觀實修本義/383524

第一章 無限智慧を感受する道/385

第二章 無限生命に汲む道/416

第三章 無限供給を受くる道/458

第四章 神想觀の助業としての感謝行/509

人生問答篇 新生活への出發/525946

第一章 明朗生活の提唱/527

第二章 家庭爭議の解決を語る/

第三章 生活に顯れた神耀通妙用/579

第四章 生きる道の座談會/614

第五章 基督の偉さと奈翁の偉さ/650

第六章 戀愛・相性・方位・家相/672

第七章 念の集積・業の流轉・念の憑依/691

第八章 念の病氣に及ばす力/738

第九章 治す念波の話/768

第十章 みんな一體の信仰を語る/787

第十一章 世界は何處へ行くかを語る/858

第十二章 國と家庭を良くする話/892

第十三章 人生の惱みに答ふ/934

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和13520

行の巻

目次

樂行篇 常樂宗教の提唱/1138

第一章 常樂宗教の提唱/3

第二章 佛教の無常觀は生々流動の教だ/17

第三章 生長の家の奇蹟的功徳は何處から來るか/22

第四章 生きて歩む宗教/45

第五章 成佛論/106

第六章 神子の自覺に點睛す/127

眞行篇 光明眞理の祈願/139284

『生長の家々族の祈願及修養』講義/141

一、 生長の家の意義と誕生に就いて/141

二、 各宗教に對する生長の家の立場/146

三、 神の子の生活を今生きよ/158

四、 一切のものを拜め/163

五、 心を清く空虚にせよ/174

六、 自己の欲せぬことを思ふな/179

七、 自他の惡を思はず常に光明に轉向せよ/188

八、 神と偕に無畏無憂の生活を送れ/196

九、 躓く刹那に光明に轉向せよ/199

十、 隣人を光明生活に生かせ/202

十一、 先づ自分に深切であれ/208

十二、 眞理を傳へるのは愛の道/219

十三、 皇室及び一家の祖先を禮拜せよ/232

十四、 ものの内在生命の尊さに眼覺めよ/246

十五、 『久遠の今』の生命を發掘せよ/250

十六、 善と愛と智慧と光明とを生かせ/279

教育實踐篇 生命の教育の原理・その成果/285811

第一章 人間教育の根本的人生觀/287

第二章 無軌道の教育法/338

第三章 解放と引出しの教育/362

第四章 唯物教育の問題/378

第五章 左翼思想を轉向する道/407

第六章 入學難と就職難に勝つ法/443

第七章 優良兒の創造/463

第八章 人類無罪宣言/474

第九章 常不輕菩薩の教育/522

第十章 實相の開顯に伴ふ靈驗/547

第十一章 藝術教育の眞髓を語る/580

第十二章 宗教教育を如何に施すか/633

第十三章 生命の教育の成果を語る/689

第十四章 此の教育法で成績をよくした體驗/754

經濟生活篇 光明思想的事業經營法/813944

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和14315

證の巻

ヨハネ默示第二十一章一~九

目次

ミレ-の晩鐘

下化衆生篇 哲學の實踐/1154

第一章 生きて生活する哲學/3

第二章 生命の特殊性と科學精神批半/43

第三章 世に勝つ原理/71

第四章 實在・理念・國家・人間/105

第五章 粟粒結核も親の心で治る/122

隨喜篇 把住と放行/155344

第一章 生命を禮拜する/157

第二章 放つもののみ生きる/184

第三章 眞如を生きる/197

第四章 人間觀の革命/214

第五章 善と幸福との一致/241

第六章 幸福の爲の對話/260

第七章 肉體の否定・無限力の肯定/284

道場篇 辨道聽き書/345578

功徳篇 寶樹華果多し/579706

無限力の發現/581

道を求めて/585

死の宣告を受けて/589

家庭光明化す/594

言葉の力/599

有難い心/604

わが光明信條/608

感謝は癒やす/611

歡びの日々/614

光りを招ぶ教育/619

豐作受賞の我が家/630

姪の無痛分娩/632

『生命の實相』に救はる/635

教育上にこの效果/638

感謝から希望へ/641

一時的治療は駄目/647

子供の昇天/649

花咲き實を結ぶ教育/657

『實相』拜讀十萬頁・業病消ゆ/666

脊髓カリエス一夜に治る/672

無限供給の有難さ/677

迷夢より醒めて/687

無痛分娩の體驗/693

妻の無痛分娩/695

聖語篇 智慧の言葉/707845

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和13813

教の巻

目次

智慧の言葉

女性教育篇 母・妻・娘の聖書/1256

第一章 女性の觀點を一新せよ/3

第二章 『女だから』と云ふ言葉/16

第三章 妻を『養ふ』と云ふ言葉/23

第四章 無限供給の經濟の立て方/33

第五章 家庭幸福への道/46

第六章 結婚前の娘及び母への注意/58

第七章 ダリヤの花に題して/77

第八章 本來一つのもの/92

第九章 深切行に就いて/110

第十章 空想的人類愛より實際的人類愛へ/130

第十一章 レヴユーの精神分析/145

第十二章 家族全體を健康にする方法/166

第十三章 花嫁學校に於ける講話/221

家庭教育篇 家庭と教育の基礎/257444

第一章 愛兒の能力と夫婦陰陽の調和/259

第二章 拜み合ひの生活/283

第三章 無痛分娩の方法と心掛/297

第四章 蝦兒を無痛分娩した話/310

第五章 胎兒及胎兒以前よりの教養/328

第六章 配偶の觀相學的選び方/344

第七章 そのまま素直に有りがたい/374

第八章 或る結婚式場での話/404

第九章 愛兒の健康への近道/422

教育革新篇 新しき智慧/445836

第一章 革新的な兒童教育の仕方/447

第二章 芽生を培ふ教育法/487

第三章 人間の模倣性と教育/513

第四章 革新的教育法の效果を語る/539

第五章 教育の基礎となるいのちの根本自覺/578

第六章 今日の視力問題/618

第七章 近眼治癒者の體驗記/666

第八章 宗教々育の根本問題/717

第九章 人格教育の根本問題/749

第十章 教育には自由自在が必要/759

第十一章 言葉の逆效果と順效果/777

第十二章 自他を認める教育/805

 

事変版ビロ-ド表紙版 昭和131125

信の巻

目次

佛教篇 いのちの解脱/1202

第一章 『いのち』の自由/3

第二章 釋迦の成道/28

第三章 久遠を流るるいのち/51

第四章 維摩經及涅槃經に現れたる『肉體無』/81

第五章 宗教と科學の不敬性/98

第六章 生長の家と醫療問題/116

第七章 寂光を更に超えて/150

第八章 勝蓮華世界の蓮華王座/178

基教篇 新約聖書の示す眞理/203448

第一章 山上の垂訓の示す眞理/205

第二章 白馬に跨れる神の王/409

第三章 日本國體と奮約聖書との問題/430

神道篇 日本國の世界的使命/449730

第一章 古事記講義/451

第二章 皇軍の倫理/608

第三章 世界秩序の崩壊と再建/622

第四章 戰勝祈願の倫理/642

第五章 理念のための戰爭/673

第六章 余の國家主義/700

幸福生活篇 幸福生活への根本眞理/731862

第一章 幸福の扉の開き方/733

第二章 ありのままの生活/768

第三章 無礙の大道/789

第四章 心の原理/811

第五章 腹の立たなくなる法/838

 

享楽に奔走する「生長の家」

人間というのは20年という永き年月でその時はオカシイとは思っていても、時流に流されそのオカシイというのも気が付かないようになってくる。

 

「日本が他国を侵略した」ということは昭和20年代は誰もそんなことを言っていない。仮に云っていたとしても、共産党をシンパとする人々であろう。

だが、それから20年経過すると、「日本が侵略した」ということを自慢気に云う人が出てきた。朝日新聞やGHQの政策がボディブロ-のようにジワリと心身に浸蝕してきた。昭和20年代は、まだ、中国で実際に戦っていた兵士なども健在で眞實を話を出来る人も多かった。だが、それでも「嘘」を平気で付くような人も多かった。

 

昭和12年というのが歴史に一つの変化をもたらした時である。それは渡部昇一さんが

「あれでまず思ったのは、これは〈シナ事変〉のときと同じだということです。

 

 あのころも、シナは尖閣と似たような事件をしょっちゅう起こしていた。それで日本人はシナに対してカンカンに怒っていたんです。だから、「暴支膺懲」(暴虐な支那を懲らしめる)という言葉ができた。それは、私ら子供でも、みんなそう言っていました。いちばんひどかったのが、昭和12年(1937)の中国軍による通州の日本居留民大虐殺、いわゆる「通州事件」です。あれだけひどいことをされたら、やり返すのは当然ではないか、というのが一般的な考えでしたね。」

 

石平氏と渡部昇一氏の会談で

 いまの中国は「暴支」どころか「暴走」していますね。シナ事変、つまり日中戦争について、私は中国でこういう教育を受けました。

 

 日露戦争当時からすでに、日本は中国をほろぼして大陸を我が物にする計画を立て、着々と対中侵略を進めてきた。その過程に満洲事変があって、盧溝橋事件(注2)があり、そうして全面的な侵略が始まったと。

 

 そう教えられて、私は「日本人はすごいな」と感心した。何しろ、百年の計を立てて、そのとおり実行していたというのですから。

 

 しかし、日本に来て歴史の本を読むと、全然話が違うのでとても驚きました。いったいどこに侵略計画があったのか。ズルズルと戦争に巻き込まれていっただけではないのか。

 

渡部 日本に侵略計画があったという話は、東京裁判のときに証拠として出された田中上奏文がもとになっているんです。田中義一首相のいわゆる「田中メモ」ですが、そこに日本は満洲を征服して、まずシナを、最後には世界を征服するというシナリオが書いてある。

 

 しかし、実のところ、それは誰が書いたのかわからない。しかも、その侵略を決めたという昭和2年の会議に、元老の山縣有朋も出席したことになっている。ところが、大正11年に亡くなっている山縣有朋が出席できるわけがない。信憑性がないから、証拠として認められなかったんです。最近の研究では、このメモは、コミンテルンがモスクワで捏造して、世界中に広めたのだと言われています。

 

 中国の教科書には、「田中上奏文」が必ず載っています。逆に言うと、田中上奏文の存在がなければ、日本が侵略戦争を行ったと断罪することはかなり難しい。

 

渡部 「田中上奏文」が偽物だということがわかったにもかかわらず、それが世界に広まってしまった。A級戦犯の最も大きな罪とされる「平和に対する罪」は、戦争を計画したということですが、その事実がそもそもないんですよ。

 

日本が侵略したなどそういう話はきっちりと勉強すればそうでないことがわかるのです。だが、悪い事を考える連中はわざわざ中国に行って、「日本人はこんなに悪い事しました」と宣伝するのです。何も事実を確かめずに、そういうことを平気で行う。嘘だと解っていても「日本を貶める」為には、平気でそういうことを行うのです。

 

安倍晋三が悪いということを言っている連中と同じなんです。安倍首相がどれだけのことを国会で行っているのか、外交的にどのようにしているのかを、何も見ないで「新聞に書いていることを鵜呑み」にする。確かめることも簡単に出来るのに、悪いと云う観念がそこまで推し進めるのです。比較政治論を行えば、「民主党政権時」と雲泥の差であることは誰もが気が付くのですが、そんなことしない。籠池さんの時もそうである。幼稚園として用地売却で安値で取引されているが、その周辺も同等の値段が付けられていたことは何もいわない。安倍首相の圧力があったとか、もう無茶苦茶でした。その新聞記者も知っていたにもかかわらず、それを書かない。

 

「生長の家」でもそうです。雅宣政権でカルロス・ゴ-ン氏のように好き放題で行ってきた。それをその前に戻すなど最早不可能である。人間は一度快楽という道を憶えてしまうと、その享楽に溺れてしまうものである。「人間救済」などする気もない。自己の悦楽に埋もれてしまった人間というのは、手の施しようがない。

 

『生命の實相』で救えないのかとかいう人もいるが、自ら教えを求める気持ちが無ければ無理である。自分が間違った方向を行っていることを自覚しない限り無理である。

 

最近は自転車通勤を教化部長が率先してどの教区もおこなっているようであるが、「恥ずかしく」ないのか?雅春先生の発祥の思いというのはなにも「日時計主義」だけではない『生長の家』は日本精神の源泉などもあるではないか。

 

もう雅宣体制で30年経た。今後更に信徒数は減少するのは間違いない。それは何故かが分からなければ総裁失格である。まあ元々失格だが。

 

ここ二回、嫌だが「雅宣氏」の批判をした。それは神戸の「八祥会館」に行って、何か「雅春先生」の事をより深く考えると、怒りが込み上げてしまう。

少し落ち着かし、明日から仕事に励みたい。

光格天皇

 産経新聞に下記の文章が掲載されていた。

 

天皇陛下が約6年半前に譲位の意向を示した当初、最後に譲位した光格天皇の事例を調べるよう宮内庁側に伝えられていたことが23日、分かった。陛下が譲位の具体例に言及されていたことが判明するのは初めて。光格天皇は譲位後に権力から遠ざかっており、陛下が持たれている譲位のイメージに合致していた可能性がある。

 

 光格天皇は江戸後期の1779年、閑院宮家から後桃園天皇の養子になり、第119代天皇に即位。1817年に皇太子だった仁孝天皇に譲位し、太上天皇(上皇)となった。在位中は朝廷の儀式を再興させるなど近代天皇制の礎を築いたとされる。陛下は光格天皇の直系にあたられる。

 

 陛下は遅くとも平成22年7月には、相談役の宮内庁参与らを集めた会合、いわゆる参与会議の場で譲位の意向を示したが、関係者によると、その前後に、宮内庁幹部らに光格天皇の譲位の事例を調べるよう依頼されたという。

 

 関係者の一人は「譲位後の光格天皇は、中世の後鳥羽上皇らと異なり、権力をふるっていない。譲位の直近の事例で資料が残っていることもあるが、陛下の思い描く譲位後のイメージと重なる部分もあったのではないか」と指摘する。

 

 陛下の譲位に関する政府の有識者会議で、宮内庁側は陛下が譲位する場合、象徴としての行為を基本的に全て新天皇に譲られるとの見解を示し、「象徴が二元化することはあり得ない」と説明している。

 

 専門家の間で懸念される譲位後の天皇と新天皇が併存する権威の二元化を否定した形で、こうした考えには陛下の意向が反映されているとみられる。

 

 別の関係者は「陛下は天皇の歴史を誰よりもよくご存じだ。歴史から学び、譲位の意向を徐々に固められたのだろう」と話した。

 

光格天皇 第119代天皇。閑院宮典仁親王の第六皇子として誕生。1779年に即位し、中世以来の神事の再興や朝権の回復に努めたほか、後の学習院の基となる公家の教育機関を構想した。1817年に仁孝天皇に譲位。1840年に70歳で崩御した。

 

天皇家系図

http://kntn.biz/minoh/koukaku-keiz.gif

 

光格天皇についてのメモから抜粋させていただきます。

 

(1)いつ頃の天皇ですか?

 

 江戸時代の末頃の天皇です。明治天皇の3代前。在位期間は安永9年(1780)~文化14年(1817)の27年間です。従って、天明の大飢饉や、松平定信の寛政の改革、その後に続く文化文政のバブル的繁栄期と重なってきます。

 

2)傍流から養子に入り女帝に育てられたとか聞きますが?

 

 後桃園天皇が22才で没した時、皇子がいなかったので、急遽、当時9才の閑院宮師仁親王が、後桃園天皇の養子となって践祚したのが光格天皇です。

  傍系から来たために周りの人々から軽く扱われましたが、母代わりとなって養育した後桜町院が、人から軽ろんぜられないためには学問をしなさいと導き、彼もまた、周囲の軽視をはね除けたい一心で、猛烈に勉強したようです。

ちなみに、後桜町天皇は現在までの所の最後の女帝で、桃園天皇がやはり22才で没した時、皇子の後桃園がまだ5才だったので、伯母の智子内親王が8年間中継ぎした天皇です。

 

(3)幕末の尊皇思想はこの天皇が育てたと云われていますが?

 3代将軍家光の時から、徳川幕府は朝廷を完全に管理下に置いてしまいました。ところが、光格天皇が登場するや、新嘗祭や大嘗祭を古式によって復活させ、天明8年(1788)に焼失した御所の再建に当たっては、古式に則った復古調の設計を幕府に承認させたりしました。さらに、朝廷は政治については幕府に対して一切の口出しが出来なかった先例を破って、天明の大飢饉の時には飢民の救済を幕府に要請し、朝廷が幕府に口出しする道を開きました。

 

 彼は自分の父典仁親王に太上天皇の尊称を贈りたいとして幕府と猛烈に争いました。結果的には実現出来なかったけれど、この尊号事件によって、少壮公卿の中に反幕思想が深まり尊皇思想が育まれていったのです。

 

(4)決してお飾りの天皇ではなかったのですね。

 

 君主は仁を第一として、一身を顧みることなく天下万民に仁を施さねばならぬ。そうすれば、自ずから天下は泰平となり、天下の実権は朝廷の方へ移る。と考えていた方のようです。それまでは、単なるお飾りに過ぎないと考えられていた天皇像がこの光格天皇に至って一変されました。

 

(5)修験道とはどんな関係があったのでしょう?

 

 光格天皇が即位して8年目の天明8年(1788)御所が火災になり、新たに造営がなるまでの2年間ほど、天皇は聖護院を仮御所とします。ところが、この聖護院は天台系修験道の総本山です。こうして光格天皇は天台系修験と関わりを持ったのですが、時あたかも、寛政11年(1799)聖護院の第30代座主盈仁法親王が宗祖役行者の一千百年遠忌を挙げられることになり、天皇は役行者に「神変大菩薩」の諡号を贈り、さらに、行者が入滅したと伝えられる摂津国滝安寺に、桜町天皇によって建てられていた御所の門を山門として下賜したのでありました。(古式に則って再建したので不要になっていたのでしょうか)

 

 そして、山門に掲げられる「滝安寺」の扁額は盈仁法親王が筆を取りました。

 

この瀧安寺は大阪の箕面にあり、阪急箕面駅から滝に向って歩くと瀧安寺を通る。この瀧安寺は日本で最初の富くじの発祥の地であり、野口英世が来たり、山頭火も訪れている。また、川中島の戦いを詩吟にした「頼山陽」も訪れている。

役行者の終焉の地が近くにある。瀧安寺は開基は役行者である。

空海や日蓮や蓮如が茲を修行の場として訪れている。上記のように山門は光格天皇が1809年(文化6年)に京都御所から移築したものである。また、弁財天本堂は後水尾天皇の勅命により1656年(明暦2年)に建てられた。この弁財天は日本四弁財天に数えられる。

 

さて、父上である典仁親王に太上天皇の尊称を贈りたいとして幕府と猛烈に争いし、老中松平定信に反対され断念した。慶光天皇として上京区の蘆山寺に祀られています。御所の東側です。また蘆山寺墓として陵墓は23基あります。他の墓と見分ける方法がありますが、それでも全員の御墓に参るのは大変です。

 

下記は武将ジャパンから抜粋致します。

光格天皇、幕府へ物申す! 知られざる名帝の頑張りが明治維新へ繋がった

 

江戸時代の天皇といえば、やはり幕末関連で出てくる孝明天皇。

むしろ、それ以外の方についてはほとんど知らない人が多いですよね。

 

孝明天皇ももちろんなのですが、現在の皇室の直接的なご先祖様は江戸時代中期にいらっしゃいました。

しかも幕府の権勢著しい中、勇気ある行動を起こしています。

 今日はそんな「影の名君」とも呼べる方が主役です。

 

天保十一年(1840年)の11月18日、光格天皇が崩御されました。

 

先代の後桃園天皇に男子がなかったため、血筋は離れていましたが天皇として選ばれました。

 他にも候補者はいたのですが、後桃園天皇の娘である内親王と結婚することも条件の一つだったので、年の近い光格天皇に決定したんだそうです。

 身分の高い人にはよくある話ですが、出世と同時に奥さんが決まってしまうって庶民から考えるとスゴい話ですね。

 

即位早々、飢饉が起きる

 

まあそれはさておき、この方は即位早々不運に見舞われます。

 江戸四代飢饉の一つ・天明の大飢饉にぶち当たってしまったのです。

 江戸時代が災害のオンパレードだったというお話を前にチラッとしましたが、この飢饉はその中でも最大規模のものでした。

 冷夏だけでも飢饉になりうる時代だというのに、各地の火山が噴火して日が差さなくなり、全国的な冷害になってしまったのです。

あまりにも死者が多かったため、どこの藩でも正確な数を計りかねる有様で、米屋への打ちこわしも頻発しました。

 

特に酷かったのは東北地方でしたが、当然京都を始めとした西日本でも影響は免れません。

 人々は「上様に何とかしてって伝えてよ!」と京都所司代(京都にあった幕府の出張所みたいなところ)に訴えますが、この頃には所司代の権力が大幅に低下していたため、具体的な対策をすることができませんでした。

なぜかというと、ほとんどの仕事が江戸にいる老中の管轄になってしまっていたため、ほとんど名ばかりの役職になってしまっていたからです。

 現代からすればそれで仕事が滞ってたら意味ないだろとも言いたくなるのですが、当時は誰もそんなことを気にしていなかったのでした。

 幕末に京都守護職(松平容保とかがやってたアレ)が作られたのは、所司代が有名無実になっていたからでもあります。

 

無理やり例えるとすれば、融資の相談をしたくて地元の銀行窓口に行ったのに「私には権力がないので、本社のお偉いさんに言ってください」と門前払いを食らったようなものでしょうか。

そんな扱いされたら、本社じゃなくて別の銀行に行きますよね。

 当時の市民も同じように考えて、幕府ではなく別のところにお願いに行ったのです。

 

天皇に助けを求める民衆(○○年ぶり○回目)

 

それが天皇のおわす御所でした。

もちろん中には入れませんから、門のあたりで天皇の御座所の方角へ向かってお祈りをし、賽銭を投げるという人々が出始めたのです。

 当初は数人だったのでしょうが、始まってから10日後には7万人を超える民衆が集まったとか。

 京都だけではなく、大坂や近江など近隣諸国から天皇にお祈りをしにくる人が来ていたのです。

 来る人が日に日に増えたということは、門番も無碍に追い返したりはしなかったのでしょうね。

 

京都の町はこれらの人々で溢れかえり、光格天皇の耳にも達しました。

 真っ先に行動を起こしたのは後桜町上皇。

この方は2代前の天皇でした。現時点で最後の女帝で、上皇になってからは幼かった光格天皇の指導にあたるなど、後見役を果たしていました。(親子や兄弟関係ではなく、曽祖父が一緒という親戚)

 何せ、光格天皇はこのとき10歳を過ぎたばかり。

 当然市民もそれを知っていたでしょうから、いかに幕府が頼りなく思われていたかということがわかります。

ちなみに当時の将軍は10代めの徳川家治で、ちょうど40歳。

 不惑を過ぎた将軍より、天皇とはいえ10歳の子供を信じたってどういうことなの。

 

 

 

女帝の配ったリンゴが歴史を動かす

 

後桜町上皇はまず手元にあったリンゴ3万個を民衆に配るよう命じ、他の貴族達もそれに倣って握り飯やお茶を配り始めたそうです。

 人が集まれば商人も集まり、どこからか菓子や酒を売る露天商もやってきたとか。商魂たくましいというかなんというか……。

これを見た光格天皇は幼いながらに知恵を絞り、勇気を出して幕府に直接「民を助けてください」と要請します。

が、これら皇室や貴族が民衆に何かをすること、そして幕府に指示を出すことは禁中並公家諸法度という法律に違反する行動でした。

もしお咎めを受ければ、光格天皇も後桜町上皇も、周辺の貴族もただでは済みません。

 

しかしこのときは幕府のほうが後ろ暗かったからか、「いやあすっかり対応が遅れてしまって申し訳ございませんすぐに米をお送り致しますんでハハハハハハ」とスルーしてくれました。

 幕府としては例外はこれ一回きりのつもりだったのでしょうが、「朝廷が幕府を動かした」という事実は語り継がれていくことになります。

そして約100年後、維新の柱の一つ・尊王論となって倒幕の流れができていくのでした。

 

この一連の事件を「御所千度参り」というのですが、光格天皇はこれを忘れず、自分の立場でできることは何かということを主軸に行動していくようになります。

 例えば、ずっと途絶えていた祭や儀式を復活させたり、当時こじれていたロシア帝国との交渉について報告を求めたりと、積極的に政治へ関わっていました。

そしてその姿勢は、次代以降の天皇にも引き継がれ、これまた明治維新に繋がっていくことになります。

 

維新間際というと孝明天皇を連想しますが、その源流はもっと昔にあったんですね。

もし幕府が朝廷からせっつかれる前に米の供出をしていたら、尊王派の力はもっと弱かったのかも?

神戸を回顧する

昨日、兵庫教化部に立ち寄った、実際、閉館していたが、「栄える会」合同支部例会で後始末で教化部に寄ったようである。知り合いがいたので、少しだけ話した。

 書籍はあまり売れていないようである。『生命の實相』の愛蔵版もさほど売れていないようです。それには販売に力を入れていないので売れないのは当たり前である。

 また、夫々の役職の人は自転車通勤のようである。別にそれに関してはそれでも致し方ない。

だが、「生長の家」の根本である、『生命の實相』を疎かににして、自転車はないだろう。

もはや、昔とは異質な団体となった。宗教の本来の目的さえも失った。それで「谷口雅春先生」と名乗っても、「そりゃ違うだろう」と云いたくなる。その子も兵庫では熱心な愛国青年であった。大阪の岸和田で行った練成会に来ていた。

 

「亀の子」さんが嘆いていたが、もはや「生長の家」教団に谷口雅春先生を回顧するような人はいない。自転車に興じ、自己主義だけが主流となり、人に施す歓びや国を愛する人はいない。

 

私は神戸の烏原村からこの水木通りも散策し、永沢町も散策した。また昨日はその水木通りから大倉山まで「雅春先生」が幼少期に走った所を同じように走った。大人の私には短く感じた距離ですが、当時湊川が流れていることを考慮したりすれば、かなりの距離に感じたのであろう。その宇治川の井上病院は調べたがわからなかった。想像で申し訳ないが、小倉山の東にある現在の神戸病院の近くではないかと思っている。昔の宇治野町ではないかと推測している。

 

また、神戸市立図書館に神戸出身の著名人に「谷口雅春先生」の書籍はなかった。それも寂しいことである。こんな状況に誰がしたのであろう。

 

「温故資料館」はあるが、そこに「谷口雅春先生」の著作レファレンスを作成する人間はいない。『生命の實相』分類的研究をする人は最早団体にはいない。その団体が「生長の家」を名乗って恥ずかしくないのかである。

反対にひたすら隠そうとしているのが実態である。こんな宗教ある?

 

父母とは疎遠となり、兄弟とも疎遠となり、御自分の子息で男の子はどうしようもない。

長女の暁子氏に期待は出来ない。「生長の家」は衰退する道を辿っていくであろう。

 

商売人も三代目というのは難しい。

「売り家と唐様(からよう)で書く三代目

 

努力して築き上げた家産も孫の代になると遊び暮らして使い果たし、ついには家まで売りに出す。しかも「売り家」札はその道楽ぶりを物語ってしゃれた唐様の書体で書いてある、ということ。

 「名家三代続かず」「長者三代」

 

「反対に三代続けば末代続く」で行って欲しいが、本人は気楽なものである。唐様で本人が使っているブログが「唐松模様」洒落にもならない冗談である。

地図に見る兵庫小學校

『神戸市立永沢小学校は存在したのか』を私の論証で解き明かしましたが、具体的な証左も必要だと思い、地図を見て頂きたい。

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『明治19年地図』この当時は左の湾はまだ神戸居留地を色濃く残っています。中央の上下の川は湊川です。これが埋められるのですが、そこで新しく名前が決まったのが「新開地」です。そして兵庫小学校が黄色のマスキングの上部にあります。その黄色部分が永沢町です。
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湊川は埋められていませんが、『明治28年地図』です。どういうわけか「永澤町」ですが、兵庫尋常小學校と記載されています。水木通りも地図ではっきりと記載されています。
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湊川国鉄が左右に走っているのがわかります。『明治41年の地図』です。
明治41年では既に湊川は埋められており、地図の上側には湊川公園があります。兵庫小學校の位置も変わりません。
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『大正12年の地図』です。
その地図の左下に大佛という記載が気になった人もおられると思いますが、明治24年に建立され、あの鎌倉の大仏より高かったといわれる、「神戸大佛」です。
 日本三大大佛であった。戦中の金属類回収令でバラバラにされました。(昭和19年5月)

兵庫尋常小學校 大路分校の所在地までは分かりませんでしたが、永沢町1丁目は間違いない。『兵庫校教育五十年史』に記載あり

どうして『神戸市立永沢小学校は存在したのか』を書いたのか

今回、『神戸市立永沢小学校は存在したのか』というテ-マで四つの疑問に推定ながら記入させていただいた。ただ、分かった箇所もありました。それは『兵庫永沢小学校』というのはその時期は存在しなかったということです。それでは『真宗の小学校』ということで疑問があったのは下記の文章です。

 

谷口雅春先生の「最終御講話」  (総本山顕斎殿にて)昭和60年5月26日

 

僕は神戸で生まれて大阪で育って、僕の養父は広島の人で、広島は安芸の国で、安芸門徒と言って、非常にその本徒、本徒と言うと真宗の信者ですね。

 

安芸門徒と言うて、東の門徒はなかなか固い信仰を持っておったんです。まあその安芸広島の士族の生まれで、そしてこの世に出てからもよくお寺へも、真宗のお寺へお詣りもしておった。私は少年時代に、その時分は私は大阪におりました。

 

大阪の天満の辺におりまして。まだ少年の時代、お寺の名前は忘れたけれど毎朝そのお寺へ行って、裃を着ましてね、子供のくせにね。

 

そして正信偈の帰命‥ちゅうて、大珠如来と言って母親と一緒に、そのお経を読んでおったことを覚えているのであります。

 

ある意味わからずに読んでおったけれども、しかし潜在意識は無量寿如来ということは、

どういうことであるかということは、それは幼い時でも潜在意識は知っているんです。

 

そして深い深い無量寿如来に対する、無量寿如来については無限の命の如来、阿弥陀さまのことです。

 

『生長の家五拾年史』には

先生は小学校の二年生の頃には、諸方の学校を転々として移られてゐる。一時、養父が「安芸門徒といはれたカチカチの真宗信者」であった関係で真宗の小学校にもかよってをられる。「その学校で幼い身体に裃をつけ威儀を正して『正信偈』の棒読みをさせられたものである」(『親鸞の本心』)と言はれてゐるが、それがいつ頃であるかはっきりとした月日は分かつてはゐない。ともかく諸方の学校を転々とされたあと、再び、入学時の蘆分尋常小学校二年にもどられてゐる。

 

さて「真宗の小学校」を神戸で通っておられたのか、それとも大阪の天満宮周辺の真宗のお寺にて『正信偈』を棒読みされたのかが疑問であった。そこから追及したのが『神戸市立永沢小学校は存在したのか』でした。

 

推論であると、天満宮周辺は今でもお寺さんが多い所です。今回の調査の爲に周辺を散策しております。

蓮如の石山本願寺の最初の拠点地が天満別院です、昔は寺内町であってお寺が多いのも当然です。浄蓮寺(北区天満4-8-14)も浄土真宗です。

これ以降は調査も出来ないですが、真宗ということでは間違いありませんし、天満の信保町に住まいされていた時にもお寺を通っておられたことは推察できます。

『眞理』昭和29年~発行レファレンス

『生命の實相』のレファレンスが未だ終了していないのに、『眞理』のシリ-ズを記入させて戴いた。
『眞理』は下記の昭和29年刊行されたものと
昭和39年版の『眞理』改装版として出版され、更に平成11年に新版『真理』が出版され今回光明思想社から新装新版『真理』として出版されました。
『生命の實相』においては旧漢字ですが、『眞理』は変更されてしまった。已む得ない部分もあるが旧漢字としてタイトルを残して欲しかった。

 最近は『古事記』の原文や万葉集の原文を読む機会も多くあり、旧漢字に慣れている私はやはり言葉を考えると残して戴きたかった。
光明思想社で編纂に携わっている人も断腸の想いであろう

眞理(昭和29年~昭和33年)

眞理 第一卷入門篇(昭和29915日)

目次

序文

第一章 宗敎とは何であるか/3

第二章 に宿る力/17

第三章 心の舵・心の鑿/33

第四章 働き上手と健康/46

第五章 經濟生活の智慧/50

第六章 廢物を寶にする/56

第七章 心は何處にあるか/67

第八章 健康の生かし方/77

第九章 人の値打の生かし方/119

第十章 大自然の力/160

第十一章 ふりそゝぐ愛の光/170

第十二章 實相と現象/181

第十三章 心と肉體と形の世界/193

第十四章 人生調和の原理/202

第十五章 心で外界が支配できる/215

第十六章 心は病氣を癒し得るか/237

第十七章 人間の運命について/249

第十八章 心を分析すれば/253

第十九章 人生調和の祕訣/258

第二十章 健康への新生活/276

第二十一章 實相と現象との關係/291

第二十二章 祈りの成就する原理/310

第二十三章 幸福と想念の力/318

第二十四章 樂しい心・悲しい心/335

第二十五章 病氣不幸は斯うして消える/348

第二十六章 願望を成就するには/381

 

 

眞理 第二卷 基礎篇(昭和291210日)

目次

序文

第一章 新生活への出發/3

第二章 祈りと想念と人生/29

第三章 人間解放の眞理/52

第四章 光明生活に到る道/106

第五章 健康・財福・繁榮の諸原則/132

第六章 生命と智慧とへの出發/155

第七章 愛と祝福の言葉の力/182

第八章 に在る天國淨土/207

第九章 信と愛と感謝の實踐/230

第十章 智慧と法則としての宇宙の本體/259

第十一章 相相入と云ふこと/284

第十二章 日常生活の勝利と幸福/309

第十三章 希望を實現する鍵/350

第十四章 處世の要諦について/374

 

 

眞理 第三卷 初學篇 (昭和30220日)

目次

序文

第一章 物質人間を超える自覺/3

第二章 新たに生れる自覺/15

第三章 いのちの尊さの自覺/39

第四章 自覺を深めるための初傳/51

第五章 生きる力の不思議/64

第六章 地上に天國をつくる自覺/77

第七章 無限の遺を嗣ぐ自覺/88

第八章 富の無限供給を自覺せよ/100

第九章 人生を幸福にする黄金律/116

第十章 今此處が極樂世界の自覺/135

第十一章 自覺の改善による運命の修正/146

第十二章 女性の自覺のために/169

第十三章 靑少年の自覺のために/190

第十四章 實相の自覺を現象化するには/229

第十五章 伸びよ、あなたの生命/240

第十六章 自己暗示と原理と其の方法/251

第十七章 人類は唯ひとつ/262

第十八章 禪と日本精神/275

第十九章 禪と實際生活/288

第二十章 當り前が當り前の生活/309

第二十一章 人生に板夾みはない/322

第二十二章 自己在の大力量を自覺せよ/335

第二十三章 祈りの法則について/372

第二十四章 心に重荷を負わしますまい/381

第二十五章 心で運命が變ります/390

 

 

眞理 第四卷 靑年篇 (昭和30428日)

目次

凡例

第一章 私の幼少年時代/3

第二章 天命を知ること/22

第三章 法則と眞理に就いて/59

第四章 靈の選士としての靑年の使命/75

第五章 先づ第一義のものを求めよ/101

第六章 吾が理想とする靑年/115

第七章 黄金の鎖に繋がれた骸骨/127

第八章 幸福への道/139

第九章 運命について/164

第十章 わが魂の伴侶を求めて/176

第十一章 想念は如何にして運命を創造するか/200

第十二章 言葉は如何にして運命を創造するか/210

第十三章 言靈の神秘に就いて/220

第十四章 物理學の進歩と共に/295

第十五章 人間の運命に就いて/324

第十六章 不安と災禍の克服に就いて/359

第十七章 獻身の美徳に就いて/385

 

 

眞理 第五卷 女性篇 (昭和3075日)

目次

はしがき

第一章 これからの女性/3

第二章 婦人と家庭生活の智慧/15

第三章 秘密と罪の魅力について/32

第四章 女性の純情に就いて/47

第五章 妻としての眞實の幸福/59

第六章 夫婦の意見が對立する場合/79

第七章 愛が失はれた場合/87

第八章 愛と嫉妬に就いて/97

第九章 美貌について/110

第十章 富を築くための新しき生活設計/123

第十一章 人間の第二の誕生/138

第十二章 兒制限について/154

第十三章 人間の本質について/177

第十四章 赤ん坊がお乳を吸ふ不思議/188

第十五章 婦人科の病氣も斯うして治る/199

第十六章 眞理は癒された日々/213

第十七章 不貞と離婚の問題/248

第十八章 結婚と靈的意義について/264

第十九章 あなたは男に生れ更り得るか/279

第二十章 結婚と職業との關係/292

第二十一章 良き配偶の見つからぬ場合/307

第二十二章 結婚生活に意義があるか/319

第二十三章 女性の性交恐怖について/334

第二十四章 娘の純潔と兩親の責任について/348

第二十五章 純潔の標準について/362

第二十六章 戀愛と性慾の昇華/381

 

 

眞理 第六卷 人生篇 (昭和301115日)

目次

はしがき

前篇 手紙問答

第一章 不勉の子供を導くには

第二章 麻雀に凝る夫の外泊問題

第三章 子供の入學試驗に直面して/45

第四章 學業を捨てて放浪する子供の問題/51

第五章 知性の勝つた反逆の子の導き方/59

第六章 叔父に反抗する少年をどう指導するか/65

第七章 果して讚めるばかりが好いか/72

第八章 兒童に「休養」は必要か/78

第九章 「妙子ちやん事件」について/85

第十章 恐迫觀念に惱む靑年に/91

第十一章 三角關係をどう解決するか/95

第十二章 子供を生みたいが生活不安/111

第十三章 母性愛の淨化に就いて/119

第十四章 良人の仕事に妻が反對する場合/127

第十五章 吃音矯正の鍵は何處に/135

第十六章 業の流轉より遁れるには/144

第十七章 深刻なる人生苦を超克するには/159

第十八章 間違の多い子供をどうして導くか/177

第十九章 授業時間中居眠する子供/185

第二十章 偏執症は如何にして?/191

第二十一章 娘が神經衰弱で疲れ易い/205

第二十二章 金を盜む不良兒を如何にするか/212

第二十三章 子供の言はどうして直すか/219

第二十四章 子供を有つ女敎師の惱/224

第二十五章 處女で再婚した妻を持つ惱/231

第二十六章 闇を行ふ父と子の關係/239

第二十七章 生理的本能と「夫婦の理念」とは異る/249

第二十八章 悟にて治病は可能か/258

第二十九章 戰歿せる兄の妻との結婚に關して/267

後篇 直接問答

第三十章 人格の改善について/277

人間の本質とは

性格と人格とについて

人格の匂について

業の力を轉ずるには

悪德からのがれる道

瑜伽の哲學と人格改善

意志をくするには

第三十一章 美的價値と道德的價値/309

善悪の差別に就いて

缺點の批判に就いて

萬敎歸一の眞理に就いて

心の自由に就いて

高く淸き靈魂に就いて

地上天國の出現に就いて

戀愛と性愛に就いて

戰爭無の世界を翹望して

美的價値と道德的價値と

第三十二章 運命と個性の發見について/341

人間の運命は自分で變へられるか

神性を自覺すれば反省は不必要か

地上天國は何時出現するか

天分を自覺する道

性欲を如何に解決するか

第三十三章 生存競爭の問題/366

物質面からものを觀ないでいのちの面から觀よ

「物質無」の實驗について

渾然一體で不可入性のない生命の世界には爭がない

何でも百事如意に引寄せられる

文殊と維摩の問答について

生物を食ひながら食つてゐない

 

 

眞理 第七卷 悟入篇 (昭和3151日)

目次

悟入篇に序して

第一章 相相入と聖使命菩薩/3

第二章 釋尊の自覺の生長の家/34

第三章 意識の擴大と魂の目覺め/61

第四章 現代思潮より觀たる佛敎/79

第五章 淨土眞宗と生長の家との一致/157

第六章 諸法無我と久遠不滅/183

第七章 大乘佛敎と生長の家/203

第八章 法然上人の萬敎歸一論/222

第九章 神に直結する道/232

第十章 唯物論か唯心論か唯神實相論か/261

第十一章 本當の宗敎的救ひとは?/278

第十二章 信仰の深化と途中の躓きに就いて/292

第十三章 智慧は唯物論を超えて/307

第十四章 現象を斬り捨てる/328

第十五章 久遠いのちの行方/343

第十六章 自己に宿る光を見つめて/361

第十七章 久遠の神、わがに動き給ふ/387

 

 

眞理 第八卷 信仰篇 (昭和3171日)

目次

はしがき

凡例

第一章 日々の生活が宗敎である/3

第二章 久遠不滅の生命を見つめつゝ/17

第三章 宗敎と現世利益の問題/46

第四章 人生の正しい考へ方/66

第五章 進歩の源泉について/112

第六章 祈りの根本法則に就いて/122

第七章 自己に埋藏されて寶/150

第八章 自由と解放を得ための智慧/179

第九章 繁榮と成功への智慧/206

第十章 幸福になるための智慧/234

第十一章 心の法則で人生を支配するには/259

第十二章 愛と信と行動とによつて/294

第十三章 常識を超えること/321

第十四章 眼をひらいて光を見る話/333

第十五章 治癒を求める人のために/347

第十六章 健康と長壽への心の設計/372

 

 

眞理 第九卷 生活篇 (昭和3395日)

目次

はしがき

第一章 新しき人間像/3

第二章 想念の選擇による運命の改造/31

第三章 本當の幸福はかうして得られる/57

第四章 神と偕に生くる道/86

第五章 靈的修行と神に近づく道に就いて/114

第六章 神の叡智を身に受けて/144

第七章 繁榮への黄金律/171

第八章 靈的微小體を活用して/199

第九章 神の導きによる問題の解決/228

第十章 自己の部を凝視して/256

第十一章 自己が自己の主人公となること/285

第十二章 善と愛との充滿せる世界/315

第十三章 埋藏されたる力/344

第十四章 魂の淨化と物質の比重/373

 

 

眞理 第十卷 實相篇 (昭和3395日)

目次

はしがき

第一章 生命の創造の秩序について/3

第二章 人類の理想への出發と發展/53

第三章 神の創造と人間の創作/81

第四章 無限の寶藏を開く道/108

第五章 智慧に到る道/134

第六章 人生の行路に來るもの/162

第七章 「人間」が高まるために/193

第八章 實相をみつめて/225

第九章 靈的目覺めを志して/253

第十章 光ある生活は斯うして/285

第十一章 科學と宗敎との協力/313

第十二章 自由と健康と幸福を得る道/339

第十三章 生命の智慧と愛の神祕力/378

 

 

別冊 眞理 生死を超える道 (昭和331120日)

目次

はしがき

第一章 科學学な合理的宗敎の樹立/3

第二章 神話的神學から科學的神學へ/11

第三章 人間の宇宙に於ける位置/26

第四章 生命は死を超えて前進する/37

第五章 生と死の神祕に就いて/56

第六章 因果應報と生れ更りの理/75

第七章 生命の神祕に就いて/91

第八章 〝新たに生れる〟と云ふこと/104

第九章 生物たがひに平和の世界/138

第十章 感情の興奮と健康との關係/151

第十一章 宗敎におこる奇蹟/163

第十二章 病氣は心の想ひが映寫されたもの/188

第十三章 病菌も關節炎も心の影/203

第十四章 心に從つて病菌も益菌に變化する/219

第十五章 私たちの運命を支配するもの/231

第十六章 原爆・水爆をのがれるには/243

第十七章 苦難と恐怖の克服/260

第十八章 死と病を超えるには/276

第十九章 眞理の普及こそ本當の平和運動である/292

「一人の権力」の集中が招く阻害

このブログで「谷口雅春先生の歩まれし道」を御記入させて戴いている。今迄の資料では掲載されなかったものなど、様々あります。しかし、そういうことに関心を持たず、現教団の良くない面や谷口雅宣氏の祖業に躍起になって、指摘している。

 確かに、私も当初は先頭に立って云ってきました。だが、それで良くなって、改心して悔い改めるのかといえば、益々、悪化になっていきます。権力というのは一人に集中すると、必ずこうした悪い面が出て来ます。大きな団体で行ってはならない事であります。

 

昨日から新聞を賑わしている日産自動車のカルロス・ゴ-ン会長の金融商品取引法違反容疑で逮捕。何十億という報酬をもらいながら、更にごまかして「ケチ」なことをする。

人間の欲深いものが出てしまうのも権力の集中がそのようにしてしまうのです。あんなに大きな会社で監査されていたのかも疑問ですが、権力と云うのはどんな人間であっても歪めてしまう。

 宗教でもよほどの聖人でない限り「権力の集中」は阻害を招く要因となる。したい放題で自分の気に入らない部下がいると平気で左遷させる。それが当たり前になると人間の善惡などわからなくなる。

 一昨年、その日産のゴ-ン社長を1mという所ですれ違った。私は日産自動車がたま自動車として創業した頃の自働車を見に行った。たま電気自動車といっても知らない人が多いが、戦後間もない頃に電気自動車の生産が盛んになった時期があった。

 大東亜戦争で都市部は焼け野原になったが、水力発電所のダムなどは破壊されなくて、電気だけはあった。しかも石油は入ってこなかった時代でもある。そこで技術者たちは電気自動車の開発に挑んでいく。

 石炭バスや電気自動車と時代は潮流のなか必死になって進んで行った時代を思い出して欲しいものです。

水木通り

新装新版 『真理』第四巻青年篇 頁13

《母が病氣で寝ていました。それは兵庫の水木通りというところに住んでいた頃です。どうして私は神戸へ移転したのか知りません。》

 

私はこの言葉についてですが、あの『ゲゲゲの鬼太郎』で有名な水木しげるは昭和25年この神戸の水木通りにあった「水木荘」というところで賃家経営を始めます。水木通りにあったから『水木荘』と命名したそうです。しかも本名「武良茂」でペンネ-ム「水木しげる」はこの水木通りからです。そこから「紙芝居画家」への道を歩まれるのです。

水木しげるも通った銭湯「水木湯」も現在もあります。

下記に『水木荘』の位置を記入します。
https://map.yahoo.co.jp/maps?type=scroll&lat=34.67607065809639&lon=135.16716266908455&z=19&mode=map&pointer=on&fa=ks&home=on&hlat=34.67608389289326&hlon=135.16716401018917&ei=utf-8&p=%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E9%80%9A

 


 さて、今回もいろいろとご指導をブログで戴いている「亀の子ブログ」さんから

< 私が小学二年生のとき、私の家は神戸市兵庫の水木(みずき)通りという処にあった。その時、養母が病気で重態になっていた。私はまだその頃は養母だとは知らないで、実の母だと思っていたのでしたが、母がくるしむとき、私は宇治川(うじかわ)というところにある医者まで薬を貰いに三キロほどある距離を往復マラソン競走のように一所懸命走り続けたもので、小学二年の私には往復六キロの距離は相当の距離です。・・・(後略)・・・ >

 

実は宇治川というのは湊川の上流の名前です。今年の初めにこの付近を歩いたことを記憶しています。ブログにて烏原水源地などに行った時です。神戸の大倉山から四宮へ、そこから西へ向かって平野の方へ散策しました。その時に宇治川商店街を横に見ながら通っていました。元町からだと斜面を登って行きますので谷口雅春先生の幼少時代ではかなりハ-ドな道のりであったことは推測出来ます。

 

それと、現在は永沢町1丁目という所は存在しませんが推測では下図の付近です。推測といっても、昔の地図を見ながら検索しています。
ただ、不明瞭な部分もあり「ここだ!」という正確な位置ではない。(昔の地図では1丁目はあります。)

 https://www.mapion.co.jp/f/cocodene/confirm.html?lat=34.67485565686247&lon=135.1686465552048&z=17&attime=on&month=11&date=20&ampm=%E5%8D%88%E5%BE%8C&hours=6&minutes=35&message=%E4%BD%8F%E6%89%80%EF%BC%9A%E5%85%B5%E5%BA%AB%E7%9C%8C%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%B8%82%E5%85%B5%E5%BA%AB%E5%8C%BA%E5%A4%A7%E9%96%8B%E9%80%9A%EF%BC%92%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%92%0D%0A%E9%9B%BB%E8%A9%B1%EF%BC%9A%0D%0A%E5%BA%97%E5%90%8D%EF%BC%88%E5%A0%B4%E6%89%80%EF%BC%89%EF%BC%9A%0D%0A%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B8%EF%BC%9A&icon=kk11_yazirusi&x=117&y=26

そこから左に水木通りがあります。子供でも歩いて10分位です。(距離を長くみて)

 

「水木しげる」のファンは神戸まで通って「懐かしく」ワクワクするそうです。

「生長の家」信徒はそこまでするのでしょうか?多くの信徒はするのでしょうが、知らない人が多い爲にそんなことにならない。

 

それと谷口雅春先生は幼少時代に「楠公精神」を学校で教えられ、そうした精神が「本当にス-と入っておられる」凄い人なんです。それは私など足元に及ばない程のことです。(当り前です)

烏原村

谷口雅春先生の御生誕地は皆様に言わなくても御存知ですが、烏原村という所です。現在は水源地になっていますが、願成寺はその北側にありました。

その風土に谷口雅春先生は四歳まで過ごされています。幼児期にその風土の与えるものはその資質と天性のものを与えることは藤原正彦氏は天才というのはある一定の条件でないと生れないことがわかった、と云っています。実際その地に足を運んで感じたことですから本物であります。

それは「天才は美しい場所で生れる」ということなんです。

 

その烏原村というのは現在では水源地となっていますが、山紫水明の名高い美しい所であったようです。どんな場所であったのでしょうか?

下図は明治19年の地図であります。まだ、水源地がない時代であります。その少し南は平清盛の都であった「雪見の御所」からみる福原の地はさぞ素晴らしい景勝地であったのであろう。更にその北にある烏原村から見る神戸の地は素晴らしいであっただろう。

平家物語は

「故入道相国の造り置き給ひし所々を見給ふに、春は花見の岡の御所、秋は月見の浜の御所、泉殿・松陰殿・馬場殿・二階の桟敷殿・雪見の御所・萱の御所、人々の館共、五条大納言邦綱卿の承つて造進せられし里内裏、鴦の瓦・玉の石畳」

 

神戸市のホ-ムペ-ジから抜粋

烏原貯水池の建設によって、明治37年(1904年)、烏原村は水没しました。当時の村の規模は、戸数98戸、人口414人で、住家89棟、納屋38棟など合せて135棟がありました。谷あいの村で、中央部のやや平坦なあたりに人家が点在していました。

 産物は、うるち米やもち米、麦、大豆、菜種、竹、薪、線香原料粉(2000俵)などでした。中でも木の皮を細かい粉にして作る線香の主原料は品質優秀で、全国から需要があったそうです。粉は水車を使ってひいていました、

 現在の貯水池右岸の護岸には、たくさんの石臼が埋め込まれています。これらは、烏原村が水没する時に、人々が水車で使っていた石臼を記念に残したものです。

 なお、「烏原」の地名は昔は「からすわら」と呼ばれていたようで、堰堤上の碑文(英文標記)には「KARASUWARA RESERVOIR」と刻まれています。
IMG_1256

明治19年の地図です。(ダブルクリックしていただきますと拡大して見れます)

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