則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2016年10月

讀んで戴ければ幸甚です。

「谷口雅春先生著作一覧所有綴」付記します。

『谷口雅春先生著作一覧表』で添付資料に「谷口雅春先生著作一覧所有綴」を付記します。その為に現在100頁になる予定になりました。

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昨日は大阪マラソン

大阪人の体質とは何でしょうか?
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いや、ハロウィンでしょう!でも楽しくしましょう!

これ以外に三度笠やコスプレ等々

走るのしんどい!

でも参加したかった。

それより、ボランティアの皆さんご苦労様です。
ボランティアの人の多さに反対にびっくりします。御堂筋
が横断出来なかったので、道頓堀の川沿いの下
を潜るのに自転車を運んだり、案内とかほんとに
ご苦労様です。

写真は御堂筋の千日前通の所です。



環境を破壊している生長の家

石井孝明氏(經濟ジャナリスト)の山梨県北杜市の太陽光発電における環境破壊という實例ですが、そうした太陽光発電における環境破壊を幾度も見てきた私は「日本の環境」は「太陽光発電により破壊される」と言っても過言ではない。

兵庫県高砂市に志方の城山と呼ばれる小さな山があります。この城山という名前が示すように昔にこの山に城が築かれていたのです。

後醍醐天皇の孫皇子であった興良親王にゆかりのある城山である。その登山口の部分に太陽光発電があったがあまりにもの環境破壊に絶句した思いがあった。

 

それでは山梨県北杜市ではどうであろうか、それが下記の報告である。

 

http://www.gepr.org/ja/contents/20150706-01/

 

http://www.gepr.org/ja/contents/20150706-02/

 

真剣に環境問題を考えなければならないとこういう結果を招くのである。

宗教消滅と「生長の家」

下記の最下段の文章は何回か掲示板に貼られたと記憶する。

現況の生長の家の現状を慮ると、私などの推論や持論は的外れの言動ではなかったように感じる。

『宗教は山奥に建築物を建立すると、頽廃する』それは何故かというと宗教の根本義を忘却して、一見間違っていないように思える『環境』という言葉に迷妄されているように感じる。

『環境』とは自然豊な場所だけではなく都会に居てこそ、その恩恵を感ずるものである。しかも山奥の裾野で「都会の電気」「ガス」などの施設が充実していて、何が環境であるのかであろう。

 ただ、単に都会の暮らしをそのまま僻地へと移転しているだけではないか。そこで果して「眞理を宣布」することに有能なる機能が果たせるかは甚だ疑問である。講師などの派遣や交通便等を考えると、まさしく動きが悪くなるのも當然である。

 

何故、谷口雅春先生は戦前に神戸の地からどうして東京へと移転されたのか、どうして発展されたのかを考えると、都会への人への動向や人材などが集まり易かった。また個人指導など地方からの人達への指導もまた交通の便からしても、そこに集まり、その旗の下にと号令出来たのです。

 これまで数々の宗教が「僻地」へとその拠点を移したのがあるが、多くは頽廃している。

 

たとえば、神社やお寺と称する僻地にあるのは多くは住職などが滞在しない住職が多いのは最近の著である『宗教消滅』島田裕巳著などを読めば理解出来ると思うが、更にそれ以上の深刻な問題がある。

島田氏は

創価学会でさえ信者激減!?天理教63万人減・立正佼成会324万人減。今、世界中で一体何が起きているのか―衝撃的な事実を緊急検証。

と書いているが、更に深刻なのは『寺院消滅』という鵜飼秀徳著の本である。

一昨年NHK特集で「寺が消える~中国山地・ふるさとからの報告」がありましたが、一時期のブ-ムでそうした僻地への移動したりするが、その後継者がいなくなり、若い人は都会へと移動して衰頽するのです。「八ヶ岳」も私たちからすれば「僻地」である。

そうした場所にある寺院などは三十年後には1/3は消滅しているであろうと予測されているのです。

たとえば、今の十代の人はそうした田舎暮らしでは「生計がなりたたない」「仕事場がない」と必ずなっていきます。

宗教施設に務めるなどそういう「八ヶ岳」などに行くような人はまだしも、多くは敬遠されるのが普通である。

そうなると自明であるが、「八ヶ岳」も数十年後には崩壊するであろう。信者は残るであろうが、そうした教えの根本が消滅した「生長の家」は今後生き残っていく手立てもない。

 

下記の文章はそうした危惧を抱いておられる人からの抜粋であるが、本当にそうした危機感というのがこうした文章で伝わって欲しい。

【日本の仏教が大幅な衰退の危機にあると、複数の海外メディアが報じている。少子高齢化、後継者不足などのため、現在約77000ある寺院のうち、25年以内に約4割・27000ヶ所が閉鎖されると予想されている。英ガーディアン紙はこれを、「仏教伝来以来の存続の危機だ」と記す。こうした「宗教離れ」は世界的な傾向だが、日本が特に顕著だと言えそうだ。ロイターは、アメリカの若者たちの「教会離れ」を取り上げているが、そのスピードと規模は日本の「お寺離れ」よりはずっとゆるやかなものだ。

 

◆地域コミュニティーの崩壊が主要因

  宗教ニュースサイト『World Religion News』は、既に日本の2万以上の寺院が住職のいない「空き寺」だとしている。同サイトは、今後25年間で4割の寺が閉鎖に追い込まれるということは、「もう、美しい庭園を通って参拝することができなくなるということだ」と、日本の伝統文化の衰退を残念がる。ガーディアンも、『Zen no more』という見出しを取り、欧米では「禅」のイメージと重なるクール・ジャパンの危機を嘆いている。

 

「お寺の衰退は、地方の衰退の写し鏡だ」と、ガーディアンは指摘する。日本創生会議が昨年発表した報告書によれば、若い女性を中心とした「地方離れ」が今のペースで進めば、2040年までに日本の地方自治体の半数近くが消滅するという。寺の運営が地元の檀家の寄付で成り立っていることを考えれば、地域コミュニティーの崩壊がそのまま「仏教の危機」に結びつくのは明白だ。】

 

 

森で滅びる生長の家教団  (15039)

日時:20161029 () 2136

名前:護法

森で滅びる生長の家教団

 

すべての本部職員、幹部、信徒に告ぐ!

 

古森輝佳氏論文

 

 

森で滅びる生長の家教団 

 

すべての本部職員、幹部、信徒に告ぐ!

 

  森のオフィス批判については、本誌 12 月号で山脇章一郎氏が既に、三つの観点から論じておられる。

 

  そして、その最後に「今、森のオフィスをくいとめないと、生長の家は組織的にも財政的にも、もちろん教えも崩れ去る」と警鐘を鳴らしているが、実は二月末の代表者会議において、教区幹部に森のオフィスの建設地(山梨県北杜市)及びその全容が詳しく説明され、教団内に大きな激震が起きはじめているようである。

 

すなわち、生長の家教団はついに滅亡への滑走を始めてしまったわけである。

 

  では、何故今回の森のオフィス移転が教団滅亡の道となるのか、山脇氏の論と重複するところもあるかと思うが、改めて論ずる。

 

(一) 森のオフィスは職員の保養地か

 

 現在、教団内部では、

 

①いかに建設定地の自然環境が恵まれているか、

②県や市などの地元から歓迎されているか、

③自然と共生することの価値

等が声高に叫ばれている。

 

 

  まず、建設地は、山梨県北杜市の北側の一角だが、聖使命新聞に掲げられた風景図面を見る限り、八ヶ岳山麓の中といった方がよい。標高 1300 メートル台で、人間が住める北限だそうである。

 

 

  それはたしかに自然は豊かで、眺めもいいに違いない。近くに山荘を持つ谷口雅宣氏のように、たまに山荘に行って、田舎暮らしの気分を味わう程度ならいい所かもしれない。

 

 

北杜市付近の清里近くの風景(ホームページ担当掲載)

 

  が、約7万平方メートルの土地を購入し、そこにオフィスを建て、さらにおよそ二OO人の職員と、その家族が住む住宅地を北杜市内に別に建てるとなると、自然環境に恵まれているとか、景色かどうかなどというのは、まさに人間中心主義のエゴイズムであって、ここに生息する自然、とりわけ動物たちにとっては、はた迷惑もいいところである。

 

 

  現在、八ヶ岳南麓には、シカ、カモシカ、イノシシ、キツネ、タヌキ、サル、リス、イタチなど、多くの動物が生息しているが、いずれも近年の住宅地の建設ラッシュ等で生息地が狭められ、特に里山の代表的動物であったタヌキは、交通事故や生息適地の激減により、南麓では風前の灯火状態だという。

 

 

  さらにシカ、イノシシ、サル等は生活領域が狭まる中で、食べ物を求めて農家付近に出没し、農作物を荒らすとして、駆除の対象になりつつある。

 

広大な敷地にオフィスが建てられるということは、さらに動物たちの領域を脅かすわけで、雅宣氏が山荘でハチの巣一つにどうしよう、こうしようと心悩ますのとはわけが違う。

 

 

 生長の家教団は[景色がいい]「自然豊かな」ところに職員を住まわせ、動物を駆逐するのか。他の団体等が「われも、われも」と入ってきたとき、当然、歓迎の側に立つのであろう。その時、八ヶ岳南麓の自然や動物たちの運命はどうなるのだろうか。

 

(二)住民の期待に応えても、信徒の願いには応えない

 教団内では、今回の森のオフィス建設地を公表すると同時に、さかんに地元の市長や住民に歓迎を受けていると宣伝するようになったと聞く。

 

 

  それはオウムなどと違って、生長の家は殺人兵器を作ったり、怪しげな装束に身を包んだりしているわけではないから、安心はされているだろう。その上で地元住民が期待しているのは、むろん生長の家の布教活動ではなく、地元のグループに加わって、森林での環境保全活動に労力を提供してくれることにある。

 

 

  当然、生長の家としても、森の中のオフィスの「活動指針」の(3)に「生物の多様性保全のための地域社会との協力」を掲げている通り、その活動を展開していくことになるだろう。

 

 

  森林保全には、伐採や刈り払い、開墾、薪・ほだ木原木・腐葉土つくり、不要な幼木の活用等々、様々な活動があり、専門の林業従事者だけでなく、いわゆる「森林ボランティア」と言われる人も多く活動している。が、そこにはいろいろ問題点もある。

 

 

  たとえば、ボランティアの多くは、自然と親しむことが目的であり、「興味本位にちょっと参加」する程度では、最初は新鮮だった山仕事も、毎回同じでは飽きがきたり、作業に難渋してうんざりしたり。交通費や道具代、そして保険なども馬鹿にならず、長続きしない。

 

 

  一方で受け入れた森林・農地所有者にしてみても、まず自分たちの(かつての)生業の場でレジャー気分で作業をされることに違和感を持つ。しかもボランティアの未熟な技術では、鎌の使い方一つも危なっかしくて見ていられない。逆に良い木を傷つけられたり石垣を壊されたら大変だし、怪我などされては責任を問われかねない。

 

 そう考えると、生長の家が団体でやってきて、ボランティアではなく、そこの住民となり、購入した土地の森を、自己責任で整備・保全してくれるのであれば願ったり、かなったりであろう。

 が、もはやボランティアではない、生長の家の職員達は、これまでの業務をしつつ、どれだけ片手間で、そのような作業を修得・実践していけるのであろうか? ひょっとすると定休日や祝祭日も、「献労」に励むこととなるのではないか。

 職員自身の生活としては、半ば自分で選択した道だからそれでよいかもしれない。しかし、それが聖使命会費をはじめ様々な献資によって教団を支えている信徒が本部職員に期待することだろうか。

 まして、オフィス構築にはおそらく百億円近い資金が必要となる。

 

 それだけの資金があれば、生長の家の職員が貢献するくらいの八ヶ岳の森林作業にプロを雇い、さらに余ったお金で、いくらでも他の環境保全や布教活動に資金を投ずることができるではないか。今の原宿本部のままで、である。

(三)自然と共生することの強制

 

 さて、ここまでの論だと、雅宣総裁を信奉する人々は「本部職員が率先して、自然と共生する見本を示すことが大切だ」と言うであろう。  が、ここに最大のからくりというより、森のオフィスの罪がある。「罪とは包み隠すこと」とは、まさに吾等が教えられているところである。

 

  もう一度言う。森のオフィスには百億近い、あるいはそれ以上の資金を必要とする。それだけの金を動かして、初めて雅宣氏の理想郷は実現するのである。

 

  森の中にオフィスを構え、生活し、率先垂範しているのだと言って、では果たして、どれだけの人が同様のオフィスや生活の場を持ちうるだろうか。もちろん、前述の通り、それに習って多くの人が大挙してきたら自然は破壊される一方なのだが。

 

  現実にはほとんどの人が都会の中で暮らしているのである。ならば、本当の率先垂範とは、都会の中で環境によい生活をしてこそ、成り立つものではないか。

 

 では、率先垂範とはならない森のオフィスとは何か? 先月号で加藤賢一氏が書いていたことにならえば、それこそ選ばれた人達、セレブのための別荘生活に他ならないのである。

 

 一方、本部職員達は、そんな交通の便が悪いところに行って、どうするのかと思いきや、電気自動車で送迎つきなんだそうである。電気自動車は一台三~四百万はする。電気で動くといっても、その自動車そのものは自然エネルギーでできたものではない。その一台作るためにどれだけの CO2 が排出されていることか。

 

  しかも、広大な土地を買い求めながら、職員の住宅は、さらにまた別の土地に建てるんだそうである。いやいや、まったくもって、文化的なというか、高くつく森への移転である。

 

  谷口純子・白鳩会総裁は自身のブログで、「都会の生活は便利で、欲しいものは何でも手に入れることができます。けれどもそのような生活が、人間の欲望を限りなく駆り立て、その結果として、現代の地球温暖化の問題を引き起こしました。(中略) だれかが、どのような生活をすることにより、新しい文明を生み出していけるのかという、モデルを作らなくてはなりません」

 

  と記している。しかし、今の生長の家のやり方は、都会の文明に抗するふりをしながら、実は電気自動車、リニアモーターカー、インターネット…まさに、それら文明の利器を田舎に持ち込み、自然の中で快適な生活を送る(…と職員に見せかけている)ことでしかない。

 

 「新しい文明を作る」というが、大方の信徒、国民は、田舎だろうが、地方都市だろうが、大都市だろうが、みんなそこにへばりついて生きている。その人達の諸々の悩みを、直接中に入っていって救つていくのが、宗教の本来の使命ではないのか。

 

  最近の生長の家の会議では「愛の共同体」なる言葉が語られているそうだが、生長の家はこのままだと本当に、山にこもる「イエスの方舟」の如き教団に堕落していくだろう。

 

(四)本部職員、幹部、信徒よ 目を覚ませ

 

 思い起こせば、三機関誌、四普及誌の両軸体制、組織の会員化、講習会運動の骨抜き、意味のない国際本部と日本本部の区別と、言葉だけ残った国際平和信仰運動……現総裁が始めたこれらの運動は、組織の弱体化を招いただけで、ことごとく失敗に終わっている。

 

  しかも、なんらの総括もなされていない。今また「直下の指導」やら「小規模単層伝達」やら、ややこしいことを言われて、多くの教化部長が悩んでいるようだが、「森のオフィス」こそは、その一連の教団内部破壊策の集大成なのである。

 

 聞けば、このたびの代表者会議では森に対する質問がほとんどなかったそうである。関心がないのか、あきらめムードなのか、いずれにしろ、誰も期待していないのである。

 

  先の谷口純子氏のブログには、「私たちは好んで森に行くわけではない。信仰が試されている」ともあるが、四分の三は当たっている。好んで行くわけではない、はまさにそうだし、「信仰が」を「現総裁に対する個人的信奉」と言い換えれば、当たっていなくもない。後は今の不況の中、残りの給料のために、家族を連れて、或いは残していくのであろう。

 

 

  それに対して、谷口総裁夫婦は子供を連れて行くのか。新文明のモデルとなるならば、自分たちの子供にこそ、その担い手として範を示させるべきではないか。が、谷口夫婦はとりまきである職員には自然との共生を強制しつつ、可愛い我が子には都会で遊び暮らさせている。もっとも兄弟とも調和できないでいる現総裁が子供にそんな信仰教育など期待できようはずもないが。

 

 また、谷口総裁夫婦は、それだけ都心から離れたところに「範を示す」と移転するからには、もう飛行機や新幹線を利用しない決意なのだろうか。まして海外に出かけることなどないと言い切れるのか。

 

  もしも、そうでないならば、やっぱりそれはセレブのその場だけの田舎暮らし志向でしかない。ならば、その 100 億近い巨費を、田舎どころか、日本に帰ることさえままならぬ、拉致被害者救出の資金としたらどうか。

 

 北朝鮮、中国、韓国…そうした近隣諸国の問題となると、総裁は「それは現象であって、まずは吾々の見方を変えるべき」というような唯心所現論を持ち出す。ならば、地球環境もまた「温暖化、温暖化」と叫びすぎない方がよいではないか。まさに「環境」は「心の現れ」ではないのか。

 

  つまり、谷口雅宣氏は全てが自己中心、自己撞着、矛盾の帝王なのである。

 

 すべての本部職員、幹部、信徒は、今こそそのことを正視するべきである。

 

 

 

 

 

トレイルランニングは今年はあきらめています

最近はトレイルランも出来ていない。6月10日以降走っていない。足首の痛みもあるがそれより自信が無くなってしまっている。
ただ丁度『谷口雅春著作一覧表』の作成にほとんどの時間を費やしているので、トレイルランはそれ以降になるであろう。だから「六甲全山縦走大会』も丸4年完走していたが、今年は出場も断念している。今年は11月6日と23日の予定

また、ダイヤモンドトレ-ル大会にも出場したいが、これも自信がない。たった4ヶ月だが、大きい期間である。
こういう運動は一週間しないと身体が動かなくなる。
去年までは一週間に一回は50kmランニングをしていたのですから、すごくハ-ドな運動でもある。
昨年は二日間で100kmを走った経験があるから相当な自信があったのです。

たぶん、自力があるから20kmはどういうこともなく歩けるだろうが、走るとなると全くダメである。

今回のランニングは12月からになるであろう。仕事と『谷口雅春著作一覧表』作成にしばらくは格闘することになるであろう。

下図のTシャツも寂しい。丹後100kmに行きたかった。
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戦前の新聞広告より

戦前の朝日新聞の広告です。旧漢字で読みにくいと思いますが、こういう広告が毎週のように印刷されて読まれていたのです。


浄土を開く鍵は何處に?

實相一元の世界には光明あるのみである。その世界には暗黒は無い、病ひはない、罪はない、惱みもない、苦腦もなく涙もない。この世界を知らせるのが、此の『光明の思想』である。では、實相一元の世界はどこにあるのか。此の儘、諸君が佛であり、此の儘、諸君の住む世界が『實相一元の光明世界』なのである。『此の儘、この穢身が?この穢土が?佛であり光明世界であるとは受取れぬ』と諸君は云はれるのであろうか。

ここに諸君の自覺が三百六十度一回転しなければならないのである。自覺が三百六十度一回転した後は、同一空間に「此の儘」坐してゐるやうで、既に「此の儘」と云ふ「此の儘」がちがふのである。「此の儘あなたは病気はない。此の儘あなたは無限の富者である」と云ふのは、衆生、劫盡きて、大火に焼かるると見る時も、此の儘此土は安穏にして、天人常に充滿し、園林諸々の堂閣、種々の寳もて荘嚴せり」と法華經の自我偈に説くのと同じ自覺である。此の儘悟れる者は無病を現はし、大富を現ずる。それを悟らしめる聖典が『生命の實相』である。此儘この土に天人常に充滿し、諸々の堂閣、種々の寳もて荘嚴せる幸福無限の實相世界を自覺せん。

 

宗教書で病気が治るのが嘘なら讀經で靈魂が救はれるのは尚嘘だ

『生命の實相』を讀んで病氣が治る事實に直面した某宗教家驚いて曰く『疾患が神經性のものである場合、宗教的安心は強い決定力をもつこともあり得る。然し疾病には「氣だけ」ではなほらぬ、業病もある』と。そころが寺院僧侶が今迄説いて來たところは實に『讀經で靈魂が救はれる』と云ふことであった。さて『靈魂が救はれる』と云ふことは何であるかと云へば『業力を打破して實相の佛性を開くにある。では讀經が靈魂を救ふ―換言すれば業力を打破するとすれば、業力の顯れなる疾病は、讀經によって治らなければならぬ筈ではないか。古來名僧が大般若經を飜讀して諸病を平癒せしめたる例は数多あれども、現今は餘りその例を聞かず、そして『生命の實相』を翻譯して病氣が續々治るのは何故であるか。それは現代人の言葉の理解が大般若經を解し得る程度に達せざるに反し、同一眞理を『生長の家』は一層易々と現代人に解り易いやうに説いてゐる現代向の經典であるからである。寺院僧侶が讀經で靈魂が救はれると説くことが嘘でないならば『生命の實相』を讀んで業障が破摧され、業障の現はれである病氣が治るのは當然である。『宗教的安心では業病が治らない』などと僧侶自ら説くのは、宗教的安心とは唯『氣だけ』の氣安めをさせるものだと僧侶自ら思ってゐるのだ。斯くの如き言葉を吐く愚昧の宗教家が横行闊歩する現代であるから大般若經も法華經も業力打破力を失ひ病氣の治らぬ宗教の方が正しいやうに思ふ』やうな不見識な事が出来(しゅったい)したのである。併し宗教は病氣を直接治すのではない。光によって暗(やみ)が消滅するが如く生命の實相あらはれて假相消ゆ。業障は假相のものなるが故に實相あらはれて假相消え、假相消えて業障消え、業障消えて病消ゆるのである。讀經で業障の消えることが本當ならば讀經で業病が消えるのは當然ではないか。『生命の實相』が現代人に適する經典として業障破壊にどの程度まで成功したるかは、毎回發表の『光明の治驗例』によって随意判斷せよ。

『光明の治驗例』

●不治と觀念せる痔疾一ヶ月で殆ど治る

●光明思念の力でひどい火傷を治し顔のあざが消える

 

宗教の治病力は頭脳意識の作用で治るのではない、業の本據を衝いて業それ自身自滅せしめるところにある。『疾患が神經性のものである場合、宗教的安心はつよい決定力をもつこともありうる。然し、疾病には腦髄意識だけではどうにもならなぬ業病もあり得る。』などと云って、宗教的安心をばたばた頭脳意識の作用であると思ってゐる宗教家もあるが、宗教的安心が腦髄の作用であるところの肉體意識の安心であるならば、肉體の滅した後には肉體の作用なる「肉體意識の安心」も共に滅するから結局宗教的救ひはあり得ないのである。だから宗教的安心を肉體意識の作用だと云ふのは宗教家の自殺になるのである。知るべし宗教的安心とは肉體意識の作用以上のものであり、肉體の滅後も、滅前にも繼續する神秘實相の作用である。この神秘實相の作用であるからこそ肉體滅後にも、肉體滅前の現世にも作用して我等を過去現在未来を一貫して常に『今』その救済力は働き病気も治れば、貧乏も解決するのである。讀んでこの神秘實相の作用を發現せしむるが經典『生命の實相』である。斯く神秘實相の作用が發現せば現世と末世との差別なしに救済出来るのは當然である。宗教によって現世を救濟し得ないといふ宗教家よ、貴下の宗教的安心とは單なる肉體意識の作用であるのか、神秘實相の作用(如来神通力)であるのか。

 

地上天国建設

神の御手により、圓滿無礙自在なる生命に生かされつつも、尚人類は未だそれを覺らず、巷は暗黒に滿ち、病み、爭ひ、呪ふ呻吟(うめ)きは人類の生活を蓋ひ、困憊せる人々の悲げなる蠢きと、奈落の如き念ひは人類の生活を日々腐蝕せしめ、限りなき顚落への道を辿る。人々よ、汝の眼を蓋へる迷ひの影を捨てよ。而して崇めよ永遠不壊なる汝の生命を、生命の營みである人類自ら、未だ無限生き通しの生命の實相を省みず。神を崇めず、感謝せず。その念ひは暗く無慙なる物資への屈從、然もなほ自から智(かしこ)しと稱へて愚を行ひ、唯物道に追從せる卑劣なる宗教家の現れる等、屈つることなき神の榮光を、永遠なる生命の歩みを、迷ひの曇もて被ひ隠さんとする。人類よ恥よ。物質を念ふ者は、無常なる物質に從ひ、生命を念ふ者は圓滿無礙なる生命に生きる。物質は死を意味し、生命は神である。

 

咄!!咄!!怪事?僧侶は死體にお經をあげる役目か

『たとひ八萬の法蔵を知るといふとも後世を知らざるを愚者とす』とは蓮如上人の御文章の言葉である。如何に經典の解釋や理窟が巧妙に説けても『生命の實相』を知らない者は眞に宗教家の使命を果し得ない。嘗て般若心經講義を著せる某寺の管長、講義には堂々と『色即是空、本來老死なし』と説きながら自己の肉體が心の所現なりと悟らず、晩年血管硬化を恐るること甚しく遂に自己の心の所現として脳溢血で斃れた。現今、佛典の解釋者多けれども眞に釋尊教説の根本たる『生命の實相』を悟れる人は稀である。だからそれらの人々の話は一應は頷かれるが觀念と現實と、教説と生活が分離し、生活そのものの救ひをどうするかと言へば殆んど無力である。中には『觀念と現實とを混同してはならない』と教説と生活とを分離することを主張し、信仰で病気や環境が治った實例を幾多擧げても、偶然の一致位に考へて現在の生活の治る宗教を邪教であると發表する凄じい宗教家すらある。

光明の治驗例

盲腸炎、レウマチを治す

小冊子を讀んで次々と病人が治る

文章世界と新潮

◎文章世界

明治42

10月号     

「ある友へ」(葉書文)

谷口正治

12月号      

「女へ」(葉書文)

谷口正治

明治43

3月号

「幼き日」(葉書文)

谷口正治

5月号

「破れ洋服」(葉書文)

谷口正治

7月号

「伊豫より」(葉書文)

谷口秋花

8月号

「琴の音」(葉書文)

谷口小畦

明治44

    

2月号    

2月号

「ランプの下」(散文)

谷口赤秋

「成績表」(散文)

谷口赤秋

6月号

「本所の二階から」

小倉七美

7月号

増刊号

「若き子より」

小倉七美

◎新潮

明治44

6月号

「戯曲『首級』に見た二人の若い女」

小倉七美

 

7月号     

「若やかな情緒の舞踏」

小倉七美

 

8月号

「沙翁の女―デスデモ-ナ」

小倉七美

空々寂々として

12月10日(土)夕方から「谷口雅春先生」の放映会があります。
会場 ユメリア宇治(JR宇治駅横)
時間 午後7時~
講師 谷口 貴康先生




さて、最近は新聞の書き込みが増えて、夜遅く帰宅後にその書き込みをしています。1日3時間は実施したいと夜10時に帰宅しても就寝は夜中1時頃でそれから早朝からも會社に行くまでの1時間を利用しています。
その量が半端ではない程多くて、少し疲れています。
また、小さな活字と字が潰れているのが多く有り、なんと読むのか判らないことがあり、それに時間が取られます。

 最近使用しない言葉や旧漢字など書き写しは大変です。

ル-ペで拡大して見ても、判別し難い漢字などもあり、掲載している昭和10年から昭和17年までの期間ですから、前回のこのブログで書き込みしましたが、掲載日を簡易にしていることもあります、出来るだけその年代と日付毎に変化する情勢とそれに於ける「生長の家」の発展と「谷口雅春先生」の新刊など見ていただけれ幸いです。


「生長の家」の教勢において戦前がどうして発展したのかも詳らかにしていきたいと考えています。


生長の家の歴史で戦前における信徒の教勢は伸展は確かに凄いと感じています。また『生長の家五拾年史』とは異なった感想が見れるのも面白い。

その頁數は40頁を超えて60頁となる。
所々に写真も掲載していきますので、楽しいと思います。

また大東亜戦争開戦の翌日の朝刊一面の下段に広告としての記載があり、時代背景などを考えて見るのも一考です。
また、山本五十六大将の戦死の一報の一面に記載があり、時代背景とその広告を考えると不思議な気持ちになります。

尚、この記載は『谷口雅春先生著作一覧表』における附録としての冊子として考えています。


イソップの狐の愚


イソップの狐の愚

イソップ譚(ものがたり)の狐は葡萄の果實に幾度とびついてもと達(とど)かないので。『あの葡萄の果(み)はインチキだ。酸っぱくて食べられない』と悪口しながら去って往ったと云ふ。開祖は皆、奇蹟を顯(あら)はし、衆(みな)の病氣を易々と治してゐるのに病氣を治し得ない後世末輩の宗教家が病氣の治る宗教に對して見苦しい罵言を連ねるのは、此のイソップの狐の愚を學ぶものである。キリスト教の某教師、嘗てその宗教で病気の治らないことを辮解して曰く、『病氣は神の御旨によって生ず、苦痛は吾等の靈魂を高むるものなるが故に、みだりに病氣を治すことは罪惡なり』と、而して自己が病氣の時はセッセと病院に通ひ、隣人愛と稱して病人の救護設備を造る。病人を救護せざれば隣人愛に背き、病氣を治せば神の御旨に背く。イエスの御旨を誤解せる基督教徒も又難い哉である。而も見よ、汝らの教祖イエスは救護設備をも作らず、ただ一言の愛語にて難病者を癒し給へり。

 

イエスの御旨は救護設備を造りて隣人愛の真似をすることではなく言葉の力で病氣を治して隣人愛の實を示すことであったのである。それを實行せんとするのが生長の家である。イエスは『汝の罪赦されたり、立ちて歩め』と直接病者に宣言して『言葉の力』で病氣を治した。併し、今や地上の人類饒多にして直接病者に面接對談と同一効果の眞信仰より流露する雷霆の如き言葉を書籍にして頒布すれば、廿億の人類悉くイエスの直接對談に触れるが如く、一時に病者の相ついで癒えんこと必なり斯かることが可能であるか。

 

この『生命の實相』を讀むだけで病気の治った人々からの禮状を掲げる、一回に多数載せ得ないから各新聞に毎週異る禮状を掲げる。

左記に「蓄膿者癒ゆ」と「半身不随の妻立上がる」を掲載   昭和十年八月二日朝刊一面 朝日新聞(東京版)


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戦前の朝日新聞に見る「生長の家」の廣告

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生長の家の奇蹟を疑ふ者は書店にて左書を見よ 

『主婦之友』記者はその表紙畫の筆者吉澤畫伯より『生長の家』の奇跡的事實を聞き、其眞相を確むべく一々實驗者を個別に訪問して、いづれも其事實なるに驚嘆して此の記事を發表したのである。『生命の藝術』五月號は全誌を『生長の家』の眞相紹介に務めた。その巻頭には不良兒を優良化し、入學率を九十五パ-セントにした。『生長の家の教育法』が詳載されている。

谷口雅春先生創始の『生長の家』聖典『生命の實相』は在來著者直接頒布にて中々手に入らざりしが近來一冊賣の分冊版が左記の如く書店に出た。


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戦前に見る「生長の家」の広告を記載していて

『主婦の友』五月號に「奇蹟的な精神療法の眞相を探る」と題して発表されている文章を書き写していると自分までも、そうなんだという自覚に立てるのが凄いと思います。

『生命の實相』により何万という人を救い、難病と言われている人を救い、事業が繁栄し、近眼が治り、コンプレックスが吹き飛び、幸福が招くということが随所に書かれています。

それならば、どうして近来ではそういうことが少ないのかというと、失礼だが「本当に信じていないからである。」と思っています。

昨日は宇治陵を巡りました。三七箇所と菟道稚郎子陵と行ってきました。だが生長の家の信徒でも参拝などされた方もほとんどないのが実情です。昔、ある生長の家の人ではありませんが、熱心に陵墓を散策されている若い女性の人と出会いました。

だが、生長の家信徒でそういう大切なことを行なうなど、参拝をされている人は見かけたことはありません。「天皇信仰」などと言っていますが、本当に天皇信仰をわかっているのか疑問です。

 

また、病気の治癒や奇蹟的体験は最近の宇治でもそういうことが少なくなっていると聞きます。勿論病気治しで錬成を行っているわけではありません。本当に本来「人間神の子」の教えを浸透させるには、自覚が必要なのです。その自覚というのは『生命の實相』は解き明かしているのです。

私の父は「生長の家」という宗教には興味はありませんでしたが、ただ一度だけ奇蹟というものを体験しています。

それは中二階の階段の近くで仕事をしていた時に荷物を持ったまま、足を踏み外したのですが、足の先端と頭だけで支えた状態になって、その状態のまま、身体が自然と回転して救われたという経験を持っています。それをいつも話していました。

だから「生長の家」は間違いないと常日頃から言っていました。そういう些細なことからでも、救われたりするのが「生長の家」なんだと思っています。

 

戦前において『生命の實相』は大ベストセラ-です。沢山の人が買い求め、それを読んだ人が救われていったのです。

 

今回、まだ記載中ですが附録として「戦前戦中における朝日新聞に見る「生長の家」の広告」と題して今回の『谷口雅春先生著作一覧表』に付記させていただきたい。(約40頁)

読み応えのあるものだと思っています。前回に記入しました「やまと新聞」「中外日報」「新日本春秋」など見出しの書き込みも読み応え満載です。

本年11月中の発行を予定していますので、よろしくお願いいたします。販促は今回も永井古書店のお世話になります。
 
 昨日もこの『谷口雅春先生著作一覧表』を分けて欲しいという連絡がありましたが、今回の分は冊数も少なく、次回11月にお願いしました。
先日、送付させていただきました先生から、私が今回の冊子を発行しているという連絡があっての昨日の連絡でした。

 雅春先生の書物の記載など、今迄販売されたことのない冊子ですから、「谷口雅春先生」が大好きだという人には堪らない冊子だと思います。



昭和十年『主婦の友』5月号「奇蹟的な精神療法の真相を探る」について

昭和十年『主婦の友』5月号に「奇蹟的な精神療法の真相を探る」-話を聞くだけで難病が全治するといふ『生命の實相』とは何か?

と題して「生長の家特集」が掲載されますが、この特集する前に『主婦之友』記者はその表紙画の筆者吉澤画伯より『生長の家』の奇跡的事実を聞き、その真相を確かめるため、一人一人の体験者を個別に訪問して、その真相を探ったのですが、いずれも事実であったため、その記者は驚愕してこれは間違いないと判断して発表に至ったのです。

また同年の『生命の藝術』誌五月号は全誌にてその真相を紹介した。その巻頭には不良児が優良児として変わってしまうのです。なんと合格率が95%というこれも驚愕な数字をはじき出したのです。


根岸氏の八年の中風が治って忽ち立ったのも事實であり、巽忠蔵氏の悪性の脊髄勞が忽ち治ったのも事實であり、聲學家照井(さんずいに嬰)三氏の重症の胃病が忽ち治ったのも事實であり、東京電工社長桑原義一氏の令嬢の片眼の白雲がとれ、片眼の近眼が治って今年女學校に入學したのも事實であります。彫刻家服部仁郎氏が『生命の實相』の小分冊二冊を讀むや、生命の原理を體得して瀕死の肺炎が二日にて癒え、直に他人治療の能力を體得したのも事實でありますが、記事を讀み違へて生長の家を病気加持所と思っては困ります。

東京豊島區長崎小學校の栗原保介先生が愛兒の肺炎をただ『生命の實相』を病兒の枕頭にて徹宵讀みきかすだけで一夜にして咳が止り熱が下り、他人の難病を治すやうになられたので、靈術や加持ではない。新聞紙上に頻々廣告されてゐる治った實例は悉く『生命の實相』を讀んで癒ったのです。

「大日本神國觀」


大日本神國觀   『生長の家』誌 昭和41年 3月号明窓浄机より

 

 それにしても『日本回復』といふことは結局無門關第六則の世尊が拈華によって示されたる金波羅華の世界を實現することにほかならないのである。金波羅華の世界が實現するとは、金波羅華の十六花辮がことごとく中心に歸一して各々處を得て爭ふものなく相食むものなき大調和の世界が實現することであり、それが日本の回復であると共に、現象の全世界に失われてゐた「みこころの成る世界」を復活することにほかならないのである。

 

 從って吾々の神癒祈願部は単に病気の治療や、入学試験パスのためのみの祈願であってはならないのである。本部の新組織に於いて神癒祈願部長に有留弘泰氏を新任したのもそのためである。すると有留氏から次のやうな手紙が來た。

 

 『神癒祈願は信者に對する本部よりの愛行とし、與へる行として創められたものでありますが、今や天下の大生長の家となりましては

日本國の神癒

世界各國の神癒

全世界の神癒

 

を祈願する責任を痛感致します。

 立教三十七周年を迎へ乍ら、日本國内殊に立法の府たる議會は益々修羅闘争の場と化し、交通事故は頻發して死傷者續出、火災爆發等こもごも起り、強盗殺人等いよいよその數を加へつつあります。

 世界的にはベトナム戦爭、インド、パキスタンの紛爭、インドネシアの内亂等々戦爭の絶えざるあり、又、米ソの對立はいよいよ激化し、米ソ關係又豫斷を許さざるものがあります。

 これら悉くは結局宇宙大神の大本営たる生長の家の責任と存じます。

 而してその責任はそのまま神癒祈願部長たる有留の責任とならざるを得ません。

 もとより、惟神の大道は天地開闢と共に發生し、釋尊生まれて三千年、キリスト出でて二千年、今なほ世界が修羅地獄の様相を呈するに比すれば、その責任は輕さに似たるもこれら旣成の宗教を以てしては救はれざる」が故に、最後の救として現れたる生長の家が今之を救はずんば何者かよく之を救はんやでございます。

 

 そこで個人や家庭や會社、工場等に關する救ひは、そのまま國家、世界に救ひにつながる重大事なるは勿論で御座いますが、それらに就ての神癒祈願は從來のまま繼續し、日本並びに世界各國、更には之を包容する太陽系、宇宙に對する神癒祈願をすることが最も喫緊事と存じます。

 

 その祈りは過去に頂きました大日本神國觀を復活して頂きたいのであります。大日本神國觀は生長の家の當面の大使命たる日本の實相顯現にも最も適する神想觀と存じ上げます』

 

さて、その大日本神國觀といふのは、連合軍の日本占領後、私は“執筆追放”となり、日本國の優秀性を説く自由を剥奪され、追放解除後も日本國の優秀性を説いたら、一般社會から反動だとか非民主的だなどと批評されて、生長の家の教への弘まる妨げになるので時期至らずして光を和らげ塵に同しうして今日に至ったのであるが、旣に時期來れりといふ譯で、『無門關解釋』の本が昨秋愈々出版されて、宇宙の實相“金波羅華の世界”の實現こそ、釋尊出生の本懐であることを明らかにしたのである。

 

 大日本神國觀といふ觀法は、釋尊教示の“金波羅華の世界”の中央にスメラミコト在ますところの實相を觀ずるところの神想觀であって、戦前に本誌に發表されたものであるが、日本神國觀を日本國から追放するといふ戦後の占領軍の政策により、發表も實行も不能状態のままに今日に至ったのであります。

 

 神癒祈願部長に有留弘泰氏が就任して以來、神癒祈願部は單に病人を治癒させる位の小さな役割の部ではない、日本國の現状を神癒し、全世界の現状を神癒して、地上に永久平和の世界の基礎を築くことこそ、わが神癒祈願部の責任であるとの自覺から、大日本神國觀によって、金波羅華の世界の實相を重點的に觀ずる提唱となり、實践となって來たのである。

 その實修法は次の通りである。

 

 まづ正座、瞑目、合掌して神招歌四首を唱へ、次の如く念ずるのである。

 

吾れ今、五官の世界を去って實相の世界に入(居)る

 

と念じて、“ここが實相の世界、神の世界、神靈滿ちみつる世界である”と觀ずるのである。次に

 

遥々(はるばる)と目路(めじ)の限り眺むるに十方世界悉く神なり。吾れ十方世界を禮拝す。

 

と念じ、十方世界の一切のものが悉く神靈の示現であると観じ、

 

天よ、ありがとう。地よ、ありがたう。空気よ有難う、

火よ、水よ、溫かみよ、冷たさよ、

天地一切のもの神の顯はれであります。ありがたうございます。

 

と念じつつ、神の惠み滿ち足りて、光り輝く實相の世界を静かに觀じて、

その圓滿完全光明遍照の大宇宙が、十方花辮の金色の蓮華の花の姿にて、その中央座にスメラミコトの玉座ありと觀じ(眼の内に描いて、それを諦視する)

 

中央に すめらみことの御座あり、すめらみこと高御座(たかみくら)に坐し給ふ。

これをめぐりて百官もろもろの司あり。

すめらみことに向いて禮拝し奉行し奉る。

 

と念じ、その有様を觀じ、眼の裡(うち)に百官綺羅星の如く、玉座を中心に至誠をもって

職域に奉行しつつある實情實相を心に描いて觀ずる。次に

 

十方に八百万の神々あり、護國の英靈あり、十方の諸佛あり、諸天あり、すめらみことに向いて禮拝し守護し奉る。

 

と念じ、大宇宙の地平線の彼方稍ゝ(やや)高きところに光明燦然と輝く星の如き神々と

十方諸佛、諸天、恭しくすめらみことに禮拝し守護し給へる荘嚴なるありさま

を心に描きて、次いで

 

すめらみことの御座より御光さし出でてあまねく六合に照り徹(とお)らせり

 

と念じて、天皇(すめらみこと)の御座より、金色(こんじき)の光まばゆきばかり

さし出でて、光華明彩(ひかりうるわしく)、六合に照徹せる相(すがた)を観じ、

 

六合照徹光明遍照、六合照徹光明遍照、六合照徹光明遍照、六合照徹光明遍照、―

 

と幾回も繰り返し念じつつ、すめらみことの御光が恰も、太陽の光が全宇宙に

光被するがごとく照り徹り一切にいのちをふり濯ぎ、之を生かし之を愛護し給ふ

光明遍照なる實相の世界を心をもって諦視する。

而して、すめらみことの大御生命(おおみいのち)に生かされる一切の生物に

心を轉じて、

 

すべての生きとし生けるもの、すべての青人草すめらみことを仰ぎ見て禮拝し

讚嘆し感謝し奉る。

 

と、地上にみちみちてゐるすべての人々が天皇の御徳を讚嘆し、感謝し奉る有様を

心に見つめつつ、自己もそのうちの一人として感謝の念を深く起して、

次の如く念ずる。

 

天皇陛下、有がたうございます。有がたうございます。

皇祖・皇宗の御神靈ありがたうございます、ありがたうございます。

百官もろもろの司、有がたうございます。

十方、八百萬の神々様、護國の英靈様、有がたうございます、ありがたうございます。

十方の諸佛・諸天様ありがたうございます。

 

かく念じつつ光明遍照の調和せる荘嚴なる實相世界を心に描きつつ

 

に大宇宙の救濟は成就せり。

金波羅華実相の完全圓滿の相(すがた)、地上に隈なく反映し實現して

中心歸一、萬物調和の永久平和の世界今現ず。

 

一切の生物ところを得て爭う者なく、相食(は)むものなく、病むものなく、

苦しむものなく、乏しきものなし。

 

實相・現象渾然一體、實相・現象渾然一體・・・・・(繰り返す)

 

みこころの天に成る世界、に地に成就せり、

有りがたうございます。有りがたうございます。

 

上記は戦前や昭和41年に行われた「大日本神國觀」です。最近のものとは言葉の追加もあり少し違います。旧漢字でそのままで記入しています。

 

 

 

 立教35周年全国信徒大会を記念して 谷口雅春先生著 『無門關解釋』 が出版されているが、これは注目すべきことであった。 というのは『無門關解釋』という書物は、昭和15年に出版された『無門關の日本的解釋』の復刻であったからである。

 

  これは谷口先生が禅宗第一の書といわれる『無門關』に初めて日本的新解釋を与えたものであり、蓮華蔵世界を理想世界の大日本国家と観る所以を説かれ、さらに天皇信仰と大日本国家の礼拝こそ唯一の正しい宗教なることを明らかにされたものであった。 とりわけ、序文に書かれた 「天皇信仰」 の一文は、生長の家の根本義を説かれたものであると言ってよく、戦前においてもそれを本当に理解し、体得し得た人は少かったと言われている。

 

  その本が、真理の例話を挿入されている箇所についてのみ加筆されただけで、戦後20年を経たこの時に復刻されたということは、そこに、住吉大神の神慮を感ずると共に、生長の家出現の使命である。

「天皇の生命の實相」 
「日本国の生命の實相」 
「人間の生命の實相」

を堂々と説くべきが来たことを示すものであった。

 

  戦後占領下においては、天皇と日本国の実相を説くことは許されなかった。 『生命の實相』全集も、その中に収められていた「神道篇」を除外しなければ出版が許可されなかったほどであり、光明化運動は、さまざまな制約のもとに運動を進めてゆかなければならなかった。 

  むしろ占領後は、6年余に及ぶ日本弱体化政策によって日本人の多くが、日本民族の建国の理想を喪失しつつある状況の中で、まずは日本人に自信と誇りを取り戻すための努力がなされなければならなかった。 また生長の家の信徒においても「天皇信仰」が説かれるには、未だ信仰の姿勢が個人救済の傾向にありすぎたのであった。

 

  こうした中で谷口雅春先生は、『新生の書』 『限りなく日本を愛す』 『解放への二つの道』 『我ら日本人として』 『日本を築くもの』 といた、いわゆる愛国書と言われる書物をつぎつぎと出版されて、蒙を啓くことに懸命に努められたのであった。

 

  このようにして次第に、戦後の人類光明化運動は、終戦直後に、谷口雅春先生が 「従来の魂の救済、病気の神癒、苦難の解消等の単なる宗教運動から、その精神を政治力にまで発展させ、生長の家立教の使命である政教一致、世界救済の悲願を成就するための運動を進めてゆく」 と言われた方向に発展し、ここに時期来って再び『無門關解釋』が出版されて、「天皇信仰」の神髄が説かれることになったのである。

 

  さらに昭和41年の『生長の家』3月号において谷口先生は 「大日本神國観」 を再び公開されて、その実修を力説されている。

 

  生長の家の瞑想法である神想観は、まず現象界の存在の完全否定の後、自らを神の個性的顕現者として自覚を高めて行なわれる“絶対力の行”であるが、谷口先生によって、かかる「神我一体」の自覚の深化を主眼とする「基本的神想観」を第一段階として、この「大日本神國観」を最終段階とする16種の神想観が説かれている。

 

  最終段階の「大日本神國観」は、「天皇」という実相世界の中心者の生命に帰一することを教えるが故に、人類光明化という大業の実現には、極めて重要な役割をもつものであり、言わばその中心的役割を果すものである。 そして人類を最大最勝の中心に帰一せしめるという意味において、この「大日本神國観」は従来の世界の瞑想法はもとより「生長の家」の全ての神想観を完成するものと言えるのである。

 

         『生長の家五十年史』 481~482頁


宇治陵

以前に宇治陵を回ったことがありますが、朝から自転車で回ったので一回で全域を回ることが出来ましたが、それでも大変でした。小さな墓碑から山一体が治定されている所もあり、写真を撮影しながらの巡回でした。
今、その写真もどこかに収めているのですが、今はわかりません。
自転車は家から走って行ったので着いたのは午後を回っていました。
また行ってみようと思っています。


京都の宇治市にある。宇治陵はほとんどが藤原家の墓所です。正式にはわからない墓所が多く点在しています。一度37ヶ所を巡って見られたらいいと思います。番号では30と31が私有地の中にあり、藪の中にあります。近くには「マムシ注意」と立て札があります。非常に分かりにくい箇所です。
 
 
京都の南郊、宇治の木幡の地には、代々藤原氏摂関家の墓地が営まれていました。
 明治10年(1877)、宮内省によって調査され、藤原氏出身の皇室関係者17陵3墓を「木幡陵」に治定し、のちその陵域をさらに広げて「宇治陵」と改められました。しかしどの塚が誰のものかは明らかではなく、塚に1号から37号までのブロックにわけ、1号陵を総遙拝所(写真左)としています。 総遙拝所のそばに「藤原氏塋域」の碑が建てられています。




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コメントありがとうございます

お礼の返事が遅れてすみません。

約10人の方々のコメントありがとうございます。
こんな私に賛意していただいた人が多かったので反対に安堵しています。
反論が多いと思っていたので、すいませんが調子抜けしています。
内容を詳しく書けなかったことを本当にお詫び申し上げます。
また、反論された人にも感謝申し上げます。もしこの掲示板ではなくメ-ルならばちゃんと話を致します。勿論、人の伝聞ではないので安心して下さい。

私は雅宣総裁が総裁になる前からこの人は宗教家ではないと断言していた人間ですので、その当時に媚びを売っていた人が「コロリ」と変質した様子を笑いながら見ています。

最近は総裁のその非宗教的な素地が益々、顕になっているようです。どうしてそれが見抜けなかったのか不思議です。当時の青年局では多くの人はそういう人物(左翼的)として見ていましたので、今更というのが私の意見です。

また、現在の私は「生長の家」の歴史を雅春先生の御著書を通して学んでいます。先日ある方と話していたのですが、「生長の家」では雅春先生の御著書を系統立てて行っていないの事が、雅春先生の歴史に疎い人が出る要素だという話でした。それを痛感しているのが現在の私の思いです。
それと、『生長の家五拾年史』以降の雅春先生の歴史がないのが寂しい思いです。誰かが書いて欲しいと思っています。

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