則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2014年06月

讀んで戴ければ幸甚です。

大空への憧憬

大空への憧憬(あこがれ) 昭和5年ごろ歌へる 谷口雅春先生

親鸞は弟子ひとり持たずと云へり 我もまた
弟子ひとりもたず ひとり行かなむ

大空のみ戀しきこの日 いづち行かむ 大ごゑあげて
街叫び行かむ

我を慕ふひとびとの聲 遠くよりすなり
眞晝花咲く 園に立ち聞く

街々を喚びて行きなば 胸透かん 胸透くとても
何にかもせむ

紅ゐの焔のなかに 焼け死にて 煙とならば
心なぐさまむ

大天地(おおあめつち)よ 来れ 我を抱け 抱いて我れと
天翔りせよ

すべての湯 いと汚れたり いづちにて 身を浄めんと
嘆きし夢かな

火の燃ゆる山の上に立ち 身を焼きて ひとり大空に
翔けのぼりたし

翼ある小鳥と生れ 靑く澄める 大空にゐて
歌うたはまし

わが心 ひた泣くばかり 戀ひわたる 大空の彼方
安養の園

K様、よろしくお願いいたします。

K様ありがとうございます。
『生長の家の近道』の情報ありがとうございます。
大変たすかります。
今後とも宜しくお願いいたします。

最近は古書店でも雅春先生の著作は見かけることがほとんどありません、また生長の家の熱心な信徒でもお子様は生長の家に興味なく、雅春先生の著作は信徒に贈呈ならいいのですが、多くは古本屋に売られています。
そうした、雅春先生の著作は次第に失われていくような気がしています。ここでどうにか食い止めて、谷口雅春先生のお説きいただきました「生長の家」を正しくつたえなければならない。
あの「雅春先生」も間違えることがあるというような「戯言」などそれを発した人が生長の家役員となっている現在、そうした誤った発言を時代背景とともに正していかなければいけないように思います。

偉そうなことを云ってすみません。

最近では船越縫次郎先生の奥様の著作が信徒に渡ったりしました。それ以外は古本屋に売られています。私も訪問していろいろお話をお聞きしましたので、どれだけ素晴らしい御本をお持ちだと知っていました。『生長の家五十年史』は5冊、『生長の家四拾年史』も数冊、三十年史も数冊、『生命の實相』大聖典を3冊、中聖典を3冊、戦前の雅春先生の著作は200冊ほどありました。
たぶん、老朽化で家が取り壊しになったのだと想像できます。

船越縫次郎先生は谷口雅春先生が神戸におられた時からの発祥当時からの信徒様です。
とりわけ写真は比叡山の講習会の写真や中之島公会堂の写真など拝見しましたが、本当に生長の家にとっては大切な資料ばかりでした。
私も数冊頂きました。
また、大正時代の著作も所有されておられました。

さて、私のメ-ルアドレスをお知らせいたします。

tecnopla@silver.ocn.ne.jp

大阪出身で吉倉先生や代田先生は直接御指導頂きました。
最近は神戸の勉強会に行きました(6月23~24日と開催)

今後とも宜しくお願いいたします。



蒐集ということを早くやらねばならない。


前のブログでの 

入信の経路 参綾の動機は『神霊界』第80號です。

  修齋 谷口 正治 神戸二十七歳)修齊と書いているということは大本での祀りとかの責任者でもあったことを伺えます。
さて、掲載した文書のなかに下記の文章があります。大阪の小さな文芸雑誌で書いていたということです。

[私はその後ある紡績工場の工場管理者の一員となった側ら、小さい文芸雑誌を大阪で発行してかう書いてゐました。『天上の炎は終に地上に移すべからざるものであるか。眞の憐愍は遂に現実し能はざる空想的の産物か。自分は官能と技巧との生活より憐愍の生活に移り行った。而してその生活ば遂に破れた。さうだ霊魂の享楽に疲れたものには官能の享楽の他はない。肉は霊を癒す…………』と。如何に私が其頃霊肉の間に,美と善との聞に迷ってゐたか。そして現代の地上の生活を白眼視してゐたかはこの抜粋を見ても解るでせう]

さて、その御寄稿されていた文章は最早見つかる術がありません。
生長の家五拾年史では『紡績界』という紡績専門の雑誌に投稿されているが「小さい文芸雑誌」は御記入はありません。

私はそうした雅春先生の学ばれた道を「学ぶ姿勢」というのはとても大切です。しかし『五十年史』編纂時代でも失われていく「谷口雅春先生の著作」というのがいろいろな奇跡と呼べる出来事で御寄稿された文章が見つかっていくのです。『新時代』という雑誌に毎月のように投稿されているのですが、わかっていてもそれを蒐集するのに青森県の方まで探訪されています。
それは新時代の大正14年4月号に「野の百合の生きる道」というのが掲載されていたからであります。
そうして『生長の家五拾年史』は苦労の積み重ねによって完成されていくのであります。

私は私の著作である『谷口雅春著作』を私の家で眠らせるのは谷口雅春先生に申し訳ないという思いがあります。
家で単に「飾り物」のように並べるのはいけないように思っています。
どうしても「沢山の人々」に見て頂きたい。資質も酸性により劣化しています。
「亀の子」さんがいいアイデアをお持ちのように思っています。またコメント下さい。

大本時代の御執筆-3

大正日日新聞における雅春先生の御文章

大正91011日 小説 秘密結社の秘策(対話)


入信の経路 参綾の動機

  修齋 谷口 正治 (神戸二十七歳)                 

 私はメエテルリンクの,静穏閑稚な愛に充ちたやうな思索が好きであつたど同時にオスオスカ-ワイルドのやうな華爛な美装に充ちた生活も厭はしいものとは思ひませんでした。唯厭はしいのは善でも美でもない平板単調劣悪な生活でした。

『俺は美しう生きてゐる』ど云ふ感じか、或は『俺は聖者のやうに生きてゐる』と云ふ高い漬足かどちらかがなければ生さたとは思はれないので、もがいてゐました。而しながら、どうかすると貴族的な藝術的な美的生活ど云ふものは善なる生活ど背反するものであります。『色彩の感覚すら善悪を超越すろ』ざワイルドは云つてゐます通りです,他人は筆で物語を紙に描くであらぅが、私は私の肉と血とで人生に戯曲を描かうと思った時、私はある前科ある女ど物語を作ってゐましに。

初犯は朋輩と協力して姉藝者の情夫を投さうとした未遂で、第二犯は『お七吉三』が見たいための窃盗犯でした。全く理性のないやうな、情熱ばかりのやうな、その点がひどく私を魅惑しました。私は心に既に脚色をもってゐて人生の上に戯曲を描く、快感を貧りながら、ある暑中休暇の数日を故郷で暮したまま、急いでその女と再び東京へ旅立ちました。私の人生の戯曲は第五幕が脚色通りに来て愁嘆な別離の傷は悲し気に幕が鎖ぢました。しかし戯曲は終わっても人生は績いてゐました。

彼女は私に別れともながってゐたし、私は凡ての善い感情の源泉であろ憐潤の感情の纒縛の中にいてゐましたもが眞とに美しい生活とは想像的同情に充ちた生活ではないか。憐れな者を虐げてその者の苦しさを『より酌みとらぬやうな』似而非藝術的生活が何んなろ? 愚劣な實に醜い生活である!

オスカーワイルドのやうな美のために美を求めた快楽主義者も獄中にあつて始のて『他のために苦しむのがどんなに楽しいか』を知つたのである。彼は基督の『敵を愛せよ』と云ふ聖訓を『愛は憎しみよりも美しいから』と註訳してゐる。然り善であると同時に美しい生活は愛の生活より他にはない。

私は彼女の愛護者とならうではないか。愛がどんなに美しいかと云ふことを入生に示さうではないか。愛は他を聖化するに相違ない。仮令相手が前科者であらうども。誰も相手にしない憐れな罪人を愛するのは甚麼に楽しいか。改心したい罪人でありながら、社会が偏強で許しのないために罪を重ねる入々がこの世に甚麼に多いだらう。

私が彼女を愛に続けるのは彼女一人の救済のためではなく、その様な不合理な社会に對する第一戦を挑むのである。『萬人を許し得る事に仍ってのみ人は紳に近付き得る』私はさう考へてゐました。

私は早稲田の文科で其頃特待生でしたから、授業料免除なのを幸ひ一人の學資で二人で暮してゐました。その中に故郷にその事が知れたので、一入分の學資さへも来なくなりました。私は故郷へ書を送りました。

 

  「私は人を愛すな許すなと云ふ事には断じて従ふ事は出来ません、彼女は罪入であるから私は彼女を憐まずにはゐられません。私だけが彼女を愛し得る唯一人です。若し私が彼女を愛し許さかつたら、彼女は再び堕落するでせう」

 舞妓上りの前科者に関係した堕落した一個の青年=が私でした、併し私は考へて自ら慰めてゐました。小間徒に閣係した華族の若様から一口に云って了ヘば何め價値もないけれどもトルストイの『復活』の主人公を誰れが敬意を払はすにゐられようと。大本の霊統の

問題が正しく理解されてゐたなら他に正しい善美な生活が見出せてゐたでせうに、兎も角もその時は真面目にさう考へて社会の偏強な道徳観に戦いを挑んでゐました。

 生活は日に日に窮迫して来ます。社会から非常な迫害を受けて、飲まず食はずで震へながら路宿した事も数日ゐりました。カタストロスヰーは愈々来ました。彼女は彼女の親の財産を持出して,私に貢いだしたために, その親は彼女を私に秘密で台湾へ売って了ひました。

 私はその後ある紡績工場の工場管理者の一員となった側ら、小さい文芸雑誌を大阪で発行してかう書いてゐました。『天上の炎は終に地上に移すべからざるものであるか。眞の憐愍は遂に現実し能はざる空想的の産物か。自分は官能と技巧との生活より憐愍の生活に移り行った。而してその生活ば遂に破れた。さうだ霊魂の享楽に疲れたものには官能の享楽の他はない。肉は霊を癒す…………』と。如何に私が其頃霊肉の間に,美と善との聞に迷ってゐたか。そして現代の地上の生活を白眼視してゐたかはこの抜粋を見ても解るでせう

憐憫の現実化に失敗して現代社会に呪咀の第一声を上げた私は、人生を戯曲化する事ばかり考へる耽美主義者にならうとしてゐました。この新しい人生の戯曲に恋愛の三角システムをなしたのは、私と私の仮宿する上役の妹とさうして、殊更に私がさう考へることを望んでゐ所の恰も鳩を救ふと同時に秀鷹をも禿せんがために

 

全身を犠牲の秤にかけた彿陀にも等しく、他の幸福のために自分の

幸福を売った娼婦とでした。

 初心な少女が恋人に捨てられて自殺する戯曲がホフマンスタ-ルだがシュニッツラ-(注アルトゥル・シュニッツラ-)だかのものにあって、其頃読みましたが、少女を

象徴として表はされたる人間に内在する美が悲劇のプロットを通して濃厚に蒸溜されてゐるやうに感じました。美酒のやうな入間内在の美は平俗な場合に於てよりも悲劇の場面に於て高調して表はれます。人は美的鑑賞の生活が過度に増長して来る場合には、實人生に

悲劇を作為して残虐から滲み出る人間の内部的美味をさへ貪らうと致します。然し翻って自己の内なるものの教に跪く時、私は私の恋愛の欺瞞的脚色が贖罪の道も絶えたる陋劣な事だと思はれる日がありました。

娼婦は私に,病気を感染してゐたし、私はその病気が上役の妹に感染しなかった僥倖を望んでゐました。私は彼女の様子や言葉の端々まで観察しました。私は彼女が病気を羞かしがって隠してゐるんだらうと想像しました。私は彼女に尋ねて見ました。彼女は答へませんでした。生ながら腐れ行く肉体の潰爛の恐ろしさ。それは実に言葉で頒つことも慰められることも出米ない、純抑な孤独をもって忍ばねばならぬ恐怖だど考へました。相手が治療されてゐる事を知らすに冶る神術もがなと考へてゐました。催眠術を研究したり医学書を漁ったりしました。

 

 よい妙案もないので私は黴菌の伝染といふ思想を否定し出しました。伝染病と雖も各自に特発するのであって決して伝染するのではない。その病の発生するに適する状態即ち適度の温度と湿気と場所とそしてその人の道徳的状態に従って発生したり発生しなかったり

するのである。医學も最初の病原菌発生は何に依るかを答へられない。かう私は一種の哲學の蔭に隠れて自己の内なる霊の苛責を出来るだけ軽滅しようとしてゐました。

 到底私は道徳家でした。耽美生活で少し行くと直々に行き詰って内なる霊の苛責に後もどりばかりさせられるのです。しかし云はば、さうさせられてゐたので、耽美生活も人生の戯曲化もなかったら病気もなかったし、従って神変不可思議な神術を求める必要もなかったし、大本に近付くことが出来なかったかもしれません。

 

 、其後その上役の妹ば家事の都合でその家にゐなくなりましたが、私の病気が重くなって困ってゐると、以前の娼婦が自花を付けて見舞に来て呉たりなどしましたので、仮構的な愛が真実の情愛に変化して、私はその女を本当に恋ひるやうになりました。前料ある女を愛してゐた時の、貧しきもの憫れなものに對する熱愛が私の心に再び戻って来ました。私はこの社会的地位から云へば気の毒な軽蔑されてゐる者の上に、敬虔な愛情を心から棒げる事を喜びとしてゐました。が私は病気の快復すると同時に明石へ転任を命ぜられました。

 私は明石から時々彼女に会ひに行ったし、給料の大部分は彼女のために使って彼女が一日も早く苦界から釈放される事を望んでゐました。

 

 彼女は約束の年期よりも早ぐ借金を払って了ひました。しかし彼女はもう私に叛いてゐました、私は苦しかった。しかし私はかう彼女に書いてゐました。

  『愛が叛いた心で受けられたと云ふ事は、それが一層敬虔な愛情で報ひられたに較べれば悲しい事に違ひありません。しかし私が冷たく愛したために、当然貴女に冷たく報ひられなど考へるよりは幸福です。何故なら私は自責せられないからです』

 

 何者かを常に愛せずにはゐられないやうな私は、女の愛から労働者に対する愛に遷って往きました。定められた忍従の時間を、それが恰も替へ難い運命であるべきかのやうに、懶惰な監督者や資本主義の願使の下に、謙遜に立働いてゐる彼等を見ると暴君に對する反抗と弱者に對する哀憐の感情に駆られずにはゐられませんでした。彼等は彼等の労働が貧しき人を裕にすることのない代りに、益々富の分配を不公平にするのを知らないもののやうに働いてゐました。理は最低賃金を以て最良品を最も多く生産する事のために職工を監督する役目なのです。

私は彼等を監皆するよりも労働の負担を軽減したい欲望にかられて、時々油と垢に混れながら労働します。しかしそれは彼等の労働の負担を減じなかった代りに彼等に煙たい思ひをさせました。私は自分の役目から幾度も逃げ出したくなりました。富豪の手先となって労働者を虐め、富の分配を一層不公平ならしめつつ給料を貰ふ生活!あゝ何と云ふ醜い生活でせう。

 

 私はある織物新聞に資本家と監督者に對する辛辣な風刺に充ちた創作を載せました。工場の実際が暴露されると会社の人達は周章てたり、私を罵ったり憎んだりしました。

 

 私は私が会社にゐる事が誰の幸幅でもないのに、その役目に嚙り付いてゐるのは、唯私がその日その日の食事を得るためであるのは卑怯な虚偽であると考へて会社を止めました。もうどんな資本家に使はれる事も嫌でした。私は汚れた社会組織から全然自由になりまし

た。然し如何に汚れた社会組織であるにせよ、生きてゐる以上は何か職を求めて食べねばなりませんでした。

 私は前に研究した催眠術を思出しました。何か霊的に人と社会とを救済するような職業!太霊道や健全哲学や、渡邊式心霊療法やそして木原氏の耳根圓通法や、いろいろの精神霊法を研究していると、ある日松江から『彗星』と云ふ雑誌を送って呉れました。

それに仍って永い間不満足に思って居た社會組織が根底から立替へられる皇道大木なるものを初めて知ったのです。私はその雑誌の御礼に彗星社へ『心霊療法の骨子』ど題する原稿を送りました。それは私が殆ど総ての心霊療法を研究して見た総結でした。神と云ぶ観念も宇宙の大霊と云ふ所まで進んでゐたし、従来紳界が未完成であったと云ふ大本の思想にも少く接近して『人間は不幸があるのは紳に不幸があるのである』とそれには書いて

ゐました。

所が彗星社の岡田射雁氏からの返事に『時節到来の節には早速掲載致すべく候へどもその時節なるものの何日到来するかは明言致し難く』と大本式の面白い文句でした。

処がその原稿は直ぐ翌月即ち九月号の『彗星』誌に皇道大本の記事と相対する頁に載せられてゐました。それが動機で参綾の時節が来たのでした。そして私は綾部で初めて、自分の内なるものの審判に恥ぢない生活を見出しましたそれは実に各人の働きが人類の喜びであるような生活でした。過去を振返って見ますと凡てが大本へ入る前の予備試験のやうに考へられます。

 

大本時代の御執筆-2


大本新聞における雅春先生の御文章

大正9年

615

やさしいおはなし(1        

P12P13

谷口白龍王

625

大本教のフランシスたれ(1

P4P5

まさはる

やさしいおはなし(2

P10P11

谷口白龍王

御筆先による大本霊学の解説(上)

P15P16

谷口白龍編

75

大本教のフランシスたれ(2

P2P3

まさはる

やさしいおはなし(3

P11

白龍生

夏期講習会に受持講師として谷口正治先生の名が記載

P6

 

御筆先による大本霊学の解説(中)

P13P14

谷口白龍編

『皇道霊学講和』新刊書として掲載(頁1面)大本新聞にこの宣伝が何回かにわたり掲載

P16

 

715

大本教のフランシスたれ(3

P2P3

まさはる

やさしいおはなし(4

P10

谷口白龍王

御筆先による大本霊学の解説(下の上)

P13P14

谷口白龍編

725

大本教のフランシスたれ(4

P2P3

まさはる

実行第一と題して加藤新氏のその当時の雅春先生の人柄がわかります。

P6P7

 

85

 

815

神示の比較宗教論(上)

 

大本教のフランシスたれ(5

P11P12

 

P2P3

谷口白龍編

 

谷口白龍編

神示の比較宗教論(中)

P11P12

谷口白龍王編

幽霊を見た話(上)

P13P14

谷口白龍王

825

大本教のフランシスたれ(6

P4P5

まさはる

幽霊を見た話(中)

P10P11

谷口白龍王

95

功利主義か唯美主義か

大本教のフランシスたれの筆者に呈す

P4P5

 

小倉未明

 

幽霊を見た話(下)

P12P13

谷口白龍王

神示の比較宗教論(下)

P14P15

谷口白龍王編

915

形骸の藝術より霊魂の藝術

小倉未明君に答ふるための対話

P4P5

 

まさはる

 

日の出の守護と云ふ意義

P8P9

谷口白龍王編

やさしいおはなし(5

P10P11

谷口白龍王

鎮魂帰進の要諦(上)

P14

まさはる

925

鎮魂帰進の要諦(下)

P9P12

まさはる

105

基督再臨の眞相

P3P14

谷口正治講述

1015

社会主義と皇道大本(上)

P3P6

谷口正治講述

1025

宇宙及び人生の目的

P2P3

まさはる

吾等如何に實行すべきか

大本神諭の教訓と聖書の教訓

P3

 

小倉未明

 

社会主義と皇道大本(下)

P8P10

谷口正治講述

115

非醫師治療法批判(1

P5P6

谷口正治

1115

大本教祖と古事記の預言

P11P12

谷口正治

非醫師治療法批判(2

P15P16

谷口正治

1125

非醫師治療法批判(3

P10P11

谷口正治

125

言霊と神通力

P3P8

谷口正治講述

アインシュタインの相対性原理について

P9P10

まさはる

非醫師治療法批判(4

P11P14

谷口正治

 

大本時報における雅春先生の御文章

大正8

105

 

 

1012

 

 

1026

112

119

1116

 

1123

1130

 

127

 

 

1214

1221

 

白龍王の手帳

燃ゆる土米(一頁に亘り掲載)

【分苑】 初秋雑詠(短歌)

105日大本大阪支局にて『大本霊学の解説』の講演ありと記載

選ばれたる日本民族の道徳

先天的臣隷種族に王者の権威を示せ

【分苑】 病中雑感(短歌)

【分苑】 寂しき人(短歌)

【分苑】 湖の旅(短歌)

言霊踏査 第四神年 竹生嶋参拝紀行()

言霊踏査 第四神年 竹生嶋参拝紀行()

【分苑】 醜き世界(短歌)  

【分苑】 貧しき歌(短歌)

【分苑】 貧しき歌(短歌)

竹生嶋参拝紀行(三)

皇道霊学講話(一)

【分苑】 竹生島にて(短歌)

發するに望みて(編集後記)

竹生嶋参拝紀行(四)

P4

 

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P2P3の間

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P6P7の間

P6P1の間

P5

 

まさはる

白龍王

 

 

白龍王

白龍王

まさはる

まさはる

まさはる」

まさはる

まさはる

白龍王

まさはる

まさはる

まさはる

正治

白龍王

白龍玉

まさはる

大正9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

14

 

111

 

118

125

21

28

 

215

 

314

328

44

411

418

52

 

59

 

530

66

 

613

620

 

 

74

 

 

 

 

 

 

 

711

718

725

81

88

815

821

木花咲哉姫

皇道霊学講話(二)

皇道霊学講話(三)

【分苑】 人類を嘲る歌(短歌)

皇道霊学講話(四)

皇道霊学講話(五)

皇道霊学講話(六)

皇道霊学講話(七)

皇道霊学講話(八)(日にちが不詳)

【分苑】 ひとり歌へる(短歌)

森戸問題批判

皇道霊学講話(九)

皇道霊学講話(十)

皇道霊学講話(十一)

皇道霊学講話(十二)

【分苑】 雪埋れ草()(短歌)

【分苑】 雪埋れ草()(短歌)

皇道霊学講話(十三)

皇道霊学講話(十四)

ヨハ子默示録の研究()

短歌

草の片葉(編集後記)

【分苑】 時折り草(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

【分苑】 夕暮にひとり窓によりて(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

(霊界片々) 十四、囚人の生霊

【分苑】 軍艦へ帰へりし人を偲びて(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

1にて夏期講習会の宣伝講師の中に谷口正治氏と記入、科目は皇道霊学(第一回は大正985日~14日・第二回816日~25日迄)

811日午前8時より10時まで

823日午前8時より10時まで

【分苑】 本宮山地つきの歌(短歌)

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究()

ヨハ子默示録の研究(十一)

ヨハ子默示録の研究(十二)

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白龍王

正治

正治

まさはる

正治

正治

正治

正治

正治

白龍王

白龍王

正治

正治

正治

正治

てる子

てる子

正治

正治

白龍王

てる子

白龍王

輝子

白龍王

輝子

 

白龍王

輝子

白龍王

 

 

 

 

 

輝子

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王

白龍王


大本時代の御執筆-1

大本に入信されるきっかけというのは島根で発行された『彗星』という雑誌です。
大本の内容がほぼ全面に記載され、この『彗星』という雑誌で入信された人も多かったということを聞きました。
谷口雅春先生はこの『彗星』に御寄稿されています。

谷口雅春先生の摂津紡績退職後の御文章

『彗星』九月号『心霊療法の骨子』大正7年 9月号


その後大本では編集の仕事とともに御自分でも執筆をなされておられます。

谷口雅春先生の御文章 大本時代

『神靈界』(B五判)掲載のご文章。復刻版があります。(八幡書店)

 

※ 『神靈界』では、旧名の谷口正治、谷口政治、まさはる、白龍王、小倉七美 等のペンネームで投稿、記事を書かれていました。

※ 他に、谷口正治先生の役員紹介の一部は省略致しました。敬称は略させて頂きました。


大正七年十一月一日(第七十號)

「對語 ある國」(幽界の樹林、男女の幽体縺れ合ひながら語る)

『神霊界』初めての寄稿

谷口正治(神戸からの寄稿文)

大正七年一月十五日(第七十八號)

「對話 光りなき國」(舞臺永遠の沈みたる暗黒。佛霊の群縺れ合ひながら語る)

 

谷口 政治(ママ)(目次は正解)

 

大正八年二月十五日(第八十號)

「入信の徑路 参綾の動機」(目次タイトルは名は岩田鳴球となっている)

(私は綾部で初めて、自分の内なるものの審判に恥じない生活を見出しました、それは実に各人の働きが人類の喜びであるような生活でした。)大本の入信の動機を語る。

 

谷口正治 (神戸 二十七歳)

大正八年三月十五日(第八十二號)

「改心しかけた男の日記」○蟻と科学者 ○太陽のやうな神 ○智慧と運命

○時節と天分 (短文)

 

谷口 政治(ママ)

大正八年四月一日(第八十三號)

「邪神の發生と身魂の修秡」(古事記の解読と「神癒」への比較論文)

 

谷口正治(表紙の名前谷口 政治)

大正八年四月十五日(第八十四號)

「大本靈学の私的研究」(皇道大本の鎮魂が催眠術ではないことと、憑依霊の形式など…)

「改宗者の手帳より」○建替は残虐なりや ○悪の発生問題 ○お前とならばどこまでも ○ミロクの大神(キリスト再臨と弥勒菩薩の下生と尊師の567ヶ月に因んで“567殿”

「編集室より」   ※(編集後記)友清歓真より交替の旨

 

谷口正治

 

白龍王

 

白龍王

大正八年五月一日(第八十五號)

「金龍殿雑記」

「編集室より」

 

まさはる

白龍王

大正八年五月十五日(第八十五號)

「編集室より」(綾部新聞を執筆を記載)

 

白龍王

大正八年六月一日  (第八十七号)

「大本靈学より観たる変態心理」

「絶好なる過激思想對應策」

「金龍殿雑記」

 

谷口正治

まさはる

白龍王

大正八年七月一日  (第八十九号)

「皇道大本雑話」()

「つかれたる人」

「編集室より」

 

谷口正治

まさはる

白龍王

大正八年七月十五日  (第九十號)

「つかれたる人」

「心理学者の妄論」

「編集室より」

 

まさはる

小倉七美

白龍王

大正八年八月一日  (第九十一號)

「改宗者の手帳より()」神諭に現れたる天体の創造

 

白龍王

大正八年八月十五日  (第九十二號)

「幽界と色情」=改宗者の手帳より()

「編集室より」

 

白龍王

まさはる

大正八年九月一日  (第九十一號)

「大本靈学座話」=皇道大本雑話()

「食卓の十三人目」=改宗者の手帳より()

 

谷口正治

白龍王

大正八年九月十五日  (第九十四號)

「白と黒」=改宗者の手帳より()

「本守護神と正守護神」=皇道大本雑話()

 

白龍王

まさはる

※注:1 大正九年十月一日(第九十五號)-この號より編集内容が大いに変更となり、ほとんど出口王仁三郎師の文章となる  「おふでさき」や「神諭」、和歌等が中心となる。

 

 

 

 

大正九年一月一日(第百一號)

「歌留多百人一首」(自分の名前の入った歌一首) 

谷の戸を 明けて出口の 御教は 正しく直ゝ 國を治めむ

 

谷口正治

 

大正九年一月一日(第百七號)

日の本を 神のみ國と 知らずして 見るもたふとし 秋津しま山

 

江守輝子

大正九年一月一日(第百八號)出版局図書編集主任 谷口 正治

 

大正九年六月十一日(第百十七號)

「八重垣神社参拝留守役 一人一首」(自分の名前の入った歌一首) 

谷派なる 神の出口の 正言に 丸く治まる 四方の國々

 

谷口正治

大正九年六月二十一日(第百十八號)

「亀岡萬壽苑紀行歌」(自分の名前の入った歌一首)  

谷派綾部の 大本の 出口教祖の 正言は 明冶二十五年より

千よろづの 寶も衣(きぬ)も 食物も みな大地(おおつち)の めぐみなりけり(募集歌)

 

 

谷口正治

江守てる子(ママ)

 

大正九年月一日(第百十號)

「桃山参陵記念歌 一人一首」(自分の名前の入った歌一首) 

谷派なる 出口の教子等(こら)が 襟正し 心治めて 参る桃山

 

谷口正治

 

大正十年三月一日(第百三十五號)

「靈の港」-最後の審判の豫兆-

1)基督を賣す者

2)基督再臨前の聖苦

3)基督の再誕と再臨

4)大本の神癒と建替の時期

5)大正維新の安政疑獄

6)運命と歴史の再現

7)妄(いつは)りの證者(あかししゃ)来る

8)総ての預言の完成

9)五月五日に何が来るか

10)吾等の使命

 

谷口正治

大正十年六月一日(第百三十八號 終刊号)

「わからせて頂いたこと」-他力と自力-  (大正1055日稿)

 

谷口正治












































































































※大正
10211日 谷口雅春先生宅にも召喚審問を受ける。(第一次大本事件)輝子先生が対応される。(雅春先生は神戸の実家に帰宅)

大本時代の著作と投稿雑誌

IMG_1821









































上図は雅春先生の大本教時代の著作です。
右下の霊光は大正14年5月号の投稿された雑誌です。
『所謂謙遜を超越」せよ』という題名です。
この本は関 昌祐という靈学療法で心霊会に一矢を報いる行動のように感じます。この関昌祐氏と谷口雅春先生との関係は『心霊会』浅野和三郎氏編纂の本に幾たびか投稿されていた関係だと思います。
発行所が兵庫県芦屋の『霊光洞本部』です。
生長の家本部でもわからなかった書物です。
上は谷口雅春先生の処女作『皇道靈学講話』です。

画像内容を変更しました。

大幅に画像を変更しました。
上側は4年前に行った。橿原神宮の神武天皇陵です。建国記念の日でしたが、橿原神宮は大変な人並みでしたが、ここ神武天皇陵は少しの人だけです。
何か寂しささえ思えてきました。
雪が深々と降る神武陵です。この隣には綏靖天皇陵ですがここになると殆ど人が来ません。すぐ隣でもこんな状況です。安寧天皇陵や懿徳天皇陵などは畝傍山の裾ですが、ほとんど参拝しない。
安寧天皇神社が懿徳天皇陵の近くにあります。
畝傍山にも3回程登りましたが、気楽に登れます。

さて、前のブログだと背景が文字などで見えなく大変わずらわしささえ感じましたが、今回はその様相が変わりましたので、是非見てください。

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-8

全集第十九巻『幸福篇』

 

生命の實相 新修版 第19巻  幸福篇

 

幸福篇 人生生きる道

幸福篇 毎日の修養

第一章  新たに生まる

一月 新たに生まる

第二章  衣を更へて

二月 衣を更えて

第三章  弥々生ふるいのち

三月 弥々生うるいのち

第四章  若葉寄り繁る

四月 若葉寄り繁る

第五章  陽めぐりいづ

五月 陽めぐりいず

第六章  紅白むすぶ

六月 紅白むすぶ

第七章   真諦成就

 

七月 真諦成就

第八章   八紘一宇是神国

 

八月 八方礼拝

第九章   苦難既にに無し

 

九月 苦難すでに無し

第十章   円満具足

 

十月 円満具足

第十一章 さらに新芽を含む

十一月 さらに新芽を含む

第十二章 陳きもの自ら謝る

 

十二月 陳きものおのずから謝る

 

 

 

 

はしがき

 

全集第二十巻『仏教篇・家庭教育篇』

生命の實相 新修版 第20巻  佛教篇・家庭教育篇

 

 

佛教篇 いのちの解脱

佛教篇 いのちの解脱

第一章 『いのち』の自由

第一章 「いのち」の自由

 

第二章 釈迦の成道

第二章 釈迦の成道

 

第三章 久遠流るゝいのち

 

 

第三章 寂光をさらに超えて

 

第四章 仏教とキリスト教とはかくして融合す

 

第五章 『華厳経』序講

第四章 維摩経及涅槃経に現はれたる『肉体無』

 

第五章 宗教と科学に就て

 

 

 

 

 

第六章 即身成仏の真理

第六章 即身成仏の真理

第七章 寂光を更に超えて

 

第八章 『華厳経』講義の一部

 

家庭教育篇 家庭と教育の基礎

家庭教育篇 家庭と教育の基礎

第一章 愛児の能力と夫婦陰陽の調和

 

第一章 愛児の能力と夫婦陰陽の調和

第二章 拝み合ひの生活

 

第二章 拝み合いの生活

第三章 無痛分娩の方法と心掛

第三章 無痛分娩の方法と心がけ

第四章 蝦児を無痛分娩した話


第四章 蝦児を無痛分娩した話

第五章 胎児及胎児以前よりの教養
 

第五章 胎児および胎児以前よりの教養

第六章 配偶の観相学的選び方   

 

 

第六章 配偶の観相学的選び方

第七章 そのまゝ素直に有りがたい


第七章 そのまま素直にありがたい

第八章 或る結婚式場での話


第八章 ある結婚式場での話

第九章 愛児の健康への近道


第九章 愛児の健康への近道

第十章 此の教育法で成績をよくした体

第十章 この教育法で成績をよくした体験

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-7

全集第十六巻『神道篇・経済生活篇』

 

生命の實相 新修版 第16巻  宗教戲曲篇・邪蘇傳

神道篇   日本国の世界的使命

 

 

はしがき

 

 

第一章 古事記講義

 

第二章 皇軍の倫理

 

第三章 世界秩序の崩壊と再建

 

第四章 戦勝祈願の倫理

 

第五章 理念のための戦争

 

第六章 余の国家主義

 

第七章 黙示録に現はれたる日本精神

 

第八章 日本国体と旧約聖書との問題

 

 

経済生活篇  光明思想的事業経営法

 

 

ヘンリ-フォ-ドの致富法

 

心の不思議な力

 

フオ-ドの成功の裏には此の力がある

幸福の天使のやうな霊的元素体[ほか]

 

 

序 自然と生命と芸術

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

釋迦と維摩詰

耶蘇伝

第一幕 ヨルダン河畔

第二幕 王宮前の露台と広場

第三幕 

第一場 ヨルダン河畔

第二場 ヨルダン河畔

第三場 途上

第四場 ヨルダン河畔

第四幕

第一場 麦畑の丘

第二場 途上

第三場 子供の病室

第四場 ユダとキリスト

第二幕 

第一場 海岸

第二場 旅人宿

第三場 エルサレムの獄舎

第四場 総督ピラトの法廷

 

 

全集第十七巻『随喜篇・道場篇』

生命の實相 新修版 第17巻  隨喜篇・道場篇

 

 

新修第17巻序

随喜篇   把住と放行

随喜篇 把住と放行

第一章  生命を礼拝する

第一章 生命を礼拝する

第二章  放つもののみ生きる

第二章 放つもののみ生きる

第三章  真如を生きる

第三章 真如を生きる

第四章  人間観の革命

第四章 人間観の革命

第五章  善と幸福との一致

第五章 善と幸福との一致

第六章  幸福の為の対話

第六章 幸福のための対話

第七章  肉体の否定・無限力の肯定

第七章 肉体の否定・無限力の肯定

第八章  花嫁学校に於ける講和

 

 

道場篇 弁道聴き書き

道場篇 弁道聴き書き

救いは念仏によらず

救いは念仏によらず

道を説き道を聞く場合の態度

道を説き道を聞く場合の態度

一切の生物は本来調和している

いっさいの生物は本来調和している ほか

 

 

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-6

全集第十三巻『教育実践篇』

 

生命の實相 新修版 第13   教育實踐篇

 

はしがき  随処作主の工夫

 

随所作主の工夫

 

教育實踐篇 人間を作る法

第一章  人間教育の根本的人生観

第一章 人間教育の根本的人生観

第二章  無軌道の教育法

第二章 無軌道の教育法

第三章  解放と引出しの教育

第三章 解放と引出しの教育

第四章  唯物教育の問題

第四章 唯物教育の問題

第五章  左翼思想を転向する道

第五章 左翼思想を転向する道

第六章  入学難と就職難に勝つ法

第六章 入学難と就職難に勝つ法

第七章  優良児の創造

第七章 優良児の創造

第八章  人類無罪宣言

第八章 人類無罪宣言

第九章  常不軽菩薩式教育

第九章 常不軽菩薩の教育

第十章  実相の開顕に伴ふ霊験

第十章 実相の開顕に伴う霊験

第十一章 芸術教育の眞髄を語る

第十一章 芸術教育の神髄を語る

第十二章 宗教教育を如何に施すか

第十二章 宗教教育をいかに施すか

第十三章 生命の教育の成果を語る

第十三章 生命の教育の成果を語る

 

 

全集第十四巻『久遠仏性篇・眞理体験篇』

 

生命の實相 新修版 第14巻  久遠佛性篇・眞理體驗篇

 

 

はしがき

久遠佛性篇 常楽宗教の提唱

久遠佛性篇 常楽宗教の提唱

第一章  常楽宗教の提唱

第一章 常楽宗教の提唱

第二章  仏教の無常観は生々流動の教だ

 

第三章  生長の家の奇跡的功徳は何処から来るか

第二章 宗教の奇跡的功徳はどこから来るか

第四章  生きて歩む宗教

第三章 生きて歩む宗教

 

第四章 あなたはすでに救われている

第五章  成仏論

 

第六章  神の子の自覚に点睛す

第五章 神の子の自覚に点睛す

第七章  維摩経及涅槃経に現れたる『肉体無』

第六章 『維摩経』および『涅槃経』に現われたる「肉体

無」

 

 

第七章 久遠を流るるいのち

 

第八章 われらの祈願および修養

第八章  宗教と科学の不敬性

 

第九章  生長の家と医療問題

 

第十章  吾等の祈願及び修養

 

第十一章 此の教育法で成績をよくした体験

 

眞理體驗篇 今日の視力問題

眞理體驗篇 近眼・色盲等は治るか

第一章  今日の視力問題

第一章 近眼・色盲等は治るか

第二章  視力回復の体験者自ら記す

第二章 体験者みずから記す

 

 

全集第十五巻『女性教育篇・児童光明篇・聖典講義篇』

 

生命の實相 新修版 第15巻 女性教育篇・兒童教育篇・聖典講義篇

はしがき

 

はしがき

女性教育篇 母・妻・娘の聖書

女性教育篇 母・妻・娘の聖書

第一章  女性の観点を一新せよ

第一章 女性の観点を一新せよ

第二章  『女だから』と云ふ言葉

第二章 「女だから」という言葉

第三章  妻を『養ふ』と云ふ言葉

第三章 妻を「養う」という言葉

第四章  無限供給の経済の立て方

第四章 無限供給の経済の立て方

第五章  家庭幸福への道

第五章 家庭幸福への道

第六章  結婚前の娘及び母への注意

第六章 結婚前の娘および母への注意

第七章  ダリアの花に題して

第七章 ダリアの花に題して

第八章  本来一つのもの

第八章 本来一つのもの

第九章  親切行に就いて

第九章 親切行に就いて

第十章  空想的人類愛より実際的人類愛

第十章 空想的人類愛より実際的人類愛

第十一章 レヴュ―の精神分析

第十一章 レヴュ―の精神分析

第十二章 家族全体を健康にする方法

第十二章 家族全体を健康にする方法

兒童教育篇 子供への光

兒童教育篇 子供への光

第一章  革新的な児童教育の仕方

第一章 革新的な児童教育の仕方

第二章  芽生えを培ふ教育法

第二章 芽生えを培う教育法

第三章  人間の模倣性と教育

第三章 人間の模倣性と教育

 

第四章  革新的教育法の効果を語る

第四章 革新的教育法の効果を語る

聖典講義篇 山上の垂訓の示す真理

聖典講義篇 山上の垂訓の示す真理

 

 

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-5

全集第十一巻『経典篇・参考篇・宗教問答篇』

 

生命の實相 新修版 第11巻  經典篇・參考篇・宗教問     答續篇  

經典篇(一) 智慧の言葉

經典篇(一) 智慧の言葉

經典篇(二) 『甘露の法雨』講義

 

經典篇(二) 『甘露の法雨』講義

第一章  神と仏と霊

第一章 神と仏と霊

第二章  物質と実在

第二章 物質と実在

第三章  智慧と無明と罪

第三章 智慧と無明と罪

第四章  人間の実相および仮相

第四章 人間の実相および仮相

参 考 篇  精神分析による心の研究

 

参考篇 精神分析による心の研究

 

佇立地獄の患者

 

ブロイエルの催眠法

 

ステケル氏の自由会話法

 

ユング氏の連想試験法

 

ステケル氏の自由単語法

 

病気でありたい意志

 

精神分析の質問の仕方

 

彼の遅刻

 

彼の夢

 

妻の秘密

 

復讐の激情

 

患者の夢の分析

 

正しき生活病気を全治せしむ

 

その他の治験例

 

精神分析実施上の注意

 

医者への愛

 

勝利の欲望

 

公衆恐怖症の解剖

 

私の取り扱った複雑な治験例

宗教問答篇  人生の悩みに答ふ

 

宗教問答篇  人生の悩みに答ふ

 

()絵を描くのを使命と感じながら境遇に苦しむ人に

 

()絵を描くのを使命と感じながら境遇に苦しむ人に

 

(二)未婚青年の性欲の解決

 

(二)未婚青年の性欲の解決

 

 

 

全集第十二巻『常楽篇・経典篇・参考篇・質疑篇』

 

生命の實相 新修版 第12巻  常樂篇・經典篇・參考篇・ 質疑篇

芸術としての生長の家(序文に代へて)

芸術としての生長の家(序文に代へて)

常樂篇   久遠常楽の生活

常樂篇 久遠常楽の生活

第一章  常楽生活への道しるべ

第一章 常楽生活への道しるべ

第二章  無限能力を汲む道

第二章 無限能力を汲む道

第三章  不壊の生命を説く

第三章 不壊の生命を説く

第四章  生きとほしの生命

第四章 生きとおしの生命

第五章  全面的自由としての宗教的の救ひ

第五章 全面的自由としての宗教的の救い

第六章  平等愛の絶対神と、偏愛の相対神

 

經典篇   聖経『天使の言葉』講義

―特に「近視は治る」原理に及ぶ――

經典篇  聖経『天使の言葉』講義
 ――特に「近視は治る」原理に及ぶ――

参考篇   心が肉体に及ぼす力

 

參考篇 心が肉体に及ぼす力

 

心が肉体に及ぼす力

 

想像の作る病気と想像の治す病気

 

健康を左右する暗示の力

 

愛は癒す力

 

人間はなぜ老衰するか

 

長く若さを保ちし人々

 

精神力にて老衰を防ぐ法

質疑篇   眞理の応用及び捨遺

 

質疑篇 真理の応用および拾遺

 

一、実生活に応用する自己暗示法

 

二、現象なしの自覚について

 

三、殉死殉道の意義と価値ほか


 

 

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-4

全集第八巻『人生問答篇』

生命の實相 新修版 第8巻 人生問答篇

序 文   新生活への出発

新生活への出発――幸福なる生活への序曲――

人生問答篇 人生の悩みを解く

人生問答篇 人生の悩みを解く

第一章   家庭争議の解決を語る

第一章 家庭争議の解決を語る

第二章   生活に顕われた神通妙用

第二章 生活に顕われた神通妙用

第三章   生きる道の座談会

第三章 生きる道の座談会

第四章   基督の偉さと奈翁の偉さ

第四章 キリストの偉さとナポレオンの偉さ

第五章   恋愛・相性・方位・家相

第五章 恋愛・相性・方位・家相

第六章   念の集積・業の流転・念の憑依

第六章 念の集積・業の流転・念の憑依

第七章   念の病気に及ぼす力

第七章 念の病気に及ぼす力

第八章   治す念波の話

第八章 治す念波の話

第九章   『みんな一体』の信仰を語る

第九章 「みんな一体」の信仰を語る

 

第十章 酒・煙草・異性

第十章   世界は何処へ行くのかを語る

 

第十一章  国と家庭を良くする話

第十一章 国と家庭を良くする話

 

第十二章 人生に出発する人達への講話

 

 

全集第九巻『宗教問答篇』

生命の實相 新修版 第9巻  宗教問答篇

第一章  生活に生きる宗教

第一章 生活に生きる宗教

第二章  天国浄土を実現する道

第二章 天国浄土を実現する道

第三章  『無』もない世界に入る話

第三章 「無」もない世界に入る話

第四章  眞理に救はれ行く人々

第四章 真理に救われ行く人々

第五章  肉体と境遇を良くする道(報恩行)

第五章 肉体と境遇を良くする道

第六章  南泉猫を斬る生活

第六章 南泉猫を斬る生活

第七章  神の無限供給を語る

第七章 神の無限供給を語る

第八章  天地一切と和合する生活

第八章 天地一切と和合する生活

第九章  種々の宗教問題に答ふ

第九章 種々の宗教問題に答う

 

 

全集第十巻『神示を受くる迄』

 

生命の實相 新修版 第10巻  神示を受くる迄

 

 

 

自傳篇 神示を受くる迄

自傳篇 神示を受くる迄

第一章  幼少時代

幼少時代

第二章  少年及び青年初期

少年および青年初期

第三章  芸術至上主義時代

芸術至上主義時代

第四章  憐憫愛への転向

憐憫愛への転向

第五章  工場生活時代

工場生活時代

第六章  転身

転身

第七章  関東大震火災に逢ふ

関東大震災に逢う

第八章  肉体及び物質の否定

 

肉体及び物質の否定

聖詩篇   生長の家の歌

 

聖詩篇 生長の家の歌

 

聖経甘露の法雨

 

生きた生命

 

光明と暗黒

 

夢を描け

 

花園にて

 

光明の国

 

或る日の生命の国

太陽の讃歌

 

 

生長の家々

 

神の御手

 

裸身の讃え

 

捨身の讃え

 

 

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-3

全集第五巻『霊界と死後の救ひ』

生命の實相 新修版 第5巻  靈界と死後の生活篇

 

『生命の実相新修第五巻』に序して

生命の行方

靈界篇 生命の行方

第一章 差別心より観たる霊界の消息

第一章 差別心より観たる霊界の消息

 

霊魂および霊界の研究法

 

霊魂の幻影化の実証の蒐集

 

霊視能力による霊界探検ほか

第二章 平等心より観たる霊界の消息

第二章 平等心より観たる霊界の消息

第三章 個性生命の存続と其物質化

第三章 個性生命の存続とその物質化

第四章 悟らぬ霊魂を救ふ道

第四章 悟らぬ霊魂を救う道

第五章 幽明境を超える念の感応

第五章 幽明の境を超える念の感応

 

 

全集第六巻『萬教帰一篇』

生命の實相 新修版 第6巻  萬教歸一篇

序詩  爾のうち神を生かせ

 

 

はしがき

地湧の浄土(はしがき)

 

萬教帰一篇 『大生長の家』地湧の浄土

 

大生長の家に就ての神示

 

第一章 中心に帰一する道

 

 

萬教歸一篇 真理の扉を開く

第二章 『生長の家』より観たる『創世記』

第一章 「生長の家」より観たる『創世記』

第三章 『生長の家』より観たる『法華経』

第二章 「生長の家」より観たる『法華経』

第四章 萬教一つに包容す

第三章 万教一つに包容す

第五章 吾等を浄土に救ふものは何か

第四章 われらを浄土に救うものは何か

第六章 南無阿弥陀仏の実生活化

第五章 南無阿弥陀仏の実生活化

 

第六章 古典に現われたる宇宙構造の中心理念

 

第七章 礼拝三昧禅

 

第八章 入竜宮不可思議境界録

 

 

全集第七巻『教育篇・倫理篇』

生命の實相 新修版 第7巻  教育篇・倫理篇

本当の教育(はしがき)

本当の教育についての講演(序に代へて)

倫理篇  永遠価値の生活学

倫理篇  永遠価値の生活学

第一章  永遠価値の生活学序説

第一章  永遠価値の生活学序説

第二章  第一の神性隠蔽

第二章  第一の神性隠蔽

第三章  第二の神性隠蔽と其の以後

第三章  第二の神性隠蔽とそれ以後

第四章  自己の展開としての客観世界

第四章  自心の展開としての客観世界

第五章  実相を隠蔽する傲慢と自卑

第五章  実相を隠蔽する驕慢と自卑

第六章  唯心思想の経済的展開

第六章  価値の本質

第七章  悔改の倫理

第七章  悔い改めの倫理

第八章  偽我と眞我の甄別

第八章  偽我と真我の甄別

第九章  自他一体と個性生活

第九章  自他一体と個性生活

第十章  和解の倫理

第十章  和解の倫理

第十一章 ロダンの鼻欠け像の倫理

第十一章 ロダンの鼻欠け像の倫理

第十二章 恋愛・結婚・夫婦生活の倫理

第十二章 恋愛・結婚・夫婦生活の倫理

第十三章 家庭の宗教生活化

第十三章 家庭の宗教生活化

第十四章 無軌道の倫理

第十四章 無軌道の倫理

教育篇   『生長の家』の児童教育法

教育篇 「生長の家」の児童教育法

 

 

『生命の實相』戦前版と戦後版の比較-2

全集第三巻『聖霊篇・実証篇』

生命の實相 新修版 第3巻  聖靈篇・實證篇

序詩  天使の言葉

序詩 天使の言葉

聖霊篇  燃えさかる聖霊の火

聖靈篇 燃えさかる聖霊の火

第一章 烈しき聖霊の焔

第一章 烈しき聖霊の炎

第二章 聖火盛岡を過ぐ

第二章 聖火盛岡を過ぐ

第三章 聖火帝都を過ぐ

第三章 聖火帝都を過ぐ

第四章 聖火北陸を過ぐ

第四章 聖火北陸を過ぐ

第五章 『ねばならぬ』を解放する宗教

第五章 「ねばならぬ」を解放する宗教

第六章 聖火京都を過ぐ

第六章 聖火京都を過ぐ

第七章 宗教を生活に生きる生長の家

第七章 宗教を生活に生きる生長の家

第八章 宗教上の『罪の赦し』に就いて

第八章 宗教上の「罪の赦し」について

第九章 心に従って展開する地上天国

第九章 心に従って展開する地上天国

第十章 無限能力をひらく道

第十章 無限能力をひらく道

実証篇  生長の家の奇蹟に就いて

實證篇 生長の家の奇跡について

 

 

全集第四巻『生活篇・観行篇』

生命の實相 新修版 第4巻  生活篇・觀行篇

生活篇  『生長の家』の生き方

生活篇 「生長の家」の生き方

1)朝の時間を生かせ

1)朝の時間を生かせ

2)朗らかに笑って生きよ

2)朗らかに笑って生きよ

3)日時計主義の生活

3)日時計主義の生活

4)ひとの生命の實相を礼拝せよ

4)ひとの生命の実相を礼拝せよ

5)神の子の自覚に超入せよ

5)神の子の自覚に超入せよ

6)『今』を全力を出して戦ひとれ

6)「今」を全力を出して戦いとれ

7)背水の陣を布け

7)背水の陣を布け

8)深切の生活を生きよ

8)深切の生活を生きよ

9)常に心に善念を把持せよ

9)常に心に善念を把持せよ

10)わが心の王国を支配せよ

10)わが心の王国を支配せよ

11)取越し苦労する勿れ

11)取り越し苦労するなかれ

12)生長と平和と幸福は愛より生ずる

12)生長と平和と幸福は愛より生ずる

13)思い切りよく、押し強く、勇敢に断行せよ

13)思い切りよく、押し強く、勇敢に断行せよ

14)断じて失敗を予想せざるものは終に勝つ

14)断じて失敗を予想せざる者はついに勝つ

15)共通的生命の歓喜のため働け

15)共通的生命の歓喜のために働け

16)艱難を光明化せよ

16)艱難を光明化せよ

17)天地の開ける音を聞け

17)天地の開ける音を聞け

18)家庭生活を光明化せよ

18)家庭生活を光明化せよ

観行篇  神想観実修本義

觀行篇 神想観実修本義

第一章 心の根本的調律法

第一章 心の根本的調律法

第二章 『神想観』実修の形式並びに注意

第二章 「神想観」実修の形式ならびに注意

第三章 無限智慧を感受する道

第三章 無限知恵を感受する道

第四章 無限生命に汲む道

第四章 無限生命に汲む道

第五章 無限生命を受くる道

第五章 無限供給を受ける道

第六章 神想観の助業としての感謝行

第六章 神想観の助業として感謝行

 

 

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