則天去私

「谷口雅春」先生の生涯も綴っていきます。

2014年04月

讀んで戴ければ幸甚です。

人がそんな事を言ったとかではありません。

私は下記の投稿で色々な感想をもつ人がおられることを実感します。
「亀の子」様は全うな意見です。
それに対して「宇治別格本山は終わった」というのは衝撃的な言葉であり、あることを主題にしてそれが全てを現わすというのは言い過ぎなように思います。

宇治にも沢山の人が来られます。全く別の思いで来る人もいるのも確かです。
私も宇治ではありませんが、教化部で現金を盗まれたことがあります。また家内は宇治の職員でありましたころにそうした大金を盗むような事案がありました。
しかし、その当時は30年程前ですが、それで宇治は終わってしまったでしょうか?
また、別の案件でもそうした事案もあったことも聞いています。

それで「生長の家」はダメになったでしょうか?宇治でも自殺や様々なことがあったことを聞いています。
あるものだけを見てそれが全てというようになることは、少し避けていかなければならないように思います。

私は疑問におもったのは「ちろたま」様の意見です。
>あなたの意見を読んで「?」な思いを持たれている方は私だけではないで
しょう。

私はこの言葉に違和感をもった。反対にちろまた様に多くの人は疑問にもったという表現を使えばどうなんでしょうか?
こういう意見の人は常に誰かがこんなこと言ったとかそういう他人の意見ばかり気にされているような気がします。

 宇治別格本山は終わった?  (7662)
日時:2014年04月23日 (水) 22時25分
名前:ちろたま

今日、宇治へお参りに行ってきましたが生長の家にはふさわしくない
貼り紙があったので全文掲載させて頂きます。


表 英明君に警告する
参拝、食事並びに練成会受講などいかなる目的理由であれ、
当宗教法人生長の家宇治別格本山境内の全ての施設、建物(宝蔵神社大拝殿、新練成道場、第一社務所、経理部事務所、入龍宮幽斎殿、中講堂など)内に今後立ち入ることを禁じます。
また、侵入したことを発見次第、住居侵入罪で宇治警察署に通報します。
平成二十六年四月一日
総務 堀端芳樹


問題のある人達を受け入れてきた素晴らしい所だと思って
いたのですが残念です。



実相の顕現は、さまざま。現象処理もさまざま  (7686)
日時:2014年04月24日 (木) 19時48分
名前:亀の子

別に現教団のやり方に肩を持つ者ではありませんが、ちろたま様の投稿を読んで、


>実相を現す力を持った宗教ではなかったかと思いますが。。。


私も、その方のことは、よく知りませんし、また、それに対する宇治の対応もよくわかりませんが、


ただ「実相を現す」ということに対する現象的対応は、千差万別であり、その一件だけで、

「宇治別格本山は終わった?」とか、(生長の家は)「実相を現す力を持った宗教ではなかったか」と断ずるのは、如何なものかと思います。


私の言いたい事は、「実相」と「現象」との峻別、また、本来(本当)の生長の家(御教え)と現総裁の説くエセ「生長の家」の教えと称するものを峻別する必要があるということです。


「実相を観て、祈る」(元宇治っ子様も言われていますが)という言葉は、現教団を支持する方も本流復活派の方でも、簡単に口にされていますが、本来は、大変なことであり、一生の問題でもあります。古来から、「實相」(神性・仏性)を観ることに多くの宗教的な修行者は文字通り「命懸け」で行ってきたことは、ちょっと勉強された方なら知るところでしょう。

最近は、「言葉」があまりにも軽々しく使われ傾向にあり、虚ろにしか響きません。


また、「実相を観て、祈るだけ」でいいのかという問題もあります。ある人は、病気になった人を見て、「あの人は実相を観ていないから病気になった」といい、またある人は、「私は、彼(彼女)の実相を観て、祈っています」といい、またある人は、医者に連れて行き病人を助けたりします。さて、どれが一番正しいのでしょうか?


現象処理は、必ずしも悪いことではなく。大変、重要なことです。


以前は、生長の家の指導でも、修行者の顔面を殴ったという話は、ご存じの方もおおいのではないでしょうか(『無門關解釋』参照)

仏教にも、阿弥陀様もいれば、不動明王様もあり、様々な菩薩様があります。


さて「あなたが、宇治の総務という立場ならどうしますか?」

犯罪を犯しそうな人を迎え入れられますか。犯罪が起きてしまったら責任とれますか。各自、冷暖自知の必要があるのではないでしょうか。


合掌



現象処理は、さまざま2 NEW (7733)
日時:2014年04月26日 (土) 19時24分
名前:亀の子

本流黎明 様へ

意地の悪い質問(人それぞれに受け取り方は違うでしょうが)に早速、お答え頂き、誠にありがとうございます。

>以前なら、一人でも救う。以後も、そうありたいものです。

 誠に同感です。私も宇治を愛する人間の一人として、そうありたいと願う者であります。



ちろたま 様へ

ご気分を害されたことに対しては、お詫び申しあげます。


元宇治っ子様のはじめの情報では、この方の問題は、最近、始まったという訳ではないようです。楠本先生が総務だったころからこの方の問題は、あったということは容易に推察されます。その頃は、この方を宇治では受け入れていたということになります。

その頃は、ちろたま様の言われるように、

>問題のある人達を受け入れてきた素晴らしい所

 だったのでしょう。

繰り返しになりますが、私が今回、投稿のは、ちろたま様の文章に本来(本当)の「生長の家」(御教え)と現総裁の説くエセ「生長の家」が混同されているように感じたからです。


楠本先生が総務だったころは、その方を受け入れてきたという現象処理をされたということです。


その後、状況が変わったのかもしれませんが、新・総務は、受け入れを拒否するという現象処理を取ったということです。


>あり得ない事が起こって救われたから
>生長の家に目覚めた人達も多かったのではないでしょうか?


また、実相の現れは、さまざまであるということは、その方が宇治に出入り禁止になる、あるいは刑務所に入ること(ちろたま様の言われるように、その方にとっては、あり得ない事が起こって)になって救われるということもあるのではないでしょうか。ということです。



>あなたの意見は人類の救済、愛、ご利益などを説きながら
>境内に監視カメラを設置したり入信希望者を選別したり
>するおかしなそこら辺の新興宗教と同じですね。


その出入り禁止の方が、本当に入信希望者なのかどうか?ということも問題ではないでしょうか。別な悪意のある目的が明らかであり、他の修行者の迷惑になるのであれば、私も現在の総務の処置を取っているでしょう。


現在では、防犯カメラという名の監視カメラが、駅も街中もあふれかえっている時代です。残念な世の中になったものです。

さて、ちろたま様、

私(亀の子)が、宇治に悪意のある目的で立ち入ろうとした時、「あなたが、宇治の総務という立場ならどうしますか?」

私を受け入れてくださいますか?

亀の子さまへ NEW (7734)
日時:2014年04月26日 (土) 20時32分
名前:ちろたま

あなたの意見を読んで「?」な思いを持たれている方は私だけではないで
しょう。
聖霊天降る宇治の練成に行く事が「救い」であります。
もし私が谷口「雅春」先生の教えを純粋に信仰している総務で
あったならば受け入れるでしょう。
現に背中に刺青を入れたチンピラもどきの青年がよからぬ事を考えて練成に参加したと
体験発表されていましたが今ではすっかり更生されて宇治で活躍されていますよ。
本来生長の家は素晴らしい力を持った宗教であるはずです。
私も救われた1人です。
そもそもあなたは宇治の練成会に参加された事があるのでしょうか?
何回も参加された方でしたら普通なら立ち入り禁止にしてもおかしく
ない参加者を1度は目にしているはずですが。。。



そろそろ退散します NEW (7735)
日時:2014年04月26日 (土) 21時28分
名前:亀の子

ちろたま 様へ


>本来生長の家は素晴らしい力を持った宗教であるはずです。


その一言が聴けただけで満足です。


ただ、私の言いたかったことは、本来の「生長の家」という意味は、「大宇宙」の別名であるということから言えば、宇治に行くことだけが、救いの道ではなく他の救いの道もあるはずだと申しあげたかったのです。


ちなみに私は、宇治の練成は、何回も受けており、研修生もしておりました。

私の、本流黎明 様への言葉、

>私も宇治を愛する人間の一人として、そうありたいと願う者であります。

という言葉から察することができませんでしたか?


どうも失礼しました。ご健闘をお祈りします。


合掌


歴史は身体に染み込ませる縦の繋がり

私は天皇観というのを如何に培ったかというと『天皇陵』への参拝に他ならない。
歴代の天皇様の恩徳を身体に染み込ませるように努力しました。万葉集や古今和歌集のような古典を学び、天皇様の思いを我が思いとしての歴代天皇の恩徳を学びました。

私はその土地を知ろうとする時は出来る限り歩くようにします。先日の東京もそうですが、起伏ということを
身体に憶え込ませるのです。
先日の明治神宮の外苑には清正井戸があります。
地下から湧いてそれが絶えないのであります。
一見それほど高い山もないのですが、東京というのはかなりの高低がある土地であります。
それが、田園に相応しき土地へとなったのではないでしょうか。

水の汲み上げられる土地は住みやすい土地なのです。それは京都でもそうですが、歴史でも長い間「都」として成立したのは水があればこそであります。

そうした歴史というのは身体に染み込ませるのが大切だと痛感致します。大津皇子は天武天皇の皇子として生まれた、だが母親の実力なき為に川島皇子に謀判として無罪の罪に捕らえられ殉死することとなる。

百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隱去牟

(藤原宮朱鳥元年冬十月)

「ももづたふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ」
(磐余の池に鳴く鴨を見ることは今日までか。私は死んでいくんであろうな。)

本部会館の取り壊しの憂き目

先日の「第二回全国大会」に参加したときに、その前に靖国神社に参拝してきた。
朝の靖国はひっそりとしていた、骨董市の出店が参道脇に並んでいた。
一昨年の正月に参拝した時とは違い、周りは粛然とした佇まいである。八重桜が靖国の庭に綻ばせている。

私は先の大戦で多くの先達が日本の国家を案じて命を捧げた人を祈らずにはいられないのです。英霊の御霊にどうしても参拝しなければ申し訳ないようなきがするのです。

単に「第二回全国大会」に行って良かったというようなことでは恥ずかしい。私は靖国神社から歩いて原宿まで行った。その途中に本部にも寄ってみた。

私はその本部会館に行き涙が出てきた。雅春先生の思いを信徒が汲み取り、この本部会館が建設されたことを知っている人間には崩壊した本部は悲しい思いしかさせない。広く信徒の浄財と谷口雅春先生の御愛年により建設されたことは間違いない。
そういう信徒の浄財を軽々しくも壊すなど考えてもらっては困るものである。P1150549
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「生長の家青年会の歌」

谷口雅春先生を学ぶ会の第二回全国大会に参加しました。
盛大に行われたのは主宰した人達の並々ならない決意を感じました。大変素晴らしい大会であったことを感じました。
講師の講話も素晴らしく、体験談もなかなかよかったです。
私は取り分けて聖歌である「青年会の歌」を歌ったときは、もう声も出なく走馬灯のように青年会時代を思い出した。
素晴らしい歌でありますし、涙が自然に頬伝うのでありました。

以前に伝統様が書き込みしていただきました「青年会の歌」を掲載します。

靑年會の歌     谷口雅春作詩 中原都男作曲

(一)
ひのもとの 若き生命(いのち)は

神の子の さきはへうけて

神國(かみくに)を あまつかなたの

はるかなる 夢のくにより

このよなる うつしのくにに

美しき 神の構圖(こうず)を

もちきたす 使命うけきて

雄々しくも 今立ち上がりぬ

(二)
大いなる みてに抱かれ

悦びに 胸打ちふるへ

若人の いやすゝみゆく

ゆくさきは 唯光のみ

若人の いやすゝみゆく

ゆくさきは 闇はきえゆく

ひのもとは たたゞ光のみ

ひのもとは たたゞ光のみ

(三)

燃えあがる 光の如く

もえさかる 若葉の如く

ひたぶるに わかき生命(いのち)は

神の子の 御智慧(みちえ)今うけ

神の子の 力いまうけ

風はらむ 帆舟(ほぶね)のごとく

國おこす いしずゑとして

今たちぬ 生長の家靑年會   

この「青年会の歌」は昭和22年9月に「生長の家青年会の歌」「白鳩会の歌」「生長の家の歌」と引き続いて発表されたのです。その発表されたのは奇しくも『生長する青年』誌を青年向けへの創刊号である9月から3か月後の12月号に発表されたのです。

この年の8月には雅春先生は公職追放の仮指定を受け、その断腸の思いというのは耐え難きものがあります。
それでも「青年会の歌」に國を興す礎として立って欲しいという願望がここにあるのです。

青年会の歌を起爆剤として翌年の三月には『全日本生長の家青年会在一回全国大会」が開催されたのです。
占領時代の暗澹たる時代に澎湃として沸き起こったのが「生長の家青年会」なのです。
光の如く、立ち上がったのが「生長の家青年会」なのでした。

雄々しく立ち上がってほしい。

『甘露の家』

年「甘露の家」という天理教信者が生長の家の教えを学べば天理教が良く分かるということで出版)出版・甘露の家叢書刊行会発行  松本 天村編

昭和11年『甘露の家』という天理教信者が生長の家の教えを学べば天理教が良くわかるということで出版されています。
P1150539

萬成書房

P1150540
P1150538

こころ我を生かす    萬成書房(冊子)

12.25

 

 

47

 

 

我が心の王国       萬成書房(冊子)

11.20

 

 

62

 

 

いのちのゆには      萬成書房(冊子)

12.25

 

 

47

 

 

幸福の原理                  発行所 萬成書房 (大阪府豊中局区岡町57

5.10

 

308

B6

(注28



萬成書房は西日本における生長の家出版会社である。(西日本出版会社は昭和23年から25年までの間に豊中市岡町(栗原保介本部講師宅)にて出版。
上六の印刷所(星丘重一郎邸)
連合軍司令部の司令により、京都教化部が西日本の拠点でした。
栗原保介本部講師は『白鳩』誌創刊号にその名前があります。
本部講師といえども生活苦で本部講師を辞任されています。それとともに「生長の家」もさられます。惜しい人物であります。

生長の家とは

生長の家教団は今大変混乱している。
勿論、その原因は現総裁の豹変は総裁自身の教団の大義を忘却したことが因であることは明らかであります。

私が総裁を批判しているとかいうが、それならばどちらの言い分が正しいのであるかである。それを大概的に分析して欲しい。
教義の大要というのが宗教にはあります。
宗教の目的や教義の趣旨などを説明のために必要な項目があります。以前にも書いたように「生長の家」の教義の大要は

教義の大要

「国体を明徴にして皇室の尊厳を明にし、各宗の神髄を 天皇信仰に帰一せしめ、尽忠報国、忠孝一本の国民精神を昂揚し悪平等を排して一切のものに、人、時、処、相応の大調和を得せしめ、兼て天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す」


その実行目標として次の「七つの光明宣言」あり。

とある。

それならば国体を明徴にするとはどういうことなのか?
この日本は天皇が治める国であるということを明確にしていくことではないですか。

それを忘れて自然環境などという国家が混乱時期にやるべきことであるかどうか、大きな問題である。しかも、根本義を忘却して環境団体に成り下がっている。

そんな恥ずかしいことを平気で実施している。しかも応援している人も多くなってきている。

日本の国家を忘れて、何をしているのであろうか。私達の活動の先輩に恥ずかしくないのか?

歴代の諸先輩に恥ずかしくないのか?そうした人に感謝の念があるのかどうかなのですね。

私は戦後に戦前の人々を平気で悪口をいう人に現在の生長の家の教団の方々が戦後の混乱時期に占領軍に靡いた人に似ている。

生長の家の歴史を簡単に批評したり、批判したりして現在の組織に踏まえることもなしに、単に悪口である。それを平然と行う輩は恥ずかしくないのか。それならば彼らを超える運動を行ったのか。
批評する運動以上の成果を上げられたのか。

そんなものもなく、単に批判しているのは悪口である。

私はどうしてそういうことになるかというと、生長の家が天皇信仰だということを忘れているからである。「天皇信仰」を忘れなければこんなことにならなかった。

私は「みなかの精神」というのが「学ぶ会」のなかでも忘れられていることに愕然とするのである。

以前雅春先生は『理想世界』に天皇陛下の素晴らしさと天皇信仰における中心帰一を毎号月に連載していた。それがどうだろうか、天皇信仰を忘れているのである。

歴代の天皇様の恩徳を学ぶ会誌で説いたか。
そういう本を出版しようとしていないのが、そういわれても仕方がない。何の反論も出来ないであろう。

私は堂々と日章旗を掲げ”日の丸行進”を行うべきである。そんなことしないでなにが生長の家本流であろうか?

私は『学ぶ会」に入信しないのも、本当の生長の家と感じていないからである。



全国大会に参加します。

今回、第二回全国大会に参加します。
当日は神保町や靖国神社など行きたい所もありますので、それを兼ねてです。

お台場等はあまり興味がなく東京ディズニーランド等はこの年齢ですので全く興味がありません。
私の姪が東京ディズニーランドの社員であったので、グッズなど気楽に購入していました。
まあ、この年齢ではそりゃそうですね。

ただ、若い頃からそんなものに興味がありませんでしたので今更そこまで興味のあるようなことはありません。

さて、神保町は古本屋です。東京は大阪より高値ですが、それも仕方ないのかもしれません。
靖国神社は数年前に山本五十六の書状を納めていますので、その関係で3年振りに行きます。

私は若い頃に半年ほど東京の広尾に住んでいました。少しの期間でしたがいろんな事を鮮明に覚えています。

よく六本木まで走ったりして暇を持て余すのにそういう運動をしていました。
神保町などもよく本を買いに行きました。
その当時その勤めている社長がよく食事に連れてもらいました。

東京のどこが行きたいと聞かれて、佃と言っていました。(笑)
昔は生長の家青年会全国大会で毎年行ったり、仕事で行ったりしていましたので、慣れてはいますがここ数年は行かなくなりました。

それと、こういうことを書いていましたので掲載します。

1957トキ:2014/03/12(水) 18:21:38 ID:0zqgiqZo
>>1955

曳馬野様

 これは私の個人的な疑問ですが、曳馬野様と山ちゃん1952様はほぼ同年代だと思います。
また、おふたりとも百万運動の経験者だと思います。

 この点、山ちゃん1952様は、現在の総裁の方針を厳しく批判されています。賛成するか
どうかは別ですが、百万運動の頃の価値観を前提とするなら、この姿勢は首尾一貫していま
す。

 しかし、曳馬野様は、総裁への忠誠を尽くしなさい、と言います。このあたりの論理を
ご説明下されば幸いです。

合掌 ありがとうございます <


何か言っていることがわからないのです。

百万運動をしていた人=総裁を批判する

こういう対峙させるような意見は私は好みません。
総裁を批判はしますが、「生長の家」と異なる見解であるからであります。それは総裁が「私が生長の家」だというならば話は別であります。

だが、多くの人が疑問を抱いていることを率直に述べているのと、このままでは「生長の家」が崩壊するのは間違いないから個人である総裁を批判するのは当然であります。
そういうトキさんも総裁を批判しています。だからといって、その気持ちがわかります。
ただ、私はそういう自分に嘘までついて生長の家に残留したいと思いませんので退会しました。
ただ、それを百万運動とは関連ありません。全く無いのを無理やりこじつけているのに過ぎないのであります。

まあそれもトキさんの好きな詭弁ですね。
もうそんなこと止めましょう。そんなことしていても「生長の家」は復興しません。
対立軸を設けてやるのもいいが、そんな暇があるなら生長の家の発展に少しでも寄与をお願いいたします。ただ一言
「いいですね」。
それと本流側を批判していないとかいいますが、批判するようなところがないからです。
以前に「新編  生命の實相」では相当批判しましたが?出版したので致し方ありません。
ただ、私は総裁個人のみ批判しています。生長の家教団をとやかくいうつもりはありません。
私の知人も職員として勤めていますので、そういう人の批判まで一色淡にはしたくはありません。

それとこの掲示板を見て頂いている志恩さんにお礼を述べなくてはいけません。
私のマドンナ的な存在です。東京へ行って会えるかもしれませんが、名前を名乗らなくてもわかるかもしれませんね。
期待しています。
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