則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2017年06月

讀んで戴ければ幸甚です。

鳥居について

今回は引用ばかりですが、神社や御陵にある鳥居の話です。

鳥居には様々な鳥居があることを知っていますか?

私が一番驚いたのが、三角鳥居なんです。三柱鳥居と呼ばれているのですが、これには衝撃を受けました。

この鳥居があるのは京都の蚕ノ社という所です。京都では有名な嵐電(らいでん)に乗って「蚕ノ社」で降りるとすぐにあります。私や京都の人は嵐電(らいでん)と呼んでいますが、京都の路面電車です。京福電気鉄道とよばれています。この電車では春の桜の時期になると、櫻のトンネルということでライトアップした桜のトンネルを通過するのですが、車内の電燈を暗くして、ゆっくりと走るのです。その美しさにどよめきがでるほどです。夜桜電車と呼ばれています。何か「夜桜お七」の歌が出てきそう。

また呼び方が難しい駅名があり鹿王院駅(ろくおういんえき)、帷子ノ辻駅(かたびらのつじえき)西院駅(さいえき)と京都らしい駅名です。

 

話はそれましたが、三柱鳥居はその蚕ノ社駅から北にすぐにあります。神社名は木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)なんです。周りは住宅にに囲まれていますが、糺の森(ただすのもり)というのは下鴨神社にありますが、ここは元糺の森とよばれています。この場所が住宅地にあるとは思えないほど静寂な場所であります。

 170630-1

抜粋致します。

本殿の西側には四季湧水していた「元糺の池」という神池があり、そこに「京都三鳥居」のひとつ「石製三柱鳥居」が建っています。元々は池の中に鳥居が建っていたのですが、残念ながら近隣の宅地開発などが原因で10年以上前から水が枯れてしまい、現在は鳥居だけが遺されています。秦氏に縁のある双ヶ丘・松尾大社・伏見稲荷大社の3方向へ3つの鳥居が組み合わさった非常に珍しい形状をした石製の鳥居です。円柱ではなく八角柱なのも珍しい。中央の組石は本殿ご祭神の神座であり宇宙の中心を表しています。

 

かつては清泉が湧き、古くからの巨樹が繁茂して日陰になっているからか、それとも強い神気のせいなのか、近づくとヒンヤリと首筋が重くなります。京都に寺社や神社は数多くあれど、これほど強い力場を感じるパワースポットは他にありません。作家の司馬遼太郎もこの三柱鳥居に何かを感じたのか、短編小説『兜率天の巡礼』で、三柱鳥居について「ユダヤ人が好んで使うあの意味不明な三本足の紋章になんと酷似していることか」と触れています。

 

 

三柱鳥居はそれ以外に奈良県や東京墨田区三囲神社や岐阜県大和町、奈良県の大神教会にありますが、一度三柱鳥居を見て頂きたい。

全国には変わった鳥居があります、例えば一本柱鳥居(長崎県山王神社)というようにありますが、ここは元々二本柱であったが原爆の影響で一本となった。

 

 

さて、鳥居ですが日本三大鳥居とは

厳島神社

伊勢神宮(三重県)

春日大社(奈良県)

ですが、取り分けて凄みのある鳥居は私は大神神社の一の鳥居です。

住宅地に大きく聳え立つ鳥居がなんともなく雰囲気を醸し出しています。

 

神社庁では鳥居のことを

 

私たちが神社にお参りをするとき、まず鳥居を目にします。鳥居は神社を表示し、また神社の神聖さを象徴する建造物ともいえます。鳥居は神社の内と外を分ける境に立てられ、鳥居の内は神様がお鎮まりになる御神域として尊ばれます。また、特定の神殿(本殿)を持たず、山など自然物を御神体、または依代(よりしろ)としてお祀りしている神社の中には、その前に鳥居が立てられ、神様の御存在を現すものとして重視されています。

 

鳥居の起源については、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋にお隠れになった際に、八百万の神々が鶏を鳴せましたが、このとき鶏が止まった木を鳥居の起源であるとする説や、外国からの渡来説などがあります。

 

私は昔から神社というのは神聖な場所であることはもちろん、人間と神様の結界であると感じています。それは山の神や海の神などその自然における、入っては行けない場所などに結界門や石碑が建てられています。

大峰山の「女人結界門」は有名です。鳥居はそうした人間界と神様の世界を峻別するようになっている。だからこそ神聖なのです。170630-2

 

 

京都に行くと所々に結界という石碑がありますが、昔はその山や場所には登れなかったことを差します。京都の金蔵寺から下ると結界の大きな石碑があります。

 

それでは鳥居とは何であるかというと、やはり人間界と神様の世界を分ける境界線のように思います。その鳥居をくぐると、神様の世界となるのです。

 

それでは鳥居とは

 170630-3

 

 

鳥居の種類

A「神明鳥居(Shinmeitorii)」

B「鹿島鳥居(Kashimatorii)」

C「明神鳥居(Myōjintorii)」

D「八幡鳥居(Hachimantorii)」

E「春日鳥居(Kasugatorii)」

F「中山鳥居(Nakayamatorii)」

G「外宮鳥居(Gekūtorii)」

H「三柱鳥居(Mihashiratorii)」

I「三輪鳥居(Miwatorii)」

J「両部鳥居(Ryōbutorii)」

 

神明鳥居に代表されるもの

 

神明鳥居に代表されるものは、柱や笠木は丸材を用いることもあるが、全体的に直線の部材が用いられる。神明鳥居は素朴な形式で、全体的に直線的である。笠木柱には丸材、貫には板材が用いられることが多い。笠木の下に島木がなく、貫は貫通せず、柱は地面に対し垂直に立てられている。伊勢鳥居とも言うように、伊勢神宮において現れたと考えられており、この類に外宮鳥居がある。この形式のバリエーションとして、貫に角材を用いたものが、靖国神社をはじめとする各地の護国神社で広く見られることから、特に靖国鳥居と区別することがある。

 

春日鳥居、鹿島鳥居、八幡鳥居の類は、明神鳥居と同様に、笠木の下に島木があり、貫が貫通し、春日・八幡鳥居の柱には転びが施されるが照りや反りは施されない。ちなみに、春日鳥居と八幡鳥居は、笠木と貫の木口を斜めに切るか切らないかの違いのみで主要部は同様に造られる。

神明鳥居(伊勢鳥居)

鹿島鳥居(かしまとりい)

春日鳥居(かすがとりい)

八幡鳥居(はちまんとりい)

黒木鳥居(くろきとりい)

靖国鳥居(やすくにとりい)

内宮源鳥居(ないぐうげんとりい)

宗忠鳥居(むねただとりい)

三柱鳥居(みはしらとりい - 正三角形平面に組み合わされ三柱の鳥居。

城南宮鳥居(じょうなんぐうとりい) - 京都市伏見区の城南宮の本殿に向かって正面にある鳥居。基本型は神明鳥居に属するが、柱下に饅頭があり、棟の部分に島木・笠木を重ねて、さらに屋根を葺いている。その島木の正面中央に神紋の金具が打たれている。

 

明神鳥居に代表されるもの

 

明神鳥居は笠木の下に島木があって反りが加えられている。柱は地面に対して少し傾斜(転び)をつけて立てられている。宇佐鳥居以外は笠木と貫を額束で連結して補強している。

明神鳥居

稲荷鳥居(いなりとりい) - 柱と笠木の接合部に台輪が取り付けられている。台輪鳥居(だいわとりい)ともいうが、台輪を付けた鳥居はこれに限るものではない。

山王鳥居(さんのうとりい) - 明神鳥居の笠木の上に破風を付けたもの。破風鳥居ともいう。

奴禰鳥居(ぬねとりい) - 島木と柱の間に台輪を持ち、額束の代わりに叉首(さす)を入れる。

三ツ鳥居(みつとりい) - 1つの明神鳥居の両脇に小規模な明神鳥居を2つ付けたもの。三輪鳥居(みわとりい)ともいう 。

中山鳥居(なかやまとりい) - 笠木は明神鳥居と同様に造るが、貫を貫通させない。

宇佐鳥居(うさとりい) - 宇佐神宮の鳥居で額束がない。笠木に桧皮葺の屋根をかける。

両部鳥居(りょうぶとりい) - 主柱を4本の稚児柱で支える。

住吉鳥居(すみよしとりい) - 柱に角材を用いる。住吉大社拝殿内の物は、貫が柱を貫通していない。

 

いろいろと鳥居というのがありますが、とりわけ陵墓など参拝すると、神明鳥居ですね。

先ほど三柱鳥居をいいましたが、次に感動した鳥居に日吉大社(滋賀県)です。下図のような鳥居は珍しく怏々しい。170630-4

 

反対に千本鳥居で有名な伏見稲荷大社のように驚くように鳥居が建ち並んでいる。
170630-5

 

 

鳥居に隠された日本人の想いというのを感じながら、神社を散策するのもいいのかも知れません。

 

尊敬する人から

下記のメ-ルを頂きました。
「庵主」様です。
この名前でわかる人もおられると思います。

さて、私の生長の家信仰で最も影響の受けた人なんです。
その大兄様のメ-ルを紹介致します。


  • 1. 庵主
  • 2017年06月30日 07:34
  • 山田 秀昭 先生

    合掌 有難うございます。

     この度は「谷口雅春先生著作年譜一覧表」(上・中・下)の赤誠なる大作を上梓されましたこと、心から感謝しお祝いを申し述べさせていただきます。今から50年、半世紀前に尊師谷口雅春先生の戦前のご著書に触れ、胸が打ち震えました。その頃から山田先生とは親しくしていただき、ともに切磋琢磨しつつ、生長の家の御教えを生きて参った一人でありました。その間、先生の尊師谷口雅春先生のご著書全てをつまびらかにし、その御偉業を後世に遺しておかねばとのご決意は、一日たりとも途切れることなく燃えておられたことに心から尊敬申し上げます。

     今日生長の家の御教えが、「発祥の精神」を忘れ、変質して行く状況下にあることを痛感する時、この「谷口雅春先生著作年譜一覧表」(上・中・下)の完成は、心ある信徒にとって干天の慈雨そのものでありましょう。とりもなおさず、神界にて私どもをご加護くださる尊師谷口雅春先生もきっとお喜びいただいていることと拝察いたしております。

     十分なるお手伝いもできずまことに申し訳なくお詫び申し上げます。山田 秀昭先生の今後益々のご活躍とご健勝を祈り一筆したためました。 

     妙高高原谷内畑の森より 合掌 再拝 


  • 私は「庵主」様により「谷口雅春先生著作年譜一覧表」が出来たといっても過言ではありません。
    もし、そういう出会いが無ければ、私はそんな蒐集やこの著作集など作ろうとは思いませんでした。

    私は40数年前に「庵主」様を知りえなかったら本当に作成など思っていなかった。だから感謝しても感謝し盡せえない気持ちです。

    だから、その結集として昨年から第二弾として取り掛かっていました。なんとか「谷口雅春先生」の生涯の軌跡を解っていただこうとして発刊しました。

    これは、尊敬してやまない私の少なからずの御礼です。

    喜びの聲

    谷口貴康先生からありがたい言葉を頂きました。

    https://blogs.yahoo.co.jp/tachiyan50


    本当に恐縮します。

    【それにしても雅春先生の著作の一覧は、雅春先生の人生そのものであり
    谷口家の家宝です。これを大切に後世に伝えなければなりません。
     これを怠り隠蔽する事はあってはならない事です。】

    谷口家の家宝という言葉は本当にありがたい。やりがいのある言葉である。作成してよかった。


    また、もう一人の人は電話で
    「すごいもの出版したな!」
    「このような調べて書いたものと思わず、単なる著作集だと思った。」
    「本当にありがとう!」
    「感謝の言葉をかけたいので電話した」

    また、これから手紙なども添えてくれる人も数人います。

    前回に書きましたが、今回誰もが調べていなかった、戦後の検閲された「谷口雅春先生」の御著書と戦前の検閲された御著書とが一部であるが、解明されたことがよかった。(一部というのはそれ以上のことがわからなかったということです)

    誰もそれを解明しようとしなかったのと、そうした戦前の検閲された著書が国会図書館の職員によって判明したことが、調査できた由縁である。


    誠意とは

     今日、会社の近くの郵便局に行ってきた。ずっしりとしたレタ-パックは重い。
     こうして、翌々日には多くは届くのだろう。以前に送った時には、鄭重な御礼を頂いたが、そんな人だけではなく、色々とチェックをして下さった人や資料の提供をしていただいた人など様々な御礼を頂きました。


     しかし、なかには何の音沙汰もない人もいます。自分が送って欲しいと云った人に限ってそういう人がいる。
     どんな心境なのかわかりません。私の住所も生長の家の資料の連絡先として記入しています。

    私ならメ-ルとかを直ぐに御礼をします。そういうのが当たり前だと思うからです。

     私も会社勤めで客先とかでそういう失礼なことをしたら、少しは云うようにしています。ただ、そんな時には連絡をすることや何らかの証拠を残すことが大切です。

     先日もある加工をして欲しいという依頼があって、その加工の一部をしていた。突然にそんな事、云っていないということを云われた。
     そこで、きっちりと遂行表を書いて、何時、どうしてこうなったかという具体的なメ-ルなどを通して反論しました。
    「言ったとか言わなかった」とかは証拠にはなりませんので、メ-ルを通して証拠として通知しました。

    そこの会社とは悪いが今後取引は出来ないということを痛感した。

     其れと同じように、こちらが政意を見せても、相手が何の反応がない場合は友達とはいえません。

     しかし、そういう人でも心の底から喜んで欲しいと思っています。今後、そうした重要な資料は送付出来ませんが、多分、その時は忙しかったのであろう。
    その他の人は高い価格にも関わらず、購入していただいておりますので、やはりそういうことを考えて頂きたい。

     私の知り合いには本当に懇切丁寧に資料を送付して下さる人がいますが、この人には何冊でもいいから送らせて頂いてもいいと考えています。
     今回の製作で資料を送付して下さった人は4名です。改めて深く感謝申し上げます。
    資料の送付が私の心からの御礼です。


    『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の目次

    『谷口雅春先生著作年譜一覧表』(上)(中)(下)の発送の準備を終えた。この『谷口雅春先生著作年譜一覧表』作成にご尽力を頂いた編纂委員会のメンバ-とお世話になった人と直接に手渡しさせていただく人など様々です。

     

    手書き文章を添えて住所を書いて終了した。コンビニに持っていこうとしたら重いので驚いた。感慨深いものを感じながら、本当に生長の家の教えを取り戻さなければならないことを痛感した。

    此の本はあくまで参考資料ですので、これを讀んで感動するとかありませんが、雅春先生の生き様を実体験として浸透していくように思います。どれだけ『生命の實相』を拡大しようと努力されたか、どんなに「人類救済」に自ら蝋燭の火の如く燃え尽されたかが分かります。

    それを垣間見る事が出来るように思います。

    目次を掲載致します。

    谷口雅春先生著作年譜一覧表(上)

    -目次―

    はしがき-----------------------------------------------------------------3

    出版に寄せて-------------------------------------------------------------5

    出版に寄せて-------------------------------------------------------------6

    谷口雅春先生著作集 

    『生命の實相』戦前版 ----------------------------------------------------8

    『生命の實相』戦後版 ---------------------------------------------------11

    生長の家立教以前の著作--------------------------------------------------17

    生長の家立教以後の著作--------------------------------------------------18

    その他        --------------------------------------------------48

    著作年譜の注釈・参考文献-------------------------------------------------49

    立教以前の御執筆と御寄稿集(立教後の文章も一部有り)

       谷口雅春先生の摂津紡績退職後の御寄稿(『彗星』)----------------------58

    谷口雅春先生の御文章 大本時代『神靈界』----------------------------------58

    谷口雅春先生の御文章 大本時代『神の國』    --------------------------60

    谷口雅春先生の皇道大本研究資料 亀岡叢書    ------------------------61

    谷口雅春先生の『光』誌への御寄稿文章 ------------------------------------61

    谷口雅春先生の『心靈界』『心靈と人生』誌への御寄稿文章---------------------64

    『生活者』---------------------------------------------------------------65

    『新時代』綜合雑誌 主幹・杉中種吉、新時代社 鳥谷部陽太郎----------------66

    『兄弟通信』・『爐邊者』への書簡・『靈光』への御寄稿-------------------------66

    『大本新聞』における谷口雅春先生の御文章---------------------------------67

    『大本時報』における谷口雅春先生の御文章---------------------------------68

    大正日日新聞における谷口雅春先生の御文章--------------------------------70

    立教以後の御執筆と御寄稿集

    生命の藝術社と光明思想普及会と著作集------------------------------------70

    『朝日新聞』からの生長の家(谷口雅春先生)についての記事―戦前を中心に---71

    『逓信協會雑誌』昭和1010月号への御寄稿-------------------------------71

    『不惑の信念を語る』の御寄稿(モナス発行 真渓涙骨編)-------------------71

    日本作曲年鑑(昭和12年)に於ける雅春先生の作詞の掲載 ------------------72

    『家庭よみうり』私の顔より・『信仰と人生』『現代宗教講座Ⅲ』『産業と産業人』--------72

    『出版ニュース』『実業之世界』『社会人』『学校教育』『読売新聞』における雅春先生の御文章-------72

    『週刊朝日』における谷口雅春先生と徳川夢声-------------------------------73

    『憂国箴言』公安資料調査会発行への御寄稿---------------------------------73

    谷口雅春先生の帝都日日新聞(やまと新聞)・中外日報・新日本春秋の御寄稿----73

    谷口雅春先生の『動向』の御寄稿--------------------------------------------83

    『民族と政治』に御寄稿の御文章-------------------------------------------84

    谷口雅春先生の『在家佛教』の御寄稿--------------------------------------84

    谷口雅春先生の『祖國と靑年』の御寄稿--------------------------------------84

    「天皇陛下と三島由紀夫」『神宮の森-随想百人集-』『書簡-天皇と靖国神社をめぐって-』------84

    『安楽死は人間の救済になるか』『日本は生き残れるか』の御寄稿--------------84

    谷口雅春先生について書かれた本・論評・生長の家に対しての反論本・月刊誌の変遷--85

    谷口雅春先生の投稿及び寄稿された雑誌------------------------------------87

    聖経、『生命の實相』の内、翻訳出版配布されたもの---------------------------87

    谷口雅春先生の『いのち』誌の御執筆---------------------------------------88

    本のサイズ--------------------------------------------------------------90

    谷口雅春先生年譜--------------------------------------------------------91

    『生命の實相』の戦前版と戦後版の比較(新修普及版・新修特性製版)---------110

    『生命の實相』の目次一覧表----------------------------------------------119

    ◎『生命の實相』(縮刷要典版第一巻)-------------------------------------120

    ◎『久遠の實在』(縮刷要典版第二巻)-------------------------------------120

    ◎『生命の實相』黒布表紙版全20巻(戦時廉価版十五巻含む)---------------121

    ◎『生命の實相』革表紙版(総黒革版・3方金)縮刷豪華版--------------------126

    ◎『生命の實相』豪華大聖典-----------------------------------------------130

    ◎『生命の實相』大聖典(縮刷中聖典)--------------------------------------133

    ◎『生命の實相』事変版天鵞絨(ビロ-ド)表紙版・人造羊皮版 ------------135

    ◎『生命の實相』本菊判装 (菊版)----------------------------------------140

    ◎『生命の實相』満州版---------------------------------------------------146

    ◎『生命の實相』携帯版叢書(聖経附)------------------------------------148

    ◎戦後版 新修普及版『生命の實相』20-----------------------------------152

    ◎戦後版 新修特製版『生命の實相』20---------------------------------157

    ◎布装携帯版『生命の實相』(全40巻)◎頭注版 『生命の實相』(全40巻)

    ◎豪華携帯版『生命の實相』(全40巻)◎愛蔵版 『生命の實相』(全20巻)

    ◎豪華版『生命の實相』20巻各版

    ◎『生命の實相』戦後版豪華革表紙  地の巻---------------------------------164

    ◎『生命の實相』戦後版豪華革表紙  水の巻---------------------------------165

    ◎『生命の實相』復刻版---------------------------------------------------169

    ◎『久遠の實在』復刻版---------------------------------------------------169

    ◎新編『生命の實相』 ---------------------------------------------------170

    『生命の實相』黒布表紙版・『谷口雅春選集』『眞理』『単行本』のレファレンス--180

    谷口雅春先生の御文章---------------------------------------------------184

    耳寄りな話-------------------------------------------------------------185

    『耿耿の言』------------------------------------------------------------189

    谷口雅春先生を讃仰する-------------------------------------------------192

    谷口雅春先生の大本教時代の和歌-----------------------------------------194 

    お願い-----------------------------------------------------------------197

     

    谷口雅春先生著作年譜一覧表(中)

    目次

    東京『朝日新聞』における生長の家(谷口雅春先生)の広告―戦前を中心-------2

    皇道大本と谷口先生------------------------------------------------------64

    聖光録の歴史------------------------------------------------------------85

    生長の家の評論を雑誌に見る----------------------------------------------88

    戦前、戦後の「発禁図書」と生長の家--------------------------------------91

    『生命の實相』大聖典物語(生長の家宮城教区の歩みより抜粋)-------------156

    谷口雅春先生著作一覧個人所有綴-----------------------------------------158

     

    谷口雅春先生著作年譜一覧表(下)

    谷口雅春先生著作レファレンス

    目次---------------------------------------------------------------------1

    立教以前の著作

    聖道へ          大正12213-----------------------------7

    聖杯 : 三部作. 1 (神を審判く)    大正12721-------------8

    神の牙城に迫る                           大正131125

    如何にせば運命を支配し得るか       大正14610

    錬心健康術(『新思想の理論と應用』)    大正15925-------------10

    神と偕に生くる道 : クリスチヤンサイエンスの信仰及び哲學 大正15925

    信仰革命                            大正15610-------------13

    心靈現象と宗教思想                      大正131128

    立教後の著作

    出生前・生・死・死後の研究    谷口雅春著作集第一篇    昭和971---15

    いのちのはやて(生命の烈風) 谷口雅春著作集第ニ篇    昭和9915

    生命の奔流                  谷口雅春著作集第三篇    昭和10321

    新生活への出発               谷口雅春著作集第四篇    昭和10421-----------------------------16

    地湧の浄土                  谷口雅春著作集第五篇     昭和10521

    生命の神秘          谷口雅春著作集第六篇   昭和10521

    本当の教育          谷口雅春著作集第七篇   昭和10625

    光明の思想          谷口雅春著作集第八篇   昭和10921

    生命の行方          谷口雅春著作集第九篇   昭和101025---------------------------17

    生ひ立ちの記                谷口雅春著作集第十篇     昭和101125

    無一物の哲學         谷口雅春著作集第十一篇              

    光明の生活法         谷口雅春著作集第十ニ篇  昭和1215

    光明主義               谷口雅春著作集第十三篇    昭和101215

    智慧の言葉                       昭和101215---------------------------18

    百事如意「無限供給の神示」                              昭和11421

    中心に帰一する道                                  昭和11223----------------------------19

    光明の健康法                                      昭和11419----------------------------20

    人を作る教育                                          昭和11920----------------------------21

    釋迦・維摩・耶蘓宗教戯曲集              昭和111122

    生長の家の近道                                     昭和111228

    明朗の宗教                                          昭和111020

    去就に迷ふ『ひとのみち』信徒に与ふ進呈版              昭和12425

    母・妻・娘の本                                   昭和1237

    佛教の把握                                     昭和12128---------------------------22

    完成の聖書                                        昭和12425

    戰爭と日本精神の倫理                                 昭和12923

    生命の實相の分類的研究                              昭和1283----------------------------23

    力の泉 向上讀本                                 昭和131217

    百事如意                       昭和13728---------------------------25

    伸びる力                       昭和1343

    日輪めぐる                                     昭和131218---------------------------26

    驀進日本の心と力                                    昭和131122---------------------------27

    光の泉 人生讀本                  昭和131015

    一流の人・妻・子を作るには                         昭和13420---------------------------28

    新百事如意                                       昭和13920

    新百事如意 改装版   表紙がカモメの絵から桃の実に  昭和13920---------------------------29

    新百事如意 改装版 表紙がハ-ドカバ-からソフトカバ- 昭和13920

    人生必ず勝つ                                        昭和13623---------------------------30

    人生必ず勝つ                                      昭和13623---------------------------31

    人を作る教育戰時版                                  昭和13728---------------------------32 

    人を作る教育奉仕版                                     昭和13123

    教師・夫婦・愛兒の本                                   昭和13320

    人間・力は無限力                                     昭和13525---------------------------33

    光の泉人生読本                    昭和131015

    人間死んでも死なぬ                                  昭和13220

    光明の生活法(奉仕版)                             昭和13620---------------------------34

    ユダヤ問題論集 : 戰時対策の根本問題                     昭和1331----------------------------35

    光明の健康法                                         昭和1391

    光明の健康法 標準規格B6                               昭和1391

    聖経甘露法雨                                       昭和141210

    花嫁讀本                                         昭和141215

    光明道中記                                          昭和141225-------------------------37

    女性讀本 : 愛の泉                                      昭和14220

    母・妻・娘の本改装版                                昭和14120------------------------38

    一流の人・妻・子を作るには戰時廉價版                   昭和14220

    人を作る教育 : 受験者必携 讀本版                      昭和14 115------------------------39

    續 人間死んでも死なぬ(生命の行方                       昭和14416

    英譯 甘露の法雨(和英對譯)              昭和14416----------------------41

    戰線消息                                             昭和14120----------------------42

    禁酒禁煙報国―苦しまずに、法悦にひたりながら酒・煙草の自然に癈まる法―

    (日本新體制版)                                   昭和141120

    美しき生活                                      昭和141220

    超宗教を建つるまで―著者自傳                     昭和14620----------------------44

    幸福讀本 日本新體制版             昭和151020

    百事如意 廉價版                             昭和15220

    運命讀本                    昭和15825-----------------------45

    おはなし読本 : いのちの巻                       昭和15715

    慨世血の書                                       昭和15220

    慨世血の書日本新體制版                             昭和15920

    新佛教の發見(佛教の把握)普及廉價版                 昭和15420---------------------47

    無門關の日本的解釋                                  昭和151020

    優良兒を作る : 子供を教育する人の聖典                昭和15525---------------------48

    驀進日本の心と力日本新體制版                         昭和15920--------------------49

    人生必ず勝つ普及廉價版                               昭和15320

    新百事如意 普及廉價版                               昭和15420--------------------50

    人生必ず勝つ標準規格B6版                             昭和15320

    新百事如意普及廉價版                           昭和1541---------------------51

    幸福の哲學                      昭和1531

    人生必ず勝つ78セン版 新日本體制版         昭和151120--------------------53

    新百事如意普及廉価版再刊               昭和1541--------------------54

    法悦の力                       昭和15320

    人生は心で支配せよ―光明思想の哲學と神想觀の實修法- 昭和151120--------------------55

    人間死んでも死なぬ日本新體制版            昭和151120-------------------57

    繁榮の書                       昭和16525

    人を作る教育 日本新體制版              昭和16220--------------------58

    精神分析の話                     昭和16625---------------------59

    近視-その治る道―                  昭和16225---------------------60

    天皇絶對論とその影響                 昭和16323

    生きる道                       昭和16425---------------------61

    法話集                        昭和16715

    谷口雅春選集                     昭和16413---------------------63光明の健康法 日本新體制版 78セン               昭和16125

    信の力                         昭和1631

    孔子を現代に生かす                                    昭和161120---------------------65

    人生助言                       昭和1731

    靜思集                                            昭和17625---------------------66

    拝み合ふ心                                           昭和17520

    新日本の心                                          昭和17515---------------------67

    孟子日訓                                            昭和17915

    老子を現代に生かす                                     昭和1765---------------------69

    孔子を現代に生かす                                    昭和161120

    養心健體法(滿洲版)                                昭和18215---------------------70

    人物錬成法(滿洲版)                                  昭和18115

    大道無門 無門關の新しき解釋                            昭和18425---------------------71               

    生命の凝視                       昭和18720--------------------72

    伸びる産業の道                                         昭和18615

    空襲下の光明哲學                    昭和1955


     

     


    谷口雅春先生著作集内容総覧戦後編

    谷口雅春選集     日本教文社

    第1巻 神癒への道                   昭和30年2月10-----------------------73

    第2巻 幸福の原理                   昭和30212

    3巻 生命の謎-百萬人の爲の哲學           昭和30510-----------------------74

    4巻 心と運命 新百事如意               昭和30615-----------------------76

    5巻  健全の眞理                                 昭和30720-----------------------77

    6巻 親鸞の本心                                 昭和31120-----------------------79

    7巻 聖道へ                                   昭和31320-----------------------80

    8巻 人間性の解剖                                昭和31420-----------------------81

    9巻 人間死んでも死なぬ                           昭和31515-----------------------83

    10巻 優良兒を作る                                昭和31615-----------------------84

    11巻 善き人生の創造                               昭和31625-----------------------85

    12巻 人生は心で支配せよ                           昭和31715-----------------------87

    13巻 美しき生活                                 昭和31915-----------------------89

    14巻 祈りの科學                                  昭和311015-----------------------91

    15巻 戀愛・結婚・母性                           昭和31111

    16巻 愛と光との生活                   昭和3241-----------------------93

    17巻 運命の原理                       昭和3251-----------------------95

    18巻 靜思集                           昭和32510-----------------------96

    19巻 限りなく日本を愛す             昭和32620

    20巻 善と福との實現                  昭和32715-----------------------98

    21巻 光明の健康法                    昭和33225

    22巻 生活と人間の再建               昭和331010----------------------99

    23巻 叡智の斷片                      昭和33115----------------------101

    新選谷口雅春選集(目次は国立国会図書館に準拠)

    1巻 幸福をひらく鍵                               昭和40101----------------------102

    2巻 人間性の解剖                                    昭和40111

    3巻 神癒への道                                      昭和40121

    4巻 祈りの科學                                   昭和401225--------------------103

    5巻 をんな生ける意義あり                             昭和4121

    6巻 あなたは自分で治せる                             昭和4141----------------------104

    7巻 靈界の妻は語る 靈魂はかうして生きてゐるR.M.レスタ-著 谷口雅春譯昭和4131

    8巻 我ら日本人として                                 昭和4151----------------------105

    9巻 幸福はあなたの心でR.W.トライン著 谷口雅春譯    昭和4161

    10巻 新女性読本                                      昭和4171

    11巻 叡智の斷片                          昭和41915----------------------106

    12巻 靜思集                              昭和411115

    13巻 美しき生活                                    昭和42115---------------------107

    14巻 日本を築くもの                        昭和42315----------------------108

    15巻 優良兒を作る                         昭和42515

    16巻 人間死んでも死なぬ                      昭和42715----------------------109

    17巻 放送人生讀本                       昭和42915----------------------110

    18巻 生命の謎-百萬人のための哲學                  昭和43315

    19巻 幸福生活論                         昭和43115----------------------111

    20巻 あなたの愛兒                                 昭和43315

    谷口雅春著作集

    1巻 光明法語―道の巻                    昭和59920

    2巻 即身成佛の真理                   昭和60125----------------------112

    3巻 女性の本質                           昭和6051

    4巻 實相と現象                            昭和60725

    5巻 人間無病の原理                       昭和60925

    6巻 霊性の目覚め                        昭和61125

    7巻 真佛教の把握                      昭和62110----------------------113

    8巻 無限供給の扉を開く                             昭和621122

    9巻 幸福の哲学                           昭和6355

    10巻 人生は心で支配せよ               昭和631122

    新選谷口雅春法話集 

    1巻 親鸞の本心                                昭和49225----------------------114

    2巻 戀愛・結婚・母性                             昭和49425

    3巻 幸福の原理                           昭和49625----------------------115

    4巻 健全の真理                          昭和49825

    5巻 光明道中記                         昭和491015

    6巻 善と福との実現                     昭和491225----------------------116

    7巻 生活と人間の再建                   昭和50225

    8巻 愛と光との生活                      昭和50425----------------------118

    9巻 人生を前進する                      昭和50625----------------------119

    10巻 愛は刑よりも強し スタ-・デ-リ-の哲學及び宗教昭和50825----------------------120

    別冊1 生活応用 健全の真理                         昭和501015----------------------121

    別冊2 母・妻・娘の本                             昭和501225

     

    戦後生長の家の愛国の書

    靑年の書                       昭和24111----------------------122

    新生の書                                         昭和26925

    危機に立つ日本 それを救ふ道             昭和30515

    解放への二つの道                                    昭和301020----------------------123

    人類の危機に臨んで是非知らねばならぬこと       昭和331220

    第二青年の書                      昭和34429----------------------124

    それが聞きたい 「日の丸」に組するか「赤旗」に組するか  昭和35524

    これが眞相である 新聞の「切り捨て御免」式偏向記事の暴力に抗議する     昭和36225

    人生を前進する                      昭和3815----------------------125

    無限への前進                      昭和3831

    憲法の正しい理解 -憂ふべき青少年の現状のその奥にあるもの自主憲法の制定は可能であるか―       昭和4311----------------------126

    古事記と現代の預言                  昭和4455

    占領憲法下の日本                    昭和4455

    続占領憲法下の日本                   昭和45410

    占領憲法下の政治批判-日本を道義の上に建てるために―   昭和4611

    愛国は生と死を超えて -三島由紀夫の行動の哲学―   昭和461115----------------------127

    わが憂国の戦い                    昭和47220

    諸悪の因現憲法                    昭和4731

    美しき日本の再建                   昭和47725----------------------128

    日本の政治と宗教 ―護国の神剣―           昭和48525

    「日本の自殺」と「日本国憲法」の関係         昭和5151

    国のいのち人のいのち―天皇・国家及び自己存在の原点-      昭和5221----------------------129

    聖なる理想・国家・国民                              昭和53415

    〔類纂〕神の真義とその理解―住吉大神顕斎の意義-     昭和5431----------------------130

    私の日本憲法論                                        昭和55510

    大和の国日本―占領下の啓示とその後の論策―       昭和5831----------------------131

    谷口雅春先生著作索引集-------------------------------------------------132

    田中静壱大将と甘露の法雨----------------------------------------------168

     

     

     

     

     

     

     

    腹が膨れて体力も落ちる…

    昨日は久々のトレッキングでしたが、目標の地まで遠く挫折でした。

    これ程体力が落ちているのか、ショックを通り越して情けない思いでした。

    脚はまだ動くのですが、息が直ぐに上がってしまう。

     

    それでも38㌔は歩いています。

    山道は自分でも情けない程遅く、これが自分の実力だと思い知らされた。

     

    本当に一から鍛え直すしかない。

    再度、ダイヤモンドトレールを全力で走れるようになりたい。

    5月の鯖街道では途中で断念も考えたが帰れない。朽木町で有難い言葉をかけられた。近くのバス停まで送りましょうか?

    しんどい顔をしていたんだろう。見るに見かけて聲をかけられた。

    それからも『谷口雅春先生著作年譜一覧表』を書いていたので、運動は出来ていない。腹回りもふっくらとなり、運動不足を痛感している。

    50kmは走れる体力は付けておきたい。これではフルマラソンも無理である。


    2017-06-24 04:36:14

    合計時間: 8時間56

    平面距離: 36.84km

    沿面距離: 38.37km

    最高点の標高: 612m

    最低点の標高: 30m

    累積標高 (上り): 3090m

    累積標高 (下り): 3089m

    標高データの種類: GPS標高


    歴史の喪失と「生長の家」の喪失は相似

    歴史の喪失と「生長の家」の喪失は酷似している。

    歴史の喪失とは日本の歴史のことです。

    大東亜戦争後の日本人を如何にして思想統制を行い、日本人の愛国心を失わしめたかである。現代の日本人の民主主義というのは戦後アメリカの占領政策が大きくかかわっていることは誰もが疑わない事実であります。それをアメリカの思想方向に導く爲に色々な洗脳教育が行われた。

     

    その一環として「日本人の愛国心」を喪失させようとしたのもである。私などもそれが当たり前と思うことも「そこには愛国心を喪失」させる、洗脳的な文言がある。

    例えば

    50数年前のGHQ社会科教科書の検閲文書の中に、「『古事記』や『日本書紀』にまとめられた神話は、天皇と朝廷がこの国を支配するいわれを説明するための物語である」と述べられているが、それが50数年後の左の教科書(日本書籍・中学)にそのまま記載されている。

     他にも「朝廷では、皇室や貴族などに伝えられていた神話や伝承・記録などを、天皇を中心とした国の成り立ちとしてまとめなおし、『古事記』や『日本書紀』をつくった」(清水書院・中学)と書かれている。『とりわけ日本書籍が見開き2ページを使って、「ダーウィンの進化論」と「神様からはじまる人間の歴史」(その具体的な例として『旧約聖書』の「創世記」と戦前の日本の小学校歴史教科書『初等科国史』の記紀神話を並べて引用)を比較させ、進化論に軍配をあげ、生徒が神話を否定的に受け止めるように誘導しているのは問題である。』(「中学社会科・教科書の通信簿」①神話 高橋史朗教授 産経新聞社)。神話は、古代の日本人の生活様式、文化、信仰、ものの考え方を唯一記した重要な記録である。決して教科書の記述に見るような、天皇支配の正当性を押しつけるためだけのものとして存在してはいない。ほとんどの教科書が上記のような記述に終始している。ここまで見てきただけでも、あのセンター試験・日本史の設問に行き着くことが分かる。教科書が大きな目標に掲げているものが何か。ああ、恐くて言えない。でも実は教科書問題は簡単なのだ

     

     

    何気なしに歴史を振り返ってみると余程でないかぎり、「愛国心」を保つことは難しい。

    それは、一般的には歴史を正統に勉強しているかどうかである。『古事記』『日本書紀』などの古典に精通しているかどうかでもある。それは日本の歴史をどのように捉えるかどうかでもある。批判的に唯物觀で物事を判断するような人には正しい歴史観を把握出来ない。

     

    そうした戦後の唯物史観をそのものの人物が「谷口雅宣」という人物である。

     

    彼が「生長の家」で行った事は「愛国書」を絶版したことである。また「谷口雅春先生」を否定したことである。それは「今の教え」でもその言葉が満ちている。それが反対に「生長の家」の喪失に伴った。生長の家そのものを否定したことにより自縛してしまった。


    『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の完成

    『谷口雅春先生著作年譜一覧表』(上)(中)(下)が完成した。


    谷口雅春先生のことが忘れ去ってしまうような、現教団の運動方針をどうにかして、その偉大な事を行ったかを知っていただこうとして、二回目の発行を決意しました。


    著作一覧表だけではなく、その年譜を著作を中心にまとめました。
    また、谷口雅春先生の著作レファレンスが今迄、全くないことをまた、現在も全く発行されない状態を憂い、どうにかしなければならない。そう決意してから一年、なんとか発行することが出来ました。


    雅春先生が「立教の決意」というのは人類を救いたいという烈々たる思いであったことです。その烈々たる思いは思想や日本の正しい歴史観など色々な分野に及んでいました。


    現在の世界の状態はその当時より良くなっているとは決して思えない、ましてや冷戦時代より更に桎梏から脱したとはいえない。そんな状況であるがゆえに、「谷口雅春先生」の碩学たる文章に触れる機会を多くの人達が望んでいます。そうした聲を結集して復刊しなければならない。

    現代の時代で発刊出来ないのは戦前よりも、GHQの検閲よりもさらに時代遅れな考えで生長の家総裁というのを権力で把捉して思うがままに運動方針を決定している。

    歯向かうものは容赦なく左遷や降格人事や時にして辞任に追い込むなど熾烈な人事は悪評であった。
    宗教の総裁にも関わらず、「人間神の子」の教えを説かず、「環境専門」の団体にしてしまった。

    P1190313
    P1190312


    天皇陛下の霊性を観じるとき

    天皇信仰ということで「亀の子」さんが書いているが、「亀の子」さんの凄さは、直感的な能力に優れているように感じる。

    私のような屁理屈で理論武装しなければ、天皇陛下を信じなかったものとは「格」が違う。私は天皇信仰が分からずに随分紆余曲折した。

    いろんな本を讀んでいたが、実際天皇陛下のことがわからないで苦労した。しかし修学旅行でバスのなかで初めて拝顔させていただいた時は本当に感動した。

    しかし、それでも疑問を感じていたのは確かである。

    だが、社会人となり御陵で神想觀をする機会がなんどとなく訪れて次第にその気持ちが感謝として現れる。

     

    しかし、やはり歴代天皇陵墓を巡拝するなかで、その思いは確信に変わっていったことは確かです。

    それでも、陵墓を参拝する人を見るときに自分の信仰はまだまだと感じる。それでも垂仁天皇陵墓で田畑の仕事をされているおばあさんにその横にある田道間守の小さな鳥居に祈っておられる姿に「この姿に自分の未熟さ」に降参した。

    だから、これでいいとする天皇信仰では本当に分かっていないということです。ただ、どの人に増して「天皇靈」を観じる能力は優れていることは自分に感じています。

    それは、何か知らねど不思議とそこに陵墓とかを感じている自分がいる。霊性に深く浸透する自分の姿を感じるのです。言葉では現されない「天皇靈」というのをフトそれを感じる。

    皇道大本と雅春先生

    皇道大本研究資料 亀岡叢書第九編

     

    社會主義と皇道大本

                                 谷口正治講述

     

    1. 民主思想存在の意義

    明治二十五年正月以来大元教祖に國祖神が神懸りせられて、所謂自動書記の形式で筆を走らされましたところの大本神諭即ち「御筆先」に於いて預言せられましたことは唯の一つの例外もなく世界に事実となって現はれて来ましたのは誠に驚くのほかはないのであります。

     

    が、なかにも著しい事実の一つは外國の君主たちの次第次第に滅びてしまったと云ふことであります。

     

    現在では日本の君主のほかにもまだ英國や伊太利などにも君主がないでもありませんが、それは唯形式だけ存在してゐると云ふだけでありまして君主の実権は備えていないと云ふ方が事実に近いのであります。

     

    ところが外國の君主たちを滅ぼして了ふためにある期間だけ神が殊更に流行させてゐられる思想は

     

    民主民本の思想

     

    なのであります。

     

    宇宙のありとあらゆるものはただ一つの中心をもち、それに統一されてゐるのが原則であります。

    細胞にしても中心に唯一つの核があり、物質原子にしても唯一つの中核體があるのであります。

     

    樹木にしても幹は一本しかありませんし、吾々にしても頭は一つしかないのであります。

    もし頭が七つも八つもあって、この一個の身体を各自思ひ思ひに動かそうと思ったならば吾々の肉体は調子がくるって滅びて了うに相違はないのであります。

     

    それと同じやうにこの吾々の住んでいる地球も一つの中心なる統治者に支配しられないで、数多の帝王に分割しいられて、各自自分の欲望ばかりをとげようと思っていますと亦調子が狂って了う筈なのであります。

     

    今現に調子が狂っているいるから国際戦争だの、民族争闘だの、階級争闘だのが頻繁に行われて修羅場を演じている譯であります。

    それ故に明治二十五年正月の大本神諭には

     

    「お照らしは一体、七王も八王も王が世界にあれば、此世に口舌がたえんから、日本の神国の一つの王で治める経綸(しくみ)が致してあるぞよ。

    外國は獣の王であるから王無(おうの)うに至すぞよ。」ともあり、又明治三十六年二月二十九日の大本神諭には

     

    「日本の國は別として、王、天下は永う続かんと申しているが、何事も時節がまいりて来て明いた口が塞がらん事が世界には出て来るから、気も無い内から、出口直の手で知らして尽くしているが、脚下へ火が燃えて来て身体に火が附いてヂリヂリ舞はねば成らん事が出来てくるぞよ。」

     

    ともあるのであります。

    民主的思想を跋扈しているものも実は分裂して相争っている、天下の諸王たちを滅ぼして一君に統一するための神の深遠なる神策の一部の実現に過ぎないのであります。

    それ故に民主主義的思想も亦大いに存在の意義があるのでありまして、デモクラシイそのものが決して悪いと云う譯ではないのであります。

     

    デモクラシイは

     

    これを喩えますと病菌が侵入した場合に吾々の肉体におこるところの発熱とおなじようやものであります。

    発熱そのものは決して悪いのではないのでありまして黴菌を滅ぼすために必要なのであります。

    それと同じように世界の病菌であるところの跋扈し割拠している天下の諸王たちを滅ぼしてしまって此の地球上を一人格を統一するためには民主的思想が必要なのであります。

     

    しかし発熱が病菌をほろぼしてしまうだけならよろしいが、自分自身本来の細胞を死滅さしてしまうほどに熱度が高くなると、困ったものであります。

    そう云う場合にはどうしても

     

    解熱剤を服用

     

    をせなければなりません。

    神がこの地球上の総覧的本尊細胞としてあらかじめおつくりになっている大日本国だけを残して、その他の諸王たちを滅ぼすために、ある時期を画して流行せられた民主思想熱も、あまりに熱度が高くなって大日本の国体を破壊して了うほどに病気が昇進すれば民主思想はその本来の存在意義を失って了う譯であります。

    皇道大本と雅春先生

    神霊界

    大正十年三月一日(第百三十五號)

    「靈の港」-最後の審判の豫兆-

    1)基督を賣す者

    大正日日新聞第百七十九号の英文欄に世界が根本的に茲数百日以内に再造されるという意味の言葉を見出した時、自分はオヤオヤという感じに打たれた。

    最後の審判の日が切迫し来たっている事は解っている。然しながら、全世界が茲数百日の中に根本的に改造され、再造されるであろうと云う事は当時の仝社長浅野の意見ではあるまい。

    氏に眤近なそして氏の受けたことのある自分は氏がそのような無謀な預言癖に捕らわれる筈はないと思うのである。恐らくこれは氏の講述を翻訳した英文記者の誤訳であるだろう、自分はそう信じたいのである。リコンストライクと云う言葉は改造の建設的方面を含む言葉であって、大本神癒の『建直す』という言葉に当る位なことは誰でも知っている筈である。

    全世界が茲数百日の間に根本的に再造(建直し)されなかったらその筆者はどうして全世界に御詫をするか、斯うしたことが皇道大本の預言として○(?)って言い伝えられる時、其預言の不完成から大本神の権威を失態し大神の御用を懸命にしていると思いながら、大本教主教主軸に累を及ぼし、キリストを売ったところのユダの役目をすることになるならば(それも後に説く預言の完成ではあるが)自分達は悲しいと思うのである。

    根本的に全世界の建直しが茲数年間に行われるとは大本の御筆先の何処を翻っても云える言葉ではない。

    過去に於いても最もキリストに親しいものがキリストを売ったのであった。キリストは淋しい、しかしながら運命の破綻を自覺した微笑を以って、自分を売すところの兄弟と晩餐を共にした。最も親しいものがキリストに与えた接吻こそは彼が捕らえられの合図であった。何と云ういたましい事であったろう。

     

    2)基督再臨前の聖苦

    却説この講述は、拙著『皇道霊学講和』と、『基督再臨の眞相』のつづきであり、世界終末の時期を一層詳しくするための補遺である。従って煩雑な論説の繰返しなしに、現在の教主補が再誕のキリストであることを、読者よ、承認願いたい。

    そうしてこの点に関する不審は、それ等の両著述について、質されんことを願うのである。自分が今書こうとしている

    3)基督の再誕と再臨

    4)大本の神癒と建替の時期

    5)大正維新の安政疑獄

    6)運命と歴史の再現

    7)妄(いつは)りの證者(あかししゃ)来る

    8)総ての預言の完成

    9)五月五日に何が来るか

    10)吾等の使命

    『招神歌』講義

    『招神歌』講義

                                 谷口雅春  

    神想観をいたしますには聖典『生命の實相』に書いてありますような姿勢で、瞑目合掌してそれから招神歌を唱えるのであります。

     

     何時も皆さんがやっていられる通りで、道場や誌友会でやるのは多勢で指導する為にやるので多勢に聞こえるように朗々とやる必要があるのですが、自分自身でやる時は必ずしも人に聞こえるような大きな聲でなくても宜しいのであります。

     

    隣の人同座の人に恥ずかしいから大きな聲が出せないと云う人は出さなくても差支えないのですけれども、大きな聲で多勢の中でも唱えるようでないと本当に信仰が深いと云うわけではないのであります。

     

     どこの宗教でも、祝詞とかお経とか誦げるときにでも、何だかきまりが悪いと云うような人はまだ本当の信仰が徹底していないので、何となく人にきまりが悪いのであります。

    ところが平気で誰の前でも誦(とな)へ言が出来るようになると、大分信仰が深くなっているのであります。さて、第一の歌の講義に進みます。

     

    生きとし生けるものを生かし給へる御祖神(みおやかみ)元津霊

    (もとつみたま)ゆ幸(さきはえ)へ給へ。

     

    この歌の意味は要するに我々の生きている生命と云うものは、どこから来るかと云うと、御祖神元津霊は元の霊(みたま)であります。大元霊と云っても好いでありましょう。これは日本読みにすると元津霊となるわけで、元津霊ゆと云うのは『田子の浦ゆふりさけ見れば』という歌がありますが、というのはよりと云う事であります。

     

    元津霊より幸へ給へ、元の霊から幸へ下さい、この霊(みたま)を分ち与えて下さいと云う意味であります。サキハヘに幸と云う字が書いてありますが、幸福を何故幸延(さちは)へと云うかと申しますと、本当に幸と云うのは自分の力で利己的利益を得たから幸であると云うのではないのでありまして、神の大生命、それを分ち与えられるその事が幸なのであります。

     

    霊(みたま)がなければ幸でなくなるのであります。我々の生きる力、喜びの感じ幸福の感じ、生き甲斐の感じと云うものはこの大生命を余計頂くか少く頂くかによってその程度が変わって来るのでありまして、何時も嬉しい感じ、魂の幸福な喜び、生き甲斐があると云う感じがしている。それだけ大生命から霊を余計与えられていると云う事になるわけであります。

     

    そう云うと大生命、大元霊、御祖神と云うものは、我々に不公平に霊を与え給うものであるかと云うと決してそうではないのでありまして、我々の心の持方がよかろうと悪かろうと、常に無限に平等に与えてゐ給うのが元津霊であります。それを自分の心で、心の重荷や苦しみで遮って邪魔をして、それによって本来の自分、既に幸福に充ち満ちた本来の自分に帰って来ないと云う事になるのであります。

     

    何時もラジオセットの例を引きますが、アナウンサ-が放送をしますと、どのラジオセットにも皆一様に同じ距離に置けば、同じようにそこにラジオの波が来ているのであります。来ているけれども良いラジオセットと悪いラジオセットとでは、その感応が各々違うのであります。

     

    良いラジオセットは本当にアナウンサ-の聲其の儘をそこに再現する。悪いラジオセットはアナウンサ-の聲その儘は再現しない。耳障りな不快な音をたてる。或は良い具合に聞こえないで小さな聲が出たりする、アナウンサ-其の儘の聲が必ずしもそこに再現しないのであります。

     

    それはアナウンサ-が悪いのではないのであります。ラジオセットの方が悪いのであります。同様に大生命から放送する神が悪いのではないのであります。神は常に一様に大生命の生きる力を放送していられる。それを再現する事が出来ないのは、我々のラジオセットの不完全さによるわけであります。それで我々は出来るだけラジオセットを完全にしなければならぬ。そうすれば神様から来るところの霊波(さきはへ)其の儘の状態、それをそこにさながらに再現する事が出来るわけであります。

     

    では神様の霊波その儘がそこに再現するには如何(どう)したらいいかと云うと、心を整えてそうして神様の波長に、自分の波長と云うものを、ぴたりと本当に完全に合わさねばならぬ。その時、神の聲がそこに再現する。神の聲即ちアナウンサ-の放送は、放送局のセットと聴く方のラジオセットとがぴたりと波長が合った時に初めて完全に再現して来る、人生の幸福も放送者即ち神の聲が完全に再現して来るところに在るのです。

     

    要するに何よりも先ず心を整えることであります。これは神様の性質を考えればよく分かるのでありまして、神様は光である、太陽のように総てを照らすところの光である。明るいのが神様なのであります。それですから我々は常に明るい心持を持つと云う事によって、神様の霊波をここに再現し得、生きる力を感じ、生きる力そのものをここに再現して来ることが出来るのであります。それから神

    は光であると共に神は万物を育むところの大いなる愛である。

     

    大いなる愛であるから、神の生きる力、大生命の力と云うものは、それをここに再現して来させようと思いましたら自分を神の愛の波長に合わせなければならないのであります。

    換言すれば我々の愛が神と同じように総てのものを慈しむと云うような大いなる愛にならなければならないのです。誰は憎いけれども誰は可愛いなどと、そう云う差別の気持ちになったら、それは神

    様の波長と合わないと、斯う云う事になるわけであります。

     

    それから神様は総ての事に行届いていられる、そうして一つとして知り給わないところがないのであります。神様は無限の智慧であると生長の家では云っているのでありますが、神様の智慧と云うものは大きく云えば宇宙全体に繋がっておりますし、小さく云えばこの分子原子電子の中にまで行き通って、そこに神の不思議な力が活動しているのであります。

     

    それで神の波長を合わせようと思ったならば、神と同じように大きな広々とした心を持たなければならない。それでは気が大きいばかりで呑気にさえ構えておれば宜しいかと云うとそうではないので、時には小さな細かに行届く心にもならなければならないのであります。分子電子のところまでも行届くような心を持つと云う事が必要なのであります。

     

    自分は神と一体であると悟ったとて悠々と構えて、そうして小さな事など如何(どう)だってもいいのだと考えている人があるかも知れませんけども、それでは神の智慧に一致しないのであります。

    何よりも総ての事に行届くと云うことが大切であります。

     

    神の智慧と云うものは、本当に微細なところ、埃ひとすじ、鉛筆一本のところまでも行届いているのでありますから、我々の智慧もそこまで行届いて、気が大きいと共に細かいところに行届いた心を持たなければならないのであります。

     

    それから神様は生きとし生けるものを生かし給えるところの命でありますから、やはり我々も同様生きとし生けるものを生かすような心、先刻(さっき)、育む心と申しましたが、育むよ云う事は生きているものばかりではない。在りとし凡ゆるもの、一切の物を生かす気持ちになることであります。

     

    神は大生命であると云うのは何でも生かして使う事であります。吾々生長の家の人達は『節約』と云う余り云わない、一切を生かして使えと斯う申すのであります。生かして使えと云って、『節約』には反対であると申しますと、往々節約反対と云う事に執(とら)われて、滅多やたらに費(つか)ったらそれで経済循環がよくなると考えるような人がありますけれども、決してそうではないのであります。物は生かして費(つか)った時に始めて真に経済循環がよくなって来るのであります。

     

    それでも何でも生かして使う、金でも生かして費(つか)はねばならない。生かす事を考えないで安物のくだらないものを高い値段を出して買うというようなことでは、これは金を生かさない事になる。金を生かすには十銭のものも十五銭の値打に使うのがこれが本当に金を生かすと云う事であります。そういう風に紙一枚でも之を生かす、一行書いて一寸下記損なったから直ぐ捨ててしまう事になると、これは紙一枚、全体に書かれるために捧げられているものを、一寸だけ使って、それは要らんと云うのでは、この紙は生かされていないと云う事になるのであります。

     

    それで総てのものを生かして使う、生かし生かし使っているところに、そこに無限の供給と云うものが開けてくるのであります。誰でもいかされることを喜ぶのです。

    生かされない物は殺されているのです。それでは人が、物が、喜んではいない。

    誰だって殺されたくないですから、紙一枚でも殺されたら恨みに思う。物質を単なる物質であると思うのは大きな間違いであります。これには生命がある、夫々に生きた用途がある。紙屋さんの生命(いのち)も籠り、こういう細工をする人の生命も籠り、之を売った人から運搬した人の精神も籠り、それらが集まって、ここに紙一枚でも形を現しているのでありまして、これはもう決して単なる物質ではないのであります。

     

    生長の家では物質本来ないと云うのは、例えば扇子にしても、これは決して単なる物質ではない、それには色々の人の生命が結合し結晶している、扇を使って風が起ると云うのも単に貼られた紙を操作すると云う物質的関係から生ずるのではなく、實は之を造り拵えた人達の愛の力、生かす力そのものが現れて我々を煽いでくれているのであります。そうすると實にこれは有難い風であって皆さんの生命が煽いで下さるのです。だから扇子一本にも拝まなければならないわけであります。

     

    要するに吾々は自身の心を整えることによって生きとし生けるものを生かし育む神の大いなる愛の心と同じ心を起すと云うことにならねばならないのであります。

    吾々日常の生活の一言一行、これを吾々の良心が内から照らしてみて是は喜びであると云う風に常に何となき心の喜びを感ずるようになったならば、既にそれは自心が神の波長と一致したことでありますから、そこに不断に大生命の波長が感じてくるという事になって、これが本当の幸というものであります。それでは幸と云うのは霊(みたま)が増えるということである。吾々は既に始めから神の大生命無限の霊(みたま)と云うものを分け頂いておるのでありますけれども、それを迷で遮っている。丁度ラジオの音が、小さく明瞭に出ないようなものであります。それを完全に発言させる、そうするとその程度につれて霊(みたま)が増えて来る。霊(みたま)が増えると吾々は常に心楽しく生命は生生(いきいき)として来るのであります。

     

    神の生命は影を映して吾々に形を現すのでありますから、神の全生命の放送がここに姿を現すのでありますから、吾々の霊が殖えれば殖える程吾々の全生活はいよいよ生生(いきいき)としてくる。

    生生(いきいき)として来た程度だけ、霊が殖えたわけであります。吾々は死にかかっている場合には、決して生生(いきいき)していない。もう一度逆に考えますと、生生(いきいき)したら霊

    (みたま)が殖えると云うのは、これは波長の共鳴が引起すので、生生(いきいき)とするのが大生命でありますから、それは生生

    (いきいき)した波を起しまして、そこへ生生(いきいき)とした生生(せいせい)の波動が映ってくるわけであります。それで、我々は常に明るく、常に生生(いきいき)と、そうして人を育むような、小さなものを生かすような、広々とした、しかも細かいところに迄よく行届く心を持てば、吾々は完全に神の生命を受けて、それをここに自在に生生(いきいき)と発現させる事ができるのであります。次の歌に移ります。

     

    吾が生くるは吾が力ならず天地(あめつち)を貫きて生くる祖神のいのち。

     

    これは只今の説明にもありましたけれども、要するに我々の生きているこの生命と云うものは、これは自分の生命(いのち)ではない。屡屡申しますように、この現象世界はないのであって、それは影に過ぎない。影と云っても、現に此処にあるじゃないかと云われますけれども、實は大生命の放送局からの放送があって、そうしてここにセットにかかって現れたのが、これが吾々の姿なのであります。ここに響いているこの言葉或はこの形、命、生きる力と云うものがここに存在するのではないので、本地は悉く大生命の放送局にある、この言葉なら言葉は大生命の放送局に存在する神の命がここに引かかって来て喋っているのであります。皆さんも一人一人がラジオセットであって、神の大生命の放送局からずっと放送されて来た生命が皆さんに各々引かかっている。ところがこのラジオセットには色々歪みと云うか、癖と云うか、そう云うところがあるのでありまして、皆一様に同じ大生命の放送を受けているのであるけれど

    も、夫々に皆異(ちが)うように現れるのであります。

     

    唯今ここに斯うして鳴り響いている生命も、皆さんに鳴り響いている生命も、これ皆同じ生命であって、同じ大生命の放送局から放送されて来たところの生命なのであります。そうすると私のここに生きている生命も皆さんに生きている生命も、皆これ兄弟である。斯う云うことになるのであります。生きとし生けるもの皆兄弟である。

     

    自他一体であると云うのは、斯う云う意味なのであります。私の生命は皆さんの生命の兄弟である。みな同じなのであります。と同時に大生命とも一つのものである。そうしてこの自覚が完全であればある程、神の大生命を完全に受ける事が出来るのであります。

    自分は神の子であると本当に信じ、神ここに在ますと本当に分かりましたならば、ここに隔てている雲がなくなって、豊に大生命を受ける事が出来るのであります。

     

    生長の家では無我と云う事を云う。これは生長の家の専売語でもない、仏教でもそう云うのでありますが、無我と云うのは只今の説明でも分かりますように、ラジオセットだけ置いても聲がしない、これはラジオセットには『我』がないからであります。即ち無我であるのであります。ラジオセットそのものには独立した意識と云うものがない、ラジオセットはただ素直に、無我の状態で放送局の放送を受けるのでよいのであります。

     

    それを A なるラジオセットは、私は A であると頑張っている、 B と云うラジオセットは私は B であると頑張っている。そうして各々のラジオセットは我は我であると、ABC 互に争いをしたり、利益の競争をしたりしているのでは、折角大生命の神の息が感応して来ましても、何にもならないのであります。ラジオセットには

    『我』もなければ意識もないのであって、假にそこに有るかの如く現れるのが假の存在であります。假の存在が色々と方方のラジオセットにかかって行くのが、これが現象であって、本当の生命には転生と云うことも輪廻と云うこともない。

     

    無限時間の世界に其の儘去来することなく、一切を抱擁し而も一切を超越して、そこに厳然として在すのが、これが大生命であります。真に無我である時、初めて大生命を生きるのである事が分かるのであります。

     

    わが業(わざ)はわが為(な)すにあらず天地(あめつち)を貫きて生くる祖神(みおや)の力。

     

    ラジオが鳴っているのは、これは、吾がなすのではない、吾が業は吾が為すにあらず、天地を貫いている大生命の法則がそこに活動しているのであって、決してラジオ自身の力で動いているのではないと云う事が分かるのであります。この歌はそれを云ったのであります。

     

    天地(あめつち)の祖神(みおや)の道を伝へんと顕(あ)れましし生長の家の大神護りませ。

     

    ここに第四の歌は第一の歌と共に一寸対立的になっているのであります。第二第三の歌は要するに無我と云うことを説いているので、ここにあるのは唯神の生命のみである。光のみである。

    光一元だけを説いたのが第二第三の歌であります。ところが第一の歌も第四の歌も神に祈るかたちであって対立的になっている。

    『幸(さきは)へ給へ』とあったり、『護りませ』とあったりしているのであります。

     

    この天地の祖神(みおや)と云うのは、これは大生命界に満ちているところの普遍的の生命であると、こう云う具合に申しますと、どうも人格的な存在としての親しみがなくなるのであります。

    宇宙に満ちている一つの原理であると、電気みたいなエネルギのようなものを想像し勝ちで如何にも親子の親密な感じがしません。大海原の水のような感じがして、何だかこの、大生命の神の水が生きたような感じがして来ないのであります。それでは矢張り生生(いきいき)したような、人間と人間との交りと云うようなものがないから、吾々は満足しないと云う事になります。と云うのは吾々は神の子であると常に唱えておりますが、神の子と云って吾々が意識の上に於て、何か親しい人格的な感じがしているのは、例えばここにラジオが鳴り響いている、そのラジオが、その姿が如何にも人格的音声で響いているに似ている、大本元の大生命も矢張り人格的なものでありますからこそ、神の子なる吾々も人格的な存在であり得るのであります。

     

    神が単に普遍的原理であるとかエネルギ-であるとか云うならば、神の子として出てくる人間も要するに一種の理性の固まりのようなものに現れて来る筈であります。

    ところが神の子たる人間、大生命の姿をここに映し出している自分が、矢張り人格的の現れ」をしていると云う事は、これは神そのものが人格的の存在であると云う事を現しているのであります。

     

    それで神は宇宙に充ち満ちているところの普遍的の原理であり、智慧であり、愛であると云うと或はそれは無形の生命に思えるけれども、一概にそんな無形なものでないとも云えるのであります。そこが難かしい。宇宙に遍満しているから無形である。また無形でなければならないとお考えになるかも知れませんけれども、實は無形ではないのであります。無形ではない、形がある。それではどんな形があるかと云うと、こう云う形があると、これを五官で示すわけには行かないけれどもこう云う形だと人間を示しても構わないのであります。

     

    それで大生命の神の放送がラジオセットにかかって来た姿がこう云う姿なのでありますから、これが神の姿であると云っても差支えないのであります。ところがこう云う形がこの宇宙に充ち満ちているのだと云うわけにもいかないのでありますが、同時に又宇宙に充ち満ちているのがこの形であると云う事も吾々は知らなければならないのであります。

     

    それは大変矛盾のように思われますけれども事実はそうなのであります。例えばテレビジョンの例でありますが、テレビジョンの放送局から或る姿を放送すると致します。そしてテレビジョンの放送

    装置によって、その波は宇宙に満ちる、宇宙に満ちて一ぱいである。

    一ぱいであるけれどもその姿はないわけであります。ところがテレビジョンのセットに姿を現すとなると、矢張りそこに其の姿が現れるのであります。そうするとその大宇宙に満ちているところの生命は、各個のテレビジョン装置に現れている姿と同じ姿であると云う事が出来るのであります。確か大無量寿経に『仏の相(すがた)は無相なるが故に無限相である』とありますが、仏は如来で無相である。姿がないから無限の姿である。一寸考えると矛盾である。

     

    無限の姿であると思ったら、姿があるじゃないかと云うわけであります。ところが吾々の生命は姿なくして姿がある。宇宙に充ち満ちていながら、ここに形がある。これが吾々の實の姿なのであります。

     

    それでこの生長の家の神とは『天地(あめつち)の祖神(みおや)の道を伝へんと顕(あ)れましし生長の家の大神護りませ。』と云う神様として、宇宙に充ち満ちていながら、同時にここ生長の家に形を現したまうていると、斯う云うわけなのであります。それは方便もありまして、姿を見せなければ満足しない人がある。そう云う人には時に形として現れ給うことがあるのでありますが、必ずしも凡ての人に見えると云うわけではない。

     

    ラジオセットが完全でないために見えない人が多いのでありますけれども、百人中二三人は見えたとか、千人中十人が見たとか云うように、既に十人が十人の人が同じ姿を見たと云うならば、矢張りこれは幻覚ではなかった、本当に神様の姿があったんだなと云う事が吾々に感知される。成程神様はいらっしゃるのだと云うことになり、神様が神通力によってそこに形を現し給うたのだと云うことになるわけであります。

     

    普賢菩薩は、この実相の浄土に坐して、宇宙に満ちておって姿がない、けれども閻浮提の世界に身を縮めて小さくなって、六牙即ち六つの牙の小さな象に乗って、こう云う姿であるぞと現れ給うたと云う事がお経に書いてありますが、これも同じ事なのであります。大宇宙に居ながらまた同時にここに矢張り姿を現し給う事になる。

     

    生長の家では特に神想観中にお現れになりまして、そうして我々を守護し給う働きをせられているわけであります。それで我々の生命は大生命から与えられたところの生命でありまして、人格的な存在でありますから、矢張りどうしても親子兄弟であると云う親密な感じを持たずにいられない。また持っているのが、これが本当の姿なのであります。吾々にはこの世界に親子兄弟と云うものがあり、或は夫婦と云うものが有ると云うのは、それは偶然に現れているのではないのでありまして、大生命界の神の生命の法則がここに影を映していて、大生命界にあるものその儘がここに現れているのでありますから、矢張り親子関係とか夫婦関係とか兄弟関係とか云うものは夫々に大生命そのものの分身であると云う事が出来るのであります。

     

    神は人格的な存在であり、吾々も亦人格的な存在である。それで御祖神に対して本当の親子のような親しみを感じ、懐かしさを感

    じ、これに礼拝帰一すると云う事になるのは当然な事であります。

     

    『谷口雅春先生著作年譜一覧表』の一部完成

    私の手違いで『谷口雅春著作年譜一覧表』下が少し遅れる。



    でもようやく完成した。『谷口雅春著作年譜一覧表』(上)(中)である。

    長年の夢であったことは間違いない。今「生長の家」は変節して昔の書物などを見せないようにしている。それは見せて、自分たちの都合が悪いからである。
    何故、都合が悪いかというと、自分たちの行っていることが雅春先生の思想とかけ離れているからである。


    多くの人に見て欲しいと思っています。
    通常ならば、「どうせ著作一覧表だろ」

    そんな程度にしか感じられないであろう。

    一部送って欲しいとか簡単にいうが、そんなものではない。

    『谷口雅春著作年譜一覧表』(上)(中)(下)と合わせて総頁数は574頁である。

    しかも「谷口雅春先生」の歴史が満載である。

    著作権には触れないように引用は少ない。資料的価値がある書物であることは間違いない。

    昨年8月から約11か月、仕事が忙しいなか、大好きなトレッキングなどを自粛して書き上げた。

    以前に送付して欲しいという電話を頂いた、勿論、快く承諾したが、頁数予定を聞いて「申し訳ない」という言葉が思わず口から出たほどである。

    P1190304
    P1190305
    P1190306
    『心霊と人生』『生活者』の御寄稿された文章の紹介
    P1190307
    『谷口雅春先生年譜』
    P1190310
    戦前の『生命の實相』と戦後の『生命の實相』との比較
    P1190311
    『生命の實相』目次一覧表
    P1190309
    『帝都日日新聞』の御寄稿された文章
    P1190308
    年代別著作一覧表






    則天去私-「皇道大本と谷口先生」のこと

    「皇道大本と谷口先生」文章は30%程書き上げています。詳細に書いていますので、谷口雅春先生の「生長の家」立教までの道程が詳細に記述していきたい。谷口雅春先生が岡田建文氏の『彗星』を通じて「皇道大本」を知る。当時の「皇道大本」の勢いには凄ささえ感じる。

     

    しかし、そうした希望に満ちて入信した「大本」に次第に影を潜むようになっていきます。

    自らを「大本のフランシスたれ」と称し、みずからを卑下した文章がありますが、そうした眞理の探究とそれに相反するような自分を低く例える文章には青年時代の苦悶さえ感じています。

    私は「谷口雅春先生」を「天才」であると見ています。それはその文章の美しさと「碩学」と「優しさ」が渾融して、それを発現させているような気がします。

     

    「皇道大本と谷口先生」の文章は三年以上のスパンで書き上げようとしています。仕事しながらですから、時間がとれないのです。それでも雅春先生の「大本時代」を書かなければ今後誰も書かないであろうと感じています。

    「生長の家」を立教する過程というのが「大本」というものがなければ輝子先生とも結婚されていないし、「生長の家」も誕生していない。

     

    大本時代は講師として活躍されるが、その合間に見せる苦悩は下記の詩に現われています。

     

    大正8112

    罪かさね 罪かさねつつ 今日もまた ひと日生きたり 死より淋しく

     

    神よゆるせ 大御祭(おほみまつり)に ひとびとの はしやげる見て いよいよさびし

     

    大正9111

    仕事にも 疲れぬ人に 会はんにも あまりにさびし ひとり街を歩む

     

    われは病み 君は綾部に うもれ木と 悲しき文を 見る夕かな

     

     

    「天皇信仰」をどのようにして観じるのか

    天皇信仰とはいったいなんだろう。

    私は雅春先生御存命中に現在も活動されている講師などは本当に「天皇信仰」がわかっていたのかという疑問である。

    そういう私はわかっているのか?

    そういう疑問がどうしても疑義として、感じている。

    例えば、歴代天皇の遺訓という場所に行っても、なんの感慨ももたないというのは、単に知らないだけなんだろうか。それともそういうのは興味がないだけなのか。

    しかし、その興味がないというのは「天皇信仰」を悟っていないからではなかろうかと感じるのです。

     

    そこでですが、「天皇信仰」を悟るにはそうした歴代天皇の業績について勉強することが必要だと、常に思っている。勿論、「雅春先生」の天皇観を把握することが必携であるが、歴代天皇の名前ぐらいは暗唱するぐらいのことは常識である。

    また、陵墓参拝やこの天皇陛下はこういうことがあるのですよと人に説明できるようになって欲しい。三年前だが孝徳天皇御陵墓に参拝した時にその天皇の御業績に案内人に代わって説明したことがあるが、それぐらいのことは知識として持ってほしい。

    今日は御所に行きます。歴代天皇の御業績を深く感じる日としたい。

    ギャラリー
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村
    • 南朝の里、天川村