則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2016年01月

讀んで戴ければ幸甚です。

正々堂々と

真の日本国実相顕現を目指す青年君へ

これから少し厳しい事をいいますので覚悟して下さい。


私は、光輪卍に愛着を持っています。


といいながら止む得ないと云っている。
天秤に測れば「ナチスの鎌十字」に似ているからそういう指摘を何人かう受けたからそのようにするというのは情けない。
誇りがそこに感じられない。誰かに言われたからそうするというのは私は一番おかしな事である。
生長の家では昔は街頭で日の丸行進を行ったものである。「日の丸」になれば世間から右翼と指摘されるかもしれません。生長の家の聖旗よりそういうことを云う人の方が圧倒的に多いですよ。そうしたら「日の丸」高揚を止めるのですか。以前は森田教化部長のときは建国記念の日には橿原の神武天皇陵において「日の丸」を高く掲げて行進しました。それが恥ずかしいから止めるなんて「生長の家信徒」ではない。
日本人として当たり前のことなんです。
谷口雅春先生は「日の丸行進」を見て、感動された文章がありますが真の日本国実相顕現を目指す青年君は「日の丸」を軍国主義の象徴と言われるから、だから止めると云っているのに等しい。

真の日本国実相顕現を目指す青年君の云っていることは「止む得ないことでも」なんでもない。
自分の心に皆に言われるからという後ろめたさがあるからなんです。
生長の家の聖旗に誇りをもてば反論できるではないか。
そこには真の日本国実相顕現を目指す青年君の自分の心に「ナチスの鎌十字」に似ているという思いがあるからなんです。
だから愛着なんて持っていない。
しかも愛着とかそんな安っぽいものではない。本当に好きであるならば正々堂々と吉祥万字であるから「君の云っていることは間違いである」と反論出来ないのはおかしい。唯々諾々と従っているのでは駄目である。自信を持ってそういう人に反論すればいい。


それが私の回答です。

「止むを得ない」ということ (101)
日時:2016年01月31日 (日) 13時19分
名前:真の日本国実相顕現を目指す青年

私は、こう述べました。

「私も生長の家のマークが鈎十字に見える、という指摘を何度か受けました。止むを得ない処置だったと思います。」

(私の元の文章のURLは下に再掲します。)

それについて、「自称・本流派」の山ちゃん1952様は、誤解かそれとも曲解かと思われるレッテル張りをされたようで、残念です。

>いやはやと言う言葉が適宜であろう。
>光輪卍という吉祥の印である。
>日本では神社や家紋などに沢山見受けられます。
>だからといって「ナチス」を連想させるなんて、知恵がない言葉です。国土地理院の地図を見たことがない人なんでしょうね。京都ならば卍だらけです。それを「ナチス」を連想させるなんて初めて聞きました。
>古くは奈良時代からこの紋章はあります。法隆寺にもこの紋章はあります。平安後期には家紋としても登場します。
>ナチスがこの徽章を国旗としたのは1935年です。日時は9月14日です。
>生長の家はこの図案が正式となるのは昭和10年2月1日です。年代は全く同じですが、生長の家が先に正式な図案として発表しています。

>また、この青年は寺院を表す地図記号は卍であることを知らない人でしょう。

最後の一文は、少し人を馬鹿にした文章ですが、ネットで匿名で活動されている方でこのような低レベルの分は珍しくありません。詳しいことは割愛しますが、「自称・本流派」のネット工作員の中にはもっと激しい誹謗中傷をしている人たちは山ほどいます。

私の本名は別に隠しているわけでもないので少し調べるとわかると思いますが、山ちゃん1952様はかつて青年会で活躍されていたそうですから、実名での投稿を求めるわけではありませんが、感情的な投稿はふさわしくないと思います。トキ様に対しても、小馬鹿にするような文章を――お二人の間ではバカにはしていないのでしょうが、第三者が見るとそう感じます――描かれていることがありますよ?

それはおいておいて、山ちゃん様は明らかに私の文章を誤解されていますよね?

私は、「「聖旗」の“光輪卍十字架”のマークが「ナチス」を連想させる」ことを理由に「“鳩葉っぱ”のマークが制定」されたことを、「止むを得ない処置だった」と述べたわけです。

「止むを得ない」という言葉の裏に「残念に思う」という心情を読み取ることができないとしたら、残念です。

>「ナチス」を連想させるとは甚だ失礼極まりのない言葉です。右万字を家紋としている家系にも失礼です。

私もそう思います。

しかし、そのような連動をしてしまう人が、残念ながら多いのです。

私は、光輪卍に愛着を持っています。

生長の家高校生連盟の歌にも歌われている、「万教帰一の旗」をもしも私が嫌っている、というように思われているとしたら、生長の家信徒たる私に対して、かなり失礼な言葉ですよ?

教勢が伸びないのは運動方針をみると衰退することがわかります。

亀の子様が指摘している、教勢は10年間一度も前年を上回ったことがない。

「教勢を伸ばす」運動は、

「残念ながら、教勢は十年間で一度も前年を上回ったことはありません。」

「いろいろな努力をしてきましたけれども、その成果がまだ形に現れていない。」

それはどうしてなのかを分析したいと思います。
それは昨年度の成果から推し量って10年間という言葉に繋がっている。つまり平成18年から一度も成果を出していないということです。
それは自分が総裁になってからほとんど一度も成果のないまま今日に至っているということなんです。
私は谷口雅宣総裁という独自のドグマ(宗教というセンスではなく)という思想がおかしくしている。
それは環境という団体になってしまったということなんです。総裁代行から歪められていることが破邪顕正さんの谷口雅宣30年史でわかると思います。
平成11年以降、優秀な講師や谷口雅春先生を尊崇する信徒の排除にその主要な教勢が伸びない根本があるのです。カルト宗教に起こりやすい、自分の茶坊主しか周りに置かないということがここから始まるのです。
優秀な人材はここから減ってくるのです。それも自縄自縛であるが、体験談も出なくなってくるのもこの時期であります。それは参議制度の導入により、自分の意志一つでなんでも出来るのが教勢が伸びない要因でもあります。



○平成11年…谷口雅宣氏総裁代行

※谷口雅春先生を心から慕う信徒を「原理主義者」としてレッテル貼りし、そういう幹部・信徒がどんどん左遷されるようになります。

○平成12年…ISO14001取得の提唱

※ここから、環境保護運動一本への傾向が強まります。

○平成13年3月7日…蔡焜燦著『台湾人と日本精神』を「日本教文社」が一方的に回収する方針を出したことにより裁判に

※谷口雅宣総裁は〝親日派〟の書物が気に入らないのです。それは、平成26年、呉善花先生を生長の家栄える会の出講講師リストから突然、外したことにも顕れています。〝親日派〟であることが理由で講師として呼ばれなくなるというところに、今の教団の本質があると言えます。
 
○平成13年…「参議制度」が新設

※この規約改正によって、谷口雅宣総裁が金も人事も握る権力を有することになります(教団完全支配)。
 この制度がどんな経緯で誕生したのかを解説しておきます。
 話は、平成12年5月2日に遡ります。
 ここで、谷口雅宣総裁は自分の意向に添った理事の選出を図ります。
 ところが、教化部長の多数決により、総裁の意中の人物の殆どが落選します。
 これに腹を立てた谷口雅宣総裁は、自らの意向がストレートに反映する機構改編に着手します。
 それが「参議制度」の導入でありました。
 この「参議制度」というのは、分かりやすくその本質を指摘すると、教化部長の多数決を経ないで、自分の意のままに参議として任命できるという制度です。しかも、それを「最高首脳者会」として生長の家の意思決定機関とし、ここで教化部長の任免の決定権を持つということにしたのです。
 これが通れば、谷口雅宣総裁に反対を唱える理事及び教化部長は徹底的に排除され、イエスマンのみを本部の役職者とすることが可能となります。
 平成13年11月20日、志ある教化部長が立ち上がり、公然とこれに反旗を翻しました。
 その結果、この案は、継続審議となります。
 この結果にまた腹を立てた谷口雅宣総裁は、平成14年1月の教化部長の定期異動において、反対した教化部長の多くを左遷、及び更迭します。
 この報復人事を目の当たりにした教化部長は、平成14年1月22日、雪崩を打って、賛成する側に廻ります。
 これで勝負あり。
 以降、この「参議制度」の導入により、谷口雅宣総裁の独裁権限が大手を振って罷り通ることとなっていくのです。
 金も人事権も握られたら、谷口雅宣総裁に抵抗することはもはや不可能です。
 平成13年から14年にかけてが、生長の家教団が大きく変質する、その一つの大きな転機であったということができます。

○平成15年…“森の中のオフィス”構想の発表

森の中のオフィスなど宗教に全く必要なものではありません。おまけに自然を破壊してそこにオフィスを建立するのですから矛盾しているのです。これで完全に「人類を救う運動ではなくなる」


※このとき谷口清超先生は「原宿の本部を移転することはまかりならん」と言われたと言います。

○平成15年7月16日…教修会において“法燈”は既に継承されていたと発表

※本部講師(補)対象の教修会において、谷口雅宣総裁は、“法燈”は副総裁に指名された時点で既に継承されていたと発表します。これ以降、“法燈”継承者である谷口雅宣総裁に「中心帰一せよ」という動きが顕著になっていきます。
 また、大東亜戦争侵略論が教団の公式見解となったのもこの教修会でありました。

法燈継承とは開祖の教えを守るのが法燈継承なのです。
これは以前に書きました内容ですが
比叡山に「不滅の法燈」というのがあります。私も2回程参拝させていただきましたが、根本中堂の堂内には暗く荘厳に満ちています。

本尊は最澄が一刀三礼して刻んだ薬師瑠璃光如来と伝えられており(秘仏)、その宝前 に灯明をかかげて以来最澄のともした灯火は1200年間一度も消えることなく輝き続けて いるので、不滅の法灯と呼ばれる。
その不滅の法燈というのは常に新しい菜種油を注がなければ消えてしまいます。
その仏教からきた言葉に「油断大敵」というのがあります。油断すれば菜種油を忘れてしまえば消えてしまします。それを消えないようにするために僧侶は毎日注意しながら新しい油を注ぐのです。

その法燈というのは釈迦の教えを確実に守りながら傳えるということを「傳燈」といいます。傳燈というのは現在では知らない人が多いのですが「伝統」というのが語源です。もともと「伝統」も仏教用語なのです。
だから伝統を守るとは、釈迦の教えを守ることなのです。

その燈とはどういうことかというと

燈とは、お燈明のことで、お釈迦様が亡くなられる時弟子たちに、

・自分の心を拠り所、燈火とし、
・私が説いた教えを、燈明としなさい
と伝えられたところに始まるそうです。

 

暗闇を照らす光、火、すなわち燈火。

そのうち「伝燈」とは、「教えが伝えられる」ことを意味しています。

 
生長の家の火というのは「谷口雅春先生」が伝えられた眞理のことなんです。その教えを守るのが「法燈」なのです。
仮に違う方向に歪められたりするのは「法燈を継承」したといわないのです。
釈迦の教えは古いから「今の教え」に変えるなどとは言わないでしょう。それなら「法燈継承」などしているといわないのです。その言葉(今の教え)も間違っていることを理解していただけると思います。
例えば真言宗の本尊である大日如来を変更して、十一面観音像に変えます。それが今の教えなんです。などと言わない。それはそれを失うと真言宗でなくなるのです。空海が教えをといた唱えた「大日経」を無くすなどといわないのです。
昨年「天理教」の教祖である「中山みき」の生誕地に行ってきましたが、信徒は教祖(おやさま)と称して呼んでいます。おやさまの誕生祭には沢山の信徒が集まります。今年の1月26日は教祖130年祭でした。
そうした「教祖」を大切にする教えは変わりません。
それでは「生長の家」ではどうでしょう。
谷口雅春先生を否定するような行いが三代目総裁により発言されたり、実施されてりしているではありませんか。いよいよこういうことを行っている為に信徒も徐々におかしいと気が付き始めているのが教勢を激減させていることになっている。

○平成16年…「新教育者連盟(新教連)」を教団から切り離す

○平成18年…総本山の「鎮護国家特別誓願券」の書き換え

※「鎮護国家」を外し「世界平和」が入ります。その後、平成26年、総本山の手水舎の柱からも「鎮護国家」の文字が消され「世界平和」に替えられます。

鎮護国家は谷口雅春先生の御悲願でもありました。それを蔑ろにして無くすという行為は住吉大神の御働きが「生長の家」教団からなくなってしまったということです。
ここから本尊をなくした宗教は奇跡もほとんど起こることもなく、神様も見放してしまった。これでは教勢拡大など望めない。
下記はもはや徐々に自ら教団を沈めていくようなものです。
昔の平の本部職員が言っておられたように三代目は教えではなく「思想」であるから無視をしてもいい。
人材を排除するのは得意な総裁だが教勢発展するのは苦手のようです。
社会をほとんど経験したことのない「三代目おぼちゃま」の苦悩は始まりますが、自業自得である。

確信犯とは教勢衰退の責任者である総裁のことです。

○平成19年…環境保護運動が本格化

○平成20年…「誌友会」のテーマ
が「絵手紙」「ノーミート料理」等カルチャー化が顕著に

※宗教本来の「魂の救済」が脇においやられ、環境問題ばかりが強調されるようになり、「誌友会」もカルチャー化の一途を辿るようになります。


○平成20年10月28日…谷口清超総裁先生ご昇天

※諡号に「大聖師」が入り「實相無相光明宮弘誓通達大慈意大聖師」。「大聖師」は谷口雅春先生のみ、という谷口清超先生のお考えは無視されました。

※谷口清超先生のお通夜で、荒地浩靖先生、宮澤潔先生の出席が拒否される。この時、お二人を出席させようとした谷口恵美子先生に対して、谷口雅宣総裁は「アンタ」呼ばわりする。こののち、谷口恵美子先生は、子供や孫、友人の方と自由に会うことができなくなり、所謂、軟禁状態におかれます。あまつさえ、毎月、家賃等で100万円(うち40万円は家政婦代として)を徴収されることとなります。

○平成21年…「朝日新聞」を推奨し、民主党支持を表明

※「産経新聞」に代わって「朝日新聞」を読むよう、信徒に薦めるとともに、「自民党」を猛烈に批判し、「民主党」支持を表明して、教団の左旋廻がいよいよ明らかになりました。

○平成22年…「四無量心を行ずる神想観」ニューバージョンの発表

○平成22年…宇治別格本山の盂蘭盆大祭での「霊牌」焼却をやめ、燻炭化

※「霊牌」のいわばミイラ化です。CO2削減のためが表向きの理由でした。

○平成23年…「総本山は聖地ではない」と発言(谷口雅春先生26年祭にて)

○平成24年…『大自然讃歌』『観世音菩薩讃歌』を発行

※「聖経」を補強する必要があるということで創られます。最初は、「聖経」に取って代わるものではないと言われていましたが、今では、どんどんこの「経本」の読誦が行われています。

○平成25年5月27日…『生命の實相』等の著作権裁判の最高裁判決において、教団側の完全敗訴が確定

※『生命の實相』、「聖経」等の著作権は「公益財団法人生長の家社会事業団」にあることが法的に確定いたしました。これにより、教団は、『生命の實相』も「聖経」も失うこととなりました。

○平成25年5月30日…「ご神像」の撤去、“森の中のオフィス”へ移転

※「ご神像」は汚い毛布にくるまれクレーンでつりあげられ、作業員の土足にふみつけられました。移転に祭し、教団は何の儀式も執り行いませんでした。

○平成25年…会則の変更

※「栄える会」の会則の目的から「本会は聖典『生命の實相』の精神を信奉し、―世界的視野に立つ有為な産業人の養成を図る」の部分を削除。
「教職員会」の会則の目的から『人間神の子の実相』『日本国の実相』『天皇の実相』を顕現し真に平和な世界の建設に寄与する」の部分を削除。

○平成25年…安倍首相の靖国参拝を批判

※中国・韓国の反発を招いたとして安倍首相の靖国神社参拝を猛烈に批判しました。

○平成26年2月…東京都知事選挙で、共産党が推薦した宇都宮候補を支持

※「日の丸」「君が代」に反対の共産党推薦候補を支持すると表明した総裁は、明らかにサヨクであることがこれで明らかになりました。

○平成26年3月1日…総本山で執り行われた「立教記念式典」において「実相額」が覆い隠される

※国旗「日の丸」も「聖旗」も掲げられず、国歌「君が代」の斉唱もなし。ただ、壇上には「鳩葉っぱ」の旗のみ。その上、顕齋殿が土足履きになりました。

○平成26年4月3日…「神武天皇陵遥拝式」後の「大日本神国観」が「基本的神想観」に変更

※総本山では、4月3日、この日に、神武天皇が崩御されたことをお偲びし「神武天皇陵遥拝式」を執り行います。そして、その後は、「大日本神国観」を実修するということが長年の伝統でありました。それが谷口雅春先生のご指示だったからです。ところが平成26年から「基本的神想観」に変えられました。

○平成26年4月…谷口恵美子先生が高知へ逃れられる

※谷口恵美子先生は「成年後見制度」を強要されて、通帳と実印とを取り上げられる。そして、谷口恵美子先生は軟禁状態のお山から高知の宮澤先生ご夫妻の元へと脱出されます。

○平成26年4月…「日本の皇室でも、韓国から招いた時期もある」と発言

「この言葉は総裁には「天皇信仰」などない左証である。」生長の家は教義の大要できっちりと記入している。それを守らないのは法燈継承ではない。

※第6回相愛会・栄える会幹部研鑽会、第6回白鳩会の幹部研鑽会、第66回青年会全国大会の3つの講話をまとめたものが機関誌『生長の家』7月号に掲載されました。その中で谷口雅宣総裁はこう述べています。

「日韓中の国民は、もともと同じモンゴロイドで共通している部分が大いにあるのだけれども、それに注目する人は多くない。だいたい日本の皇室でも、韓国から招いた時期もあるのですが、そんなことは、忘れてしまっている人が多いのは残念です。」

 こういう公の場で「皇室」と敬称を外し、あまつさえ「韓国から招いた」などと述べる人が生長の家総裁でいいのでしょうか?

私は運動方針を見るとこれでは信徒拡大など本腰で行っていないことがわかります。


確信犯というのは


1595トキ ◆UMw6UoGELo:2016/01/29(金) 21:50:35 ID:A0ud18aE


生長の家でいうと、一連の問題については、破邪顕正さんと異なり、私は総裁は、過失犯である、という立場です。
私は、現在の谷口雅宣先生は、サイババと違って、それなりに崇高な動機と真面目な心境で、総裁としての任務を果たしていると思います。

しかし、結果は惨憺たるものです。

先日のバスの事故もそうですが、過失犯のほうが、被害が多い場合もあります。ご本人もつらいでしょうが、信徒もつらいです。

 ところで、「この世に起きることは、すべて、必然があって起きる」という法則をここでも考えると、現在の生長の家の運動や組織のあり方を考え直すために、
こういう出来事が起きたと解釈することも可能だと思います。

 もともと、生長の家の教えは、「人間=神の子」の教えでした。
それが、いつの間にか、組織が大きくなり、組織の運営に合わせて教えをまげるような行為も散見されるに至りました。

 総裁だけが神の子で、他の信徒は無条件に従え、というような風潮すら出てきました。
これは、生長の家の教義ではないです。

 私は組織の解体や総裁の更迭は主張しません。
しかし、ここは、基本に戻ることが何よりも大事だと感じます。基本とは何か。谷口雅春先生の教えです。信徒は、ようやく、その点に気がつき出したと感じます。




ここで一連の問題というのは裁判のことであります。
トキさんはその点を総裁は確信犯だと断定しています。その確信犯という言い方は別として主導的に裁判という方向に導いたことを指すと思っています。
間違っていればご指摘下さい。

私は確信犯というのはトキさんと違うかもしれないが、「生長の家」の教団を谷口雅春先生の思想を無くそうとしたことが確信犯と思っている。
無くなっていないという人がいるかも知れないが、少し考えてもわかります。雅春先生は住吉大神の啓示を頂き生長の家を立教されています。
しかも、護国という大切な使命を帯びていたのですが、それを破棄しています。本尊を無くしてしまったのはそれを大切にしなかった。
そういうことになりませんか?
「この世に起きることは、すべて、必然があって起きる」

たしかにそうかもしれませんが、私は知らないで起こしたのではなく総裁は「知って起こしている」ことであります。

ただ、それで教勢が発展すると思ったのは大いに間違いである。

前のブログで書いたように
 平成28年度の運動方針の目玉は、SNIオーガニック菜園部、SNI自転車部、SNIクラフト倶楽部
これはどこかの私設団体でしょうか?
自治会や趣味で作られたのでしょうか?

これでは立教の使命である。人類を救いたということに繋がるのでしょうか?

何故発展しないのかというと
トキさんが書いているように基本に戻ることです。
しかしその基本に戻るにはどうすればいいのかというと私は「学ぶ会」が発展するしかないと思っています。
雅宣総裁では雅春先生の教えに戻ることはありえない。
それは断定出来ます。組織の解体とか望みませんと書いているが、全国では崩壊寸前の教区があることを知らなければなりません。次第に崩壊することになっていきます。

ちょうど昭和15年の明窓浄机を読みましたが、どこの講習会でも超満員ということを雅春先生はお書きです。
沸々とした情熱が人々を呼ぶのであろう。しかも大阪府では中央公会堂以外でも開催している。しかも中央公会堂で年3回開催しているのです。
その雅春先生の気持ちを信徒は応えています。

現在の2年に一回という講習会は信徒には重荷である。いっそう無くしてほしいと思っていることに総裁は気が付くべきであろう。
それに比べれば、雅春先生の時代は来て欲しいという要望が各地にあったことが発展する要素である。
それに反して、長崎県での昼から撤退するのは谷口総裁の心情をそのまま意向し、教勢の衰退を物語っている。

高の原

秋さらば今も見るごと妻恋(つまこ)ひに鹿(か)鳴かむ山そ高野原(たかのはら)の上
長皇子の歌

「高野」の字(あざな)は、こんにちの奈良市高の原に比定される。神功陵古墳の裏手にあたり、現在では新興住宅地であるが、『万葉集』では鹿の音もわびしい山野と詠まれ、孝謙・称徳天皇の陵がおかれたばかりであって、その当時は本貫地・居住地としての賑やかさの実体はまったく窺えない。

この歌は前回に引用しました高野新笠が住まいしていた所の歌です。
私も神功皇后陵の裏手まで散策しましたので、状況は手に取るようにわかります。
その時は上村松園(日本画家・花鳥画)の豪邸に驚かされましたが入り組んだ場所で少し北には奈良大学等があります。
私は神功皇后の陪冢で大変苦労して散策したことが懐かしく覚えています。しかも奈良で散策するなら成務天皇陵と日葉酢媛命陵や稱謙天皇高野陵等地域を薦めています。

意味は
秋になればご覧のように妻を恋う鹿の鳴き声が聞こえる山なのです。この高野原の上は。

なんとも切ない歌である、是非この付近に来て下さい。

天皇信仰の根源と生長の家を再掲

生長の家の「天皇信仰」とはいかなるものか
以前にそれを調べたことがあります。今もその内容を調べている人がおられます。
アクセス解析するとここからヒットして私のブログを見に来ておられる人がいます。
生長の家は天皇信仰だといってもにわかに信じない人もおられるかもしれませんが、私が知る範囲では大本教に入信する前はそういう日本ということに興味があまりない。
そういう話は以前に信頼出来る人から聞いていました。

そうすると「大本」入信から「天皇様」を考えるようになったのは事実です。
谷口輝子先生が
「谷口という青年が歴代天皇様を知っているだけではなく、黒板にそれを書いておられるのにビックリした」と何かの本に書いておられたが
大本に入信して短期間に「天皇信仰」に傾倒されたことはわかりますが、その博識には驚きます。
私は「谷口雅春先生」は天才だと感ずるのはそうした短期間に『古事記』『日本書紀』や古典を読まれ、それを自分のものにされるということなんです。
しかも大本の根本的な教えの中枢を作られます。それは『皇道靈學講話』・皇道大本研究『亀岡叢書』を執筆されるということなんです。
その内容は「皇道大本と谷口雅春先生」に記入しました。
さて、天皇信仰の根源と生長の家を字を大きくして再掲させていただきます。


天皇信仰の根源と生長の家

天皇信仰という言葉は『無門関解釈』に詳しいが、本来『生命の實相』にも天皇信仰が出ているのです。さてその「天皇信仰」の初出はどうであろうか

 

生長の家の天皇信仰の根源というのは戦前の昭和15年「宗団法による宗教結社届解説『生長の家』誌第輯第十一号所載」に最初に記載されています。

それによりますと

宗教団体法第三十六条に依り宗教結社として届出の生長の家の概略左の如し

生長の家宗教結社届(抜粋)

名称 教化団体 生長の家

教義の大要

「国体を明徴にして皇室の尊厳を明にし、各宗の神髄を 天皇信仰に帰一せしめ、尽忠報国、忠孝一本の国民精神を昂揚し悪平等を排して一切のものに、人、時、処、相応の大調和を得せしめ、
兼て天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す」
その実行目標として次の「七つの光明宣言」あり。

  七つの光明宣言

△ 我等は宗派を超越し生命を禮拝し生命の法則に随順して生活せんことを期す。

△ 我等は生命顕現の法則を無限生長の道なりと信じ個人に宿る生命も不死なりと信ず。

△ 我等は人類が無限生長の眞道を歩まんが為に生命の創化の法則を研究発表す。

△ 我等は生命の糧は愛にして祈りと愛語と讃嘆とは愛を表現する言葉の創化力なりと信ず。

△ 我等は神の子として無限の可能性を内に包有し言葉の創化力を駆使して大自在の境に達し   得ることを信ず。   

△ 我等は善き言葉の創化力にて人類の運命を改造せんがために善き言葉の雑誌「生長の家」及び聖典を結集して発行す。

△ 我等は正しき人生観と正しき生活法と正しき教育法等により病苦その他の人生苦を克服し、相愛協力の天国を地上に建設せんが為に実際運動を起す。

 

儀式及行事に関する事項

冠婚葬祭等―に「生長の家」特殊の儀式なく、誌友は先祖崇拝の美風を顕揚するため各自の先祖伝来の儀礼に則るものとす。

但し、先祖が無信仰等にして伝来せる宗教なき場合には、臨終に際して慰霊するための引導文あり「久遠いのちの歌」あり又顕幽を問わず、人の霊魂の開悟のために聖経「甘露の法雨」「天使の言葉」等を読誦することあり。

観行―座禅観法と祈りとを合併せる如き精神統一的行事に神想観あり(「生命の實相」観行篇詳細説明参照)左の4首の招神歌を誦して後、宇宙大生命の生命自己に流れ入ると観じて精神統一に入るものとす。

 

(招神歌)

生きとし生けるものを生かし給へる御祖神元津霊幸へ給へ

吾が生くるは吾が力ならず天地を貫きて生くる祖神の生命

わが業はわが為すにあらず天地を貫きて生くる祖神の権能

天地の祖神の道を伝へんと顕れましし生長の家大神守りませ

 

奉齊主神、安置佛等の称号

道場又は集会室に特に顕斎せる主斎神又は安置佛なし。

心に幽齋する主神としては宇宙大生命(みおやのかみ)(その幽之幽なる神として天之御中主神、幽なる神として天照皇大現人神としての天皇)を禮拝す。

宇宙大生命は宏大無辺にしてその仁徳一切に及び一切を包容するが故に各自は先祖伝来の宗教を信じ又は自宅にて如何なる斎神又は安置佛を奉するも差支えなし。

宇宙大生命(みおやのちから)の道を顕揚し、日本の国威を発揚し皇威を顕揚する東道(みちびき)の神として心に幽齋する副神として生長の家大神(古事記日本書紀に顕れたる住吉大神即ち後に盬椎神、仏典に顕れたる釈迦、観世音菩薩及びその応化神基督教の黙示録第一章に顕れたる七つの燈台の点灯者)を禮拝す宇宙大生命は宇宙生命の根本実相にして、宗派に偏らざる哲学的表現を用うれば「生命の實相」なり。

この意味にて道場又は集会室に「生命の實相」又は単に「実相」の掛軸を掲出することあり。

 

この宗教団体法の実施は昭和1541日からで、文部省の管轄として認められたことは『生長の家30年史』谷口雅春先生の御文章に詳しい(P12~)ここで谷口雅春先生は古事記にあらわれた住吉大神のお働きをお説きいただいたおります。さてこのときが最初に天皇信仰という言葉が最初かというと、そうではありません。

『中心(すめろぎ)に帰一する道』谷口雅春先生、松山茂、高橋綏次郎共著というのが昭和11223日に出版されています。それを更に詳細に書かれたのは昭和114月号から11回に亘って『生長の家』誌に連載されたのです。その冒頭に次のように述べられている。(『生長の家40年史』P179

『古事記』と申しますものは皆さん御存知のとおり、元明天皇が、天武天皇の国史撰述の御遺志を継がせられて、和銅4918日に安万侶に詔して、稗田阿礼が覚えておった古くからの国史を口で喋ったものを筆記せしめて和銅5年正月28日に古事記三巻を書き終わって、天皇陛下に奉ったということになっているのであります。これが日本に於ける最も古き正確なる歴史であるということですが、そこで歴史というものは何であるということですが、そこで歴史というものは何であるか、何のために研究するかを申し上げたいのであります。

歴史というものは一体何であるかと云いますと、現象界に実相が如何に投影し表現されて来るかということの、その顕われ方、即ち実相が現われる場合の作用、反作用という風なものを次第を追うて並べて行くことによって、その民族に如何様に実相が現われ、実相が現われんとするに当って如何に反作用を起し自壊作用を起したかを知り、それをずっと時間的に貫いて観てそこに実相が如何なる相を以て現われるかということを知ることによって、大宇宙に於ける日本国の位置及びその将来性を知り、現在自分が国家構成の一員として及び個人として如何に生きて行くべきものであるか、将来この世界は如何に発展して行くべきものであるかということをはっきりさせるためのものが歴史の研究であります。

ですから歴史というものは単に過去の記録を書いたという風なものではないのであって、生命の生生流動の流れの相、実相が現象界に貫いて輝き出る時のその儘の相が書いてあるのであります。

その相を見ることは自分自身の生命の相を見ることであり、宇宙の相を見ることであり宇宙が、自分が、今如何に生き抜いて、今後、如何に発展すべきであるかということを知ることであります。

ですから、この『古事記』を研究致しますのも単に過去にこういうことがあったということであるとか、神話やお伽噺がこうであるとか、そういう死んだような物語を読むようなつもりで読んで頂いては間違いで、実相が迷を通して輝き出るときの波動紋理というものを掴み出さなければならない。換言すれば、吾々日本人が如何に実相を生き、如何に自壊作用と戦うて来たか、ということの記録が、この『古事記』に現われているのであります」

 

この「古事記」に対する観方を基調に、その本文の解釈が『生長の家』誌に11回にもわたって連載されたのであったが、この「古事記」解釈は生長の家の奥義ともいうべきものであり、この大宇宙の成り立ち、実相本源世界の活動、現象界に今後くり広げられる光明への展開、その為の日本の為すべき役割、そのための生長の家の為すべき役割を、先生は詳細に御教示されているのである。

 

波動紋理とはどういうことなのであろうか?それを掴み出すとはどういうことなんだろうか?

しかもこの古事記解釈を生長の家の奥義であるというのである。誠に古事記とは日本人の条理を考える上で大切な本である、それを理解出来なければ生長の家の根本義が理解出来ないのである。

誠に誠に深遠なる真理である。

 

これは前年昭和101111日より20日までの10日間、各地区支部における指導者の養成を目的とした「第一回生長の家指導者講習会」(定員200人)が、谷口雅春先生の御指導のもとに東京赤坂の本部道場にて始められた。(『生長の家40年史』P180

その講習会の中心になったのは、ほかでもないこの「古事記講義」だったのである。

参加者の中には病気を治すコツを取得する目的で来たような人もあったが、谷口雅春先生は生長の家の根本教義を諄々とお説き下さった。受講者は、日本国体が実相至妙世界の展開として理想的であること、「中心帰一」の実相が他民族よりも明らかに顕現されている素晴らしさ、即ち天津日嗣の天皇を、大宇宙に鳴りひびいている天之御中主(親神様)の全徳の御表現(あらわれ)として崇め奉り、全ての国民が「神の子」として親神様の御表現なる天皇に中心帰一することの素晴らしさ、をも理解したのだった。

 

この「第一回指導者講習会」が天皇信仰が始めであるかというとそうではない。

生長の家が最初に「天皇信仰」を唱えたのが昭和818日、雑司ヶ谷「友の家会館」にて『中心(すめろぎ)に帰一する道』と題して熱誠にあふるる御講演をいただいた。(『生長の家40年史』P177

これは東京の松本恒子代表の懇願により、谷口雅春先生がお応えした講演である。

されば、もう少し遡り考えてみたい。

それは「大本教」における谷口雅春先生の役割であります。

『古事記』解釈も元々大本教時代からの流れを汲むものであり、その根源を考えてみたい。

 

浅野和三郎氏が谷口雅春先生の処女作である『皇道霊学講話』の序にてこのように述べている。

 


谷口君が初めて其姿を大本の修行場たる金龍殿に現したのは、大正七年の9月であった。近頃は毎日の修行者が二三百人に上るが、当時はせいぜい四五十人位のもので、講演も鎮魂も主として私一人の受持であった。

谷口君は其蒼白な、いささか憔悴気味ある顔を聴講者の間に並べて、黙って聴いて居た。坐談の際にも、その人々とは混らず、控え目な、超越したような態度を執って居た。かくて約三週間ばかりが経過したが、私は其間に極めて簡単な一二語を交えたに過ぎなかった。

大本修養者の中にの随分熱性のものが多い。立替の時間の切迫、日本人の使命天職、神の実在とその経綸、各自の改心、未曾有の国難来―今迄夢にも想わなかった是等の問題が、一つ一つ実証的に心の鏡に映じ出して来るとモ-矢も楯も耐えらない。在来の仕事も何も手に附かぬようになって、血眼になって来る。

谷口君には其様な熱はない、何所までも冷えて居る。大声せず、叱呼せず、孤坐独棲、そして空想と思索に耽ると云った風である。何ちらかといへば詩人肌といわんより、哲学者肌の要素が多い。感情よりは、寧ろ理性に縋りて信仰の険路を一歩一歩に踏みしめて登り行くという趣味がある。私はこの人は早く綾部に来る人ではないと見当をつけた。

黙って来、黙って聴き、黙って去った谷口君は爾来数ヶ月間杳として其消息を知らさなかったが、その頃神戸に新設された支部などにも出入りし、数々の奇抜な霊的現象を調査する傍ら、大本神諭の研究し、漸く大本で説く皇道霊学の真味を捕え得たらしい。

情熱のみで働く人は、ややもすれば冷め易い。

頭脳の悪い人は、下らぬ議論や薄っぺらな学説に迷される。

金銭や地位のある人は妥協的に流れる。老人は兎角優柔不断に陥る。谷口君には幸い此等の何れにも煩累が無かった。そして翌くる大正8年の早春には、神戸を後に綾部に移住して来た。私は案外早く形がついたと歓んだ。

それから谷口君は全然皇道大本の畑の人となった。雑誌『神霊界』の編輯に当ったり、霊学に関する谷口一流の研究を筆に書いたり、口で説いたり、やがて大本の機関新聞『大本時報』の刊行されるや、其編輯を助け其間に大本神諭類纂という大仕事にも専心努力した。が、何と云っても、谷口君の三年続きの研究の肝脳ともいうべきものは本書に収められている。

皇道霊学は天地の創造と其淵源を均うし、これほど古い学問は無い。が、崇神天皇が和光同塵の神策を取らせ給い、全然世に埋もるること爰に2千歳、今回綾部に国祖神と共に復活したのであるから、これほど新しい学問は又外に無い。

それ丈頑冥不霊な腐儒、学究をはじめ、殆ど満天下の非難、攻撃、讒悔、嘲弄の標的と成りつつあるは無理もない話である。谷口君が敢然として其鋭い研究のメスを之に向けたのは寔に天下の快挙と謂わねばならぬ。

皇道霊学の範囲は広くして且つ深い。実は天地間一切の事物、哲学も、科学も、宗教も、政治も、軍治も、経済も其他有ゆるものも悉く此内に抱擁されて帰一融合されねばならぬ。

此質のものである。これからは苟くも研究的良心のあるものならば、天下を挙げて此方面に殺到して来るに相違ない。

百人や千人、百年や千年、人間がド-切っても、それで際限窮極が見付かる学問ではない。谷口君が兎も角も先鞭を之につけたのは、それ丈で既に燗眼である。後日何人か現われて研究の歩を進めるにしても、此第一人を無視することは出来ない。

真信仰に入るべき途は、人毎にめいめい異なると云って可い。奇蹟から入るもの、神諭からも入るもの、病気から入るもの、不幸災厄から入るもの、燗悶焦慮から入るもの等数え尽すべきもない。が、知識尊重の癖をつけられた現代人士は、矢張り霊学方面から入りたがる。本書は現代人士の要求の大半を充たすものであると確信する。

此点から見ても本書出版の意義は充分だと思う。

大正964日修齋会本部に於いて

   浅野和三郎

 

このように谷口雅春先生を称しているのです。この分を読むと大本神諭は谷口雅春先生が類纂したことになる。霊学の根本に於いては谷口哲学が修められているのである。

されば、その内容に天皇信仰があるのかということです。

だが『皇道霊学講和』の著述のなかには天皇信仰という言葉はないが、宇宙の本質と言葉元子という項目がある。新約聖書を引き合いに掲載し(『皇道霊学講話』P36~)

『大初に道あり、道は神と偕にあり、道は即ち神なり、この道は太初に神と偕にありき。萬の物これに由りて造らる。造られたる者一つとして之に由らで造らしれはなし。之に生命あり、此生命は人の光なり。光は暗きに照り、暗きは之を暁(さと)らざりき。』

この基督教徒にとって頗る難解なる一章は皇道霊学に仍って忽ち容易に開明されるであろう。是は何のことはない、言霊元子の一元論を説いたのである。

言霊元子は天地に満ちている。

天地に充満する言霊元子は常に霊霊浩浩活機臨臨乎として不断の振動を続けている。この言霊元子の振動が聲音ある。

吾人の聴覚に触れる所の聲音は単なる空気の振動かも知れぬし、宇宙の無限に霊妙なる声音に較

ぶれば僅かにその一部分に過ぎぬのであるが、宇宙には常に鳴り鳴りて鳴りやまぬ聲音満ち満ちている。即ち聲音(言葉)は満ちであり道であり、道は言葉であり、宇宙に満ちているのである。

宇宙に満ちている最初の言葉が◎(す)(皇)(す)の一音であったのである。

余は物質分子に於ける普遍的原則は宇宙の根元実証に於いて見本的に真理であるところのものの再現であることに曩に少し少し言及したのであるが、物質の分子、原子を験するに、一個の陽電体を中心にして、それの反対性の数個の電子が、その周囲を回転しつつあることを知るならば、大宇宙に於いても一個の中心天体を中枢として、幾多の遊星その他が回転しつつあることを知る事が出来る。

而して又之と同時に、各言霊元子に於いても或は陽性の言霊元子を中心とし、或は陰性の言霊元子を中心として、その反対性の言霊元子の回転し振動しつつあることを推定することが出来るのである。

真とに言霊元子にも陰陽があるのである。その根元実体たる言霊元子に陰陽あるが故に、それより生成化育し来れる宇宙の森羅万象にも陰陽の別が生じ来るのである。

陰陽太初より備わればも未だ剖れざる状態の言霊元子の活機臨臨乎たる振動による聲音、これが宇宙の聲音であり、◎(す)(皇)(す)の聲音である。

 

このなかに皇を「す」と発音したことである。これは明らかに天皇の皇であり、統(す)べらくの「す」であり「未発の聲」であるのが「す」である。

『古事記』では天之御中主神であるのが「す」である。

このようにして大本時代においても天皇信仰を皇道霊学により説いていたのです。つまり「生長の家」発祥以前より未発の聲であり、天皇信仰は現存していたのです。

 

『皇道霊学講話』

目次


序にかへて

第一章 総説

1.科学界の覚醒

2.驚異すべき大本神諭の内容

3.泰西に於ける交霊術の価値

 

第二章 最近の世界思潮と其矛盾

 1.霊学なき改造運動と芸術批評

 2.霊的問題は社会改造の根本義

 3.民主主義及無神論跋扈

 

第三章 宇宙の本質と言霊元子

 1.全大宇宙の本質

 2.言霊元子の活動と時間空間

 

第四章 言霊元子活動の天則

 1.全大宇宙の活動を表現する言霊

 2.陰陽火水霊体二元の誕生

 3.産霊の意義と新陳代謝の天則

 4.積極性と消極性との共同活動

 5.御筆先に現われたる天地の創造

 6.人類の聲音と宇宙の言霊

 7.葦芽比古遲神と微分子の構成

 8.霊系と体系との複雑な交錯

 9.体と霊とは何れが主か

 10.男女の社会連帯と母性の復興

 11.霊の男女性と体の男女性

 12.産霊と霊主体従との根本原則

 13.産霊の究極目的は何であるか

 

第五章 神力の発現と自然現象

 1.最近科学と自然哲学の批判

 2.至大天球の位置のエネルギ-

 3.八力の諸神の顕現とその分担

 4.宇宙に遍遲して個体を有せる神

 

第六章 基督再臨問題と其意義

 1.  基督再臨問題の貫き鍵

 2.如何にキリストは再臨するのか

 3.所謂秘密の経綸とは何ぞ

 4.再臨の基督とは如何なる人ぞ

 5.大本神諭とバイブル

 

第七章 世界の立替立直と其時期

 1. 立替立直とは何ぞ

 2.ダニエル書に現われたる世界の終末

 3.建替切迫せる今日の男女問題

 4.古事記に現われたる三貴士

 

第八章 人類の起源と其進化

 1.大本神諭の教ゆる人類の起源

 2.天孫民族は猿の子孫にあらず

 3.人類発生率より観たる日本人

 4.天孫降臨前の先住種族

 

第九章 日本対世界の大葛藤

 1.古事記に表はれた大預言

 2.神政成就世界統一後の楽天地

 

第十章 日本人の使命と世界統一

 1.宇宙の普遍意思と日本の使命

 2.平等の差別と差別ある平等

 3.日本は世界統一の資格ありや

 

第十一章 霊魂と宇宙意思

 1.生物の霊魂と無生物の霊魂

 2.肉体の龍神と霊魂の龍神

 3.受胎に現われたる宇宙意思

 4.細胞霊魂の神権君主組織

 

第十二章 霊魂の人格的存在

 1.人格我と細胞霊魂の関係

 2.死後の霊魂の生活状態

 3.死といふ現象の真意義

 4.所謂交霊現象の本体

 5.動物霊は人類に憑依するか

 

第十三章 憑霊現象と心理学者の誤解

 1.心理学者の潜在意識説

 2.心理学者の提供せる一実例

 3.所謂潜在意識の自働現象

 4.心理学者の所謂第二人格

 5.精神交感に伴ふ幽霊現象

 6.様々の隠身と神憑現象

 7.悪霊の駆逐と其方法

 

第十四章 守護神とは何ぞ

 1.自己の霊魂と正守護神

 2.守護神の三種類

 3.守護神の奉齋と其歴史

 4.祖先の霊魂の奉齋

 

第十五章 鎮魂帰神の価値

 1.正守護神の司る役目

 2.鎮魂帰神と催眠術の暗示

四宮正貴氏からの文章から

下記の文章は四宮正貴様のご文章です、抜粋させていただくことをお赦しいただきたい。
この文章は私の何か重なり合うものがあり、同意することが大半であり、その思いは痛いほどわかります。
とりわけ法燈継承という内容には大いに賛同致します。

蔵出し「生長の家について」第三回


谷口清超先生の御冥福をお祈りする
生長の家は、小生が中學校一年生の時(昭和三十四年)、谷口雅春先生の『生命の實相』を読んで感激してから、高校時代そして大學卒業まで熱心に活動した教団である。

生長の家第二代総裁の谷口清超先生が昨年十月二十八日、老衰のため東京都内の自宅で逝去された。八十九歳であった。小生の母と同年であられた。

小生は、清超先生の講演・講義を度々聞く機會があった。機関誌に発表された文章や著書も読んだ。また私個人の事で心配して頂いたり、指導もして頂いた。清超先生の著書では『基督 ―イエスの神秘的生涯とその解説』に最も感銘した。心よりご冥福をお祈りする。
清超先生は、婿養子であり、二代目を継承する人として、谷口雅春先生のご存命中は副総裁の立場で、信徒を指導されてゐた。私はそれほど身近に接したわけではないが、ご性格としては地味な方であったと思ふ。談論風発、意気盛んといふ方ではなかった。絶叫調の講演をされることは絶対になかった。それは谷口雅春先生も同じであった。教義を静かに諄々と説かれた。

先帝・昭和天皇さまが御不例の時、清超先生と恵美子夫人(雅春先生の息女)が、皇居二重橋前でご快癒を祈る姿をテレビニュースで見た記憶がある。

今の生長の家は、清超先生の長男の谷口雅宣氏が副総裁として教団を率いてゐる。(この三月に第三代総裁に就任するといふ)ところが雅宣氏が、谷口雅春先生が國體論、大東亜戦争論、愛國思想を説いた書籍を事實上絶版にしたこと、雅宣氏以外の雅春先生のお孫さんやその配偶者が生長の家の組織から排除されたり教団から離脱してゐること、雅宣氏自身の言動・教団運営方針などに対して、批判が起ってゐる。宗教教団には内紛はつきものであるが、生長の家だけは、雅春先生ご存命中には内紛はなかった。しかし、近年、雅宣副総裁に対する批判が高まってゐる。前述した如く、雅宣氏の意に反する人々は、たとへ兄弟であらうと、功労者であらうと、教団から追放されるか自ら出て行ってゐる。教団の教祖が亡くなった後、幹部間・親族間で内輪揉めが起るのはよくあることであり、生長の家も例外ではなかったといふことだらう。

創始者・谷口雅春先生は、信徒から見れば事實上「生き神」であり、雅春先生をはじめとした谷口家の人々は「お山様」といはれ、言はゞ「神聖家族」として崇められてゐた。生長の家本部には「お山様ご専用」といふトイレまであった。

ところが、その所謂「神聖家族」が、生長の家の根本的経典『生命の實相』第一巻の巻頭にある『大調和の神示』の「天地一切のものと和解せよ」「汝の兄弟と和せよ」といふ教へを實行できないでのある。雅宣氏は、「法燈継承者」とされる以上、他の誰よりも生長の家の教義を守り、その實践者であるべきである。ところが、自分の實の兄弟・親族と「和解」「調和」「赦し合ひ」「拝み合ひ」が出来ないのは困ったことである。

 

生長の家の運動が愛國運動ではないとするのは谷口雅春先生の意志に背くことになる

今日の生長の家の問題は、①谷口雅宣氏の意向により、創始者である谷口雅春先生の日本國體論・日本神話論日本國の世界的使命・日本精神論・大東亜戦争観などが書かれた著書が、事實上の絶版となってゐること。②谷口雅宣氏が「生長の家は愛國運動ではない。國家主義を信奉しているわけではない」と宣言して、生長の家が展開してきた「天皇國日本實相顕現運動」が行はれなくなり、真正保守運動の中核組織としての活動を停止してゐること、の二点である。

小生が生長の家高校生連盟で活動してゐた頃よく歌った谷口雅春先生作詞の『生長の家高校生連盟の歌』には、「愛國の情を父に受け、人類愛を母に受け、光明思想を師に學び」とある。谷口家の人々が神聖家族として崇められてゐたと言っても、清超先生のお子さんたちは一般信者と一緒に組織活動に参加してゐたので、この歌は、雅宣氏も歌ったであらう。

雅春先生が「愛國心」「祖國愛」を非常に大切にしてをられた事は確かである。この歌詞を読む限り、人類愛よりも光明思想よりも大切だと考へてをられたやうに解することもできる。私は、生長の家の宗教運動が、そのまま愛國運動であると思ってゐた。谷口雅春先生の代表的な愛國思想の著書の名前は『限りなく日本を愛す』である。

谷口清超先生が雅春先生の御葬儀で言はれたやうに、谷口雅春先生が空前絶後の愛國者であられたことは紛れもない事實である。生長の家が愛國運動ではないとするのは、谷口雅春先生の意志に背くことになると考へる。生長の家は宗教団体であるから、信仰的・信仰的基盤に立った愛國運動であることは言ふまでもない。

「國家主義」といふ言葉の定義も色々あるやうだが、谷口雅春先生が「國家主義」といふ言葉を講演や論文で使はれたことはないと思ふ。生長の家の人類光明化とは、天皇信仰・真理國家日本の實相を恢弘することによつて世界の永遠平和を實現することである。生長の家でいふ「國家」すなはち雅春先生の説かれる「國家」とは、単に、「領土・主権・國民を三要素とする統治組織をもつ政治的共同体機構」といふことではない。

『久遠天上理想國實現の神示』(昭和七年五月二十七日)には、「實相世界では既にひとつの極身(きみ)に統一せられて、常楽の浄土となってゐるのである。…久遠皇統連綿と云ふことは偶然になることではない。形の世界が心の世界の影であることが解り、實相世界が久遠常住の世界であると云ふことが判れば久遠皇統連綿と云ふことは實相世界の久遠常住性が最も迷ひの念なしに形に顕れたのが日本國だと云ふことが解るのである。」「…今の世界で實相世界の常住性を形に顕(うつ)し出してゐるのはたゞ日本の國ばかりである。生滅常なき現實世界が変じて久遠實相世界の常住性を顕現するには、常住性ある國がひろがりて常住性なき國を包みて、十六方位の世界を一つの常住性ある永遠滅びぬ世界としなければならぬのである。十六菊と云ふのは光が十六方位にひろがりて、十六方位の國ことごとくを中心に統一せることを象徴(かたちど)ったものである。」

この『神示』には、日本國は世界の手本となるべき理想國家であり、日本天皇の皇統連綿性が世界の中心たるの御資格・御使命を有したまふと説かれてゐる。ただしそれは「権力國家としての日本」の主権や領土の拡大ではない。理念の日本・實相の日本つまり「久遠天上理想國・日本」の世界的顕現である。天皇を祭祀主とする理想的世界國家の實現である。

谷口雅春先生の天皇信仰の特質は、天皇は日本民族・日本國家の祭祀主・統治者であらせられるだけでなく、世界の統合の象徴・世界連邦の中心者として天皇を仰ぐところにある。

日本天皇は、常に自分を無にして神と合一する行事である祭祀を行はれ、仁慈の大御心で國家・國民の平和と幸福を祈られてゐる。谷口雅春先生はそれを端的に「天皇之大慈悲心是國體」と喝破された。神と合一された天皇は、天津神の地上における顕現即ち現御神であらせられる。世界人類が天皇の神聖なる大御心に帰一し奉る時に世界永久平和が實現する。

天皇中心帰一の理想の姿を地上に正しく實現することが、日本建國の大精神であり、生長の家の人類光明化運動の目的なのである。生長の家の人類光明化とは、天皇信仰・真理國家日本の實相を恢弘することによつて世界の永遠平和を實現することである。生長の家の教への根本である天皇信仰・大日本真理國家論を度外視したら、真の人類光明化運動にはならない。「久遠天上理想國」を地上に持ち来たす運動、天皇國日本の實相を顕現する運動を實践する宗教が生長の家である。

 

「法脈」の継承に関する小生の質問に対する谷口雅春先生のお答へ

宗教団体の後継者が、後継者独自の教義を説き始めるといふことは、よくあることである。仏教・キリスト教・イスラム教は教祖の説いた経典を大切にしてゐる。しかし、その解釈で、大変な争ひ・対立が起り、分裂抗争が起ってゐる。生長の家もさうした歴史が繰り返されてゐるといふことであらうか。
生長の家では最近、「法燈の継承」といふことが、強調されてゐるやうである。その是非は別として生長の家が世襲制であることは前々から決まってゐたことである。

谷口雅春先生は『日本の危機を救うもの』といふ著書(昭和三十七年十二月一日生長の家本部発行)で、次のやうに論じてをられる。

「最近、生長の家の青年部の實相研鑚會があったとき、四宮君といふ熱心な青年學徒が、創価學會機關誌編輯係の一人だといふSとかいふ或る男を逆折伏に出掛けて往って色色議論をして來たといふのである。その熱心さには頭がさがった。…創価學會のS君が生長の家についての攻撃の矢を向けた問題として傳へたところは、『生長の家は総裁が世襲になってゐるから邪教である。創価學會は會長は選擧によるのであって、最も適する人が選ばれる。これが正しい教團のあり方である。釋尊も決して、その教への後繼者(あつつぎ)を自分の子とせずに、最も教へを理解し得たものを法嗣者(はふししゃ)としたのである。この釋尊の嗣法の仕方と異なるから生長の家は邪教である。』といふのですが、これはどのやうに答へるべきですか──といふのであった。私は決して釋尊は完成した宗教を説いてゐない。…生長の家は釋尊の教へよりも一歩も數歩も進出してゐるものであって、釋尊の通りでないから邪教だといふ理由は成り立たない。既に釈尊の世は去って彌勒如来の世に移らうとしつゝあるのである。釈尊の教と異なるところに未完成の佛教の完成があるのである。…『秘められたる神示』の中にも『久遠皇統連綿としてつゞくのは、實相世界の常住不滅の姿が現象世界に影を映すのであって實相世界の〝御心の天になる状態記号〟が現象世界に影を映すと、さうなるのである。實相久遠常住の生命が現象世界に歪みなく影を映すやうになれば、各人の家系も連綿として一系に續くやうになるのである』といふ意味が示されてゐるのであって、國家でも家庭でも團體でも、連綿としてその主宰者が一系に續かないのは、迷ひによって、常住一貫の姿がゆがめられてゐて、そのために國家では、王や大統領や國家首席などの交替が始終行はれてゐるのである。釋尊の如く一系の血統(ちすぢ)に法燈がつがれないのは、一系の血統に生まれた者の迷ひ深くして法燈をつぐ資格がなかったからであって、決してそれは稱(ほ)めるべき出來事でも、眞似るべき出來事でもない。…實相の完全な姿が現實世界にうつれば、教組の教へが歪みなく教祖の血統につたはり、血脈法脈一體となりそのやうな見苦しい權力争奪戰がなくなるのである。そのやうに實相世界の久遠終始一貫の常住性が生長の家には現象界に歪みなく影を映すやうになってゐるから、法脈は血脈と共に一貫して傳へられることになってゐるので、それが傳はらないやうになって選擧などで司配權力の奪ひ合ひが行はれるやうになってゐる方が、寧ろ邪まに歪んで『迷ひ』が深いのである──このやうに説明したら、列席の皆皆、悟りを深めて、日本國の皇統連綿の事實を讚歎する目が一層明らかにひらかれることになったのであった。」と書いてをられる。
ここに登場する「四宮君」とは小生のことである。昭和三十七年のことであるから、小生はまだ高校一年生であった。「世襲制」については小生自身の疑問でもあった。

その頃は、谷口雅春先生のお答に納得したが、今この文章を読み返してみて、生長の家といふ宗教団体の「法燈の継承」「法脈の継承」を、皇位の継承といふ、日本國體・上御一人に関はることと同列に論じてゐることに疑問を持つ。小生は、皇位継承を、宗教団体の後継者決定と皇位継承を同列に論じることはまことに畏れ多いと考へる。

また、谷口雅春先生のこの論議を敷衍すれば、谷口雅春先生は、「男系による皇位継承でなければ皇統は断絶する」とは考へてをられなかったといふことになる。それどころか、先帝の皇女が皇后となられれば、その婿が皇位についても、皇統は継承されると考へてゐたと類推することも可能である。何故なら、第二代総裁であられた谷口清超先生は婿養子であるからである。しかし、雅春先生はそこまでは考へてをられなかったと信ずる。

谷口雅春先生は、教団内で権力の争奪戦が起らず法燈が歪みなく継承されるためには、一系の血統・家系によって法燈・法脈が傳へられるべきであるとされてゐる。そして二代目の総裁には、娘婿の谷口清超師が就任し、三代目の総裁には雅宣氏が就任することになってゐる。しかし、今日、谷口雅春先生を宗教上の師と仰ぐ多くの人々から、雅宣氏が、雅春先生の意志に反することを説いてゐるといふ批判が起ってゐる。

宗教教団の後継者の決定方法は、色々あるであらうが、世界宗教となってゐる仏教・キリスト教は、その中心者・後継者は世襲ではない。ローマ-カトリック教會の最高位の聖職者たるローマ法王(教皇)は、十二弟子の筆頭とされる使徒ペテロの後継者としての資格で全教會を統率してゐるといふ。教皇は枢機卿の互選により選出される。仏教は、釈尊の十大弟子の筆頭とされる摩訶迦葉が、釈尊入滅後その教団を統率したとされる。

生長の家も、教祖の一番弟子が後継者であるとしてゐたら、谷口輝子夫人が後継者となったであらう。といふのは、輝子夫人自ら「私は谷口雅春先生の第一の弟子」と言はれていたからである。

生長の家のみならず日本國内の新宗教教団には世襲制の教団が多い。そして世襲制の教団に内紛が起こらないかといふと決してさうではない。親族間・幹部間の争ひが起った教団は多い。

小生が高校生だった昭和三十七年当時は、創価學會の第三代會長に池田大作氏が就任した直後である。近所の創価學會員が私宅に『聖教新聞』と『大白蓮華』といふ機関紙誌を贈呈してくれてゐたので、小生はよく読んだ。

当時の創価學會は、他の宗教団体の世襲制を強く批判してゐた。日蓮の後継者が、日蓮に「常随給仕」してゐたされる日興であった如く、牧口常三郎初代會長の後継者が牧口氏と共に入獄し最もよく仕へた戸田城聖氏であった如く、戸田氏の後継者も、戸田氏に最もよく仕へたとする池田大作氏であると強調されてゐた。要するに一番弟子が後継者となるといふことである。世襲制ではない創価學會はその後、會員数も伸び発展したことは事實である。

当時の創価學會は世襲など全く感じられず、會長の家族を特別視することはなかった。戸田前会長の幾子未亡人、池田香峯子池田新会長夫人が表に出ることは全くなく、陰の人であった。今は、池田香峯子夫人が「奥様」と呼ばれ、特別視され、創価學會も世襲制になるのではないかとさへ噂されてゐる。

 

谷口雅宣氏の『ブログ』を読んで思ふ

旧臘二十八日の谷口雅宣氏のブログに次のやうなことが書かれてゐた。小生が今号でこの文章を書いてゐるのも、雅宣氏のこの文章に触発されたからである。

「2008年12月25日
私は青山學院高等部の出版部に所属していて、『日本國憲法無効論』などで論陣を張っていた。私は当時、生高連(生長の家高校生連盟)にも参加していて、そこの東京の機関誌に文章を書いたりもした。」「青山學院に限って言えば、ここでは神學部の學生を中心とした反安保の〝左側〟の運動が盛んだったが、そこへ生長の家の學生による〝民族派〟の反対運動が起こったことで、厳しい學内対立になったようである。…姉2人が青山學院に籍を置いていた関係もあり、高校と同じ敷地内にある大學には出入りすることも多く、私は實際にそこへ行って写真を何枚も撮っている。その写真のうち2枚をここに掲げる。1枚は、青學大構内で集會をする安保反対の學生運動参加者たちだ。ヘルメットをかぶった學生のアジ演説を聴いている。」「もう1枚は、大學の建物の柱に書かれた落書きの写真だ。『落書き』ではあるが、内容はかなり〝脅し〟に近い。文字が一部光っていて読みにくいが、『青學大に巣食う 右翼肉体派 ○○○○ 谷口一家(生長の家天皇万才派 谷口雅春の孫)』と書いてある。實際には固有名詞がきちんと書かれているが、ご本人の名誉のために写真ではボカした。このほかにも『天皇万才派 ○○○○の早セ田大學右翼と結びついた暴力を許さないぞ』『右翼 ○○○○ 谷口(生長の家)一派を殺せ』などという物騒なものもあった。これらの伏せ字の所には、当時の青學大の生長の家學生會の代表者の名前が入っていた。…私は、こういう騒然とした雰囲気の中で高校から大學へ進學したのである。」

谷口雅宣氏が、青山學院大學に進學した時の状況は危険はまりないものであったことが分かる。かうした學生時代の体験や、その後のアメリカ留學が雅宣氏に大きな精神的信仰的影響を与へたと思はれる。

生長の家の古くからの信徒で、母上が生長の家婦人部(白鳩)會の幹部であり、谷口家と深い関はりがあったと言はれる方の話を聞く機會があった。その方は大要次のやうに述べられた。

「私がお山(渋谷区神宮前の谷口雅春先生の自宅)を訪ねた時、谷口先生が顔を赤くして出て来られた。谷口先生が顔を赤くされるのは、お酒を飲まれた時か、怒ってをられる時なので、めったにお酒を飲まれない谷口先生が昼間からお酒を飲まれることはあり得ないから、何か怒ってをられるに違ひないと思った私は、早々にお暇しやうとしたら、谷口先生は『話したいことがあるから上げりなさい』といはれ、応接間に通された。谷口先生は、『私は雅宣に皇學館大學に行かせたいと思ってゐるのだが、清超は青山學院大學に進學させたいと言って反対する。君はどう思うか。』と言はれた。」
この方は、この話を涙をこぼされながら、私に語った。これが事實とすれば、谷口雅春先生は、雅宣氏を皇學館大學に進學させて、神道と國史を學んでもらいたかったのである。雅宣氏が雅春先生のご意志通りに、皇學館大學に進學してゐたら、雅宣氏そして生長の家のその後のあり方も違ったものになってゐたであらう。

それは谷口雅宣氏自身が、昨年十二月十七日に行はれた『故 生長の家総裁谷口清超先生追善供養祭』における「偲ぶ言葉」で「父である清超先生から『三代目にならなくてはいけない』と言われたことは一度もないのであります。學校も自由の精神を尊重する青山學院へ入れてもらい、そこの大學を出てから㈱日本教文社へ入りましたが、3年足らずでやめてしまい、アメリカへ留學しました。これは勿論、父が賛成してくれたからです。コロンビア大學という、これまた自由を尊重するリベラルな私立の大學の大學院へ入りましたから、學費も生活費も多くかかりました。それを父が快く出してくれたことで、私は日本國内では得られないであろう数々の貴重な経験をすることができました。そして、そのことが、今日の生長の家の運動を進める上で大いに役立っている--というより、もっと正確に言えば、それらの経験がなければ、今日の生長の家は『國際平和信仰運動』とは別の方向に進んでいたに違いないのであります。」と述べてゐることによって明らかである。

「自由」はもちろん大切である。しかし、雅宣氏が、自分の人生体験や雅宣氏が感じている時代感覚から、生長の家の「愛國運動」「天皇信仰」を否定とはいはないまでも、表面に出さなくなってゐることは、まことに残念である、谷口雅春先生の意志を蔑ろにするものだと思ふ。
法燈の継承者にはそれなりの「自由」の制限があると思ふ。といふよりも、生長の家の幹部や信徒が愛國運動を行ふのもまた自由なのであり、創始者の意志を継承することなのである。そのことを雅宣氏にはよくよく理解したもらひたい。

谷口雅春先生はその愛國精神・日本國體への限りない愛によって、混迷する祖國日本そして全世界現代を救ほうとされたのである。日本國體精神・日本傳統信仰を広く世界に恢弘することが真の「世界平和」を持ち来たすことである。

日本肇國の精神こそが「世界平和信仰」である。小生は「國際」といふ言葉よりも「世界」といふ言葉の方が好きである。谷口雅春先生も常に「世界平和光明思念」「世界聖典普及協會」といふやうに「世界」といふ言葉を使はれた。

宗教といふものは本来、人々に安穏・平和・喜びをもたらすものであるはずである。ところが、宗教が闘争・戦争の原因となるといふことが問題なのである。歴史上の戦争・紛争そして今日唯今起ってゐる戦争・紛争の原因が宗教対立にある。宗教上の対立における憎悪は尋常ではない。しかし、これは人類の歴史で繰り返されてきたことなのである。

「天地一切のものと和解せよ」「汝の兄弟と和せよ」を根本教義とする生長の家においても、同じやうな歴史が繰り返されることは何とも悲しいことである。「一切の自己の責任とする神の子の自覚に超入しよう」といふのが、谷口雅春先生の教へであるのだから、やはり、その責任の多くは、法燈の継承者とされる谷口雅宣氏が負ふべきものであると考へる。

薫蕕は器を同じうせず

前のブログで「谷口雅春著作集一覧表」を日本教文社から抜粋しました。
そこで気がついておられると思いますが
谷口雅春先生の著作が再版未定という名のもとで絶版されていることなんです。

私も「生長の家」だけを信仰していましたが、以前に「生長の家」が学校建設ということで沿革を調べて欲しいということで「天理教」「PL教団」の学校案内及び沿革を直接訪問しました。
また「大本」「一燈園」「実践倫理宏正会」「モラロジー研究所」などにも行く機会がありその度に開祖である人をその信徒は尊敬し崇拝しています。
「一燈園」では館内の正面に大きな西田天香氏の写真を何枚も見かけましたし、しかも大変親切に応対していただきました。
「大本」でも同じです。「出口なお」「出口王仁三郎」の写真を掲載しています。
また、谷口雅春先生と西田天香氏とのご文章も見せていただきました。

以前にある人にそんな話をしていたら「生長の家」と全く違うねと言われた。
私も京都教化部で昔の資料の閲覧をお願いしたところ、断られました。元々閲覧するようにという元教化部長が提案で棚を作って纏めています。

生長の家は昔の資料とかをできる限り見せないようにしています。
新しい信徒さんは不思議には思っておられないが、私のような古い人間は不思議でならない。以前までは快く見せていただいたことも今では見せられない。

私にように天邪鬼の人間ならば「見せて困るものがある」と思ってしまいます。
また「開祖」である谷口雅春先生のお写真を飾れないのは「崇拝」していない証左であろう。

亀の子さまが

さて、問題は、宗教法人のそれも日本國實相顕現を目指す「生長の家」の今年度の運動方針の目玉が、

>平成28年度の運動方針の目玉は、SNIオーガニック菜園部、SNI自転車部、SNIクラフト倶楽部

ということであります。

はたして、「これが宗教法人の運動の目玉」といえるかという点なのです。


ここに総裁はじめ教団、組織、一部(であろうと推測しますが)の熱烈な総裁支持の青年達の「常識外れ(常識知らずというべきか)」の思想を垣間見る思いがして、かつて信じて飛び込んだ「生長の家」の変貌ぶりに落胆、失望して悲しくなるのです。


伸展しないのは新しい運動をしていないからだという発想かもしれないが
そういう
SNIオーガニック菜園部、SNI自転車部、SNIクラフト倶楽部
というような発想では
そういう器の人しか入会しないだろう。

薫蕕はを同じうせず

谷口雅春先生を信じて行うしかないでしょう。

風評を防ぐ難しさ

トキさんより下記のコメントをいただきました。
この文章で思うことがありますので書きます。
それは「生長の家」の多くの人は真面目に信仰をされています。
だが風評などが先行して、
あれそんなこと信じているのかと驚くことが多いのです。
トキさんが書かれている安東先生などもそれはないだろうというような事が多いのです。
表立った表現と内心の心とはやはり「その立場」で異なります。どこを捉えるかの判断で人間は変わります。
たとえば「安東先生が生長の家社会事業団を指揮している」などのそういう類の話です。
そんなことありえないし、そういうことを真剣に話している人がいましたが、笑いで済ましたいが、やはりそんな事をいろんな所から聞くのでそういう情報源は何処なのか想像はつきます。
ただ有り得ない話でも、生長の家元講師などが話すると本当にそれを信じてしまうのは無理もない。

私はそんなこと聞く気にもなれないが、社会事業団の理事長とも昨年お話しましたが勿論そんな話はしませんが、そんなことするような人でもない。
勿論、安東先生も話は何回かしましたが、そういうことを嫌う人ですのでありえません。
そんなに疑うならば本人に直接聞いたらいいのにと思います。

トキさんが言っている
組織内の風評の問題は難しいものだと思います。
それが開示することで多くは防げるのも一案ですが
元幹部などがその情報源であると難しい。

生長の家の人だから安易に憖っか眞理を知っていることが障壁になることが多い。
このことは対峙させるのは心苦しいが「本流派」も「生長の家教団」も同じである。

眞理を探求しているのはいいが、噂というのは大きくするのは注意しなければならない。

「ここだけの話」は必ず拡まることを肝に銘じなければならない。

トキさんも大変だろうが頑張って欲しい。





組織内の風評の問題は難しいものだと思います。

 有名なリクルートという会社の場合、社内ネットで、会社にまつわる情報は可能な限り開示すると聞いたことがあります。そうすることで正確な情報が従業員に届き、風評や噂の類を封印することができると言います。

 この発想は私も賛成です。生長の家の場合、日時計主義の影響からか、なまじ情報を封鎖するので噂や風評が広まり、結果として傷を広げることが多いと思います。逆に事情を率直に語り、その上で、その対応策を話したほうが、日時計主義になると私個人は考えています。ただし、個人のプライバシーの問題があり、限界があるのも事実ですね。

 しかし、そういう発想がない人も多く、例えば、生長の家「本流復活」について考える(したらば版)で、「百万運動を経験した」「森田先生と安東先生は大嫌いだ」と自称する人物(ハンドルネームをころころ変えるので、名前を書けない)が、「生長の家の恥をさらす」とか言っているのですが、私は、ネット上では書けない点は書いていないのですが、苦労がわかってもらえずに悲しいです。

 お金の問題でいうと、本流復活派と言われる人は、お金の扱いについてはきれいだったという印象は持っています。少なくとも私利私欲では使っていないことは言えると思います。本流復活派の人達と意見を異にする私がこんな事をいうのは変ですが、逆に言うと、全員ではないですが、最近の教化部長の中には、組織のお金を私利私欲で使っている人がいると言われます。これは私自身も見聞しましたし、他の教区の幹部や職員からも具体的に話を聞いた事があります。

 しかも、その点について、指摘されると、その教化部長さんが

 「私は、谷口雅宣先生のご名代だぞ」

と居直ると嘆いていた人の話も聞いたことがあり、驚いてしまいました。

 私は、戦前や戦後すぐの入信の、生長の家の信徒さんの話を聞いていたので、退職時には自分の財産を寄付した人も多かったという昔の質素で真面目な教化部長の姿を聞いているので、これはちょっと問題ではないか、と考えています。

 もちろん、現在でも、真面目に、質素に暮らしている教化部長の方も多いので、その点は付け加えます。


 あと、組織としての生長の家に裏切られた、という点については私も賛成です。このあたりの対応に誠意を欠いたため、今日に至るまで、いろいろな問題を引きずっていると感じます。当時のw理事長については、その対応に問題があったと指摘する声も何人かの方々から聞いたことはあります。この点については、今後の研究を待ちたいと思います。

 以上、とりとめもない感想ですみませんです。益々のご発展をお祈りします。

紀元二千六百年式年祭

奉祝國民歌「紀元二千六百年」 
内閣奉祝會撰定/紀元二千六百年奉祝會・日本放送協會制定 
 増田好生 作詞/森義八郎 作曲

 金鵄(きんし)輝く日本の 榮(はえ)ある光身にうけて 
 いまこそ祝へこの朝(あした) 紀元は二千六百年
 あゝ 一億の胸はなる
 歡喜あふるるこの土を しつかと我等ふみしめて
 はるかに仰ぐ大御言(おほみこと) 紀元は二千六百年
 あゝ肇國(ちょうこく)の雲青し
 荒(すさ)ぶ世界に唯一つ ゆるがぬ御代に生立ちし
 感謝は清き火と燃えて 紀元は二千六百年
 あゝ報國の血は勇む
 潮ゆたけき海原に 櫻と富士の影織りて
 世紀の文化また新た 紀元は二千六百年
 あゝ燦爛(さんらん)のこの國威
  
 正義凛(りん)たる旗の下 明朗アジヤうち建てん
 力と意氣を示せ今 紀元は二千六百年
 あゝ彌榮(いやさか)の日はのぼる

今年は神武天皇がお亡くなりになって2600年という式年祭という大切な年である。
神武天皇二千六百年式年祭の年でもある。
紀元2600年は昭和15年に大々的に行事が行われた。全国各地では奉祝運動が盛んに行われています。神社の鳥居や石碑などに奉祝紀元2600年建立というものが多いのもこの行事が全国で行われた様子がわかる。
また八紘一宇の石碑も建立されたのもこの年が多い。

さて、大正5年には神武天皇二千五百年式年に大正天皇は拝礼され、「三種の神器」のうち御剣と御璽を其々捧げ持つ「剣璽御動座」が行われる年でもあります。それが4月3日に橿原神宮にて執り行われます。

ちょうど日曜日なので奉祝させていただこうと考えています。
誰か参加する人はいないのであろうか?

天皇陛下のおわしますこの日本、皇室存在の意義を考え共に奉祝を考えていきたい。


紀元2600年祭には生長の家も大々的に奉祝しました。またこの年に「天皇信仰」を発表された年でもあり、創立10周年の年でもあった。
谷口雅春先生は昭和15年『生長の家』誌一月号の「明窓浄机」で

○お目出たうございます。神武奠都二千六百年の春がまゐりました。----

○今、私は國家の現状を見るに憂國の情切々として内心燃ゆるものあり、自ら涙こぼれます。
ここに解決法があり、それは生長の家をおいて何處にもないと思います。如何にかしてこの生長の家の思想を日本全國に、しかして上部構層に弘めんかと思ふとき、あゝ私は聲を挙げて叫びたい。諸君、邦家の爲に立ち上がろうではございませんか、光明裡に御健在で御迎年を祈ります。(邦家とは国家、自分の国)


先日行きました神武天皇の国見山、神武天皇社や古事記の由緒ある地を訪ねたことも、神武天皇と国民との歴史を考えることです。

谷口雅春先生著作一覧

日本教文社のホ-ムペ-ジの中のコンテンツに谷口雅春先生著作一覧がある。
下記がその内容ですが、アンダ-ラインのものが現在出版されているものですが、なかには品切れとなっているものもあります。
例えば愛蔵版 『生命の實相』も一部品切れとなっているが、この表現も虚しい。
『限りなく日本を愛す』はあります。愛国聖典はこの一つですが、これを読まれていれば「生長の家」の根本思想が見失うことがない。
そう願われずにはいられない。
また、下記以外にも沢山の著作を出版されておられます。私たちが知らないだけです。
そういう内容を私はまとめていますが、
たとえば、昭和13年に『成人教育講座』という小冊子があります。
また昭和7年の生長の家叢書は2種類あります。「人間生き通し」「生長の家の歌」「無一物の医学」「光の新生活」等があります。それでは見ていただきます。


谷口雅春全著作一覧

『生命の實相』の部
生命の實相
  昭7・1・1
久遠の實在
  昭8・12・25
黒布表紙版(全20巻)
  昭10・1・25~昭16・12・25
革表紙版(地・水・火・風・空・敎・行・信・證)
  昭10・10・1~昭14・3・15
豪華大聖典
  昭11・11・22
縮刷中聖典
  昭12・6・1
戦時廉価版(全15巻)
  昭12・8・25~昭14・8・1
ビロード表紙版(全9巻)
  昭13・3・20~昭14・3・15
菊版(全13巻)
  昭14・5・20~昭16・10・15
人造羊皮版(全9巻)
  昭14・11・20~昭15・6・20
満洲版(乾・艮・兌・離)
  昭18・8・15~昭20・5・5
新修特製版・普及版(全20巻)
  昭24・11・10~昭28・4・25
革表紙版(地の巻)
  昭28・11・20
革表紙版(水の巻)
  昭30・3・5
布装携帯版(全40巻)
  昭31・11・10~昭35・5・15
豪華版(全20巻)
  昭35・6・15~昭37・1・10
頭注版(全40巻)
  昭37・5・5~昭42・1・20
豪華携帯版(全40巻)
  昭42・3・1~昭45・6・10
愛蔵版(全20巻)
  昭45・10・15~昭48・12・15
生命の實相(復刻版)
  昭57・5・1
久遠の實在(復刻版)
  昭59・3・1

「光明図書」の部
立教以前
皇道靈學講話
聖道へ
神を審判く
神の牙城に迫る
心靈現象と宗敎思想
如何にせば運命を支配し得るか(訳)
信仰革命
錬心健康術(訳)
神と偕に生くる道(訳)

昭和6年(1931)
生きとほし
生命の神祕
光の新生活へ
無限生命の泉
いのちのゆには

昭和7年(1932)
生長の家叢書
1神への道しるべ
2死を超えて生く
3わが心の王國
4こゝろ我を生かす
5七つの光明宣言
6いのちのゆには
7家庭生活の光明化
8光明無限の生活
9無限生命の泉
10妙法七つの燈臺の敎
11生長の家經濟聯盟の提唱

昭和9年(1934)
光明叢書
1治す力の眞理
2日本國の使命及び將來
3生命の樹の果實
4生命の宗敎的眞理
5神想觀實修本義
6無限供給を受くる道
7吾が心の力
8靈界の救ひ・智慧の言葉
出世前・生・死・死後の研究
生命の烈風

昭和10年(1935)
生命の奔流
新生活への出發
地湧の淨土
生命の神祕
いのちのはやて
本當の敎育
光明の思想
生命の行方
光明主義
光明の生活法

昭和11年(1936)
中心に歸一する道
生命の經濟
光明の健康法
百事如意
人を作る敎育
明朗の宗敎
釋迦・維摩・耶蘇
智慧の言葉

昭和12年(1937)
神を審判く
佛敎の把握
母・妻・娘の本(共著)
去就に迷ふ『ひとのみち』信徒に與ふ
完成の聖書
天使の言葉
甘露の法雨
英譯甘露の法雨
『生命の實相』の分類的研究
いのち文庫
(昭12・8・18~昭13・1・15)
1ひのもとの光
2腹の立たなくなる法
3軍事紙幣を發行せよ
4敗戰主義を粉碎す
5皇軍の倫理
6理念のための戰爭
7理念日本の莊嚴
8内にある幸福
9余の國家主義
10寂光を更に超えて
戰爭と日本精神の倫理
大麻奉齋と祈願とは不敬なりや

昭和13年(1938)
人間死んでも死なぬ
敎師・夫婦・愛兒の本
伸びる力
一流の人・妻・子を作るには
人間・力は無限力
生長の家叢書
(昭13・5・25)
1神への道しるべ
2光の新生活へ
3家庭生活の光明化
4こゝろ我を生かす
5吾が心の王國
6いのちのゆには
7無限生命の泉
8光明無限の生活
9生長の家の歌
10人間生通しの話
11無一物の醫學
光明叢書
(昭13・6・20)
1現代に機會ありや
2生命に到る道
3生きる力の神祕
4生命の宗敎的眞理
5運命を改造する道
6治す力の眞理
7日本國の使命及び將來
8境遇も健康も吾が心の影
9無限供給を受くる道
10思念の力
11生命の樹の果實
人生必ず勝つ
百事如意
新百事如意
光の泉 人生讀本
驀進日本の心と力
人間必ず若返る
携帯版叢書
(昭13・12・15~昭15・7・20)
・光明の生活法
・百事如意
・「甘露の法雨」講義
・實相眞行義
・實相要約(上)
・實相要約(下)
・ひかりの語録
・生活に生きる宗敎
・調和生活
・人生と戀愛その他
・新生活への出發
・生活化せる大乘佛敎
・常樂の實現
・樂園奪還
・日本の世界的使命
・永遠價値の生活學
・辨道聽き書
・哲學の實踐
・把住と放行
・幸福生活への眞理
力の泉 向上讀本
日輪めぐる
善と福との一致
人間觀の革命
幸福の爲の對話

昭和14年(1939)
愛の泉 女性讀本
續人間死んでも死なぬ
華文 幸福直指
神經の新醫學
結核諸病の精神治療
華文版 甘露の法雨
花嫁讀本
光明道中記

昭和15年(1940)
戰線消息
慨世血の書
幸福の哲學
法悅の力(共著)
新佛敎の發見
優良兒を作る
超宗敎を建つるまで
おはなし讀本
心靈養活我
運命讀本
天皇信仰と大乘佛敎
無門關の日本的解釋
幸福讀本
禁酒禁煙報國
人生は心で支配せよ
一流の人妻子を作る
美しき生活

昭和16年(1941)
子寶
近視
信の力
天皇絶對論とその影響(編著)
谷口雅春選集
生きる道
繁榮の書
精神分析の話
孔子を現代に生かす

昭和17年(1942)
祖國を祈る(編纂)
人生助言
拜み合ふ心
老子を現代に生かす
靜思集
法話集
孟子日訓
靜思集(満洲版)
新日本の心(満洲版)
人物錬成法(満洲版)

昭和18年(1943)
生命の凝視
養心健體法(満洲版)
伸びる産業の道(満洲版)
大道無門(満洲版)
繁榮の書(満洲版)
伸びる力(満洲版)

昭和19年(1944)
空襲下の光明哲學(満洲版)
戰爭と人生(満洲版)

昭和21年(1946)
世界光明思想全集(共著)
(昭21・6・1~昭26・5・1)
1佛耶光明思想基本篇
2無限供給の黄金律
3攝理による運命の修正
4ハードマン神學の解説
5ハードマンの心理學
6即身成佛の眞理
7光明思想の先驅者
8ディヴァイン・サイエンスの解説(上)
9ディヴァイン・サイエンスの解説(下)
10ハンブリン氏の想念の科學
11接神學による心・靈及び體の研究
12靈智學による豫言と夢の説
13大クヰンビー博士傳
14初期のクリスチヤン・サイエンス
15クヰンビーの傳承とエディ夫人の獨創
16オリヴァー・ロッヂの「人間と宇宙」(上)
17ロッヂの科學と奇蹟論
18神通行者ヨーガナンダ略傳
19瑜伽行者の祈り
20米國光明思想の幽祖エマースン
21エマースンの戀愛論
22エマースンの自己信賴論
23ジェ・ブライアリの宗敎論
24ウェルチの全托信仰論(上)
25ウェルチの全托信仰論(下)
26フィルモアのユニティー無宗派運動
27ウィリアム・ジェームズの哲學(上)
28ウィリアム・ジェームズの哲學(下)
29ジトコーの新世界の宗敎理想
30ジトコーの言語理想と神學
31薔薇十字の輪廻轉生論(前篇)
32薔薇十字の輪廻轉生論(後篇)
33瑜伽のプラナ哲學及びその應用
34チャールズ・フィルモアの聖書の新解釋(上)
35チャールズ・フィルモアの聖書の新解釋(下)
36自己訓練の價値と方法
37不可視の世界に潜む無限の力(上)
38精神分析より祈りへ(下)
39グレン・クラークの半生と其の足跡(上)
40グレン・クラークの半生と其の足跡(下)
運命の原理
養心と健康
光明の生活法
ひかりの語録
樂園奪還

昭和22年(1947)
女の敎養
生命の言葉
悲劇阿闍世王
人生讀本
靜思集

昭和23年(1948)
甘露の法雨
子寶
美しき生活
幸福生活論
人間救ひの原理(共著)
精神分析の話
愛と光との生活
吾が心の王國
天使の言葉
榮える原理
善と福との實現
いのちのゆには
こゝろ我を生かす

昭和24年(1949)
人間性の解剖
叡智の斷片
人生は心で支配せよ
幸福の原理
あなたのお心次第
人間不幸の剿滅法
光明法語
生命の自療法
神癒の原理
メンタル・サイエンスの神癒理論(共著)
眞理による更生
人生苦の解決
日輪めぐる
靑年の書
神癒への道
いのちの正體?
愛は刑よりも強し
祈りの科學

昭和25年(1950)
生長の家修養日録
無限能力を汲む道
日々讀誦三十章經
光明の健康法
續々甘露の法雨

昭和26年(1951)
日々光明思念の語
人間無病の哲學(共著)
エマースンの光明思想(共著)
人間の運命
生命の謎
運命の神祕
人間を作る法
新生の書
神を見るまで
『甘露の法雨』講義
無限供給の鍵(共著)

昭和27年(1952)
希望實現の鍵(編著)
生命に到る道
人間無病の眞理(共著)
戀愛・結婚・母性
健全の眞理
地湧の淨土
信念にて自己内在の無限力を實現せよ(共著)
健全の眞理 生活應用篇(共著)
人生調和の鍵(共著)
生命の神祕
生活讀本
合本聖經
久遠生命の道
幸福生活論(改訂版)
光明生活シリーズ
(昭27・12・20~昭31・4・1)
1愛の實現する世界
2深切と云ふこと
3思ふことが必ず叶ふ法
4西田哲學と谷口哲學
5人相と運命をよくする法
6家庭はかうして天國となる
7憐憫の彼方へ
8神想觀傳授
9愛兒の健康への近道

昭和28年(1953)
聖光録
毎日の修養
生活改善の鍵(編著)
人間死んでも死なぬ
本當の淨土眞宗
優良兒を作る
ひかり物語集
幸福への門(監修)
あなたの愛兒
現實の救ひ
苦難と恐怖の克服法(共著)
イエスは十字架にかからず
神と人との關係(監修)
豊かなる富への鍵(共著)
生活の値打
心と運命
親鸞の本心
限りなく日本を愛す
善い子の童話
善き人生の創造

昭和29年(1954)
女性の理想(共著)
人類への福音(訳)
新敎育の原理
生活と人間の再建
放送人生讀本
眞理
(昭29・9・15~昭33・1・20)
1入門篇
2基礎篇
3初學篇
4靑年篇
5女性篇
6人生篇
7悟入篇
8信仰篇
9生活篇
10實相篇
別冊生死を超える道
新しい結婚

昭和30年(1955)
おはなし讀本
谷口雅春選集
(昭30・2・10~昭33・11・5)
1神癒への道
2幸福の原理
3生命の謎
4心と運命
5健全の眞理
6親鸞の本心
7聖道へ
8人間性の解剖
9人間死んでも死なぬ
10優良兒を作る
11善き人生の創造
12人生は心で支配せよ
13美しき生活
14祈りの科學
15戀愛・結婚・母性
16愛と光との生活
17運命の原理
18靜思集
19限りなく日本を愛す
20善と福との實現
21光明の健康法
22生活と人間の再建
23叡智の斷片
新生活に關する12の意見(共著)
聖使命菩薩讚偈
解放への二つの道

昭和31年(1956)
子供のしつけ(共著)
私はかうして祈る

昭和32年(1957)
靈界の妻は語る(訳)
ふりそそぐ愛の奇蹟
新女性讀本
あなたは自分で治せる
詳説神想觀

昭和33年(1958)
我ら日本人として
愛と女性(編序)
現代に生きる法華經(校訂)
愛と智慧と信仰(共著)
光明叢書
(昭33・10・20~昭34・7・1)
1人類を救う真理
2「無」の門を超えて
3佛説の世界終末と基敎の最後の審判
4柔和なる心は幸いを受ける
5新しい人間觀
6無我の愛に就いて
7放てば生きる不思議のいのち
8生長の家と佛敎
9因果の循環を斷ち切るには
10親孝行に根據があるか
人類の危機に臨んで是非知らねばならぬこと

昭和34年(1959)
民族の運命を決するもの
私はこうして癌が治った
第二靑年の書
靈智醫學と治病(共訳)
憲法について知らねばならぬこと
幸福を招く365章

昭和35年(1960)
菩薩は何を爲すべきか(共著)
日本を築くもの
愛と結婚と人間關係(訳)
“日の丸”か赤旗か?
若人のための78章
声なき声よ手をつなげ
聖使命の實踐
ヨハネ傳講義
戰爭誘發者は誰か
神ひとに語り給ふ
“忠”の倫理的根據について

昭和36年(1961)
をんな生ける意義あり
これが眞相だ
真理は人間を解放する(編著)
女性の幸福365章
祕められたる神示

昭和37年(1962)
愛国心を如何に見るか
幸福はあなたの心で(訳)
到彼岸の神示
日本の危機を救うもの

昭和38年(1963)
人生を前進する
幸福をひらく鍵
無限への前進
天皇制は是か非か(共著)
親鸞の宗敎
生活の智慧365章
新教育の原理(改訂版)

昭和39年(1964)
青年の書(新かな版)
人間とは何か(訳)
無門關解釋

昭和40年(1965)
希望を叶へる365章
法華經解釋(共著)
新選谷口雅春選集
(昭40・10・1~昭43・3・15)
1幸福をひらく鍵
2人間性の解剖
3神癒への道
4祈りの科學
5をんな生ける意義あり
6あなたは自分で治せる
7靈界の妻は語る
8我ら日本人として
9幸福はあなたの心で
10新女性讀本
11叡智の斷片
12靜思集
13美しき生活
14日本を築くもの
15優良兒を作る
16人間死んでも死なぬ
17放送人生讀本
18生命の謎
19幸福生活論
20あなたの愛兒
女の生き甲斐

昭和41年(1966)
繁栄と健康
生命の教育
大日本神国観
能力と健康の開発
人生の鍵シリーズ
(昭41・7・10~昭42・3・10)
1無限供給の鍵
2希望實現の鍵
3人生調和の鍵
4豊かなる富への鍵
5生活改善の鍵
四部経
女の教養(新かな版)
いのちの革命

昭和42年(1967)
愛国心と日本の憲法
奇蹟を生ずる信仰(共訳)
価値ある人生のために
榮える生活365章

昭和43年(1968)
憲法の正しい理解
心の力の秘密(共訳)
『續々甘露の法雨』講義(監修)
古事記と現代の預言
心と癌
人生を見つめて

昭和44年(1969)
神を見出す四つの道(訳)
今日いかに生きるか(訳)
占領憲法下の日本
維摩經解釋

昭和45年(1970)
真理の吟唱
続占領憲法下の日本
詳説神想観(増補新かな版)
新しい結婚(新かな版)
人生の祕訣365章
私はこうして祈る(新かな版)

昭和46年(1971)
占領憲法下の政治批判
女の淨土
生長の家とは如何なるものか
神を審判く
愛国は生と死を超えて

昭和47年(1972)
信仰の科学(共著)
わが憂国の戦い
“諸悪の因”現憲法
聖経版 真理の吟唱
人生読本(新かな版)
顯淨土成佛經
美しき日本の再建
子供と母の本

昭和48年(1973)
人類無罪宣言
『甘露の法雨』講義(新かな版)
神 真理を告げ給う
女は愛の太陽だ
日本の政治と宗教
人間苦の解放宣言
聖使命の實踐(増補改訂版)
ジュニア 希望の祈り
信仰の活人剣

昭和49年(1974)
實相研鑽1(監輯)
聖道へ(増補版)
聖火ハワイ中南米を翔ける(共著)
新選谷口雅春法話集
(昭49・2・25~昭50・12・25)
1親鸞の本心
2戀愛・結婚・母性
3幸福の原理
4健全の真理
5光明道中記
6善と福との実現
7生活と人間の再建
8愛と光との生活
9人生を前進する
10愛は刑よりも強し
別冊1生活応用 健全の真理
別冊2母・妻・娘の本
人生を支配する先祖供養
實相研鑽2(監輯)
美と健康の創造

昭和50年(1975)
實相研鑽3(監輯)
繁栄への道18章(訳)
新世界のビジョン(監輯)
新ファウスト物語
新講『甘露の法雨』解釋
伸びる母と子のシリーズ
(昭50・10・1~昭51・2・1)
1あなたも私も光の子
2伸びよ生命の子
3みんな一つの生命
4運命をひらく鍵
5太陽のように明るく

昭和51年(1976)
谷口雅春童話集
(昭51・3・1~昭52・3・1)
1竜になった魔物の王女
2おしゃかさまの童話
3神さまと竜宮の話
4魔法の鼻物語
5幸福ものはだれ
あなたは無限能力者
心と食物と人相と
信仰と愛行による新生(訳)

昭和52年(1977)
国のいのち 人のいのち
大般涅槃經解釋
天皇陛下を讃える(共著)
飛ベ!! 平和の白鳩(共著)
如意自在の生活365章

昭和53年(1978)
神をわが内に生きる(共訳)
聖なる理想・国家・国民
奇蹟の時は今(訳)
生命の根元を培う新しき教育
祈りの記録帳(監修)
真理は生活にあり
聖経版 真理の吟唱(豪華本)』

昭和54年(1979)
奇蹟の手帳(監修)
類纂 神の真義とその理解
新編 聖光録(監修)
真理入門25章
明窓淨机 草創篇

昭和55年(1980)
明窓淨机 發展篇
私の日本憲法論
明窓淨机 飛躍篇

昭和56年(1981)
奇蹟を生ずる実相哲学(上)
奇蹟を生ずる実相哲学(下)
御守護 神示集
人間そのものの発見とその自覚

昭和57年(1982)
明窓淨机 戰後篇
愛はかくして完成す

昭和58年(1983)
大和の国日本
霊供養入門(世界聖典普及協会刊)
神性開発・完全健康の原理

昭和59年(1984)
明窓淨机 新生篇
聖経版 続真理の吟唱
谷口雅春著作集
(昭59・9・20~昭63・11・22)
1光明法語
2即身成佛の真理
3女性の本質
4實相と現象
5人間無病の原理
6霊性の目覚め
7真佛教の把握
8無限供給の扉を開く
9幸福の哲学
10人生は心で支配せよ
明窓淨机 修練篇

昭和61年(1986)
生命の讃歌
碧巖録解釋
聖経版 続真理の吟唱(豪華本)

昭和62年(1987)
新版 精神分析の話
神癒のための集中講義(世界聖典普及協会刊)

平成元年(1989)
新・人間性の解剖
信仰相談室

平成2年(1990)
日常生活の中の真理 無門関・聖書篇
日常生活の中の真理 仏典篇

平成3年(1991)
唯神実相の世界を説く
幸福生活への招待20章

平成4年(1992)
神と偕に生きる真理365章
劇画 新ファウスト物語
新たに生れるための講話

平成5年(1993)
大聖師御講義『続々甘露の法雨』【谷口雅春大聖師御生誕百年記念出版】
谷口雅春墨滴集【谷口雅春大聖師御生誕百年記念出版】

平成6年(1994)
無限供給の鍵(新かな版)
大型聖経版 真理の吟唱

平成8年(1996)
新版 生活読本
新版 ひかりの語録
新版 栄える生活365章
新版 幸福を招く365章
新版 女性の幸福365章
生長の家創刊号(復刻版)
新版 希望を叶える365章
新版 菩薩は何を為すべきか(共著)
新版 光明の生活法

平成9年(1997)
新版 ヨハネ伝講義
新版 生活の智慧365章
新版 心と運命

平成10年(1998)
新版 女の生き甲斐
新版 心の力の秘密(共訳)

平成11年(1999)
新版 真理
(平11・4・25~平12・4・25)
1入門篇
2基礎篇
3初学篇
4青年篇
5女性篇
6人生篇
7悟入篇
8信仰篇
9生活篇
10実相篇
別冊生死を超える道

平成15年(2003)
白鳩創刊号(復刻版)

平成16年(2004)
新版 詳説神想観
新版 人生を支配する先祖供養
大型聖経版 続真理の吟唱

平成17年(2005)
四部経(ブック型)
新版 心と食物と人相と

平成18年(2006)
新版 叡智の断片
日々読誦三十章経(ブック型)

平成19年(2007)
新版 人間苦の解放宣言
新版 生活と人間の再建
新版 善と福との実現

平成20年(2008)
新版 幸福生活論
新版 光明法語

風評を信じる人々

下記の文章をトキ様が書かれています。
私は内情を知る人間でしたから、辞められた青年局員が一切の言い訳などしないで辞めているわけです、私もその理由をしっているが故にそういう噂には腹立たしい思いがあります。雅春先生を我が思いとして生きていた人が大半でしたからあとから、そのような風評には情けなく思います。
それを流布した人が「百万運動」の同志のなかにもいました。真面目な同志でもそういう人がいたことは事実です。しかし、大半は事実に反することが多く。その反論さえも赦されない状況でした。しかも真摯に取り組んだ人の多くはその反駁さえもできないまま噂だけが一人歩きしました。これは一方的な裁判のようなものです。
青年協議会が乗っ取るような話は別として、青年協議会との話はそれ以外では噂ではよく耳にしました。
私自身、青年局専従でしたから金銭などのからくりは知っていましたから、そんな馬鹿なことを青年会がするわけがない。そんな事まともに受けていたら身体がもたない。

それよりも多くのその当時の同志の多くは「日本政策研究センタ-」や市会議員などで頑張っています。
それらの人には生長の家の組織に裏切られた思いが反対にあるように思います。私も心のどこかにそういうトラウマのような気持ちがあります。
私は白鳩会総裁の谷口純子先生が御講話ごとに百万運動を批判していたことも重々知っています。
私は本人に話ことが出来るならば、ぐうの音も出ない反論ができますが、本人のためにそれは内緒にしておきます。

仮に個人名をあげてもらわなくても想像がつきます。しかしそんな確証がどこにあるのでしょうか?証拠もないのに風評だけが飛び交う生長の家が嫌いである。
だから以前にトキ様が『百万運動』を批判して討論したことがありますが、ほとんどが伝聞でした。
「え!そんなことまともに信じるのか」そんな内容でした。
トキ様曰く「その人は真面目で嘘をつくような人ではない」
まあ、社会を長年経験していると、そんな人間こそ私は距離感を置いてしまう。

針小棒大というが小さいことを大きく言うのは楽しいかもしれないが、風評もいつのまにか眞實になってしまうのが怖い。「火のない所に煙は立たぬ」と反論されるかもしれないが、果たしてそうであろうか。風評被害が反対に毒牙にいつのまにか蝕まれてかもしれません。

もし、教団内部の参議や理事など自分自身が悪い噂が立っていることも知らないで、まるで鏡写しのように発言している怖さをしらなければなりません。
教えていただきましたトキ様に感謝致します。ただし病気かも(笑)


それをakiちゃん1952様のご文章に関連して
 (98)




日時:2016年01月28日 (木) 14時38分
名前:トキ


 山ちゃん1952様が、以下の文章を書かれています。
詳細は、以下をごらんください。

http://tecnopla1011.blog.jp/archives/53530238.html

 最初に断っておきますが、私は、「真の日本国実相顕現を目指す青年」様のご意見に賛成するものではありません。

また、「真の日本国実相顕現を目指す青年」様と「山ちゃん1952」様のどちらが正しいか、ということも言及するつもりもありません。

 しかし、私が認識する限りでは、「真の日本国実相顕現を目指す青年」様が書かれた文章の内容は、現在の教団指導部の認識とほぼ同じだと思います。

 私個人は末端の平信徒ですから、教団の参議や理事と話す機会はありません。しかし、周囲にいる教団の幹部が本部の理事や参議と話をする内容を伝え聞くと、「真の日本国実相顕現を目指す青年」様があそこで書かれているのとほとんど同じ様な話をしています。

 特定の個人の実名を挙げて、教団の乗っ取りを図った、というものです。

 以下は完全な推測ですから、間違いがあったらご指摘をお願いしたいのですが、「真の日本国実相顕現を目指す青年」様が書かれた文章の内容は彼独自の見解というよりも、彼が教団の関係者から聞いた話を敷衍して書いたと推測したほうが納得できると感じます。(一部の本部講師が日本教文社に要請して、絶版にならなかった本もあります。)というのは、実は正確さをやや欠いていますが、現在の青年会諸君にはわからない話だからです。

 この点について、さらに、いくつかの推測はできますが、今の段階では省略します。

 「したらば」の板に書いてもよかったのですが、この板への投稿へのコメントですから、こちらに書きました。

知らないことを書くな

真の日本国実相顕現を目指す青年

○昭和60年…青年局(青年会中央部)解体真の日本国実相顕現を目指す青年

※「生長の家学生会全国総連合」や「生長の家高校生連盟」は、規約改正により、名前の上では存続していますが、全国組織としては解体されました。一方で、青年会の活動家や職員に、「日本青年協議会」での活動を活発化させる人が続出します。

※日本青年協議会系の幹部は、「講習会の削減」と「青年会の弱体化」を目指して雅宣先生を牽制します。結果、日本青年協議会が「生長の家の実質的な青年部」という状態になり、青年会が乗っ取られる寸前まで行きます。


いやはやこんな嘘をよく書けるものである。
例えば大阪では当時日本青年協議会の代表はYさんでしたが、青年会の出身より生学連から参加するメンバ-がいましたが、少ないのが実情です。青年会が乗っ取られるなんて私も当時一線で活動していましたが、初めて聞く内容です。
笑止千万とはこのことです。
また、平成26年8月17日にメルパルク京都で『理想世界100万運動』で頑張った有志が集まりましたが「日本青年協議会」に会員として入会している人は皆無である。その時約200名が集った。

本当にこんなことが平気で書けるものかと唖然である。当時一線で活動していた私も驚きです。

○平成元年…「両軸体制」のスタート

○平成2年…谷口雅宣先生が副総裁に就任

○平成4年…谷口雅春先生既刊書重版停止
     (「内容上の理由」32点…事実上の絶版)

※いわゆる「愛国教典」を、事実上の絶版処分としました。当時の雅春先生の御文章には、ベトナム戦争を擁護したり、相対性理論でその存在が否定されたエーテルの存在を前提とした文章を書かれるなど、現在からみると不適切と思われる部分があるからであって、すべての「愛国教典」が絶版となったわけではありません。(一部の本部講師が日本教文社に要請して、絶版にならなかった本もあります。)

愛国教典という言葉も初めて聞きます。「愛国聖典」と記入すべきでしょう。
エ-テルについて以前に調べたことがあるのですが、超物理学である特殊相対性理論も完全にエ-テル体を否定するまでには至っていません。
それを全面に掲げている宗教もあります。もう少し特殊相対性理論とエ-テル体について調べてから記入されたほうがいい。インタ-ネットでいくらでも調べることが可能ですので、否定されたのはどういう理論なのか、またアインシュタイ自身が

アインシュタインは「エーテル」を物質を表す言葉とせず、真空であっても空間には重力場電磁場が存在することから、こうした空間を「エーテル」と呼ぶことを提唱した。

だからアインシュタインも真っ向から否定するのではなくそうしたわからない現象のような空間を「エ-テル」と呼ぶことを提唱しています。


○平成5年…「国際平和信仰運動」を提唱

○平成7年…「国際平和信仰運動」のシンボルマークとして
      “鳩葉っぱ”のマークが制定

※「聖旗」の“光輪卍十字架”のマークが「ナチス」を連想させるという名の下に、これが制定されました。

※私も生長の家のマークが鈎十字に見える、という指摘を何度か受けました。止むを得ない処置だったと思います。

いやはやと言う言葉が適宜であろう。
光輪卍という吉祥の印である。
日本では神社や家紋などに沢山見受けられます。
だからといって「ナチス」を連想させるなんて、知恵がない言葉です。国土地理院の地図を見たことがない人なんでしょうね。京都ならば卍だらけです。それを「ナチス」を連想させるなんて初めて聞きました。
古くは奈良時代からこの紋章はあります。法隆寺にもこの紋章はあります。平安後期には家紋としても登場します。
ナチスがこの徽章を国旗としたのは1935年です。日時は9月14日です。
生長の家はこの図案が正式となるのは昭和10年2月1日です。年代は全く同じですが、生長の家が先に正式な図案として発表しています。

また、この青年は寺院を表す地図記号は卍であることを知らない人でしょう。

生長の家は『吉祥万字』といい、「陽主陰従」「左進右退」の法則に合致した卐です。
ヒットラ-のナチスの徽章(45度に曲がった鎌十字)とは全く異なります。

また青森県弘前市は卍紋を市章としています。
浅はかな考えだから青年はこの程度しか書く事が出来ない。その他も反論しても当方は嫌になる、そうした類であることは皆様の広い見識でわかります。

「ナチス」を連想させるとは甚だ失礼極まりのない言葉です。右万字を家紋としている家系にも失礼です。

頑張れトキ様

トキ様から厚いラブレターを受け取りました。
光栄です。
しかし、何を言っているかわからない?


1507トキ ◆UMw6UoGELo :2016/01/21(木) 19:48:32 ID:k6d/B0Co
>>1501

 お返事が遅れてすみませんでした。「山ちゃん1952」様へお答えします。

 「山ちゃん1952」様は最近、トキの意見に同意する文章を書かれたので、病気にでもなられたのかと
心配をしていましたが、今回、トキを批判する文章を書かれたので、安心をしています。しかし、以前の
ような元気が見られないので、次回からはもっと過激な攻撃を期待しています。ともあれ、久しぶりに
攻撃を受けたので、大いに喜んでいます。ありがとうございました。まあ、そのわからないのが最大の褒め言葉かもしれませんね、感謝致します。

頑張ってください。
私はトキ様を尊敬していますので、病気なんでしょう。

休日の時間を何をしようが個人的には自由です。歩こうが走ろうが野球しようが自由です。それを
攻撃するのは素晴らしい。そんなことやっている暇があれば光明化せよと言いたいのだろう。
その通りですね。

そうですね、日夜光明化に励んでるトキ様はこうすべきとおしゃられたのは光栄です。がんばります。
「決してトキ様を恨んでいるわけではありません」「だけど私はトキ様の考えを支持するわけではありません」

総裁には天皇信仰はない。

「日本の皇室でも、韓国から招いた時期もある」

この発言をしても発言自体間違いであり、何とも思わないが、その発言が天皇信仰として教義に宣布している「生長の家」総裁の発言となれば、大いに糾弾しなければならない。

こうした発言が出た所以は

平成131218日 宮殿 石橋の間でのご発言であります。

 

世界的なイベントであるサッカーのワールドカップが来年,日本と韓国の共同開催で行われます。開催が近づくにつれ,両国の市民レベルの交流も活発化していますが,歴史的,地理的にも近い国である韓国に対し,陛下が持っておられる関心,思いなどをお聞かせください。


天皇陛下

日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があったことは,日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や,招へいされた人々によって,様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります。こうした文化や技術が,日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは,幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に,大きく寄与したことと思っています。私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。

しかし,残念なことに,韓国との交流は,このような交流ばかりではありませんでした。このことを,私どもは忘れてはならないと思います。

ワールドカップを控え,両国民の交流が盛んになってきていますが,それが良い方向に向かうためには,両国の人々が,それぞれの国が歩んできた道を,個々の出来事において正確に知ることに努め,個人個人として,互いの立場を理解していくことが大切と考えます。ワールドカップが両国民の協力により滞りなく行われ,このことを通して,両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております。



高野新笠とは(Wikipediaより抜粋)
『続日本紀』(『日本書紀』ではありません)によれば,桓武天皇の生母は渡来系氏族である和(やまと)氏の出身の高野新笠(たかののにいがさ)だとされています。

新笠は百済の武寧王の子孫ということですが,桓武天皇の時代(8世紀末~9世紀初)には百済はとっくの昔に滅亡(660年)していますから,日本の天皇家と朝鮮の王家がどうのこうのというのは,時代錯誤です。

高野 新笠(たかの の にいがさ、720頃生 - 延暦812月287901月21))は、光仁天皇宮人、後に夫人桓武天皇早良親王能登内親王の生母。桓武天皇の即位後、皇太夫人。薨去後に贈皇太后、贈太皇太后。諡号は天高知日之姫尊。

父は和乙継、母は土師真妹。父方の和氏百済武寧王の子孫を称する渡来系氏族で、もとの氏姓は和(やまとのふひと)。高野朝臣(たかののあそみ)という氏姓は、光仁天皇の即位後に賜姓されたもの。

生涯

天智天皇の孫にあたる白壁王の宮人となり、天平5年(733年)に能登女王、天平9年(737年)に山部王(後の桓武天皇)天平勝宝2年(750年)頃に早良王を生んだ。

白壁王は、天平16年(744年)以後に、聖武天皇の皇女で称徳天皇の異母妹にあたる井上内親王を正妃に迎えた。そして宝亀元年(770年)に称徳天皇が崩御して天武系の皇統が断絶すると、白壁王は62歳にして天皇に擁立され光仁天皇となった。光仁天皇の皇后に井上内親王、皇太子にはその子の他戸親王が立てられたが、これは皇統の継続性と井上内親王の出自から見て順当のことだった。

身分の低い新笠の生んだ皇子たちには、皇位継承の芽はないかに見えた。しかし、宝亀3年(772年)3月に井上皇后は呪詛による大逆を図ったという罪で皇后を廃され、他戸親王も同年5月皇太子を廃されて、翌宝亀410月には母子ともに庶人に落とされ大和国の没官の邸に幽閉された。その2年後宝亀6年(775年)427日に井上内親王と他戸親王は幽閉先で相次いで死去した[1]。この廃后・廃太子劇は、藤原百川藤原式家による陰謀であったと考えられている。この間の宝亀4年(773年)12日に新笠が生んだ山部親王が立太子し、藤原式家から乙牟漏を妃に迎えて、宝亀5年に王子(のちの平城天皇)が生まれている。

新笠は宝亀9年(778129日、従四位下から従三位となった。この頃までに高野朝臣の氏姓を賜り、夫人となった。しかし、皇太子の母であっても身分の低さから皇后に立てられることはなかった。また、藤原式家の藤原永手の娘で所生の皇子女のない藤原曹司が、新笠に先んじて同じ従三位・夫人の位にあった[3]

山部親王が光仁天皇の跡を継いで桓武天皇となると、天応元年(781415日、新笠は即位とともに皇太夫人と称された。同年427日、新笠は正三位に昇叙された[5]。また桓武天皇の皇太子には、同母弟・早良親王が立てられた。しかし早良親王は延暦4年(785年)に藤原種継事件に連座して淡路へ流されることになり、自ら命を絶った。天皇家周辺に陰謀と暗殺が渦巻いた時代だった。

延暦8年に薨去。当時桓武天皇の皇后藤原乙牟漏・夫人藤原旅子らが相次いで没しており、続く天皇生母の死も早良親王の怨霊によるものと噂された。薨去後に皇太后を、さらに延暦25年(806年)には太皇太后を追贈された。墓は京都市西京区の高野新笠大枝陵(宮内庁管理)。

 

新笠出自と子孫

父の和乙継は、百済渡来人氏族の和氏(かばね)は)であるが、生前の位階・官職は不明。光仁天皇即位後に高野朝臣と改姓した。母の土師真妹は、土師氏(姓(かばね)は宿禰)であり、桓武天皇即位後に大枝朝臣と改姓した。延暦8年までに父母ともに死去しており、ともに正一位追贈されている。

続日本紀延暦81228日条に、

「皇太后姓は和氏、諱は新笠、贈正一位乙継の女(むすめ)なり。母は贈正一位大枝朝臣真妹なり。后の先は百済武寧王の子純陁太子より出ず。皇太后曰く、其れ百済の遠祖都慕王は河伯の女日精に感じて生めるところなり、皇太后は即ち其の後なり。」

とあって、和氏が武寧王の子孫であることが記されている。日本書紀によれば継体天皇7年(西暦513年)「百済太子淳陀薨」とあり、純陁と淳陀が同一人物ではないかと考える学者も存在する。ただし、朝鮮側の資料には武寧王の子として純陁、もしくは淳陀に比定できる人物が存在していない。このことから和氏が武寧王の子孫であるかどうか学術的に少なからず疑義が持たれている。

 

また、純陁太子の没年と高野新笠の推定生年(720年頃)には約200年の開きがあり、和氏が百済系渡来人としても百済王氏のような新来の渡来人ではなく、相当な古来で日本化した帰化氏族だといえる。和乙継の牧野墓は奈良県広陵町にあるバクヤ塚が推定されているが、これは馬見古墳群に属する「古墳」であって築造年代が異なる。

高野近傍には土師氏の根拠地である菅原伏見、また秋篠がある。ここには菅原寺、秋篠寺などが営まれ、また長岡が大枝におかれたことからみても、母方の土師(大枝)氏一族は重んじられた。一族は大江朝臣菅原朝臣秋篠朝臣などを賜姓され、貴族として以後長く活躍した。一方、高野朝臣と改姓した父方和氏一族のその後は、ほとんど知られていない。

高野新笠の子である桓武天皇の子孫は現天皇家や皇族に繋がっているだけでなく、臣籍降下して源氏平家の武家統領などになった子孫もおり、高野新笠の血筋は繁栄した。平成13年(2001)、今上天皇は続日本紀に高野新笠が百済王族の遠縁と記されていることについて述べ、いわゆる「韓国とのゆかり」発言をおこなった。

住宅地

「高野」の字(あざな)は、こんにちの奈良市高の原に比定される。神功陵古墳の裏手にあたり、現在では新興住宅地であるが、『万葉集』では鹿の音もわびしい山野と詠まれ、孝謙・称徳天皇の陵がおかれたばかりであって、その当時は本貫地・居住地としての賑やかさの実体はまったく窺えない。

私は上記のアンダ-ラインで示した百済系渡来人として200年の年月が経っており古来では帰化人といえども日本人化していると言わなければならない。

それを天皇陛下の祖先は韓国系であるというのは間違いです。

 

亀の子様が指摘するように

いずれにしても、一般の人でも公けの場では「ご皇室」と言うが、生長の家の総裁が単に「皇室」と言い、しかも朝鮮半島ではなく「韓国から招いた」などと事実誤認を言う自体恥ずべきことである。

 

確かに総裁として恥ずべき発言ですが、そのまま間違いを掲載するのもおかしい。

「コトバは神なりき」雅春先生が古事記を言霊により解釈し、その語源を説かれていますが、それと真逆な発言に総裁の本心が垣間見るような言葉になっています。

 

総裁には天皇陛下に対しての尊厳もない、畏れ多い気持ちというものもない。有難いという気持ちもこの発言から生まれてこない。

去年の末に奈良県のご講習会での前日に橿原神宮前駅の近くのホテルで夕方の散歩でその近くに有る「孝元天皇陵」に夫婦で行っても何の感慨深くなる発言もない。

期待はしていないがもう少し日本人らしいものが反対に無いのが私には複雑な気持ちにさせる。

 

総裁には天皇信仰というものがない。それは今までのご文章をみてはっきりと言えます。そんな生長の家は似非生長の家です。畏怖の天皇陛下として受け止めていく真摯な姿勢というものがなければ、崇め敬う気持ちなど出てくるわけがない。

夢想の思考

ヒルクライムとフェスタの感想 (85)
日時:2016年01月18日 (月) 19時55分
名前:トキ 
 本部で行われたヒルクライムやフェスタなどについて、多数の教区の役員たちが話し合いをする場に居合わせました。ほぼ全員が否定的なものでした。普通の社会常識を持った人から見たら、それは当然だと思います。最近、東京第一教区に続いて、f教区の五者の一人が辞任したと聞きましたが、この行事と無関係ではないと思います。  こうなると、谷口雅宣先生のご指導が明らかに教勢を衰退させているとしか言えなくなります。そこに教えとの齟齬を感じる人もいると思います。  最近、複数の講師が言いだしているのは、谷口雅宣先生は、現在の生長の家を潰すという使命を受けているのだ、ということです。谷口雅春先生、谷口清超先生という偉大な先達や信徒の努力で教団はここまで大きくなりました。財務内容も改善されました。それは良かったのですが、大きくなりすぎて、官僚化や形骸化も進行し、本来の生長の家の信仰の姿から逸脱した内容になってしまったとも言えました。
  私の演者の「一白鳩会員」が、団体参拝練成会で、谷口雅春先生のご意向が通らないことを話しておられたことを聞いたことが何度かあったそうです。現在、教団内で絶大な影響力を持つ某氏は、かって聖使命会員の増加率が抜群で評価をされたそうですが、その当時を知る人に事情を尋ねると、聖使命会員の方が亡くなったので死亡届けを出しに行ったら、受け取ってもらえなかったと言います。形の上での数字を維持するためです。これはインチキに等しいものだと思います。すでに谷口雅宣先生が副総裁になられる前から、こういうことが始まっていたのは残念です。
  このような組織が存続しても、谷口雅春先生の教えが正当に継承されたとは言えません。そこで、生長の家の大神が、谷口雅宣先生を遣わして現象の生長の家教団を一度滅ぼして、その上で、新しい、正しい姿の運動を再編成するのだ、というものです。  さすがに、私はここまでの考え方には賛成はできません。しかし、無視もできません。

  過去の運動にも反省をすべき点があったのは私も感じます。また、今後、このまま行けば、教団は確実に衰退します。その時に、信徒はどうすべきか、ということを考えると、やはり、一人一人が、法律と信仰が許す範囲で、教団とは関係なく、伝道と救済をすることになると思います。  今後の掲示板での議論は、教団や総裁についての議論も否定しませんが、新しい運動をどうすべきか、個人としては何ができるか、という点を考えるべきだと思います。



破邪顕正さんが言っておられたように「べき」論である。それで何もしないのが「トキ」様である。さてここで疑問なのは「新しい運動」とは何であろうか?それとも最後の言葉は前に書いている「伝道と救済をすることになる」ではないでしょうか。 たぶん頭のいい「トキ」様はちゃんと知っていて掲示板で試している様に思う。私はよく言い訳ということばがありますがトキ様は最後の締めとして
「私は現在の本流復活派の考えを支持するものではないです」
なんやかんやと言いながらちゃんと「こういう」どっちつかずの言葉が締めである。
「べき」といいながら「どっちつかず」このように書かないと100点が貰えないような文章である。

  トキ様の文章は結論がない文章にどうしてもなるのです。個人で活動するには辞めなければ出来ないことが沢山ある。そうした規約だらけで運動を再編成なんて出来るわけがない。
 そうしてフワフワした空想が好きな人には受けるのかもしれないが、現実路線で考えると夢想である。出来ないことをこのような掲示板に書くのは虚しさだけであることをどうして気がつかないのであろうか。それとも気がついていながら「書いている」のかもしれない。

現在の「生長の家」は地域においては壊滅状態であるところが多くなってきている。私の地域でも相愛会は8箇所あったが、いまやゼロである。壊滅してしまった。
 青年会は7年前に壊滅した。
白鳩は頑張っているが将来性はない。「生長の家」を辞める人が益々増大する。
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