則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2015年02月

讀んで戴ければ幸甚です。

和解という言葉に責任がともなう。

70トキ ◆AXzLMGIbhk:2015/02/16(月) 21:56:59 ID:42g1HBFM
>>68

志恩様、山ちゃん1952様のブログを紹介してくださり、ありがとうございました。

 実は、私は、てっきり、山ちゃん1952様も、「和解念仏教」になられたと思っていた
ので、驚きました。この「和解念仏教」の教祖様は、谷口雅春先生ですから、私が勝手
に辞める訳にはいかないので、ご了承ください。

 ところで、この山ちゃんの御文章は、和解について、考えるべき課題を与えてくださった
と思います。

 山ちゃん様はそういう体験はないかもしれませんが、青年会の頃にはソリが合わないという
か、仲の悪かった人と後年偶然に付き合いだして、大親友になった、という体験はよくあり
ます。戦争に行った人なら、教育機関にいる間は犬猿の仲だったが、前線の部隊で一緒に
戦っている中で、無二の戦友となった、という話を聞いた事があります。

 これは、相手が成長をするとともに、自分も視野が広まったという事が言えるかと思い
ます。

 私個人は現在の谷口雅宣先生の組織指導も信仰指導も合格点を差し上げるつもりは
ありません。ただ、今の彼は権力病という病気にかかり、おかしくはなっていますが、
もともとは悪い人でもないし、頭の悪い人でもないと思っています。また、取り巻きも
イエスマン、茶坊主が大半で、直言をする人を遠ざけるという愚をおかし、結果とし
て、教団を滅亡へと導いていますが、心底から彼の事を心配している人は今でも存在し
ます。今の彼は、権力もあるし、人事権もあるし、お金ももっているので、まだ、何とか
反対意見は抑えています。しかし、徳がないし、その上、総本山のご祭神を変えるという
致命的なミスをしたので、残念ですが、お気の毒な結果になると思っています。

71トキ ◆AXzLMGIbhk :2015/02/16(月) 22:02:05 ID:42g1HBFM
 これは田中角栄の秘書だった方が書いていましたが、田中角栄が権力を握っている
時は、媚びへつらう人ばかりが集まってきた。ところが、田中角栄が逮捕されると、
そういう人たちは手のひらを返すように冷たくなり、近寄りもしなくなったと言います。

 逆に本当に田中角栄を心配している人たちは、彼が権力を握っている時には
距離を置き、彼が逮捕されて困っていると、手を差し伸べたとも言います。

 権力を握っている人に媚びへつらう事は和解ではないですが、同時に権力を
失ったからと行って、態度を変えるのもよくないと思います。

 人間としてどうあるべきかを考えるのが宿題ではないかとも勝手に考えています。

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「和解念仏教」に入信したいんだけど、たぶんトキ様に断れるのだと思っています。
修行が足りないことも薄々わかっています。
でもあれほど和解と言っていたのだから、何らかの責任も伴うのではないかなと思っています。
生長の家では一切は我が責任ともいいますが、これほど重大なことをいとも簡単に言う人がいますが、その心づもりもないのに言うべきではないと私は教えられました。

それなら「自分の責任として対処できますか?」と言われました。
私のように責任の取れない人間が簡単に和解や一切の責任を担うようなことは出来ません。
トキ様のようにそんな重責のある職を付いている人間ではないからです。

ただ、トキさんは文脈では「和解念仏教」から脱退したのかと思いました。

それと総裁の致命的な失敗という言葉はその通りです。御祭神を変えることの軽いこと、本当に生長の家は他宗では疎んられるようなことを行ったと思います。
それと今回の言葉で和解というのはありえないという言葉をトキさん吐いたような気がします。ここでの意向ではっきりしたと思います。(田中角榮の引用から考えて)

引くに引けないのはよくわかりますので、そこは理解しますので、まあ頑張って下さい。

応援します。
72志恩:2015/02/17(火) 11:26:23 ID:.QY5jUA6
70:71:
トキ様

トキ様、コメントを ありがとうございます。

山ちゃん様がトキ様宛に,また、なにか、コメントを書かれるかな~っと思いましたので、
私は、しんとして おとなしくして、待機いたしておりましたが….まだ…なにも....なんですね。

といいますか、もうね、トキ様は、呆れられちゃったんじゃないでしょうか、山ちゃん様に。
だって、
トキ様は、最近和解念仏教の「和解念仏」を 掲示版では、唱えておられませんでしたもの。

あんだけ、「ワカイ、ワカイ、  ワカイ、ワカイ・・・」と、ワカイ!!を、主張され続けて来られた
トキさまが、最近、めっきり、無口になっておいででしたからね。

ほとんどの方々が、さすが和解念仏和尚の トキ様でも、年取ったか!
和解念仏和尚の名を返上されたか!

だろうな。

ワカイは、待っていても ないだろうし、
時間のむだだったと、やっと、トキ様も、気づかれたか!と内心、思っておられたと思います。

だのに、だのに、トキ様は、てっきり山ちゃん様も、ご自分とおなじく「和解念仏教」に入信されたと
思い込んでおられたとは。

山ちゃん1952様は、トキ様のそのコメントに、唖然とされて、ことばを失っておられるのではないでしょうか。

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志恩さんの屈託のない言葉に何も書け ない状況です。
ただ志恩さん。

トキさんのような著名な人物は和解できないとわかっているのですが立場上出来ないのです。空念仏と終わってもいい、「和解」と唱えれば極楽浄土の世界に導けるということを知っている。
ただ、虚しいが「和解」できないことも知っているのです。
私は現象世界にどっぷりと浸かっている人間には残念ながら難しい。
難しいのをトキさんの変な男の意地に妙妙極楽世界にさせるトキさんだったら出来るのではとも思っています。

最近はトキさんから和解という言葉が出ないのは寂しい。

開化天皇陵と率川神社

奈良へ行くと出来る限り参拝しているのが開化天皇陵であります。
左翼では欠史8代の最後の天皇とか言っていますが、古代のことですから証明など難しいことは昔からの伝承や話を信じるのが古代を学ぶには大切なことなんです。

それは近代の科学を優先するとはある面必要ですが、そんなこと言えば江戸時代を過ぎた頃には勝手に家系図を売買されていましたので私は徳川家の出身だという人でもそうですが、そんなこと家系図では余程でない限り証明できないことが多い。
私の親戚でも菅原道真に行き着く家系図も持っておられる家がありますが、失礼ながら眉唾ものですが、それでも信じることが大切であると思っています。
そんなことですが、だからなかなか証明できないことは信じることなんです。
私も奈良ではほとんどの陵墓に行きましたが、信じることの大切さを身にしみています。

それと開化天皇の宮都である率川神社には開化天皇の宮都後という石碑はありません。しかしここを春日率川宮であることは間違いありません。
そんな石碑を建てたくない宮司の意思であろうか?そうであるならば情けない。DSC_0142
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テレビの影響

DSC_0132
今日は奈良市内に行ってきた。
いつものように奈良商店街を歩いていると、知っている名前がある。
それは「魚万」である。それは実はテレビ番組で初めて知ったのです。本当に失礼ながら意外と知らなかったのです。
「読売テレビ」(日本テレビ)で放送していた「月曜から夜ふかし」(2月2日放映)で取り上げている店がこの「魚万」である。それを見て知ったのです。

奈良においては老舗の店である。とりわけ「さつまあげ」が有名みたいだが、本店には何十回と通っているが、混雑しているというのはいままで失礼ながら無かった。


日本テレビ「月曜から夜ふかし」に魚万のさつま揚げが紹介されました!

それが今日通って見ると店の中の賑わいはすごい。
今までの静けさはなんであったのであろうか?

あのマツコ・デラックスさんが美味しいといえばこれほどの反響があるのです。
あの奈良で有名な猿沢池の近くで餅つきで有名な西谷屋の横の商店街が餅飯殿(もちいど)の商店街です。
そこから50m位南へ行ったところにあります。

こうしたマスコミやインタ-ネットの普及で噂というのはあっと広がります。それはこのようにして商売繁盛であれば申し分ないのですが、よからぬ噂などは御免蒙りたいものです。

食しての感想ですが少し油が強いので(玉ねぎ天)それは少し嫌気をさすが、それ以外は大変美味しかったです。

安政年間と平成の時代

安政以前
安政年間
安政以後

安政といえば安政の大獄であるが安政という時代は日本人にとり忘れられない時代でもある。
それは安政年間で日本列島は地震が頻発したからである。
これと相俟って日米通商条約であろう。ペリ-浦賀港に蒸気船でやってきたことは有名であるが
ペリ-来航が最初ではない

ペリー来航以前

アメリカ関係のみ記述してもこれだけの前史がある。

寛政の三奇人の林子平は『海国兵談』などは先見の書であるが、当時の幕府は寛政改革と称して没収してしまうのである。
林子平の有名な
「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」

蟄居されて嘆いた歌でもあるが、時代を先見した眼力は後程に幕府の海防として役にたっている。

安政年間での憂患は正に板挟みの状態である。時代というのは単に安政大獄ということではなくそれには何らかな根拠がある。それは自分にとり不都合だと思ったら、発禁してしまうということです。
それを見せないことにより、秘密が保持されると思ったからです。
林子平はその版木をもう一つ作っており、それが世に出ることとなったのであります。

幕府の当時の状況は発禁ということで何事も対処していたようです。
初期は
キリスト教や幕政批判、江戸幕府並びに徳川氏の事績に関するものが発禁の対象だったが、寛政の改革では風俗を乱すものや贅沢な出版物も対象となった。版木を没収されたものでは『海国兵談』、山東京伝の『仕懸文庫』、恋川春町の『金々先生栄華夢』などが有名である。天保の改革では、為永春水柳亭種彦らの人情本や好色本などが版木没収に遭った。

こうした江戸時代のような幕府の行う、改革は理解できるが、今の世で発禁している人物がいるというのは驚く、平成というのは地震が頻発している、江戸時代の安政年間と同じように中国が日本近海や領海侵犯を繰り返している、そして地震の頻発である。何か予見しているように思うのは私一人ではないであろう。

雑感

最近はトキさんも和解念仏教を辞めたのかと思っている。
もしそれが本当ならばそれが正解であろう、いくら和解を勧めても相手側(雅宣総裁)は自分がおかしいというようなことを気づいてもいないし、仮に気づいていたとしてもサラサラそういうものに同調するわけがない。

生長の家の教えを自分の都合で紆余曲折はするが、自分の命令するものには拒否をする。わがままといえばそうだが、淡い期待をするのも時間の無駄である。

どうして「生長の家」の論理が通用しないのか?それは自分が正しいと思っているからである。間違いしているなどとは当然思っていない。
弟の貴康さんもそのように思っていることが本人のブログで書いていたことを思い出す。兄弟でもどうしようもない、お母さんである「恵美子先生」もどうしょうもなく、雅宣総裁をみている。

そういう人物が宗教での長として君臨しているのであるから、おかしいことになるのは当然である。
宗教上犯してはならない「祭神」を変更するなど平気なのである。
その関連づけを「ムスビ」というから笑ってしまう。タカミムスビとカミムスビを付け加える論理などあまりにも幼稚で呆れる。
何故幼稚かというと、本人がムスビが出来ていないのに「他人」に強要するなど普通は恥ずかしくて出来ない。
そうした恥ずかしいことなど「日本の文化」である「恥の文化」というのを普通は日本人ならば持ち合わせているが雅宣総裁はそういうのはないのであろう。

仮にあったとしても、自分の「欲」や「我」が上回っているのであろう。

それならば、何故信徒は気がつかないのであろうと思うが、それは「自分は生長の家」で救われた。だがそれを辞めてまで反発する勇気を持ち合わせていない。
大衆のなかで自分ひとりがそのなかで唯々諾々と従うのが「大変楽なこと」なんです。敢えて反発する必要もないからそうした「和」を強調するのです。

日本は「和」の文化です。それが間違ったことで「和」が考えられるのが、こうした間違った論理でも従ってしまうのです。あのオウム教がそうであったようにその中に安住すると楽なんです。

また「中心帰一」という相手を君臨させるのには都合のいい言葉がありました。それを間違って使っているのが雅宣総裁であります。
雅春先生が存命中はそういうい言葉を敢えて使うようなことをされませんでした『菩薩は何を為すべきか』書いてあるじゃないかと言われるが、これも以前に書いたのでここでは書きませんが、弟子が作製したのを雅春先生が承認したというような経緯があります。

発刊された時代からみるとやむ得なかったと私は思います。
それはもう一つ悪いことに生長の家の歴史を封殺しているから、雅宣総裁から言われると従ってしまうのです。
だが「歴史を封殺」することは自ずから「生長の家」を崩壊させることに繋がることを知らないから、そういうことが出来るのである。

私も自分の先祖のことを調べることにより、その家系の図式が見えてきました。母親から聞かされた言葉が家系図には出てこない。それが不思議だったのです。
それは母親の家系と父親の家系が遠い親戚であるということです。じかし家系図にはそうした系図になっていない。

私の先祖はわかる範囲では文久年間です。菊蔵という人がいますが、それが父親から3代前に遡ります。その人の妹が母親の親戚であった人と結婚したのです。「まつ」という名前なんですが、それも役場で偶然に見つけた戸籍が証明してくれたのであります。
少し詳しく書きます。
母親の戸籍は兵庫県の太子町という役場と父親の先祖である奈良県の斑鳩町という役場とで調べたのですが、円尾家というのがありまして、そこに嫁いだのが「まつ」さんです。
それがわからなくて不思議だったのであります。
その「まつ」さんが住所が「奈良県平群郡池田村というところから明治18年12月7日に嫁いだのであります。
それがどこかというと兵庫県揖東郡という所が現在の揖保郡太田という所なんです。

しかし、奈良県平群郡池田村というのは現在の奈良県安堵町ということまでわかっています、どこのお寺が家系図の詳細を知っているのかわかりません。
ただ先祖から繋がっているのが宗教なんです。融通念仏教というお寺は何箇所かあるのですが、その何処かが
私の家系をわかっているのですが、残念ながら現在の状況はそこまでです。


ここで最初に話を戻しますと、そうしたル-ツを知られたくない人がいるとしますと、そういう人はそうした戸籍を抹消します。つまり「谷口雅春」先生を知られたくないならば、そのル-ツである「年史」や「著作」を絶版にすればいいのです。年月を経てばいずれは、自分の思いのままにその集団を動かせるのであります。

とりわけ日本人はいくらおかしいな状況であっても「それをいえない」のであります。
例えば「東日本大震災」で原子力発電が破壊されました。それからというのが原子力による発電が言いにくいのであります。
勇気を出していう人は極めて少人数となってしまうのです。
それまで石油による発電というのはCO2を大気圏に影響を与えて温暖化の極めて要因になる。このままでは地球が滅びると言っていた人が原子力反対となるのです。
現在の発電の多くは石油、液化LNG、石炭と水力発電です。多くは温暖化に影響のある発電です。

そこなんです、事故などが発生すると人の気持ちなどコロッと変わるんです。自分だけが反対するのは勇気がいるのです。それが一番楽なのです。

そうした「楽」や「和」を考えて、反対することや「おかしい」と思うことを封殺していくのであります。
ただ、「昔はよかった」とかでなんとか反論する人は少しはそのおかしさに気がついているはずです。

それと現在は『生命の實相』が欠落してしまっている時期なんであるということを、気がつかなければいけない。
私の学ぶ会の不信感にはそうした版権を持ちながら発行しない所に大きな要因があります。

前に言いましたが、現在の『新編 生命の實相』を呉呉も『頭注版 生命の實相』を踏襲すればそれに対処することも容易であるし、資金面でも大きく違うのである。

それに対処した人物の我が強かったので、最後まで問題として残るのであります。現在13巻ですが65巻までどれほど時間がかかるのか、たぶん早くても10年後(年間5巻発刊)であることは自覚しなければいけない。
雅春先生を悩ましているのは雅宣総裁だけではない。

約22km走りました。

今日は山道ではなくアスファルトの道を走った。それもゆっくりと走るようにした。
もちろん、右脚に負担をかけない、とりわけ右膝に大きな重力をかけないようにした。
自宅から関西大学を通り抜け、五月が丘と吹田総合運動場に沿って走り、南千里と七尾の道を右にとり、「イズミヤ」の道を左に走り突き当たりを右です。そこから上り坂ですが万博外周道路を目指します。
この外周を一周半約8kmを走りました。
そこから豊川に向けて走ります。ここはモノレ-ルが上に通っています。そこから171号線に出て箕面を目指します。
箕面の牧落が最終目的地です。

なんとか走り抜けたのが収穫です。右脚はサポ-トを付けていたのが反対に痛みを感じたほどです。
早い回復力には驚きます。
約22kmの走行でしたが、前回の痛みはなく体力を維持しながら大会に向けていきたい。

山道の激しい段差だけには気をつけて走行していきます。

大阪の万博公園外周を走るジョギングコース

ネットでの眞相と極端な発言

下記のようなコメントを「愛国本流掲示板」に書きました。

それはある人のコメントからそのように思いました。


私の昔からの知り合いで生長の家の職員専従として頑張っている人も数人います。
だからといってその人が教団側とかそういう言い方をよくする人がいます。
また、私のように「学ぶ会」に不信感があると言っただけで「今まで尊敬していたのに、裏切られたような気持ちである」というようなコメントを頂きました。

こういうのが、自分はこうだと人を決めつけをしてしまう「悪い癖」のようなものがあるのです。
またそういう発言する人を赦せない気持ちがでてくるのです。だから極端に「坊主憎ければ袈裟まで憎い」というような心境になるのです。

たしかに雅宣総裁は「生長の家」の根本義を裏切り、民主党を推奨し、現憲法を擁護し、住吉大神を無力化し、「生命の實相」「聖経甘露の法雨」を絶版にした首謀であります。

だからといって、その所属している信徒までを苦境に落とすような発言は控えるべきだと思っています。

ここに深い深層のようなものを感じます。
こうしたネットでのやりとりはその人の眞相が見えないからです。
だから想像で発言してしまうのです。
『生命の實相』の勉強会は大いにやるべきであると思っています。それは教団側とか学ぶ会とか関係なしにそのように思います。

『生命の實相』を輪読する人に左右わけるようなことをしてはいけない。

「教団の人」が苦境に立っている時にこそ「学ぶ会」に人は救いの手をさすべきであると思っています。
受け皿とかいいながら、そうならないのは教団内に噂というのがそのようにさせているのかもしれませんが、破邪顕正様は私も尊敬していますが、「こうだ!」と思ったら書いてしまうのですが、それが何回もいうと教団側にとり悪口になってしまう事があるのです。

ここが難しい所です。

お互いに幇助しあいながら「生長の家」を伸展させるようなことが出来ないのか考えていって欲しいと思います。

ここで一番大切なことは『生命の實相』をどうして雅春先生が出版されたかということであります。

それは「人々を救いたい」という願望が「今立て」という啓示が後押ししたのす。

私達も「世の中をどうにかしたい」「現憲法を破棄したい」そういう初心を貫きたい。

何とか右膝は治りつつある

先週の土曜日での52kmのトレイルランニングの翌日は僕らの仲間と須磨アルプスの走行であります。
右膝の痛みもあり、厳しかったが距離も短くなんとか切り抜けて歩いた。
そのあとはは須磨駅から三ノ宮に戻り、二次会である。
この二次会では5時間という長い時間を喋りまくる。

本当に仲間はいいものである。

その翌日は脚の痛みが酷かったが、なんとか切り抜けた。水曜日には少し走ったりした。

まだ右膝の皿が動くような感覚である。
それでも今日は4km程走った。
徐々に治りつつある。

箕面駅から嵐山駅までのトレイルラン

ここ三週間は土曜日にトレイルランニングを実施した。
先週に痛めた右膝が今日のランニングで悲鳴をあげた。脚はなんとか動くが、階段を降りるときはキツイ。
右膝は過度の練習が祟ったのはわかるが、これを乗り越えないと一日100km走行など出来ない。
最初にトレイルランニングした時はもっと悲惨であったことを思い出す。


経過タイム

距離

目的地( )内は標高

800

0

箕面駅を出発。(84m)今回は先週も走っているので、もう少し気合を入れて走った。どうもエンジンのかかりが遅いので遅い走り(?)

839

3.6

東海自然歩道の始点の政の茶屋を出発。(285m)なんとか今までで一番早い記録が出た。

912

1.8

開成皇子の墓(最勝ヶ峰(535m))に到着。この開成皇子の墓が最勝ヶ峰の最高点です。礼拝してから再び歩き始めます。鉄塔の下を通る。小石のような道となり、足を挫くが最近はそんなことで足を痛めることはない。

927

1.9

北摂霊園(580m)一部小さながけ崩れがあります。
そこに墓石も落ちている。名前が書かれているのでどこの墓石かわかる。北摂霊園は金儲けだけを考えないでこうしたことを調べることも必要です。

952


 

3.0

府道分岐(370m)。ここから緩やかな登りです。途中住宅地に出るが、急勾配の山間部である。踏ん張って歩いたり走ったり。

1013


 

2.5

素盞嗚尊神社(325m)この道から鬱蒼とした道となるが道は舗装のため、少し楽であるが、途中鹿や猪の作物を食い荒らすため鉄柵が2箇所ある。

1038

1.4

府道出合(355m)ここから直線で緩やかな坂道です。

1044

0.7

上音羽屈折点(380m)ここから地道ですが、大きな樹木が2箇所道を塞いでいた。途中に竹林がある。3台の廃車が崖に落ちている。ずいぶん昔からある。途中いつも停まっている車があるが、何をしているのか?
今回も留まっている。

1055


 

1.6

忍頂寺信号に到着。(315m)ここから階段である。最初は楽だが途中から堪えてくる、最後の宝池寺までは勿論休憩なし。ここでトイレ休憩して、展望台までは頑張るぞ。

1125

1.2

竜王山(510m)の展望台に到着。ここで昼食をとった。展望台は遠く葛城山まで一望でき、大阪市内も見える。

1145

2.3

車作大橋(135m)これから竜仙滝を経由して355mの稜線をのぼり萩谷の昔の町並みと竹林を通って萩谷綜合運動場のサッカ-場へと出る。

1205

2.6

萩谷総合公園ここは通過する。

1232

2.0

白滝茶屋(130m)芥川の横にある茶屋である。ここから暫く平地である。鬼子母神で水分補給。

1312

1.4

原(府道出合)(130m)車の往来があるところである。小川の横を通る。なだらかな坂は気にならないが鳥居からきつくなるので歩いた。

1332

2.0

神峰山寺(170m)長い坂道をひたすら登ります。最近は途中休憩しなくなる。

この東海自然歩道での箕面と嵐山間では私は一番きつい上り坂である。

1425

3.4

本山寺(520m)から最初少し登りであるが、そんなに苦しくはない。3.4kmは長く感じる。

1505

2.3

ポンポン山(679m)疲れたが右膝が痛むのが気になる。残雪が泥濘状態です。

1335

2.2

杉谷(460m)平坦な舗装道路が続くが金蔵寺の1.2km手前から雑木林と急勾配な土手のような山道を下る。ここを頑張れるかは精神的にも強くなる。

1602

2.0

金蔵寺(340m)から下りがキツイがここを頑張らなくては。右膝が痛むが我慢して走る。

1628


 

3.3

大原野神社の前を通り、勝持寺(花の寺)170m)勝持寺では目標の4時30分までに到着。時間は4時28分。

1655

2.6

沓掛(R9号線)100m)今日は東海自然歩道です。

1808

8.0

嵐山駅(30m)松尾大社から物集女街道の北です。

ちょうど松尾大社で腹が減った。残っていたおにぎりを食べた。これが最後の8分に影響したが、仕方ない。

目標の10時間を切れなかっかが後8分を縮めればいいだけまで伸びた。
このトレイルランはたしかに厳しい。
とりわけ、山道の下りをのんびりと歩いていない。この年齢で厳しさも感じるが、頑張れば記録がでる。
勝持寺での竹林に挟まれた参道は昔はヨタヨタで歩いていたが、ここを踏ん張れるのも大きい。 

霊供養入門 宝蔵神社特別版

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霊供養入門には平成9年6月1日に出版にされたのが上の寫眞です。

その前に出版されたのが

霊供養入門―運命は改善できる― P318(索引P322)   テープ2巻と書籍(索引有り)

昭和58年8月1日発行

「天皇信仰」こそ生長の家の根本義

生長の家でいつも思うのは「天皇信仰」とはであります。

私は前回にも書きましたが、「天皇信仰」ということがあまりにも軽薄化しているのに苦悩している。

「学ぶ会」はまだそうした信仰には熱意あるが、それでも「個人信仰」や「八ヶ岳」に必死になっているように見える。
私が生長の家の信仰に「天皇信仰」を無くしてしまうと「生長の家」が潰れてしまう。
佐久間象山や藤田東湖を勉強しない、宮部鼎蔵や横井小楠については無知である。
万葉集すら勉強しない。古事記になると全く理解出来ない。だから谷口雅宣総裁のような無茶苦茶な祭神でも「頷いてしまうのであります」
日本の歴史を学ばないから、おかしな総裁でも唯々諾々と従ってしまうのである。たとえば住吉大神というのをどういうものか真剣に考えないから、住吉大神を外そうという悪意でも分からないから従順してしまうのである。

大阪市内には幾多の住吉大神があります。それらの住吉大神の由緒を知ろうともしない。
生長の家の由緒ですら勉強しないから、造化三神を簡単に受け入れるのである。
総裁も歴史を詳しくないから、タカミムズビとカミムスビを祭神に加えるのである。私の会社の通勤に高皇産神社 が2箇所あります。

もともとどうして高皇産神社 が誕生したかであります。やはり米生産や野菜など産霊(ムス)であります。
そうした生産を生み出して欲しいという願望が昔の人達の願望でもあります。
それを神様に願うのが「ヒ」であります。神霊ですが、そうした農民の願望がそうした神社の祭神となったのであります。

ムスヒというのはそうした生産の増加を神様にお願いしたのが「高皇産神社」なんです。
さて神産巣神社となると全国でもあまりない。大阪では交野市にあります。星田妙見宮なんですが、ここの神社には3回ほど行きました。造化三神というのは簡単に祭神を増やすような軽々しいものではない
何のために増やさなければならないのか、それならば住吉大神との関連はどうなるのか、もはや無茶苦茶である。
恥ずかしくなるような祭神を増やすことである。神様を愚弄しているしかない。

それよりも「天皇信仰」を真剣に考えなければ「生長の家」が無くなる。

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