則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2017年01月

讀んで戴ければ幸甚です。

雑筆

「学ぶ会」にしても「ときみつる會」にしても谷口雅春先生の御著書を復刻して欲しいとか、復刊して欲しいとか、そんな声を聞えないのは何故なのか?もう著作権で諦めているのであろうか。もう『生命の實相』等で十分だと思っているのではないだろうか?

しかし、どうしてもそこで問題となるのはどうして、誰が「谷口雅春先生」の御著書を発刊出来なくしたということが常に問われるであろう。勿論、主犯というのは総裁谷口雅宣である。主犯と書いたのは「罪であるから」である。何故、罪かというと「谷口雅春先生」の隠蔽という罪であるからである。

私自身のここでの発言で「ブログ」が炎上したが、私が云わなかった歴史的な眞實を具体的な根拠や通達文章等を通じて何れは発表しなくてはならないであろう。その時には具体的に当時の状況や誰が反対し、だれが著作発行を禁止したのかを書かなければならないであろう。その引用する文章はあくまで通達に則り書いていきたい。本来そこまで書けば以前は良かったのであるが、混乱を起こしかねないので云わなかった。また現在も言わないことにしている。当時に書いた眞實というのはあくまで事実に基づくものであった。

 

それより、どうしても人を伸ばす、教勢を発展させるには「雅春先生」の御文章がもっと必要になってくるであろう。聖典と呼ばれる御著書も何がどうなっているのか、知っている人もすくない。生長の家の歴史も数年で語られなくなるであろう。

それはそうした歴史を知った人物が少なくなってきているからである。生長の家からも信徒として辞め。役員も辞めている人も多い。

残念である。

私も別の団体に所属も考えなければならないであろう。

『幸福の哲学』戦前と戦後の比較

『幸福の哲学』という谷口雅春先生の御著書で戦前と戦後の比較を致します。ただ、その転載出来なかった文章などの理由はここでは述べません。それは昭和63年の日本教文社等のこの選集に関わった人しか分からないからです。

ただ、昭和15年という時代は『生命の實相』が沢山読まれていたことも事実です、色々な奇蹟も続出しました。





幸福の哲學           

昭和1531

目次

原理篇 幸福を招ぶ手紙/1154

第一信 陳き觀より新しき觀へ/3

第二信 花嫁の裝ひをして/20

第三信 『幸福』への出發/38

第四信 『全體觀』に立つ/57

第五信 幸福は感染する/72

第六信 スルとラレルの世界/88

第七信 心で幸福を招ぶには/108

第八信 空想的人類愛を捨てて/122

第九信 幸福の源泉に汲む/132

第十信 樂園の扉ひらく/148

實證篇 幸福を得た實例/157368

有難き講習を受けて/159

一家に極樂を現出す/166

獄裡に生長の家を知つて/168

機械も意の如く働く/172

過去の不幸を解消光明に立つ/177

一家心中から救はれた藝者の手記/183

三十一年初めて眞の幸福を知る/189

『人を作る教育』を讀み十三年の呪解く/190

高慢の鼻を挫かれて救はる/199

全く新生し他をも救ふ/201

一切の取越苦勞解消す/202

更生の新年を迎へた喜び/207

死せんとした娘も斯く光明化す/207

失戀の悲しみを救はれた喜び/208

喫茶店等に興味を覺えなくなる/210

寡婦となりて受けし神の恩寵/211

光り輝く新春を迎へて/214

長年の病床生活も感謝で送る/216

自殺を決せし迷ひを救はれて/217

働く者の喜びを知る/220

初めて眞の幸福を知る/221

病床にありて喜びと感謝に滿つ/222

高齡孤獨なれど心朗か/223

不具者に與へられし歡喜と感謝/225

良人に死別遺兒四人を抱へて/226

生長の家本部改築竣成に際して/233

家庭光明寮に入りて/234

黯黮たる人生觀より一躍歡喜へ/238

天地に合掌歡喜と希望に生く/239

心身共に自由となる/242

廣々とした明朗な心境となる/242

教師としての心得を知る/246

世界一の幸福生活を送る/247

拜み合ふ生活/249

病氣は心の迷ひと悟る/250

暗黒の底より更生す/252

病ひ消滅日々好日の生活/254

將來の方針に希望を見出す/255

家族隣人を漸次光明化す/256

一家隣人に及ぼす光明/262

時・處を得て家庭調和す/265

年來の宿望・家庭光明化す/266

死を決せし不和の一家を救ふ/269

良人と調和・迷へる靈を救ふ/274

大酒癖の良人と和解一家光明化す/277

文盲の妻信念で一家を光明化す/281

心一つ・家庭も環境も光明化/284

家庭生活の危機を脱す/286

家庭全く光明化す/289

一家光明化・隣人をも救ふ/290

一家全く光明化す/292

和解と感謝の喜びを知る/293

實相を觀て家内大調和に生く/295

良人の性質變り環境好轉す/298

夫の放蕩も己が心の影と悟る/298

一家三人の軍人家族明朗化/301

心變れば斯く環境變る/302

健康運命環境總て好轉す/303

希望の適業を直に與へらる/307

運命環境好轉す/309

採用試驗に合格・百事如意/311

神に委ね就職難を突破す/312

心身共に光明化甲種に合格す/314

日常生活に顯現する實相世界/314

取越苦勞去り萬事都合好し/319

百事に如意の神徳を受けて/321

光明無限・色々のお蔭/324

神想觀で事業も如意/325

安産・就職・病氣快癒/327

必要な物は與へらる/328

日常生活に受けた惠み/330

實際生活に顯現する神の智慧/331

無限供給・毎日感謝に送る/333

男子を無痛安産せし喜び/335

信念に依る無痛分娩/335

育兒に苦勞無くスクスク伸ぶ/338

異常産も信念で無痛安産に/339

無痛分娩を超えて/340

神想觀で無痛分娩す/342

男兒を無痛分娩肥立も良し/344

十二年の子宮病治り無痛分娩す/345

雙生兒を無痛分娩す/350

流産癖治り男子を授かる/352 良き子を授けられし感謝/354

危險な逆兒を安産す/355

欲した男兒を無痛安産す/360

愛兒を高師附屬中學に入學さす/361

谷口先生の長詩を誦して合格/362

愛兒の成績向上す/364

多くの隣人を救ふ/365

神助にて入學試驗にパス/366

 

9巻 幸福の哲学          昭和6355

原理篇 幸福を招ぶ手紙-----------------------------------11

1信 陳き観より新しき観へ--------------------------13

2信 花嫁の装ひをして--------------------------------31

3信 「幸福」への出発--------------------------------52

4信 「全體観」に立つ--------------------------------73

5信 幸福は感染する-----------------------------------91

6信 スルとラレルの世界----------------------------109

7信 心で幸福を招ぶには----------------------------131

8信 空想的人類愛を捨てて-------------------------147

9信 幸福の源泉に汲む-------------------------------159

10信 楽園の扉ひらく--------------------------------177

實証篇 幸福を得た實例---------------------------------187

有難き講習を受けて/189

一家に極楽を現出す/197

獄裡に生長の家を知つて/200

機械も意の如く働く/204

過去の不幸を解消光明に立つ/210

一家心中から救はれた藝者の手記/217

三十一年初めて真の幸福を知る/224

『人を作る教育』を読み十三年の詛い解く/225

高慢の鼻を挫かれて救はる/236

一切の取越苦労解消す/238

更生の新年を迎へた喜び/244

死せんとした娘も斯く光明化す/245

失恋の悲しみを救はれた喜び/245

喫茶店等に興味を覚えなくなる/248

寡婦となりて受けし神の恩寵/249

光り輝く新春を迎へて/252

長年の病床生活も感謝で送る/255

自殺を決せし迷ひを救はれて/256

働く者の喜びを知る/259

初めて真の幸福を知る/260

病床にありて喜びと感謝に満つ/261

高齢孤独なれど心朗か/263

不具者に与えられし歓喜と感謝/264

家庭光明寮に入りて/266

暗澹たる人生観より一躍歓喜へ/270

天地に合掌歓喜と希望に生く/271

心身共に自由となる/275

広々とした明朗な心境となる/276

教師としての心得を知る/280

世界一の幸福生活を送る/282

病いは心の迷いと悟る/284

暗黒の底より更生す/286

病い消滅、日々好日の生活/288

将来の方針に希望を見出す/289

家族隣人を漸次光明化す/291

一家・隣人に及ぼす光明/298

死を決せし不和の一家を救ふ/301

文盲の妻信念で一家を光明化す/308

心一つ・家庭も環境も光明化/310

家庭生活の危機を脱す/313

家庭全く光明化す/317

一家全く光明化す/318

和解と感謝の喜びを知る/319

實相を観て家内大調和に生く/323

良人の性質変り環境好転す/324

夫の放蕩も己が心の影と悟る/325

一家三人の軍人家族明朗化/328

心変れば斯く環境変る/329

希望の適業を直ぐに与えらる/330

運命環境好転す/333

採用試験に合格・百事如意/334

神に委ね就職難を突破す/336

日常生活に顯現する實相世界/338

取越苦労去り萬事都合好し/343

光明無限・色々のお蔭/346

神想観で事業も如意/347

安産・就職・病気快癒/349

必要な物は与えらる/350

日常生活に受けた恵み/353

實際生活に顕現する神の智慧/354

無限供給・毎日感謝に送る/356

男子を無痛安産せし喜び/358

信念に依る無痛分娩/358

育児に苦労無くスクスク伸ぶ/361

無痛分娩を超えて/362

神想観で無痛分娩す/364

男児を無痛分娩、肥立も良し/366

十二年間の子宮病治り無痛分娩す/367

双生児を無痛分娩す/373

流産癖治り男子を授かる/375

良き子を授けられし感謝/378

危險な逆児を安産す/379

欲した男児を無痛安産す/385

愛児を高師付属中学に入学さす/386

谷口先生の長詩を誦し合格/387

愛児の成績向上す/389

多くの隣人を救う/390

神助にて入学試験にパス/391

 

下記は添付されなかった項目です。

全く新生し他をも救ふ/201

良人に死別遺兒四人を抱へて/226

生長の家本部改築竣成に際して/233

拜み合ふ生活/249

病氣は心の迷ひと悟る/250→病いは心の迷ひと悟る

時・處を得て家庭調和す/265

年來の宿望・家庭光明化す/266

良人と調和・迷へる靈を救ふ/274

大酒癖の良人と和解一家光明化す/277

一家光明化・隣人をも救ふ/290

健康運命環境總て好轉す/303

全く新生し他をも救ふ/201

心身共に光明化甲種に合格す/314

百事に如意の神徳を受けて/321

異常産も信念で無痛安産に/339

西行法師と崇德院

生長の家教団というのは「嘘を平気でつく集団」であることは私のこのブログで発言してきた。

だから、少しぐらいの「嘘」は容認する(これも本心はダメ)が、どうしてこんなことが生ずるかというと、歴史を隠蔽したのが大きな要因である。

 

谷口雅春先生の御著書が発刊されない、新刊もダメである。そうした、文書伝道で立教から存続してきた宗教が何の理由もなしに文書伝道が出来なくなった。出来なくなるというより、無理やりに、ごり押しにその方向へもっていった。

 

人間には「どうしょうもない」人間がいることが「総裁」自ら観音菩薩となって知らしてくれたのはいいのだが、そのどうしょうもないことを「どうにかする」という姿勢が幹部にはない。いわゆる、骨抜きに精神も身体もされたのだ。

 

「天皇観」だけは変えないで欲しいと思うが、それも怪しい。どれほどの天皇信仰に忠誠があるのかも疑問である。

 

私は生長の家に若くして入信したが、天皇信仰だけはどうしても分からなかった。言葉ではいくらでも書くことができるが、その根本にある「中(みなか)の精神」といわれても、それを把握する術を知らなかった。

 

天皇陛下に関する本を片っ端から読み漁り、天皇陛下に興味あることは率先として行った。だが、高校時代に修学旅行でバス乗車中に「昭和天皇」のお召車が対向車線とのすれ違いで多くの友人が感動していた。あの雰囲気の再現とはなにか?

 

天皇陛下の歴史を探るのも一つの方法ではないかと感じている、「天皇陛下の御製」は今ではほとんど詠われない。

しかし、それでも歴史を勉学して欲しい。そのなかから、日本の素晴らしさを語る人となってほしい。

 

西行法師の歌に

 

今宵こそ 思ひ知らるれ 浅からぬ 君に契りの ある身なりけり 

 

鳥羽上皇の葬送に参列してこの歌を詠った。

高野山で修行していたが、鳥羽上皇の訃報を聞き、駆け参じている。

 

また崇德院の讃岐への配流はどれほど西行法師は辛かったのであろう

 

松山の 波に流れて 来し舟の やがて空しく なりにけるかな

 

松山の 波の景色は 変らじを かたなく君は なりましにけり

 

よしや君 昔の玉の ゆかとても かからん後は 何にかはせん

崇德院を思い、墓前で詠っている。

 

西行法師は武士を捨て、出家する道を選択した、それでも

身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ

 

また仏道後は

 

世の中を 背く便りや なからまし 憂き折節に 君逢はずして

 

崇德院は小倉百人一首に

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

 

山家集より

最上川 つなでひくとも いな舟の しばしがほどは いかりおろさむ

(崇德院)

 

つよくひく 綱手と見せよ もがみ川 その稲舟の いかりをさめて(反歌)(西行法師)

2ちゃんねるのおいての過去の随想-2

488名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/18() 19:35

アクエリアンさん

>「人類光明化運動とは愛国運動なのですよ」と言われると、生長の家の門が狭まるのではと懸念します。<

 生長の家の門が狭まると懸念する。こんな発言こそ疑念致します。なんの根拠をもって云っているんでしょうか。

 貴方が思うのは勝手ですが、生長の家を本当に応援してるのですか?

 「霊的向上を目指す本来の団体の理想」とは何ですか。それはどこに書いていますか。また、愛国心は「カルマ」何でしょうか。その答えは?

 

 >精神探究の道を、各人各様の立場から始めることができ、それぞれの信徒を究極の

悟りまで導いていくこと、と私は考えています。<

これはあなたの意見でありそんなこと聞いていません。その文章の前に「生長の家」とかいていたので、1.「生長の家」ではそれが、どこに書いていて、どういう意味なのかです。

 2.それと愛国心は「カルマ」何ですか?の質問は答えていただけないんでしょうか。

 続く

 

 

489名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/18() 19:37

アクエリアンさん

>谷口先生も、所詮、日本人です。そのカルマからは残念ながら逃れることが出来ませんでした。そこが生長の家が今一歩、霊的向上を目指す本来の団体の理想へと到達出来なかった原因だと 思います。愛国心を極端に強調することは、21世紀には、克服されなければならない思想だと思います。<

 私は上記の言葉は大変嫌いです。3.あなたにそんなこと断言できる人間なのでしょうか。

 

これに関して答えて頂いていません。4.アクエリアンさんは生長の家のどこを克復せよといっているんですか。私も一求道者です。生長の家に提言するのはあくまで、運動方針とか人間関係などです。「真理」とか「霊的向上」など高飛車に提言するつもりはありません。

 5.あなたは自分の存在は「雅春先生」を超克しているんですか?

 文章では伝えにくいのはわかりますが、6.「本来」とか書いていますが(今回もありました)生長の家をアクエリアンさんは代表して云っているんですか。

 7.前回にも書込みしましたけれどアクエリアンさんはある時は傍観的な書込み。それに反して、生長の家は本来こうなんだとか書いていますが、少し都合のいいような書き方ではないか。信徒ではありませんといって、文句つけているだけじゃないですか。つまり、あなたの言葉に「痛み」がないのです。どれだけ活動されたのかわかりませんが、言葉に重みがないのです。最終的には「雅宣先生に期待する」それがいつもの回答になるのです。

 具体的にはアクエリアンさんは生長の家は好きなんだけど、ここをこういうようにしたらいいとかがない。人がいえばそれには答えられるんだけど。

 

497名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/24() 09:17

今回、アクエリアンさんに質問しているにも拘わらず返事がありません。

どうしてなのか、忙しいのか?最初から私はこのスレに参加してないので、後で読み直しをして見て、以前生長の家の誌友であった人など様々なかたがおられる。

やはり、そのなかで生長の家が戦前「皇軍必勝」とかの短冊や皇運扶翼生長の家とか様々な戦意発揚的な文章をだしていたことも事実であります。そして、戦後の雅春先生の文章などの一部を抜粋して、戦前と戦後は違っている。「何故、生長の家は謝らないんだ」ということを書いている人もいました。またそれに対して、さまざまな回答やその反論もありました。

このような人達は戦後の教育の中である程度このような疑問をもつのは当たり前だと思います。

しかし、世の中の流れが「現在の観点」から過去を断罪することが流行なのか。その時、多くの国民がどのように考え、どうしていたのか?がない。

また、戦後の言論統制などがそういう批判のなかに抜けている。谷口貴康先生の「雅春先生の沢山の本のなかからその言葉の真意を理解して下さい」といっている。そのとおりである。

でも、私でもまだ「雅春先生」の文章でわからないことも沢山あります。とりわけて「古事記と現在の預言」など文面でどういうことなのか?わからないことなどあります。でも「これも言霊で理解しなければならないのかな」そうおもっております。しかし、それでも、現在の観点から見ると「違うな」と思うこともあります。しかし、全体の把握からしなければ、理解できないこともたしかです。

 

499名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/24() 18:52

498>ありがとうございます。

 丁重な御回答重ね重ね有難うございます。

 確かに、498>さんの一部はわかるのですが、それが体現として観じないのです。たぶんその辺は勉強不足なのですいません。

 >大本系列教団の教えなどを研究した結果、神さまの御経綸というのは、まずですね、神の世界・実相世界を創造して、その神の波動を次第に物質化させて、神から霊へ、霊から幽へそして幽から物質へと波動を粗くした世界、すなわち完全物質世界を作り出して、<

すいませんこれなどわかりません。神の世界から物質世界を創り出すのでしょうか?

 私はここで反論致しません。このスレを読んでおられる方に意見をお聞きしたいと思います。どうか、いろいろな意見を教えて下さい。宜しくお願いします。

 

506名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/25() 21:01

504>さんへ。

 昭和19年の明窓浄机を読むと戦時下における、緊迫した状況が感じられるのであります。日本軍は「天皇の赤子」としての軍隊であると信じていた雅春先生は、「献納軍用機」や「本部建物を土地とともに無条件で献納」とか様々な形で献納され、日本の勝利を信じその活動をやられたことが分かります。それは、戦時下における殆どの国民の考えであり、それを率先垂範して行動にうつされていたのであります。一人の国民の「血」を流さず、鉄の供給を信じ、昭和1911月から12月まで従軍として中国各地を最後まで自分の身を挺し、講演されていたのであります。そんな中での「日本軍」の軍規厳粛が乱れている事実を知り、愕然となされたと推測されます。

だからといって「雅春先生」の考えが変わったとかそんな問題ではないのです。

 今迄、日本の軍隊というのは「軍規統制」がきっちりとしているものだと信じていた。雅春先生は「戦意高揚」というより「日本人」の命が奪われないこともそうですが「敵陣」の命も大切になされていたことも、当時の本にも記載されております。しかし当たり前だが、「戦時下」である。「日本人」の血を出来る限り流さぬように願うのは至極当然なのであります。勿論それは、ほとんどの日本人が願っていたことであり。当時の「新聞」とか読むとわかると思うのです。

だから、504さんこの明窓浄机をよく読むと、「雅春先生」の考えが変わったとかじゃなく、信じていた事が、事実に反して違っていたのであります。

 

 

 

507名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/25() 21:54

アクエリアンさんへ

 ふと、明窓浄机を再読していたのですが、アクエリアンさんにとっては嫌な言葉かもしれませんが、愛国運動という言葉が記載されていたのでここに記します。

 「明窓浄机」昭和32 P61

Ο そして終戦を迎えました。生長の家は一面「祖国愛」を高調する愛国運動でありましたから、占領軍の進駐と共に、占領政策上、日本の愛国心を根絶する必要があり、そのような愛国運動の団体は続々と解散を命ぜられ、再起不能になるように其の所有財産を没収されることになったのでした。そういう「愛国団体解散」のマッカ-サ-旋風の中に立ちながら、「生長の家」が解散を命ぜられなかったのは、「生長の家」が宗教として以前からみとめられていた為です。

この考えは戦前戦後一貫して続くのであります。

 

524名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/27() 22:11

521さんへ

生長の家が発祥当時(昭和5年)以降。昭和6年の満州事変。

 昭和7年5.15事件。昭和11年の2.26事件となり。

 昭和12年に支那事変と戦火が拡大していく。そして、翌年、

 国家総動員法が成立。そして、悲しいかな昭和16年、大東亜戦争とな

 っていくのである。所謂、生長の家の発祥は戦時下とともにあった

 と言っても過言ではない。だから当時沢山の兵隊の方も生長の家の信徒

であった。また、兵隊への慰問というかたちで講演会もおこなわ

 れているのである。

あなたは戦時下という時代背景がまったく理解されていない。

もし、欧米人や支那人を少しでも味方するような言語をいえば、反逆罪

である。もし、その当時にそんな文面あれば教えて欲しい。また、昭和12

 年はまだ宗教団体としてじゃなく修養団体であった(昭和154月。

 宗教結社となる)また、あなたもしっておられとはおもうんだが、

 一般的に戦争の殺人は英雄なのである。その為、新聞の各文面は殺人を

栄誉として称え、その当時の宗教団体もそれに似た形となっていくの

 である。あなたがそんなに「生長の家」を罪にといたいならば、もう少し

 その当時の時代背景を勉強してから、云って下さい。単なる言葉の遊び

 ではなく。

ただし、「谷口雅宣」先生の侵略発言に関しては少し異議はあります。

その為、あなたの疑問は少し理解できます。

しかし、其の辺に関しては多少のことはいえるが専門家でもないので

私信でしかいえません。もう少し勉強させて下さい。

 

529名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/30() 18:34

>526さんへ(素朴な疑問ではなく知らないだけです。)

 >その「信じていた事が、事実に反して違っていたこと」に基づいて行なった人殺しの兵器を製造した事は 間違いだったという事ですね?524さんは生長の家が戦争中にどういう行動をとったら良かったとお考えなのですか?

 僕は貴方に勉強して下さいと言いました。何故かわかりますか?現段階ではなんとでもいえるからです。その当時の状況とかわからない限りこのレスでは説明不足になるからです。

その当時の状況下では間違っているとか、正しいとか、そのような判断は簡単に下せないからです。そんなことできるのであれば、それこそ、伊藤博文が悪で安重根は正義だ!

 鈴木貫太郎総理は言葉の使い方を違えて、原子爆弾を落されることになったとか、外務省の通達遅れで真珠湾攻撃された。故に大東亜戦争は全て外務省の責任だ。そんなことよりも、その時代の状況を把握しなければ貴方に云っても反論するだけで、貴方に厳しいが、わかる知識がないからです。「戦争中にどういう行動」そのような、「もし…ならば」そんな質問は歴史の結果を見下せるようなことは、私は出来ません。人殺しの兵器といいますが、兵器がなければ殺されるのですよ。(こんな言葉も反論するでしょう)

貴方はアメリカ人の家庭における銃の所持率が高いのはご存知だと思いますが、それにより、犯罪率も高いのは承知のことです。されど、ほとんどの人が自己防衛の為と云って所持しているのです。それこそ敬虔なクリスチャンであっても銃は家庭にあるのです。

こんなアメリカ社会でも、むやみやたらに、他人の家に入ったら。銃で撃ち殺されても、正当防衛が成り立つのです。こんなこと、信じられますか?それで、アメリカは悪の国だといえますか?-続き-

 

 

 

 

530名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/30() 18:40

>526さんへ

>明窓浄机 谷口雅春著 (昭和16年~19年) 昭和17年 P188

 若し唯物論に陥つて神の奇瑞奇跡を信じないとするならば、大東亜戦争緒戦における布哇(ハワイ)爆撃に、 海軍機が真珠湾上にさしかゝつた時、今まで立てこめてをつた密雲が、湾上の一部だけ突然破れて地図の示す真珠湾と同一の湾の光景を瞰下(かんか)し得て、直に急降下爆撃を敢行し得る位置にゐたなど、何でも『偶然』と解釈するのは唯物論者の常であつて、これでは神国の有り難さも、国体の有り難さもわからなくなるのであります。

 

 大和の国日本 P133 谷口雅春著

 「太平洋戦争では日本軍が悪役の『闇討』を行って逐電したのであって、日本軍のくせに、日本的でない 闇討ちをしたのであるから、最初からそれは間違った戦争であった。これに対して膺懲の軍を起こしたのが米軍であった。」

 

この谷口雅春氏自身の戦中と戦後の正反対の見解はどうなのでしょう?

 

これも、日本人の大多数がそう信じていたことと、戦後進駐軍によりいろいろなデマや宣伝の結果判断であると思うのです。勿論、現在ではアメリカに戦争突入に「打電」をしていたことやそれに対して、外務省がパ-ティで送れて戦争突入後にわかったことなど。

だから、その一時の状況判断では難しい。

 私は別に生長の家の幹部でもそれを判断できる人間でもないのです。一信徒です。

だから、その当時の「雅春先生」はどのように判断しておられたか、わかりません。ただ、正反対とかではなく、マスコミとかの情報による判断しかなかったのですから、ある程度それを信じるのは止む得ないと思います。現に私でも、新聞に書いていることを信じますから。(笑)-続き-

 

 

 

 

531名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/30() 18:42

>526さんへ

 それでは、質問します。

a.貴方は新聞で云ったことを人に伝えたり書いたりして、それが間違いだと後でわかったらどう対処いたしますか?全く逆のことも充分ありますから。「最近ではハンセン病は政府は一旦控訴してから、保証金を出す

b.1.その責任はどのようにとりますか。

 

こんな質問はどうせマスコミが書いていたから仕方ないとの判断になると思うのです。

でも、反対にそれが正解だと思うのです。

あなたのように間違いを責めるようなことはしないと思います。その当時の状況ではある程度はいたしかたがないと思いますから。

 私も答えましたから、貴方も必ず答えて下さい。あなたは質問するが自分はどのように思うかが書いていない、私は反論するが提案もしますし、同意見であればそう書きます。

もちろん、このような質問する場合は。自分はこのように判断して、何を基準において質問するのか書きます。そうでないと、単なる冷やかしにしか過ぎないからです。

それから、議論しましょう。

でも、これほど真摯に質問するあなたは以前(?)大変生長の家に熱心な人であったとだとおもいます。厳しく書きましたが、内心そう思います。

 

 

 

 

 

532名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/30() 18:47

>526さんへ。(529と530の間に入れて下さい。間違えました)

 反対に貴方に質問しますが

1.日本の行なった戦争はすべて悪ですか、勿論、日露戦争から日清戦争、満州事変、支那事変、大東亜戦争をひとつひとつの判断を的確に捉えて下さい。何段階にわけてもいいですから、ただし、教科書的な答えは止めて下さい。

 大東亜戦争のみをとらえても、判断基準は難しいからです。

 2. 大東亜戦争突入時に国民の戦争反対者は何%いたか(だいたいでいいです)答えて下さい。(とりあえず、図書館に行っても調べて下さい。)

 3. 戦争中の武器製造は悪いことですか?(その当時の諸外国の状況とも判断して)

 4. 3.関連で。今、武器製造では世界一の中国にどう判断いたしますか。

 5. アメリカの銃社会をどう解釈いたしますか?勿論アメリカの歴史を解釈しながら答えて下さい。

 6.核兵器はどうしてなくならないのですか?

 

 何故質問したかといえば、あなたに答えても、再び反論を繰替えされるのと、その当時の状況が全然わかっておられないからです。人に質問するまえに貴方はどう判断するのか答える義務があると思います。そうでないと、答えてもわからないからです。-続き-

 

 

 

 

 

533名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/30() 19:05

>517

現在控訴中のことですから、判断できませんが、依然18年程前だと思いますが、神の国寮に先生として勤められている人をしっていますが、

 確かに、少し寮としては、人手不足でその状態はあまり良くないとききました。(それは設備や殆どが生長の家信徒(世話係)の人ではなかったこと)

しかし、どのような状況でも、今のところ簡単には判断できません。

よく、控訴とかになると、片方がいいとか悪いとか一方的な報道しかはいらない。じっくりとその状況を見て判断するしかないと思います。

 

 

 

534名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/30() 21:06

私の書斎に日本外交史(鹿島研究所出版)がある。なかなか難しく、全部読めないでいる。(全33巻、別卷5巻)自分にはまだまだ、教養もないので、人に意見をいえる人間ではないのは確かである。だが、単純なことだが、現在の状況下での判断でしか、物事を捉えられない人が多い。戦前や戦中は悪でしか捉えられない人もいる。今迄の日本外交には大きな失敗も沢山あったと思う。しかし、一般国民はその状況を少ししか知り得なかった時代もあったのだ。とりわけ、戦中における新聞各社がそうであったように、雅春先生の文章の内容も新聞と同じだなと思う時もあるのです。もちろん、宗教家として捉えられたりするとき、その当時の雅春先生の文章に唖然とする人も多いからです(過激と言う意味で)

でも、その時代背景を無視すると、やはりわからないと思います。

なぜ、そんな文章になるかということを。

 私が「戦争というのは人殺しが英雄なんですよ」。それも事実なんです。

といっても、「宗教家」がそんなことでいいのかと詰問する人がいる。しかし、現在の世界で起こっている戦争や内戦など多くは宗教がらみの場合がある。そんな戦争はいけないのことはわかっているが、事実なのである。

イスラム教など戒律の厳しいところなど、日本人には理解に苦しむだろうが。事実その教えを信じておられる方は膨大である。例えばその教えに「断食」や「肉食の禁止」など様々ある。

それと同じとは言えないが、戦前の日本は今とはまた別の世界のような国であった。

それは今と考え方の違いだけじゃなく、いろいろな宗教感でも違いはある。前森首相も「神の国」発言などいい例です。マスコミはこぞって反対したが、その人たちは柳田国男の本を読んだことあるのか疑問に思います。戦前の社会を考え様ともせず。断罪する。こういう反論を読むたび、どれだけのことを知っているのか不思議です。

 少しは当時の状況など考えてみることも必要ではないかと思います。

 戦争ということは二度としてはならないことです。だけど、戦争や戦前のことを考えるのは今の人達には必要です。いろいろな本を読み、理解して論議することは必要だと思います。

 

539名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/01() 08:55

536>>

あなたは何を云いたいのですか?

 何回いってもわからないのですね。

 雅春先生の引用文や人の引用文を細切れにだし、あなたの意見はないのですね。

 >私が「戦争というのは人殺しが英雄なんですよ」。それも事実なんです。

この言葉は別に戦争を肯定していることでもなんでもありません。世界のあらゆる

英雄伝に実際でてくるじゃないですか。あなたそんなこともわからないのですね。

あなたは私の質問も答えられないのですか、自分自身のハンドルネ-ムも決められないし

「雅春先生が間違いであった」書いているのに、さらに反論するのですね。そういう人

はどうしょうもないですね。

 535さんもこんな自分の意見のない人と討論をやめましょ。

 実際、近代史や戦争のことを全く知らない人に云っても「暖簾に腕押し」です。

このスレをお読みの方もこんな人は無視しましょ。それ以外の意見はドンドン

意見を云って下さい。

 

550名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/02() 16:52

 

平成元年さんの言う通りです。

 「>アクエリアンさん」へ

 このスレは「生長の家について語り合いましょう」というより「現象の生長の

家について語り合いましょう」という発祥の理念からして趣旨があなたの思っているところと違うので、537さんのような意見が出てきて議論することは非難 できないのでは、と思っているのですがどうでしょうか。私はここは此処なりに 楽しいところと考えていますよ。

 反省も含めて、丁寧に回答させて頂きます。

 545さん出来るだけ丁寧に答えました。

これだけ書くのに時間がかかりますので、>>249の件のみ答えさせて頂きます。長いので宜しく。

545さん(債権者)

 >生長の家の大神の神示は全部で33ある。一番初めに下りたとされるのが「生長の家の食事」 (昭和5年11月4日)なのだが時間と空間を超越している神が雅春氏にはついていながらどうして柳条湖事件が中国側の仕業などと誤った歴史認識をしてしまったのか?<

 

 今回、説明が長くなりますがこれを答えないといけないようなんで鏤々、回答させて頂きます。さて、柳条湖(正式には柳条溝)事件の件ですが、これは約30年間の間、決着のつかぬまま昭和史の最大の謎とされていた事件なんです。昭和34年、日本国際政治学会に太平洋戦原因研究部が設置され、昭和初年から太平洋戦争勃発に至るまでの外交・軍事史に関する共同研究がスタ-トした。その成果は38年から「太平洋戦争の道」全8巻として朝日新聞社から刊行されたが柳条溝事件の部分は第13編「満州事変前史」で関寛

 治氏が執筆を担当した。川島正元大佐の証言や花谷証言などにより明らかになった。-続く-

 

 

551名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/02() 16:54

>545さん(債権者)

 今迄はの第1巻上は柳条溝事件の発端について次のように記している。

 「昭和6918日午後10時過、支那正規兵(兵力3~4百名)は突如柳条湖(原文のまま。奉天駅東北方約7粁半)付近満鉄本線を爆破するの暴挙を敢てせり。(秦郁彦 {昭和史を縦走する}を引用)つまり、昭和史の謎とされていた事件は昭和38年に正式に解明されたのである。また、日中戦争(全3巻。VOL①388p。児島襄)では

場所は、奉天北郊の東北辺防軍第7旅が駐屯する北大営の西南約4百メ-トルの柳条溝付近。

 使用爆薬は黄色方形爆薬。爆破担当は独立守備隊第二大隊第三中隊長川島正大尉であった。

 爆破は918日午後1040分奉天着の急行列車の通過にあわせておこなわれたが、爆薬に誤算があったらしい。

 計画では爆破で列車を転覆させる予定であった。

が、爆薬は炸裂したものの、線路の片側のレ-ルが吹き飛んだだけで、走ってきた列車はちょっと傾くと通過した。しかし、もともと線路爆破は行動発起のきっかけにすぎないので、川島中隊は「支那正規兵」が爆破して攻撃してきた、と報告するとともに北大営を攻撃した。

 

それではこの質問を具体的に日にちを追って見よう。

まず、雅春先生のこの神示は「心の法則と平和への道の神示」(昭和6530日夜神示)「秘められたる神示」による。その講義としてこの質問者は引用しているのである。P259行目からの文章である。つまり、この本の発刊日が昭和3611月8日である。

 素直に解釈すれば、その少し前にこの分は書かれている。しかも、神示の講義なのである。

つまり、神示ではないのである。

 次に、何故間違えたかは前述のように「満州事変」の正式解明は昭和38年の「太平洋戦争の道」により明らかとなったのである。

 「雅春先生」は「満州事変史」(昭和10年、参謀本部編)を引用なされたのであって。

 昭和36年では教科書でもそのように記していたので、一概に「雅春先生」の間違いと云うより、それまでの通史が「違って」いただけなのである。-続く-

 

 

 

 

552名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/02() 16:57

 

>545さんへ(債権者)

 >本当にこれ らは神示なのか?雅春氏の捏造ではないのか?戦後の「日本の実相顕現の神示」には「戦争 を始めたから敗けたのである」と書かれているがこの神示に従うと最終的に日本は負けなければならないということになる。人間の人権・生命にかかわる重大なことなのになぜ生長の家の大神は昭和5年の時点でそのような神示を下ろさなかったのか?時間の流れにそって時事問題について言う「神」は本当に「神」なのか?<

 

それではこの回答ですがこれは「秘められたる神示」のp127に記載されていますので、これをお読みの方も是非見て下さい。その講義の全体を把握しなければならないと思います。「雅春先生」(p1312行目)は、

 「敗戦の原因は多々あれども戦争を始めたから負けたのである」といふ語には深い真理が蔵されています。これは必ずしも、日本人に対してのみ訓へられた言葉ではなく、すべての戦争を始めた国、又戦争をしている国、及び、これから戦争をするかもしれない国々の人民及び主権者に対して呼びかけられた言葉なのであります。カ-ル・メニンジャ-博士のも言っているように、「いやしくも、物を考える人にとっては、「戦勝」なるものは存在せず、勝てる者敗れし者と同様に、つぐないのつかぬ損失を蒙るという点について疑念の余地がない。この意味において、まさしく戦争は実質的な自己破壊である。

つまり、戦争を行なった全てのくには「勝敗など関係なしの」戦争すれば負けるのである。

これは、すべてを把握してから質問されたらどうでしょうか。-続く-

 

 

 

 

 

553名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/02() 17:03

>535(債権者)

 生長の家が戦争協力責任について未だ懺 悔できない理由は「闇の前に、いたづらに、悪評する民衆の前に、罪を暴露しても何の効なし、闇に闇を照さしむるとも何の甲斐かあらん。」という「懺悔の神示」に原因がある。し かしこれ自体本当の神の神示なのか?これは慈悲深い者の言うことではない。的外れな回答ばかりしないではやく生長の家は懺悔しなさい。

 

これは、「生長の家」は懺悔しなさい。という命令調の文章ですね。

それでは、回答します。

この「懺悔の神示」(昭和7812日神示)は「神ひとに語り給ふ」に203ペ-ジに記載されています。これは、生長の家で「祈り合い神想観」や「淨心行」なので読まれます。これは読んでみれば戦争協力責任について懺悔できないというものでは全くあたりません。皆さんも是非何回も読んで下さい。

それで、分かります。「ただし、全体を読んで下さい」何を言わんとしているかわかります。

 >神の神示なのか?

これもその人の読む能力によります。悪い様に考え様がないのですが?

 

 >無門関解釈の本にもあるように雅春氏が人殺しという 人権蹂躙を美談と述べていることは決して神仏の御心にかなわない。

 

 無門関解釈の全体を調べましたが、質問者の指摘が分かりません。何処を指して「人殺し」と言っているのか、調べようがない。やはりこういう論調は貴方は使わない方がよい。侮辱以外なにものもない。もう一度質問のやり直しをお願いします。

 私のハンドルネ-ムは>アクエリアンで通します。

おきずかいありがとうございます。

 

 長い文章を読んで頂きました事に感謝いたします。

 

 

 

 

554名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/02() 17:43

>>528さんへ

「大和の国日本」の発刊日は昭和5831日です

 

559名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/03() 11:18

526さん。私もとりあえず一部でも答えました。あなたは私の質問は答えられないのですか?それだけの確信があれば「自分の言葉」で答えて下さい。判断はこのレスを読んでおられる人がするでしょう。

ほかの人も楽しみにされていると思います。アクエリアンさんも楽しみにされていると思います。このように疑問をもっておられる人は結構「生長の家」の信徒のかたでも多いと思います。貴方の質問は少しおおざっぱなんで、どこがおかしいのか分からないところがあります。できれば箇条書きでここがおかしいと書いていけばいいと思います。

>>361-363

>もしや、神示と方便として説かれている書物とを混同していないか

>>167-170 >>271-273

 

>谷口雅春氏に方便としての意識は全くなかったことがわかります。

 >このことによって神示の信憑性が大きく揺らいでいるわけです。

 

こんな書き方では少しわかりにくいのです。わかりますと云っても僕は頭が悪いのでわからないのです。

これでは議論しにくいのです。対比して下さい。

>>361-363この文章でも悟りを初めて開く。しかし、あなたはきっと実相(悟り)と現象世界のこともすべて纏めておられような気がします。初期の生長の家の真理を書けばいいのか、その後の「谷口先生」の自叙伝をかいていけばいいのか。悟りとはなんであるか書けばいいのか。

 私は悟った事がないのでわからないが、少し詳しく書いて下さい。

 私も楽しみにしております。

 

 

 

560名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/06/03() 21:59

<<559で言葉を訂正致します。すいません。

 

 >初期の生長の家の真理を書けばいいのか<この文章を

>初期の生長の家と日本の動きを書けばいいのか<(悟れば、戦争ということを予見できる)に訂正致します。

2ちゃんねるのおいての過去の随想-1

私はいろいろと16年前からインターネットでいろいろと書いていました。

最初は「2ちゃんねる」の心と宗教でこういう記載をしました。

それはアクエリアンさんが発起人として掲示板を起てて頂きました。そのアクエリアンさんには大変失礼ながら反駁したりして論戦をしたりしました。

「生長の家について語り合いましょう」ということで話合いしました。他人の言葉はダメですので、私の記入したもののみ掲示させていただきます。

〉アクエリアンさんとして名前を使用しています。


雅宣総裁の間違いを指摘しつつ、まだ変わって欲しいという気持ちもありました。ただ、公的な場所では批判は避けていたように思います。誌友会では気の知れた同志では文句は云っていました。

 




 

463名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/04() 09:50

以前、僕も生長の家の活動をやっておりました。(ずいぶん前です)

 仕事も多忙を極め、だんだんと生長の家とも離れていき。現在に至っています。

それと、前のレスにあったが、谷口雅春先生のお亡くなられてから、だんだんと

行かなくなりました。

やはり、アクエリアンさんのいう「運動形態の変化」についていけなかったのかどうかわかりませんが。そのため、あまり大きな理由はないのですが、現在は会員でも はありません。だからといって、別の宗教へ移行しようとも思いません。

それは「生長の家」が好きだからだと思います。

 母も熱心な生長の家信徒です。それが一ヶ月程まえに具合が悪くなり、現在病院で治療しております。病名も脳血栓です。86才の身体は治ろうという「強い」意志があり、後遺症も殆どなく 回復しております。病院の先生に云わせれば「奇跡的」なことらしいです。

どんなことがあろうとも、一途に生長の家を信じ、これまでのあらゆる問題も解決し強い信念と情熱は誰にも負けない母です。「生長の家」を信仰して49年、別に講師でも

 なんでもない、一信徒です。そんな母親の姿が「生長の家」を辞めない指針なのかもしれません。

それは丁度、もしかして「私の言葉のきっかけ」で生長の家の活動をやっているかもしれない人がいるかも

 しれません。そんな人に別の信仰とは申し訳ないと思います。

 最近は少しずつでも、仏壇の前で「手を合わせる」ことも必要だなと思います。

 末端でもいいので一会員として長く続けていきたい。

 

465名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/04() 20:40

 

アクエリアン様。早速の御返事ありがとうございます。

しかも、丁重なお言葉有難う御座います。

 前に書込みしたように、以前は活動をやっていたのですが、次第にやめていきました。それは 自分自身の問題が一番だとおもいますが、やはり「こんなに活動やっていても、全く伸びない」

 一生懸命やればやるほどその悩みは増すものです。

だからといって、その当時常に、毎週10人以上は参加があり、最高の参列は35名です。

 当時では日本で一番だったと思います。しかし、7人の幹部がそれこそ毎日活動に挺身いたしました。

でも、何年間やっていて、あるところで限界を感じました。それは、「生長の家」の地方講師の子供さんが一番誘いにくかったことです。

このレスは谷口貴康先生もみられると言うことなので、私の云っていることは届くと思います。

 何故なのか。だからといって、その地方講師の先生も立派な方です。それは、徐々に書込みします。

 理想世界の配布も毎月1回朝6時から夜8時までやりました。1人で飛込み家庭訪問もやりました。

それこそ、塩を蒔かれたり、その場で理想世界を破られたりしました。

 情けなくなることも、しばしばです。

 本部の指導者のかたにもこうして欲しいと、直々に云った事もあります。(現在かなり実現しているのもあります)

やはり、指導者は自ら実践して(単に神想観を実践するだけじゃなく)愛行活動も行って欲しいと

思いました。

それでは、限界を感じたのは何故か。それは歴史の断絶なのです。生長の家の教えだけでは子供は「生長の家」

はやりません。その住んでる郷土愛とかが無いと駄目なんです。勿論、日本の国を愛する気持ちも大切です。

 

 

 

466名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/04() 20:41

小さいときから、日本の国は素晴らしいと教えることです。自分の子供は一番難しいことはわかりますが、

それには「各地に生命学園」を出来る限り設置することなのです。それには、相・白・青の一致団結した活動指針

が必要です。

 青年会をやっているときに感じたのは、生命学園出身者が青年会活動を行う確率は大変高いということです。

そこに、地方の歴史や、日本の歴史を教えるんです。

 学校では日教組教育で反日的運動をやっていて、「皇恩に感謝せよ」といっても反駁があるだけです。

もう一度、実際に愛行して感じて下さい。

それでは、最後に谷口雅春先生の文章を引用させていただきます。

 

 「近頃、日本の国では人間界だけではなく、天候があまりにも痛ましいほどに大自然の暴力を揮うのである。

 古への為政者はこのような時、自分たちの政治のあり方に、天意に背く間違ったやり方を行っている点がある

 の御気付けして下さるのではなかろうかと反省して、行政の姿勢を正したものである。今は民主主義の時代で

 あって、何事も人民主宰の世界であるから、為政者にして、「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の

生みし子なれば」とお詠みになった歴代の天皇の大御心を自分の上に復唱する者は、既に為政者の中心にな

 いのである。現下の日本に必要なものは、何より為政者の心の姿勢を反省することである。・・中略・・

今、日本の為政者が教育勅語の実践的復活をみづから提唱し、みづからが率先して実践せられるならば、想像もつかない教育界の大なる浄化作用が滔々として起こることを期待して、その実現を私は待ち祈るのである。」

 「動向」より

 

469名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/07() 19:39

>336で御記入されたアクエリアン様の中で

「生長の家の活動にしても、谷口雅春先生の憲法改正への熱心な取り組み方をそのまま継承するのは、現在の環境化では、生長の家がこういう政治活動に関わるのは、教団としては相応しくない、というようなことを述べられていたのではと思います。時代と共に、教団の運動形態も変わっていくべきだ、ということなのでしょう。

  歴史認識に関しても、雅春先生と雅宣先生とは明らかに違いますね。雅宣先生の歴史認識に違和感を覚えられた方は、非常に多くいらっしゃるのではと推察しています(笑)。それで、幸福の科学などへ移られた方も多く出現したように聞いています(笑)。」<

 私は少し違うのですが歴史認識の矛盾だと思うのです。何がというより現在の活動方針と雅春先生が各書物で述べられていることとの矛盾と、それを現在も聖典や書物として販売されているとのことです。でもこれを無くしてしまうと「生長の家」が「生長の家」でなくなる。だから、それは外せない。(例えは、ここでは長くなるので省略します)

だから、自己矛盾に陥る。地方講師や理事の先生でも、谷口雅宣先生とこの歴史観とは矛盾したことを云われていても、もはや止む得ない。(このことはある面では理解できます。)やはり、その辺りに皆さんは疑問を感じられるのでは。-下段に続く-

 

470名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/07() 19:42

何故そうなるのか、それは理事会や教化部長会議などでどうやら、結果のみの報告で「こういう理由でそうしたい」とかが無いのではないかと大変御無礼と思いますが、勝手に推理致します。(あったとしても理解されていないのでは?)

それは、根回しとかが無い為、それが疑問に残ってしまう、しかし縦の真理により先生にはそんなこと云えない、生長の家は好きなのだけどそんなこといえば辞めなければならない。(結構そんなこと、聞くのですが?)

だからと言って、雅宣先生の気持ちも少しはわかります。ほとんどが自分より年をとられている先生方なのであるから。ある面では本当に生長の家を思っておられる先生には、とことん話し合いなされたらどうでしょうか。貴康先生は自分をあくまで「求道者」として歩まれておられる姿は、只ゝ頭のさがる思いです。貴康先生からそんな提案なされたらどうでしょうか。「虚心担懐」いかがでしょうか。(やっておられたらすいません)

 私は生長の家の批判はしたくはないのです。提案をしたいのです。

よく、母は生長の家が熱心で息子や娘が活動をやらないことや、以前やっていて、何かの都合でやらなくなってしまった人(自分もそうだけど)がいますが。そんな中でも批判とかよく聞きます。私はそれが一番辛いことなのです。私も「生長の家」活動のなかや、講師の言葉にも嫌なことや、本当に見たくないようなことは沢山あります。だけど、それは自分に御仏を顕わす「菩薩様」にほかならないと思うのです。

でも、あまりにもひどい言葉は議論で対抗致します。

 

473名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/12() 12:06

生長の家を考える時、いつも思うのは大変優秀な存在を喪失しているようなところがあることです。

 今も別の方向で、「生長の家」を憂いながら違う活動(生長の家の以前の活動形態をそのまま存続して)をやっている人が多いことです。それらの方のなかにはそれこそ、活動のプロであるような方もずいぶん多いことです。私はそのことを考える時、何が方向をちがえているか、幹部の人達は考えたことがあるのか、前々回の書込みでいいました様に「生長の家」を拡大発展させるような意欲がないような気がする。

それを考えるのに、今からいうことが「生長の家」の一番情けないところだと感じることです。それは、「日本青年会議所」の本をとっているから(祖国と青年)ある役職を左遷させるような処置をとる教化部長。政治活動をとらない方針はいいのですが、会員まで「生長の家」に来るなといわれた人。

どうして、こんなこというのか。生長の家の人材を育成するのに、どれほど大変か考えたことがあるのか。どうして説得しないのか。

 私も活動をやっているとき、青年会で教化部に赤旗新聞を取っていたことがあります。それはいろんな分野で考える必要があるからです。でもこんなことで御咎めがあるわけないのです。本当に狭い考えではないか、「生長の家」は本来そんな宗教ではないのです。

もしくは、「説得力」がないのではないか。そう考える時もある。中心帰一も大切な要素だが、それは真理においてではないか。それはあまりにも視野が狭い様な気がしてならない、でもこんなこといってもわかってもらえない。雅春先生の「笛吹けども…」そんな心境になります。蔡焜燦の件でもそうですけど、もう少し広い視野にてものをみることも必要ではないかと思います。

 

477名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/15() 02:12

>過去の一時期、愛国思想を普及させるために、政治活動も

>行ったことがありますが、それはやっぱり生長の家

 >の本来の目的ではなかったのではないでしょうか。

 

 谷口雅春先生のお言葉です。

 「生長の家の二つや三つが潰れても、祖国日本が本来の姿に立ち戻るためには、

それもやむを得ない。協力を惜しまぬどころか生長の家の活動そのものが

目指すところはそこにある。」

 

 

479名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/16() 11:48

>生長の家を離れていった人は、本当の使命というものが分からなかった

>人が多いように感じています

 

 この発言は撤回を求めます。

 雅春先生のみ教えを実行されている素晴らしい方々が沢山いらっしゃいます。

 生長の家という団体から離れたのにはそれなりの理由・諸事情があるのです。

 侵略戦争発言や政治とは無関係云々だけの話ではありません。

 

アクエリアンさんを批判するつもりは毛頭ありませんが、

 察するにあなたは知らない事が多いようにお見受けします。

 (↑私こそそうなのですが)

あなたはとてもお優しい方なのでしょう、文面から伝わります。

 

 日本人として生まれた以上、国を愛する心は必要ですよね。

 父母に感謝せぬものは神の心にかなわぬ、なのです。

 強調もなにも、基礎じゃないですか。全然偏ったものではありません。

 

 文字で意見を伝えるのはなかなか難しいですね。

ネットという場の為、思うところを伝えきれません。

という訳でこちらへの書き込みはこれで最後とさせていただきます。合掌

 

480名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/16() 12:53

アクエリア様へ

私は469と473で書込みをしたものです。

 477と479の人とは別人ですが、でも大変気持ちはわかります。賛同致します。

アクエリア様はよく本来とかの言葉をおつかいになられますが、少し違うように思われます。雅春先生が本来の「生長の家」立教の使命は「戦前」と「戦後」とは世の中の流れとともに少しかわりましたが、雅春先生の根本思想はなんら変更もなかった。

それは、「生長の家」30年史や40年史、50年史などを読めばわかるでしょう。また、立教以前の正治(立教以前の名前)先生の文章などを読むと生長の家の目的もおのずからわかります。(大本教でだされた雑誌、皇道霊学講話など)

アクエリアン様がその本来とかの使用なされている言葉の真意は何なのでしょうか?私はあらゆる文面を使用して本当はこうですよと言いたいが。それに凝り固まったような考えがアクエリアン様にあるならばいっても仕方ないと思います。

 私はもしアクエリアン様が今も信徒であるならば。説得(?)します。でもなんか傍観的なんで、いやになります。

 私は雅春先生の立教の使命とかで何回か講演致しました。その為立教以前や戦前や戦後の雅春先生の本は膨大な数の本をもっております。

 >過去の一時期、愛国思想を普及させるために、政治活動も 行ったことがありますが、>それはやっぱり生長の家の本来の目的ではなかったのではないでしょうか。

こんな言葉も生長の家の思想を深く知らないなと思います。

でも、私は変更(政治団体からの脱退)することもある面では致し方ないと思いますが。

ただ、そのやり方に疑問をもつのです。

それと以前に云いましたが、愛国運動が生長の家の本来の目的なのです。それもじっくりと時間をかけて云っていきます。それと479さん書込みされないと書かれましたが残念です。楽しみにしていたのですが。

 

482名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/16() 19:22

481様へ

貴方のおしゃる通り「生長の家」は人類光明化運動です。そんなこと、失礼ですがわかっています。ただ文脈を理解して頂かなければならない。雅春先生はいろいろな本に自分は愛国者であるとかかれております。分からなければ引用いたします。

 「新生の書」(私の日本憲法論)。(随所に愛国と言う言葉が書かれています)

 「私の日本憲法論」。「国のいのち人のいのち」。「わが憂国の戦い」「諸悪の因現憲法」「美しき日本の再建」「日本の政治と宗教」「占領憲法下の政治批判」「占領憲法下の日本」「続占領憲法下の日本」「天皇制は是か非か」「日本の危機を救うもの」「愛国心はいかに見るか」「日本の自殺と日本国憲法の関係」「日の丸か赤旗か?」「憲法について是非知らなければならぬこと」「憲法の正しい理解」「愛国心と日本の憲法」「我ら日本人として」「日本を築くもの」「限りなく日本を愛す」戦前では「大道無門」「新日本の心」「天皇絶対論とその影響」「信の力」その他数限りなくあり。

 「神の真義とその理解」のそのなかで雅春先生は

「住吉大神は、曇っている現実世界に太陽の御子を天降し導いて、地上に天照大御神の御光を持ち来たし、永久平和を現実世界へ生み出すための働きをしているわけであって日本の国体というものが、如何なるものであるかということを、それの隠れている覆いを除いて現実の世界にあらわす。浄化の働きであり、実相を生み出すという働きをなさるという働きで、今、この御働きが続々進行中である。これこそが、生長の家出現の使命であるのである。政治局が生長の家の本部の機構にできたのもそのためです」

481様あなたは生長の家の信徒と拝察致します。「人類光明化運動とは愛国運動なのですよ」それがわからないと、生長の家の使命もわからないと思います。上記に記した聖典を少しでも読んだことありますか。私は全冊持っておりますし、全て読破致しました。

ただ愛国と云えば「国粋主義」と勘違いされるので、より大きな世界的な意味で人類光明化運動としたのです。雅春先生ほどの愛国者は他にいないと断言できます。481様もう少しいろいろな本を読んで下さい。

 

483名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/16() 20:08

アクエリアン様へ

>谷口先生も、所詮、日本人です。そのカルマからは残念ながら逃れることが出来ませんでした。

そこが生長の家が今一歩、霊的向上を目指す本来の団体の理想へと到達出来なかった原因だと思います。愛国心を極端に強調することは、21世紀には、克服されなければならない思想だと 思います。<

 私は上記の言葉は大変嫌いです。あなたにそんなこと断言できる人間なのでしょうか。

そんな判断を下すような権威ある人間なのでしょうか。愛国心を強調しては駄目なんでしょうか、雅春先生はそれこそ、あらゆる方向で勉強なされています。

また、「霊的向上を目指す本来の団体の理想」とは何ですか。それはどこに書いていますか。また、愛国心は「カルマ」何でしょうか。少し違うような感じですね。失礼ですが、それなら、私の方がよく知っていると思います。アクエリアン様も生長の家を少しご存知だと思いますが、ところどころ間違っておられます。私は「雅宣先生」に反対でも「政治局」を廃止したからとか、「侵略発言」に文句はありません。「雅宣先生」がそうおしゃるのならそれに従うのも「信徒」だと思います。ただ何回か書込みしましたが、その道程に疑問を感じているだけなんです。多くの信徒達が疑問に思うことは少しでも解決して欲しいと想います。それに、あまり良い印象を与えない行動(講師など)は慎まなければならないと思うだけです。(内容は言えません)

 

 

487名前: >アクエリアンさん  投稿日:2001/05/18() 19:32

アクエリアンさん

>「人類光明化運動とは愛国運動なのですよ」

こういうふうに言われると、うーーん、ちょっとついていけないな、という思いがします。

 貴方の考え方は大変極端に思います。愛国と言えば何がなんでも憎悪(少し大袈裟かも)の対象なのでしょうね、愛国にはいろいろあると思うんです。

 少し過剰反応しすぎじゃないかな。やはり戦後の唯物史観の思想がのこっているんでしょう。たとえば、中高生の育成なんかにはこういうことをやればいいと思うのです。(因みに私はやっていました)

 1. 地域の神社や駅前の清掃

 2. 老人ホ-ムとか障害者ホ-ムへの慰問

 3. 由緒ある仏閣や史跡の調査

 4. 歴代天皇の御陵の参拝

 

その他いろいろとあると思うのです。

 身土不二の観点からもそれを実施したほうがいい。これも先祖を尊び、国思う気持ちの一環とすればいいと思うのです。だから、優生保護法の運動や憲法改正など直接的な運動も愛国運動かもしれませんが、地域での上記のことも一連の愛国運動だと思うのです。純粋な気持ちでの地域や国を愛することがどうしていけないのでしょう。

 諸外国などそんなこと当たり前のようにやっている人が多いですよ。(シンガポ-ルやアメリカ、ヨ-ロッパ諸国など)そんなこというのは日本人だけですよ。

 雅春先生の本をたくさん読んだとかいていますが?それ以外に一度自分で戦後史の学習や憲法制定史、明治維新史など勉強なされるほうはいいのではないかと思います。愛国といえば戦争-悪と結び付けているんではないでしょうか。だから、言葉の遊びになってしまっているのです。それと、地域奉仕とか地域の歴史を調べたことありますか?自分の地域の神社に延喜式の神社がいくつあり、その横にスサノウノ命の神社があり、昭和天皇がこんな処まで語巡行されているんだとか。いろいろあると思うんです。

 先達の栄光を尊び、祖先を礼拝する気持ちこそ、愛国運動の一環じゃないでしょうか。

 愛国とは読んでそのまま「国を愛する」。運動とは「行動(団体)すること」。-続く-

 

慨世血の書・天皇絶対論とその影響・谷口雅春選集・新日本の心

慨世血の書 日本新體制版

目次

建言(はしがき)

第一篇 血ぬる隨筆/11152

第一章 宗教と宣撫工作/13

第二章 夫婦の調和/19

第三章 私の養成したい人間/22

第四章 節約生活の反省/25

第五章 よろこぶ生活/29

第六章 演劇映畫國策/32

第七章 思想の實踐/43

第八章 近視眼絶滅資料/47

第九章 教育と健康/58

第十章 自由と統制と總親和/63

第十一章 生産力擴充と勞働時間問題/67

第十二章 國民精神總動員とは何を動員するのか/75

第十三章 人生二倍の活用法/83

第十四章 精動を物動に終らしむる勿れ/90

第十五章 制度の心理的技術/96

第十六章 銃後の力/106

第十七章 人生とラ行活用/110

第十八章 女性禍福問答/113

第十九章 手の筋と運勢/118

第二十章 把住と放行/124

第二十一章 菩薩悲願のあらはれ/127

第二十二章 戀愛と日本精神/130

第二十三章 隨感斷想/133

第二篇 慨世直言/153324

第一章 入學志望の革命的直言/155

第二章 國民學校案に就いて/176

第三章 文學の革命/193

第四章 結核の強制診斷/206

第五章 人間かくの如く死ね/227

第六章 よろこび伸びる力/262

第七章 戰爭と經濟/298

第三篇 新生への道/325372

 

天皇絶対論とその影響

目次

謹序

天皇信仰(谷口雅春)/17

第一篇 荻原俊三氏の『天皇信仰』鼔篋集覽/966

第二篇 尾關貞一氏の『新日本學樹立への努力』/67176

第一章 天皇絶對論を廻る論議/69

第二章 紀平正美博士への反問/103

第三章 日本の深さの論理/124

第四章 日本の學問の方向に就て/160

第三篇 田中子葉氏の『日本教育學樹立への貢獻』/177274

第一章 時局と教育者の覺悟/179

第二章 兒童の神性と教育方法論/188

第三章 臣民教育の具體性/197

第四章 生命の教育學の建設/211

第五章 『公』の實相と奉公の教育/221

第六章 教育の力と權威/237

第七章 生命の教育と教材/251

第八章 忠一元と創造の教育/266

第四篇 大崎勝澄氏の『天皇絶對論を根基とする臣民教育論』/275336

第一章 大日本臣民教育の樹立/277

第二章 日本歴史の惟神性と認識方法/296

第三章 日本教育の大乘的使命/308

第四章 黎明日本教育の指導者/316

第五章 宇宙神化の行としての四方拜/328

第五篇 矢野酉雄氏の『忠一元・臣道無窮論』/337374

第一章 臣道無窮/339

第二章 生命の教育の國家的使命/347

第三章 日本の善き子供を作る道/357

第四章 皇運扶翼の日本宗教/368

(附) 皇運扶翼生長の家青年會規約/372

 

谷口雅春選集 昭和164

目次

第一篇        思想體系 こころきはまる/1

第一章 久遠いのちを享けて/3

第二章 生きて生活する哲學/23

第三章 西田哲學を更に超えて/49

第四章 放つもののみ生きる/72

第五章 日本學的大乘佛教の樹立/81

第二篇 觀の轉回 樂園の奪還/99

第一章 物質觀の革命/101

第二章 人間觀の革命/117

第三章 善惡觀の革命/135

第四章 觀の轉回と實生活/148

第三篇 生活體系 自己内在の光/177

第一章 天の聲を聽く/179

第二章 悟りへの道/195

第三章 幸福への實踐/214

第四章 天國實現への手紙/232

第四篇 信仰體系 天皇と國體への信/253

天皇信仰(その一)/255

天皇信仰(その二)/258

天皇獨在/263

天皇即大宇宙一體の理念/265

日本國の使命/270

皇軍の倫理/284

理念のための戰爭/293

神話と民族の使命/311

復古すなはち新體制/339

 

新日本の心

はしがき

目次

第一篇        日本的といふこと

第一章        日本的といふこと323

第二章        八紘一宇の理念2467

第三章        日本の宗教と哲學と科學6889

第四章        日本的科學の樹立90103

第五章        肉體を超える心104135

第六章        皇紀二千六百一年紀元節に方りて136149

第七章        日本學的大乗佛教(一・ニ)150161

第二篇        蓮華日寶大地録

第一章        蓮華日寶大地録(一)165178

第二章        蓮華日寶大地録(ニ)179192

第三章        精神統一と呼吸との関係 193203

第四章        蓮華日寶大地録(三)204227

第五章        神想觀を修行する者の心構 228241

第六章        人間・この生命なるもの 242255

第七章        民族の生命と勝利256277

第八章        宇宙と一德一心の建國278290

第九章        復古卽新體制278290

第三篇        大乗日本の心

第一章        生命の論理305315

第二章        本居宣長の神觀316331

第三章        国防のための建國の哲學 332349

第四章        民族と歴史的現實 350361

第五章        祖國を生くる者のために 362372

第六章        國家と自分 373382

第七章        戦時下を生くる 383398

第八章        日本臣民の服從と自由 399410

戦争と日本精神の倫理と驀進日本の心と力と『生命の實相』の比較

戦争と日本精神の倫理 昭和12

目次

はしがき/1-4

第一篇 日本精神の倫理/1-74

第一章 日本精神の倫理/3

第二章 價値の本質/20

第三章 物質の否定・棄揚・神國の肯定/43

第四章 善の本質と價値判斷の基礎/54

第五章 人格の自由と『認め』の倫理的價値/66

第二篇 戰爭の倫理/75-170

第一章 皇軍の倫理/77

第二章 世界秩序の崩壞と再建/91

第三篇 日木國の世界的使命/171-327

「古事記」とは何か/173

史を究する目的/173

唯一體本源神/175

天地陰陽靈の人格的御表現/184

夫唱婦和の原理/187

國境の成立から國土狹くなる/195

軍縮不成立の豫言/198

暗に對する執着/201

智慧光にて眺むるとき、暗の世界は百鬼夜行/202

生命の樹の果、樂園と暗の國とを劃る/204

中道實相の眞理、汝を淨めん/212

究の意義/224

實在世界は中心歸一の妙有世界/227

實在宇宙陰陽揃ふ世界/229

實在宇宙は無限創造の世界/230

實相宇宙の特不壞/231

實相宇宙は遠心求心調和の世界/232

實在宇宙の特は無限包容/233

實在宇宙は圓滿完全至美至妙/234

日本國體は實相至妙世界の顯現/235

夫唱婦和は日本が第一/236

無限創造は日本が第一/237

一瞬に久遠を生きる金剛不壞の生活は日本が第一/238

無限包容の生活も日本が第一/240

七德具足め至美至妙世界は日本が第一/242

否定の極の妙有の肯定/243

宇氣比の神祕/244

一切の善は天照大御神を本源とす/249

急ぐな、時節に逆ふな/253

暗黑界に光明を導き出す道/261

有難いと云ふ言葉の力/268

默示に顯れたる世界戰の豫言/273

赤き龍の征服/288

大國主命時代/291

皇軍の神力の發現/306

『今』の一瞬に『久遠』を生きるが日本精神/311

火にも燒けざる不滅の日本皇位/315

 

 

驀進日本の心と力

目次

はしがき/1-4

第一篇 日本精神の倫理/1-74

第一章 日本精神の倫理/3

第二章 價値の本質/20

第三章 物質の否定・棄揚・神國の肯定/43

第四章 善の本質と價値判斷の基礎/54

第五章 人格の自由と『認め』の倫理的價値/66

第二篇 戰爭の倫理/75-170

第一章 皇軍の倫理/77

第二章 世界秩序の崩壞と再建/91

第三章 日本學的大乘佛敎の樹立/111

第四章 白馬に跨れる神の王/136

第五章 日本國體と舊約聖書の問題/157

第三篇 日本國の世界的使命/177-331

『古事記』とは何か/177

史を究する目的/177

唯一絶對本源神/179

天地陰陽靈の人格的御表現/188

夫唱婦和の原理/191

國境の成立から國土狹くなる/199

軍縮不成立の豫言/202

暗に對する執着/205

智慧光にて眺むるとき、暗の世界は百鬼夜行/206

生命の樹の果、樂園と暗の國とを劃る/208

中道實相の眞理、汝を淨めん/216

究の意義/228

實在世界は中心歸一の妙有世界/231

實在宇宙陰陽揃ふ世界/233

實在宇宙は無限創造の世界/234

實相宇宙の特不壞/235

實相宇宙は遠心求心調和の世界/236

實在宇宙の特は無限包容/237

實在宇宙は圓滿完全至美至妙/238

日本國體は實相至妙世界の顯現/239

夫唱婦和は日本が第一/240

無限創造は日本が第一/241

一瞬に久遠を生きる金剛不壞の生活は日本が第一/242

無限包容の生活も日本が第一/244

七德具足の至美至妙世界は日本が第一/246

否定の極の妙有の肯定/247

宇氣比の神祕/248

一切の善は天照大御神を本源とす/253

急ぐな、時節に逆ふな/257

暗黑界に光明を導き出す道/265

有難いと云ふ言葉の力/272

默示に顯れたる世界戰の豫言/277

赤き龍の征服/292

大國主命時代/295

皇軍の神力の發現/310

『今』の一瞬に『久遠』を生きるが日本精神/315

火にも燒けざる不滅の日本皇位/319

 

 

 

戰爭と日本精神の倫理

第一篇 日本精神の倫理/1-74

第一章 日本精神の倫理/3

第二章 價値の本質/20

第三章 物質の否定・棄揚・神國の肯定/43

第四章 善の本質と價値判斷の基礎/54

第五章 人格の自由と『認め』の倫理的價値/66

第二篇 戰爭の倫理/75-170

第一章 皇軍の倫理/77

第二章 世界秩序の崩壞と再建/91

第三章 戰勝祈願の倫理/111

第四章 戰時體制下の經濟循環法/142

第三篇 日木國の世界的使命/171-327

 

驀進日本の心と力

目次

はしがき/1-4

第一篇 日本精神の倫理/1-74

第一章 日本精神の倫理/3

第二章 價値の本質/20

第三章 物質の否定・棄揚・神國の肯定/43

第四章 善の本質と價値判斷の基礎/54

第五章 人格の自由と『認め』の倫理的價値/66

第二篇 戰爭の倫理/75-170

第一章 皇軍の倫理/77

第二章 世界秩序の崩壞と再建/91

第三章 日本學的大乘佛敎の樹立/111

第四章 白馬に跨れる神の王/136

第五章 日本國體と舊約聖書の問題/157

第三篇 日本國の世界的使命/177-331

『戰爭と日本精神の倫理』『驀進日本の心と力』

との比較

『驀進日本の心と力』では『戰爭と日本精神の倫理』の第三章 戰勝祈願の倫理/111

第四章 戰時體制下の經濟循環法/142が削除され、その代わりに第三章 日本學的大乘佛敎の樹立/111

第四章 白馬に跨れる神の王/136

第五章 日本國體と舊約聖書の問題/157が追加となった。

 

『生命の實相』全集第十六巻『神道篇・經濟生活篇』

神道篇   日本国の世界的使命

はしがき

第一章 古事記講義

第二章 皇軍の倫理

第三章 世界秩序の崩壊と再建

第四章 戦勝祈願の倫理

第五章 理念のための戦争

第六章 余の國家主義

第七章 黙示録に現はれたる日本精神

第八章 日本國體と旧約聖書との問題

 

第二章 皇軍の倫理

第三章 世界秩序の崩壊と再建

第三章 戰勝祈願の倫理

第三篇 日本國の世界的使命

第五章 日本國體と舊約聖書の問題

上記の文章が『生命の實相』16巻に附記された。

教えて下さい、お願いします。

昭和12年の『甘露の法雨』についてですが判の違いなど何種類かあるのですか、
ノ-ト型 47頁 22cm
この『甘露の法雨』をお持ちの人は是非教えて頂きたいことがあります。

この中に訳 大畑覺雄氏という記入があるのですが

間違ってはいないと思いますが、昭和44年においてですが大阪府吹田相愛會 吹田道場のお世話をされていました。

大阪高校 英語の先生でした。
また、神戸の上野(灘区上野)で誌友会を昭和11年に発足されています。

もしお持ちで『甘露の法雨』で生命の實相の一部 大畑覚雄訳と記載があり、
何故 大畑覚雄訳というのがあるのかを教えて下さい。

異字体、正字体、本字体と

『葛』という字があるが、奈良県http://www.city.katsuragi.nara.jp/images/content/4579/katsu_1.gif城市「ヒ葛」はこの字を採用しているが、東京の葛飾区は葛の字で「人葛」です。ただ地図などを見ると葛城市と記入されており、表記が訂正されていない。ただ、パソコンなどで漢字が無いのが多くあり、私も書き写しなどを行っているときに文字の違いを判らずにそのまま書き込むことが多くある。(葛城市のホ-ムペ-ジ参照)

そのため、例えば半という字は以前は「ソ」という字ではなく「八」でしたが

それを採用している字は

半、伴、畔、判

 

それでは「八」ですが

拌、絆、袢、胖、叛

 

だから、上記を手書きなどで書く場合は半という字になってしまうのですが本来は間違えているのです。絆創膏もそうです。

最近は「きずな」も「絆」です。

 

とりわけて間違うのが、靑という字ですね。例えば鯖というのは「靑」なんです。

錆も「靑」です。ただ、パソコンによっては青という字になります。

 

でも、下が月であれば漢字では“にくづきの漢字”との違いがなくなってしまう。

「肯」「青」と同じようになってしまう。

 

また食も多く間違いを生じています。「饗」という字ですが教科書体がこの字ですが上部の真ん中が異なる。あの「卽」という左側と同じです。「即」という字でもそうです。異字体というのですが、そこで迷うことも多いのです。

「響」は真ん中が「饗」とことなります。

 

「総」という字は「總」に統一するようにしていますが、「綜」もあります。とりわけ、「劍」です。「剣」は当用漢字で「劔」「劒」「剱」「釼」「」と異字体があります。

 

また、闘うという字ですが「門がまえ」で戦うというのも少し変なかんじです。

「門(とうがまえ、たたかいがまえ)」という部首があったのです。実際の字というのが鬪という字が新字体となって「闘」に變化している。

 

醫というのは「酉部」なんです。医というのはそれを省いてしまっているため辞書も匚の(はこがまえ)部首に変更してしまっている所もある。ヒヨミノトリという字が酉という部首で酒なども「サンズイ」ではなく酉へんです。

 

この字は酒の入れる容器からきた言葉なんです。以前に奈良県の大神神社の横に狭井神社というのがあるのですが、そこは酒の神様を祀っているのですが、そこを調べてみると須恵器の土器などが出土する場所として有名で「醑」(したむ)という言葉がありますが

 

水分が残らないように,しずくを垂らし切る。 「煮汁を-・む」 「徳利の底を振つて,垂々と猪口へ-・む/歌行灯 鏡花」

 

折角、醸造したよいお酒を一口も残らずの入れ物にいれるのが、須恵器の甕(かめ)であります。

昔はその醸造を処女が口に入れて「噛む」ということから始まった。だから語源では「カム」というのは「醸す」(かもす)であるのです。それらに全てに酉へんになるのです。

昔は酒によって病気やケガなどの治療を行ったために医者の字は「醫者」となります。匚がまえでは意味がわかりません。

 

さて「藝」という字もそうです。むかしから「芸」という字があります。本来は全くことなる意味でした。(ウィキペディア参照)

 

藝と芸「藝」は新字体において「芸」になったが、もともと、「芸」(ウン)という漢字があったため、意味も音も異なる2つの字の形が一致してしまった。多くの場合、一致してしまう既存の漢字はほとんど使われない死字であり支障はない。しかし、芸の場合、奈良時代末期に石上宅嗣が設けた公開図書館の芸亭(うんてい)がある。日本史や図書館学の教科書などでは芸亭の芸のくさかんむり「艹」を4画のくさかんむり「艹 (+ +)」にして区別をすることが多い。ただし、本来、「芸」(ゲイ)と「芸」(ウン)の字体は全く同じである。なお、芸(ウン)は「書物の防虫に使用される薬草」を意味し、転じて中国では「文学、教養」を想起させる文字として人名などに使われる。簡体字では上述した音符の交換により、北京語で「藝」と同音の「乙」を使って「」と略す

草莽崛起として

130627
131202-1
現在、『谷口雅春著作一覧表』の執筆のため、会社の仕事以外はこの時間に割り当てている。執筆の頁は
A4判で450頁に及んでいる。どれを今回の『谷口雅春著作一覧表』に挿入していくかが悩む所でもある。

『生命の實相』という言葉を何回もこのWORDに書き込んだことか、真理とか簡単に云うが歴史というのを感じると、その重さを痛感する。どういうことかというと、生長の家というのは「文書伝道」を根幹となすのですが、その教団がそれを放擲して本当に生長の家と呼べるかであろう。

『生命の實相』を読んで病気が治り、健康を維持し、毎日朗らかに生活が出来る。その他愛もないところに悦びを観じ、人に幸せを伝えることなんです。

 

今年の一月には『谷口雅春著作一覧表』の冊子を出したいと云っていたが、少し遅れる。ある方からの手助けもあり、もう少し付加したい内容があります。もう何回も遅れていますのでいつまでに冊子を作製するかは云わないこととします。

 

戦前において500万部の大ベストセラーであった『生命の實相』は何故読まれたのか、どうして沢山の人に読まれたのかをこうして執筆していると、なんとなく掌握できるようになった。なんとなくというのは自然法爾にそれを感じとるようなことです。

現在は追補で戦前の朝日新聞の廣告を詳細に追記しています。写真を付けて読んでも飽きないようにしていますが、歴史的仮名遣いはすみませんが、守っていますので現代的仮名遣いに慣れている人には読みにくいかもしれません。また漢字でも旧字体にしていますので、読めない字もあるかもしれません、しかもルビもないのでわかりにくいかもしれません。

ただ廣告などはルビなどついていませんので、読めない字は通り過ごして、そのままお読みいただければいいと思います。

 

さて、下記の『生命の實相』は何を差しているかわかりますか?

 

稀覯版

硬紙極彩表紙版

天鵞絨表紙版

聖書型

豪華装

半皮版

袖珍清楚装

 

これを理解できれば『生命の實相』の歴史の玄人です。

 

著者谷口雅春曰く

著者谷口雅春曰く

私は毎日遠隔の地から病氣を治して欲しいと云ふ手紙を無數に頂くが、私は未だ嘗て何人の病氣をも治したことは無い。こんな誤解を招くのは私の本を讀んだ人に、唯各人の内部の自然療能が活撥に働いて、諸病を不思議にも癒すからである。

 

今後もこれからも自然療能以外のものが人間を癒さないことに變わりない。唯各人は自然療能を發現せしめる方法を知らぬから醫者にかかっても治らぬのだ。私はこの書によって自然療能を發現せしめる方法を簡單に教へるのだ。

 

自然療能は肉體の内に働くだけではなく世界にも働く、運命にも働く。どんなに大掃除の塵を空中に出しても直ぐ澄み返る大氣の力を見よ。この力を捉へよ。貴下の運命は直に癒されるのだらう。悲しみに泣き濡れた人々も光明を見るであらう此の思想が生れてから世界に悲しみはなくなったのだ。

生長の家と私-1

生長の家と私

私が「生長の家」という宗教を家で行っているのだなということを気が付いたのが小学校3年生の頃でした。

悪ガキの私が家中、走り回っていた時に裁縫道具の待ち針の針山に足を踏んずけてしまった。待ち針だけではなく、普通の針も沢山あったので「グサッ」と刺さったのです。

小さな私でも其れほど痛みがなく、十数本足の裏に刺さった針を抜いていくんです。母が心配して吹田済生会病院に連れて行ってくれたことを憶えています。

レントゲン撮影も初めてですから興味津々でそれを覗いたら、写真には糸のような跡が残っていたのを記憶しています。その時に聖経『甘露の法雨』をしきりに称えていた。

 

 小さい頃の吹田の生長の家は大きな一家のような所でした。千里山の岡田先生は関西大学の世話などしていたので、今でもその当時の学生から名前が出てきます。

当時の吹田の生長の家は水野氏、篠田氏や安川氏、井伊氏、白長氏、小森氏、村上氏等沢山の白鳩会や相愛会など吹田道場(片村四八氏邸)での集まりは沢山の人々を喜びの輪としました。

生長の家の吹田市の発足は昭和9年(『社会運動の状況』より)に吹田市の朝日ビ-ル会長重役の松村蔚(さかえ)邸で開かれていた。生命の實相輪読会を中心に行われていた。(生長の家大阪教区五十年史より)

 

終戦後は満州から引き揚げの篠田氏が熱心に活動されていたことを思い出す。篠田氏は食堂を経営されておられ、場所もJR吹田駅の近くにあり、私も何度かお会いさせていただいたが、気楽な人であることが印象的であった。

吹田は大規模な光明化運動が率先されて灯火されていたことを先達に何度か聞いていました。昭和26年には吹田市立第一小学校で谷口雅春先生の大講習会が開催されています。

やはり、それが吹田の誇りであった、またそれが自慢であったような気がする。

 

常にそこには『生命の實相』があり、神誌があり、聖典があった。

当時の青年会の活動も盛んで沢山の誌友を集めていた。

 

そんななかでの私でしたが、小さい頃に「神童会」に参加していたことが印象的であった。幼稚園で毎月開催されていたのであるが、沢山の人が参加していたことを憶えています。

私の場合は無理やりでしたが、あまり行くのも嫌だったことです。しかし兄弟も参加するので仕方ないので参加していた。

 

母は半ば強制的に参加させるのであるが、反対にそれが良かったのかもしれない。ただ、家族の状況というのがあったことを知っています。

 

私は兄弟が多くいます。兄弟は11人で13人家族です。

しかも、市営住宅に住んでいましたので部屋も狭いのです。私など押入れで寝ていました。父は普通の会社員です。食費や学費にどれほどの経費がかかるか、本当に大変だったと思いますが、母親はそういうことを一切いいません。お金が無いなどとかそんな愚痴など一切なかったが貧乏生活であったことは確かでした。

ただ、生活保護など受給するなどは拒否していましたので、高いプライドを持っていました。だから生長の家に行くのが恥ずかしかった。みんな綺麗な服を着て、来るのですがみすぼらしいカッコに辟易していた。

 

だから「生長の家」に行くのが嫌だったのです。

 

母親が生長の家を入信したのは母の姉が兵庫県加古川市に住んでいたのですが、立教当初からの熱心な信徒であった。その感化を受けて生長の家に入信するのですが、それまでは「金光教」に入信していた。それも大阪の天七(天神橋筋七丁目)で商売をしていたのでその時代からだと云っていました。この吹田に住むのは「疎開」が縁です。大阪市内は戦時中における焼夷爆弾などの凄まじさで疎開をせざるを得ません。

 

生長の家は母の熱心さは講師されている人をも上回る程のものです。常に生長の家の話をするのですが、それが誰であってもするのです。だから、家には常に人が集まる場所でした。

第一回 近畿ブロック大真理講演会

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 第一回 近畿ブロック大真理講演会に行きました。当日は小雪舞う、足元が雪でビチャビチャで歩くのも注意を払わなければなりません。京都タワ-の下で昼食をとり、メルパルクに到着したのは、午後115分、それでもメインホ-ルは少しだけ席は空いていましたが、途中からは立錐の余地もなく満員で別室の3040名の席も満杯です。

 今回の安東先生のお話は実に説得力があり、聴衆を引き寄せる話であった。

 

安東先生本当に講和術というのを知っておられる、私もその話に引き寄せられ、安東先生の手のひらで廻されている「快い」講和であった。

 

年に一度は聞いているような感じであるが、本当に益々光明燦然と輝いている。本当に安東先生はスゴイと感心しきりです。

 

個人的には何回かに分けてお話をさせていただきました、私がパソコンが壊れて、安東先生の住所が分からなくなったので、もう一度訊ねると、「山ちゃんとは縁がなかった」という厳しい言葉を頂きました。確かに備えということを怠っていたためであると、深く反省しました。

『谷口雅春先生著作一覧表』も贈呈させていただいておりますので、その話もいただきました、「山ちゃん、はっきり言ってエライ」

生長の家で此処まで書ける人はいないんじゃない。

御褒めの言葉を頂戴し、反対に恐縮しました。

 

それよりも、「生長の家ジュニア友の会」で育成担当をしていた頃の中学生であった人が、3人も参加してくれた事です。本当にそれが嬉しくて仕方がない。

勿論、彼女達の信仰姿勢が変らないことが最大の要因であるが、現在「学ぶ会」やその他の活動家は育成していた人が今もなお活動してくれている人数は5名である。

その全員が生命学園出身であることです。小さい頃からの生命の教育というのが本当に大切なのです。

 

こんな自分でも、母親が熱心な生長の家信徒でしたから、いつも「人間神の子、仏の子」と唱えていましたので、その影響もあり、神童会とかで少しの言葉が私を生長の家に導いてくれたといっても過言ではない。

それと、下記のトキさんの記入ですが、教団の役員さんも来ていたことは確かですが、私はその人と50年来の友達でもある。

 

安東先生から講和の途中で喜多登先生の話があったが、私は喜多先生の手紙を持っている。吹田青年会で喜多先生を御呼びさせていただいてから、親しくさしていただいた。

本当にいい先生が昔は多かった。

 

こんな安東先生のような講和が「生長の家」が理想郷であります。

 

また、帰宅の電車のなかでは神戸で「学ぶ会」を発足させる支部長とも話をさせていただきました。このメ-ルを読んでいるということですので、今後ともよろしくお願いします。

 

4131 :トキ NeaLgIQX3w 2017/01/17() 15:51:41ID:y1yAw52w 先日、京都で安東巌さんの講演会が開催されました。

近畿在住の教団の役員さんが、総裁の話を聞いて安東巌さんに関心をもち、こっそりと聞きに行ったそうです。

 

 先日、仮処分の結論が出たので、その話が出るかと思っていたら、一切触れず、また、総裁や教団の批判もなかったそうです。

政治の話もなく、全部、信仰の話だけだったとか。内容も説得力のある内容で、感激した帰ってきたそうです。

 

 残念だが、今の教団の講習会とはまるで違う。

安東さんと今の総裁では、全然、格が違う。

完全に安東さんの完勝だと認めらざるを得ない、と電話で嘆息していました。

 

 

4133 :トキ NeaLgIQX3w 2017/01/17() 17:43:36ID:y1yAw52w 安東さんの講演会の当日は京都は大雪だったそうです。

参加した知人も念のために開演の30分前に行ったら既に満員で、後ろで立ち見の状態だったそうです。

 

 



西野田工科高校と松下幸之助

以前に「松下幸之助と生長の家」と題して掲載させていただいた。

実はこの松下電気器具製作所のすぐ近くには西野田工科高校がある。何故、西野田工科高校(西野田職工学校)かといいますと、谷口雅春先生が摂津紡績に就職されてから機械等の専門的な勉強をされるために夜間学校に通われたのです。

その甲斐もあり、紡績関係では一流の技術者を誇り、社内における翻訳や文章なども任されていた。

大正3年から大正5年までの期間であったが、昼間は紡績の管理者として働き、夜は学校に通われて、翻訳の仕事などをされ、また自分でも雑誌などを出版されていた。

 

「松下電気器具製作所」と5m位の向かい合わせに工場があった。ただ年代的には大正7年の創業ですから、少し年代は離れますが、何らかの「縁」があったのかと考えます。

 

JR東西線の海老江駅から 西に300m。

 西野田工科高校の東側に 大開公園がある。公園の北西入口に, 表面に「松下幸之助創業の地」と刻まれ, 裏面には「道」という 松下幸之助氏の詩を記した 緑色自然石の碑が建っている。

 創業の地碑の横には 『記念碑「松下幸之助 創業の地」由来』という副碑と 『「松下幸之助創業の地」周辺地図』という説明板がある。

ここは 松下幸之助 というより“松下”という企業グループの発祥の地である。

 詳しくは 下記「由来」碑に書かれているが, 「創業の地 周辺地図」には (1)「松下電気器具製作所」の創業時の建物, (2)第一次本店・工場の建物, (3)第二次本店・工場, (4)第二工場(ランプ組立工場)の写真と その場所を示す地図が示されている。

 

なお, 東成区玉津二丁目には「松下幸之助起業の地」という石碑がある。福島区で「電気器具製作所」 を創業する前年に, この地の借家で, 妻と義弟(井植歳男氏=後に三洋電機を創業)の三人で 改良ソケットを作った。

 

松下幸之助創業の地

  道

     自分には

    自分に与えられた道がある

    広い時もある

    せまい時もある

    のぼりもあれば くだりもある

    思案にあまる時もあろう

    しかし心を定め

    希望をもって歩むならば

    必ず道はひらけてくる

    深い喜びも

    そこから生まれてくる

        松下幸之助

 

記念碑「松下幸之助創業の地」由来

    松下幸之助氏:1894.11.271989.4.27 (和歌山県海草郡和佐村出身)

 

 この地大開(おおひらき), 松下電器産業株式会社の創業者 松下幸之助氏が大正7 (1918)37, 同社の前身「松下電気器具製作所」を創立した創業の地 です。のちに経営の神様と呼ばれ世界中にその名を馳せた松下幸之助氏は 23歳の若さで配線器具の製造・販売を始め, 昭和8(1933)に門真市に 移転するまでの15年余をこの地で過ごし, 事業の進展とともに逞しく大開 から巣立っていきました。

  松下幸之助氏は大開の人情や風土に育まれ, 大開小学校の保護者会会長や 大正14(1925)には区会議員に当選するなど, 文字通り大開の一員と して充実した日々を過ごしました。松下電器の業容の発展にともない移転を 余儀なくされたものの, 終生本籍をおいていたことが物語るように 大開は 同氏ときわめてゆかりの深い土地であります。

 

  平成15(2003)3, 大開連合町会は, 大開に松下幸之助氏の事蹟を 偲ぶよすがもないという現状に鑑みて, 福島区「大開町と松下幸之助に 関する事業」委員会を結成し, その一貫としてかつて松下電器製作所の 第二次本店・工場のあったここ大開公園に記念碑「松下幸之助 創業の地」 を建立することを発意しました。

  松下幸之助氏の記念碑を建立することは大開の願いと誇りであると共に 一企業の創業者にとどまらず, 社会, 経済, 国家や人間のあり方についての 思索, 探究を重ね, 世界文化の進展に貢献しようと諸活動を続けた同氏の 類いなき功績を顕彰するものとして大きな意義があるものと考えます。

  この趣旨に沿い, 広く一般有志の皆さまにご協力をお願いしたところ 多くのご賛同をいただき, 平成16(2004)1127, 同氏生誕110年の よき日に, 生誕の地和歌山を代表する緑泥片岩を碑石としてこの記念碑を 建立し, 大阪市へ寄贈することができました。

  ご支援をいただきました皆さまに, 心より感謝と御礼を申し上げます。

 

   建立 : 平成16(2004)1127

   福島区「大開町と松下幸之助に関する事業」委員会

   協力  松下家

     協力団体

       大開連合町会 福島区地域振興会

       福島区歴史研究会 大阪福島ライオンズクラブ

      松下電器産業株式会社 松下電器松愛会 松下電工松寿会

     設計・施工 株式会社乃村工藝社

 

因みにこの大阪市福島区大開の隣町が吉野町です。この町名の出身だと忘れないようにしたいと創業者の瑞穂は吉野屋と屋号にしました。
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創業地から西野田工科高校を撮りました
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西野田工科高校正門

佐藤通次先生と生長の家

佐藤通次氏といえば、私のような人間が思いつくのは『皇道哲学』という御本を出版された人物ですが、生長の家にも深く関わりがあり、日本教文社で発行された。

『言の林 言の原点と解釈』 日本教文社 1976

『続言の林 言の原点と解釈』 日本教文社 1979.6

『言の林 続続 言の原点と解釈』 日本教文社 1982.6

『武道の神髄』鷹尾敏文共著 日本教文社 1977.10

翻訳

『美しき魂の告白』ゲーテ 日本教文社 1949(世界文庫)

『ミニヨン』 ゲーテ 日本教文社 1949(世界文庫)

『生きぬくための知恵』 K.O.シュミット 日本教文社 1958

 

言の林とは言葉が沢山ある。とりわけて「日本の言霊」というのは一つの文明の革命でもあります。そうしたなかで、佐藤通次氏と生長の家の関わりは戦前にまで遡る。

その言葉は思わず素晴らしさに感涙する。

谷口雅春先生に関わった人で本当にこんなに箴言なことばが謂えるかです。

 

九大獨文科教授佐藤通次氏評して曰く

『人の實相を神と見る谷口氏の神想觀の思想は、人生を渡るための有利なる技術といふごときものではなくて、實は人生の深き體驗の論理的必然を摑んだものである。…氏の思想は人間精神の最高最深の段階に達してゐるといへよう』

略歴

山形県川西町生まれ。旧制山形高等学校を経て、1926年に京都帝国大学文学部独文科卒。九州帝国大学法文学部助教授、文部省教学錬成所員。1944年に「ゲーテノ生命体験」で九大文学博士。戦後は、1955年亜細亜大学教授、1965年皇學館大学教授、1973年から1980年まで同学長、名誉教授。ゲーテ、シラー、ニーチェなどの翻訳のほか、神道、皇道思想を追求し続けた。


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