則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2014年10月11日

讀んで戴ければ幸甚です。

万博外周道路を走る


久しぶりに大阪万博記念公園の外周を走ってきた。家からは万博外周道路までは最短で6.5kmある。
外周は約5kmである。
周囲は大阪大学や阪大病院やガンバ大阪の本拠地のグランドがある。中央を横切るのは中国自動車道路もしくは中環道路である。その道路を沿うようにモノレ-ルが走っている。
数年前まではエキスポとしてモノレ-ル等の娯楽施設があったが事故以来封鎖されている。
また「人類の進歩と調和」をテ-マに万国博覧会は1970年である。1日の最高入場者数は83万6千人というからすごい数である。ト-タルの入場者数が6421万8770人は最近の上海万博で抜かれるまで1位であった。

今は太陽の塔だけは残っているのと鉄鋼館の一部が残っているが、日本庭園は昔と変わらない。
そんな景色は外周からは見えないが、周囲の道路は車がひっきりなしに走っている。
久しぶりのロ-ドにおける走行は目新しい靴を履いたのが間違いで途中は痛みで走れなかった。

『生命の實相』のお役にたつなら

今回の『生命の實相』の件でジレンマはありますが、少しでも役立つならば寄付金を送付させていたいただきたい。
私の仲間にも募金をいいたいと思います。また蒐集家には返って寄付してもいいよという人がおおいのです。

単なる蒐集家といわれましたが、申し訳ないが多くの知り合いの蒐集家は「谷口雅春先生が大好き」で蒐集しているのを私は知っています。
少しの金額ですが役に立つなら聖典の発行のお手伝いをしたい。
勿論、意見は述べますが、お役にたつならそれでいい。

私も毎年、阪神大震災・東日本大震災の見舞金として募金しています。そういうことは事欠かないようにしています。
貧乏暮らしの自分ですが、心まで貧乏にはなりたくありません。もっと大変な人は世の中にいます。

自殺も年間ようやく3万人を切りましたが、まだまだ多いのが実情です。単にお金を寄付するだけではなく「心のケア」ですが、それには『生命の實相』が一番いいのです。

新編『生命の實相』がどうして購入されないのか

トキさんがこのように応援(笑)して下さっています。(下段)
多くの人は『生命の實相』を全巻揃えていない人が多いのです。そういう人はどうすればいいのか、そんなこと無視していいものであろうか?
私は当初からそのことを訴えていました。申し訳ないがそういう人は新編『生命の實相』を購入するかといえば、そんなことする人はほとんどいないでしょう。
それは章が合わないし、何巻購入すればいいのか、調べてまで購入する人などいないと思っていいと思います。32巻購入したいのであるが、出版もされていないし誰かさんの『生命の實相』を借りようと思っている人が多いのです。


こういう事は文句でもなんでもありません。本当に『生命の實相』を多くの人に読んで欲しいという意欲が今回の65巻全巻の発想から欠落しているのです。
勿論今回の改訂で読みやすくはなりました、字体も大きくなりました。だがそれでも購入するかといえばこれだけではほとんど購入しません。
購入する人の多くは、以前読んだことがあるからが圧倒的に多いのです。
そして何巻か欠落しているから購入したいという人が多いのです。

そういう事をマ-ケティングリサ-チをすればはっきりとわかるはずです。
その為に思ったより新編『生命の實相』が売れない。その為に新版としてなかなか続刊できないという悪循環に陥っているのが現状ではないかと思います。

私の知り合いでも新編『生命の實相』は購入しないという人が圧倒的に多い。
それは65巻という想像できない巻数が邪魔をしているのです。

40巻でも多くて、ほとんど読んでいない人が多いのに65巻まで読みますか?
私が光明思想社に反対していて、文句を言っているとしか受け取れない人が多くいたのは残念です。
だが、現実はどうかということを直視できないからそんな発想しか出来ないのです。

分厚い本は読みませんが巻数の多い本も読みません。

私の会社でもある商品を世の中に商品として出しました。だが現実は全く売れないでいる。
発想とか新商品の価値はあるのですが、何が足りないかというと
①価格が高く設定している
②ある人のひとりの発想で誰にも相談しないで社長もそれを承認した。
③他商品には同列でいい商品が沢山ある。
④宣伝費もないから、アマゾンとか数店しか置いていない。

売れない商品は『生命の實相』でも当てはまります。いくら聖典といえども『沢山の人』に読んで欲しいということがないからなんです。

結局は相談もほとんどしていないし、他の意見を無視したような結果であるから、読みやすい、字体が大きいという付加価値があっても売れないのです。
反対に私のような蒐集家が購入するのです。(笑)

本当に章立てをしないとか、65巻という発想とか、マ-ケティングを調査もしていないでよく決めたものである。
雅春先生が存命の時はそれは可能でも今はそういう発想では売れません。

9231
トキ:2014/10/10(金) 16:35:19 ID:VkEnV3Sg
 山ちゃん1952様が「元理事も反対していた」旨を書かれていますが、それは私も聞いています。

「名前を出すと迷惑がかかる」とありますが、まあ、書かれなくても、名前はわかりますが(笑)

 まあ、章立てを勝手に変える事の信仰的に不可なる由縁は山ちゃん1952様が書かれていますので、
同じ事を書いても仕方がないので、現場の意見を申しあげます。

 組織が信徒さん向けに配布する資料には、生命の実相の抜粋が書かれている事があります。この場合
だいたいは従来の頭注版からの抜粋です。これをいじくられると、資料をいちから作り直す必要もでて
きます。

 また、信徒さんの全部が、生命の実相を全巻拝読されている訳ではありません。順番に読まれている
最中という人も多いです。また、一部が欠品という人もいます。そういう人にとって、生命の実相の章
などが突然変わるのは、困る事なのです。

 本の装丁が古い、というのなら、装丁などを変えればそれで必要かつ十分であり、それ以上の事をす
るのは、好ましくないと感じます。

章立てを勝手にすべきではない

現在の新編『生命の實相』は章立てを変更されていることを知らない人がおられます。
『生命の實相』でいままで出版されていたなかで、章立てを変更されたことはあまりありません。

私は『生命の實相』を勝手に章立てを行うのは、生長の家の歴史や「目次」で頁数が短くなっていたりする箇所とかを探求しないで安易に変更する行為を残念に思います。

時代背景を知らずして簡単に批評したり、編纂したりするのはこうした雅春先生の思いが伝わっていないように感じます。

例えそれが間違っていても、そのままにすることのほうがいい場合もあります。
私が調べた内容で『生命の實相』で間違いもあります。それを盾に文句をいうつもりも、変更すべきだと主張することもしません。

例えば西野田職工学校(夜間学校)の記載でも当時は正式な名称ではありません。

【夜は大阪府立職工学校(後の西野田職工学校)(正式には大阪府立職工学校・附属工業補習職工夜学校)明冶41年12月7日開設(西野田職工学校は明冶41420日開校。現在は西野田工業高校を経て西野田工科高等学校に(大阪市福島区大開町2丁目。(校舎の東隣に大開公園があるがそこが松下電器(現パナソニック)の創業地である。)


50年史には西野田職工学校と記載しているが、正式には大阪府立職工学校です。)現在の西野田工科高校の歴史年表から記入)】

また、摂津紡績の木津川工場と記載されていますが実際は本社です。

【早稲田大学を中退後、大阪の摂津紡績(現在のユニチカ)株式会社攝津紡績本社に技術練習生として入社。(50年史には木津川工場と記入しているが、(ユニチカの歴史年表から本社として記載)】

しかし実際には当時では木津川工場と呼んでいたのかもしれません、だから間違いとまではいえないかもしれません。


また西野田職工学校についてどうして詳しいのかといいますと、私はその学校の出身ですから詳しいのであります。
それでも私は『生命の實相』はそのままにして欲しいと願望しています。






そこで戦前と戦後の『生命の實相』においてやむなく変更しています。それは皆様もご存知であると思います。
そこで『人間の運命』という本を紹介致します。これは昭和26310日発行の谷口雅春先生の御著書であります。これの元本というのは戦前の『出世前・生・死・死後の研究』(昭和971日)という本です。意外とこういう御著書が出版されているということを知らない人も多いのであります。戦後間もない時に世界思想光明全集を出版されたのですが当初はわら半紙にホッチキスという装丁です。大変貴重な紙ですから、本の価格も驚くほど高いのであります。その為、戦後間もない頃の方が古本市などでは見つけにくいのであります。


昭和23年頃になるとハ-ドカバ-も出始めます。それでも国民は貧窮状態ですから、本を購入するまではなかなかいきません。
『人間の運命』は『生命の實相』の単行本として販売されているのです。『生長の家40年史』をみると『生命の實相』書店普及版と書かれています。

因みに『生命の實相』書店普及版はこの『人間の運命』以外に7冊あります。
運命の神秘 『生命の實相』単行本版(第八巻)
人間を作る法 『生命の實相』単行本版(第十三巻)
神を見るまで 生命の實相自伝篇 『生命の實相』単行本版(第十巻)
地湧の浄土 『生命の實相』 第六巻
毎日の修養 日輪めぐる(生命の実相第19巻単行本)

現実の救ひ (後ほど調べます)
生活の値打 新修版第七巻
さて『出世前・生・死・死後の研究』の目次には
第一章 差別心より観たる霊界の消息
第二章 平等心より観たる霊界の消息

この本は第二章しかなく、その後は住吉村での講演筆記等を追加されています。
また、この本を評して倉田百三氏は雑誌『生活者』に

『氏の長い御努力に深く感謝する。色々と珍しい事実や、考へさせられる處が多くて有益であった。それにこの種のものとしてはめづらしく豊富な感のある文章であった。これが機縁の一つとなって、日本に此の注意すべき和解科学に関する興味がもっと盛んになることを祈って居る。実際、人間精神の客観的な神秘鏡である。禅の悟得などの神秘とはまたちがった客観的な神秘であるところが興味がある。』
これは雑誌『生活者』に御寄稿されその内容に倉田百三氏が批評されているのであります。
それでは下記の文面は全集黒布表紙の目次です。

全集第五巻『霊界と死後の救ひ』
生命の行方
第一章 差別心より観たる霊界の消息
第二章 平等心より観たる霊界の消息
第三章 個性生命の存続と其物質化
第四章 悟らぬ霊魂を救ふ道
第五章 幽明境を超える念の感応

これは現在の愛蔵版での五巻と同じ内容であります。
さて、最初に話を戻しますが『人間の運命』という御著書はそれとほぼ同時に出版される、新修版『生命の實相』(昭和2631日)と同じにも拘らず、どうしてこの本を出版されたのかということですね。

それはこの書のはしがきにお書きですが、戦後霊媒現象の取締りがなくなり、詐術霊媒が宗教法人を作って人々を欺くような実例が出たのを雅春先生が憂慮してこの本を出版されておられます。表題や文言などを変更せずに如何に人々に読んで戴くかを念頭に先生の努力の一旦がわかります。

そうした言葉というのは言霊ですので『生命の實相』を「人間智」で変更するのは厳しい言葉ですが「谷口雅宣総裁」と同じ行為なのです。
「一言一句」変更してダメとはおしゃっていないと変更すれば限りなく変更される事になることを危惧するからです。

そうした『言霊』を把握し、生長の家歴史が精通し、凡ゆる雅春先生の御本を通読してもなお、章立てを変更すべきではない。

それでは谷口雅春先生の言霊の厳格なる解釈をされていますが、その文章を掲載します。

『言霊と神通力』
(皇道大本研究資料亀岡叢書第12編)

言霊學の概念

耶蘇聖書ヨハネ伝第一章に斯う云ふ事が書いてあります。

「太初に道あり、道は神と偕にあり、道は即ち神なり。・・・・・萬のもの是に由って造らる。造られたるものに一として是に由らで造るられしはなし、是に生命(いのち)あり。」

実に空海も「聲字即實相」又「聲物一如」と云ったやうに一切の物は言葉によって作られたものであります。否、言葉即ち事物なのであります。もう一層判りやすく申せば「言」即ち「神」なのであります。前掲ヨハネ伝にある通り又「言」即ち「神」でありますから、日本では「言」は美称ミを附して「詔(みこと)」といひ「尊(みこと)」と書いて神の尊称と致して居ります。

西洋では少し発音が訛ってゴド(GOD)などと云ってゐるのであります。一切の「事」は「言」によって成るのでありますから、物の出来ることを言ひ現はして「成る」(即ち鳴る)と云ふのであります。「古事記」の冒頭に、

「高天原に成る神の名は天之御中主神」

とあるのなども「高天原にお生まれになった神様のお名前を天之御中主神と申す。」などと解釈しては薩張(さっぱっ)りだめであります。又、第一高天原を「タカマガハラ」と訓んだのが在来の国学者の驚くべき軽率な間違ひなのでありまして古事記は明らかに(高の下の天を訓じてアマと云ふ)と割注がしてあるのであります。

高天原を「言霊學」に仍って簡単に解説しますと、陽(タ)陰(カ)生れ出でて(ア)、至大天球成就し(マ)進化発展して種々相を呈し(ハ)循環運行して尽くる事なし(ラ)と云ふ意味であって、これは宇宙の実相をその聲音に仍って表現したのであって、高天原とは実に全大宇宙のことだと云ふことが判るのであります。

そこで「高天原に成る神の名は天之御中主神」と古事記にあるのは、全大宇宙に鳴り渡る言葉が天之御中主神と云ふ意味であってことがわかるのでありまして耶蘇聖書に「太初に道あり」と書かれてゐるのとぴったり一致するのであります。

かう云ふ風に言霊學に仍って古事記を解釈して行きますと、驚くべく発達した日本の太古の哲学が、如何に高等なものであって、泰西近代の哲学科学の綜合よりも尚一層高い飛躍をしてゐたといふことが判るのでありますが、それはあまり岐路に亘りますからその問題について研究なさりたい方は拙著。「皇道霊学講和」を御一読下さるやうに希望いたします。





大本時報の御文章

大本時報における雅春先生の御文章

大正8

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白龍王の手帳

燃ゆる土米(一頁に亘り掲載)

【分苑】 初秋雑詠(短歌)

105日大本大阪支局にて『大本霊学の解説』の講演ありと記載

選ばれたる日本民族の道徳

先天的臣隷種族に王者の権威を示せ

【分苑】 病中雑感(短歌)

【分苑】 寂しき人(短歌)

【分苑】 湖の旅(短歌)

言霊踏査 第四神年 竹生嶋参拝紀行()

言霊踏査 第四神年 竹生嶋参拝紀行()

【分苑】 醜き世界(短歌)  

【分苑】 貧しき歌(短歌)

【分苑】 貧しき歌(短歌)

竹生嶋参拝紀行(三)

皇道霊学講話(一)

【分苑】 竹生島にて(短歌)

發するに望みて(編集後記)

竹生嶋参拝紀行(四)

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まさはる

白龍王

 

 

白龍王

白龍王

まさはる

まさはる

まさはる

まさはる

まさはる

白龍王

まさはる

まさはる

まさはる

正治

白龍王

白龍玉

まさはる

大正9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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木花咲哉姫

皇道霊学講話(二)

皇道霊学講話(三)

【分苑】 人類を嘲る歌(短歌)

皇道霊学講話(四)

皇道霊学講話(五)

皇道霊学講話(六)

皇道霊学講話(七)

皇道霊学講話(八)(日にちが不詳)

【分苑】 ひとり歌へる(短歌)

森戸問題批判

皇道霊学講話(九)

皇道霊学講話(十)

皇道霊学講話(十一)

皇道霊学講話(十二)

【分苑】 雪埋れ草()(短歌)

【分苑】 雪埋れ草()(短歌)

皇道霊学講話(十三)

皇道霊学講話(十四)

ヨハ子默示録の研究()

短歌

草の片葉(編集後記)

【分苑】 時折り草(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

【分苑】 夕暮にひとり窓によりて(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

(霊界片々) 十四、囚人の生霊

【分苑】 軍艦へ帰へりし人を偲びて(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

1にて夏期講習会の宣伝講師の中に谷口正治氏と記入、科目は皇道霊学(第一回は大正985日~14日・第二回816日~25日迄)

811日午前8時より10時まで

823日午前8時より10時まで

【分苑】 本宮山地つきの歌(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究(十一)

ヨハ子默示録の研究(十二)

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白龍王

正治

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まさはる

正治

正治

正治

正治

正治

白龍王

白龍王

正治

正治

正治

正治

てる子

てる子

正治

正治

白龍王

てる子

白龍王

輝子

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輝子

 

白龍王

輝子

白龍王

 

 

 

 

 

輝子

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

 

 

 

 

 

 

大正日日新聞における雅春先生の御文章

大正91011日 小説 秘密結社の秘策(対話)

神霊界の御文章

ありがたい文章の反証は後ほどにして
雅春先生の大本時代の御文章を再掲させていただきます。

谷口雅春先生の摂津紡績退職後の御文章

『彗星』九月号『心霊療法の骨子』大正7

 

谷口雅春先生の御文章 大本時代

『神靈界』(B五判)掲載のご文章。復刻版があります。(八幡書店)

 

※ 『神靈界』では、旧名の谷口正治、谷口政治、まさはる、白龍王、小倉七美 等のペンネームで投稿、記事を書かれていました。

※ 他に、谷口正治先生の役員紹介の一部は省略致しました。敬称は略させて頂きました。

大正七年十一月一日(第七十號)

「對語 ある國」(幽界の樹林、男女の幽体縺れ合ひながら語る)

『神霊界』初めての寄稿

谷口正治(神戸からの寄稿文)

大正七年一月十五日(第七十八號)

「對話 光りなき國」(舞臺永遠の沈みたる暗黒。佛霊の群縺れ合ひながら語る)

 

谷口 政治(ママ)(目次は正解)

 

大正八年二月十五日(第八十號)

「入信の徑路 参綾の動機」(目次タイトルは名は岩田鳴球となっている)

(私は綾部で初めて、自分の内なるものの審判に恥じない生活を見出しました、それは実に各人の働きが人類の喜びであるような生活でした。)大本の入信の動機を語る。

 

谷口正治 (神戸 二十七歳)

大正八年三月十五日(第八十二號)

「改心しかけた男の日記」○蟻と科学者 ○太陽のやうな神 ○智慧と運命

○時節と天分 (短文)

 

谷口 政治(ママ)

大正八年四月一日(第八十三號)

「邪神の發生と身魂の修秡」(古事記の解読と「神癒」への比較論文)

 

谷口正治(表紙の名前谷口 政治)

大正八年四月十五日(第八十四號)

「大本靈学の私的研究」(皇道大本の鎮魂が催眠術ではないことと、憑依霊の形式など…)

「改宗者の手帳より」○建替は残虐なりや ○悪の発生問題 ○お前とならばどこまでも ○ミロクの大神(キリスト再臨と弥勒菩薩の下生と尊師の567ヶ月に因んで“567殿”

「編集室より」   ※(編集後記)友清歓真より交替の旨

 

谷口正治

 

白龍王

 

白龍王

大正八年五月一日(第八十五號)

「金龍殿雑記」

「編集室より」

 

まさはる

白龍王

大正八年五月十五日(第八十五號)

「編集室より」(綾部新聞を執筆を記載)

 

白龍王

大正八年六月一日  (第八十七号)

「大本靈学より観たる変態心理」

「絶好なる過激思想對應策」

「金龍殿雑記」

 

谷口正治

まさはる

白龍王

大正八年七月一日  (第八十九号)

「皇道大本雑話」()

「つかれたる人」

「編集室より」

 

谷口正治

まさはる

白龍王

大正八年七月十五日  (第九十號)

「つかれたる人」

「心理学者の妄論」

「編集室より」

 

まさはる

小倉七美

白龍王

大正八年八月一日  (第九十一號)

「改宗者の手帳より()」神諭に現れたる天体の創造

 

白龍王

大正八年八月十五日  (第九十二號)

「幽界と色情」=改宗者の手帳より()

「編集室より」

 

白龍王

まさはる

大正八年九月一日  (第九十一號)

「大本靈学座話」=皇道大本雑話()

「食卓の十三人目」=改宗者の手帳より()

 

谷口正治

白龍王

大正八年九月十五日  (第九十四號)

「白と黒」=改宗者の手帳より()

「本守護神と正守護神」=皇道大本雑話()

 

白龍王

まさはる

※注:1 大正九年十月一日(第九十五號)-この號より編集内容が大いに変更となり、ほとんど出口王仁三郎師の文章となる  「おふでさき」や「神諭」、和歌等が中心となる。

 

 

 

 

大正九年一月一日(第百一號)

「歌留多百人一首」(自分の名前の入った歌一首) 

谷の戸を 明けて出口の 御教は 正しく直ゝ 國を治めむ

 

谷口正治

 

大正九年一月一日(第百七號)

日の本を 神のみ國と 知らずして 見るもたふとし 秋津しま山

 

江守輝子

大正九年一月一日(第百八號)出版局図書編集主任 谷口 正治

 

大正九年六月十一日(第百十七號)

「八重垣神社参拝留守役 一人一首」(自分の名前の入った歌一首) 

谷派なる 神の出口の 正言に 丸く治まる 四方の國々

 

谷口正治

大正九年六月二十一日(第百十八號)

「亀岡萬壽苑紀行歌」(自分の名前の入った歌一首)  

谷派綾部の 大本の 出口教祖の 正言は 明冶二十五年より

千よろづの 寶も衣(きぬ)も 食物も みな大地(おおつち)の めぐみなりけり(募集歌)

 

 

谷口正治

江守てる子(ママ)

 

大正九年月一日(第百十號)

「桃山参陵記念歌 一人一首」(自分の名前の入った歌一首) 

谷派なる 出口の教子等(こら)が 襟正し 心治めて 参る桃山

 

谷口正治

 

大正十年三月一日(第百三十五號)

「靈の港」-最後の審判の豫兆-

1)基督を賣す者

2)基督再臨前の聖苦

3)基督の再誕と再臨

4)大本の神癒と建替の時期

5)大正維新の安政疑獄

6)運命と歴史の再現

7)妄(いつは)りの證者(あかししゃ)来る

8)総ての預言の完成

9)五月五日に何が来るか

10)吾等の使命

 

谷口正治

大正十年六月一日(第百三十八號 終刊号)

「わからせて頂いたこと」-他力と自力-  (大正1055日稿)

 

谷口正治

※大正10211日 谷口雅春先生宅にも召喚審問を受ける。(第一次大本事件)輝子先生が対応される。(雅春先生は神戸の実家に帰宅)

ありがたい文章の反証-11

全集第十一巻『経典篇・参考篇・宗教問答篇』

 

生命の實相 新修版 第11巻  經典篇・參考篇・宗教問     答續篇  

經典篇(一) 智慧の言葉

經典篇(一) 智慧の言葉

經典篇(二) 『甘露の法雨』講義

 

經典篇(二) 『甘露の法雨』講義

第一章  神と仏と霊

第一章 神と仏と霊

第二章  物質と実在

第二章 物質と実在

第三章  智慧と無明と罪

第三章 智慧と無明と罪

第四章  人間の実相および仮相

第四章 人間の実相および仮相

参 考 篇  精神分析による心の研究

 

参考篇 精神分析による心の研究

 

佇立地獄の患者

 

ブロイエルの催眠法

 

ステケル氏の自由会話法

 

ユング氏の連想試験法

 

ステケル氏の自由単語法

 

病気でありたい意志

 

精神分析の質問の仕方

 

彼の遅刻

 

彼の夢

 

妻の秘密

 

復讐の激情

 

患者の夢の分析

 

正しき生活病気を全治せしむ

 

その他の治験例

 

精神分析実施上の注意

 

医者への愛

 

勝利の欲望

 

公衆恐怖症の解剖

 

私の取り扱った複雑な治験例

宗教問答篇  人生の悩みに答ふ

 

宗教問答篇  人生の悩みに答ふ

 

()絵を描くのを使命と感じながら境遇に苦しむ人に

 

()絵を描くのを使命と感じながら境遇に苦しむ人に

 

(二)未婚青年の性欲の解決

 

(二)未婚青年の性欲の解決

 

 

 

全集第十二巻『常楽篇・経典篇・参考篇・質疑篇』

 

生命の實相 新修版 第12巻  常樂篇・經典篇・參考篇・ 質疑篇

芸術としての生長の家(序文に代へて)

芸術としての生長の家(序文に代へて)

常樂篇   久遠常楽の生活

常樂篇 久遠常楽の生活

第一章  常楽生活への道しるべ

第一章 常楽生活への道しるべ

第二章  無限能力を汲む道

第二章 無限能力を汲む道

第三章  不壊の生命を説く

第三章 不壊の生命を説く

第四章  生きとほしの生命

第四章 生きとおしの生命

第五章  全面的自由としての宗教的の救ひ

第五章 全面的自由としての宗教的の救い

第六章  平等愛の絶対神と、偏愛の相対神

 

經典篇   聖経『天使の言葉』講義

―特に「近視は治る」原理に及ぶ――

經典篇  聖経『天使の言葉』講義
 ――特に「近視は治る」原理に及ぶ――

参考篇   心が肉体に及ぼす力

 

參考篇 心が肉体に及ぼす力

 

心が肉体に及ぼす力

 

想像の作る病気と想像の治す病気

 

健康を左右する暗示の力

 

愛は癒す力

 

人間はなぜ老衰するか

 

長く若さを保ちし人々

 

精神力にて老衰を防ぐ法

質疑篇   眞理の応用及び捨遺

 

質疑篇 真理の応用および拾遺

 

一、実生活に応用する自己暗示法

 

二、現象なしの自覚について

 

三、殉死殉道の意義と価値ほか


 

 

全集第十三巻『教育実践篇』

 

生命の實相 新修版 第13   教育實踐篇

 

はしがき  随処作主の工夫

 

随所作主の工夫

 

教育實踐篇 人間を作る法

第一章  人間教育の根本的人生観

第一章 人間教育の根本的人生観

第二章  無軌道の教育法

第二章 無軌道の教育法

第三章  解放と引出しの教育

第三章 解放と引出しの教育

第四章  唯物教育の問題

第四章 唯物教育の問題

第五章  左翼思想を転向する道

第五章 左翼思想を転向する道

第六章  入学難と就職難に勝つ法

第六章 入学難と就職難に勝つ法

第七章  優良児の創造

第七章 優良児の創造

第八章  人類無罪宣言

第八章 人類無罪宣言

第九章  常不軽菩薩式教育

第九章 常不軽菩薩の教育

第十章  実相の開顕に伴ふ霊験

第十章 実相の開顕に伴う霊験

第十一章 芸術教育の眞髄を語る

第十一章 芸術教育の神髄を語る

第十二章 宗教教育を如何に施すか

第十二章 宗教教育をいかに施すか

第十三章 生命の教育の成果を語る

第十三章 生命の教育の成果を語る

 

 

全集第十四巻『久遠仏性篇・眞理体験篇』

 

生命の實相 新修版 第14巻  久遠佛性篇・眞理體驗篇

 

 

はしがき

久遠佛性篇 常楽宗教の提唱

久遠佛性篇 常楽宗教の提唱

第一章  常楽宗教の提唱

第一章 常楽宗教の提唱

第二章  仏教の無常観は生々流動の教だ

 

第三章  生長の家の奇跡的功徳は何処から来るか

第二章 宗教の奇跡的功徳はどこから来るか

第四章  生きて歩む宗教

第三章 生きて歩む宗教

 

第四章 あなたはすでに救われている

第五章  成仏論

 

第六章  神の子の自覚に点睛す

第五章 神の子の自覚に点睛す

第七章  維摩経及涅槃経に現れたる『肉体無』

第六章 『維摩経』および『涅槃経』に現われたる「肉体

無」

 

 

第七章 久遠を流るるいのち

 

第八章 われらの祈願および修養

第八章  宗教と科学の不敬性

 

第九章  生長の家と医療問題

 

第十章  吾等の祈願及び修養

 

第十一章 此の教育法で成績をよくした体験

 

眞理體驗篇 今日の視力問題

眞理體驗篇 近眼・色盲等は治るか

第一章  今日の視力問題

第一章 近眼・色盲等は治るか

第二章  視力回復の体験者自ら記す

第二章 体験者みずから記す

 

 

ありがたい文章の反証-10

全集第六巻『萬教帰一篇』

生命の實相 新修版 第6巻  萬教歸一篇

序詩  爾のうち神を生かせ

 

 

はしがき

地湧の浄土(はしがき)

 

萬教帰一篇 『大生長の家』地湧の浄土

 

大生長の家に就ての神示

 

第一章 中心に帰一する道

 

 

萬教歸一篇 真理の扉を開く

第二章 『生長の家』より観たる『創世記』

第一章 「生長の家」より観たる『創世記』

第三章 『生長の家』より観たる『法華経』

第二章 「生長の家」より観たる『法華経』

第四章 萬教一つに包容す

第三章 万教一つに包容す

第五章 吾等を浄土に救ふものは何か

第四章 われらを浄土に救うものは何か

第六章 南無阿弥陀仏の実生活化

第五章 南無阿弥陀仏の実生活化

 

第六章 古典に現われたる宇宙構造の中心理念

 

第七章 礼拝三昧禅

 

第八章 入竜宮不可思議境界録

 

 

全集第七巻『教育篇・倫理篇』

生命の實相 新修版 第7巻  教育篇・倫理篇

本当の教育(はしがき)

本当の教育についての講演(序に代へて)

倫理篇  永遠価値の生活学

倫理篇  永遠価値の生活学

第一章  永遠価値の生活学序説

第一章  永遠価値の生活学序説

第二章  第一の神性隠蔽

第二章  第一の神性隠蔽

第三章  第二の神性隠蔽と其の以後

第三章  第二の神性隠蔽とそれ以後

第四章  自己の展開としての客観世界

第四章  自心の展開としての客観世界

第五章  実相を隠蔽する傲慢と自卑

第五章  実相を隠蔽する驕慢と自卑

第六章  唯心思想の経済的展開

第六章  価値の本質

第七章  悔改の倫理

第七章  悔い改めの倫理

第八章  偽我と眞我の甄別

第八章  偽我と真我の甄別

第九章  自他一体と個性生活

第九章  自他一体と個性生活

第十章  和解の倫理

第十章  和解の倫理

第十一章 ロダンの鼻欠け像の倫理

第十一章 ロダンの鼻欠け像の倫理

第十二章 恋愛・結婚・夫婦生活の倫理

第十二章 恋愛・結婚・夫婦生活の倫理

第十三章 家庭の宗教生活化

第十三章 家庭の宗教生活化

第十四章 無軌道の倫理

第十四章 無軌道の倫理

教育篇   『生長の家』の児童教育法

教育篇 「生長の家」の児童教育法

 

 

全集第八巻『人生問答篇』

生命の實相 新修版 第8巻 人生問答篇

序 文   新生活への出発

新生活への出発――幸福なる生活への序曲――

人生問答篇 人生の悩みを解く

人生問答篇 人生の悩みを解く

第一章   家庭争議の解決を語る

第一章 家庭争議の解決を語る

第二章   生活に顕われた神通妙用

第二章 生活に顕われた神通妙用

第三章   生きる道の座談会

第三章 生きる道の座談会

第四章   基督の偉さと奈翁の偉さ

第四章 キリストの偉さとナポレオンの偉さ

第五章   恋愛・相性・方位・家相

第五章 恋愛・相性・方位・家相

第六章   念の集積・業の流転・念の憑依

第六章 念の集積・業の流転・念の憑依

第七章   念の病気に及ぼす力

第七章 念の病気に及ぼす力

第八章   治す念波の話

第八章 治す念波の話

第九章   『みんな一体』の信仰を語る

第九章 「みんな一体」の信仰を語る

 

第十章 酒・煙草・異性

第十章   世界は何処へ行くのかを語る

 

第十一章  国と家庭を良くする話

第十一章 国と家庭を良くする話

 

第十二章 人生に出発する人達への講話

 

 

全集第九巻『宗教問答篇』

生命の實相 新修版 第9巻  宗教問答篇

第一章  生活に生きる宗教

第一章 生活に生きる宗教

第二章  天国浄土を実現する道

第二章 天国浄土を実現する道

第三章  『無』もない世界に入る話

第三章 「無」もない世界に入る話

第四章  眞理に救はれ行く人々

第四章 真理に救われ行く人々

第五章  肉体と境遇を良くする道(報恩行)

第五章 肉体と境遇を良くする道

第六章  南泉猫を斬る生活

第六章 南泉猫を斬る生活

第七章  神の無限供給を語る

第七章 神の無限供給を語る

第八章  天地一切と和合する生活

第八章 天地一切と和合する生活

第九章  種々の宗教問題に答ふ

第九章 種々の宗教問題に答う

 

 

全集第十巻『神示を受くる迄』

 

生命の實相 新修版 第10巻  神示を受くる迄

 

 

 

自傳篇 神示を受くる迄

自傳篇 神示を受くる迄

第一章  幼少時代

幼少時代

第二章  少年及び青年初期

少年および青年初期

第三章  芸術至上主義時代

芸術至上主義時代

第四章  憐憫愛への転向

憐憫愛への転向

第五章  工場生活時代

工場生活時代

第六章  転身

転身

第七章  関東大震火災に逢ふ

関東大震災に逢う

第八章  肉体及び物質の否定

 

肉体及び物質の否定

聖詩篇   生長の家の歌

 

聖詩篇 生長の家の歌

 

聖経甘露の法雨

 

生きた生命

 

光明と暗黒

 

夢を描け

 

花園にて

 

光明の国

 

或る日の生命の国

太陽の讃歌
 

 

生長の家々

 

神の御手

 

裸身の讃え

 

捨身の讃え

 

 

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