則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2017年10月

讀んで戴ければ幸甚です。

ランニングとトレイルと

ここ数ヶ月、会社通勤にランニングをして行っている。片道8~9㌔と距離も手頃である。

だが、最初は今年の5月から開始した。その5月は途中で何度も休憩したり、夜が9時を過ぎてからの勤務終わりはさすがに辛い。

帰宅は歩く事も多くあった。

唯、ランニングして会社へ行くことが6月は6日であった。

 

約1時間15分をかけての通勤は途中転倒したりしたこともありました。

それでも、5月、6月は車通勤のほうが割合的に多くあり、脚や呼吸も挫折していました。
 7月は半月近くは頑張って走って通った。

夏の暑い時にも途中電車にお世話になる事も多くありました。8月も約半分はランニング通勤でした。

 この10月を過ぎた頃から脚の筋肉も長距離にも対応出来るようになって来ました。それでも、息遣いが荒いのが気になる。

お陰で会社通勤の時間も1時間位に短縮して来ました。ただ、ダイトレ(大阪東部から南部-二上山から金剛山や葛城山の縦走)等はまだ自信はありません。もう少し早く走らねばならないのと体力です。

1時間を走ったからとかではなく長距離と山登りとの体幹を時間をかけて習得しないとダメである。

 

この10月は走行は速いが疲れてしまう。

それでも一日休憩すればまた、順調に走れる。そういうことを繰り返しながら、今後山への挑戦である。3050kmへの走行へと順調に延ばして行きたい。2年前の走りでも足腰には自信があったが、登りが苦手であった。階段の途中でへばってしまうことも多い。それでも500人参加であれば250番位の順位である。平坦道などは距離が40kmでも平気で走れた。それでも登り坂である。ここを長距離でも対応できるようにしたい。仕事とランニングと勉強と頑張って行きたい。それと毎年、会社を休むことはないが、風邪気味だったりすることもあったが、それを無くしたい。現在でも会社を風邪で休む人がいる。それだけは払拭していきたい。

再び、箕面駅から嵐山駅52kmを挑戦していきたい。とりあえずの目標は9時間内で走行していきたい。ダイトレも二上山から紀見峠まで7時間を目標にして行きたい。


こうして考えるようになったのは、5月ゴ-ルデンウィ-クにおける鯖街道であった。スタ-トから浪速歩け歩け会のメンバ-の凄いこと。私より年を重ねた人の歩きの速さである。800mの山を平気で速足で登るのである。私は息絶え絶えである。限界を感じたのである。


多分、現在でも完全に走行では負けてしまう。鯖街道で京都市内に着いたあとでも、(既に60kmを過ぎている)スゴイ速足である。もう圧倒された。以前に二回行事に参加したが、速さと息が切れない凄さがある。

 

私は新編『生命の實相』を批判などしていない。よく讀んで下さい。

今回『生命の實相』の憂鬱としてブログで記入しましたが、私はまるで新編『生命の實相』を批判しているということだけを捉えて、批判や反論する人がいますが、本当に何を勘違いしてるんだろう。

私は提案もしているし、間違いや未記入をしてはならないということも書いていることに関して、誰一人意見を云わない。また、未販売の本を特集するのは違和感があるといっているのが、何が批判されることなのか、冷静に考えればわかることである。

また、良本ほど表紙や内容を吟味するのは当たり前である。中身もそうだろうが、表紙も大切であることを本当に分かっていない人が多すぎる。

 

私は雅春先生が戦前に於いて出版する本の中身だけではなく、表紙に非常に拘わられたことを殆どの人は知らない。

私はそういう指示された書物を所有しているので、本当に此処まで極め細やかに指示されるものである。

例えば、本の資質や重さ、文字のルビや配置など専門的分野までされておられる。

 

有名な話ですが、革表紙を出版される時に『生命の實相』を日本のバイブルとして出版されているのです。その為に資質は絶対に落としてはならない。そうしたこだわりが、誰よりも持っておられたのが雅春先生でした。戦前の紙の配給制度にも拘わらず、紙質を落とすならば出版しないということを徹底されておられたのです。

 

勿論、廉価版としても『生命の實相』も同時に出版されるのです。現代においてもそうです。頭注版を出版しながら愛蔵版を出版されるのです。

 

私は早く新編『生命の實相』を出版して欲しいということを前提に書いています。

若し、批判しているというならば、どこにその批判を書いているかを指摘して下さい。

それを出来ないで、安易に書くなということです。

『生命の實相』の憂鬱-②

前回のブログで『『生命の實相』の憂鬱』という題を記入しました。案の定ですが破邪顕正がそれに噛みついてきたのですが、しかし私の真意を解らうとしないで、言葉尻を捉まえて「会員からこういうことを言われた」といういつものパタ-ンで返答してきた。

 

それは何回か記入しましたがそれを箇条書きにして問題点の本質を記入していきたい。

通常、会社などや販売促進の場合はそうした「批判や苦情」に対して、その企業の価値を髙ために、幹部会や会議を開催して、それがどうしてそうなるのかという討議をします。

①何故、月2回若しくは3回しか発行出来ないのか?

A;予算の問題なのか

B;売行きが不調なのか

C;校閲などに時間がかかるのか

D;はしがきに時間がかかるのか

E;人数が不足しているのか

等々

 

こうした中身を具体的にテーブルに載せ、そうした議題を掛けて討議を普通であればします。それは時間を7年とか10年とか掛ければ掛ける程、売行きというのは必ず減退します。

そうした、議論をしないで『生命の實相』という大聖典に胡坐をかき、錦の御旗のように待っていればこんな立派なものだから売れるというのは間違いである。

志恩さんが云っていたように「表紙のデザイン」の問題もあると感じます。申し訳ないがこれじゃ売れない。リサ-チをしたり、プロに頼んだりしていない。戦前の『生命の實相』の方が却って斬新である。そうしたことも購買意欲が感じられない要因となっている。

 また隔月に発行しても、最初は購入していても途中で通常ならば購入するのは止めます。

それならば、古本屋やアマゾンやyahooといった所で「頭注版」を購入するほうが手っ取り早い。

 

 「谷口雅春著作編纂委員会」というメンバ-も詳らかに出来ない。メンバ-というのだから5人や10人はいるんであろうが、本当は一人で作業を行っているのではないかと穿ってみてしまう。

 私の『谷口雅春先生著作年譜集』でも3人で行っていた。ちゃんと最後にそのメンバ-の名前を記入しています。

 

私の推測であるが「売行き」は悪いと感じています。賛助会員とか募っているが、どれほど売れたのか発表しない。

また、自分の都合が悪ければ返答もしないでいる破邪顕正。トキさんが云っていたように破邪顕正は山ちゃんの意見を何も答えていない。といわれる方が普通ならば真っ当な意見である。

 

それならば、売行きを好調に導くにはどうすればいいのかである。

65巻というのも本当は変更して欲しいが、これからはもう出来ないであろう。また価格も変えられないであろう。

①それならば、表紙を先ずは変更することであろう。

それならば、可能である。

②それと編集者「はしがき」をなくす。無駄のような気がする。

著作者の本だから、余計な文書を勝手に付けない。

③それと、一か月に一回の発行とする。

 

こうすれば、もう少し早く販売も可能であろう。人々の購買意欲も少しは湧くであろう。

だが、本来ならば人の意見ももう少し聞いたりするのであろうが、「生長の家」を信仰している幹部程、人の意見は聞かないものである。

 

講演会では素晴らしいことを云っているが本心はどうなんだろう?

書きたいことが山積み

以前に澎湃とした時代の大阪青年会で少しだけだが、ここに記入致しました。

黎明期の時代・澎湃とした時代(大阪を中心に書きます)

昭和217月。谷口雅春先生の御意志を受継ぐ為に起ち上がったのが川島滋と伊藤公雄を中心としたメンバ-が「生長の家学徒連盟」(MSSA(メンタルサイタル・サイエンス・スチュ-デント・アソシエ-ション)であった。昭和22年には彼らは月2回の研究会を開催していくまでになったのであった。

昭和22817日には駅前伝道を前に午前中に例会を開催、80余名の参加者があった。この時代には創価学会を遥かに凌駕した会員数であり。頼もしい青年会は戦後の曙に燦然と輝く実績を残したのである。その後上本町六丁目の交差点にて男子10名、女子9名で伝道した。

この当時は進駐軍にたむろする若い女性をパンパンやパン助と揶揄し、そうした日本人の若者に颯爽とした青年会がいた。これが大阪青年会であり、「大阪青年会」の幟を建て、生長の家の素晴らしさを街頭で語ったのである。『生長する青年』昭和2210月号に当時の状況が記載されている。

参加者は大崎華子・川島滋・伊藤公雄・南川次郎・司忠司・河合・栗原保介・栗原久子その他である。

 

私はその時代におけるMSSA「生長の家學徒聯盟」とはいかなるものかをもう少し時間を設けて書きたい。いろいろと書きたい事があるが時間がそれを許さない。

大本における言霊解釈等は亀の子さんという新鋭が今後突っ込んで書いてくれるであろう。本来はもう少し詳細に書きたかったことがあるが、それも出来ないまま現在に至っている。

中途半端のまま「皇道大本と谷口先生」ということも100頁程書いてそのままである。一部は『谷口雅春先生著作年譜一覧表』に記載したが、まだ物足りなさを感じている。

これからそうした活動も私のライフワ-クとなるであろう。

石原莞爾と谷口雅春先生

生長の家の大東亜戦争において色々なことがあった。

あの石原莞爾は日蓮宗の熱心な軍人でもある。

田中久という最終階級は陸軍中将である。この人は「生長の家」を信奉していたと考えている。この人は終戦の年一月に石原莞爾に書簡を送付している。そのなかで

東亜聯盟の石原莞爾資料にある。田中久封書

昭和20226日 張宗援は夙に閣下と生長の家谷口雅春の提携を切望 375

読んでみたいと考えています。

 

谷口雅春の提携とは如何なるものであるかを知りたい。

間違った投稿

【私も含め、多くの信徒は、頭注版に慣れ親しんで来ました。なので、

頭注版には愛着があるのは事実です。

 

ところが、刷り上がった頭注版を拝見された 谷口雅春先生は、

「これは私の文章ではない」と、愕然とされたそうです。

 

勿論、聖典は、住吉大神のお言葉、文章ではありますが、その編集に、

愕然とされたのですね。

 

皆様、頭注版は、やたらとひらがなが多く、句読点を打つべきところに、

句読点がほとんどありませんね。

 

頭注版は当時、中学生対象の編集だったと聞いています。

 

愛蔵版をお持ちの方は、比べてみて下さい。

 

新編『生命の實相』は、そのあたりの事も含め、谷口雅春先生の

み心を考えながらの編集なのだなあ、と、私は感謝感激しながら、

新編『生命の實相』を拝読させていただいています。】

 

このような間違った投稿をされると訂正しなければなりません。

この投稿された人は戦後の『生命の實相』新修特製版を読まれたことがあるのでしょうか?それと比較して何が変ったのかを調べてことがあるのかであります。

 

それは大きく変更したのは「現代仮名遣い・送り仮名の付け方」昭和30年準拠しています。

内容は変更していません。

 

平仮名を付けているのも殆ど変更はしていません。ただ旧漢字等を変更しています。私は反対にそういう文章を読んでいるので苦になりませんが、はたして貴方は新編『生命の實相』の方が読みやすいといっている時点でそうした旧仮名遣いや旧漢字や旧字体などは難しいでしょう。

 

また、雅春先生はそうした現代仮名遣いに対してガックリとされたとは聞いていますが、新仮名遣いにされたことをある程度理解はされています。頭注版1巻のはしがきなどを是非読んで下さい。

 

それと旧仮名遣いでないとわからない文章もありますので、その部分は気になります。

言霊解釈での語弊であると思います。


例えば

家(いえ)ですが、旧仮名遣いであれば「いへ」です。「へ」という文字を表す内容が変ってしまうのであります。
また宇治(うじ)ですが、本来は「うぢ」であります。この周辺の地形が言葉に大きく作用したのです。うぢとは「うち」つまり内であります。宇治川の周囲から大きく山に囲まれている地形からそのように
盆地の地形で「内」になっているという説があるが、反対にそういう説が的を射ているのです。
だから内容も変わってしまうことを懸念されたのであります。

HKさんへ

HKさんへ

『谷口雅春先生著作一覧表』が売り切れてしまったとのこと、購入を考えておりましたので、たいへん残念です。増刷のご予定など、ありますでしょうか。
また『生命の實相』の勉強会や輪読会の必要性は、私も痛切に感じております。なにかご企画があるようでしたら、ぜひ参加させていただきたく思っております。
ご教示いただけましたら幸いです。

 

この著作は現在「永井古書店」で販売していますのでそこで御購入をお願いいたします。

 

此の本は高額となり、現在はあまり売れていません、つい先日に国立大学の某宗教系大学の先生から公費での購入がありました。

「生長の家の全貌」-①

今日は少し時間があるが、体系的に纏めてみたいものがある。

それは谷口雅春先生が昭和30年に出版された

危機に立つ日本-それを救ふ道-(救国叢書1)鳩山一郎共著   小冊子

「生長の家の全貌」「現代日本とマルキシズム」

「愛に関する11章  谷口雅春先生の肖像あり 「滅びざる徳に就いて」

危機に立つ日本  それを救ふ道 救国叢書・1

              昭和30515

滅びざる德に就いて

目次

民主主義教育と『生命の實相』鳩山一郎/1

生長の家の全貌 谷口雅春/13

生長の家は現代に何を與へるか

人権の基礎となる「人間」の本質について

人間は肉體に非ず/14

「靈」の自覺に伴ふ諸般の利益と聖使命會の役割/16

萬教の眞理の一致を指摘して世界を平和ならしめる/17

獨創的な直感による各宗教義の偏差の調整/19

單なる「人種」を、生きた「人間」にするには/20

新しき精神身體醫學の樹立

心理學及び精神分析に新分野の開拓/22

肉體を精神の象徴と観る精神分析の樹立/23

西欧支配に對する東洋文化の對抗/24

日本建國の理想の復活/27

新しき教育法の創始/30

「生命」の尊重すべき所以に就いて根據を與ふ/31

新しき社會政策の提唱

殺人的堕胎を行はずとも食糧は與へられる/34

英文『生長の家』の發行により海外との國民外交に裨益しつゝあり/37

宗教放送による海外との提携

 

現代日本とマルキシズム

觀念は行動に先行する/40

「宗教は阿片なり」と云ふ意味/42

「憎み」は破壊のエネルギ-/44

マルキストは資本家の温情を求めてゐるのではない/45

共産主義國家にも階級や待遇の差別はある/46

共産主義國家の教育/51

資本主義經濟と社會主義經濟との得失/52

中共からの麻藥の密輸入は計畫經濟の中にあるか/53

国際マルキストの遠大な計畫/54

 

愛に關する十一章

神を通して顯れたものは皆善である/57

長く醫療をつづけて治らぬ場合/58

神の愛の具象化としての藥劑

愛を必ず得る方法/59

富についての考へ方を變へよ

人と和解し、赦しを得るには/60

富の唯一の本源は神である

善き使用人を得るには/61

たゞ無我になって神の愛のパイプとなること

「あいする」とは自己内部の「完全理想」を相手に移入することである/62

愛は放つことによって完成する



そのなかの「生長の家の全貌」の内容について詳らかにしていきたいが、時間がなく書けないでいる。

最近は残業時間100時間で平日は帰宅すると何も出来ない状況である。それにマラソンに挑戦など考えている爲に走ったりしていて、時間的な余裕がない。

それと自治会長の役職やボランティア活動の主宰者もしている。

ただ、前回に出版した『谷口雅春先生著作年譜一覧表』も訂正したい内容もあり、それもありますのでなかなかその時間の余裕がない。

 

今回の谷口雅春先生の書かれた「生長の家の全貌」は元生長の家理事 森田征史先生が講話で説かれていた内容であります。

この文章をどうして説かれたていたかは内容をこの現在の時代に当てはめて読むと、なるほどと思う所があるのです。

私のような稚拙な人間が書くと小聡明くうつりますので、その当時の「大阪市立大學經濟研究所編」を引用して説明させていただきたい。

しかしそれには時間が必要ですので、今回は簡単に説明させていただきたい。

それは「失業の分配」ということです。

失業の分配ということをどう考えるかを「賃金理論と勞働問題」について考察したい。

 

但し、本日はここで筆を置きます。

新編『生命の實相』の販売状況

第一巻 総説篇・光明篇 七つの光明宣言 生命に至る道

H24.1.01

第二巻 実相篇 光明の真理(上)

H24.6.15

第三巻 実相篇 光明の真理(中)

H24.8.05

第四巻 実相篇 光明の真理(下)

H24.8.05

第五巻 生命篇 生命円相の真理(上)

H25.4.25

第六巻 生命篇 生命円相の真理(中)

H25.8.10

第七巻 生命篇 生命円相の真理(下)

H2510.10

第八巻 聖霊篇 燃えさかる聖霊の火(上)

H26.1.15

第九巻 聖霊篇 燃えさかる聖霊の火(中)

H26.4.15

第十巻 聖霊篇 燃えさかる聖霊の火(下)

H26.7.25

第十一巻 実証篇・精神分析篇 生長の家の奇蹟について・精神分析による心の研究

H26.11.5

 

第十二巻 生活篇 「生長の家」の生き方(上)

H27.02.15

第十三巻 生活篇 「生長の家」の生き方(下)

H27.02.25

第十四巻 観行篇 神想観実修本義(上)

H27.625

第十五巻 観行篇 神想観実修本義(下)

H27.7.5

第十六巻 霊界篇 霊界と死後の生活(上)

H27.9.25

第十七巻 霊界篇 霊界と死後の生活(中)

H27.12.01

第十八巻 霊界篇 霊界と死後の生活(下) 

H28.2.15

第十九巻 万教帰一篇 真理の扉を開く(上)

H28.4.25

第二十巻 万教帰一篇 真理の扉を開く(中)

H28.6.25

第二十一巻 万教帰一篇 真理の扉を開く(下)

H28.9.25

第二十二巻 教育篇「生長の家」 児童教育法

H28.12.05

第二十三巻 倫理篇 永遠価値の生活学()

H29.2.20

第二十四巻 倫理篇 永遠価値の生活学()

H29.4.25

第二十五巻 人生問答篇 人生の悩みを解く(上)

H29.6.25

第二十六巻 人生問答篇 人生の悩みを解く(中)

H29.9.05

新編『生命の實相』の現在までの発行日を記入しました。

全発行巻数予定 65巻です。途方もない巻数であります。私でも現在の『生命の實相』40巻というのに高校生時代に驚きました。巻数を聞いただけで止める人もいるでしょう。こうした心理的な作用も販売する場合は考えないといけない。あの『昭和天皇実録』全18巻+索引1

現在も続刊中の『明治百年史叢書』に至っては486巻ですから、それと比較するのも失礼だが、途方もないことなんで、やはり購買意欲と価格など見直す必要もあるように感じます。

それと編纂委員の「はしがき」はいらないように思います。そうすれば一か月に一巻は販売可能です。

附随します。

山ちゃん1954さんの投稿 (910)

山ちゃん1954さんの投稿 (910)

【日時:20171013 () 0301
名前:トキ


 山ちゃん1954さんが「『生命の實相』の憂鬱」と称する文章を発表されています。

 この内容は私は正論だと思っています。

 確かに光明思想社の生命の実相の存在は信徒にはほとんど知られていません。結果、光明思想社もお困りだと思いますが、結果として生命の実相が頒布されない状態が続いているので、その意味は問題だと思います。

 また、頭注版を無視した編集は、私の見る限りは、信徒からの失望を招き、学ぶ会への評価を下げる結果を招いていると思います。

 せっかく山ちゃん1954さんが貴重な指摘をされているのですから、きちんと返答をされるべきだと思います。】



トキさんに深く感謝申し上げます。

 

通常、一般社会では販売されていない商品を宣伝するのはおかしいというのが常識なんです。
学ぶ会ではそれは非常識となるのでしょうか?

破邪顕正さんにとってそうした常識は通用しないのでしょうか?


ご返信に感謝致します。

戦後まもなく『生命の實相』の発刊は資金面や紙事情により直ぐに発刊出来なかった。

しかし、それでも昭和241110日より新修特製版(見返装丁)(全20巻)をそして新修普及版(全20巻)昭和2655日より発刊されるのである。

 

何故、同時期に同じような『生命の實相』を発刊されたのか、新修普及版はつまり廉価版のような本である。新修特製版は豪華版の『生命の實相』です。

それでも、『生命の實相』を時代に絶やさぬように谷口雅春先生は考えれらていました。

 

また、戦後において『平和版 生命の實相』の刊行の予定がありました。昭和21年『生長の家』誌12月号の5頁に掲載された「平和版『生命の實相』自費出版会員募集」という記事の中で、《唯今最も入手困難で、最も渇望されている、読んで病いが治り、運命が好転する無数の体験例ある(中略)生長の家聖典「生命の實相」全二十巻を、戦時のみに適せる心構の部分を省き、他は悉く完備せる厳密なる著者自身校訂の永遠定本の聖典を実費にて配本せんとする会です。》

 

『生長の家』誌 昭和22年3月号に「『平和版生命の實相』の自費出版計画も延期の止むなきに至りました」(『明窓浄机 戦後篇』31頁所収)と書かれているように、この平和版『生命の實相』の発刊は実現しませんでした。

 

私は『真理』のオンデマンド版を高評価しています。それは編纂委員会とか記入されていないからです。しかも、オンデマンド版ですから手軽に印刷も可能です。始めからこうすればよかった。そういうことを販売前に提言していた。

 

私は祈れば簡単に手にすることが出来るとか、そういう表現を使ってほしくない。それならば祈れば新編『生命の實相』をすぐに販売出来るのか?

実際そうではない、しかも拡販すればいいが販売部数も低調ならばなかなか販売出来ないのが実情ではないか。

実態を把握して発言しなければ安易な発言になる。たとえば『人生の鍵シリ-ズ』でもそうであるが、販売が好調なれば書店に並ぶが、大型書店でも殆ど書棚にはない。

 

さて、破邪顕正さんの云いたいことはわかります。以前にも年間隔月の発刊を嘱望される発言をされていましたが、やはりなかなか起動にのっていない。ただ、そういうものであることがわかりますので、応援させていただきます。

 

希望として「谷口雅春先生」の歴史年譜を発刊して欲しい。そうでないと時代背景を把握しなければ、『生命の實相』を如何に販売されたのかも新しい人にはわからない。

私も自分で作成しましたが、それを欲する人も多くいることも事実であります。著作権には抵触しないので販売出来ると思います。

私は批評もしますが、提案もしていますのでこういう事も御一考下さい。

 

期待していますので頑張って下さい。心より応援させていただきます。

 

また、破邪顕正さんのような偉いお方が人の意見を聞いて書くのはあまりよくない、その箇所は

 

今回の「山ちゃん1952」にある投稿について、こういうことを言われました。

その方が指摘されたのは、この箇所です。

《販売もされていない『生命の實相』を特集するのは違和感さえある。…

その「人生を一変させる」ような書物が欲しいという人はどうすればいいのか、全巻を直ぐ読みたいという人はどうすればいいのか》

果たして、『生命の實相』は全巻が揃っていなかったら不完全なのでしょうか。】

 

破邪顕正さんともあろう人がこんな言葉を使用するとはしかも私は「不完全」という言葉など云っていない、人それぞれの考え方があるのです。ただやはり全冊そろっていない『生命の實相』を特集するのは違和感があるからです。現在65巻発刊予定の26巻ですから半分も到達していない。

よく破邪顕正は雅宣氏が絶版された著作を引用していることに批判していますが、私も同感しています。それと同じように違和感を感じています。絶版と未発行は少し違いますが、ただ違和感は同じです。

 

私は新編『生命の實相』を期待していますので、早急に全巻の発行を切望します。
それと、あまりカリカリせずに投稿して下さい。書面に表れています。

 



 それと「谷口雅春著作編纂委員会」というのはメンバ-は誰ですか?
やはり、応える義務があるように思いますが、秘匿なのでしょうか?

追尊天皇春日宮天皇妃 贈皇太后橡姫 吉隠陵

 追尊天皇春日宮天皇妃 贈皇太后橡姫 吉隠陵

昨年にこの地を訪問しているが、写真など現在見つからないでいる。

この陵墓は初瀬街道から行くのが一番近い道であるが、道標はあるが殆ど草や樹木に覆われて道順がわからない。私も随分前に訪れたが、その時は夕方近くにも拘わらず、道標に從って直ぐに参陵出来たが、昨年は迷いに迷って行けなかったことがある。それから道順を鳥見山のハイキングコ-スから行った。少し遠回りだが、道はしっかりしている。

 

この吉隠は「よなばり」と呼ぶ、初瀬から東へ2km程で吉隠がある。また橡姫(とちひめ)は(平安時代の陰陽から抜粋させていただきます)

 

 

奈良県宇陀郡榛原町鳥見山(標高740メートルの山)にあります。 鳥見山といえば厩戸皇子や押坂彦人大兄皇子の舎人・迹見赤檮(とみのいちい)の出身地でも有名です。 近鉄大阪線の榛原駅近くの165号線から登山道が伸びています。 この登山道口を登る人はほとんどいないのでしょうか、楽に入れるような道ではありませんでした。 

  

 春日宮天皇妃御陵は 第49代光仁天皇の母・紀橡姫(きのとちひめ)(紀諸人の女)の御陵で、 709年(和銅2)吉隠の地で崩ぜられ、ここに葬られたと伝えられています。 春日宮天皇は、光仁天皇の父・施基皇子 (皇位継承とは全く無縁で、政治よりも和歌等文化の道に生きた人生だった) のことをいい、天智天皇の皇子になります。  奈良時代末期、聖武天皇の娘であった孝謙・称徳天皇(46代、48代の二度天皇となって重祚)には、子供がなかったことから、光仁天皇(天智天皇系)に皇統が移っているのです。 光仁天皇・白壁皇子が即位されると、 亡くなられたあとに春日宮天皇として諡号されています。 また、施基皇子は万葉歌人でもあり、 よろこびの御歌一首を見ることが出来ます。 

「石走る垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」

 紀橡姫(きのとちひめ)の出身の紀氏は「記紀」上では元々天道根命又は御食持命を祖とする「神別氏族」である。宇遅彦命の時、紀国造となりその妹「山下影媛」が8孝元天皇の孫屋主忍男武雄心命の妃となり、その間に「武内宿禰」が産まれたとされている。この武内宿禰が、宇遅彦の子「宇豆彦」の娘の「宇乃媛」を妃として、紀(木)角宿禰が産まれた。これが、外家紀氏の姓を嗣いで「皇別氏族」として中央政界で軍事氏族として活躍する「紀氏」となった。これが紀氏の祖は、武内宿禰であると言われる由縁である。紀の国紀氏は、古墳時代初頭の昔から紀国の豪族であったが、大和王権に媚びてその由緒を捨て去り、神別、皇別氏族へと6世紀後半―7世紀前半に集団が分断されたらしい。 武内宿禰は、架空の人物(紀記編纂時造られた)とされ、この子紀角宿禰は渡来系の人物で7世紀あたり神別紀氏の系譜に入りこんだ、との説も多数ある。

宇和奈辺陵墓参考地旧陪冢ろ号(大和6号墳)



宇和奈辺陵墓参考地旧陪冢ろ号(大和6号墳) 出土遺物の整理報告

 

陵墓といえば本当に感心の無い人が多いのは知っていますが、私のブログではやはり書かなければならないと感じております。

上記「宇和奈辺陵墓参考地」は平城京の北東付近にあります。この地域も私が好きな場所であります。丁度、磐之媛命 平城坂上陵(仁徳天皇皇后)と小奈辺陵墓参考地とが重なるようにある。

 この陵墓には4回程参陵したことがある。この陵墓参考地や磐之媛命陵はそれぞれ培冢があり大和○号墳とよばれている。この陵墓に隣接して航空自衛隊奈良基地があるが磐之媛命陵の陪冢がこの基地内に2カ所ある。私は基地内に入って見ました。

陪冢い号 大和21号墳

陪冢ろ号

陪冢は号

陪冢に号

陪冢ほ号

陪冢へ号、陪冢と号、陪冢ち号消滅

陪冢り号 大和17号墳 奈良基地内

陪冢ぬ号 大和16号墳 奈良基地内

 

とある。

 

小奈辺陵墓参考地にも奈良基地内の陪冢が2カ所ある。

陪冢い号 奈良基地内

陪冢ろ号 奈良基地内

陪冢は号

陪冢に号

陪冢ほ号

陪冢へ号

陪冢と号 大和26号墳

 

この大和○号墳にかんしてもう少し調査したい。

 

さて、最後に宇和奈辺陵墓参考地は地図で見ると東側が欠けているような形状だが、これはJR奈良線を通す爲に調査なしに潰したものである。

元々、宇和奈辺陵墓参考地は

伊号

呂号 消滅

B,C,D古墳 進駐軍により破壊

 

陵墓 陵印 掲示板から抜粋すると

 

□ウワナベ古墳の陪塚

宇和奈辺陵墓参考地の治定陪塚は「前図」で漢字(伊・呂)で表記していますが、呂号は現存しません。
末永雅雄「古墳の周庭帯と陪塚」(書陵部紀要13・「陵墓関係論文集」(1冊目)所収)には、「前図」のように「大那辺」古墳の治定外陪塚A~Dと古墳の描写かもしれない△も図示されています。しかし、BCDと△は現存しません。
「奈良市史 考古編」(昭和43年)によると、呂とBCDは終戦後に進駐軍によって破壊・削平されたらしく、憤りを禁じえません。Aも破壊されたようですが、墳丘の外廓は辛うじて生き延びたらしいものの、基地構内で非公開エリアなので残念ながら確認不能です。なお「奈良市史 考古編」にはAの墳丘?跡地?の写真が掲載されていますが、Goo地図の航空写真では、それらしいものは確認できませんでした。
△は陵墓地形図集成にも描写されており、JRの線路で東側が切断されています。該当地は現在は道路と線路が密着しており、△が古墳の痕跡であったとしても道路建設で消滅したようです。「奈良県遺跡情報地図」にも掲載されていません。
更に「奈良県遺跡情報地図」には、※※の位置に消滅した大和8~10号墳、▽の位置にも現存する古墳が図示されていますが、「奈良市史 考古編」には掲載されておらず詳細不明です。大和8~10号墳が、呂ABCDと同様に進駐軍よって破壊されたとすると、末永雅雄がこれらをウワナベ古墳の陪塚と認定しなかった理由も知りたいところです。▽はGoo地図の航空写真では薮のようになっているみたいです。
なお、陵墓地形図集成には大正15年測量の陵墓図が収録されていますが、残念ながら古墳は伊・呂・△しか描写されていません。なぜ呂が陪塚治定されて近接するA~Dが治定されなかったのか興味津々です。

 

『生命の實相』の憂鬱

「谷口雅春先生を学ぶ」誌の11月号は特集として「人類最高の経典―『生命の實相』を掲載している。私はこんなことを云いたくはないが、内容に関しては正直、その通りである。

だが実際はその『生命の實相』は販売されていない、新編『生命の實相』はようやく第26巻である。今後年間4巻として考えると、65巻で10年を経過しないと終刊とならない。


当初、このブログで現在のやり方に異を称えてきたが、実際私とその仲間と発言していた内容が的を射ていた。私の発言した通り、そのようになってきているのが実情であろう。販売方法や『谷口雅春著作編纂委員会』という誰がそういう委員会という名前を使用しているのか、正体がわからない。


この件について「有名な元本部理事」とも話したことがあるが、山ちゃんの云っている通りである。と賛同していただいた。


しかし、販売もされていない『生命の實相』を特集するのは違和感さえある。たしかに内容はその通りです。しかしその「人生を一変させる」ような書物が欲しいという人はどうすればいいのか、全巻を直ぐ読みたいという人はどうすればいいのか、オンデマンド版というのがあるのは知っているがそのオンデマンド版は頭注版を基調としているから既に何冊か購入している人は購入したくてもどうしょうもない。古本や其の他アマゾンでの購入とかあるが、多くは頭注版である。


それならば「オンデマンド版」で『生命の實相』を販売すればよかったのである。

それが編集者の意固地のような考えで私達の正論に反論されて現在の苦境にたたされている。自業自得であるが、『生命の實相』であるからそんなこといっていられない。

また、『谷口雅春先生を学ぶ』誌には『生命の實相』の一部がポッカリと抜けているのである。
それは戦前に販売された

生命の實相携帯版叢書 (聖経附)携帯布装版

『袖珍清楚装』     13.12.15~15.7.20   20

巻である。

 生命の實相携帯版叢書 (聖経附)

幸福生活への真理

把住と放行

辧道聴き書

哲學の實践

永遠價値の生活學

生活に生きる宗教

調和生活

生活化せる大乗佛教

光明の生活法

新生活への出発

人生と戀愛その他

常樂の實現

樂園奪還

百事如意

ひかりの語録

實相眞行義―錬心的修養の眞髄―

實相要約(上巻)

實相要約(下巻)

日本の世界的使命

〇「甘露の法雨」講義


この御本をどうして書かないのか
わからない。多分、詳細を知らないからであろう。

また、戦前の『生命の實相』満洲版は4巻と記入しているが、実際は3巻のみ販売している。

それと戦後では

○新修特製版・普及版(全20巻)と記入しているが、これでは20巻のみしか販売していないこととなる。
○新修特製版(見返装丁)(全20巻)
○新修普及版(全20巻)
と記入しないと読んでいる人は間違う。

また戦後の豪華革表紙 地の巻は昭和30年3月5日と昭和33年にも販売されているのです。

やはり、『生命の實相』を特集するのであれば、きっちんと調べないと駄目である。



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