則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2018年01月

讀んで戴ければ幸甚です。

改装工事の説明会

今週の月曜日、近くにある「千里山グレ-ス幼稚園改装工事説明会」に参加してきた。

最初M建設の説明から始まったが、説明を聞いているうちにあまりにもいい加減な説明に少し憤然とした。

 

M建設はそんなに大きな建設会社ではない。だが、この地域から随分離れている建設会社である。入札に引き当てたのが1225日頃である。

 

幼稚園が丸ごと移設するような大工事である。昨年暮れに園長から電話を戴いたが、説明書を送るとか云っていたが、何もしないしおざなりである。もう少し自分の発言した言葉に責任を持ってほしい。これはあらかじめ、電話で話をした。

 

また、工事車両がどこを通るのか不明瞭のままである。殆どの通路には道路規制があり、3トン以上の車両は通れない。どこを通れば良いかを反対に説明した。

 

工事車両の駐車場の確保も行っていない。

工事開始時間が午前8時である。これは近くの小学校の始業時間と重なる。本来ならば9時でなければならない。

また終了時間が7時となっていたが、午後6時位にしておかないといけないことも併せて発言した。

また、ミキサ-車の待機場所なども決めていない。大きくコンクリ-トを流し込むのであるから10トン車位は必要となってくるのであろうが、工事関係者は3トンに固執していた。再度説明会を要求した、来月の4日に開催することにした。

 

不安だらけの説明会であった。

ちなみにこのグレ-ス幼稚園は格式のある古い幼稚園である。

木魂綴

私は実は「谷口雅春先生に帰りましょう・第二」にはいつのまにか書き込み禁止となっています。その理由はわかりません。一年以上前からです。

たぶん、「破邪顕正さん」に異論を唱えたからだと勝手に思っています。それ以外に考えられないからです。

 

しかし、私のような考えの人は結構いるのですが、封殺されるのです。なんでもそうですが、その人の異論や反論は必ずあるのです。例えば、安東先生を嫌うような人もいるのです。

それは講習会で雅宣先生に「万歳」だったからというような、回答なんです。

 しかし、そんな事いえば、教化部長経験者ならば現役時代は皆んなそういう思考であったように感じます。それを一々取り上げれば、「学ぶ会」の中島氏でも、破邪顕正さんもそうであった。

雅宣氏に賛同していた時期もある。

そういうことを一々取り上げていくと確かにきりはない。

ただ、そうした発言がそれを聞いた、その人自身にとって、許さざる結果を招いてしまうことがある。

それこそ、本心はわかりませんが、実際雅宣万歳と言った時期もあった。

ただ、自分が行っていることを必ずといっていいほど正当化するのです。それは自分の発言やその仲間の場合は「仕方が無かった」という一言であります。

 

しかし、そんな人が代えって「人を裁く」ような行動を移してしまうのは、私は馴染まない。それは自分だけは可愛いというような偏見な思想であるからです。

 

 あの「三者会合」についてもそうなんです。この話は10年以上前に私も聞いたことがあるのです。しかも「大幹部」というべき人から聞いています。しかし「あくまで、第三者という発言です」それを真実というならば、私の以前書いた意見も真実となります。発言者がほぼ同じなのです。

それでも、それは伝聞だと自分の頭に入れておりました。勿論、その後に阪田先生から直接あの内容を一年半前に聞いておりました。

それでも私は「伝聞」だと思っております。別に阪田先生が嘘を付いただとかそんなものでは決してありません。ただそんなことを言えばきりがない。

 

私もこれを読まれている読者でも驚くような事実を知っています。私の友人の一人だけにはこの事件の話をしたことがありますが、その内容について「週刊文春」が動いたことも事実であります。そのメ-ルも持っています。

しかし、それを敢えてここで発表しないのも必要なのです。誰もそれで得をしないことです。その人を傷つけるのは簡単に出来ますが、その人を幸福に導くほうが大切なことも「生長の家」で学びました。「幸福を招くコトバ」を発信するほうが大切なのです。

私が今回、久しぶりに「日の丸か赤旗か・天皇信仰の原点に帰る掲示板」に投稿しました。それは

『新編 生命の実相』が売れない理由』を書いているのですが、結構順序立てて書いているのですが、それでも反論する人がいるのです。しかしその反論する人は100%というほど「売れるにはこうすればいい」とか提案しないのですね。

それが不思議で仕方が無かった。それで敢えて私が賛同したのです。

大体書いている人は「こんだけ頑張っているんです」とか書くのですが、販売促進にこうすればいいとか、こういうことをすれば「販促」に効果があるとか書きません。そこでも書きましたが、「甘え」の構造があるからなんです。売ろうとすれば「現在の『新編 生命の實相』を敢えて否定して、どうして駄目なのか考えるのです」それが、販売促進です。

 

ある東急ハンズのバイヤ-から聞いたのですが、商品を店頭に並べるだけでも難しい。手にも触ってもらえないようなものは売れるわけがない。

①販売促進と内容について何か月もかけてリサ-チを行う、その統計を持ってきても「バイヤ-」がダメといえば店頭には並ばない。その為には、独自のアイデアを提出してお店と交渉するんですが、その難しさは並大抵ではない。

 

私も西友とかダイエ-などのバイヤ-と交渉したことがあるのですが、製品を売りに出そうとしてもケンモホロロと云う状態です。

 

私は「光明思想社」に知り合いがいます。それでも敢えていうのはそんな仲間に頑張って欲しいからです。

天道酬勤

昨年出版した『谷口雅春先生著作年譜一覧表』ですが、あの発行した時点ではまだ完成とは思っていませんでした。勿論。私があの世に行くまでに完成するとは思っていません。私が築いた「雅春先生の歴史」というのはまだまだ把握などしていません。

 

それを行えばいいのですが、時間や経費や行動が大切になってきます。本当に時間の掛かることです。その中には雅春先生の“生きたいのち”というのを描ければいいのではないかと感じております。それは『生長の家五拾年史』を決して超えられるものではない。せめてそれを補佐できる役目にしたいと思っています。

 

そうした根本にある「生長の家」教団はそうした歴史からソッポを向いている状態であります。閲覧も出来ない状況になっています。そんな状態では「生長の家」教団から資料を検索できるようなことはあり得ません。本部の大きな扉に閉ざされています。それを開けることも出来ません。今後、現教団が「生長の家」の歴史を執筆するなどあり得ないことなんです。それを詳らかにすれば、現教団の不正や間違いが天下に晒すこととなるから行わない。正統に行っていれば、解禁することなんぞ“当り前”だが、それが出来ないことが物語っています。

 

今後、皆様にお聞きすることもありますが、宜しくお願いいたします。

一月一日

正月の歌といえば一月一日といえます。

しかし、私も含め間違っている人が多くあります。それはイチガツツイタチと呼んでいないでしょうか、実はイチガツイチジツと読むのが正解なのです。

さて、歌詞についてですが

 

「一月一日」

出雲大社に建立された『一月一日』の歌碑

(作詞:千家尊福/作曲:上真行)

年の始めの 例(ためし)とて

終りなき世の めでたさを

松竹(まつたけ)たてて 門(かど)ごとに

祝(いお)う今日(きょう)こそ 楽しけれ

 

初日の光 さし出でて

四方(よも)に輝く 今朝の空

君がみかげに 比(たぐ)えつつ

仰ぎ見るこそ 尊とけれ

最初の歌詞は

一月一日 (千家(せんげ)尊福(たかとみ)作詞,上 真行 作曲)

 

 一 年のはじめの 例(ためし)とて。

   終なき世の めでたさを。

   松竹たてて 門(かど)ごとに。

   いはふ今日こそ たのしけれ。

 二 初日のひかり あきらけく。

   治まる御代の 今朝のそら。

   君がみかげに 比(たぐ)へつつ。

   仰ぎ見るこそ たふとけれ。

 

二番の歌詞は初期の歌で明治を掛け合わせて歌われています。それは「あきらけく 治まる御代…」ということで明治をかけています。大正時代からは最初の歌詞に変更されています。

それより、「いはふ」が「いおう」で正解なのかです。

通常ならば「いわう」が現代語訳になりますが、何故「いおう」なんだろう?

大阪では「祝う」こと「いおう」といいます。まさか、大阪弁が使われていることはないだろう。

御存知の方、教えて下さい。
https://youtu.be/MMkDzi_7Kv8

谷口雅春先生の御本の紹介-5

 

昭和15220日発行の『百事如意』であるがこれには「無限供給の神示が

記載されていたのだが、下図のように剥ぎ取られています。

(印刷した後に気がついて剥がしたか、その部分を省いて印刷したのではないかと思います)

ここでは「無限供給の神示」が省かれています。

谷口雅春先生の御本の紹介4

昭和11年に発行された『百事如意』に照準を合わせたいと思います。

この『百事如意』は戦前における禁書になった代表的な本であるからです。

何が此の本の禁書であるのか?

それは「無限供給の神示」に発禁対象文章があったからです。

それではそれと同時期に出版された『大聖典』はどうだったのであろうか?
目次の内容を拝見します。

『大聖典』 昭和111122日発行

神示篇

七つの燈臺の點燈者の神示

大調和の神示

完成の燈臺の神示

生長の家の食事

新天新地の神示

聲字實相

萬教歸一の神示

無相圓相一切相の神示

歸幽の神示

生死の教

「いのちのゆには」の神示

本來生、不滅の神示

靈魂進化の神示

信仰生活の神示

懺悔の神示

無病常樂の神示

自然流通の神示

報恩行に就ての神示

本当の信仰に就いての神示

 

「無限供給の神示」は昭和755日ですから掲載は出来たのですが、当時の内務省警保局の検閲にひかかってしまった。

 

それでは『百事如意』に戻ります。

百事如意          「無限供給の神示」 

4.21

286

46

 

百事如意          「無限供給の神示」  改訂版

5.20

286

46

無限供給の神示が省かれている。

『百事如意』421日発行においても、内務省の検閲にひかかることを恐れて、ナイフで切り取っているのがあります。

削除済とかのスタンプは押していないのですが、間違いなく「禁書」になっています。

少し詳しく書きますと

内務省資料によると

安寧ノ部 禁止年月日 11.5.13

     番号 762

となっています。

つまり、禁書ということで内務省から連絡があり、残りの『百事如意』は全て切り取って、再版分から改訂版として発行されたのであります。


それでは写真にて紹介させていただきます。

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P1190655
P1190658
P1190656
改訂版
P1190651
「無限供給の神示」の挿入された正本
P1190652
切り取られた『百事如意』の本
P1190653
改訂版です。「目次に「無限供給の神示」がなくなっている」


 

 

百事如意「無限供給の神示」昭和11421

目次

無限供給の神示/1-2

一章 百事如意の原理/3-33

第二章 無限供給を受くる道/34-84

第三章 ヘンリー・フオードの致富法/85-212

心の不思議な力/87

フオードの成功の裏には此の力がある/88

幸福の天使のやうな靈的元素體/88

此の幸福の天使は何處にゐる/89

幸福の天使を招ぶ法/90

フオードの前生觀/91

スウエーデンボルグの實例/92

唯一の吾等の協力者/93

自己と外界とを繋ぐ靈智的小生命體/94

雰圍氣の正體/96

持續的に希望の事物に專念することが必要/97

光明思念と暗黑思想/98

惡とは創造途上の善/99

忙中閑あり、遊ぶ時には大いに遊べ/101

私の敎育は實物敎育だ/103

現代に機會ありや/108

手と頭との結合/110

勇氣と信仰/112

内なる價値を磨き出せ/119

健康に就ての研究/129

思想は何處より來るか/136

靈的囁きに傾聽せよ/139

新敎育の樣式に就て/143

繁榮への道/151

フオードの健康法/154

喫煙の可否/173

フオードの宗敎/176

日曜休日の問題/183

停年解雇の問題/186

節約と自己投資の區別/193

常に積極的精神を把握せよ/206

第四章 百事如意を助ける感謝の心/213-228

第五章 體驗者の語る百事如意の實例/229-255

一 店員の不正を發見し、百事意の如し/229

二 無限供給の寶庫を開く/233

三 委せ切りの心で火難を逃る/236

四 家庭光明化し、滿員の特急も席を空ける/239

五 習はぬ所がスラ[スラ]と出來る/245

六 母親の叱言癖治り、子供が素直になる/248

第六章 小兒病の解決は親の心にある/256-286

一 瀕死の重患から救はれ惡癖自ら一掃さる/256

二 愛兒の腦膜炎癒ゆ/262

三 審査員を驚かした神業の兒童發明品/266

四 成績のよくなつた體驗/269

五 『甘露の法雨』の功德/272

六 子供にも神が顯はれたまふ/274

七 二兒の肺炎と腎臟病治る/277

八 弱兒、神の子の實相を顯す/282

破邪顕正さんはもう少し冷静に対応出来ないのか。

私は今回の投稿で谷口家の件で

【最初の投稿は、表題に掲げたように、この「三者会合」こそが、今日の教団の変質を決定づけたという問題提起であります。】

 

だが下記にある文章と気持ちの違いがあるがどうであろうか。
果して上記の文章は谷口家否定に繋がることになってはいないのだろうか。

【時:20161008 () 0930

名前:破邪顕正

 

なるほど、「谷口雅春先生を学ぶ会」には谷口家に連なる方はおられません。

 

しかし、それがどうして、「谷口家を否定する団体」となるのでしょうか?】

 

そして事情通の伝聞に対して

 

【「山ちゃん1952」さんへ。どうして「真実」を知っているのは自分だ!と言い切られるのか?まさか、その「真実」とやらは〝伝聞〟ではないでしょうね? (3713)

日時:20161007 () 1255

名前:破邪顕正】

 

と私に伝聞であることを「バカ」にするような言い方で書いています。

でもその当本人が今回はこのように気持ちを変えている。「伝聞」であるのに信憑性があるという。「事情通」に遭ったこともなく、インタ-ネット情報を信頼する。

あまりにも小賢しい。伝聞でも自分の判断で何の確証もない言葉を信憑性があるというのは個人の勝手な判断であります。

 

【ここまでくれば、「情報通」さんの情報は、実に信憑性があると見なしてもよろしいのではないでしょうか。】

 

私も実は【谷口雅春先生に帰りましょう・第二】に書きたいのですが、どういうわけか禁止になっています。破邪顕正さんも正々堂々と「山ちゃん1952」のブログに一度でもコメントを書いてください。総裁でも書かれたのですから、破邪顕正さんだったら出来るでしょう。それと仕事が始まりますので、返信は遅れますがご容赦下さい。

くれぐれも怒り心頭に発することが無い事を祈ります。

 

今回の件で知り合いの人も破邪顕正さんの事を心配されていました。書き過ぎではないかと思っています。また、トキさんも同じ意見です。そういう人が何人かいることも確かです。そういう言葉もあり、私が書きました。

但し、私は爭いを好みませんので、間違いや疑問を指摘しているだけですので、ご容赦下さい。次々変えるような言動はいけませんので、今回書きました。
周りは「学ぶ会」は谷口家に喧嘩しているしか思いませんので、このような争いは収めていきたい、また、あまり私は今後はこの件は発言を控えたい。また、私の方から谷口貴康先生に聞いてみます。それでわかると思います。しかし、それを発表するかどうかはわかりません。

闇には光をもって

信仰というのは時には厳しさというのがあります。それはその人の信仰が高ければ高いほど厳しいものなんです。

それを弁えることなしに、

「あの人があんな事を言ったじゃないか」

「もっと酷いこと総裁は云っているじゃないか」

 

確かにそうですが、そんな時こそ冷静に物事を判断すべきなんです、別に黙っていろというわけではありません。同じレベルで同じテ-ブルになってはいけないということなんです。それにはどうすればいいのかであります。

 その人が発言すれば、成程!

あなたの云うことはその通りであると納得してもらえるような言葉でなければならないのであります。

 

「あの総裁はあんなこと言った!」

「どうだ!そうだろ私の言った通りだろ。」

これでは駄目なんです。

そういう私もここ数年、そんなことばかり言ってきたので人の事云えないのも確かです。そんな人間が敢えていうのであるから、聞いて欲しい。

 

現在の教団では「学ぶ会」の欠点や古い信徒とか悪く表現しているかもしれませんが、そういう教団を退団した人が「学ぶ会」に入信して、同じように「教団の悪口ばかり云っていたら」同じように感じるのであります。

 

やはり、「学ぶ会」は真理の話をしている、雅春先生の御話をしている。病気が治ると云うのはこういうことなんだ。

愛国とは本当に素晴らしいのだ!

 

私はそういうことを期待しているのである。闇には「光」をもって対抗しようではないか。私は新年にあたりそのように思うのです。

 

破邪顕正さんのように(抜粋します)

現総裁の「あんな古臭い皇国史観ではだめだ」という発言をどう見ておられるのですか?

 

「喧嘩を売った」という表現を敢えて使わせてもらえば、総裁こそが、谷口雅春先生の「天皇信仰」に喧嘩を売ったも同然の、これは暴言なのですよ。

 

どうして、その本質をまっすぐに見ようとはしないのですか?

 

そんな総裁だと皆んなわかっていますよ、それなら破邪顕正さん

総裁が雅春先生の正しき道に補正してくれると思いますか、考えも直るのですか?

みんな100%そういう転換は出来ないと思っています。

それならばどうするのかであります。それなら、対応すべきことは実行しますが、もっと行うことが沢山あるように思える。

谷口雅春先生の御本の紹介-3-2

P1190650
右上 新百事如意 普及廉価版
左上 新百事如意 改装版 ソフトカバ-
右下 新百事如意
左下 新百事如意 改装版 ハードカバ-


最新版の『心と運命 新百事如意』の目次です。

4巻 心と運命 新百事如意 


   昭和30615


我を救へる此の書-『心と運命』に序して


1     非人格的生命として觀たる宇宙の本體


1     宇宙の本體-不變の生命------------------------3


生命の秘密-分析し難きもの-科學の行詰り―生命は絶對ち「渾て」である―死とは何ぞや


2     現象ち顯現の相--------------------------------17


野の百合を念へ-日々に吾等は新生す


3     宇宙の本體は吾等を通じて顯現しつつあり


----------------------------------------------------------24


「吾れ創造す」宣ふ―癒やす力の本體-純眞なる小兒の信仰の力-「神想觀中に默念する言葉」


4     宇宙は唯心の所現-何故吾等は事物の本質を觀念なりと云ふか-----------------------------35


自我の存在・生命の第一原則-樹木は樹木の様相に顯現せる神なり-自然界の渾一なること-吾等は心の世界に住む


5     若し「事物」ち「觀念」ならば何が眞の實在たるを得るか-----------------------------------48


深奥なる「實在」の問題-創造の本質-「實在」とは何であるか-一切が幻覺であるとの説-想念及び觀念は人生を支配す


6     個性的心と個性を超ゆる心--------------------64


自然界は神の奏する大交響樂-個性的心の個體に於ける位置-個體に宿る超個性的心-超個性的心は、唯與へられたる觀念のまにまに活動す-宇宙に滿つる超個性的心-有名なる物を言ふ馬(普遍的個性心の個體的實現)-メェテルリンクの實驗-爾に宿るキリスト


7     宇宙に於て演ずる「吾」の役割----------------89


神の最大なる自己表現-絶對の相對的分化は斯くの如き理由にて行はれたり-全自我との吾が融合-吾れ為すは神が為すとの自覺


8     人の幽玄なる靈體と感情生活-----------------99


一切は唯心(神)の顯現-始めに萌す感情-感情體の構成-人間感覺の限度-聖者の放つ後光とは何か-不思議な實驗-吾等の一層精妙なる體-想念は「感情體」の生活に影響を與ふ-宇宙に不動する惡想念の波動-惡想念の暗示に抵抗する法-驚くべき念波の影響


9     易感性の人格と病気の原因------------------117


中性圏の意識と運命-婦人の病氣-害意なき殺害-言葉は劍である-災禍の暗示に從はんとする吾々の傾向-毒素を發生する感情-愛の苦痛-愛の苦痛を癒やすには-機能的疾患と器質的疾患-異常な心理状態が視力や聽力を恢復する實例-健康及び幸福の感情


10    吾等の欲する事物の選擇---------------------138


再び創造の本質について-大地の如く-吾等の感情的生命と創造者-無限と有限との接觸-魔術的鏡面としての非人格心-言葉は種子なり


11    求むる事物を心に描け------------------------154


如何に求むるべきか-創造を呼び起すための創造力活用法-人間に再現する創造の過程-意思よりも信仰-精神集注か觀念造講か-個人の靈魂の荘嚴-否定の原理-如何にして惡想念を去るべきか-肯定の徹底


12    運命を支配する法則の應用------------------174


「法則」の世界に住む吾等-吾等如何に心を把持すべきか-言葉は創造的感情を誘ひ出す-「苦闘」の感じを去れ-意識的な努力は第二-顯現の過程にある實在(胃腸の治療)


13章 家運隆昌の達成には如何に潜在意識の法則を使用すべきか------------------------------183


境遇環境等は支配し得るか-天體を支配する心吾れに在り-靈の法則-相應はしき心境-家庭及び職業を欲する場合-家を賣る場合-資金を欲する場合-富貴榮達を現實にするための想念の集注


14章 超人格的心の法則-----------------------------199


幻燈機の譬喩-意志-顯現の過程-過誤は何處に-無相不偏の心・研究の綜結-終日吾等の想念せしことの總計


2     人格的靈として觀たる宇宙の本體


15    吾等の聲を聞き給ふ神-------------------------211


神の人格と、人の人格との比較-人格的自我又は絶對的自我としての神-神の人格性なる所以-人として個別化したる神-靈の目的-理想・愛


16    吾等を愛したまふ神----------------------------228


愛とは相結んで完全となる衝動-創造の目的-如何にして宇宙生命と一體となるべきか-療能・惱める若き女-隠れたる感情の力-愛・創造の機能


17    吾等を癒したまふ神


愛の癒能・病める若き女―隠れたる感情の力―愛・創造の機能


18章 大宇宙との冥合-聖聲を聽くには?-----240


生命の目的は愛-人は輝く自由を有つ-タゴ-ルは斯く言ふ―精神集注と瞑想法-一念不動-靈魂の靜謐-見神の體驗-聖悦


19章 神との聖婚-暗黑期-永遠の光明--------271


信仰の暗黑期-「信仰の暗黑期」を如何にすべきか-神人融合の境涯-究極實在の體感體得-無限智、無限愛、無限生命の把握


20章 自己の勝利を確保する道--------------------283


叡智の受胎-直覺力使用の原理-吾等何を爲すべきかの默示-肺結核の治療-宇宙靈の聖婚


21章 「死」と共に生命の顯現は終焉するか----297


不滅は可能なりや-不滅の觀念は必至的要求として「宇宙の心」の上に印象さる-肉體の死は避け難きか


22章 吾れは彼れなり--------------------------------311


不可視の探究-渾てなる者・靈-我れ彼なりとの自覺

谷口雅春先生の御本の紹介-3-1

P1190650


 
新百事如意の昭和13年度においての出版です。このように発行日が同じでも改装版、普及廉価版とハ-ドカバ-の改装版とソフトカバ-の改装版がある。

新百事如意  (神と偕に生くる道の改題)   ハードカバ-   (カバ-はかもめの絵)

9.20

394

 

1.2

 

46

新百事如意改装版(ハードカバ-) 

9.20

394

1.2

46

新百事如意 普及廉価版 ソフトカバ-(改装版より少しハ-ドカバ-)

9.20

394

1.0

B6

新百事如 改装版  ソフトカバ-         

12.05

394

1.2

46

ただし、ここで疑問なのは普及廉価版においてである。

私は初版ものの昭和13920日は所有していない。しかし昭和1541日では普及版廉價版再発行がある。

それ以外に昭和17210日第8版も所有しているが、これは普及廉価版です。初版発行が昭和13920日となっているそこでこの部分に挿入させていただいている。

それでは、夫々の同名で同日の発行で何か違うであろうかと探究すると、全く同じである。普及廉価版の価格が違うだけである。

 

それではこの原本である。『神と偕に生くる道』から最新版である『心と運命 新百事如意』それぞれ目次を記入しますので如何に変更になっているか、見て下さい。

新百事如意  普及廉価版再発行

4.01

394

A5

新百事如意  普及廉価版

4.20

394

A5

 

神と偕に生くる道 : クリスチヤンサイエンスの信仰及び哲学

           大正15925

譯者序

第一篇     非人格的生命として觀たる宇宙の本體/1

第一章     宇宙の本體―不變の生命/3

一、  生命の秘密/3

二、  分析し難きもの//6

三、  科學の行詰り/7

四、  生命は絶對即ち『渾て』である/11

五、  死とは何ぞや/15

第二章     現象即ち流轉の相/18

一、  野の百合を念へ/18

二、  日々に吾等は新生す/23

第三章     宇宙の本體は吾等を通じて顯しつゝあり/26

一、『吾れ創造す』と宣ふ/26

ニ、癒やす力の本體/28

三、純眞なる小兒の信仰の力/32

四、『眞理に就ての瞑想』/35

第四章     宇宙は唯心の所現―何故吾等は事物の本質を『觀念』なりと云ふか/37

一、  自我の存在-生命の第一原則/37

二、  樹木は樹木の様相に顯現せる神なり/39

三、  自然界の渾一なること/42

四、  吾等は心の世界に住む/45

第五章     若し『事物』即ち『觀念』ならば何が眞實在たるを得るか/51

一、  深奥なる『實在』の問題/51

二、  創造の本質/52

三、  『實在』とは何であるか/56

四、  一切は幻覺であるとの説/59

五、  思考及び觀念は人生を支配す/63

第六章     個性的心と個性を超ゆる心/67

一、  自然界は神の奏する大交響樂/67

二、  個性的心の個體に於ける位置/71

三、  個體に宿る超個性的/72

四、  超個性的心は、唯與へられたる觀念のまにまに活動す/76

五、  宇宙に滿つる超個性的心/77

六、  有名なる物を云ふ馬(普遍的超個性的心の個體的實現)/79

七、  メイテルリンクの實驗/81

八、  爾に宿るキリスト/88

第七章     宇宙に於て演ずる『吾』の役割/94

一、  神の最大なる自己實現/94

二、  絶對の相對的分化は斯くの如き理由にて行はれたり/95

三、  全自我との吾が融合/98

四、  吾れ為すは神が為すとの自覺/102

第八章     人の幽玄なる靈體と感情生活/105

一、  一切は唯心(神)の顯現/105

二、  始めに萠す感情/106

三、  感情體の構成/107

四、  人間の感覺の限度/108

五、  聖者の放つ後光とは何か/109

六、  不思議な實驗/110

七、  吾等の一層精妙なる體/112

八、  思考は「感情體」の生活に影響を與ふ/114

九、  宇宙に不動する惡思想の波動/116

十、  惡思想の暗示に抵抗する法/118

十一、驚くべき思考の影響/119

第九章     易感性の人格と病氣の原因/124

一、  中性圏の意識と運命/124

二、  婦人の病氣/127

三、  害意なき殺害/131

四、  言葉は劍である/131

五、  の暗示に從はんとする吾々の傾向/133

六、  毒藥を發生する感情/135

七、  愛の苦痛/136

八、  愛の苦痛を癒やすには/137

九、  機能的疾患と惡質的疾患/140

十、  異常な心理状態が視力や聽力を恢復せる實例/141

十一、      健康及び幸福の感情/144

第十章     吾等の欲する事物の選擇/147

一、  再び創造の本質について/147

二、  土壌の如く/149

三、  吾等の情感的生命と創造者/151

四、  無限と有限との接觸/151

五、  魔術的鏡面としての非人格心/155

六、  種子は言葉なり/159

第十一章   求むる事物を心に描け/164

一、  如何に求むべきか/164

二、  創造を呼び起すための創造力活用法/167

三、  人間に再現する創造の過程/169

四、  意志よりも信仰/170

五、  精神集中法か觀念造講か/172

六、  個人の靈魂の莊厳/174

七、  否定の原理/178

八、  如何にして惡思想を去るべきか/180

九、  肯定の徹底/182

第十二章   運命を支配する法則の應用/185

一、  法則の世界に住む吾等/185

二、  吾等如何に心を把持すべきか/188

三、  言葉は創造的感情を誘ひ出す/189

四、  苦悶の感じを去れ/189

五、  意識的な努力は第二/190

六、  顯現の過程にある實在(胃病の治療)/191

第十三章   家運隆昌の達成には如何に潜在意識の法則を使用すべきか/194

一、  境遇環境等は支配し得るか/194

二、  天體を支配する心吾れに在り/195

三、  霊の法則/198

四、  相應はしき心境/200

五、  家庭及び職業を欲する場合/202

六、  家を賣る場合/204

七、  資金を欲する場合/204

八、  富貴榮達を現實にするための思考の集中/208

第十四章   非人格的心の法則/211

一、  幻燈機の比譬/211

二、  意志/212

三、  顯現の過程/213

四、  過程は何處に/214

五、  無相不偏の心-研究の綜結/217

六、  終日吾等の思考せしことの總計/218

第二篇     人格的靈として觀たる宇宙の本體/221

第十五章   吾等の聲を聞き給ふ神/223

一、  神の人格と人の人格との比較/223

二、  人格的自我又は絶對的自我としての神/228

三、  神の人格性なる所以/234

四、  人としての個別化したる神/235

五、  靈の目的/237

六、  理想//238

第十六章   吾等を愛したまふ神/240

一、  愛とは相結んでと完全となる衝動/240

二、  創造の目的/342

三、  如何にして宇宙生命と一體となるべきか/345

四、  癒能の大本源/247

第十七章   吾等を癒したまふ神/253

一、  愛の癒能-病める若き女/253

二、  隠れたる感情の力/257

三、  愛-創造の機能/260

第十八章   大宇宙との冥合-聖聲を聞くには/266

一、  生命の目的は愛/266

二、  人は輝く自由を有つ/269

三、  タゴ-ルは斯く云ふ/270

四、  精神集注と瞑想法/272

五、  一念不動/274

六、  靈魂の静謐/276

第十九章   神との聖婚-暗黑期-永遠の光明/286

一、  信仰の暗黑期/286

二、  信仰の暗黑期を如何にすべきか/291

三、  神人融合の境涯/294

四、  究極實在の體感體得/296

五、  無限智 無限愛 無限生命の把握/297

第二十章   自己の勝利を確保する道/299

一、  叡智の受胎/299

二、  直覺力使用の原理/301

三、  吾等何を為すべきかの黙示/303

四、  肺結核の治療/305

五、  宇宙靈との聖婚/310

第二十一章 死と共に生命の顯現は終焉するか/314

一、  不滅は可能なりや/314

二、  不滅の觀念は必至的要求として『宇宙の心』の上に印象さる/317

三、  肉體の死は避け難きか//323

第二十二章 吾らは彼れなり/328

一、  不可視の探究/328

二、  渾てなる者-靈/332

三、  我は彼れなりとの自覺/334

 

新百事如意    昭和13920

目次

我を救へる此の書(はしがき)

第一篇 非人格的生命として觀たる宇宙の本體/1

第一章 宇宙の本體―不變の生命/3

第二章 現象ち顯現の相/19

第三章 宇宙の本體は吾等を通じて顯現しつゝあり/28

第四章 宇宙は唯心の所現―何故吾等は事物の本質を觀念なりと云ふか/40

第五章 若し『事物』ち『觀念』ならば何が眞の實在たるを得るか/55

第六章 個性的心と個性を超ゆる心/72

第七章 宇宙に於て演ずる『吾』の役割/101

第八章 人の幽玄なる靈體と感情生活/113

第九章 易感性人格と病氣の原因/133

第一〇章 吾等の欲する事物の選擇/158

第一一章 求むる事物を心に描け/176

第一二章 運命を支配する法則の應用/198

第一三章 家運隆昌の達成には如何に潜在意識の法則を使用すべきか/208

第一四章 超人格的心の法則/226

第二篇 人格的靈として觀たる宇宙の本體/237

第一五章 吾等の聲を聞き給ふ神/239

第一六章 吾等を愛したまふ神/258

第一七章 吾等を癒したまふ神/272

第一八章 大宇宙との冥合―聖聲を聽くたは?/286

第一九章 神との聖婚―暗黑期―永遠の光明/307

第二〇章 自己の勝利を確保する道/321

第二一章 死と共に生命の顯現は終焉するか/337

第二二章 吾れは彼れなり/352

第二三章 眞理は斯く爾を自由ならしめん/362

 

新百事如意 改装版    昭和13920

表紙がカモメの絵から桃の実に

我を救へる此の書(はしがき)

目次

第一篇 非人格的生命として觀たる宇宙の本體/1

第一章 宇宙の本體―不變の生命/3

第二章 現象ち顯現の相/19

第三章 宇宙の本體は吾等を通じて顯現しつゝあり/28

第四章 宇宙は唯心の所現―何故吾等は事物の本質を觀念なりと云ふか/40

第五章 若し『事物』ち『觀念』ならば何が眞の實在たるを得るか/55

第六章 個性的心と個性を超ゆる心/72

第七章 宇宙に於て演ずる『吾』の役割/101

第八章 人の幽玄なる靈體と感情生活/113

第九章 易感性人格と病氣の原因/133

第一〇章 吾等の欲する事物の選擇/158

第一一章 求むる事物を心に描け/176

第一二章 運命を支配する法則の應用/198

第一三章 家運隆昌の達成には如何に潜在意識の法則を使用すべきか/208

第一四章 超人格的心の法則/226

第二篇 人格的靈として觀たる宇宙の本體/237

第一五章 吾等の聲を聞き給ふ神/239

第一六章 吾等を愛したまふ神/258

第一七章 吾等を癒したまふ神/272

第一八章 大宇宙との冥合―聖聲を聽くたは?/286

第一九章 神との聖婚―暗黑期―永遠の光明/307

第二〇章 自己の勝利を確保する道/321

第二一章 死と共に生命の顯現は終焉するか/337

第二二章 吾れは彼れなり/352

第二三章 眞理は斯く爾を自由ならしめん/362

 

新百事如意 改装版    昭和13920

表紙がハ-ドカバ-からソフトカバ-

我を救へる此の書(はしがき)

目次

第一篇 非人格的生命として觀たる宇宙の本體/1

第一章 宇宙の本體―不變の生命/3

第二章 現象ち顯現の相/19

第三章 宇宙の本體は吾等を通じて顯現しつゝあり/28

第四章 宇宙は唯心の所現―何故吾等は事物の本質を觀念なりと云ふか/40

第五章 若し『事物』ち『觀念』ならば何が眞の實在たるを得るか/55

第六章 個性的心と個性を超ゆる心/72

第七章 宇宙に於て演ずる『吾』の役割/101

第八章 人の幽玄なる靈體と感情生活/113

第九章 易感性人格と病氣の原因/133

第一〇章 吾等の欲する事物の選擇/158

第一一章 求むる事物を心に描け/176

第一二章 運命を支配する法則の應用/198

第一三章 家運隆昌の達成には如何に潜在意識の法則を使用すべきか/208

第一四章 超人格的心の法則/226

第二篇 人格的靈として觀たる宇宙の本體/237

第一五章 吾等の聲を聞き給ふ神/239

第一六章 吾等を愛したまふ神/258

第一七章 吾等を癒したまふ神/272

第一八章 大宇宙との冥合―聖聲を聽くたは?/286

第一九章 神との聖婚―暗黑期―永遠の光明/307

第二〇章 自己の勝利を確保する道/321

第二一章 死と共に生命の顯現は終焉するか/337

第二二章 吾れは彼れなり/352

第二三章 眞理は斯く爾を自由ならしめん/362

 



 

 

 

 

谷口雅春先生の御本の紹介-2-2

この『皇道靈學講話』は当初『大本時報』を出版されたときに御寄稿されたものを一冊のまとめられた御本です。その大本時報の内容を紹介致します。





大正8

105

 

 

白龍王の手帳

燃ゆる土米(一頁に亘り掲載)

【分苑】 初秋雑詠(短歌)

P4

 

P7

まさはる

 

白龍王

1012

 

 

105日大本大阪支局にて『大本霊学の解説』の講演ありと記載

選ばれたる日本民族の道徳

 

 

P3

 

 

白龍王

1019

連載小説 澆季の○

P

まさはる

1026

 

先天的臣隷種族に王者の権威を示せ

連載小説 澆季の○

P1

P

白龍王

まさはる

112

【分苑】 病中雑感(短歌)

P4

まさはる

119

【分苑】 寂しき人(短歌)

P5

まさはる

1116

 

 

【分苑】 湖の旅(短歌)

言霊踏査 第四神年 竹生嶋参拝紀行()

連載小説 澆季の○

P5

P6

 

P

まさはる

まさはる

 

まさはる

1123

言霊踏査 第四神年 竹生嶋参拝紀行()

P6

まさはる

1130

【分苑】 醜き世界(短歌)                    

P2P3の間

白龍王

127

 

 

 

【分苑】 貧しき歌(短歌)

【分苑】 貧しき歌(短歌)

竹生嶋参拝紀行(三)

皇道霊学講話(一)

P4

P4

P5

P6

まさはる

まさはる

まさはる

正治

1214

【分苑】 竹生島にて(短歌)

P6P7の間

白龍王

 

發するに望みて(編集後記)

P6P7の間

白龍玉

1221

竹生嶋参拝紀行(四)

P5

まさはる

1228

唯物的科学者は邪神界の使徒

-何故大本神諭は金力と智慧と學とを罵倒せられしか-

P

 

正治

大正9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

14

 

木花咲哉姫

皇道霊学講話(二)

P1

P8

白龍王

正治

111

 

 

皇道霊学講話(三)

【分苑】 人類を嘲る歌(短歌)

ひとり歌へる(短歌)

P4

P

 

正治

まさはる

白龍王

118

皇道霊学講話(四)

P8

正治

125

皇道霊学講話(五)

P4

正治

21

皇道霊学講話(五)

P3

正治

28

皇道霊学講話(七)

 

正治

 

 

森戸問題批判

【分苑】 雪埋れ草()(短歌)

P3

P5

白龍王

正治

215

【分苑】 雪埋れ草()(短歌)

P2P3の間

てる子

3月7日

皇道霊学講話(八)

 

正治

314

皇道霊学講話(九)

P5

正治

328

皇道霊学講話(十)

P3

正治

44

皇道霊学講話(十一)

P3

正治

411

皇道霊学講話(十二)

P3

正治

418

皇道霊学講話(十三)

 

正治

52

 

 

 

 

皇道霊学講話(十四)

ヨハ子默示録の研究()

 

短歌

草の片葉(編集後記)

P3

P1

P2P3の間

P3

白龍王

白龍王

白龍王

輝子

白龍王


谷口雅春先生の御本の紹介-2-1

第二回として谷口雅春先生の処女版である『皇道靈學講話』です。

大本時代に出版された御本ですが、皇道靈學を勉学する人にとっては貴重な御本です。

内容を紹介致します。

 

『皇道靈學講話』

皇道靈学講話新光社(後に誠文堂新光社に)大正9.6.30 頁332 谷口正治著

谷口雅春先生の処女作

 

第一章 総説

1.科学界の覚醒

2.驚異すべき大本神諭の内容

3.泰西に於ける交霊術の価値

第二章 最近の世界思潮と其矛盾

 1.霊学なき改造運動と芸術批評

 2.霊的問題は社会改造の根本義

 3.民主主義及無神論跋扈

第三章 宇宙の本質と言霊元子

 1.全大宇宙の本質

 2.言霊元子の活動と時間空間

第四章 言霊元子活動の天則

 1.全大宇宙の活動を表現する言霊

 2.陰陽火水霊体二元の誕生

 3.産霊の意義と新陳代謝の天則

 4.積極性と消極性との共同活動

 5.御筆先に現われたる天地の創造

 6.人類の聲音と宇宙の言霊

 7.葦芽比古遲神と微分子の構成

 8.霊系と体系との複雑な交錯

 9.体と霊とは何れが主か

 10.男女の社会連帯と母性の復興

 11.霊の男女性と体の男女性

 12.産霊と霊主体従との根本原則

 13.産霊の究極目的は何であるか

第五章 神力の発現と自然現象

 1.最近科学と自然哲学の批判

 2.至大天球の位置のエネルギ-

 3.八力の諸神の顕現とその分担

 4.宇宙に遍遲して個体を有せる神

第六章 基督再臨問題と其意義

 1.  基督再臨問題の貫き鍵

 2.如何にキリストは再臨するのか

 3.所謂秘密の経綸とは何ぞ

 4.再臨の基督とは如何なる人ぞ

 5.大本神諭とバイブル

第七章 世界の立替立直と其時期

 1. 立替立直とは何ぞ

 2.ダニエル書に現われたる世界の終末

 3.建替切迫せる今日の男女問題

 4.古事記に現われたる三貴士

第八章 人類の起源と其進化

 1.大本神諭の教ゆる人類の起源

 2.天孫民族は猿の子孫にあらず

 3.人類発生率より観たる日本人

 4.天孫降臨前の先住種族

第九章 日本対世界の大葛藤

 1.古事記に表はれた大預言

 2.神政成就世界統一後の楽天地

第十章 日本人の使命と世界統一

 1.宇宙の普遍意思と日本の使命

 2.平等の差別と差別ある平等

 3.日本は世界統一の資格ありや

第十一章 霊魂と宇宙意思

 1.生物の霊魂と無生物の霊魂

 2.肉体の龍神と霊魂の龍神

 3.受胎に現われたる宇宙意思

 4.細胞霊魂の神権君主組織

第十二章 霊魂の人格的存在

 1.人格我と細胞霊魂の関係

 2.死後の霊魂の生活状態

 3.死といふ現象の真意義

 4.所謂交霊現象の本体

 5.動物霊は人類に憑依するか

第十三章 憑霊現象と心理学者の誤解

 1.心理学者の潜在意識説

 2.心理学者の提供せる一実例

 3.所謂潜在意識の自働現象

 4.心理学者の所謂第二人格

 5.精神交感に伴ふ幽霊現象

 6.様々の隠身と神憑現象

 7.悪霊の駆逐と其方法

第十四章 守護神とは何ぞ

 1.自己の霊魂と正守護神

 2.守護神の三種類

 3.守護神の奉齋と其歴史

 4.祖先の霊魂の奉齋

第十五章 鎮魂帰神の価値

 1.正守護神の司る役目

 2.鎮魂帰神と催眠術の暗示



皇道霊學講話-3

皇道霊學講話-1
皇道霊學講話-2




谷口雅春先生の御本の紹介―1

今年は谷口雅春先生の御本の紹介をさせていただきたい、その第一に戦後間もない昭和24年に出版された御本です。紙質がざら半紙です。

ここでざら半紙という言葉を使いましたが、実際はわら半紙としてネットでは出てきます。だが当時はざら半紙と云っていました。更紙(ざらし)とも云っていました。

地方により違いもあるようです。

わら半紙と辞書で引けば

 

明治期からは藁を原料とするパルプから製造された洋紙をさす言葉となり、藁を原料としなくなった現在は中質紙や、さらにその下級紙である更紙(ざらし)、あるいは再生紙をさす言葉として慣例的に使われることがある。また、わら半紙の厚手の物を黄ボール(黄板)と言う。

 

さて現在ではわら半紙が入手困難となり、価格も高くなっており、昔は学校などでは安い紙として販売されていたのが、高くなっているので、粗末な紙という言葉が当てはまらなくなってきています。

 

それでは紹介致します

 

聖經『甘露の法雨』ノ-ト型 ざら半紙 昭和2472062

P1190647

猟奇殺人について

死刑廃止論者が最近テレビとか出演している。あの亀井静香氏は有名な死刑廃止論者である。そのテ-マに書くのであるから暗い文章になるかもしれないが、懼れなく書いていきます。大本も死刑廃止論を打ち立てています。

 

さて、こういう論というのは「生長の家」と私の考えとは少し違うように感じますが、個人的な考えとして記入致します。

 

私は以前に知り合いの弁護士から聞いた話ですが、あの池田小学校事件と呼ばれる「宅間守」という人物の弁護を弁護士会から依頼してきたが、その容姿と雰囲気に断ったと聞いた。

それは雰囲気がおどろおどろしい感じであった。

猟奇殺人と呼ばれている宅間はそこまでの人生を振り返ると「更生」とかありうるのであろうか?今迄、多くの女性を強姦している。それを「精神病」ということで刑務所を逃れている。車でひいて強姦するなど非道なことを行っている。性欲が抑えきれず次から次へと強姦する人間性は「本当に人間なんだろうか」と考えてしまう。

 

しかし、そんなことを知っているかどうか知らないが死刑廃止論者がいる。私の子供がそういうことをされて被害者になったら仇討ちを絶対にする。

その当時知り合いの女性の子供が池田小学校に通っていたので、そうした情報はすぐに入ってきた。

私も一度校門に献花させていただいたことがあったので他人事ではなかった。当時、住んでいた家とは2km程と近くにあり、その話題で震えあがった。

当日、平成1368日午前10時に車両専用扉から入った宅間は出刃包丁を持って、校舎の一階にある児童を次から次へと包丁を突き立てて襲ってきたのである。

しかもその顔はほくそ笑みながら、幼き命を何の罪もない子供を襲っているのである。

その当時子供は8人死亡、教職員を含む15人が重軽傷である。

彼の経歴を見ると、5歳の時に三輪車で国道の真ん中を走り出し大渋滞を引き起こしている。

しかもそれ以降様々な事件を引き起こしているのである。

四度目の結婚後に関係を持ったホテトル嬢と二重結婚を約束して多額の金を貢がせて捨て去った。その女性はその多額の借金で自殺に追い込まれた。

彼は平成4年から平成13年まで30回~50回強姦を行っていることを自供している。ただ被害届を出されたのが1回だけだから味をしめたのです。

 

当時の大阪弁護士のなかには宅間は精神異常であることを知っている人もいた。前頭葉に異常があることである。疾患には当人を異常な行動を引き起こさせる場合がある。それを知っていた。

宅間は性欲が抑えきれずにそうした異常行動であったのかである。彼の生立ちをウィキペディアから抜粋するが、15犯と記入しているが本人の自供である30~50回以上であることは間違いない。

 

宅間の生い立ち

 

宅間は19631123日に生まれた。幼少時代の宅間は3歳の時点で三輪車で国道の中央を走って渋滞させたり、小学校では自分より強い児童にはいじめられていたが、自分より弱い児童に対しては徹底的にいじめた。いじめられっ子であると同時にいじめっ子であった。また、猫等の動物を新聞紙に包んで火をつけて殺害した事もあった。中学入学後も弱いものいじめは継続して行っており、本人が事件後鑑定医に語ったところによれば、「好意を抱いていた女子生徒の弁当に精液をかけた」こともあるという。小学生の頃から自衛隊に強い関心を持っており、「将来は自衛隊入るぞ~」と大声で叫んだり、一人で軍歌を大声で歌っていたこともあり、高校生になっても周囲の同級生に「俺は自衛隊入るからお前等とは後少しの付き合いや」と発言していたこともあったという。また、高校時代に停学処分を受けた際、反省文にも「自衛隊は内申書一切関係無しの一発勝負」等と綴っていたこともあった。宅間は幼い頃から「高学歴・高収入のエリート」に対する屈折した羨望、嫉妬を抱いていた。

 

尼崎市内の工業高校を2年で中退した後、定時制高校に編入学するもすぐ退学し、数ヶ月間ガソリンスタンドでのアルバイトを経て1981年末、18歳の時航空自衛隊に入隊したが19831月に1年強で除隊させられている。除隊の理由について、鑑定書は「家出した少女を下宿させ、性交渉した」ために懲罰を受けたと記述している。

 

除隊後、宅間は運送会社やトラック運転手、引越し業者等十数社転職を繰り返していたが何れも数週間から半年以内で辞職しており、精神的に荒れ、家族に暴力をふるったり、傷害、暴行などに走り、また高速道路を逆走するなど非行を行うようになっていった。1984年、マンション管理会社に勤務していた時には家賃の集金と称して女性の部屋に上がり込んで強姦事件を起こしている。事件後、宅間は母親を伴い精神科を受診、入院するが、入院中に5階から飛び降りて重傷を負う。この出来事の後、統合失調症の診断を下されている。また、のちに母親に宛てた手紙によれば、入院したのは警察から強姦事件で追及されるのを回避するためで、5階から飛び降りたのは「親に嫌がらせをするため」であったという。初犯の強姦事件では1985年に懲役3年の実刑判決が確定し、翌1986年春から1989年春迄奈良少年刑務所に服役し、1989年の出所後父親が宅間の私物を下取りに出しその金を本人に手渡しして父親から勘当されている。

 

1993年、30歳の時非常勤の地方公務員になり市営バスの運転手やゴミ収集、小学校の用務員等を勤めていたが、この間も市バスの運転を務めている最中に乗客の女性に「香水の匂いがきつい」ことを理由に言いがかりをつけてトラブルを起こし懲戒処分を受けている。19994月に小学校教諭等が飲む茶に精神安定剤を混入させる行為をしたとして分限免職されたものの、刑事処分は「責任能力なし」として受けなかった。その後再度職を転々とするが、その度に暴行事件等を起こした為長続きしておらず、2000年末頃から最終的に池田小の通り魔殺人事件で逮捕された当時は無職であった。

 

十数社の職歴の内ある程度長続きした(1年以上)のは航空自衛隊と非常勤の地方公務員の2ヶ所のみであり、それ以外は何れもおよそ半年以内で辞職したり解雇されている。また、初犯の強姦事件を除き全て精神障害を理由に15犯にわたる前科や不起訴処分を経験している。

 

宅間の家系・家族とその環境

 

宅間の先祖は旧薩摩藩の下級武士で、宅間の家系では事件発生前まで代々誇りにしていた。宅間家の男子にも代々受け継がれ、法律や警察関係の仕事を行う者が多かった。

 

武士だった宅間の曽祖父は、明治維新の直後に丁髷を落として警察官に就任し、鹿児島県から奄美大島に渡った後、大阪・河内へ移住した。宅間の祖父は、宅間の父親が17歳になった年の春に死去している。宅間の父親は小学校で学歴を終え、宅間家一家の大黒柱として6人の家族を養ってきた。

 

宅間の父親は、宅間の祖父と幼い頃から自宅の庭で木刀を打ち合っていたといい、「自分は薩摩武士だ」との強烈なプライドを生涯持ち続けていた。父親によれば「『誰にも迷惑をかけない』というのは、大きな私のテーマでありました」と語っている。また、「(宅間家の男子は)何代にも渡って厳しい修身教育(道徳)を受けてきたため、(甲家の男子は)『真のサムライたれ』と教育された。ワシも父親に厳しくそれを仕込まれたし、どんな出身地や身分にも関係無く『教育勅語』というものがあった。これがあったから日本人はちゃんとしとったんですよ」という。父親は極めて平凡な頑固親父で、人生の勝利者にはなり得なかったけれども自分の人生にプライドを持っていたという。

 

宅間の父親は、家族全員に対して激しい暴力をふるっており、宅間自身も父親から厳しく接せられていた(尚、父親自身も放任されて育っていた様子である)。宅間は暴力をふるう父親を憎悪し、寝ている間に包丁で刺殺してやろうと思ったこともあると述懐している。宅間が自衛隊を退職して非行に走るようになると親子関係はさらに悪化し、取っ組み合いをして父親が宅間を何度も石で殴打する出来事もあった。事件後、父親は宅間のことを「物事が上手くいかないとすべて人のせいにする人間」と評している。

 

宅間の母親は、家事、育児が苦手であり、家事のほとんどは父親が担当し、一種のネグレクト状態であったと指摘される。宅間を身ごもった時、父親に「これはあかん」「おろしたい」と語っていた。また、母乳をあげることも嫌がっていた。さらに、宅間が中学を受験する際には、「お前なんか産まれてこなければよかった」と罵詈雑言を浴びせられたと、事件後に宅間のマンションから押収されたノートに書かれていた。

 

宅間は両親に対して、喧嘩をした際に、「ヤクザを使ってお前らの生活滅茶苦茶にしてやる」「死ぬまで苦しめてやる」と語っていた。

 

宅間には実兄が一人居たが、破綻した実弟の存在に心を病み、起業の失敗と偽って小刀で首を斬って40代前半の時自殺している。宅間の母親も長期に渡って心を病み、長らく精神病院に暮らした。

 

私はこの文章のなかで母親から宅間守を生みたくないと云っていたが、父親の願望により生まれた。そうした母親の念は胎児の時から宅間守にもインプットされ、私は生れてきてはダメな人間なんだと自暴自棄となり、そうした念が異常な行動を引き起こしたのである。

また、愛情に飢えており相手を痛みつけることに感覺を憶えることにより、通常の人間の意識を超えたものとなった。

 

ただ、死刑廃止論者は被害者の気持ちや加害者の精神的状況など推察しない。ただ国家が殺人するとかわけのわからない事を云っている。

人間が人間を殺戮するのだから、それだけの罪を受け入れなければならない。宅間守は児童八人以外にも宅間という人物に生涯をかけて罪を犯された人は多い。しかし、彼は遺族に謝罪もしないで死刑となった。

 また最近はネグレクト殺人が増えてきている、抵抗出来ない幼児に暴力を振るったり、育児放棄である。
こういう子供が大きくなって立派に育ってほしいと願わずにいられない。

今年こそ平和で良き年であることを祈ります。

 

『谷口雅春先生を学ぶ』誌のなかから


『谷口雅春先生を学ぶ』誌の1月号に中島昇治氏が下記の文章を書かれている。

 

【国体観の始原は尊師が〈いつ、どこで〉古事記を読まれ、神道・国体観について研鑽を深め…の記述は、小生の記憶にない。】

 

勿論、これに関しては知らないということは当然であろう、それを反対に知っていたらどれほど詳しいのか頭が下がる。

 

さて、その文章は実はそういう文章があることを知っている人は極一部である。勿論、私の『谷口雅春先生著作一覧表』を所有されている人は知っている。

 

そこで何時「古事記」について初めて記入されたかというと、大本教時代である。それは大正八年四月一日号の『神靈界』という雑誌です。当時は皇道大本の時です。

 

『神靈界』大正八年四月一日(第八十三號)

「邪神の發生と身魂の修秡」(古事記の解読と「神癒」への比較論文)

 

実はここで驚くことは大本に入信されたのは早春の頃という記載があります。たぶんその年の一月頃であると推察します。

大正八年三月十五日(第82號)では

「改心しかけた男の日記」○蟻と科学者 ○太陽のやうな神 ○智慧と運命

○時節と天分 (短文)

 

私はここで驚くのはちょうどこの時期にはそれまで編集長を行っていた友清天行氏から四月一日以降は交替している。(四月十五日に交替の記事がある)

しかも、いままで、国体や古事記や皇道の勉強をされておられる形跡などない。ある方から早稲田大学や摂津紡績時代も西洋思想史のみしか勉強されておられませんということを雅春先生の直接お聞きになられておられます。

その大正八年一月から入信され、しかも四月一日号では既に「古事記」を解読されているのには驚く。ただ、大正六年に『國譯大蔵経』を読でいますので理解力は天才と思います。(国民文庫刊行会)全31巻(菊版各約900頁及ぶ)

学ぶ誌には『國譯大蔵経』を読まれたのは大正七年と記載していますが、摂津紡績を辞められた頃で大正六年であることが記載されています。

 

輝子先生がお書きになられていましたが、「歴代天皇の名前をスラスラと黒板に書かれる姿を見て驚かれています。

この四月頃から講師として大本では活躍されていた。

四月十五日号の

「邪神の發生と身魂の修秡」で神道の把握もされておられます。こうした文章も何れは掲載したいと思っております。

 


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